ダーク・ファンタジー小説
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- 大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
- 日時: 2014/01/02 18:15
- 名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)
人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!
ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)
拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
アドバイス、意見などお待ちしています。
あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。
登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。
・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。
・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。
・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。
・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。
・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。
・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。
・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。
・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。
※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
>>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.1 )
- 日時: 2013/12/13 19:18
- 名前: 三井雄貴 (ID: Ya3klDgh)
† 一の罪 “堕天使斯く顕現す” (前)
眼に映る存在すべてが深紅(あか)に染められていた。
そう……其処はまさに此の世の煉獄。虚空(そら)を覆うは、太陽をも焼き尽くさんとす終焉の業火。遍く生きとし生ける者に最期を告げる狼煙。叢雲(むらくも)を裂くは、裁きの紫電。
そして——天より失墜する明けの明星。
天空高く、二人の天使が死闘を繰り広げていた。大気を震わせる魔力弾の応酬。まさに、世界の命運を決さんとす一戦に相応しい壮絶な光景が展開されている。
「大天使長(セラフィム)である我が身に貴様ごときが敵うとでも?」
漆黒の天使が言い放つ。
「結果が後から示すことだろう。そして、あなたは既に大天使長に非ず!」
描いた魔法陣で迫り来る火炎を弾き、白銀の天使が叫んだ。両雄とも魔力は同等、技量も互角。どちらともなく、剣を抜いた。敗北は、即ち天国の門を永久にくぐれないことを意味する。
「———終わりだ、主に反逆した自身の愚かさを怨め!」
眩いばかりに光輝く剣で闇の刃を斬り裂く。
「なっ、我が剣が……おのれ!」
響き渡る剣戟が止むよりも疾く、滑らせた切先は黒衣を貫いた。
「何故だ、貴様が此の俺を破るなど……」
「——鞘より出でし剣……神に授かりし、裏切り者を裁く刃。さらばだ、堕天使。貴様に墓標は要らない。其の儘、贖いの奈落へと堕ちよ!」
剣を引き抜き、常闇を湛えし翼を鮮血に染めながら、黒き天使は雲間より落下してゆく。
「——さようなら…………」
宿敵を打ち破ったと云うのに、彼の者の瞳が湛えし色は、栄光で彩られし勝利の光ではなく、何故か哀しみにも似た、憂いを帯びていたのであった。
