ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.40 )
日時: 2013/12/28 14:08
名前: 三井雄貴 (ID: 75u.W164)

                  † 十八の罪 “地獄侯爵” (後)


「……終わった、のか……?」
 眩耀が落ち着き、恐る恐る目を開けて呟くベルゼブブ。幾重にも外界を隔てていた結界はおろか、壁面も派手に消し飛んでいた。出力を抑えても想像を絶する威力。
「とりあえず……助かったみたいだな」
 衝撃で天使たちを操っていた術式が解除されたのか、糸の切れた人形のように悉く墜ちていった。
「——って思うじゃん?」
 アモンが問いかけると、穿たれた大穴より新たな天使が矢継ぎ早に飛び立ってゆく。
「ええええ、そんなのありかよー!」
 肩を落とすベルゼブブとデアフリンガー。
「アタシは残る。若い者は先に行きな」
 そう言って再度、彼女は両腕を硬化させる。
「戰闘天使の大軍に一人では無謀だ」
 アモンを諌める主君。
「もうだいぶ能力を使っちゃったからねえ。この体じゃいつまでもつか分からん——ついてって迷惑になるのは勘弁だが年寄りにも活躍の場が欲しいのさ。アンタはミカエルと決着つけんだろ、こんなトコで魔力を無駄づかいしてる場合か」
「……決して無理をするでない————」
「——ったく、さんざん今まで無理させといて今更水くさいねー。そんじゃアンタたち、露払いは頼んだよ」
 苦笑いを見せると、彼女は背を向けた。
「おい、待てよアモン。間違っても死ぬなよ。兄上の分もあなたより強くなるって、僕は誓ったんだ」
 アモンの後ろ姿に、デアフリンガーが声をかける。
「買いかぶられんのも癪にさわっから言っとくけどさ、アタシぁ悪魔だよ。悪魔が人のために命を使うなんて聞いたことないだろ」
 振り返ること無く言い残し、戦闘天使たちの待ち受ける元へと羽撃(はばた)いてゆく地獄侯爵。
「……我が盟友は見返りの為に人に手を貸す様な輩ではない」
 呆然と立ち尽くす少年の肩をルシファーが掴んだ。
「寧ろ救った相手が生き延びることがあの者にとって何よりの報いになるであろう。理解ったら先を急ぐぞ」
 名残惜しげに遠ざかるアモンに見入る彼らを連れて、破孔を生じた室内へと降下してゆく。

「——つーわけで、こっから先は一歩も通すわけにはいかねーんだわ」
 不敵な面構えで視野を埋め尽くす敵軍と向かい合うアモン。異様な闘気に危険を察したのか、数体が側方より通り抜けようと散開する。
「おいおい、どこ行くんだい? 楽しもうよ」
 指を鳴らし、大規模な結界で周辺の空間ごと覆い尽くした。
「ごきげんよう皆さん——ここは天空の闘技場。さあ、アンタら全員とこの地獄侯爵アモンのどっちかが死ぬまで出られんよ」
 煉獄の業火にも似た、緋色の魔力光が彼女の近辺に立ち昇る。戦闘天使たちは、押し寄せるようにして襲いかかった。


