ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.10 )
日時: 2013/12/12 00:39
名前: 三井雄貴 (ID: DjVjPc1U)


              † 五の罪 “谷を守護せし者” (後)


 ツェーザルによって既に何割にも及ぶ戦力を喪失した軍勢は、指揮官も討たれたと知って戦意を恐怖が上回るに至る。大自然の、そして長老の激憤を、谷に害意を向ける者に対しての仕打ちを肌で感じた彼等は、我先にと逃走してゆくのであった。
「みな、怪我はしておらんか?」
 戦慄している村人たちを、何時もと同じ穏やかな顔つきで案ずる長老。
「全軍の撤退を確認しました」
 ツェーザルが戻って来た。
「うむ。見事な活躍じゃった! 弟子がこんなにも成長しているとは、わしも鼻が高いわい」
「いえいえ、この程度まだ準備運動の範囲です。それより……あの者が言っていたのはどういうことでしょうか? この者たちが谷に入ったから兵を差し向けられたのですか? 先ほど天使方とおっしゃられていましたが、悪魔がいると見なされ続ける限りまた攻められる、ということでしょうか?」
「確証はないが、あれだけの兵員と武具をそろえ、数日で正確な場所へ派遣できるとなれば他には思いつかん。あの騎兵も異端狩りを名乗りおったし、悪魔という言葉を強調する様子からも間違いないじゃろう」
「……やはり、この2人は悪魔なのですか?」
 ツェーザルが詰め寄るも、答えようとしない師。
「教えて下さい。今後も村に置いておくおつもりでしょうか?」
 唇を固く結んだままの長老の目元は、どこを見ているのか理解らない。
「黙っておられては分かりません! 谷の皆は家族、隠し事など無いと……」
 その直後、漆黒の影が降り立ち、声を張り上げかけたツェーザルが止まった。臨戦態勢に入った彼に目もくれず、ルシファーは悠々と歩き出す。
「狩人の血は健在であったか、フューラー。戰いこそが貴様の生き様。悦べ、其の方が在り様は此の俺が見届けるに値うると心得た」
 長老の傍らで足を止めると、双眸を見据えて告げた。
「おやおや、いつの間にわしの名を聞いたのかな」
 無言で僅かに微笑すると背を向け、立ち去るルシファー。
「おいおい、この状況で置いてくってどういうことだい! 気まずいってレベルじゃねーぞ」
 アモンも飛び降りると、後を追って走る。

「何故です! 何故悪魔と面識が……?」
「……少し、ひとりにしてはくれんかね」
 弟子の問いを遮るようにして、長老は門の内へと消えた。
「お待ちを! 我々にも明かせぬような……」
「兄上! 長老も何か考えがあるんだよ、きっと」
 見兼ねた弟が引き止める。
「お前は気がかりではないのかデアフリンガー。今回は凌いだが、次はもっと大勢で襲い来るかも知れない。その時この谷を守りきれるか心配ではないのか!?」
「そりゃ心配じゃないって言えば嘘になるよ。でも谷を守る僕たちはこんな時だからこそ堂々と構え、村のみんなを動揺させないようにしなきゃ。今すべきことをせよって長老がいつもおっしゃってるじゃん」
「その長老が一番弟子である我等兄弟にも隠し事をしていたのにか? 分からない、私は何を信じれば良いのか……もう分からない…………」
 俯くツェーザル。
「——なら目の前にあるものを夢中で守れば良いだろ、誰よりも強い剣士なのだから」
 顔を上げると、水桶を抱えた少女が立っている。
「ベル! どうしてここに……?」
「ツェーザル疲れておるだろうから水を持ってってやれと長老がな。吾輩と長老と吾輩に感謝して飲むのだ」
「そうか、有り難く頂戴するとしよう」
 得意気な表情で言い放つ彼女の頭に軽く手を乗せると、ツェーザルは桶を掴んだ。
「お前も飲め。身体を休めておかないと、明日からはより一層鍛錬に励むのだからな」
 凛とした面持ちで、弟に桶を手渡す。
「兄上……ああ、望むところだ!」
 一瞬、戸惑いの色を見せるデアフリンガーであったが、即座に精悍な面構えで首肯した。
「そうだ、頑張れ童貞兄弟!」
 満面の笑顔で激励するベルゼブブ。
「遺憾の意を表明する。いつか愛する者ができた日に困らない為にも、強い男になっておかねばならない」
 いつもの調子を取り戻した生真面目な武人は力説する。
「でーきーまーせーんっ! 童貞村の宿命だ」
「「そんな名前の村守りたくねええぇ!」」
 山間に木霊する兄弟の喚き声。普段であれば幸せそうに目を細める筈の長老は、自室で眉間に皺を寄せながら耳にしていた。独り考え込む後ろ姿は、哀愁と憂鬱に満ちている。
(……もう子供ではないと言っても、彼らもまだ若い。いつか再びあの者と相対する日が来る予感はあったが、せめてあの子たちだけにはいらぬ苦しみを味あわせたくはない…………)


