ダーク・ファンタジー小説

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白夜のトワイライト【完結版】番外編を書くのが楽しすぎる……
日時: 2013/07/30 11:19
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Drat6elV)
参照: 参照1000突破! 記念企画、イラスト・挿絵募集してます!

世界は不都合だ。
救われた命、消えた命、理不尽な死、理不尽な世。

最期には消えていく存在だと知りながら世界に生かされている気がした。

だとしたら、僕達はゴミで、世界はゴミ箱なのかもしれない。

酷いな、と僕は小さく呟いた。


——————————


【前書き】
初めまして、が多いと思われます。遮犬しゃいぬと申すものです。
このたび、大幅な変更点を加えていますので、リメイクではなく、あくまで完全版として再投稿させていただくことにしました。
この作品は、一年半前ぐらいでしょうか。そのぐらいの時から連載を続けていた作品ですが、内容等が矛盾していたり、設定や進行も多くミスが見られた為、修正で何とかなるとは思えなかったのでもう一度こうして連載を再スタートさせていただきます。

予定としましては、この作品の完結を含め、続偏と過去偏も用意していますが……この完結版の完結だけでも相当な日にちがかかることは必須なので、書くかどうかはまだ未定です;
ですが、またもう一度再スタートということで、元から読者として読んでくださっていた方々、そしてこれから読んでくださるという方々含め、頑張って書きたいと思いますのでどうか応援を宜しくお願いいたします><;
ちなみに、シリアス・ダークの元の小説とは大幅に設定が変更している点が多い為、あくまで新連載としてみていただければ嬉しいです。



2013年新年のご挨拶……>>51

参照1000突破記念企画「イラスト・挿絵募集」……>>73


〜目次〜

プロローグ
>>1

第1話:白夜の光 (修正完了)
【#1>>4 #2>>5 #3>>6 #4>>7 #5>>11
EX【>>13
第2話:身に纏う断罪 (修正完了)
【#1>>14 #2>>15 #3>>18 #4>>19 #5>>20
EX【>>21
第3話:過去の代償(白夜の過去前編) (修正中)
【#1>>22 #2>>23 #3>>24 #4>>25 #5>>26 #6>>27
EX【>>28
第4話:訣別と遭逢 (修正中)
【#1>>29 #2>>30 #3>>31 #4>>34 #5>>35
EX【>>36
第5話:決められた使命 (修正中)
【#1>>37 #2>>43 #3>>46 #4>>49 #5>>53
EX【>>58
第6話:罪人に、裁きを
【#1>>65 #2>>70 #3>>77 #4>>80 #5>>85 #6>>87
EX【>>89
第7話:ひとときの間



【番外編】
『OVER AGAIN〜Fire Work〜』
予告編
>>59

【#1>>90 #2>>91 #3>>93

Re: 白夜のトワイライト【完結版】更新再開 ( No.33 )
日時: 2012/09/25 23:58
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: kzK7vPH9)

>>結城紗枝さん
初めましてー!遮犬と申します;
入院中なんですか!?骨折……まだ味わったことのない怪我です←

主人公が過去に何か色々あったんだぁーへぇー。という程度には捉えて欲しかったので、そう言っていただけると嬉しいです;
一人称として主人公の心内描写は描いていないので、まだ書ききれていない感情が沢山あったりもします。過去に色々とあった主人公ですが、まだ明かされていない過去がこれから明らかとなっていくわけですが……果たして描ききれるのか心配です(汗

楽しく読んでいただいて、本当に光栄です!これからもそう言っていただけるように精進したいです!
その他にも、物語の進展についてや疑問等なども受け答えしたいと思っておりますので、難なく言っていただけるとこれほど嬉しいことはないです;

僕の書きたいことが自分で書けているのか、非常に心配ではありますがこれからも頑張っていきたいと思います!
コメントありがとうございました!更新頑張りますっ。

PS:お体には気をつけてくださいね!早く退院できることをこんな場を借りてですが、願っておりますっ。

Re: 白夜のトワイライト【完結版】更新再開 ( No.34 )
日時: 2012/09/30 21:23
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: RGQlo35.)

白く無機質な部屋の中で、一人で座り込んでいる少年の姿があった。
守ってくれている要塞。それがこの部屋だった。防音防弾で、外の音も聞こえない。この部屋は自分だけの部屋。自分だけの城。たった少し広いだけの無機質な白い部屋が、少年の居場所となっていた。

いつになれば、終わるのだろう。

何が終わるのか、少年には分からなかった。ただ、ふとそう思っただけ。それは世界に向けられてのことなのか、あるいは自分が現在置かれている立場についてのことなのか、自分でもよく分からないのだ。

ふと顔をあげる。窓一つない、換気の悪そうに思える部屋。しかし、換気扇だけは配備されているみたいだが、音が聞こえない。酸素は十分に届いている理由がいまいちよく分からないが、これが僕の部屋なんだと思うと、自然に心も共鳴してくれるような気がした。

僕は、誰なんだろう。

ずっと思っていた胸の内を思い返した。記憶がない。あのダンボールだらけの部屋で"銀髪の人"に発見されて、助けられた時もよく分からなかった。自分は人質になっていたようで、こうして隔離されているみたいだったけれど、よく分からないのが少年の今の現状であったのだ。
記憶も何もないが、時折訪ねてくる物腰が豊かな女性が問いただしてくるが、何も答えられない。それが現状としての自分。それは分かっていたが、自分が何者か知らない気持ち悪さはこれほどにまで嫌悪感を抱くものなのかと思ったほどであった。

