ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.20 )
日時: 2013/12/16 22:53
名前: 三井雄貴 (ID: uzSa1/Mq)

               † 十の罪 “崩壊への序曲” (後)


 降ってきた声に仰ぎ見ると、木漏れ日を背にした痩身が煙突の上に佇立していた。
「結界は破られ、我等の使い魔も感知できなかった。つまり此方を熟知した上で対策してくる相手。何より隠しようの無い強大な波動の残滓……我等が同胞に相違無い」
 華麗に舞い降りて説く魔王。
「……ソロモンめ! 天使に先を越されまいと力技に出たか。こうしちゃおられん、あやつがまたあの子に何かしようものなら……」
「待て」
 長老の面前に立ちはだかる。
「斯様な時こそ、長が谷を護らずして如何する?」
 射抜くような視線と共に言い聞かせた。
「……彼女を守れなかった僕が悪いんだ。僕が助けないと……!」
 小さな拳を握り締める。
「浅はかな、其れは勇敢ではなく無謀に過ぎぬ。貴様が往って何が変わる? 他者を救おうと自ら死に急ぐ……其の行いが本人を傷つけるとも知れず恩を押し売りか、此れは良心ではなく偽善と呼ぶべきであろう」
「違う! 僕は誰も失いたくない、誰一人として失いたくはないんだ……!」
 嘆くように息を吐くと、喚く少年に向き直るルシファー。
「やはり童は分別が無い。其の中に貴様自身を含め忘れておる」
項垂れて奥歯を噛み締めていたデアフリンガーであったが、意を決したように縋り付いた。
「お願いだ。頭ならいくらでも下げるから、だから……アザミを…………」
「此の身を誰と心得る。魔王は何人の指図も受けぬ。貴様らの申し出で動く訳が無かろう」
「えっ」
 少年の双眸が見開かれる。
「……だよね」
 肩を落とすデアフリンガー。
「心得たら貴様は其処で見ていよ。足手纏い故着いて来るでない。無力な己を憎み、自分の身ぐらい護れる様にしておけ」
「すまんのう。行ってくれるか」
「貴様らに頼まれる道理は非ず。ベルゼブブの件で先を越されたこともある、ソロモンはあの童の力を以て此の身に盾突くであろう。早めに始末しておくに越したことは無い」
「本当に、勝てるの……?」
 不安げに見上げる。
「地獄の主が何に臆する。あの者は俺が止める、そう決めた。
——“Qui non est hodie cras minus aptus erit(今日覚悟の出来ていない者は、明日になればさらに覚悟が出来ていない)”
 運命を拒むのであれば剣を執れ! 然すれば貴様の前に戰いと云う道が視えて来るであろう。其の道を、他でもない……己が剣で切り開いてゆくが良い」
 颯爽と去り往くルシファーを清々しい顔つきで少年は見送った。
(僕は今よりずっと強くなってみせる。アザミを守れるぐらいに、あいつを見返せるぐらいに成長して驚かせてやる。だから……ちゃんと帰ってこいよ……!)


「おやおや、もう会うことはないと思ってたのにどうしたんですか?」
 満面の笑みを浮かべ、荒野に金髪白服の美青年が立っている。
「アリオトが命を助けてくれた故、態勢を立て直し、反撃に出ようと……」
「で、戻ってきたと。それはそれは大変でしたねー」
 強張った形相のドゥーベに、微笑んで近づくミカエル。
「……じゃあ死ねよ、負け犬に用はないからさ」
 刺すような眼で睥睨して冷酷に囁いた。
「なっ……!?」
 咄嗟に跳び退いて防壁を張るも、身動き一つも無しに消失させられる。即座に半分となった長斧を構えたが、瞬く間に肉薄したミカエルの貫手が金色の輝きを放ったと思うや否や、吹き飛ばされた。立ち上がると同時に後方へ走り出そうと反転したドゥーベの往く手に、巨大な十字架が次々と現出し、退路を阻む。
「武人を名乗る割に往生際が悪いですねえ」
「う……おおおお!」
 眼前に降り立った絶望へ、異端狩り主将は苦し紛れの一撃を振り下ろした。
「……やれやれ、最後まで呆れたお人だなぁ。そんなやけくその力押しで倒れるようじゃ大天使長なんてやってられませんよ」
 手刀で斬り捨てた大男が崩れ落ちると、ミカエルは半笑いで独白する。
「僕が戦ってきたのは、そんな生やさしい相手じゃなかったのでね————」
 そう口にし、地平線へと荒涼と続く大地を遠く見据えた。