(ちょっとー。なんでこうなるのよ…………)
 イヴは部屋を見渡して途方に暮れる。
「退屈ですか。少しお出迎えに力を入れ過ぎてしまったかもしれません、兄さんはたどり着けるかなー」
 ティーカップを片手に姿を現すミカエル。
「ずいぶんと規模の大きな兄弟喧嘩ね」
 魔術拘束で後ろ手に縛られた彼女が、しゃがみ込んだまま横目で見遣る。
「僕もあなたと同じく彼が待ち遠しいですが、まだ時間がかかるようですねー。ガブリエルが亡くなって話し相手がいないのも味気ないので、よかったら一緒に暇をつぶしましょう」
「……身動きできなくしといて図々しい物言いだこと」
 微笑みかける大天使長を見上げて吐き捨てた。
「飲みますか? おいしいですよ」
「じゃあこの手をほどいて」
 敵意しか無い顔で要求する。
「拘束をとけばあなたは僕に飛びかかる。身に危険が迫れば法廷で会いましょうなんて悠長なことは言ってられませんね、やむを得ずあなたを斬り捨てるしかない——こんな美人を殺めるのは気が引けます」
「白々しい————」
 険のある形相で睥睨する彼女。
「解放はできませんが、飲ませてさしあげましょう」
 立ち上がったミカエルが、満面の笑みで近付いて来る。
「……いらないから」
 なおも距離を詰める大天使長。
「ちょ、ちょっと……?」
「——人の好意は受け取るものですよ」
 イヴの顎を掴んで囁く。
「やめてってば!」
 身を捩って拒絶を示すが、彼は手を放そうとしない。
「離して……ッ!」
 背けた顔を正面に向けられる。
「いや、やめて……触らないで!」
「兄さんには喜んで触られるクセに」
 眼鏡越しに嗤い、力を強めるミカエル。
「いやぁ……ッ!」
 脚を跳ね上げて押し退ける。カップの砕ける音が耳朶を打った。
「……天使を足蹴にしたか、この人間風情が!」
 ミカエルは口調を豹変させ、彼女を躊躇無く踏みつける。
「うぅ…………」
「フフッ、おしおきしてあげましょう」
 イヴの頭を壁に擦りつけ、嘲るようにして覗き込む姿は、もはや爽やかな笑顔を絶やさない大天使長とは別人であった。滑るような手つきで頬から首筋へと指を這わせてゆき、彼女の襟元を摘む。
「……十代の柔肌、悪くないですね。それに意外といい身体つきだ」
 舐めるように間近で凝視する妖しげな瞳。
「おねがい……助けて…………」
 涙目で請うイヴ。
「——其の女より離れろ。外道」
 冷たい一声が発せられ、扉が粉々に吹き飛んだ。

Re: 大罪のスペルビア ( No.41 )
日時: 2013/12/28 18:30
名前: 三井雄貴 (ID: .9bdtmDI)

† 十九の罪 “宿命の対決” (前)


「イヴさん、大丈——ぶッ!?」
 駆け込んで来るや否や、半ば露わになった胸元を目の当たりにして戸惑う少年。
「ま、まあ大丈夫というか……うん…………」
 はだけた肩を窄めてイヴも俯く。
「よくここがわかりましたー」
 ミカエルが拍手と共に向き直った。
「神眼。世界の理を視る者が宿す——貴様らには無い我が身のみが与えられし権能」
「実の弟にひどい言いようですねー。訴訟も辞さないですよ」
 新旧大天使長の視線が交錯する。
「まったく……あなたにはいつも驚かされます。こんな娘一人のために人の家をいきなり壊しちゃう行動力、まさに傍若無人な魔王」
「此の身は誰の味方にも非ず。俺が如何なる者に与しようと勝手であろう。人間に掛ける情等は無いし、此の者と契約を結んでいる訳でもない。ただ——此の者が騎士たるに相応しい強者と云うことは保障する」
「あのルシファーが人間に興味を持つとはたまげたなあ。この子の虜にでもされちゃいましたか、いい身体してますもんねー」
「……其の戯言、二度と云えぬ身にしてやろうか」
 両雄を隔てる空気が緊張った。
「今解除するからね」
 目の遣り場に悩みつつも、拘束の解除に努めるデアフリンガー。
「ありがとう。ここまで来るの大変だったでしょ」
「僕も強くなったし平気だよ。イヴさんのお陰だね」
「頼もしいわ。デアフリンガーはやればできる子だもんね」
 挙動不審ながら懸命に取り組む少年を、イヴは苦笑して見守る。
「感動的な再会のところ悪いけど、人間ごときじゃ外せないんですよねー、それ。あと邪魔なんで消えてもらえますか」
 ミカエルが呼びかけた直後、小柄な体躯に似使わない大鎌を携えたフード姿の人物がどこからとも無く現れた。
「ではお兄様、後ほど。邪魔者がいなくなったらお越しください」
 白い羽と共にそう残すと、消え去るように行方を眩ませるミカエル。