「僕、は……」

声が出せた。しかし、この無機質な僕の"心"には誰も聞いてくれる人はいない。声は出るが、言葉が出てこない。
無常な時の中で、少年は苦しみを抱えて時を待っていた。

——————————

慌しい雑踏が相変わらずの汚い部署の中に響く。集った全員を一人一人確認するように見た八雲は、相変わらずの落ち着いた状態で頷いた。

「皆揃ったねー。それじゃあ、今日から捜査していくことになるけど、この捜査はかなり危険な臭いがするので、皆気をつけて捜査にあたってください」

八雲の言葉に一同は頷いた。既に優輝を筆頭にして橋本、千晴、相原の順で八雲の前にて横一列に並んでいた一同はこの任務の危険がどれほどのものかを存じているつもりであった。
内容としては、消えた捜査員の行方を捜すことから始まるわけであるが、それに関してまず疑問点が多く存在している。そこから危険が大きく膨らんでいるというわけだった。

まず第一に、捜査員は何故失踪したのか。20人余りの捜査員らが一斉に失踪するという事態が既におかしいのである。誰か一人からでも連絡をよこすことは必然であるし、訓練を積んだ精鋭を送り込んでいるもののそれは可能であると思われる。
しかし、それがまるでない。突然神隠しにでもあったかのように、捜査員らは失踪したのだ。

第二に、この事件の事の発端は失踪した捜査員らの目的から始まる。捜査員らは元々、神楽 社——通称、断罪というコードネームで通っている能力犯罪者の目撃情報を元に捜査員らが動き出したのである。
基本的に確たる証拠などが無ければ動かないものであったが、その目撃情報はしっかりとした証拠があったのを元に動いたという報告があがっていた。
コードネームというのは、能力者がつけられる呼称のようなものであるが、この神楽という人物についてのコードネームはどのような経路を辿ってつけられたのか不明である。"断罪"という犯罪者に似合わない言葉をコードネームとしている神楽は神出鬼没であり、その目撃情報は無いも等しい。

だが、そんな能力犯罪者である神楽が捜査員全員を失踪させるというのは考えにくい。しかし、記録によれば捜査員から一切の通話記録は無かった。目撃情報を元に辿り着いた場所を特定し、そこに着いた程度の連絡もまるでない。それほど暗躍が基本とされる任務なのはどうしてなのか分からないが、それにしてもこれは異常であった。

「この謎の失踪事件は単なる失踪じゃない。接点として今のところ考えられるのは神楽 社しかいない。しかし、目撃情報からの通報は一切ない」

八雲が今までの事実を確認するかのように言葉を紡いだ。
その八雲の言葉をなぞっていく内に、小さく声を出した千晴がそのまま口を開いた。その表情は何か閃いたような様子であった。

「目撃情報等の通報が一切ないということは、まだそこに到着していない可能性もあるし、そもそも失踪と何で捉えられたのか……」

千晴の言いたいこととしては、連絡がつかないやむを得ない事情があったのだとすると、それはどういうことになるのか。
やむを得ない事情があるのだとすれば、神楽と接触している可能性は十分考えられる。だが、上層部は"失踪"と捉えた。

「……確かに不自然だな。失踪という言葉で片付けるには、あまりに要因が足らなさ過ぎる気がする」

優輝も千晴の意見に賛同する意見を見せた後、少しの沈黙の後に橋本が意見を出した。

「ということは、失踪した者として捉えるわけでなく、捜査員は今どこで何をしているのかの把握などを確認する……っていうのが今回の主な捜査ですか?」
「そうなりますねー。そこで"断罪"さんが関わってきたりしたらそれはそれで当たってると思うんだけど……あくまで一つの予測だよね」

八雲が難しそうな顔をわざと形成しているような振る舞いをして言葉を重ねた。

「よ、予測は予測ですが……捜査員の方達が本当に失踪していたとしたらと考えると、辻褄の合わないことが多いです。でも、先ほどの予測に関しても辻褄の合わないことがあるんじゃないかと思うんです。た、例えば——」
「音信不通の点だよね。どういう状況でもまず第一に考えることだし……」

相原の言葉を遮るように千晴が言った。自分の意見を分かってもらえたことが嬉しかったのか、少し遠慮気味に相原は微笑んだ。

「それじゃあとりあえず……千晴ちゃんと相原君は捜査員の足取りを。優輝君と橋本さんは神楽の目的情報のあった場所に行き、捜査員失踪についてを調べる。私は令状手に入れた後から断罪の捜査を進めるよ。……異論はない?」

八雲の指令に誰も口出しはせず、それぞれが同じような疑問を抱えたままの捜査を開始することになった。
優輝はこの事件を早く終わらせ、黒獅子についてを調べたい。そんな一心を胸に秘めつつ、深呼吸した。その様子を、どこか冷めたような雰囲気を醸し出す橋本が見つめていた。

——————————

一方その頃、エルトールではディストが司会を務める会議が始まっていた。

「君達4人に頼みたい仕事というのは他でもない。勿論、危険な仕事だよ。だから君達を集結させたんだ」

ディストが淡々とそこまで軽い口調で言い切った。それを聞くや否や、真っ先に反応したのは秋生だった。

「このメンバーの中に何で俺がいるんでしょうか……?」
「うん? 秋生君も十分精鋭じゃないか。数少ない優秀な団員だと思っているよ」
「お、お言葉は嬉しいんですが……鑑さんとか、和泉らもいるじゃないすか。最近仕事してないし……」
「んー、肩慣らしってことでいいんじゃないかな」
「さっき危険な仕事だって言ったばかりですよね……」
「そうだったかな? まあ、細かいことはいいじゃないか」

