ダーク・ファンタジー小説
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- 白夜のトワイライト【完結版】番外編を書くのが楽しすぎる……
- 日時: 2013/07/30 11:19
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Drat6elV)
- 参照: 参照1000突破! 記念企画、イラスト・挿絵募集してます!
世界は不都合だ。
救われた命、消えた命、理不尽な死、理不尽な世。
最期には消えていく存在だと知りながら世界に生かされている気がした。
だとしたら、僕達はゴミで、世界はゴミ箱なのかもしれない。
酷いな、と僕は小さく呟いた。
——————————
【前書き】
初めまして、が多いと思われます。遮犬と申すものです。
このたび、大幅な変更点を加えていますので、リメイクではなく、あくまで完全版として再投稿させていただくことにしました。
この作品は、一年半前ぐらいでしょうか。そのぐらいの時から連載を続けていた作品ですが、内容等が矛盾していたり、設定や進行も多くミスが見られた為、修正で何とかなるとは思えなかったのでもう一度こうして連載を再スタートさせていただきます。
予定としましては、この作品の完結を含め、続偏と過去偏も用意していますが……この完結版の完結だけでも相当な日にちがかかることは必須なので、書くかどうかはまだ未定です;
ですが、またもう一度再スタートということで、元から読者として読んでくださっていた方々、そしてこれから読んでくださるという方々含め、頑張って書きたいと思いますのでどうか応援を宜しくお願いいたします><;
ちなみに、シリアス・ダークの元の小説とは大幅に設定が変更している点が多い為、あくまで新連載としてみていただければ嬉しいです。
2013年新年のご挨拶……>>51
参照1000突破記念企画「イラスト・挿絵募集」……>>73
〜目次〜
プロローグ
【>>1】
第1話:白夜の光 (修正完了)
【#1>>4 #2>>5 #3>>6 #4>>7 #5>>11】
EX【>>13】
第2話:身に纏う断罪 (修正完了)
【#1>>14 #2>>15 #3>>18 #4>>19 #5>>20】
EX【>>21】
第3話:過去の代償(白夜の過去前編) (修正中)
【#1>>22 #2>>23 #3>>24 #4>>25 #5>>26 #6>>27】
EX【>>28】
第4話:訣別と遭逢 (修正中)
【#1>>29 #2>>30 #3>>31 #4>>34 #5>>35】
EX【>>36】
第5話:決められた使命 (修正中)
【#1>>37 #2>>43 #3>>46 #4>>49 #5>>53】
EX【>>58】
第6話:罪人に、裁きを
【#1>>65 #2>>70 #3>>77 #4>>80 #5>>85 #6>>87】
EX【>>89】
第7話:ひとときの間
【
【番外編】
『OVER AGAIN〜Fire Work〜』
予告編
【>>59】
【#1>>90 #2>>91 #3>>93
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】第3話スタート ( No.23 )
- 日時: 2012/08/14 01:12
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Wzrhiuo9)
そこは実験名称、または呼称。そんなものが付けられていた。
学者達が研究をする為に作られた研究所。研究という言葉の中には実験やその他の言葉も介入しているが、何の研究にあたるかは全て共通しているものがあった。
電脳世界、エデンのことに関してである。
世界大戦が起き、トワイライトによって世界に一時期破滅の危機をもたらしたその前の時代。
あの邂逅は変えることは出来なかったのだろうか。
白夜の脳内には、あの時の日々が色を取り戻していった——
——————————
「そっちだ! 捕まえろ!」
大声で叫ぶ男の姿が目に映る。必死で走るのは、高校生ぐらいの年齢だろうと思える少女だった。
工場の跡地のような場所で必死に逃げる少女と、それを追いかける黒服の男達。少女の足は、どこからか逃げてきたかのように裸足で、既に血が滲んでいるのを見た辺り遠い距離を走ってきたのだろうと伺える。
怖い。怖い。怖い。
少女はその緊迫した感情を足の痛みで押し殺すように、精一杯走る。だが、男達の方が勿論速度は速い。だんだんと近づく後ろの気配に、少女は胸が圧迫して今にも死んでしまいそうだった。
助けて。助けて。助けて。
何度も願う少女の手に掴まったのは——
「鬼ごっこは終わりだ……! №273!」
「いやっ! 離してッ!」
少女は抵抗するが、その手はしっかりと黒服の男に掴まれていた。
気付けば、その他の黒服の男らが4,5人そこにおり、少女は完全に逃げることの出来ない状況になってしまっていた。
「……こちら、"回収部隊"。№273を発見、確保しました」
黒服の内の一人が無線で知らせる。その言葉を聞いて、少女は絶望を感じた。
また、再び、あの場所へと戻ることになるのか。逃げ出した先は何もなかった。逃げ出さなければ何も痛みは感じなかったのだろうか。
ぼんやりと、足の痛みが先ほどよりも増して痛みを感じてきた。
「よし……撤収だ。行くぞ」
黒服の男の内の一人がそう告げ、少女は表情が死んだ。——その時、黒服の一人が突然倒れた。悲鳴もなく、ただ突然の出来事に他の黒服達も動揺したが、やがてその出来事が起きた原因が見えてきた。
一人の男が、倒れた黒服の男の隣に立っているのである。
男は、スタイリッシュな細身の体をしているように見えるが、随分と鍛えられていることが分かる。多少長い銀髪に、中性的な顔立ちが整っている。まるで外人か何かかと勘違いするぐらい、それは不思議な男だった。
「全員、構えろ!」
放たれた言葉とほぼ同時に男達は全員懐に持っていた銃を構えた。銀髪の男は、それを見て微かに——笑った。
その瞬間、銀髪の男の近くにいた黒服の男が突然何かに切り裂かれたように肩から一直線上で分裂した。血が飛び散る最中、そのあまりの速さに恐れさえも抱いた黒服達であったが、
「う、撃て! 撃て撃てぇぇ!!」
何とか引き金を引き、黒服たちは銀髪の男に向けて銃を乱射する——だが、銀髪の男が左手を構えたその時、黒い闇のようなものが増大し、全ての銃弾を飲み込んだかと思うと、どういうわけか銃弾は先ほどまでの威力を失い、銀髪の男の足元に落ちていった。
そして次に銀髪の男が右手を光らせる。
「の、能力者——!」
バシュン。と、少女には生まれて初めて聞いた音のような気がした。その音が鳴ったほんのわずかの時間。その時間の間に、男達の上半身と下半身が分裂していた。
震えて、何も言えず、何も出来なかった少女に纏わりつく手はもう無く、代わりに血の海が周りに散乱していた。
銀髪の男は、返り血を浴びておらず、冷たい目で真っ二つとなった男達を一瞥してから少女へと顔を合わせる。
小さくビクリ、と震えあがった。銀髪の男の目は、普通ではなかったからである。殺人者のような、冷徹な目をしていた。とても人助けなどをするような男ではない。そう感じていた。
ゆっくりと近づいてきた男は、何をするのかと思うと、少女を立ち上がらせた。そして——
「大丈夫か?」
「……え、あ……」
少女が次に間近で見た白夜の目は、とても綺麗な黒い目をしていた。先ほどまで、目の色が違っていた気がしたのだが、あまりの豹変ぶりに呆気をとられ、上手く声が出せなかった。
「足を怪我しているようだな。どこかで休んだ方がいい。ここから少近い場所に……」
「あ、あの、その……」
銀髪の男が勝手に物事を進めようとしているので、どういうことなのか分からなかった少女は思わず言葉を遮ってしまった。
それに反応した銀髪の男は、この地面にいる自分を追い掛け回した男達を無残な姿にさせた者の目とは思えないほど優しい目をしていた。
「……何だ?」
「あ、えと……あ、ありがとうございます……」
「……礼はいい。早く移動するぞ。気分が悪くなる」
銀髪の男は、それからゆっくりと少女へと近づいていくと、突然少女をお姫様抱っこして持ち上げた。あまりの突然の出来事に、少女は何も反応できずにいた。
「え? えっ!?」
「足元は血の海だ。足に怪我した状態で歩いたら厄介だろう」
何がどう厄介なのかまでは言わなかったが、銀髪の男はとりあえず自分の身を案じてくれてのことなんだと少女は認識し、多少安堵の気持ちが芽生えた。
———————————
目の前にコーヒーが差し出され、ようやく落ち着いた少女はそれを啜る。
殺風景な部屋で、綺麗に片付けられている。どうやらこの銀髪の男の住んでいる家に見えた。一軒家というより、館に近い感じの広いスペースが空けられたこの家のリビングだろうか。そこで少女は足と共に精神を休めていた。
銀髪の男が何故ここまで優しくしてくれるのかも分からないまま、コーヒーも戴くことになるなんて少女には想像もつかなかった。