 静まり返った森に異質な存在を感じる。鳥獣の類ではない。人間、それも武装した複数人。追跡(つけ)られている……そう悟ったルシファーは足を止めた。
「そこで何をしている?」
 茂みより兵士が呼びかける。
「此処にいられて困ることがあるのか?」
「その口振り……生きては帰せんな。かかれ!」
 合図と共に十人程の手下が飛び出した。先陣を切る大男がルシファーに飛びかかろうと跳躍した刹那————
「ドゥフ……ッ!」
 突如として側方より飛び蹴りを受け、草叢に落下した。脇の林道より姿を現し、出会い頭の初撃で自身の倍は重いであろう巨体を蹴り飛ばした乱入者は、驚くべきことに如何なる早業を使ったのか、着地した時には彼が持っていた大剣を構えている。加えて、その人間離れした曲芸を成し遂げた張本人の佇まいに、居合わせた者たちは驚愕した。信じ難きことに……およそ戦闘とは無縁に見える可愛らしい恰好をした少女である。
「そろいもそろってだるまさんが転んだじゃないんだから……あなたたち、さっきの勢いはどうしたの?」
 あまりの急展開に誰もが固まった。
「お、女……貴様っ、何をしているのか分かっているのか!」
 隊長らしき1人が漸く剣を構え直す。
「で、どうするの? そっちが引き下がらないならこの剣をお借りするけど」
 男性でも扱いが難しい長大な剣を、涼しい顔で二、三度素振りしてみせる彼女。
「ナメやがって……やれ!」
 一斉に押し寄せる男共を舞うようにして華麗に往なし、何れも一撃の元に倒してゆく。それでいて、誰一人として殺めていない。元より重い両刃の大型剣を以て擦れ違い様に刀身の腹で打ち据え、棒代わりに地面へと突き立てて跳び、懐に潜り込んでは柄の先端で急所を突き、たちまちに数人を叩き伏せた。
「信じられん……身の丈ほどもある大剣を横にして扱う女だと……?」
 続々と部下が崩れてゆく光景に、茫然と立ち尽くす隊長。
「残るはあなた1人ね、隊を撤収させなさい」
「見事な猛者っぷりだったが、鈍器で俺には勝てん。殺す気で来い!」
 男は疾駆すると、渾身の力で剣を振り下ろした。なれど彼女の姿は消えている。
「ん……?」
 事態を呑み込むより早く、手にしていた剣が折れ、鈍い音を響かせ転がった。
「なん……あがぁッ!」
 股間に膝蹴りを撃ち込まれ、苦悶の唸り声と共に倒れ込む。
「誰も剣しか使わないとは言ってないでしょう。父が昔よく言っていたわ。剣は闇雲に振り回す為の道具ではないと」
 のた打ち回る相手を一瞥して呟くと、蹴られた脇腹を押さえている持ち主の傍らに、得物を突き立てた。
「いい剣だったわ」
 背後で隊長が起き上がり、よろめきつつ煙玉を取り出す。
「くそっ、増援を…………」
「まずいわ。乗って!」
 一部始終を黙々と観戦していたルシファーの手を強引に引き、兵の誰かが連れていたであろう馬に飛び乗った。
「ああっ、待て!」
 後方の叫びを無視して、鬱蒼と木々の茂る悪路を駆けてゆく。
「お前、真に馬術の心得は有るのか?」
 怪訝な顔で揺られながら尋ねるルシファー。
「わひっ!? びっくりした、いきなり耳元で喋らないでよ。騎士なんだから馬術の類は見習いの時に一通り身に付けたわよ。だいたいなんでそんなに密着してるの……って、どこに手を!」
 身を捩った拍子に肘で顔面を突き上げた。投げ出された勢いで数回転して木の根に叩き付けられる魔王。
「ちょっと、大丈夫ー?」
「腰に掴まった程度で叩き落とすとは……相も変わらず男に縁が無いのか、生娘」
 座り込んだまま口元の血を拭って、駆け寄る彼女を見上げた。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど驚いて……いやつかまるとこないし道も悪いからしょうがないとは分かるんだけど、あなたからわたしに触れてくるなんてそんな…………」
 口篭って赤面する。
「えっと、別にわたしだって縁がないわけじゃないんだけど……その……」
「何を小声で呟いておる。まあ此処迄走れば問題あるまい」
 ルシファーは、外套を叩いて立ち上がった。
「いくら丈夫とはいえひどいことしたのは謝るわ。まあ何はともあれ、この騎士イヴが通りかかって助かったわね」
「お前の加勢が無くとも斯様な雑魚等一蹴しておったわ」
 小さく吐息を吐くと、イヴは苦笑を浮かべる。
「平常運転ってわけね。でも、ここで魔力を使ったら不都合があるんじゃなくて?」
「如何にも、ソロモンの手先が各所を監視しているに相違無き今、我が身程の魔力発動を見過ごしはしないであろう。して、お前は此の森で何をしていた?」
「キ、キノコ狩りよ! え、その……せっかく休みだから出かけようかなって。あはは」
 訝しげなルシファーの視線。
「なっ、なによその顔はー! そもそも私服じゃなかったら王の手下を妨害なんて真似しないってば」
「お前が女物の服を私用で持っているとはな。妖精より妖精の如き出で立ちであるが、見せる者はいるのか?」
 普段の身体に密着した格好と異なり、微風にふわふわと揺らめく衣を冷めた目で見遣る。
「どうせいませんよー! 悪魔は知らないだろうけど、人間界じゃ森用の服装に似つかわなくても女は森の装いって言うもんなの!」
「……戯言は十分だ。斯様な時に何故一人で山奥を歩いていたのか教えよ」

Re: 大罪のスペルビア ( No.21 )
日時: 2013/12/17 23:30
名前: 三井雄貴 (ID: OP8rm8tJ)

                    † 十一の罪 “贖いの雨” (前)


 問い質されたイヴは幾らかの沈黙の後、双唇を開いた。
「知りたかったの、本当のことを。上は警戒を強めるよう命令するだけで理由を話そうとしない。今何が起きているのか、王が何をしようとしているのか、わたしが本当にするべきは何なのか……? それで最近この辺りの山のどこかで何やら恐ろしい儀式の準備が行われてるって噂を聞いて……」
「其の流言は事実無根では無かろう。ソロモンが曾て竜族の血を飲ませ、天使方の妙技を借りて創り上げた半人半竜の童を再び手中に収めた。其の力を要するとは……愈々、か」
「でも、いくら同盟を組んでたって天使方も黙ってないでしょ」
「天使頼りで運命に為されるが儘故に人間は弱者に甘んじ続けるのだ。戰いが罪なれば、大罪と共に生きている我が身が凡て背負ってみせよう」
 宣言する魔王と、呆れ果てたように口元を緩める彼女。
「頂点に立つ時、すべてを背負うって決めたんでしょ?」
「否、此の身が自我を持った瞬間ときだ」
 堂々と言い放つと、心無しか温かな眼差しで続ける。
「真実は二つと非ず。故に目を背けるでない。然れど解釈は人の数だけ在る。飽く迄お前が王に尽くそうと俺は糾弾せぬ。己が道だ。其の眼で見極めよ。今、何を為すべきかを」
「……うんっ! すぐには決められないけど、後悔しないよう選ぶよ」
 咲き誇る花のように凛と答えるも、間も無く哀しげな笑顔に変わった。
「——“Nec possum tecum vivere, nec sine te(私はあなたと共に生きていけない、あなたなしに……生きてはいけない)” あなたは悪魔、わたしは騎士だもん……しょうがないよね。だから、あなたも……全力で戦って」
 照れ臭そうに伝えた。
「互いにな」
 そう応じると背を向ける。彼女が遠ざかる後ろ姿を見送っていると、さほど進まずして歩みを止め、ルシファーは振り向いた。
「……良き剣筋であったぞ、イヴ」
 表情を僅かに崩して告げると、黒衣を翻し立ち去る。
「ル、ルシファー!」
 咄嗟に呼び止めると頬を赤らめ、佇む痩身を見つめるイヴ。
「その……ありがとう」
 彼女がかけたのは、少女らしい屈託の無い一言。再び向き直ったルシファーは黙したまま微笑して返すと、薄暗い森林の中へと消えて往った。