特におかしくもないのに高らかに笑い飛ばすディストに思わず溜息が漏れる。漏らしたところでこの状況は変わらず、このメンバーで今回の任務にあたることになるのである。

「……それで、仕事の内容は?」

白夜の言葉で話は再び任務の方へと戻り、ディストは一旦区切る、といったように咳払いを一つしてから再び話し始めた。

「そうだね。簡単にじゃあ言ってしまおう。今までが長すぎたぐらいだ」

といって、ディストは口を歪め、いつものように勿体ぶった素振りをしてから実に簡単に任務内容を告げたのだ。


「神楽 社。コードネーム"断罪"と呼ばれる女の捕獲。重要参考人として彼女をこのエルトールまで護衛するように。——以上」


——————————


どこか殺伐とした雰囲気を漂わせる路地で、その者はいた。
何を待つのか、ポツリとそこに立ち止まるその者は一体何を考えているのか誰にも予想などつかない。ただ、その者は曇りつつある空を見上げていた。

いい天気などとお世辞でもいえないこの天気を目にして、どんな表情をするわけもなく、"彼女"はここに立ち止まっていた。

「ご用意できましたよーっ」

後ろからその異様ともいえる空気をぶち壊した声の主の方へと振り向く。綺麗な黒髪が風に沿うように虚空へと流れ、彼女の着ている半袖着物も共に舞った。
後ろからは分からないが、前の方はバッサリと切られた下半身部分の着物となっており、後ろ姿だと普通の着物を着ているようにしか見えない。
彼女はただ、妖艶な雰囲気と、それとはまた別格の"何か"を放っていた。

何も言わずに、彼女は笑った。その笑みは、誰もが怖気を感じるような、美しくもあり、また——恐ろしい殺気に満ちた笑みであった。


「あぁ——今行くよ」


妖艶な響きが伴うその声は、人気のない路地に響くようにして、この曇り空と重なっていった。

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.35 )
日時: 2012/11/01 20:57
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: zphvk9oo)
参照: 更新遅れ気味ですみません;

静まりかえった食堂に、鑑はいた。

誰もいないこの場所で、ただ一人、何個も並べられている椅子へと腰をかけ、その目の前にある白い長テーブルに足を乗せていた。
足の傍らには、灰皿が置かれている。まだ水しか入っていない灰皿の隣には用意された鑑の"昔お気に入りだった"煙草とライターがあった。

時計の音が秒刻みに鳴り、ほぼ無音に近い換気扇。何を思っているのか、鑑は目の前の虚空をただ見つめていた。身動きは勿論とっていない。本当に起きているのかさえも不思議なほど微動だにしないでいた。
厳しい顔つきのまま、足をテーブルの上に乗せ、煙草を用意したにも関わらず吸わないで微動だにしない鑑の姿は異様だと思われた。

「——煙草、やめたんじゃないんですか?」

その時、不意に声が鑑の元へと届いた。鑑はようやく首を動かし、その声の方へと見ると、そこには宮辺が立っていた。先ほど警備をしていた時に背負っていたはずのスナイパーライフルは持っていない。

「……まだ吸ってねぇだろ」

といって、鑑が再び目の前の虚空へと目を向けようとしたが、宮辺が小さく笑う。

「でも、吸おうとしましたよね?」
「……葵。お前は俺に喧嘩を売ってんのか?」

凄みのある睨みを宮辺へと向けた鑑であったが、宮辺は全く意にも介さないように、むしろ鑑の元へと歩み寄って来た。

「違いますよ。苛立っている時に、鑑さんは煙草を吸う癖がありましたから。やめた今でもその癖は治ってないみたいですね」
「……別に。ただ苛立っているっていうわけじゃねぇよ」

宮辺が鑑の目の前へと辿り着く前に傍にある煙草を手で握り潰した。

「ただな。どうにも引っかかる」
「引っかかる?」

今度ばかりは宮辺が不思議そうな顔をして鏡へと問う。それを聞いて、鑑も相槌を打ってから小さく息を吐き、答えた。

「今に始まったことじゃねぇが……俺達は何の為にいるのかって話だ。厄介者扱いされながらも、能力犯罪者の手から一般市民を守っていることにも直結している。だけど、認められてねぇ。それは俺ら能力者が怖いからだろ?」
「えぇ、まあ……能力者はこれまでの歴史の中でも存在せず、急に覚醒した異能者であるからですけど……鑑さんがそんなこと言うなんて、珍しいですね」
「悪いかよ、俺がそんなこと言って」

不機嫌そうに鑑が申し立てるが、宮辺は否定しながら微笑を浮かべた。

「いえ、鑑さんなら、そんなこと関係ないって仕事になお励む方だと思ったので」
「……それで済むなら、どれだけ簡単だろうな」
「どういうことですか?」
「いや……何でもねぇよ。それより、和泉はどうした?」

ようやく鑑は厳しい表情から普段通りの表情を見せるようになった後の質問に、宮辺は躊躇うことなく答えた。

「あぁ、和泉君なら白夜君が連れてきた人質の様子を伺っているところです」
「てーことは……ガキのお守りってことか」
「言い方は悪いですけど……まあ、そういうことだと思います。最近、任務をそんなに無いので、暇ですしね」
「暇、ねぇ……」

少し考えこむような素振りをする鑑を不思議そうに見る宮辺であったが、突然鑑が立ち上がった。そして、手の中に収められたままであった潰れた煙草をゴミ箱へと放り投げる。見事に入るのを見届けずに鑑は宮辺へと口を開いた。