場所としては、お姫様抱っこされながら周りを見てきたのだが、どうやら市外から離れた場所にあるらしい。特に人の目を気にするような場所ではなく、ポツンと一つこの家が建っているようなイメージだった。
銀髪の男はというと、少女の前の席へと座り、チョコレートを齧っていた。甘いものが好きなのかな、と少女は思いつつも、この沈黙をどうしても解きたかったこともあるので、少女は口を開けた。
「あの……」
しかし、口を出したもののそこで声が出なくなった。緊張してなのかどうかは分からないが、銀髪の男はそれに反応して少女を見つめた。
何を言うか考えた末、銀髪の男が持っているチョコレートが何となく目に入ったのだ。だからであろうか、少女はこんなことを言ったのは。
「あ、あの……甘いもの、好きなんですか?」
何でこんなことを聞いたんだろう、と即座に後悔する少女がいた。命の恩人ともいえるこの人になんてことを聞いたんだろうか、と。
しかし、銀髪の男は小さく笑って、ゆっくりとした発音で、
「好きだよ、甘いもの」
そう応えてくれたことでどれだけ感謝したことか。少女は瞬く間に表情が明るくなり、気分が楽になった。
「貴方のお名前は?」
少女がそう聞いた時、一瞬躊躇ったのかどうか分からないが、銀髪の男は少しの間を抜け出した後に応えた。
「月影 白夜だ」
いつの間にかチョコレートは握られていなかった。白夜の手元には紅茶が入ったカップがあり、それを飲もうとしている最中のようであった。
「つきかぎゃ……? あれ、つきかげばくや? ……ゴホン。つきかげ、びゃくや、さん……」
「どうした?」
「あ、いえ……凄く申し訳ないけど、言いにくくて……」
怒られるかと思い、多少恐縮していた少女だが、白夜は特にそんな気配もなく、鼻でそれを笑うと、
「よく言われる」
とだけ答えた。何だか不思議な人だとは思ったが、悪い人ではない。それは話してみて少女はよく分かった。
「それで、お前は?」
「あ……えっと、禾咲 那祈(のぎさき なき)っていいます」
「へぇ、珍しい名前だな」
「よく言われますっ。最初、皆と会った時も……」
「皆?」
白夜が何気なく疑問を口にすると、瑠兎は気付いたようで悲しそうな表情になり、俯いた。
今先ほどまで手に持っていたコーヒーは既にテーブルの上に置かれ、ただならぬ気配を白夜も感じていた。
「……皆って言うのは、研究所にいた、皆のこと」
「研究所? ……お前はそこから来たのか?」
「……私だけ、逃げられたんです。あの研究所は、とても恐ろしい場所。……毎日のように実験実験って、人をモノか何かと間違えてるんじゃないかって思うぐらい。……私達は、皆モルモットなの。あそこにいる、イカれた研究者達の。あの人達は、私達を人間と見てない。科学者って言ってたけど、何か違う……。とても怖い。怖いの」
気付けば、那祈の手足は震えていた。恐怖によるものも勿論あるだろうが、握り拳が作られ、必死に力を抑えているようにも見えた。きっと悲しみの前に怒りも出ているのだろう、と白夜はそれを見て思った。
「……私を、助けてくれたことはとても嬉しいです。でも……私は、皆を助けに戻らなくちゃいけない。その為に、今ここにいるの」
先ほどまで敬語だったのに対し、今はまるで、自分に言い聞かせているような、そんな気迫のようなものを感じた。
この高校生ぐらいの少女は、たった一人で立ち向かおうとしている。白夜にとって、それは不思議にも思えることだった。
「……何故だ?」
「え?」
「何故、助かるかも分からない奴等の為に戻る。お前が死ぬかもしれないんだぞ?」
白夜は気付けばそんな質問をしてしまっていた。その目は、先ほど黒服達を殺した時と同じような目。どこまでも冷たい目だった。その目を見て、那祈は怖気づいたが、唇をしっかりと噛み締め、力強くそれを開いた。
「それでも、守りたいから。私は、私にとっては、とても大事な"家族"だから」
——家族。久しくその言葉を聞いた覚えがなかったように思える。白夜にとって、無縁にも近いその言葉はどういうわけだか少女の核心の部分なのだと分かった。
那祈の目は、しっかりとした決意の元に作られた目で、どう諭そうが、どうしようが、この目は変わることはないだろう。この少女は、これだけに強い目をするのか、と内心少し驚いたほどだった。
「……まあいい。俺には関係のないことだ」
白夜はそう言って切り上げると、まだティーカップの中に紅茶が残っているというのにそれを飲まずして立ち上がった。その言葉で、那祈の表情が少し強張る。他に宛もなく、このままこの家を立ち去ったところでどこに行き着くのだろう。誰が助けてくれるのだろう。助けて欲しいと願うばかりでは何もならない。そんなことは、研究所での生活で那祈は嫌というほど分かっていた。
先ほどの黒服との一件の時に見たあの力。あれは間違いなく電脳能力、キューヴの力であることは既に那祈は分かっていた。それも、強大な力。その力さえあれば、研究所にいる皆を助けることは不可能じゃなくなる。なら、どうするべきか。
「月影さんッ!」
那祈の声は、白夜へと届いた。しかし、白夜は立ち止まって、振り返ってはくれない。それでも聞いてくれているのだと認識し、那祈は続けた。
「お願いしますッ! 貴方の力が必要なんです! 研究所の皆を、どうか助けてください!」
「……助ける義理はない」
見事に一蹴される。勿論、その通りである。研究所のことなど白夜は知らなかった。それを助けてくれ、などというのはおこがましいことであることも十分承知であった。しかし、それでも白夜に頼みたかった。何故だかよく分からないが確信がそこにあったからである。
「じゃあ、どうして私を助けたんですかッ!? 何でそんな中途半端なことをしたんですか!?」
那祈は思っていた。この白夜という人は、決して怖い人でも、頭のおかしい人でもない。とても優しい人なのだと、何故だかそう思うことが出来ていた。
彼の過去に何があったのか分からないが、那祈には黒服の男達を薙ぎ払った時の彼の表情は冷たく、残酷で、そして——悲しそうに見えた。
彼に頼る義理も何も無い。厚かましい。自分でもそう思っていた。けれど、他に宛もない。
すると、突然白夜が振り返った。そして、言い放つ。
「その研究所に、俺は用がある。だからお前を助けた。お前が家族とやらを助けるのはお前がしろ。俺は俺の為すべきことをする」
「え……ということは、一緒に来てくれるんですね!?」
那祈がそう言っても白夜は何も答えなかった。照れ隠しなのか分からないが、何にせよ承諾してくれたことの喜びは果てしないものだった。
「ありがとうっ!! ……って、敬語じゃないけど……」
「……別にいい。いつも通り話せ」
「よかった! それじゃ、よろしくね、白夜君!」
「……ッ!?」
突然の君付けに少し戸惑った様子ではあったが、勝手にしろとでも言いたそうに溜息を吐くと奥の方へと行ってしまった。
——————————
「何ぃ? №273を回収出来なかっただと?」
いかにも学者のように白い研究服を着た40半ばの男がそう口にした。それを申し訳なさそうに言うのは黒服の男だった。
「申し訳ございません……部隊と連絡がつかなくなり、何者かに襲われた様子です」
「様子です、じゃないだろう! 何をやっている!!」
「も、申し訳ございま……」
「もういい! ……それで、どんな奴にやられたんだ? 我々に刃向かうなど、"政府"に反抗するも同じぞ」
男は訝しげにそう言うと、黒服の男は恐縮しながらも答えた。
「は……。片方の手に太陽のような光を纏わせ、もう片方の手には重力の……まるでブラックホールのような闇を纏わせた男が部隊をたった一人で全滅させたとのこと」
「何……!? それは本当か!?」
「は、はい……。"死亡報告書"にはそう書かれております」
その途端、突然男は笑い出した。一体何で笑ってるのか分からない黒服の男はその様子を不思議そうに見つめる。それをお構いなしに男は高らかと言い放った。
「そうか! "奴"か! 探しておったぞ……! そのような能力者は全人類の中で奴のみだ! ……月影 白夜! 奴の力さえあれば——!」
男は一呼吸置き、何のことを言っているのか分からない黒服を無視して両手を広げた。
「"嘘だらけの世界を超越することが出来る、神が誕生する!" ふふ、ふはは、あははははははッ!!」
茶色のメガネが光、一つに結ばれた髪の毛は白夜の行く手を待っていた。
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.24 )
- 日時: 2012/08/24 15:16
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: er9VAvvW)
- 参照: 最近不規則な生活を送ってしまっているせいか、更新が深夜に……。
夢の中では、全てが曖昧なように感じる。いっそ、世界も記憶も何もかもこうであればいいのに、と愚痴を零してしまうほどそれは儚く、すぐに忘れてしまうものである。