 全身を包む鈍痛。痛みと言うよりは、身体中の重さが数倍になってしまったと表現するべきか。重い。何故こうも重いのか。何故こうしているのか……思い出せない。
(ぼく、なにしてるんだろう…………)
 身体の自由が利かない。巨岩に縛り付けられて身動きが取れないゆえか、四肢の感覚が失われているのか、いや……その両方だろう。肉体が恰も別の生き物のようである。
 雨が岩肌を打つ。寒い。なれど、濡れているせいではないようだ。少女は冷たさも感じることが出来なくなっていた。鉛が体内に注がれているかのような気持ち悪さ。身も心も押し潰されそうだ。なれど抗う術など無い。前後左右より圧を掛けられていると錯覚する程に、胸が重苦しさを訴えている。息苦しい。孤独の海に深く沈められてゆく。目を開けても閉じても景色が変わらない。ここが、どこであるのかも理解らない。
 ふと、以前見た花は綺麗だったなと思い出す。これが走馬灯とやらなのだろうか。あの時の彼はどうしているのだろう、あの紫の花を一緒に見た彼は……そう言えば名前もちゃんと聞いていない。悪魔だと口にしていた気がする。悪魔とは災厄をもたらす存在ではなかったのか。なぜ人を不幸にする悪魔が、見ず知らずの人間にあのような風景を見せようと思ったのか。自分なんかどうなろうと彼にとっては何も変わらないのに。わざわざ敵から庇う義務など無いのに。なぜ身体を張って戦ったのだろう。初めて会った人間の運命を変えたのだろう。自分がいてもいなくても困らない彼がどうして? 自分なんかいなくなっても関係ないのに……そうだ、自分はいなくたって誰も…………
 じゃあ自分は何の為に生きているのか? 何でこの世界に生まれたのか? 自分という存在は何者なのか? あれ、そもそも————

(ぼく、だれだっけ……?)
 自分が誰であるのかも分からない。もはや生きている意味があるのだろうか。あの悪魔は生きる意味を探すことが生きることみたいなことを言っていたように思える。この状態でも探せというのか。見い出せずに終わるのか。何で生きるのか、その意味も知らずに自分はこのまま死ぬのだろうか。
(ぼく……どうなっちゃうのかな…………)
 漠然と考えようとしても思い浮かばない。怖い。想像もつかないというのに、いや……想像できないから嫌悪しているのか。自分が自分でなくなることなど、今までの十数年で受け入れたはずだった。いや……甘んじるのではなく諦めたのか。今まさに、こうして自分でなくなろうとしていることに怯えているのか。そもそも自分が何なのかも分からないゆえに、どうなるか考えつかないのか。生きてこの世の地獄を見てきた自分が死を恐れているのか。

 泣きたい。もう泣いているのかもしれない。涙が出ているのかも分からない。なぜに人とは泣くのだろうか。泣いて何か変わるというのか。そもそも自分は人なのか。長老もデアフリンガーも村のみんなも人として接してくれただけで人ではないのか。ああ、人でなくなろうとしているから体がおかしいのか。人でなくなったら彼らと生きたことが否定されるのか。
「いやだ……いやだよ…………」
 嫌だ……納得がいかない。こう拒絶心がはたらくのも人であるがゆえだろう。人ならざるものになったり死んだりしたら、こうやって思うこともなくなるのだろう。こうしている間にも人から遠ざかっているのか。もう諦めてしまいたい。やはり自分はこの運命から逃れられなかっただけのことだ。なんで今更になって拒否するのか分からない。人でない何かに変えられる境遇への怒りも憎しみも感じない。感情が消えていっている為かもしれない。ただ、明確に拒絶しようという気持ちが、重圧に苛まれる心身において、強く自己を主張している。

「降り出した、か……。先刻までの晴れ渡る空が嘘の様だ。だが如何に嵐が暴虐の限りを尽くそうと、今宵の狂演には遠く及ばん。何せ一晩で歴史が変わるのだからな」
 吹き荒ぶ風が長く垂らした包帯を靡かせる。途切れることの無い雨音の中、ソロモンは嗤った。
「半竜の覚醒に十分な準備はしてきた。後は——」
 鉛色の空を仰ぎ見る。
「あの男を殺して取り込ませれば完成だ。誘き出されると同時に我が総力を以て息の根を止める。如何に強かろうと、此の指環で召喚された七十二柱もの悪魔を前にしては無力! 此の左眼の疼き……間違い無い、他の王たる者の訪れを告げている……! 闇を象徴するルシファーを吸収させ更なる凶悪な怪物に仕上げれば、もはや誰にも止められない。そして天界をも制し、余が人間界のみならず世界のすべてを手にするのだ! さあ早く来い魔王、貴様を処刑する舞台は整った。贖いの雨が罪深き其の身を待っておるぞ」


 イヴは隊士たちを集合させた。複雑な顔色が事情の重大さを物語っている。
「急な呼び出しですまない。隊長として、みんなに伝えなければならないことがある。突然で申し訳ないが、落ち着いて聞いてほしい」
 深呼吸をすると、固唾を飲んで見守る彼らへ、徐に切り出した。
「勝手ながら本日付で、この隊は……解散することになりました」
 騎士たちは唖然として顔を見合わせる。恐る恐る一人が手を挙げた。
「あの、それは……何故でしょうか……?」
 遠慮がちに質問する部下を正視すると、真剣な顔つきで説明を始める彼女。
「いきなりで納得できないのも無理はないわ。でもわたしはもっと納得できないことがあって苦渋の決断をした。これ以上、王の駒でいることはできない。いや、むしろ彼の野望を止めようと決意したの。彼は罪のない子どもを虐げ、人ならざる存在として暴走させる儀式を行っている。人間の世をつくるっていうけど、そのために人を怪物に変えて世界を蹂躙させるような指導者を信用できない。どういう惨劇が引き起こされるかも分からないのに、黙ってされるがままに受け入れるのなんて納得できない。わたしは今の生活を得られている世の中に感謝している。かけがえのない人たちに囲まれて日々を過ごせる、おいしいものをお腹いっぱい食べられる、明日が来ることに安心して眠れる……そんなささやかな幸せを理不尽な暴力で壊されたくない。
 天使の下で人間はこの世界をつくり上げてきた。それが正しいかどうかなんて分からない。だけど……人々の幸福を犠牲にしてまで理想を押しつけるような人間に仕えるのが騎士なの? 騎士は祖国を守るもの。王が過ちを犯そうとするのなら全力で止める。たとえ、この命を賭してでも……!」
 迷いの感じられない、限り無く真っ直ぐな眼。
「……隊長。隊長はどうして……そんなにお強いんですか?」
 悲痛な顔で隊員が口にした。
「決まってるじゃない? 騎士だからね。それと……」
 不意に目を伏せるイヴ。
「好きな人がいるからかな」
 頬を薄紅に染めて、気恥ずかしそうに呟いた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.22 )
日時: 2013/12/17 23:35
名前: 三井雄貴 (ID: OP8rm8tJ)