「ちょっと出かけてくる。留守は二人に頼んでも構わねぇか?」
「え? あのっ、どこに——」

食堂を立ち去ろうとする鑑の背中を見つめ、宮辺は言い放った。それに後ろを振り返ることなく、また歩みを止めることもなく、鑑は小さく手を振ってから言った。


「"罪滅ぼし"に行って来る」


——————————

大きく息を吸い、吐く。その動作だけではあるが、本人にとっては長い時間のようで、短くも感じる、どこか違和感のある時の流れのように感じていた。

緊張していますといわんばかりに肩を硬直させていた秋生であったが、先ほどの流れの狂った時のおかげでようやく心が落ち着いてきている。
とはいっても、緊張というものはどこかにあるもので、それが表情として出てしまっている。その横にいる春は、そんな秋生の姿を見て少し笑みを浮かべた。

「緊張しすぎですよ、月蝕侍」
「いや……緊張するだろ……久々の任務だし、内容が内容だし」

春の言葉に返しながらも、その表情は休まることは無かった。それどころか、現実として緊張が伝わってきているのか、何だか変な感覚が秋生にはあった。

その原因となったのが、まさにこれから行う任務のことである。



ディストの申し出た任務の内容へと真っ先に意見を挙げたのは秋生だった。

「あの……神楽って、それもコードネーム断罪って、第一級能力犯罪者のことなんじゃ……?」

秋生のおそるおそる聞いたことはエルトールの人間ならば分かっているはずの能力犯罪者の情報である。
断罪はその中でもトップクラスに近い犯罪者候補として名を挙げており、第一級能力犯罪者としてこの世に存在していた。

「うん、その通りだよ。よく勉強してるねぇー」

呑気に言いつつ、角砂糖の入ったビンを開け、一つ摘むと突然それを口に含んだ。

「やっぱりこの角砂糖は美味しいね……。舌に乗せると、ふんわりとした甘みが広がっていくんだ。大きな固体ほど、その味も深い」

その言葉一つ一つが何を指すのか考える暇もなく、ディストの笑みを浮かべた表情に惚けさせられていた。

「神楽君には、少し用があるんだ。彼女ほどの犯罪者にしか分からないような内容も、ね」

開いたビンを右手でゆっくりと閉める。パタン、と音がしたのを確認すると、ディストは秋生へと向けて何故か左手で"グーサイン"を出した。そのグーサインに見惚れるかのように、何故か言葉が出てこない秋生を差し置き、黙ったままの他三人に向けて内容を告げた。

「いいかい? 生きたままの捕獲が最優先。ちなみに向こうは護衛なんて"頼んじゃいない"。つまり、こっちはアポ無しで護衛しに行くってことかなぁ。とりあえず、それを好ましく思わない連中がいるってことは……ここにいる4人なら分かるかな?」
「ベイグランドに、反能力者組織の連中か」
「その通り。さすが白夜君だね」

白夜が答えたことに対して素直に喜ぶような反応をディストは見せていた。
ベイグランドとは放浪者、つまり能力者の外れ者として扱われている連中で、一般市民の暮らす町などで生活をしている、いわば違法者である。
しかし、中には能力者迫害に遺憾を露わにする連中もおり、集団となったベイグランドが多発しているのが現状である。テロ等を行う過激派や、政府や一般市民らと話し合って決める穏便な連中とで分かれているが、その話し合いは未だに解決していない。迫害問題は未だに解消されていないからこそテロが起こるが、かといって解消されると一般市民にも反対の意見を持つ者は数多くおり、デモなどが起きる恐れがある。

彼らはエルトールを基本敵視している者が多い。政府から黙認されているエルトールは時に同じ立場と言っても過言ではないベイグランドにも敵意を向けることがあるからだ。依頼を受けて、金さえ手に入れれば敵意を向けてくる同じ立場の人間が許せないのかもしれない。

反能力者組織とはまさにベイグランドさえも受け入れようとしない一般市民の派閥から出来た組織である。市町村一丸となって組織化したところもあり、デモというレベルではなく、能力者を撤去することを目的としており、それらの事件も数多く存在している。
能力事件は武装警察が担当しているが、彼らは武装警察等も敵意を向ける有様であり、政府も手に負えない状態となってしまっている。
能力は覚醒するものであり、彼らの内の誰かが能力に目覚めてしまった時は更に迫害を受けることになる。少数派ではあるが、彼らは"能力"という異能のものに敵意を示しているのは確かであった。

「断罪がいるとされている場所は、自治区なんだよね」
「自治都市って……ここ最近で一番ベイグランドの暴走が多いとされている……」

春の言葉通り、ベイグランドの事件がここ最近最も多発しているのが自治都市であった。
自治都市とは、能力者や一般市民関係なく生活をするという目的の元で設けられた、いわば和平の一歩となる環境だったが様々な派閥に分かれてしまい、自治区はもはや分断されてしまっていた。
自治都市といっても4箇所に分類され、それぞれが大きな都市であることから敵対もそれぞれ強いものになってしまっている。もはや和平をしようと志している都市は自治都市の中の一つ、"久樹市"のみとなってしまっていた。

「元々能力者の街とされていた市なんだが……白夜君は心あたりがあるかな?」

白夜は黙っていた。しかし、ディストの言葉はハッキリと耳に届いていたようで、その瞳には様々な感情が渦巻いているようにも見える。

(白夜光……)