何時の時代も、強き力を持つ存在は、畏怖され、嫉妬され、やがて終いには憎悪の対象と成りゆく運命にあるのが常。斯様な理を示すかの如く、かつて世界と戦った最強の悪魔がいた。万人を魅了し、戦慄させ、天より失墜(おち)て尚も“明けの明星”を冠したその輝かしき名は、時空を超え、語り継がれる……
人々は、かの者を魔王と呼んだ————
どこまでも広がる青空……竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)の空気は今日も澄んでいた。
「ああっ、あれは!?」
村人の一人が空を指差す。
「もしかして……流れ星……!」
腰に一振りの剣を下げた少年が、目を輝かせて叫んだ。
「何を言っているデアフリンガー。昼間に流れ星など見えるか」
同じく帯剣した隣の美青年が、呆れたように呟く。
「ったく、兄上は夢がないなー」
デアフリンガーと呼ばれた彼は、大袈裟に溜息を吐いた。
「おお、ツェーザル殿! 落ちましたぞ」
「村から遠くないな。デアフリンガー、様子を見にゆくぞ」
弟に声をかけると、早足に歩き出すツェーザル。
「こ、これは……」
天より降ってきた何かの落下地点へと急いだ一同は、予想外の事態に言葉を失った。荒野は大きく抉れ、周辺の大地もひび割れている。そして、その中心に“彼女”はいた————
まだ年端もゆかぬ幼い女の子、のようであるが……遊びたい年頃なのだろう。悪魔ごっこでもしていたのか、随分と奇妙な変装だ。
「うわぁあんッ! いたい、いたいーッ!」
倒れたままの少女が泣いている。駆け寄るデアフリンガー。
「大丈夫かい? えっと、君は……」
「こら、無礼な小童め! 地獄大元帥たる吾輩に気安く近づくとは命知らずな……まさかお主、この面貌を存じぬわけではあるまい」
甲高い声で涙目の彼女が怒鳴った。頭には触角のような細い角が一対、背中には蝿にも似た羽。
「おー、この触感は本物みたいだな。兄上ー。よくできてるよ、この子の飾り物」
デアフリンガーは傍にしゃがみ込むと、目を丸くして覗き込んだ。
「みたいも何も本物に決まっておろう、痴れ者めが! なんと恐れを知らぬ奴だ……この討ち果たした者たちの首が目に入らんかーッ!」
腰にぶら下げた数個の髑髏を指す。重量感の無い音が響いた。
「えっと……作り物、だよな……」
歳若き剣士は困惑している。
「だって頭蓋骨なんて重たいもんー!」
両腕をばたつかせて喚く様子から、怪我は酷くないようだ。
「でも数々の敵を討ち果たしたのは真だぞ、吾輩は魔界でも指折りの実力者だからな」
立ち上がるとフンと鼻を鳴らし、腰に両手を当てて言い聞かせる。
「そうだね、すごいなー。で、君……ご両親は?」
受け流してデアフリンガーが尋ねた。
「親はおらん。ガブリエルめに惑わされて、ご主人様とはぐれてしまったのだ」
「あー、想像力が豊かなんだね。ははは……」
苦笑いする他は無い。 ガブリエルと言えば、この世で最も高貴にして強力な存在である天使でも最上級の“四大天使”と称される一人。このように小さな子供と接点など皆無だろう。
(うーん、何を言っているんだろう……この子は)
デアフリンガーが困り果てていると、ツェーザルが歩み寄ってきた。
「まあ子供の言うことだ。当てにしても仕方あるまい。ひとまず長老の元に連れてゆくぞ。角と羽の生えている種族など、この辺りでは見かけない」
淡々と促す兄。この谷は竜が棲んでいるかのような名ではあるが、基本的に住民は人間のみである。俗世と隔絶された山間の僻地ゆえ、使者や旅人を除いて外部より訪れる者も少ない。
「長老ーッ! 空から女の子が! しかも地獄なんとかなんて名乗ってて、頭をやられてしまったみたいなんです」
村役場に響き渡るデアフリンガーの大声と足音。
「まったく、何を騒いでおる。空から女の子が落ちてくるなんて、そんな作り話みたいなことが……」
長老が半笑いで書類より顔を上げる。だがしかし、デアフリンガーの伴っている少女を視界に収めると同時に、その穏やかな表情に衝撃の色が奔った。
「そ、そちは……!」
夕闇に照らし出される、広大な原野に取り残されたかのような旧い遺跡。二つの影が暗い室内に揺らめく。
「飛ばしてた使い魔が場所をつかんだんだが、お嬢はドラッヘ・タールって谷にいるらしい」