                  † 十一の罪 “贖いの雨” (後)

 一瞬、場が固まると、静粛を保っていた一同が一斉にどよめく。
「冗談だってば。でも、恋はいいものだと思うよ。騎士としての任務だけじゃなくて、自分にとっての守りたいものができたら、もっと強くならなきゃって実感わくだろうし」
 苦笑を挟み、再開した。
「みんながこれからどうするかは、それぞれが好きに決めなさい。一緒に来てほしくないと言ったら嘘になるけど、わたしはもう隊長じゃないのに巻き込むような野暮な真似はさすがにしないわ。背負う家族がいる人はすぐに決められないだろうし、あくまで忠誠心を貫き通すって生き方もあることでしょう。
 ただ、考えることをやめないで。歴史が動こうとしている今、自分が何をするべきか。それがわたしの歩む道と違った答えだったとしても、わたしに非難する権利はないわ。わたしが間違っていると思うのなら全力で立ち向かえばいい。遠慮は無用。戦場で会えばこちらも手加減はしないわ。今まで身につけたすべての技でかかってきなさい。
 ……じゃあ最後に——」
 全員を見渡し、表情を崩すと続ける元隊長。
「みんなに会えて良かった。最後までこんな陳腐なことしか言えない隊長を許してね。みんなと色んな任務につき、色んな経験をした。この先どうなろうと、わたしたちの心にある思い出は嘘じゃない。どうしようもなくなった時は一緒に過ごした日々を思い出してくれたら嬉しいな。みんなはどうだったか分からない。人それぞれ思うことはあるでしょう。でもわたしは楽しかった。どんな時も全力で生きた。大切な仲間と共に生きてきた。全力で鍛錬し、全力で戦い、全力でご飯を食べた」
 緊張感に包まれていた場に、笑い声が漏れる。
「イヴさん、本当に毎日いい食いっぷりでしたもんねえ」
 盛り上がる同僚たちを温かな目で眺めるイヴ。
(悲壮感の漂う解散にならなくて良かった、わたしの隊は最後までみんなが元気いっぱいじゃなきゃ……!)
 暫しの歓談を楽しんだ隊に、清澄な面構えで向き合い、軽く咳払いすると改めて言う。
「まあ人生ってのは思い通りにいかないものね。これから困難に直面することもあるでしょう。つらいこと、苦しいこともきっとあるでしょう。それでも騎士は戦わなければならない。
 だから……最後の最後まで一生懸命に生き抜きなさい。人生に勝ち負けはないけど、後悔のない一生だって最後に本人が思えたら、少なくとも負けては無いでしょ。今まで……本当に、本当にありがとう。みんな」
 女騎士は最後に笑ってを見せると、背筋を伸ばして去って往った。


 嵐の勢いは衰えを知らない。稲妻が奔る度に、ソロモンの不敵な嗤いを浮かべた横顔が照らし出される。
「……来たか」
 目線を上空へと移すや否や、落雷を蹴散らすようにして、鮮烈な紫電が灰色の世界を切り裂いた。
「者共、戦闘態勢に入れ」
 命じながら、指環を確認するように一目する。
「待っていたぞ悪魔の長……では、王の戦いといこうか!」
 ソロモンが叫んだ直後、辺り一面を覆い尽くす眩耀が生じた。瞼を貫くばかりの輝き。
「戰いと云うものは相手無くして出来ぬ筈であるが? 此の場に王は、俺唯一人のみ」
 視界が色を取り戻した時には、ソロモンの部下たちは跡形も無く消えていた。そして、悠々と降り立つ堕天使の姿。
「貴様がルシファー……!」
 巨大な両翼を金色の隻眼で睨む。
「生憎であるが貴様は王の器に数えていない。此れは戰いに非ず。魔王である我が身が貴様に下す裁きだ……! 貴様如きの分際で此の身を同列に称した愚かさを悔み乍ら其の他大勢の1人として消えるが良い!」
 殺到する無数の魔力弾。
「時代は変わる——」
 閃光と土煙の中より囁きが聞こえた。
「そして、余が世界を変える!」
 粉塵が四散すると、無傷のソロモンが立っている。
「寝言は寝て云え。然も無くば、永遠の眠りを与えて遣ろう」
「フッ……」
 ルシファーの眼光に怯むばかりか、嘲嗤って包帯を解いてゆく王権者。白銀の左眼がその全貌を顕わにした。
「貴様ら古の遺物を新たなる支配者である余が討ち滅ぼし、魔王をも超えた恐怖と力の体現者になるのだ……!」
 ソロモンの高笑いが響き渡る。
「妄想は自由であるが——」
 爆笑し続けるソロモンを睥睨するルシファー。
「其の薄気味悪い笑い声……耳障りだ」
 そう述べると、槍状の光の束を現出させる。
「良い目だ。其の威圧感に戦意も高揚するものよ!」
 ソロモンも満足気に指環を高々と掲げた。負の波動が周囲に満ちてゆく。
「さあ、我が七十二の猛将達よ! 此の者を抹殺せよ!」
 橙、赤、紫、藍、淡紅色……次々と魔力光が点滅し、降臨する地獄の強者たち。
「——おいおい七十一の間違いじゃねーのかい」
 軽い口調と共に、ツェーザルを背負ったアモンが舞い降りた。隣にはデアフリンガーをぶら下げたベルゼブブ。
「間に合ったみてえだね。この緊張感、嫌いじゃないよ」
「アモン、貴様……裏切りおったか……!」
 悪魔以上に悪魔じみた形相で凝視する。
「悪いねソロモン、でも裏切ったんじなくて表に返っただけさ。アタシの大将はあっちでも現世(ここ)でもこいつ(ルシファー)だけなんだわ」
 ニヤリと返すアモン。
「してアモンよ。伴って参じたからには其の童、戰力になるのであろうな」
 横目で尋ねる。
「いい筋してるよ。若いっていいもんだ。
ビビるな、坊や。なーに、おそれることなんてなんもない! 要はただ片っ端から倒すだけ、分かりやすいだろ?」
 首肯するデアフリンガー。
「味方が少ないから邪魔にならなくていいよ。谷に伝わる奥義を思う存分に練習させてもらうとするかな!」
「クハハハ、酔狂酔狂! 子供も含めて僅か五人で立ち向かうとは、見縊られたものよのう。……叩き伏せよ」
 ソロモンは冷徹に指示する。
「宜しい。集いし名だたる闇の勇者達よ、己が誇る武を存分に示せ……! 魔王である我が身が手ずから応えよう。心して受け取るが良い!」
 ルシファーの背後にたちまち数十の魔法陣が出現した。紫に煌めく魔力弾の嵐が降り注ぎ、迫り来る悪魔たちを悉く消し飛ばしてゆく。
「負けてられないな。推して参る!」
 宙へと跳躍し、地上を掃射するツェーザルとアモン。なれど何れも地獄を代表する豪傑たち、真横の仲間が灰にされようが動じずに突進する。上空では、複数の悪魔と入り乱れてベルゼブブが目にも止まらぬ空中戦を展開。