春が心の中で呟き、そして見つめる。姿は子供。しかし、精神は大人であるという。"どうして子供の姿なのだろうか"。その謎は、確かに白夜の瞳の中にあるはずであった。


「黒獅子は、案外近くにいるのかもしれないよ」


ディストは囁くように呟いた。凪は微動だにせず、一番近くでその声を聞き取っていた。腕を組んで、瞳を閉じている。起きているのか分からないほど静寂であった。

「断罪を……問いただせば、"真実"は見えてくるのか?」
「……君次第だろうね」

秋生は二人の会話の意味がまるで理解できない様子で困惑しており、春は黙って白夜を見つめていた。
白夜とディスト——二人の視線が交差し、そして瞳を閉じたのは、白夜の方だった。
数秒後、ゆっくりと目を開ける。真っ直ぐに捉えたのはディストの笑みを浮かべた表情だった。

「——それじゃあ、任務開始といこう」

——————————

何の事情があるか知らないが、秋生にとってただならぬものを感じた瞬間だった。
自治都市へと直接繋がるルートがあり、そこへはエレベーターで行くことが出来る為、エレベーターへと早速二人は乗り込んでいた。長いようで短いこの時間の麻痺が終わりを訪れようとした時、小さく吐息を弾ませる秋生と、先ほどの着物姿とは違った白のワンピース姿に、目印の青いバンダナを備えた春が隣で冷静さを保っていた。

程なく、エレベーターが開こうとしていた。

この時、秋生は何度か反復させる。ディストの言葉を、頭の中で繰り返していた。

「多分、開いた瞬間に——」

チンッ、と軽い音が鳴る。エレベーターの開く合図であった。ドアの開くスピードがスローモーションに思える。最後の言葉は何を言ったのかと秋生は思い返す前に体が反応していた。それと同時に、言葉がふと蘇ったのである。


「殺しにかかってくるよ」


その言葉が脳内を反復する前に、秋生は目の前を見つめ、瞬時に力を全身に込めた。

「——零旁ぜろつくり

秋生の呟いた刹那、陽炎が体中を迸り、全身を風景と一体化させる。それは傍にいた春にも乗り移り、同じように姿を消し去った。
——と、その刹那。ドアがまだ開ききっていない状態で、銃口が見えた。開いていくほど、その数は多くなり、そして全て開いた後。

銃を持った者達がその数、20以上を軽く超え、エレベーターの中へとそれを向けられていた。

何発もの銃声が、舞台の幕を開けた。



第4話:決別と遭逢(完)

Re: 白夜のトワイライト【完結版】参照500ありがとうございます! ( No.36 )
日時: 2012/11/01 20:37
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: zphvk9oo)
参照: テスト期間終わったので更新再開です;

青空が太陽と上手い具合に見事な快晴を照らし出し、おかげでコンクリートの温度は上昇を延々と続けていた。セミの鳴き声が否応無くそこら中から聞こえてくる。木々の間を通り抜けて幾度となく"言霊"のようにセミの鳴き声は留まることはなかった。

「あぁ、暑い……立派に夏だな、畜生」

気だるさを隠そうともせず、元から低めの位置にあったネクタイを更に下へと下ろしながらぼやきながらもハンドルを握り締める橋本の姿を一瞬でも見ようとせず、優輝もまた隣で気だるさを露わにしていた。

「そうっすねぇ……もうそろそろ、例の自治区の方へと入りますよ」

二人は車でここまで辿り着いた。もうすぐ自治区の関所となる場所が見えてくる頃である。運転しているのは橋本で、優輝はまだ免許さえもとっていないから当然の配慮と思える。

窓を全開に開けて走る車であるが、風が気持ちいいというほど冷たいものはなく、全て温い風であった為、なおさら暑さを物語らせてしまっていた。

「この暑さをまず、どうにかしてくれ……」

再び橋本がぼやいたそこで他の車が一切見えない交差点を右折する。優輝は暑さに駆られるかのように開いた窓の傍に手を置いて外を眺めていた。
木々が道なりに続く。自治区前のこの道には、昔に人が住んでいたが能力者等の戦闘などによって今は誰もいない廃墟と化したと言っても過言ではない有様であった。

「綺麗なところだったのになぁ……ったく、昔に戻りたいこったな」

懐かしむのとはまた違う、様々な感情を含めた言葉を言った橋本は、今は住まわれていない住宅街を見張った。
昔——。その言葉で少し頭痛に似たものが優輝の頭を駆け巡った。過去の過ち、あの惨劇。全て所詮は過去のものであるが、今こうして自分がここにいる理由と、この寂れた町並みが同化しているように思えて皮肉なものだと優輝は思ってしまった。

そんな優輝の姿を見てか、橋本は少しの間黙りつつも、不意に優輝へと何かを差し出した。

「ガム、食うか?」

橋本の気遣いなのであろうか。そんな他愛のない言葉を添えられた橋本の左手にあるガムではあるが、優輝はそれを見て少しほっとしていた。

「……いただきます」

遠慮することなくそれを貰い受けた。吐息を爽快にするガムではなく、どうやらそれは風船ガムのようだった。噛むと、じんわりとコーラの味が舌の上に広がっていく。ガムを噛みながら、これからの任務に集中するべく、気合を入れる為の溜息を強く吐いた。

「もうそろそろ関所に着く頃——」

と、優輝が言いかけたその時、橋本が突然急ブレーキをかけた。
思わず前のめりに体が慣性の法則に従って揺れる。シートベルトのおかげで前のガラスへと激突せずに済んだわけだが、優輝は橋本に文句をぶつける前に前方を見つめた。