希望なんてどこにもない。それがどれだけ確かなものであるように見えても、蜃気楼のように遠く消えてしまう。
それだけに儚く、切ないものなのだ、と心の中でそう信じてしまっている自分がいる。
白夜にとって、それは有難いことなのか。それとは逆に、苦しいことなのか。
どちらであるにしろ、現実は現実として、夢はまた覚めていくのである。
——————————
「——目が覚めましたか? 白夜光」
ぼんやりと視界はそのままで、聴覚だけは正常に働いているように、白夜は春の声を確かに耳で受け取った。
それに対する返事はすることはなくとも、目が開くことによって解答は出来たのだろう。春は安堵した様子で溜息を吐いた。
「"また"……見たのですか?」
繰り返される終わらない夢。幾度となく、この夢は白夜へと襲いかかっていた。
薄い目を開け、無言で起き上がろうとする白夜を静止しようとする春の前に、白夜の頭に激しい頭痛が襲いかかってきた。
「うっ……」
「まだ無理をしてはダメですよ。原因がどうであれ、倒れたことには変わりはないのですから」
春の言葉はほとんど聞こえていなかったが、何となくそういうだろうと分かっていたのだろう。聞こえなくともそう感じ取って、ゆっくりと体を壁に預けた。
この部屋は雛のいた部屋と同じような構造になっている。つまり、隔離されていないようで隔離された部屋。こんな病室のような部屋がエルトールにはいくつも存在している。
気がつくと頭痛に襲われ、意識がなくなり、"あの夢"を見て、また目を覚ます。こんな一連のことは白夜にとって多々あったりする。原因は、夢の中の出来事なのだろう、と白夜は思っていた。いや、それしかなかった。自分の中の罪を許せない自分がいる。その自分が、戒めとして自分に見せているのだと思っているのだ。
ふぅ、と溜息を吐いた。今まで肺に溜まった空気を全て押し出すかのようにして、重い空気がそこに流れた。冷や汗に似たものが顔の側面を伝っていく。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。心臓の音が大きく聞こえ、自分は生きてしまっていることを実感する。
「……大丈夫ですか?」
「ほっといてくれ。……悪い」
「いえ、いいんです。……これ、リンゴを剥いておきましたから食べてくださいね。上手く出来たんです」
テーブルの上に皿か何かを置く音が聞こえ、春が立ち上がり、部屋から去っていくのを感じた。
それから数十秒後、薄っすらと目を開けると、その傍には皿に乗せられた不格好なリンゴが置かれてあった。
皮だけを剥くはずが、身もどれほどかやってしまってある。春は料理は勿論、こういった雑用のことも上手く出来ないのであった。
「……上手く出来た、か」
白夜はその不格好のリンゴを手に取り、齧った。
甘い香りが口元に漂い、リンゴの甘さが口の中に広がっていく。
「美味い」
そういえば今日、何も食べていなかったと白夜は思いつつ、その美味しさはこの不格好なリンゴならではの味なのではないかと小さく笑った。
あっという間に平らげてしまったことに少し驚きつつ、白夜は小さく溜息を吐いた。
自分以外に誰もいないこの空間。音も何も無い。幾度となくこの場所とこの時間を訪れたものだが、未だに慣れることはなかった。実が綺麗になくなったリンゴをゴミ箱の中へと放り投げた後、突然睡魔が再び襲いかかってきた。
眠りにつきたくはなかった。再び"あの夢"を見ることは分かっていたからだ。それでも、睡魔は白夜を蝕んでいく。抗う気持ちとは裏腹に、心のどこかからなのか、頭のどこかからなのか分からないが、声が響いてきた。
それは、とても切ないような声。二度と聞きたくない——ずっと聞いていたかった声。
当たり前のようにそこにあったものが無くなる。
『元気でね』
叫びたい衝動に駆られたが、それを睡魔が遮る。どうしようもないこの感情は、再び儚き夢の中へと吸い込まれていくのである。
——————————
バタン。
後ろ手で、その音を確認する。ドアが閉まると同時に、春はゆっくりと息を吹いた。
後ろには、白夜が一人でいる。リンゴは食べてくれるだろうか。最初に出会った日と何だか似ている、と春は心の中で思った。
エルトールに白夜が訪れたのは約一年前のことになる。たったの一年のように思えるが、長い長い一年だった。
白夜と出会った当時から春はエルトールに働いていた。能力を使用し、相手の過去や心を読み、事件や人質などの説得等を担当してきた。
当時の春は今より一層仕事にがむしゃらであった。今は基本エルトール内での活動としているが、一年前は自ら外に出向いていたりもした。
何も他に熱中することがなかった。それは単なる言い訳に過ぎないが、春にとっては生き甲斐と言える理由。何度も過去を忘れかけようとしていた。自分の戒めとして、過去は突然ぶり返されてしまったりもしたのだが。
そんな頃である。
白夜と出会ったのは、そんな蒸し暑さが残る初夏の頃だった。
最初見た時は、態度の悪い子供だと思った。銀髪の子供など、そうそう日本にはいない。海外で仕事することもあったのだが、海外でもそうはいなかった。それも男の子である。
アスファルトの地面がやけにジメついていて、風も止んでいる。春も思わず汗が吹き出るほどの暑さだというのに、その銀髪の少年は汗一つ掻いていないように見えた。
丁度その頃、春はディストと待ち合わせをしていた。地上で仕事を終えたばかりの春にとってはだれるような場所と時刻であったが、やむを得ず了承した為にそこにいたわけだが、その同じ場所に銀髪の少年、白夜もいたのである。
「……こんなところで、何をしているのですか?」
つい、声をかけてしまった。明らかに他とは違う雰囲気を身に纏っているからかもしれない。それは外見云々よりも別に、何か根本的な部分が違っているように仕事柄思えたのだ。それゆえ、好奇心だろうか。声をかけてしまったのは。
銀髪の少年は何も言わず、こちらも見ることもなく、ただ虚ろな目で真っ直ぐ視線を向けていた。
場所的には、燃えてこうなったのか分からないが側面の壁が全て抜け落ちた廃ビルのすぐ傍である。地震の影響でこの廃ビルは作られたのか分からないが、外から丸見えの状態でオフィス等がビルにはあった。そんな人気のなさそうなビル前でただ二人、春と白夜はいたのである。
周りに住宅などは無く、丁度白夜の見つめる先の方に住宅街がある。どうしてこのようなビルを残しているのか春には分からなかったが、それでもこの場所を指定してきた本人、ディストを待つしか術はないのである。
返事をしない銀髪の少年に何がそう惹かれたのか、ディストを待つ暇を解消するかのように再び声を出した。
「待ち合わせですか?」
……応答はなかった。
銀髪の少年は、ただ虚ろな目をして前を向くばかり。その横で話しかける春など、まるで見えていないかのような振る舞いである。
その様子に、無駄だったかと話しかけるのを諦めようとしたその時、突然呟いたのである。
「——俺が悪いんだ」
一体何を言っているのか、春には理解出来なかった。まず自分に言っていないということは確認出来た。その少年の声は予想して通りだったが、内容はまるで予想していなかった。突然の呟きにさすがの春も戸惑った。
「俺が、俺が見捨てた。助けられたはずなのに、見捨てた」
更に呟く。虚ろな目のまま、誰に向けているのか分からないその視線と言葉は、まるで生気の無い亡霊のようだった。
ただ——この少年は、何かを後悔している。それは言葉でも分かるように、それはどうしても自分では許せない贖罪のようである。
少年の着ている服が黒のパーカーのせいか、更に暗く見えてしまう。一体何があったのだろうか。春の能力は過去をフラッシュバックし、読み取ることが出来る力。その人物にさえ触れれば、能力は発動して過去を知ることが出来る。
春は、気になってしまった。この少年の、白夜の過去を。仕事柄なのかどうかは分からない。ただ、この少年は——根本的に何かが違うと思ったのだ。
「話……聞きましょうか?」
ゆっくりと近づく。触れさえすれば、それだけで読み取ることが出来る。それだけでいい。ゆっくりと、足取りは少年の方へと近づいた——が、そこで踏み留まる。どこか後ろめたい気持ちもあったからだ。
他人の過去を盗み見するのと同じことを今自分はしようとしている。それも、好奇心で。この少年を助ける助けない以前に、これだと自分が取り締まっている犯罪者と同等の価値なんじゃないのか、と思ったのだ。
その戸惑いから数十秒後、その空気を切り裂いたのは聞き慣れた陽気な声だった。
「やぁやぁ、待たせたかな?」
いつも自信満々に来るこの男、ディストである。
ディストは優雅に現れたとでも言いたげに満足そうな顔をして春を見た。それから、隣にいるこの銀髪の少年の方も。
「いやぁ、"二人共"。随分と待たせてしまったようだね。話はゆっくりとエルトールで行おう!」
「……二人共?」
思わず春は耳を疑いながら聞いた。しかし、ディストは満足そうな表情は壊さないまま、突然わざとらしく今思い出したようなリアクションをとって銀髪の少年の方へと近づいた。