 デアフリンガーも天性の勘と、体格差の有る相手と積み重ねてきた長年の稽古の成果か、善戦していた。とは言え、人の身に在るゆえに二次元の立ち回りを強いられる。想像以上に渡り合ってはいるが、延々と鍔迫り合いを繰り広げても埒が明かない。
(……やっぱ奥義じゃないと…………)
 早4、5柱は仕留めたであろうか。打ち寄せる波の如く大挙して迫る新手。岩を背にして包囲されることを避けているものの、自身の体力と敵の総勢……何れが尽き果てるが先か、子供の頭でも予想に難くなかった。襲い来る禍々しい悪魔に真っ向から立ち向かう勇気も、数の暴力を粉砕する決め手には成り得ない。
(落ち着け、訓練でできたことは絶対できる……!)
 竜の棲む谷には、悪魔や怪物等と云った負を象徴する存在に対し、威力を発揮する奥義がある。素質に恵まれたデアフリンガーは幼くして長老やツェーザルに習ったが、平和な谷に在っては使う機会が無かった。果たして本当に効くのか。不安は残るが、躊躇している猶予は無い。遠からず力尽きるのであれば、いっそ賭けに出るのも悪くない。
(意識を集中しろ。強く想像しろ。僕なら、出来る……!)
 研ぎ澄まされた刃の如き心。とめど無く浴びせられる攻撃を遣り過ごしながら詠唱を開始した。
「——此の身は闇を断つ刃。我に仇為す悪しき者に裁きを下さん」
 長老達と同じく緑系統の魔力光が灯る。地と風を司る、生命の守護者たる証。
(思い浮かべろ……一振りの剣のように、斬るという目的のためだけに存在する自分を……! 限りなく鋭く、何よりも硬く、誰よりも強く————)
 信ずるは無限の可能性。描くは眼前の標的達を打ち破る己の姿。
「母なる大自然よ、我が望みに応え給え。魔を打ち破る力を此の手に……!」
 青々と輝く燐光が少年の周囲に波打つ。
「暗黒の制裁シュヴァルツ・シュトラーフェ!」
 脈動する大地。呼応するように、翡翠色に輝く刀身が斬撃を放った。衝撃波が実体を成し、轟音と共に悪魔を粉塵に変えてゆく。
(まだだ! 僕の力はこんなもんじゃない……!)
 突き動かされるがままに直走った。少年はコマさながらに旋転し、大地を舐めるかの如く縦横無尽に戦場を疾走する。
「ぐっ……!」
 五体が熱い。止まる訳にはいかなかった。アザミを、助けたい。理性ではない。衝動が、ただ剣を振るわせる。何もかもを呑み込む竜巻のように、デアフリンガーは悪魔を屠り続けた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.23 )
日時: 2013/12/18 23:13
名前: 三井雄貴 (ID: E/MH/oGD)

                      † 十二の罪 “慟哭” (前)


「やるな」
 ツェーザルが傍らのアモンに呼びかける。
「そう言うそっちもね」
 背中合わせで押し寄せる悪魔たちに立ち向かう二人。
「……圧倒的な戦力の此方が押されている……? 者共、全力を以て叩き潰すのだ!」
 ソロモンが渋い顔で怒鳴る。早くも半数は削られたであろうか、尚も彼らの勢いは衰える気配が見えない。ルシファーの火力に、大方の悪魔は成す術も無かった。躱せたとしても空はベルゼブブに制され、アモンとツェーザルの猛攻から逃れつつ、思いの外派手に暴れ回る小さな巨人にも注意して、次の斉射に備えなければならない。これと言って、いまだ有効打を受けていない彼らに対し、一方のソロモン軍は損害を徒に重ねるばかりであった。
(おのれ、王権者たる余の軍勢と互角以上に……! 魔王は兎も角、あの者達……まさか此れ程とは……斯くなる上は被験体の力を発動し、捻じ伏せる……!)
「死力を尽くして食い止めよ」
 生残している数十の悪魔達に命じると、臙脂色のローブを翻して反転するソロモン。
「あいつ、逃げやがった!」
「あの童の元へ参るのであろう。戰いを急ぐぞ」
 敵影を斬り捨てながら、ルシファーがアモンに告げる。
「ああ、出し惜しみせずぶっ潰してくさ! さあ! 次の命知らずはどいつだ!?」