車から遠目に数十メートル先のそこには何人かの銃やらの装備を身につけた男達がいた。どうやら検問のようではあるが、装備が装備なだけに厳戒態勢のようである。
それにいち早く気付いた橋本は急ブレーキをかけたというわけであった。

「やっぱり検問か……っと。日上、大丈夫か?」
「まあ……はい。一応」

頭はよくとも、反動によってシートベルトが体に押さえつけられて多少ヒリヒリとした痛みを負っていたが、特にそれを言わず、ぶっきらぼうに言い放つと優輝は口にあったまだ味のあるガムを紙に吐き捨てた。

「で……どうします?」
「どうするもこうするもないだろう。政府から任意された武装警察の名がこんなところで廃らせるものか」
「もしかして……」

橋本は返事を返す代わりにアクセルを踏み込む。前進していく車の中で、想定内ではあったが出来る限り避けたかったことが今まさに起ころうとしていることを優輝は深い溜息として表した。

車はやがて、検問のすぐ傍まで訪れる。すると、検問の傍にいた武装民間人らしき者達が声を高らかに停止させることを伝えてくる。車はそれに応じて停止し、橋本と優輝は武装民間人らが近づくことに合わせるようにして車から出た。

「何者だ!」

すぐさま銃を構える武装民間人らであるが、慣れていない手つきの者もちらほらといることが分かる。声を荒げて命じているのは慣れた手つきで銃口を優輝らに見せる男だった。

「まあまあ、落ち着いてくれ。突然銃を構えるのは客人に失礼じゃないか?」
「黙れ! 今は厳戒態勢に入っている! 即刻名乗らなければ手段は選ばない!」

再度銃を握り締めて話す橋本に向けて銃口を定めた。その延長線上には丁度橋本の額がある。
そのような状況であるが、実に橋本は冷静な振る舞いを見せ、慣れたような口調で言葉を発した。

「あぁ、厳戒態勢中ご苦労さん。……で、ここを通してくれ。そして、それ以上銃口を向け続けていたら"良くない"。だから向けないで欲しい」
「何……? てめぇ——!」
「俺らは武装警察だ。慣れない手つきでない連中も混じっているようだが……戦闘はやめておいた方がいいと思うぞ」

武装警察の手帳を見せながら言い放った橋本に対して、武装警察と聞いたことにより、銃を握り締めていた手が若干緩み始めた。
武装警察というのはそもそも政府の認めた組織であり、その業務は普通の警察と同様のものとされている為、民間人の味方であるのは当然のことであるのだが、能力を使って生業をしていることで一般市民から疎遠に近い関係性を辿ることとなってしまっている。

よほどのことがない限りは能力者犯罪及び武装警察が動くことはそうない。警察内部の人間でさえも武装警察に配属している能力者のことを忌み嫌う者がいるぐらいである。
それは、武装警察でも上層部は普通の人間であるからだった。

とはいっても、政府より直々に能力の使用が認められている為、通常の警察よりも遥かに恐ろしい存在になっているのは確かである。
その為、反抗すれば能力の使用を許可させることになる。そういった大義名分がついてしまうのだ。

「一体何の用だ……!」
「何の用もクソも、厳戒態勢に至った原因を調べにきた以外にない。ということで通してくれ」

橋本の言い分を聞き、次第に検問を通すように指示が下った。橋本と優輝は最後まで警戒しつつ、車へと乗り込む。橋本がアクセルを踏み、開けた道を車で走った。
その際、優輝は小さく溜息を吐き、仕込んであった自らの太刀を手に持った。そして、橋本も手にした煙草を外へと投げ捨て、検問が後ろ彼方へと遠ざかっていくことをバックミラーで確認——の最中に、何かが見えた。

それはあまりに不自然かつ、見た目で一目瞭然のものだった。

一定のリズムを刻み、"それ"は赤いランプが点滅していた。タイマー設定は無いところを見ると、どこかにスイッチがあるのだろう。それは確かに後部座席に鎮座してあり、ご丁寧にガムテープでしっかりと留められていた。
そう、それは——爆弾であった。


「逃げろっ!!」


橋本のかけ声一つで、二人は両側のドアから一斉に飛び出したその瞬間、凄まじい爆音と共に巻き起こった爆風に覆われ、二人はそのまま投げ飛ばされるかのように地面へと転がり落ちる。
車は勿論炎上し、アスファルトの上を半回転してタイヤを仰向けにした状態へと瞬く間に変化していた。

しかし、これだけでは終わらない。車は既に炎上しているが、その様子を確かめにきたように先ほどの民間の兵士たちが集ってくる。丁度十字路のところだった為、その角で優輝と橋本はお互い両サイドに隠れていた。
生憎、まだここの辺りは厳戒態勢に入っていることもあり、誰もいない。虚しく十字路の真ん中で車が炎上していたとしても、何ら迷惑はかからないのである。

「やっぱりきやがったなっ!」

橋本がそんなことを言いながら胸ポケットから拳銃を取り出し、構えた。優輝は竹刀を入れるような袋に仕込んであった太刀を素早く出し、柄に手を握り締めたまま見張った。
お互いを見つめ合い、二人はだんだんと近づいてくる足音を待った。そして、アイコンタクトを送り、優輝が小さくその合図を数える。

「いち……にぃの……さんっ!!」

素早く転がり、二人は角から飛び出した。案の定、足音の数を聞いた結果おおよそ10名近くの者が既に近づいてきていた。炎上した車を中心として、そこから程なくすぐ傍まで近づいてきていた者に対して瞬時に手に持っていた銃を太刀で切り払う優輝。
それとほぼ同時に拳銃を構えた橋本が優輝の近くで銃を構えていた男達の足へと銃弾を3,4発命中させた。