 なれど刺客はデアフリンガーたちには目もくれず、僅かに覗く目元は明らかにルシファーを見据えている。
「……魔王、ルシファー————」
 正視したまま小声で一言。
「貴様、黄泉還ったか。然れば此度は永遠(とわ)の眠りを呉れて遣ろう」
 突き出した右手に紫炎が灯り、魔王剣カルタグラを形作る。
「……カルタグラ——ご主人様が本気だ……!」
 ベルゼブブが呟くと時を同じくして、迅雷の如き疾さでアリオトが疾駆した。いつの間に擦れ違ったのか、互いに背を向けて立っている。ルシファーの頬を一筋の鮮血が伝った。
「ルシファーよりも速い……!?」
 一同に衝撃が奔る。小さな刺客は壁、天井を嘗めるようにして駆け巡ると、ルシファーの頭上より鎌を振り下ろした。カルタグラで受け止めたかに見えたが、刹那の合間に視認しきれない連撃を浴びせられたのか、外套の数箇所が斬り裂かれている。
「なんだあれは……本当に人間の動きなのか……?」
 ベルゼブブでさえ見切ることの敵わない、人知を超えた高速移動。屋内とはいえ、捕捉する術が無い。
「……其の妙技、見ようとして見える疾さに非ず。然れば我が眼を以て視抜く」
 壁際まで飛び退き、構え直す魔王。
「——幻影の処刑人」
 アリオトが唱えると、十数体の分身が顕現し、一挙に斬りかかった。
「……ッ!」
 ルシファーが一撃にすべてを賭けるのであれば、攻撃力で劣る彼女は手数で畳み掛けて仕留める。彼女の判断は正しかった。
 相手の攻撃——それが、ただの刀剣によるものであったのならば————
「くっ……!」
 噴き出した血潮に赤々と染められる魔王の黒衣。
「……最後に、お前の名を教えよ」
 床に赤黒く陰を落としながら、ルシファーが尋ねる。
「……アリオト」
 舞い落ちる両断されたフード。存在を概念ごと打ち消され、肢体が薄れてゆきつつも“虚無”としか言いようの無い表情を保っているアリオト。
「ご主人様ァアアアッ!」
「控えよ。強者の最期だ」
 勝負が決してなお相手より目を離すこと無く、駆け寄ろうとしたベルゼブブを手で制する。
「……アリオト。今し方の斬撃、見事であった」
 透けてゆく強敵を見定め、徐に告げるルシファー。
「気やすく呼ばないで。悪魔————」
 そう無表情のまま返すと、現世に実体を留められなくなったアリオトは儚くも潔く、溶けるように消えていった。

Re: 大罪のスペルビア ( No.42 )
日時: 2013/12/28 23:09
名前: 三井雄貴 (ID: rMeeZFi3)

               † 十九の罪 “宿命の対決” (中)


「どうしたァ!? 理性を奪われた戦うだけの存在なんだろ? もっと死ぬ気でかかって来な、そんなんじゃ永遠にここは通れないよ!」
 縦横無尽に飛び回るアモン。地獄に於いても五本の指に入ると名高い莫大な魔力と卓越した体力、幾多の戦場で培った勘と戦術、武器に頼り過ぎない強靭な肉体——戦を知り尽くす彼女であるがゆえに、自身の能力を最大限に活かして粘る。いや、むしろ僅か一柱の悪魔に、天使方が翻弄されていた。圧倒的なアモンの速力に追随できる者がおらず、包囲しようにも、炎術で一気に薙ぎ払われる。
「あの二人の戦いはねえ、だれにも邪魔できないんだよ!」
 直近の天使を蹴り堕とし、反動で飛び退いて背後に数十の魔力弾を展開する地獄侯爵。
「だれにも邪魔は……させねーんだあああッ!」
 迫り来る者から立て続けに撃ち堕としてゆく。
(そう——アイツの、アタシらの邪魔なんてさせない……!)