 恍惚とした笑みを湛え、朦朧とする少女を引き摺ってゆく片銀眼の男。
「あの男が来てくれたぞ。今の内に悦んでおけ、まだ辛うじて人間であろう」
 物言わぬ被験体を残忍な瞳で見下ろしながら歩く。
「クックック……祭壇の出来は申し分無い。あとは貴様の身一つで事足りる。
否、あの高慢な魔王も贄とするのであったな。最後に想い人と一つになれる幸福を噛み締めておけ。其の刻が訪れた頃には、もう実感を得ることも敵うまい」
 一通り嗤うと、側近を目で呼び付けるソロモン。
「街に火を放て! 新鮮な負の気を集めるのだ」

「はぁ…はぁ……ぅ、ぐ…っ!」
 デアフリンガーの額を汗が伝う。谷の奥義は魔道に長けた大人が使うもの。発動に成功しても、子供のままである肉体が反動に堪えられる保証は無い。強引な魔力制御に耐え兼ねて、肢体が悲鳴を上げていた。
(まだだ! まだ十数人は残ってる、ここで止まれば死ぬだけ……アザミは僕が助け出す、僕が必ず幸せに……まだ僕は倒れるわけにはいかない……!)
 精神力で押し通してはいるが、負担は減ることが無い。少年の動きは見る見る内に鈍ってゆく。
(よく頑張ってはいるが、あのちっこい体じゃ限界か……?)
 一気に上昇するアモン。
「お嬢、悪いが“あれ”をやるから坊やを抱えて飛んでくれるかい」
 ベルゼブブの高度に達すると、苦笑いして伝えた。
「吾輩に命令できるのはご主人様だけだぞー。まあアザミを早く助けに行くために今回は応じてやるけどな」
 張り詰める空気。夥しい覇気が迸り、地上のツェーザルも思わず頭上を見上げた。
「な、なんだ……あれは……!?」
 遥かに天高く、炎が渦巻いている。
「アンタらに地獄を見せてやるよ。現世にいながらにしてな!」
 そして、あらん限りの魔力を両腕に込め、古の大悪魔は爆発的に加速した。一閃の矢が貫く様にも似た、アモンの急降下。
「どいたどいたーッ!」
 悪魔たちの間を縫うが如き低空飛行で、ベルゼブブが滑るようにデアフリンガーの元へと急行した。
「おぁ……ッ!?」
「騒ぐと舌を噛むぞ」
 猛禽が獲物を攫うようにして彼を掴むと、問答無用で虚空を駆け巡り、舞い上がってゆくベルゼブブ。
「——一撃必殺……」
 灼熱を纏いしアモンの腕が生物の如くうねる。
「煉獄の業火を纏いし一閃(パガトリグナス・ツォライケンス)…ッ!」
 赤々と魔力光の尾を引き、悪魔たちの真っただ中に彼女が突撃したと思いきや、一帯は火の海に包まれた。
「……なんという威力だ…………」
 猛煙が晴れ、顕わとなった裂けたように抉られている大地に、呆然と見入る一同。なれど、いまだ十柱程の悪魔が生き残っている。
「街に火の手が上がった……遂に儀式も最終局面、か」
 紫の閃耀がルシファーの周囲に奔った。さらなる翼がその背に宿り、黒々しい六枚羽根が波動に揺らめく。
「宜しい。戯れは終わりとしよう」
 眼下に犇く悪魔の群れを一瞥すると、右腕を突き出した。
「オブスクリアス・メテオ——」
 罪深き者を灼き殺す業火の顕現を宣言する。
「……ペルグランデ……!」
 平時の数倍はある七発の紫弾によって、特大の十字架が形作られた。
「すごい…………」
 刮目して見届けるデアフリンガー。眩いばかりの白光を伴って降り注いでゆく光景は圧巻である。紫炎が消えた時、悪魔たちも残らずその姿を消失させていた。誰もいなくなった下界に悠然と着地する魔王と地獄侯爵。
「おい童貞、大丈夫か?」
 少し酔い気味の少年を降ろすと、ベルゼブブが問いかける。
「僕は平気だって言っただろ! それよりアザミはずっとひどい目に……」
「平気じゃないから吾輩が割って入ったんだろが! あのまま童貞のまま蒸発するか、討ち死にするまで放っといた方が良かったか」
 一喝されて沈むデアフリンガーを尻目に、ルシファーは先を急いだ。
「異様な波動が生じている。喧嘩は向い乍らせよ」

 鉛の如き空の下、生贄の血で彩られた祭壇を、似たように赤黒い外套を羽織った中肉中背の男が見上げている。中央には昏睡した少女。
「さあ、己が内に眠る竜の血を呼び覚ませ。貴様は此の世界を焼き尽くす存在となるのだ……! 手始めにあの男を喰らうが良い!」
 ソロモンは上機嫌に両腕を広げる。
「……だ」
 微かにアザミが口を開いた。
「いや……だ…………」
 か細い声を振り絞る。
「此の期に及んで何を云うか」
 顎を掴み、顔を覗き込むソロモン。
「余の左眼を見よ。其処に映っている世界、此の宿願の成就は貴様に委ねられている」
 赤紫の魔力光が生じ、アザミが苦しそうに身を捩る。
「貴様が拒むと云うのなら、余の魔力で覚醒めさせてやろう」
 ソロモンの左眼に禍々しい炎が灯り、脈動する少女の身体。
「ぁ、うぅ……ッ!」
 全身を深紅に発光させ呻く様子を、満足気に見つめる。
「フッフ……クハハハハ、余を興じさせよ化け物」
 笑い狂う王権者。
「……思ったより早かったな。今宵は魔王が人間に跪く記念すべき日だ! 誘き出された時点で命運は尽きたも同然。救おうとした女子に蹂躙され、吸収され、絶望の中で死すが良い! ククク……憐れ憐れ。其の傲慢な面が泣き顔に変わるのが楽しみでならんなあ!」
「——其の嗤い声が気に障ると云っている」
 点滅する稲光を背に、魔王が立っている。
「ルシファーよ、市街地が燃えておるぞ。此れの比ではない土地が今夜は焼き払われる。貴様が果たせなかった世界の破壊と再生、余が成し遂げてみせよう。貴様の時代は終わった。其処な怪物の糧となり、我が栄光の踏み台として最後に一華咲かせるが良い!」
 二人の王が再び相見えた。
「おいおい、アタシらの戦争がこんな小粒なヤツと比べられてるよ」
 意気揚々と語るソロモンを冷めた目で見遣るアモン。
「アザミは怪物なんかじゃない! そんなこと言うヤツは……王様だろうが何だろうが僕が許さない!」
「下がっていよ」
 鼻息を荒くして歩み出ようとするデアフリンガーを、ルシファーが振り向かずして片手で制した。
「ソロモンよ。貴様、其の左眼で世の真実とやらを視抜くと宣ったか。然れば我が神眼とどちらが理を視通せるか、競ってみるは如何であろう。貴様が未来を視ると云うのであれば、此の身は未来を変えてみせよう」
 射抜く様な双眸で問う。
 正対する両雄の影を浮かび上がらせる雷。自信に満ちたルシファーに、ソロモンも嬉々として臨む。
「良いぞ、其の瞳だ。最強の魔術師である余と最強の悪魔である貴様……歴史の変わる記念すべき夜の開幕に此の上無く相応しい対決であるな!」