「あ、忘れてたね……。大和撫子君。この子は月影 白夜君。今日からエルトールに入団することになったんだ。はい、拍手!」
「え……! ええぇぇぇぇっ!! こ、この子入団するんですか?」
ディストは拍手の用意をしていたが、春はそれに応じずに思わず驚きの言葉を口にしてしまった。
白夜は何も言わず、先ほどと同じように虚ろな目をして前を向いているばかりで、何の反応も無かった。その代わりに、ディストが溜息を吐いて、額に手を当てていかにも残念そうに声を出した。
「はぁ……。大和撫子君。拍手といったら拍手だろう? 普通は……。それだと、何の為にこんな辺鄙な場所で二人きりにさせたんだい? 全くの台無しじゃないか……」
「え、あの……ここに呼び出した理由というのは、もしかしてそのわけの分からないサプライズ、とやらの為ですか?」
あまりの呆れた発言だった為に、春も呆れた表情で言うが、その期待通りというべきか残念すぎたというべきか、ごく当たり前のような表情をして、最後に鼻でふっと笑い、
「当たり前じゃないか」
「……まあ、もういいです。とりあえず、暑いんで早く移動しましょう」
「……何だか凄く投げやりな反応だね、大和撫子君にしては。もっとおおらかで優しいのが君の——」
「早く行きましょう」
そう言って、春は先行して行こうとしたが、振り向いてディストを横目に白夜を見た。
その時の白夜の表情は、虚ろな目のままではあったが、先ほどよりも悲しげな顔をしていた。
隣では、ディストがまだ何かを言っているが、確かに白夜は呟いたのを春は聞き逃さなかった。
「——すまない、"ルト"」
これが、初めて白夜と出会った春の記憶である。
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.25 )
- 日時: 2013/02/15 02:04
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
- 参照: 今回文字数パネェです……申し訳ないです;
電脳世界の出現によって様々な人間が超能力を持った現在では、地上は様々な地方ごとに隔離されている。
この頃はまだアンダーは無く、全員が地上で暮らしていた。しかし、能力者は研究対象及びに更なる超能力者へと向けての研究や国の発展等に繋がらせるべく、幾つかの都市を隔離してそこに能力関係の研究等をさせるように政府から命じられている。もはや能力はほとんど日常生活に侵食しており様々な所で見受けられるが、能力者は日常生活上で危険性のあるものは使用してはならない。
どこかで能力者同士を戦わせ、どちらが強いかを競い合う賭け事があるそうだが、表沙汰にはなっていない。しかし、そういった場所があるのもまた事実で、世界はそれほどまでに能力というカテゴリによって異変を起こしているということだった。
白夜と那祈が出会い数日経った頃、二人は屋敷の外へと出ていた。勿論、例の研究所へと向かう為であるが、詳しい場所は那祈にも分からないのだという。
その理由としては、誘拐のような形で研究所に連れて来られ、個人の意思とは関係なく実験用とされた為である。
何の実験なのか、それはもはや明確な答えが誰でも出てしまう。勿論、電脳能力者に対する実験。ということは、能力者ばかりが誘拐させられ、研究所に集められているということである。
「能力者ということは、お前もか?」
「うん……一応、そうみたい」
「そうみたい?」
「何だかよく分からないけど、それまで私は能力何かとは無縁の状態だったの。私のお母さんとお父さんはもう死んじゃって、孤児として育てられたからかもだけど……能力者の街のこととか、全然知らないの。普通の暮らしをしてたかなぁ。そんな時、能力者かどうかの適正検査みたいなのがあって、それで私適正ありって診断が出ちゃって……覚醒した恐れがあるから、とりあえず近くの能力者の街……"久樹市"(ひさきし)で検査入院することになって……そこで、誘拐されたの」
那祈の表情は終始元気は無かった。昨日も那祈は一人別室で泣いていた。その姿を白夜は目撃していた。
それほどまでに、どうしようもなく傷ついている。那祈の心はボロボロだった。服を買ったり、数日だけではあるが那祈と一緒に過ごした時間の中で日ごろの明るさ反面、弱いのかもしれないと思わせた。明るく見せることで、相手を安心させる。だが、実際は内心傷つき、一人で抑えるのに必死になっている。堪えて、堪えて。それでもダメな時は、一人で泣く。そうすることで、色々なことに踏ん切りをつけてきたのだろう。
「とても怖かった。どこに連れて行かれるんだろうって。そしたら、だんだんと眠たくなってきて……何か薬を嗅がされたんだと思う。それで、気付いたら研究所にいて……。そこで、ビックリしたことがあったの」
白夜が歩くスペースを那祈が合わせたり、那祈が歩くスペースを白夜が合わせたりする中、この蒸し暑い季節の中で那祈は一呼吸置いて声を出した。
「同じ……同じ、孤児院の子達がいたの。孤児院のおばさん達に聞いたら、養子に行ったとか実の親が迎えに来たって言ってた子達ばかり。私、変だと思ってたの。今までずっと、ずっとよ? ずっと……そんなの今までなかったのに、突然来たんだもの。それも一人や二人じゃない。一日多い時には4,5人……いえもっと大勢来てた。……それに、朝から見かけなかった子もいたの。皆朝は早起きで、6:00ぐらいには全員起きるの。でも、昨日までいた子は何故かその時いなくて、聞いたら養子に行っちゃったって何度質問してもその一点張りだった」
「……つまり、孤児院の大人達は嘘をついていた、ということか?」
「考えたくないけれど、そうとしか思えない。研究所でまた再開した時には、"数人は"私の名前を覚えててくれてたから」
所々、那祈の言葉には理解しがたない言葉が入っていた。白夜は当然、それらを理解出来ないものとして質問を投げかけていた。
「……孤児院に、那祈は何年いたんだ?」
「え? ……んーと、これでも結構長いんだ、私。自慢じゃないけど、私は皆の名前言えるよ! そうだなぁ……10年ぐらい? かな」
「……お前は全員の名前を言える。つまり、全員と面識があるほどお前は孤児院にいる。そんなお前のことを"見覚えがない"奴がいるというのはおかしくないか?」
「……確かに、うん。凄くショックだった。結構親しかった子も私のこと忘れてて……毎日一緒に遊んでたりしたのに、"覚えてない"って言われるの」
何故そんなことが起きたのか。毎日一緒に遊んでいたりもすれば、そう忘れることはないはずである。那祈の性格的にも、話していないという子はいないようだった。それなのに何故忘れられているのか、白夜は疑問が高まるにつれ、先ほど言っていた孤児院の大人達。
何故そんな嘘を吐く必要があったのか。誘拐などを言わない方が安心という意味もあり黙っていたのだろうか。しかし、そう何度も同じ孤児院で誘拐が起きるものなのだろうか。一度起きるだけでも大事だというのに、頻繁に起こっているという。中には本当に親が見つかったのかもしれないが、そのほとんどは研究所で那祈が発見しているのだ。百聞は一見にしかずとはこのことである。
更に、最大の疑問点によって白夜は目的地を定めた。
研究所は能力者を集めている。それなら能力者の街で、能力者を誘拐する方が効率が高い。孤児など、身元が分かりにくい上に能力者かどうかの判断もつけにくいはず。しかし、実際に孤児院から誘拐が多発した。ということは、つまり——
「行くぞ」
「え? どこへ、ですか?」
「——お前のいた、孤児院だ」
那祈のいた孤児院は"能力者がわざと集められている"ということになる。
——————————
孤児院というより、そこは教会だった。教会と同じように隣接されて出来ていた。"アルファード教会"という名の下の孤児院である。
久樹市とアルファード教会は、ほぼ目と鼻の先程度の近さといっていいほどの距離で、その距離も怪しく思えてくる。
那祈に道中、一番に何故この教会へと帰らなかったのか聞くと"怖かった"と答えた。自分も養子やらと他の皆に言われているのではないか、という気がしたのだ。そうでないように祈りながら、でもそれでも、戻る勇気はなかった。そうして迷っている間に、黒服達に捕まってしまい、そんな絶望の中に突然現れたのが白夜だったのだ。
白夜は自分が能力者だということを隠している為か、普通の住宅地で生活を送っている。そういった隠れ能力者もおり、見つかると事情次第である程度処罰されることになる。
理由は様々だが、那祈はそのことについて白夜に聞けなかった。何か、触れてはいけないようなものを白夜の中に那祈は感じていた。それに触れて傷つけてしまわないか不安で、白夜のことが心配だった。
そんな裏腹、孤児院ことアルフォード教会へ到着した。そこで、異変を感じ取ったのは——那祈だった。
「あれ……? いつもなら、皆が遊んでる声が聞こえるはずなのに……」
「寝ていたりしないのか?」
「今って、朝の10:00だよ? そんな時間に寝ないし、多分外で遊んでる頃だと思うんだけど……」