 闇へと堕とされ、疲弊した堕天使たち。
「……何もかも泡沫の夢と終わってしもうたなあ」
「おいおい、悲しいこと言うなよ。ベルのお嬢もいりゃアタシもパイモンもまだいる。そして何よりルシファーが健在なんだ。これからだろが」
「アモンの云う通りだ。我が同胞達よ。未だ何も終わってはいない。此れが始まりだ。始まりに、してみせようぞ……!」
 歓声が上がった。立ち上がる彼らの面持ちは、敗れたにも関わらず活き活きとしている。
「我等は地位も名誉も凡て失ったが、此処に我等自身がいるではないか。身一つで遣り直せば良い。絶望にも底は有る、然れど希望と云うものは天井を知らぬ。此れより皆で遣り直すとしよう。何処からでも遣り直せる、我等がいる限り遣り直せるのだ」
(そうだ——やり直せばいいんだ。たとえ天(そら)を失おうと、我が主(コイツ)がいる限り、アタシらは何度だって羽ばたける……!)
 不思議だった。あの男に与して叛逆者となり、結果、この惨状を迎える。それでも誰一人として彼を恨む者はいなかった。不滅の求心力。明けの明星(ルシファー)の名を冠した男は、その身は地に堕ちようと、心までは落ちない、いつまでも輝き続ける星であったのだ。
(アタシぁねぇ、決めてんだよ……あの時から。悪魔だから正義の味方ぶりはしねえさ。ただ、アタシは今までもこれからも、アンタについてく————)

「……そうだ、アタシがルシファーの盟友——他ならぬ地獄侯爵アモンだ……!」
 気が付くと、他に命ある者は誰もいなくなっていた。無数に現出させた棘は折れ、四肢の感覚が鈍っている。肉体(からだ)が無性に休みを欲していた。もう戦う必要はない。あれだけいた戦闘天使を残らず倒しきった。今頃ルシファーもミカエルの元へとたどり着く頃だ。
「おいおい、なんだいこの血の量は? 出血大サービスってレヴェルじゃねーぞ」
 川のように血が流れてゆく。
「あー、コイツはアレだ……死ぬな。まあ意識あるうちに一本吸っとくか」
 敵の血に塗れた両手で、挟み込むようにして煙草を摘んだ。思えばこの刃状と化した腕にも慣れたものだと実感する。これほど生を楽しんだというのに、妙に落ち着いて最期が受け入れられた。いや、むしろ後悔がなかったからかもしれない。
「楽しかったよ、我が主。アンタと出会えて——ホントによかった」
 紫煙を吐き出しながら一人、誰もいない雲上で微笑を浮かべる。
 ふと、視界の端に何か動く影がちらついた。新手が駆けつけたようだ。満身創痍。もはや精も根も尽き果てた。だがしかし、どうせ放っておいても己は死を待つのみ——答えは、自ずと出ていた。
「おいおい、やっと眠れると思ったらまた敵さんかい。いくら戦いが好きだからってこんだけ暴れりゃ疲れるわ」
 呆れ果てたように自嘲する。
「……そんじゃ、最後の奉公といきますか————」
 煙草を吸い終わると、地獄侯爵は悠然と起き上がった。

Re: 大罪のスペルビア ( No.43 )
日時: 2013/12/29 15:07
名前: 三井雄貴 (ID: M22.tfSC)

                 † 十九の罪 “宿命の対決” (後)


「大事無いか?」
 イヴを解放してルシファーが問う。
「来てくれると思ったわ。あなたはわたしに光をもたらしてくれる」
 安堵と歓喜の混じった彼女の顔。
「光を齎す者と云われたのは今や昔——俺は暗黒に生きる身」
「でも……わたしにとっては、あなたが太陽。この世が闇に包まれるというのなら、あなたが月。わたしが迷わないように照らしてくれる月光」
「——“Vitiis nemo sine nascitur(誰も欠点無しには生まれない)” 故に人間とは誰もが違って誰もが不完全。迷えば良い、其れが人間の特権だ」
 伝え終わると、彼は身を翻す。
「先に退避しておれ。此れより起こる戰闘は館ごと吹き飛ばし兼ねぬ。ベルゼブブ、悪いが三人を任せる」
 肩越しに促し、歩き出した。
「もうイヴさんを助け出したんだし一緒に脱出すればいいじゃん」
 困り顔で呼び止めるデアフリンガー。
「此処で逃げるは死ぬに等しい。案ずるには及ばぬ。然れば、後程————」
 足を止め、簡潔に述べると、魔王は再び背を向ける。
「待って」
 黙していたアザミが咄嗟に発した。
「……えっと、その……お気をつけて」
 ルシファーは僅かに目尻を緩ませ、徐に双唇を開く。
「其の言葉、其の儘返そう」
 颯爽と去って往く後ろ姿を、茫然と見送る一同。
「……馬鹿ね、本当に馬鹿……不完全な人間よりよっぽど馬鹿じゃない…………」
 溜息を吐きながらも、イヴは彼の痩身が見えなくなるまで、温かい眼差しで見つめていた。