 燃えゆく街並みを女騎士は走った。暑い。なれど足を緩めず、熱風の中を駆け抜けてゆく。鼻腔を衝く異臭。肺が痛む。それでも彼女の疾走は何人にも止められない。
(騎士は辞めようと、何があってもわたしのすることは変わりはしない。父の遺志を守り、騎士としての道を守り、人々を守り抜く! ちっぽけなわたし一人の力でできることがある限り、わたしは……わたしは何が何でもそれを成し遂げてみせる……!)
 呼吸は乱れ、煤に塗れようと、イヴは尚も直走る。見渡す限りの地獄絵図を、どこ迄も生存者を捜し続ける。もうどれだけ走り続けているのであろうか。いつの間に怪我を負ったのか、道筋に血の跡が点々と続いている。なれど彼女は一向に速度を落とそうとしない。そのようなことは彼女にとって問題では無かった。火の粉に身を焦がされようと、鋼の心を焼き尽くすことは出来ない。

 ふと、幼子の泣き喚く声が耳に飛び込んで来た。咄嗟に周辺を見渡す。黒煙の狭間に女児を見つけた時には、考えるよりも先に駆け寄っていた。
「大丈夫だよ、大丈夫だからね…………」
 何と声を掛ければ良いか考え付かず、彼女の薄い肩に手を遣る。この年齢ということは親がいる筈と気付いて、赤い視界で眼を凝らすイヴ。ふと、瓦礫の下より覗く半身に目が止まった。
(まだ生きている……!)

Re: 大罪のスペルビア ( No.24 )
日時: 2013/12/19 16:36
名前: 三井雄貴 (ID: L529GKb7)

                  † 十二の罪 “慟哭” (後)


 一直線に突進する。どこにこれ程の力が残っていたのだろう。自分でも理解らない。傷つき、疲弊した筈の肉体は驚く程に軽かった。
(——わたしはお父様に憧れ、騎士になりたいと思った。でも騎士という肩書きなんてもういらない)
 崩れた家屋が往く手を阻むが、構わず押し退けてゆく。傾いた柱に跳ね返された。
(お父様のように人を守れる騎士になりたかった。騎士の大義とは王に尽くすこと……だけど、野望のために民をこんな目にあわせる王につかえるのが大義なら…………)
「……そんな大義なんて……」
 燃え盛る炎にも負けず劣らずの形相で、彼女は愛剣の柄に手を掛ける。
「わたしが斬って捨てる!」
 勢い良く抜刀し、怒濤の撃ち込みを繰り出すイヴ。
「そうまでして世を再生するっていうなら……わたしは騎士をやめてでも止める!」
 幾度も斬りつけて突破したが、重なっていた別の柱が滑り出して脇腹を突いた。
「ごぶ……ッ!」
 膝から崩れ落ち、悶絶する。だがしかし、顔を上げた彼女の目は、今なお闘気を失っていなかった。震える手で再び剣を握る。
(お父様、力を貸してください……!)
 いつか父に言われた言葉が頭を過った。
「願うことは人間にゆるされた特権だ。人の想いというのは、時として不可能を可能にする。イヴが苦しい時はだまされたと思ってやってみるといい、お父さんはウソなんか言わないよ。無理だと決めつけたら何も起きない。強く、鮮明に思い描くんだ」
 止まっている暇は無かった。組織に属さない彼女にとって、今や任務は存在しない。逆に、その身は常に任務中にあるようなものである。無謀な挑戦だとは理解っている。なれど、イヴはそれ程までにこの世界を、人々を……愛してしまった。
「罪なき人の家族を……」
 亡き父の笑顔が脳裏に浮かび、激情が肢体を駆動させる。
「奪わないで!」
 次から次へと障害物を斬り払い、遂に倒れている子供の父と思わしき人物の元へと達した。
(助け出さないと……わたしのせいでバラバラになった隊のみんなにも顔向けできない……!)
 だがしかし、火の手は強まる一方であった。
「せめて娘だけでも……」
 彼が絞り出すようにして懇願する。
「あきらめないでください!」
 懸命に瓦礫を持ち上げようと試みるイヴ。
「生きることをあきらめないで……!」
「ありがとうお姉さん、でももういいんだ……この子を連れて安全なとこへ。早くしないと火が……」
 巨大な残骸は依然として動く気配が無い。力を込める度、傷口に激痛が迸る。
「パパ死んじゃいやー!」
 泣き叫ぶ娘。
「お姉ちゃん騎士なの? ならパパをたすけて! 騎士は強いんだってパパいつも言ってるもん。パパたちがなにも心配しないでお仕事がんばれるの騎士の人たちがいるからなんでしょ……?」
 イヴが父を亡くした頃の半分にも満たないであろう少女の涙声が耳に刺さる。
「大丈夫。お姉ちゃんが騎士の力を見せてあげるよ。そんなよく分かってらっしゃるパパさんを死なせるわけにはいかないからね」
 微動だにしない巨塊。見知らぬ子供に何を出来ない約束をしているのだろう。頭では理解している……してはいるが、どこの誰とも知れない目の前の生命が尽きようとしている、その現実が受け入れ難かった。
「お姉ちゃん、なんでないてるの? パパたすからないの……?」
 悲痛な視線を背後より感じる。苦しい。体力的にも限界をとうに超えていたが、彼女にとって、今この場で起きている悲劇に成す術無いことが何よりも苦しかった。
(父に助けられてばかりだったわたしは父を守れるような一人前の騎士になりたいと願って鍛錬を重ねてきた。けれども父はわたしの知らないうちに命を落としてしまった。それでも一人前の騎士を目指し続けた。そして今日、目の前の命を見捨てきれずに騎士であることも捨てた。なのに……もう終わるの? 目の前の一人も救えずに、わたしはここで終わるの……?)
 不意に手応えに違和感を感じて我に返る。
「なーに泣いてんですか、ガラでもない」
「人を助けることに理由はいらないってイヴさんよく言ってただろ。ほら、いつもみたいにみんなで力を合わせて思いっきりやんぞ」
 聞き慣れた声に驚き、イヴは左右を見回して目を瞠った。見覚えのある人影が一つ、二つ、三つ、四つ————
「……解散って言ったのに……あなたたちったら、どこまでもバカね…………」
 呆れたようなイヴの顔。
「そりゃそうですよ! 好きでおバカな隊長についてきてたバカですもの」
「今までなんて水くさいこと言わないでくださいよ。これからでしょう」
「野暮でいいじゃないですか! イヴさんが野暮じゃなかったことが今までありましたか!」
 禍々しい朱色の世界に不似合な、希望で満ち溢れた隊員たちの声が響き渡る。
「そんなイヴさんに着いてきたんです、ずっと。野暮だって分かった上で、そういうイヴさんが好きで着いてきてんですよ」
 鈍い音を伴い、隙間が出来た。イヴに集まる一同の目。
「さあ隊長、あなたの大義を全うしてください!」
 彼女は力強く首肯すると、横たわる男の脇に潜り込む。先程の出血が再開したが、気にも留めない。
「パパ……!」
 担ぎ出された父に、歓喜と安堵の表情で見入る娘。這い出た隊長へ、隊員たちが一斉に敬礼した。
「私たちは隊がなくなっても、隊長の部下です!」
 彼女は刹那の照れ笑いを見せると、直ぐに凛とした騎士たる面構えで声高らかに発する。
「隊長命令よ。これより本隊は、この親子を火災の範囲外へと全力で誘導する! 騎士よりも騎士らしく……全力でね」
 彼らは走る。燃え盛る街を、希望へ向かって————