那祈の言い分もそうだが、白夜自身も異変は感じ取っていた。この奥には、何か隠された秘密がある。それと同時に、嫌な予感もしていた。
「話を聞きに行くぞ」
「うん、勿論そのつもりだよっ」
那祈は白夜が行くよりも先に中へと入っていった。それを止めることが出来ず、白夜もそれを追いかけて中へと入っていった。
——————————
教会の扉を開けたその先には、巨大なステンドガラスが張り巡らされていた。まさに想像した通りの教会のイメージがそのままそこにあるような感じである。巨大な天使が飛び交い、その中心にはキリストの絵が描かれている。その迫力に圧倒されるのも束の間、その奥には、教壇の前で書物を手にしているシスターの姿が見えた。たった一人、そこで何かを呟いているようである。
その姿を那祈がまず確認し、それから白夜も続けて入った。その途端、シスターの呟きが止まり、聖書を閉じる音が微かに聞こえた。
「おやおや……そんなに慌ててどうしたのです? 神を前にして、罰が当たりますよ?」
神、というのはどうやらステンドグラスに映っているキリストの絵のことを言っているらしく、白夜と那祈からは背中姿からしか見えないが、その頭部がゆっくりとステンドグラスをまるで仰ぎ見るように傾いた。
「あぁ、神よ……。何て神々しいのでしょうか。もし世界が狂ったとしても、貴方がいる限り……世界は終わらないのです」
そしてゆっくりと、そのシスターは白夜と那祈の方へと振り返った。綺麗な金髪の髪がそこでやっと分かった。日本人離れしたその雰囲気は髪の色と目の色が青色ということだけで分かる。シスターという印象を誰もが受ける服装、十字架を首にかけ、その女性は艶美に笑った。
「ユリア……さん?」
那祈が突然呟いたその宛先は、勿論艶美に笑う女性にであろう。
ユリアと呼ばれたその瞬間、その金髪の女性は淑女のような微笑を浮かべ、わざとらしい声を出した。
「あら? 禾咲さんですか? お久しぶりですね……検査入院、とっても長かったようですね?」
「検査入院なんて……してないです。私、誘拐されてたんです」
「誘拐? ……そんな大変なことになってるなんて。どうやってここに——」
「あの、ユリアさん。皆は……ここにいた皆はどこに行ったんですか?」
ユリアの言葉を遮り、那祈は言い放った。これまでにない、強い口調だった。しかし、その言葉とは裏腹に手が震えている。それは何の感情がこめられているのか、那祈は感情のままに声を何とか絞り出していた。そうしなければ、恐怖に負けてしまいそうだったから。
ユリアは、口元は微笑のまま、しかし目は笑っておらず、先ほどとは違う雰囲気で口を開いた。
「……人の話を遮るというのは、淑女たるものいけませんよ? ふふ……皆さんなら、お散歩に行かれましたが?」
「そんなの……!」
那祈は震える。声も震える。けど、それを必死に搾り出して言った。
「そんなの、嘘だよ!! 私、見たよ!? 誘拐されたところで、見た! 私、皆を見た! それだけじゃない! 私は——ユリアさん、貴方も見たよ!!」
白夜も聞かされていないことだった。それは間違いなく、孤児院と研究所が結んでいる証拠である。しかし、認めたくなかった。それは彼女なりの精一杯の反抗だったのだろう。
認めたら、何もかも、自分が生きてきた今までが嘘だったように思えたのだ。那祈にとって、彼女にとってはこれまでの人生は孤独だったに違いなかった。
早くに親を亡くし、家族といえる人間が誰一人おらず、路頭に迷っていた中に出会った孤児院での"家族"。その家族の思い出は、これまでの人生の中で一番自分が守ってきた大切なものだったから。
『それでも、守りたいから。私は、私にとっては、とても大事な"家族"だから』
この言葉は、気休めの言葉ではなかった。彼女なりの本心の"願い"だった。
気付けば、彼女は涙を零していた。必死に耐えていた、その涙を。彼女は見ていた。逃げ出した時に、そこにはユリアがいた。ユリアはその場にいて、必死で逃げる那祈を——"笑って見過ごした"。
彼女は知っていたのだろう、何もかもを。そうして逃げた足の傷よりも深い傷が那祈の心にはあった。
それを聞いていたユリアは、目が笑っていなかったが先ほど同様に口元を歪ませて笑みを作ったまま、再び天使のような微笑を作り、ユリアは首を傾げて言った。
「それで?」
「……え?」
那祈はユリアを見つめる。そのユリアは、笑顔を崩すことなく、淡々と口を開いた。
「それで、私を誘拐先で見たからどうしたのですか? 貴方は何をしにここに来たのかしら? 皆に会いに来る為に? それとも、私に? ふふ、私だったら嬉しいの、かな? まあ……見逃したっていう言い方は酷いかなぁ。犬にもね? 帰省本能っていうのがありまして、また家に戻って来る習性がある。餌とかただでもらえるし、何から何まで世話まで焼いてくれる。そんな何の不自由もないところに帰ろうって犬は賢いですよね。……禾崎さん、貴方も同じですよ。賢いですね、よく戻ってきました。さぁ——皆のところに戻りましょうか」
手を差し伸ばすユリア。それを見て、手足を震わせる那祈。悔しいよりも、悲しさの方が勝っていた。いや、那祈に悔しさという感情は元からなかったのかもしれない。どうしようもない感情が一気に込み上げてくる。それをぶつける先がどこにもなくて、混乱していた。
それを見て、ユリアはおかしそうに嗤う。神を前にして嗤っていた。そうしながら、ゆっくりとユリアは近づき、そして那祈へと言った。
「ここにいる皆ね? 全員、ここから"向こう"に行っちゃった。向こうといっても、分かるでしょう? 研究所にいた貴方なら。必要のない子は——"いなくなっちゃった"」
その言葉を聞いた途端、那祈の何かが壊れたように、膝から崩れ落ちた。どうすることも出来ない感情だけが溢れ、那祈はそこで声を殺して泣き叫んだ。
それを嘲笑い、ユリアは表情はそのまま、冷徹な声で、
「禾崎さん、残念ね」
そうしてユリアが崩れ落ちている那祈へと触れようとしたその時だった。
突然、ユリアの前に何かが立ちふさがり、そして——物凄い速さで突然ユリアは吹き飛ばされた。その速度を何とか反応することが出来たユリアだが、不気味な笑みを浮かべて那祈の前に立ちふさがる者へと言った。
「なぁに? 貴方」
ユリアの代わりに、白夜が那祈の頭に手を触れていた。ゆっくりと、少しぎこちないその手は、それでも優しくその頭を撫でた。
思わず那祈は見上げ、白夜を見るが、その後ろ姿には畏怖を感じるような感覚が途端に起こった。
「……いい加減黙れ」
白夜の両手に、白と黒の光が灯る。それを見たユリアは、嬉しそうに笑い、教会の椅子の下から黒いメイスを二つ取り出した。
「たす、けて……」
その時、微かに聞こえた声。しかし、次にハッキリと言い放ったその声は——
「皆を、私を……! 助けて、白夜君!!」
泣きながら、様々な思いがこもったその言葉は、悲痛にも那祈にとって生涯初めて言った"自分を助けて欲しい"という願いだった。
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.26 )
- 日時: 2013/02/15 02:00
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
- 参照: 個人的に史上最大となる7000文字以上書いてしまいました……。
ステンドガラスに映るキリストの表情は表現の仕様がないほど綺麗な様だった。その神の目下に写る、対峙する両者。黒い修道服を纏ったユリアはメイスを二つ構え、悠然とそこに立っていた。
柔和な微笑を浮かべたまま、ユリアはゆっくりと首を傾げるように動かすと、口をハッキリ動かし、
「それじゃあ——始めましょうか」
その言葉が放たれるや否や、尋常ではない殺気が教会に訪れた。
ステンドガラスに映るそれは、その空気とはまるで似つかない。
那祈はまだ泣いているのであろうか。
白夜はそう思いつつも、目の前の"敵"を見た。那祈の人生を破壊したともいえるこの敵に対して、静かに両手を合わせ、灰色の光を右手に灯らせた。
そして、その光らせた手を前へと差し出す。瞬間、ユリアが踏ん張り、勢いよく白夜に向けて走り出した。片方のメイスは地面に引き摺りながら、もう片方のメイスは空中を横から裂きながら白夜へと襲いかかろうとした。
だが、その手前で白夜は突然灰色の手を振り下ろし、鼻で笑った。再び、白夜に"あの感覚"が蘇ってきたのだ。
——人を殺すという、感覚が。
その瞬間、ユリアの目の前で突如、灰色の光が灯り、それに気付くその刹那の中で灰色の光は轟音を響かせながら一気に爆発した。どうやってそのような突然の出来事を回避出来たのか、ユリアは気付けば後ろへと二歩分程度戻り、メイスを床に付き伏せていた。
特に外傷もないようだが、ユリアの柔らかな笑みは消えており、代わりに冷徹な畏怖さえも感じる"笑顔"がそこにあった。
「面白い能力ですね……。能力者だと、直感で分かりましたが……ふふ、やっぱり貴方は私と同じような気がします」