 外は静寂を取り戻している。敵影は見当たらない。撃墜され尽くしたのであろう。
 そして、アモンの姿もどこにも無かった。
「嘘つき悪魔め。僕だって聞いたことないよ……頼まれてもいないのに人のために命を使いやがる変な悪魔なんて…………」
 奥歯を噛み締め、握り拳を震わせて呻く少年。ちっぽけな三人の前に開けた空は、どこまでも蒼く果てしなかった。


「——やっと、二人きりで戦えますね」
 正対する、天使と悪魔の長。
「世界に見捨てられたあなたは今日、再び裁かれる」
 にこやかさの消えたミカエルが言い放つ。
「世界が俺を捨てた……? 此の身が貴様らを見限った迄のこと。道を捻じ曲げて敷き詰め続けてきたのが貴様らの造り上げた虚構と偽善に塗れた歴史とやらであろう。何が裁きか、笑わせる」
 ルシファーの眼光は鋭く、強い。
「僕たち神の代行者はあなたのような世界を乱す方を成敗するのみ。神によってつくられた僕たちが、神を神たらしめる世界を守ることに理由がいりますか」
「相も変わらず己を正当化することに関しては一人前であるな。神等と云う空想の産物で人心を束ねようと云う薄汚く浅はかな魂胆が、醜くて——反吐が出そうだ」
 ミカエルの形相が一変する。
「……反吐なら出させてあげますよ。嫌というほどにね」
 そう言うと彼は、眼鏡を外した。
「貴様が此の身を退けて手にした凡てを見せてみよ。俺が手ずから潰して遣る」
 睨み合う両雄。並の天使や悪魔であれば、その威圧感のみで尻込みしてしまう程だ。
「よろしいでしょう。今の僕に恐いものはない!」
 ミカエルの覇気が急増する。黄金の後光が室内を照らした。
「あの日、世界が選んだのは貴様であったな」
 静かに語りかけるルシファーであったが、その双眸は尋常ならざる殺気を含んでいる。
「其れ以来、俺は此の刻を待ち続けた。灼熱の煉獄で。冷たく暗い闇の中で。貴様に勝って汚名を晴らす瞬間を待ち続けた……!」
 部屋を軋ませ、両者は波動を放ち始めた。
「……鞘より出でし剣。かの大戦であなたを仕留めたこの刃で、その命と引き換えに神の力を思い知らせてあげましょう」
 虹の如く輝く彼の得物。
「さあ、此度は何れが選ばれるのか————」
 魔王もカルタグラを手にする。
「否、俺が世界の方を変えて遣る……!」
 そう宣言した直後、時を同じくして双方共に夥しい魔力を放出させ、瞬く間に屋根が四散した。
「……ッ!」
 それを合図に、新旧の大天使長は激突する。一合目の衝撃波で瞳に映るものすべてが白光に包まれた。目も眩むばかりの輝きが遮蔽物の無い天空をどこまでも照らし出してゆく。堅牢な要塞が易々と縦に裂け、最強の天使と最強の悪魔は宙へと浮上した。
 ルシファーは開いた間合いを一息で詰め、魔王剣でミカエルに斬りつける。だがしかし————
「甘いなあ」
 魔王渾身の一撃は、現大天使長に軽々と防がれた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.44 )
日時: 2013/12/30 06:08
名前: 三井雄貴 (ID: VppVA6tq)