「いたぞっ!! 殺せぇっ!!」

先ほどの検問で話していた手馴れた手つきの男が怒鳴り、それぞれに散らばりつつも銃で牽制を仕掛けてくる。

「あれだけ手を出すなって言ったのになっ!」

銃弾をかろうじて避けつつ、優輝は太刀を横にした構える。その前方には炎上し、タイヤが仰向けになっている車がそこに鎮座していた。

「——こぉんの野郎っ!」

足を踏ん張らせ、太刀を一閃、横に薙ぎ払った。真っ直ぐ、蒼い光のようなものが太刀と共に流れるように。それを見届けた後、既に車は真っ二つに一刀両断され、半分になった炎上した車はそのまま前のめりに倒れようとしていた。

「おいっ! 車は経費でおちねぇんだぞっ!」
「もう炎上してたじゃないすかっ!」

橋本が銃を撃ちながらもそう言ったが、優輝も反論する。それだけの余裕を保ちながらも、民間人の兵たちは既に焦りを見せていた。
先ほどの真っ二つに斬れた車はそのまま兵の元に襲いかかり、逃げ出す者もいれば、気を失った者もいる。所詮はただの民間人の集まりに過ぎず、プロと言える者はわずかであった。

「お前等っ! 何してんだ! 立て! 立てぇっ!!」

気を失っている者達などに声をかけるが、応答は勿論ない。そんな状況下ではあるが、まだ反抗の意思を示す者が4,5人いた。

「ったく……面倒臭いが、やるしかねぇか……」

橋本が傍に設置されていた巨大な鉄柱を片手一本で軽々と持ち上げた。
その太さといい、重さといい、到底人が持ち上げれそうにないものである。それも、アスファルトの中に埋められてあったものを無理矢理引きずり出していたのである。
握られたその手には、鉄柱が砕けた痕がある。

橋本の能力は、常人ではない握力と筋力であるらしく、ほとんどのものは片手一つで何でも持ち上がる。そして勿論、その筋力を使って投げることも可能。

「これで……終わりにしとけ」

力を込め、何時の間に咥えていたのか、煙草を口に咥えながら鉄柱を持った手を大きく振りかぶった。
その鉄柱は襲いかかってきていた銃弾に当たっても止まらずに、最終的には壁へと激突し、鉄柱が壁に刺さったような状態になっていた。

そんな有り得ない出来事を目の当たりにした一同は銃など捨ててその場を立ち去ってしまっていた。
その様子を見ていた優輝は太刀を鞘に納めてから溜息をまた一つ吐いた。

「最近溜息が多いな、日上」
「最近疲れることが多いもんで……。早くこの仕事を終わらせて、黒獅子の情報を——」

と、ここまで口に出したところで奥の方から銃声と爆音が鳴り響く音が聞こえてきた。煙が瞬く間にあがり、どうやら街は炎上しているようである。

「あれは……久樹市の方か?」
「行きましょう、橋本さん!」

優輝と橋本はその音の正体を確かめる為に唯一の自治都市"久樹市"へと向かって行った。
いつの間にか、セミのうるさい鳴き声が消えてしまっていたことにも気付かずに。

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.37 )
日時: 2012/12/03 22:31
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: JzVAb9Bh)
参照: お久しぶりの更新です(汗

真っ白い空間にたった一人、取り残されたかのように、少年はそこにいた。
そこは簡易なベッドがある程度の殺風景な白い部屋。この部屋に取り残されることを少年は勿論望んでいないはずである。しかし、現実として少年は"助けられた"。人質となっていたらしく、少年にとってはあまり認識がないことであろうとも、そういうことになっているようだった。

周りに何もないせいか、少年はただ膝を抱えて座り込んでいた。
簡易とはいえど、ベッドの上で座る方がいくらかマシだと思われるが、少年は冷たい床に体を置かせていた。
冷たさがじんわりと込み上げてきていたのが、もう随分前のように感じる。それほどこの床に慣れたということだが、少年にとって、この部屋の中は時が動いていないのも同じことであった。

何を待つこともなく、ただ時は流れてくる。少年の心には、己を助けてくれるヒーローという"信仰染みたもの"は存在しなかった。その存在を知るというよりも、聞いた事がない。それゆえにどういうものであるのかも上手く把握さえしていないのである。
しかし、そんな少年の時もようやく動き始めようとしていた。

「——やぁ。元気かい?」

突然、声が聞こえた。無音の時の中に突如介入してきた声。少年の目には、いつの間にかドアを開いてこちらを微笑む銀髪の男がいた。年齢的にもまだ若く見える。どこかキザっぽい様子がどことなく漂ってもいる。
しかし、何より少年が感じたのは、ただならない何か別のものだった。見た目などでは判断の仕様がない、何か別の、気配がしたのである。

「そこにいるのも飽きただろう? 僕とティータイムでもしないか」

少年の目を見て、銀髪の男は言った。その際に見えた笑みは普通ならば爽やかな紳士のような印象を受けるだろう。だが、少年にとってそれは——

「ぁ……」

初めて少年は声を出した。今まで、声という人間の機能を忘れていたように、初めての声は少年のように甲高く、掠れた声になっている。
しかし、そんなことはお構いなしに、銀髪の男の視線に釘付けになる少年は、目を離せなかった。その目は——

「君の名前は……なんて言うのかな?」

今まで、春がずっと聞いてきた質問を銀髪の男は問う。答えられるはずがない。それは少年もそう思っていたが、自然と口が動いていた。名前など、忘れたはずなのに。記憶がない自分は、時が止まっていたはずなのに。