両手で軽く黒い修道服を払った。そして無意識の内にユリアは片方の手にメイスを握らせ、もう片方の手で床に付き伏せていたメイスを引き抜いた。その細く白い手からは想像も出来ない怪力によって、軽くそれを慣れた手つきで振り回すと、不気味な笑顔を浮かべた。口元が綺麗な弧を描き、歪んだ感情が表情に変わった瞬間である。
「貴方は、私と同じです。人を殺すということに快楽を求めている。……それを日ごろ抑えることが出来たとしても、貴方の理性はそれに従おうとしていないのです。……違いますか?」
那祈は、その言葉で思い当たることがあった。
初めて白夜と出会った時、絶望の最中、突然それは巻き起こった。
今まで自分を追い掛け回していた黒服達が一瞬の内に血の海と化した。目の前には、恐怖の象徴でしかない黒服らが無残にも人の形はしておらず、つい先ほどまで生きていたものとは思えなかった。
そんな惨劇を呆然と、気を失いそうになる手前に声を投げかけてきたのが、白夜であった。しかし、その前に見た彼の表情は——黒服らの恐怖など全く別物でありながら、それは吐き気を催すほどの殺気。表情は、冷徹という言葉で表し様がないほど畏怖の対象としてそこにあった。
那祈がいくらこの時極度の恐怖状態であったといえども、その表情は人ではない、別の人種。恐らくそれは、殺人の"それ"なのだろうと感じ取ったのである。
今、目の前で自分を守るように背中を向けている銀髪の青年は、どんな顔をしているのだろうか。
そんなことを思いながらも、あの時の惨劇の様子が蘇ってくる自分がいることに酷い自己嫌悪にもなっていた。
一方、白夜はユリアの発言に対して否定することもなかった。ただ、目の前にいるユリアの不気味な笑みを見つめている。その表情は自分で推し量ることはできないが、ユリアの言うように殺人狂のような表情をしているのだろうか。
しかし、白夜はそれでもいいと思ってしまった。それでも、守りたいものがあるなら、目の前にいる敵をたとえ殺したとしても、敵が守りたいものを怖そうというのなら、方法は問わない。どんなことをしても、リセットは出来ないのだから。守るべきものを守って、死んだとしても、構わないと思っていた。
「……"ルト"」
その時、小さく白夜が呟いた。途端、白夜の両手に再び光が灯る。それを見たユリアは先ほどの爆発かと思い、身構えるが——様子が違った。
白夜の右手に太陽ような強い光が灯り、それはまるで伸縮自在の光熱線のようだった。その強い光の灯った手を素早く横に振りかざしたその時、ユリアは危険を感じて身を伏せた。
直後、凄まじい音が鳴り響いた。それは聞いたこともない音であった。その音が止んだ頃、ユリアは気付く。周りにあった椅子などのものが全て"斬られている"のである。
それも、刃物ではない。凄まじい熱によって斬られたように、まだ椅子の断片等に赤く火花が散っていった。
つまり、白夜は右手のあの光を使い、熱によって斬る溶斬を繰り出したのであった。
「……そんなことも、出来るんですね。あぁ、やっぱり。貴方は"あの人"の言っていた人ですね? 通りで強いなぁと思いました……ふふ、いいですねぇ。私と……殺し合いをしましょう!」
内容は白夜に向けてのものであるが、その目と不気味な口元の歪み具合によってそれも分からなくなっていた。本人は気付いているのか、長い金色の髪が先ほどの溶斬によって半分ほど斬れてしまっている。ユリアが動くためびにその髪が落ちていく。
その刹那、メイスを一つ、勢いよく白夜へと放り投げた。華奢な体とは似つかないその怪力で投げ飛ばされたメイスは凄まじい勢いをもって白夜へと向かっていく。
メイスはとめられることもなく、そのまま白夜へと吸い込まれるように流れていったと思ったが、直撃する直前でメイスは突然勢いを失くした。
白夜は左手を突き出し、そのメイスを止めていた。左手には、先ほどの眩しい光とは真逆の光、闇がそこに灯っていた。
その闇は、引力をもたらしているのか、メイスは手に触れていることもなく、その数cm前で空中にて浮遊している状態であった。
「返してやる」
白夜が一言、そう言った瞬間、メイスは凄まじい勢いを再び取り戻し、今度は逆方向の持ち主であるユリアへと向かっていった。何とか持っていたメイスを使って受け流すようにそれを回避するが、そのまま勢いを乗せたメイスは教壇へと突っ込み、木屑が弾け飛んだ。
「ふふふ! 面白いですね! あは、やっぱり凄いですねぇ。あの人が言うだけありますよ、うふふ!」
狂ったように笑うと、メイスを両手で持ち、素早く白夜の元へと移動し、振り下ろした。だが、それも途中で遮られる。背中に隠していたのか、大きな逆手用のダガーでそれを防いでいた。基本は二つセットで使うものであるが、何故か一つしか持っていないようで、その一つを右手で持ち、メイスを支えていた。
ユリアはメイスを一瞬離すと、連続的に攻撃を繰り返していった。
右から大きく振りきった一閃を避けると、白夜はダガーを突き出し、ユリアを切り裂こうとするが、素早い蹴りがユリアから繰り出され、それを避けることで攻撃が曖昧になる。
その小さなミスを逃さず、状態を素早く立て直したユリアからメイスによって大きく縦一閃に振り落とされた。白夜もそれを予見し、体を捻って何とかそれを避ける。代わりにあった溶斬によって切り裂かれた木屑がメイスとぶち当たり、粉々になっていた。
「ふふ、惜しいなぁ……」
ユリアは先ほどまでの柔和な笑みなどは浮かべていない。那祈が見たそれは、今まで共に生活をしてきた、あの優しいユリアではなかった。
あの時も、ユリアは殺人衝動に駆られていたのだろうか。私を殺そうと思っていたのだろうか、などということを考えれば考えるほど、今までの生活が偽りだったという事実が漠然と浮かび上がってくる。
白夜に助けて欲しい、と言ったが、殺して欲しくはなかった。むしろ、ユリアも助けて欲しい。そんな甘い願いが那祈の心の中に渦巻いていたのだ。
ユリアは白夜の後を追いかけ、メイスを振りかざす。見れば隙が有り余るほどに見えるが、メイスを振りかざしてから振り下ろすまでのスピードが尋常ではないほど速いのである。その為、対処があったとしてもそのスピードで圧巻されてしまい、迂闊に手が出せなくなってしまう。
右手から左手にダガーを移した白夜は右手に光を灯らせ、小さな円球のようなものを生み出した。その光る円球はユリアと白夜を結んだ丁度の真ん中の位置にて沈下し、次の瞬間には大きな火柱を立てた。
轟音と共に、その火柱は暴れ、さすがのユリアもその火柱を回避する為に後ろへと下がり、様子を見たその時、何かが隣で蠢くのを感じた。メイスを振りかざし、そこへと一閃薙ぐと、金属がぶつかり合う音が聞こえた。そこにいたのは、火柱の向こうにいるはずの白夜であった。
「ふふ……なるほど、熱気によって蜃気楼のようなものを生み出せるんですね。ですが——捉えましたよ?」
「ッ!!」
その時、ユリアの左手には——メイスがもう一つあった。近くの椅子下かどこかに、まだメイスを隠しており、白夜へと攻撃を放つ最中、姿勢を低くして重みをメイスに加えている最中にメイスを左手に持ったのである。予想していなかった攻撃は見事に白夜の肩を打ち抜いた。幸い、重みは全て右手のメイスにこめられていた為、力的には掠った程度ではあるが、その怪力とメイスの重みだけで十分なダメージを白夜へと負わせると共に、後ろへと吹き飛んだ。木屑と化した椅子などを撒き散らせながら白夜は地へと伏したのである。
その右肩からは、メイスのトゲ部部によって抉られた傷跡に伴い、血が流れ出ていた。
「ふふ、うふふふふ! ふふ、ふはは、ふはははははは!! いいですよ! 最っ高です! 気持ちが良い!!」
両手を掲げて、高笑いをするユリアは、突っ伏している白夜を見下していた。
「白夜君!!」
「ふふ……あぁ、そういえば、いましたね、禾咲さん。……あまりに影が薄くて分かりませんでした」
再び、柔和な笑みでユリアは那祈に目を向けて言った。そして、気分があまりに良かったのか、その笑顔のまま那祈へと言葉を続けた。
「もうすぐ"お家"に帰れますから、少し待っていてくださいね。……白夜君? でしたっけ。私にボコボコにされてから、あの人の下に連れて行かないといけませんし。……是非、このまま殺したいところではあるんですけどね、ふふふ」
狂っている。そう直感で、那祈は感じた。
一緒に暮らしていた当時では全く思いもしない声に、言葉。全て、消し去りたかった。
「じゃあ……そろそろ、終わらせましょうか」
ユリアが倒れている白夜へと振り返り、血のついたメイスを持って近寄っていく。
だがしかし、その時白夜の体が動き、突如として右手が光り出したと思いきや、左手に持ったダガーを勢いよくユリアへと投げた。
難なく、それを避け、ユリアは笑みを先ほどの二倍増しにした。抵抗力のある敵を弄り(なぶり)倒すのは殺人の次に快楽であると思っているユリアこその表情であった。
「最後の抵抗ですか? ふふ、どんどん抵抗してください? 貴方は私に完全に負けるのですから」
余裕の表情と態度で更に歩み寄ろうとしたユリアへと向けて、左手を差し伸ばした。その手には、闇を象徴するかのような黒い光が灯っている。