さっぱりとした口調で、葉巻煙草を咥えた大柄な老女が話しかけた。いや、一見すると壮健そうな老女のように見えるが、その両手は刃状と化している。
「……竜の棲む谷、か」
対照的に細身で中性的な美青年が、その薄い双唇を開いた。
「竜って言や、大昔アンタらが滅ぼしたんだし、人間の言うことだから本当に住んでやがるとは思えんがね」
「否……屠竜戰役の折、大物を一体のみ逃がしている。して、ベルゼブブが谷で戰となった跡は?」
銀髪の隙間より覗き見て男が問う。
「いや、波動は一定してる。あんだけの魔力だ。戦おうもんなら誤魔化せるハズねぇわな」
腕組みをして述べる異形の相方。
「左様か。なれど現世に留まっておれば天使方が如何に動くかも理解らぬ故、我等も谷へ赴く方が良いと心得る。異存は有るか、アモンよ」
黒装束に身を包んだ青年が問う。
「各個撃破をおそれてるってのかい、ずいぶんと魔王様にしちゃ弱腰じゃないか」
壁に寄りかかったまま、アモンは苦笑してみせた。
「久方ぶりの現世だ、弱腰で上等。上に立つ者は常に最善の選択をせねばならぬ。地獄侯爵として幾多の悪魔を率いるお前であれば存じておろう」
魔王と呼ばれた男が流し目で見遣る。
「まあお嬢も心配だし合流に異論はないさ。と、その前に来客のようだね。もう嗅ぎつけるとは人間もバカにならんもんだ。ひとつ、もてなすとするか」
荒野に吹き荒ぶ風。遮るものなど何も無い。それもその筈。この王都より遠く離れた土地は、最も近くにある村が竜の棲むと噂される秘境という程の僻地だ。兵士たちは、視界に存在する唯一の建造物へと、一直線に行進する。
「行程に余裕があるとはいえ、こんな辺鄙な所で異端狩りの仕事に付き合わされるとはついてないなあ。魔術師、だっけ? んなもん奴等がなんとかする相手じゃないか」
「まったく、最近は物騒だねえ」
「なにやら悪魔の仕業って話もあるらしいじゃん。魔術師とはいえ、人間相手で済むならマシなもんだぜ」
口々に男たちが零す通り、数日前から月は血の様に深紅へと染まり、このような辺境に至るまで重苦しい不気味な空気で包まれている。堕天使が訪れる前兆である漆黒の羽が目撃され、地獄と現世が繋がったのではないかという噂が絶えない。
「その通り。悪いのは悪魔よ」
凛とした声と共に足音が近づいて来る。
「でも安心して。この騎士イヴがいれば怯えることはないわ」
肩に掛かる程度の髪は亜麻色。どちらかと言うと高めの背丈。引き締まっていながらも、女性らしさの失われていない躰つき。そして、腰には新しくはないが手入れの行き届いた剣。
「さすがイヴさん! 隊の騎士がうらやましいなあ」
「ありがとう。でも、予定外の任務が増えたって嫌がってちゃ騎士は務まらないわよ」
そう言って笑顔を見せた美しい女騎士は、若くして隊長に抜擢され、今回の派遣にあたっては、王より書状と贈品を託された。寄せ集めとはいえ、数十人の護衛が同行していることから、重要な命であると想像できる。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.2 )
- 日時: 2013/12/09 19:11
- 名前: 三井雄貴 (ID: KTS4wi0k)
† 一の罪 “堕天使斯く顕現す”(後)
「これはこれは、任務の最中お越しいただいて申し訳ない。異端狩り主将、ドゥーベです。此方の隊長は……」
「異端狩りの主将ともあろうお方が直々にいらっしゃるとは恐縮です。ソロモン王より此度この隊を預けられた騎士、イヴと申します」
数人の部下を伴い近づいて来る筋骨隆々とした壮年の大男に、彼女は挨拶した。
「おお、女性の方がこの人数を率いておられたとは。それにお若いようだけれども……」
イヴに移ったその視線は、訝しむような目をしている。
「18ですが、それが何か?」
毅然として答えるイヴ。
「失礼なことを! 隊長はあの聖騎士ローラン様のご息女であられますぞ」
侮られたと受け取り、仲間も割って入る。
「おお、あの大英雄の……!」
ドゥーベの顔色が変わった。
「それはそれは、ご無礼致しました。心配するのも無粋というもの。……ゴホンッ、それにしても無理の参戦をお願いして申し訳ない」
「ふふっ、持ちつ持たれつですよ。相手は共通の脅威。王と神と民のためなれば、任務の途上、立ち寄った地であろうと戦うのは騎士たる者として当然のこと」