              † 二十の罪 “大罪のスペルビア” (前)


「く……ッ!」
 ミカエルの容赦無い反撃。剣戟が断続的に響き渡り、無数の火花が散る。肉眼では捉えきれない疾風怒濤の如き応酬。崩落した館の破片が、吹き荒れる暴風に乗って巻き上げられる。
(……超えたんだ。僕はあなたを超えた……!)
 鬼気迫る剣幕で攻めたてるミカエル。その瞳に、あの日の光景が浮かぶ。行き交って向き直る度に、面前で闇の刃を振るう黒翼の魔王が、世界を別つ決闘の折に刃を交えた先代の大天使長に重なった。
「……目障りだ——消え失せろぉおおおおッ!」
 ミカエルが瞠目して叫ぶと、金色(こんじき)の魔力弾が次々と生じる。ルシファーも紫に煌めく同じ数の魔力弾を展開し、迎え撃った。迸る閃耀。十数の明滅が収まった時には、純白の天使は既に眼前より消えていた。
「だから……消えろよーッ!」
 上空に舞い上がったミカエルは、眼下の魔王に風の刃を叩き込む。なれど、悉くカルタグラに斬り払われた。
「あなたに——あなたに僕の気持ちは分からない!」
 ルシファーの至近に急降下し、喚き散らして突きを連発する。
「分からないだろうな! 一番にしかなったことないあなたには絶対に分からない!」
 目を血走らせて絶叫する現大天使長。横滑りして躱したルシファーに、十数発の魔力弾を斉射する。
「分かってたまるか! いくら強くなろうと最強の兄がいる限り虫けらどもからも不甲斐ないと言われる苦しみは!」
 猛攻を無言でやり過ごす旧大天使長。
「あなたが優しく接してくれることが、嬉しくて切なくて心苦しかった……!」
 端正な面相を歪め、ミカエルは撃ち続ける。
「今なら分かる、自分より劣る哀れな存在と見下していたんだろぉおおッ!」
 数知れない魔力弾がルシファーに殺到した。
「……違う————」
 沈黙を破り、魔術防壁越しに否定する。
「違わない! 何も知らずにバカにしてるクセに……!」
 眩耀が鎮まるよりも疾く、剣を振り翳して肉迫するミカエル。
「違うと——」
 鍔迫り合いながら、ルシファーは言い聞かせる。
「云っておろうが!」
 押し返されたミカエルが尻餅をついた。雲上に転がる、鞘より出でし剣。
「お前を愛する心に嘘偽りは無かった。家族を慈しむことに理由がいるか」
 真っ直ぐな眼で、弟を見遣る。
「——んでだよ」
 兄を仰ぎ見る両の眼は、憤怒と悲哀に満ちていた。
「なんでそんなに愛してるのに……僕を裏切ったんだぁああああ……!」
 飛び上がるようにして起きると、素手で殴りかかる。肩で息をしながら、倒れた兄を見下ろすミカエル。
「なんでだよ。なんで……なんでだぁあああ——うぶッ!」
 今度はルシファーの拳を合わせられて倒れ込んだ。
「世界の理より、お前を含めた凡てを護る為だ」
「その結果があの暴挙かーッ!」
 殴り返されて膝を突くも、弟を射抜かんばかりの目力は衰える気配が無い。
「世を変えるには力しか無い。戰うより他に術が無かった愚かな兄を怨むが良い」
 魔王剣を消して起立すると同時に、目にも止まらぬ鉄拳をミカエルの脇腹に見舞った。
「ああ恨むさ、大天使長の弟と云うだけで色眼鏡で見られる……!」
 鈍痛で顔を顰めつつも、兄を殴打する。殴り合う新旧大天使長。狂気じみた連打の隙を縫うようにして、ルシファーの迷い無き強打が的確に撃ち込まれた。
「ぐふ……ッ……誰も本当の僕を……見てくれなかった……んだ…………」
 前のめりに沈みゆくミカエル。
「……俺は見ていたぞ。掛け替えの無い家族としてな————」
 膝より崩れ落ちる弟を抱き止めると、ルシファーは囁いた。


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