「何をしているのですか? ……まあ、どちらにせよ、私は——」
と、そこでユリアは気付いた。
もし、白夜の闇は衝撃などを吸収するだけの闇ではなく、あれが"全てのものに対して働く引力の闇"だとすれば。
考えられる要因は一つ。しかし、気付いた時には遅かった。
「しまった——!」
無残な音が目の前で繰り広げられる。いつしか白夜の手元から投げられたはずのダガーが、白夜の左手の闇に誘われて戻らんとしていた。その一直線上には、ユリアがいる。
ダガーは現在、ユリアへと向かっており、それに気付いた頃には、ユリアの腹部を抉ろうとしていたところであった。
「チェックメイトだ」
白夜が不気味に笑い、そう告げた最中、ユリアの腹部にダガーが突き刺さった。突き刺さった状態のまま、引力を弱めたが、このまま力を強めれば、きっと貫通するだろう。そうなれば即死は間違いない。
白夜はその無残な行為を実行しようとしていた。ユリアは、敵。再び那祈を襲うかもしれない。そんな一種の"恐怖"にも似た感情が白夜の"殺人衝動"を動かしたのである。
「う、ぁ、あ……。ふ、ふふ……やっぱり、貴方は私と、同じ……殺人がしたくてたまらない、殺人狂……!」
腹部から血を流しながらも、ユリアは嬉しそうに笑いながら言った。白夜は、その言葉をまたも否定することはなく、冷徹な表情のままそれを見ていた。
「殺せばいいじゃないですか……貴方は、止められない。その衝動は……早く——! 殺せぇぇええええ!!」
ユリアの表情が豹変し、笑みではなく、狂った人間としての一人を飾るのにふさわしい叫び声と共に、口からも血を吐き出した。
その言葉に誘われたのか、ぴくりと白夜の体が動き、左手の光が強まろうとしていた。
しかし、その時だった。
「やめてぇぇええ!!」
教会を一面に響かせるその声の主は、那祈だった。泣きながら、その悲痛な思いを白夜へとぶちまけながら、白夜の元へと歩み寄ろうとしていた。
「貴方は、白夜君は、殺人狂なんかじゃない! 殺しちゃダメ! もうやめて! 私はそんなこと、望んでなんかないよ! 助けて欲しいと言ったけれど、ユリアさんとの思い出も、忘れたくないよ! 嫌だよ……白夜君は、そんなことするような人じゃない!」
ゆっくりと、一歩ずつ那祈は近づいていく。それを、初めて見せた驚愕の表情で白夜は見つめていた。
「禾咲さん……無駄ですよ。無駄! 無駄! 無駄!! ……殺人狂に例外はないんですよ。私のように、快楽を求めている者ばかり。……私との思い出なんて、ぶち壊してあげたじゃないですか」
「無駄かどうかを決めるのは、私です。私は、白夜君を信じたんです。それに……ユリアさんも」
那祈のその言葉を聞いて、ユリアは笑い声をあげた。
ステンドガラスに映る笑顔とも言い難い、表し様のないキリストのそれが見下ろす中、ユリアは腹部から流れ出る血を手で抑えながら言った。
「バカじゃないんですか!? 私を信じる? バカバカしいにも程がありますよ、禾咲さん。貴方に信じられる筋合いなんて、もうこれっぽっちもないはずです! ふざけるのもいい加減に——」
「ふざけてなんかない!」
ピタリ、とそこでユリアの言葉が止まった。那祈のこれまでにない気迫を感じたのだ。
「ユリアさんとの思い出、私はいっぱいあるよ。皆で一緒に遊んだし、ユリアさんの作ってくれたご飯とか一緒に食べたし、夏には海とか行って遊んだ時も、私がこけて泣いてた時も、ユリアさんは優しく微笑かけてくれて、いっつも言ってくれたよ!」
那祈は思い返していた。ユリアとの思い出を。共に暮らしてきた今までの日々は、那祈の中で一番輝いていた。孤児として同じ境遇の"家族"と出会い、そして——ユリアもその中にいたのだ。
いつの間にか、また涙が溢れ出してきていた。ずっと泣かないでいたかったけど、それは叶わなかった。ユリアとの思い出は、それほど深くまで那祈の心に浸透していたのだ。
声が震えて、枯れそうにもなる。嗚咽も混じってきて、ぐるぐると頭の中では思い出が回り、最後に出てきたのは、ユリアが毎度のように泣き虫だった那祈を強くさせた言葉だった。
「泣いたら幸せが逃げちゃうよ、って言ってくれた! だから、私、今までちゃんと泣かなかったよ! ユリアさんに……いつか、褒めてもらい、たくて……」
ユリアとの約束を守っていたかったけど、あの頃のユリアと今のユリアとではまるで違った。あの時から、今では色々なものが壊れてしまったように感じる。壊れる前は気付かず、壊れた後から気付いた大事なものは、儚く散ってしまう。
最初からユリアは殺人狂ではなかった。殺人狂とはまるで別物。真逆の人物だった。
しかし、いつを境にしてだろうか。ユリアの様子が少しおかしくなり始めたのに薄々那祈は気付き始めていた。
ユリアは、元々殺人狂ではなかった思い出しか、那祈にはなかったのだ。
「……那祈ちゃん……ッ! 那祈、ちゃん……ッ!!」
ユリアの目から、涙が零れた瞬間だった。
腹部の血は止まることはない。それは遅すぎた瞬間でもあった。
「ごめんなさい、那祈ちゃん……」
「ユリアさん!」
ユリアが血だらけの手を那祈へと差し伸ばす。那祈はそれに応じるかのようにユリアの元へと駆け寄った——だが、その手に那祈が触れられることはなかった。力無く、その手はゆっくりと垂れて、ユリアは膝から床へと倒れていった。
その地面には、真っ赤な血で染め上げられる。綺麗な床の、真紅の血。
「ユリ……ユリ、ア……ユリアさんッ!」
絶望の恐怖が一気に那祈を襲った。駆け寄り、血だらけのユリアを起こす。金髪の長い髪が血で濡れ、赤い色に染め上がっている。ユリアは、奇跡的に目を開け、ゆっくりと笑みを作って声を必死に絞り出していた。
「ごめん、ね……あなたを、泣かせて、しまった、のは……わたし、みたいです、ね……」
「ユリアさん! 喋らないで! 今、助けるから……!」
「う、うん……あな、たの……"能力"、なら……可能かもしれない、けど……私は、このまま死ねば、いいの……」
「そんなこと言わないでっ!」
血だらけの手を、クレアは那祈に差し出した。それをおもむろに掴み、握り締める。手が血だらけになっても構わなかった。
「この、手で……いっぱい、嫌な事を、しました……もう、殺人狂の、手です……。ごめん、なさい……"約束"、守れなくて、ごめんね……」
「ユリアさん……!? ユリアさん! ユリアさんッ!!」
ユリアは那祈に謝っていた。元から、根本的には殺人狂ではなかったのである。彼女は、何かが起きたことによって豹変した。泣き叫ぶ声は、無常にも神の目の前にして、無慈悲なものだと思われた。
彼女の最後は、殺人狂ではない、那祈の覚えているユリアの優しい笑顔で息を引き取っていった。
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.27 )
- 日時: 2013/02/15 02:23
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
土を踏む足が——重い。
それは両者二人共が感じたことであった。白夜と那祈は、ユリアを簡単ではあるが埋葬を行った。血の臭いが広がる教会内とは違い、血を足で踏むあの感覚も忘れるかのような、土の柔らかさであった。
二人共、何も答えない。那祈は、呆然とユリアの墓の前でただ座り込んでいた。その少し後ろで、白夜は墓を見つめてる。
「……ユリアさん、幸せだったかな」
突然、那祈が呟いた。沈黙が貫き通されると思っていた最中に那祈の言葉によって白夜は視線を移した。
しかし、座り込んだままなのは変わらず、言葉だけがそこを往復する。二人のこの距離には明らかな距離があった。白夜の右肩には、包帯こそ巻かれているが、血が滲み出ている。それが先ほどの戦闘を物語っていることは十分だった。
「幸せな、わけないよね。私がいなかったら、死んでなかったのかもしれないんだから」
対象の見えない言葉を、ただ白夜は受け止めていた。
殺人狂ではなかったユリアが、どうしてあそこまで殺人狂を演じていたのか。疑問が後々になって生じる。彼女はどうしてそんな"演技"をしたのだろう。
「私のこと、恨んでるかな……分からないよ、もう」
恨んでいるはずがなかった。死に際の微笑は、本当の彼女の微笑だったに違いない。だが、白夜の口からそれを言うことはなかった。しかし、全ての重みを分かっていた白夜は、那祈に対して言った。言わなければならないと思ったのである。
「……すまない」
その瞬間、ピクリと那祈の肩があがり、ゆっくりと立ち上がった。肩は震えていることが分かる。そのまま、那祈は白夜の方へと顔を向け——泣き顔をそのままにして、白夜へと近づいていく。
「何、で……なんで、謝るの……? 何で……」
白夜は何も答えない。その悲痛な姿の那祈を、ただ見つめるだけだった。
「ねえ……答えてよ? 何で、謝るの? ……ねぇ、白夜君……!」