凛とした面持ちで返す彼女であったが、一息置いて声色を落とす。
「しかし共闘といっても、実質あなた方の指揮下に入れというわけですよね。手柄も全てそちら側のもの、と」
「何を申されたい……馳せ参じはしたが助勢する気など無いとでも?」
イヴの物言いに、武骨な面をさらに厳めしくする異端狩り主将。
「敵は討ちましょう。けれども、わたしたちはあくまで王に仕える騎士。地上にあって天使の代行者である異端狩りの部下ではありません。隊の指揮権はわたしにありますし、万が一どうにも危険となれば一存で撤退することもありえる、と表明しておきましょう」
「このっ、女の分際でドゥーベ様に何を……!」
歩み出ようとした異端狩りの若者を、ドゥーベが黙したまま腕で遮った。
「一報があった魔術師二人は、いわく何も無い宙より悠々と出現しただとか……それが真実ならば空間移動すら可能にする高度な魔術の使い手。あなたも一軍の将。判断は任せましょう」
その返答に、睨み合っていた両陣営の緊張感が解ける。
「とは言え、ご安心を。今や異端狩りの実力は全盛。この自覚が戦意となり、技が実証する。我々の力が、刃が、誇りが……そう容易く跪くことを赦してはくれません。天使と悪魔の二強であった時代は終わった。今や悪魔と並び、天使に次ぐ……いや、悪魔をも超えし強さに至ったのだ!」
「——悪魔を超えた、とほざいたか」
その時、空気を裂かんばかりに冷たい声で何者かが呟いた。見渡す限りの軍勢が犇めく場で僅かに一言が発せられただけながら、恰も空から降ってきたかのように唐突で不気味な問いかけに、居合わせた誰もが思わず見上げる。
「ああッ!」
正面の聳える楼上に、かの者はいた。
「むっ、出たな! 魔術師……!」
十字架に腰かけている痩身が、背にした紅き月によって闇夜から浮かび上がる。
(この男…………)
イヴは直感的に強者であると悟った。得物は携えていない模様だが、尋常ならざる威圧感を放っている。なれど、これまで目にしてきた達人たちとは全く別物……任務や訓練で見かけた武芸者の清澄さとは異質の気配。屋根に悠々と佇む漆黒から溶け出したような姿は、恰もこの世に存在していないかとすら感じられる。
「弓、構え」
ドゥーベの逞しい右腕が掲げられると、弓兵たちが矢を番える。
「おやおや、みなさんおそろいで」
遺跡の壁を蹴破り、紫煙を吐き出してアモンが現れた。
「今日は酔狂祭かい?」
彼女が煙草を踏み消して不敵に嗤うと、構えられていた矢が一斉に砕け散る。
「なに……ッ!?」
狼狽する一同を見下ろし、謎めいた黒衣の若者は詠唱を始めるのであった。
「——“Fortes fortuna adjuvat(運命は、強い者を助ける)”
“Mens agitat molem(精神は大塊を動かす)”
然り、強き信念が強き此の身を突き動かす。何時如何なる地に於いても……!
此れより、此処なる場は万魔殿。地獄の門は開かれた。
さあ……世の闇、其の凡てを——我が手に、再び……!」
- Re: 大罪のスペルビア ( No.3 )
- 日時: 2013/12/13 19:19
- 名前: 三井雄貴 (ID: Ya3klDgh)
† 二の罪 “神の代行者” (前)
かの者の背後に展開された魔法陣から爆炎が赤々と噴出し、その双唇を閉じる瞬間と同じくして、耳を劈く爆発音が轟いた。
「な、なんだァア!?」
次々と天高く舞い上がる兵士たち。彼らが目にしたのは、地面が大蛇の如く隆起して破片を撒き散らしながら、水柱のように足場ごと部隊を跳ね飛ばしてゆく様であった。
「この技……あの場から一歩も動かずに……!?」
十字に座したままの標的を睥睨してドゥーベが唸る。
「マグナ・カーデス。……貴様らに墓標は要らない」
言い放つと、天へ浮上しつつ焔の鞭で地上を灼き払う魔王。
「さすがと言いたいところだけど、この人数相手じゃキリがないねえ」
アモンは屋根に飛び乗ると、頭上の相方に声をかける。
「フン、大技を出すに値せぬが谷へ到る前に調子を確認しておくのも良かろう。“あれ”を拡散して地上を一掃する」
宣言すると、眼前に七の魔力球を十字状に生じさせた。
「——オブスクリアス・メテオ……!」
煌めきと共に、七発全てが斉射される。