「——ノア」

少年の口は、はっきりとそう告げていた。銀髪の男はそれを聞いて、口を歪ませる。そして誰にでも通用するような、実に自然であって"不自然"な笑顔を少年に向けた。

「ノア、か……。いい名前だ。やっぱり、分かるよね。君は……」

銀髪の男の目から、少年は、ノアは離すことが出来なかった。
最後まで、その目に見惚れてしまっていた。

その目に映る、別々の色を見つめながら。


——————————

第5話:決められた使命

——————————


銃声が乱雑に鳴り響き渡り、それと同じくして爆発音も混じり、砂土が大きく空中に散らばっていく。
秋生と春は、姿を隠したままそれを何とか突破し、ようやく危険地帯から脱することができた。

「だーっ、しんどいっ! 体がまだ鈍ってやがるし、何より数が多すぎだろ、あれ!」

全身の力が休まらない、といったように秋生は肩を微妙に上下動かしながら言った。
秋生の能力は"陽炎を操ることが出来る"というものだ。陽炎によって自身の体などを日常の色に溶け込むことが出来る。また、炎としての役割も果たせ、ダークな色の炎を変幻自在に放つことも可能である。先ほどの"零旁"というのものは、その陽炎を用いて姿を晦ます独特のものであった。
普段、何気なく見ている風景の中に溶け込むというので、その一点を集中して見れば蜃気楼のような存在に気付くことが出来る。しかし、動き回る蜃気楼そのものなので、触れることは勿論、発見することでさえよほど熟練したものでなければ無理に等しい。

「そんな無駄口叩いている暇があるなら、早く行きますよ。予定より時間が経ってしまいました」
「相変わらず、大和撫子さんはキツいよね……」

秋生は軽く冗談交じりの溜息を吐き、自分の先を行く春の後を追った。
抜け出した後、出来る限り人の目を避けるという意味でも地下の方を経由することになった。あれだけの数を配備していたとなれば、まだ地上には多くの兵士が残っている可能性がある。いつバレるかも分からない状況の中で、無闇に姿を晒す危険があることはしない方が良いと考えたのである。

多少時間はかかるが、この地下道は能力者が当初暮らす予定として仮想アンダーのような設備を兼ね備えるはずの道であった。時間がかかるのは、不十分な設備だということが大きくある。出口が曖昧で、塞がれているところが多かったり、自治都市でも能力者反対の町などは完全に防止している。入るまでは良いが、出るまでが面倒臭い。その為、あまり住民が活用することはない道である。

発展途上の作りの為か、電灯がチラホラと付いていながらもその他にちゃんとした道が出来ていなかったり、地下街として成り立っていない部分は多い。建設がストップしたのは久樹市のみが能力者と混合の町作りを開始してすぐのことだった。地下に住まわせるのは差別であると主張し、この仮想アンダーの建設は取りやめとなったのである。

「にしても……やっぱりおかしいよな」

電灯によって照らされた道を歩いている二人の内、秋生が突然呟いた。

「何がですか?」

特に不思議がる様子も見せていなかったが、大和撫子はとりあえずといった感じで質問の真意を問い返す。

「いや、普通そう思うだろ? この騒動って、神楽がいるから起こっているもの……ってだけだと考えられないんだよなぁ」
「エルトールである私達は、能力者と共同の町でも認可されていない為、私達の来ることを想定して配備しているのかもしれませんよ?」
「それだとなおさらおかしいって。まるで俺らが来ることが分かっている前提で配備してることになる。それに、神楽を連行するっていう今回の任務だが、何故今なんだ?」
「……と、いいますと?」

歩きながらではあるが、春も今回の任務に多少の疑問は感じていたようであり、秋生の言葉に耳を傾けるようになっていた。

「この間、絶対侵入不可能なはずのエルトールに侵入者がいた。それも目的不明の。疑問に思ったのは、俺達があまりに出来すぎるほど犯人と出会わなかったことだ。どこからか侵入したのは認めるが、団長室まで行くのには必ずエレベーターを活用しないといけない。階段で移動できたとしても、あの短時間の間に団長室まで移動できるはずがない。……まあ、通常の人間なら、の話だけどな」

軽く息を吐いて秋生は両手を後頭部に組んだ。通気性が良い為か、風の音がたまに奥から轟いていることが分かる。

「それで……その事件と、今回の任務がどう関係するのです?」
「直接的な関係があるかどうかは分からないが……侵入者の身柄等を取り調べた方がいいし、何より謎の手紙の正体。トワイライトの再来、だっけか? 悪戯にしてはなめすぎてる。団長室に侵入した犯人と、あの手紙……関係性がそこでは全く無い。だからこそ調査すべきだってのに……なんでそんな時にエルトールを離れるんだろうってな」
「確かにそちらも重要でしょうが……こちらも重要だということでしょう。それに、エルトールには鷹ノ目や嵐桜、それに紅蓮閃もいます。あの三人ならば大丈夫ということなのではないですか?」
「まあ……そうかもしれないな。俺の考えすぎってのもありそうだ」

笑いを堪えるように、口を抑えながら、しかし笑い声が漏れている状態で秋生がいるのに対して、春は秋生の話した疑問を一つ一つ頭の中で反復させていた。

「……陰謀、ですか」
「え? 何か言った?」
「……いえ、何でも。そろそろ着くようですので、気を引き締めてくださいね?」

あるとするならば……するならば、考えてしまう。
それは、深い闇の始まりなのかもしれない。蠢く風が荒々しく、電灯がまばらに灯っては消えていた。


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