白夜へと近づいていく。今にも倒れそうだった。那祈の心は悲鳴をあげていたのだ。その悲鳴を叫ぶ場所が、どこにもない。那祈の本心では、このことがどうしようもないことなのだと解釈したくないのである。白夜は怪我を負ってまで戦ってくれたのだ。それは、ユリアから自分を守るためであると、那祈は分かっていた。
だが、それが抑えれるほど、那祈は大人ではない。どんな能力を持った者でも、どんな性格であろうと、那祈はまだ子供なのだ。
白夜の元へと近づくと、ゆっくりと手をあげ、そしてそれをそのまま白夜の胸へと叩き付けた。手にこびりついてとれなくなったユリアの血が痛々しさを更に白夜へと伝わらせる。
「どうして、何も言わないの……!? ねえ、何で……? どうして——どうして、ユリアさん死んじゃったの!? 白夜君! 答えてよぉっ! 白夜君ッ! 白夜君ッ!!」
何度も、拳を作っては白夜の胸へと叩きつける。それを白夜は止めようとはしなかった。出来なかったのだ。悲痛に叫ぶこのか弱い少女は、叫ぶ場所を知らなかった。理不尽なことを言っているとしても、白夜は結局その手でユリアを殺さなかった。しかし、あのままだと、白夜が死んでいたかもしれなかったのだ。ユリアは既に殺人狂を幾度となく演じており、既に何人もの人を殺したはずである。殺すことによって、自分は本当の殺人狂だと認めざるを得なくなっていった。
その理由がどうであれ、ユリアは殺人狂に間違いはない。その事実がそこにあり、また思い出としてユリアは、那祈にとって大切な人であったこともまた真実であった。
「……すまない」
白夜は一言、再び呟く。那祈は、その言葉で胸を叩く手を止め、顔を白夜の胸元へと押し付ける。どうしようもない、このどうしようもない現実を、見たくないと誇示しているようにも見えた。
「どうして、謝るの……!? 謝られても、私、何も……! 何も、返す言葉がないよ……! 私、何も出来なかった……ユリアさん、助けて欲しかったはずなのに、私、何も……!」
大切な人が目の前にいた。しかし、一度の疑心暗鬼によって大切な人が大切でなくなったのだ。気づいた時にはもう遅い。大切な人は既にここにはいないのである。
那祈はそんな自分が悔しかった。それほどユリアが大好きだったのだから。また、ユリアも那祈のことを愛していたのだろう。
研究所から逃げるところを見逃した、というのは本当にユリアの言った通りだったのだろうか。もしそうであれば、効率が悪すぎると白夜は思っていた。その場で対処した方が、確実に良いのは誰しもが分かる。
その時に笑っていたのは、殺人狂の表情ではなく、本当の笑顔だったのではないだろうか。本当は逃がしたかったのではないか。自分を見たことによってもう教会には近づかないだろうと、そう思ったから。
しかし、それらは死んだ後からでは推測しか出来ない。それらを確かめる術はもうないのである。
地面へと崩れ落ちていく那祈を白夜は見つめることしか出来なかった。白夜の中で"あの時"の出来事がこの時、鮮明に浮かび上がっていたからである。
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落ち着いたところで、白夜と那祈は孤児院の中へと入った。いつの間にか夕暮れ近くになっており、今日は孤児院で泊まることになったのだ。
ユリアの言ったように、人気はまるでなかった。物静かな遊び部屋が不気味なほど不自然に思えるほどである。
食料は幸い冷蔵庫などにしまってあるようで、それらを取り出し、那祈はご飯を作って白夜の目の前においた。
「はい、どーぞ! 那祈ちゃん特製のクリームシチューだよーっ」
そこには確かにクリームシチューがあった。野菜の豊富なクリームシチューで、じゃがいもやブロッコリー、にんじんなども入っている。その隣には、パンが入れられたバスケットまであった。
ユリアの墓の前で泣いていた那祈とはまるで別人のような、絶望していたとは思えないような振る舞いに、多少白夜も戸惑いを感じて呟く。
「……無理はするな」
「んー? 何が? あ、白夜君! パンにクリームシチューつけて食べてね。それと、サラダとかも作ったんだー」
大盛りに皿へと盛られたサラダがさらに机の上に置かれる。楽しそうに那祈は白夜の対面に座ると、笑顔でいただきますと手を合わせた。
「那祈、お前——」
「えとね? ……考えたんだけど、一番ユリアさんに今してあげられることって、ただ嘆くことじゃなくて、泣かないって約束を守ることだと思ったの」
白夜の言葉を遮り、那祈はそう言葉にしていた。クリームシチューを食べる為に持っていたスプーンを置いて、少し寂しそうな顔をしながらも、多少笑顔交じりで話を続ける。それを白夜はただ見つめて聞いていた。
「それで、研究所にいる皆を助けてあげられたら一番いいんじゃないかって……だから私、前向きになることにした。いつまでも、泣いてたらそれこそユリアさん、悲しいままだと思う。……だから、私は負けないよ。頑張りたいの。ユリアさんの為にも」
最後の言葉で、那祈は微笑んだ。それはユリアの最後に微笑んだ表情と瓜二つのように、慈愛に満ちた笑顔だった。
那祈は乗り越えようとしていた。それが分かると、白夜も思わず小さく微笑み、それからクリームシチューをスプーンで口に運んだ。その様子を、驚き半分不安半分で那祈は見つめ、
「どう……かな?」
「……美味い」
「本当!? よかったーっ」
嬉しそうに笑う那祈を見て、白夜もまた心が安らぐ気がしていた。だが、白夜には那祈に伝えなければならないことがある。単なる那祈の付き添いでここまで来たわけではない。白夜にも研究所に対して目的があった。単に那祈の為についてきたわけではない。それに加え、説明していく必要があったのである。
「那祈、話がある」
「ん……何? 白夜君」
那祈は丁度パンにクリームシチューをつけようとしていた。その手を止めることはなく、つけるとそのままそれを口に運びながら白夜へと視線を移していた。
「俺が……お前に同行した理由について説明したいと思う」
手を止め、白夜の顔を見る。孤児院のリビングはかなり広めであった。その広いリビングの一つの席で二人は座っている。この広い空間が空虚な気持ちをどことなく思い出させる。
白夜は決してお人好しの為に動いたわけではなかった。勿論、自分の為なわけはないが、白夜の目的は一体何なのか那祈は気になっていたのである。
黙って那祈が頷いたのを見ると、白夜はゆっくりと口を開いた。
「一人の女性を探している。名前は……"ルト"という名前なんだが……知らないか?」
那祈は少し考えた後、首を左右に振ってそれを否定する。
その時、那祈はユリアと白夜が戦っている最中のことを思い出していた。確かあの時に白夜が不意に呟いた言葉。それは、その少女の名前だったのではないかと思い当たったのだ。
もしそうであれば、何故あの時呟いたのか。それは白夜の時折戦闘時に見せるあの表情——人を殺す、殺人狂に似た気性と何か関係があるのか。根本的に、那祈は白夜を殺人狂とは思っていないが、ルトという人物があの冷徹さをもたらしている原因なのではないかと思ったのである。
「そのルトさんって人は……何で研究所に?」
疑問として浮かんだのはまさにそれだった。ルトという女性と研究所の結びつきがまるで分からない。
しかし、次に白夜が口にしたのは、予想していない回答であった。
「それは——」
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あの日の残像は今でもよく覚えている。
何も見えなかったあの日々から抜け出したきっかけは、"彼女"だった。
彼女は、何も見えない俺へと手を差し伸ばし、微笑むとこう言った。
「普通じゃなくても、皆一緒だよ」
手は、そのまま垂れていた俺の手を掴み、握り締めた。温かいその手は、そのぬくもりを消え去ることはなく——彼女はまたも微笑んだ。
全てが、色を取り戻していく。取り戻した色は、目の前から消えることはないと思っていた。
「私の名前はルト。貴方は?」
その笑顔は、どこまでも眩しく、俺にとっての光だった。
「……白夜」
「白夜……いい名前だね」
白夜という名前をいい名前なんて思わなかった。
それは、親と呼ばれる生き物がつけたわけではない。この名前は作られた名前。全てが作り物の世界。
生きるというのはどういう意味なのだろうか。
世界は今日も嘘を吐いていた。
「白夜、行こう?」
どこに行くんだ。待ってくれ。
「大丈夫だよ。心配しないで」
俺が守ると、そう誓ったはずなのに、何で——
「白夜……お願い。最後に、一つだけお願いを聞いて欲しいの」
俺が誓ったんじゃないか。俺が約束したんじゃないか。それなのに、俺は——逃げたんじゃないのか。
「私を————殺して欲しいの」
世界は、今日も嘘を吐いていたんだろう。
この世は不都合だった。世界は今日も音を立てて、見えない所で崩れていく。過去は夢のように淡く、そして儚く、後悔を引き起こす。
それはまるで、罪の重みを知った後の後悔。
——過去の代償だった。
第3話:過去の代償(完)
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