「本来、大軍相手に用いる攻撃ではないが心して受けるが良い」
前方、射線上に多面体の魔力塊を形創り、それらを七方に反射させた。
「こ、これは……うわぁあああああッ!」
白光に包まれる一帯。土煙が晴れると、神殿は崩れ落ち、火災は広範囲に及んでいる。周囲を埋め尽くす屍の山よりドゥーベが立ち上がった。その後方に控えていた夥しい兵士たちは半数も残っていない。
「ひ、怯むな……かかれ!」
主将の檄が飛ぶも、絶望が彼らの足を硬直させている。
「ぬ、どうした! なら我がやる……ッ!」
馬の背に立ち、長斧を振り翳して跳躍せんとするドゥーベ。なれど、上空の相手は忽然と消えた。敵影だけではない、ドゥーベの斧も柄の下半分が無くなっている。
「どこ行き……」
真後ろに気配を感じて振り向くと、馬の尻に腰かけ、切断した柄をクルクルと回す男がいた。
「そこかぁあああ!」
上体を返し様に薙ぎ払う。
「遅いな、人間」
声を残して今度は、燃え盛る床に降り立っていた。顔色一つ変えず、奪い取った柄を空中に放り投げて掴み取る程の余裕である。
「ドゥーベ様!」
駆け寄る他の異端狩り。
「目障りだ」
彼が手を開くと、射出された柄が一人の額を貫いた。
「おのれぇ……!」
死体が倒れ込むよりも疾く、ドゥーベが疾駆する。
「刃向かうな」
炎の壁に阻まれて落馬し、のた打ち回る斧使い。
「赦さん……裁きをぉおお!」
憤怒の形相で業火を一気に駆け抜け、横薙ぎに斬り払った。
「——云ったであろう」
軽々と宙に舞って避け、斧の上に着地した彼は囁く。
「貴様では遅すぎると」
顔面を蹴り上げられたドゥーベは勢い余って床を滑り、壁に激突して意識を失った。
「ガッ!」
失神している異端狩り主将に目もくれず、四枚の翼を現出させ、悠然と上昇してゆく謎の男。
「此の身を討とうとは見上げた者共だ。無謀が身を滅ぼすと、己が命と引き換えに思い知るが良い」
一瞥して語りかけると、左半身を前へと向ける。
「——告げる」
イヴをはじめとする生き残った者たちは、一連の挙動を絶望と恐怖に満ちた眼差しで見つめるのみであった。
「汝等の滅びを以て」
魔王の右腕は直角に曲げられ、指先が天を指す。
「世界を浄化せん」
前方へと突き出された左手に、紫の魔力光が灯った。
「う、うわぁああ……ッ!」
眩さのあまりに、口々に悲鳴を漏らす兵士たち。
「天の——雷……!」
その刹那、一面が光の海に呑まれた。
「長老、今の光は……?」
地平線の彼方、閃光が奔る様に顔を上げるツェーザル。
「うむ……わからんが、はるか遠くで凄まじい魔力が放出されたようじゃ」
長老は皺をさらに深くする。
(これは何やら一波乱ありそうじゃのう。それが果たして、この谷にとってどう出るか……)
先刻の少女のことも思い出しながら、竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)の長は、いまだ明滅を続けている眩耀の発せられた方角を見つめていた。
「うそ……こんなことが…………」
目を覚ましたイヴは、変わり果てた地形に絶句する。日没したばかりであるというのに、再び太陽が昇ったかの如く放たれた閃耀。紫電が瞬くと同時に、元より色白の顔が照らし出された。声を上げる間も無い。彼女は気を失った。
「——信じられん。様々な魔術師を目にしてはきたが、あれほどの出力に人間が耐えられるとは…………」
振り返ると、腕組みをしてドゥーベが立っている。至る所に布陣していた軍勢は見当たらない。大半は跡形も無く消え去ってしまっている。白光が去り、視力の戻った時、既に敵二人の姿は戦場に無かった。難を逃れたのはイヴやドゥーベなど、あの者の真下にまで迫って射線より外れていた数人のみ。遺体の一つも無く、先程の一撃が通過して往った方位へと、亀裂の走ったように荒野が延々と谷を成していた。
「そんな……みんな…………」
イヴの部隊は彼女を残し、文字通り全滅。
「まさか敵の力がこれ程とは……イヴ殿、何と詫びれば良いのやら……巻き込んでしまったばかりに…………」
伏し目がちに歩み寄って来るドゥーベに応じることも無しに、彼女は虚空を睨んでいた。
(何もできなかった。このわたしが、何も…………)
呆然自失の女騎士を、ドゥーベの部下も無言のまま遠巻きに見守る。
「わたしが……わたしが弱かったせいでみんなは……ッ!」