 無惨に穿たれた大地。大小の穿孔が激闘の壮絶さを物語る。泰然と佇立するルシファー。
 その目線の先に、かの者はいた。
「……フッ」
 岩に串刺しにされているソロモンが不敵に自嘲(わら)う。槍によってその身を貫かれようと、驚異的な自我の強さで理性を保っていた。左右共に瞳は金色に戻っている。権能を消失させられ、致命傷を受けてなお精神は喰らわれていない、ということか。最期まで恐ろしい男である。
「ソロモン、貴様は殺すに値せぬ外道」
 敗者へにじり寄る魔王。
「なれど悦べ。此の身が直々に闇を呉れてやろう。終わり無き刻の中で永久の苦しみを味あわせてやる」
 右腕をソロモンの胸に翳した。
「ぅうああああッ!」
 紫炎にその身が包まれる度、叫喚が天を衝く。
「熱いか? 苦しいか? 然りとて此の身が曾ての大戰で受けた苦痛に比べれば生温いものよ。さあソロモンよ、貴様に墓標は要らない……悪党らしく燃え散れ。其の薄汚い精神を、己が変えようとした世界を見届けることも敵わぬ時空の狭間に封じ込めてやろう。其の身、朽ち果てようと我が眷属を使役したる愚行と無礼、無限なる贖いの牢獄に於いて悔み続けるが良い……!」
 冷徹な目で見下ろすルシファー。
「……クッ、クハハハハハ! 余が死のうと覚醒した被験体は止まらん。そう、此の世を滅ぼし尽す迄な!」
 肉体が透け始めても、ソロモンの嘲笑は木霊し続ける。
「侮るな、我が身は他ならぬ魔王。目的の為に対価を払う人間とは違う。一切の犠牲等も良しとしない、俺自身も含め遍くすべてを、護りきる……!」
 そうルシファーが言い放つと、ソロモンの姿は溶けるようにして消え去った。もう“閉じられた”空間には、紫の焔が揺らいでいるとしか見えない。
「……ったく、いつ見てもえげつねえ能力だねえ。ま、あの気に食わない面を二度と見ないで済むのはありがたいけどさ。おい少年、いつまでもたまげてないでとっとと嬢ちゃん助けにいくよ」
 アモンがデアフリンガーの背中を押す。若き剣士は首を縦に振ると、颯爽と歩いてゆく魔王を追いかけた。
「分かってる! そのために来たんだからよ!」

 どれ程の時間が経過したのか。重圧に心身が苛まれ続けている。胸が張り裂けそうだ。捧げられた数々の霊魂が、自分と一体化することを拒んでいるのであろうか。悲鳴。怨嗟。慟哭。負の感情が己に向けられているのが痛いほどに実感できた。
(ちがう。そんなつもりじゃないんだ。やめてくれ……なんでぼくなんだ、憎しみを向ける相手はぼくじゃない)
 未知の波動が体内を駆け巡る。経験したことの無い衝動が込み上げる。
(ぼくをそんな目で見ないでくれ。ぼくじゃなくて、恨むべきはきみたちにこんな思いをさせるこの世界だ。そうだ……悪いのは世界の方なんだ。そんなにいやなら……こんな世界なんていっしょに壊してしまおう)
 こんなに辛いのなら壊してしまいたい。いっそ何もなくなればこの焦燥も消えるだろう。そうすれば彼らも、こうやって人を憎まないで済む。いや、人のせいでこんな目にあわされているのではないか。そうか、彼等も自分も人がいることで苦しむ。
 では滅ぼしてしまえば良い……取り込んだ思念がそう言っている。人間がつくるこの世界を無に還してしまえ。人が人であり続ける限り、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲……これらの七つの大罪が、今日もどこかで生まれている。人間が存在ことによって災厄が引き起こされるのだ。彼らと共に何もかも、すべて白紙に戻してやる。
 こんな世界なんて——なくしてしまえ……!


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