溢れ出す感情を吐き出すと、項垂れるイヴであったが、暫しの沈黙を挟んで問いが口を衝いた。
「……あいつらは……?」
「あれは手に負える相手ではない。この件は中央に戻って報告する。そなたが最初に申した通り、一切の責任は此方で引き受ける所存であるし今後の行動についても口を挟みはせん。甚だ残念ではあるが部隊も壊滅した今、そなたが任務を継続できないのは致し方なきこと。誰も咎めはしない。いずれにせよ黙秘しておくゆえ、自ら決められよ」
小さく頷く彼女。
「ひとまず今夜はゆっくりと休め。馬も失われてしまったが、そう遠くない距離に我々の宿がある。これ以上異端狩りに関わる気が起きないとは思うが、良かったら空き部屋に案内しよう。考えるにせよ、眠るにせよ、仲間を弔うにせよ環境は大切だ」
ドゥーベが提案するも、イヴは両手を握り締め、煌々と紅く満月の照らす夜空を見上げて立ち尽くすのみであった。
(何なのよ、あの馬鹿げた力は……いったい…………)
彼女には死から遠ざかった安心も、仲間を弔う余裕も無い。黒き世界へと消えたその青年の風貌は、恰も宗教画に描かれる堕天使のようであった————
「本当に、たった一人であの谷に向かうのか?」
夜が明け、荷物を纏めるイヴに、ドゥーベが尋ねる。
「幸い目的の護送物は残りましたから。騎士は命ある限り、その任を全うせねばなりません。生き残ったわたしが役目を果たさねば、戦死した者たちも安心して眠れないことでしょう」
彼女は力強く首肯した。
「流石は気高きローラン様の娘子だ。しかし、くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫ですって! 城下に置いてきた本来わたしが率いている隊から何人か派遣してくれるよう、昨晩のうちに増援の要請をしておきました」
笑顔で一人一人に挨拶し、朝焼けの町を後にする。行き先は、“竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)”と呼ばれる辺境の村。古より竜伝説があるとされるが、外界と交流の少ない地ゆえ、真偽の程は定かではない。王が文のみならず物品まで届けるような相手であるからには、単なる辺鄙な集落という訳でもなかろう。ただ、イヴの受けた任はそれらを護送する以上でも以下でもない。同行者たちを護りきれなかった今、彼女にできることは、命を落とした者たちの務めを代行することであった。が————
(あの男……いったい…………)
昨日の出来事が脳裏をよぎる度に鼓動が奔る。今は任務の遂行が第一であるのに、不穏な予感が胸中に渦巻いていた。
(いや、今は竜の棲む谷で代表者と会うのが先決。面倒事は後よ!)
燭台しか明かりの無い部屋。仰々しい装飾の施された窓から顔を覗かせる深紅の月に、男の半面が薄っすらと照らし出されている。中肉中背、齢の程は三十過ぎといったところか。藍色の髪と純白の包帯により顔の幾らかは隠れているが、露わになっている右目が不気味にギラついている。
「王よ、急ぎご報告が……」
「戻った天使共の手先が呼び出された、か」
床に届きそうなローブを身に纏って座るその者は、徐に返した。
「流石は真実をお見通しになられるお方、やはりご存じでしたか」
「フフフ……己が左眼を以て世界と契約して以来、星が余に告げるのだ」
上機嫌に杯を口へと運ぶ。
「彼奴が直々に異端狩りを召集する等前例無きこと。どれ、興が乗った。見物と洒落込むか」
王は不敵な嗤いを浮かべながら禍々しい指環を手に取ると、満足気に眺めた。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.4 )
- 日時: 2013/12/09 19:24
- 名前: 三井雄貴 (ID: KTS4wi0k)
† 二の罪 “神の代行者” (後)
「じきに彼等が来る頃ですね、先日調達した珍しい茶葉でおもてなししましょう」
「アメと鞭ってヤツね、甘い顔して恐ろしいお人」
無機質な一室に二人の男女。
「是非おいしいものを味わって頂きたいという好意ですよ、上に立つ者は皆様と素晴らしい文化を分かち合わねばなりません」
眼鏡姿の美青年が異を唱える。
「その爽やかな笑顔が逆にこわいわぁ。あのお方と兄弟とはとても思えな……」
「僕の前で裏切り者の話は控えてくれますか。胸糞悪い心持ちでお客さんを迎えたくはありませんので」
消えたと思いきや、彼女の真横に現れ、耳元で囁く男。言葉遣いこそ丁寧ではあるものの、黒縁の眼鏡より覗く眼光は鋭い。
「やだあたしったら、このいけないお口がすぐおいたしちゃうのよねぇ」
「それは大変、いっそ何もできないお口にしてしまえば楽かもしれませんね。お困りでしたら何なりとお申し付けください。……さてガブリエル、そろそろお時間の方ですよ」
再び和やかな顔つきに戻った若者は、軽く笑いかけると出て往った。
そこに無いようで在る空間。二人の騎士は、床一面が市松模様の応接間に通された。太古より、天使というのは人間より上位に位置する。この部屋は、人間に対しては閉じてしまっている存在(もの)。仮に入れるとするならば、中の者たちが必要としたか、時空を歪ませるような大規模魔力行使によって抉じ開けられた場合である。最も、人間の扱える魔力では事実上不可能と言って良い。本来ならば彼ら異端狩りは、自身の意思でここにいることは出来ないが、特別に“客人”として参上を認められた。
「此方でしばしお待ちを。大天使長様が参られます」
そう告げると、背広姿の老紳士は下がった。
大天使長ミカエル。言わずと知れた最上なる天使にして、神の代行者。あの堕天使ルシファーが謀叛の折は、全天使の三分の一に達する裏切り者を迎え撃ち、世界の命運を決する一大会戦に於いて、ルシファーを一騎討ちの末に退けたと、その勇名を轟かせる。
「——なあ……どう思う?」
ドゥーベは、護衛として連れてきた小柄な美少女に問う。
「罠、ない」
「ほう、大天使長御自らだけで来るとなると我々の気が変わったとしても一人で何とか出来るという自信の表れ、といったところか……異端を狩る騎士すらナメてかかるとは流石は人ならざる存在といったところだな」
部下の返答に相槌を打ちながら、異端狩り主将は呟いた。
「お待たせして申し訳ない。 大天使長を務めております熾天使ミカエルです。以後お見知りおきを」
一変する室内の空気。なれどドアを開けたのは、笑顔の爽やかな好青年であった。金色の髪に黒縁眼鏡、純白のスーツがモノトーンのシンプルな部屋に映えている。
「異端狩り主将“鉄斧”のドゥーベ。お召しにより参上」
「……アリオト」
この優男に秘められた尋常ならざる波動を感じ取りながらも、武人らしく飾り気の無い挨拶を済ませる両人。
「お二方とも、お越し頂き感謝します。そちらの紅茶はお気に入りの一品でしてね。……コーヒーの方が宜しかったでしょうか?」
アリオトが小さな両手で抱え込む様にして啜るのを目にして、ドゥーベもカップに手を伸ばす。
「美味しく頂戴しております。……で、本題の方は如何様な……?」
「変な物は何も入れていませんよ。本日わざわざお呼びしたのはお察しの通りです」
ニコニコと微笑しながら、天使の首領は喋り始めた。
「やはり……先日の出来事は既にご存じという訳ですね」
対照的に硬い表情を崩さずに、ドゥーベが呟く。
「して、彼等は……?」
「ま、簡単に言うなれば悪魔ってやつですよー」
明朗に答えるミカエル。
「——やはり、人間ではなかったか…………」
「いや、むしろ黒い方、あれが本気なら今頃あなた方はここにいませんよ」
声こそ明るいが、ミカエルの言葉が冗談ではないことが同じ武人である二人にも理解った。
「黒衣の男の正体、あれは言わずと知れた悪魔の親玉(カブト)、かつて神の右席を許された身でありながら堕天して地獄の主となった私の宿敵……」
「ルッ、ルシファー……!」
渋い顔を続けていたドゥーベの瞳に、明らかな動揺の色が奔る。
「ご名答ーっ」
対してミカエルは因縁の相手についての話が出たというのに、軽々しい態度は変わらない。
「異様な雰囲気を感じはしましたが、異端狩りもいつの間に随分と恐ろしい相手と戦うようになったものですね……。しかし何卒ご安心を。既に彼の者は我等が先日もう仕留め……」
「彼は生きてる」
アリオトの呟きにドゥーベは固まった。
「ちょ……」
(いやいや何を言い出すんだこの子は……乗るしかない、このお誘いに!って、せっかく長い物に巻かれようと来たのに、早くも信用が……)
「あー、知ってますよ」
微笑みを崩さないミカエル。
「ルシファーは地獄に満ちた魔力を自在に扱え、かの奥義は世界の理すら捻じ曲げる程の出力を誇ります。あなた方も目にしたことでしょう。しかし、怖気づいてはいけません。彼と一緒にいた片方の悪魔、あれはソロモン七十二柱のアモンです。 あの二人は盟友として有名なほどに仲が良い。それほどの大物が同時に顕現するとは、事情はこちらにとって有利なようだ」
「——つまり、このチャンスにまとめて始末したいから協力しろってことなんだけどぉ」
聞き慣れない女性の声に驚いて目を遣ると、いつの間に居たのか、部屋の角に寄りかかって妖艶な美人が立っている。
「申し遅れました、彼女はガブリエル。私と同じく四大天使の一人です」
「あ……はい」
(彼女が現れた気配すら察知できなかった……もし機嫌を損ねでもしたら、自分たちは生きて帰れないかも知れない)
威圧感こそ出していないが、この2人がその気になれば人間如き成す術など皆無であろう。ドゥーベの額に汗が滲む。
「で、あなた達……引き受けてくれるのかしら?」
「あ、えっと……」
「やめなさいガブリエル、怖がっているでしょう。——“Qui parcit malis, nocet bonis.(悪人を許す人は、善人に害を与える)”……そういう訳です」
「あらやだ、ニコニコしてるだけであたしよりあなたの方がよっぽどえげつないじゃなーい」
「こっ……このドゥーベ、神の御為に、異端狩りの誇りに懸け、身を尽くしてか、必ずやっ! 悪魔めを成敗して御覧にいれます……っ!」
「頼もしいですね、期待していますよー。なんせ彼らの確認されたのが竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)からほど遠くないという場所が場所ですから。あの谷はお得意先でしてね、こちらとしても荒事に及ぶことは避けたいんですよ」
ミカエルの言葉に、異端狩り主将は息を呑む。
「では……我々が天使側の勢力であると伏せて追い、奴等を討つと」
「その通り! ただし気を付けてくださいね、確実に両名とも仕留めなければ僕達の関与も明るみになってしまう恐れがあります」
「……おいしい」
紅茶が気に入ったのか、二人の会話はお構い無しに、カップを傾けるアリオト。
「あの……もしも、ですが。その、仮に……討ち漏らした場合には……?」
熱かったのか、アリオトは無言のまま俯いている。
「はい、二度と領内には戻れないと考えてくだされば」
笑みを絶やそうとしない大天使長に対し、思わず厳めしい面相を一際強張らせる斧使い。依然として無表情でありながらも心無しか涙目のアリオトは、舌を出したり入れたりしている。
「既に精鋭百騎を含む先遣隊五百を送りました」
「お言葉ですが、其れ程の大部隊が動いては所属も……」
「まあバレやすくはなるでしょうね。でも貴方たちに頼みましたから、あちら様が当方を疑えば作戦失敗の連帯責任を取って頂くことになります」
「そ、そんな……!」
瞠目するドゥーベ。
「期待してますよー。先日ルシファーとアモンを取り逃がしちゃった分、谷で頑張って挽回してくれるかなー?」
「ぐぬぬ…………」
既に飽き始めたようなガブリエルと眼前の相手を交互に見比べる。
「くれるかな」
にこやかに繰り返すミカエル。
「——おかわ……」
汗を顔中に浮かべようと、動作が鈍ることは無いのが騎士たる所以。
「あ……は、はい…………」
アリオトの口を塞ぎながら、消え入りそうな震え声を絞り出す。
「大事なことなので2回言いましたー。では、いってらっしゃいー。くれぐれもこちらの手の者だと村の皆さんに感付かれないようお願いしますね」
「はっ! この鉄斧のドゥーベ、身命を賭して臨みます! あの……では、しし失礼をば…………」
自分のカップにも手を伸ばそうとするアリオトを引きずり、逃げるようにして退出する異端狩り主将を、手を振って見送る最高位の天使。
「頂点に立つ者同士、其の在り方に物申すは無粋と心得るが、雑兵とは云え仮にも友軍……斯様な扱いで宜しいのかな」
向き直ると、隻眼の男が佇んでいた。
「おやおや、これはソロモン殿。いくらかくれんぼがお得意でも王が盗み聞きとはいかがなものですかね。あ、それと彼等は雑兵なんかじゃありませんよー」
突如とした王の来訪に顔色一つ変えず、天界の指導者は告げる。
「捨て駒です」