「まだ鍛錬をしていたのかい、イヴ」
 小さな背にかけられた声は、優しさを含んでいた。
「……だって強くなりたいもん、もっとあたし強くなる」
「言いたくないなら無理に話さないでもいいけど、困っているのならお父さんに相談してみなさい」
 そう言って彼は、温かく微笑む。
「なっ、何もないもん!」
「力み過ぎているな。嫌なことがあっても力任せに振り回しちゃ一流の騎士にはなれないぞ」
「……あいつよりあたしの方が強いのに。強いのに…………」
 少女は唇を噛んで項垂れた。
「悔しい気持ちをかてに頑張るのは良いことだけど、無理し過ぎないようにね。いいかいイヴ、負けたことのない人間はいないよ。お父さんも若い頃はなかなか勝てなかったさ」
「じゃあ、あたしもお父様と同じぐらい強くなれる?」
 顔を輝かせて見上げるイヴ。
「剣には作った方の魂が込められている。彼らは一流の騎士に使ってもらえるよう一流の剣を打つんだ……闇雲に振り回すだけじゃ失礼になってしまうね。使い手が剣の力をすべて引き出してくれたら職人さんの想いも報われる」
 ローランは穏やかに、それでいてしっかりと語りかけた。
「お父様……あたしなってみせるよ、誰よりも剣を上手く使いこなせるようになる!」
「良い心意気だ。ただ、これだけは覚えておいてほしい。剣で人を斬ることは容易い。でも殺すだけなら悪党と変わらない。騎士の剣は護る為の大切な相棒なんだ。仲間を、大切な人を、騎士の誇りを護れるように、職人さんが汗水たらして作り上げた世界に二つと無いものなんだよ。お前なら立派な騎士になれるとお父さんは信じている。イヴ、お前がお父さんの剣を受け継ぐ日が来るだろう。護るべきものを見失わない、色んな意味で強い騎士になるんだ」

(……お父様…………)
 彼女は窓の外に目をやる。一昔近く前のことを思い出している内に、陽が随分と傾いてしまったようだ。あれから苦難の日々を乗り越え、仲間内でも一、二を争う腕前へと至ったイヴ。なれど、いまだに亡き父ローランを超えるどころか、近づいたという手応えも感じていなかった。そして、あの黒衣の青年——いや、悪魔だろうか。彼には遠く及ばないと自分自身が誰よりも分かっている。今の自分では、一太刀も浴びせること敵わずに討たれるに違いない。あれ程までに悪魔というものは強いのか。一方で、人間とは次元の違う力を有していながらも、掴みどころが無いとはいえ、全く話の通じない相手ではないとも感じた。文献などで得た悪魔の知識から想像していた姿、生態とはかけ離れているように思える。まず、まことに父を殺したのは悪魔であるのか? 何故あの二人は谷に来たのか————
(知りたい。もっと……私は、本当のことを知りたい……!)
 直情径行な彼女らしく、思った時には既に動き出していた。戦うには、まず相手を知ること。悪魔のことを解するには、やはり悪魔本人からが最も理に適っている。

Re: 大罪のスペルビア ( No.11 )
日時: 2013/12/12 19:05
名前: 三井雄貴 (ID: ASdidvAt)


            † 六の罪 “白刃に誓いし復讐” (前)


「悪魔でもワインは飲むのね」
 泉に浸かっている影に、イヴが呼びかけた。
「……寛ぎの時間に貴様の声を耳にすることになるとはな」
 ワイングラスを口元より離し、気怠そうに口にするルシファー。
「悪かったわねえ……! まだ谷になんでいるのかも聞いてなかったじゃない」
「しかも居座る気か、厚かましい者だ」
 大きな岩に腰かけた彼女を横目で見遣る。
「あーもうっ、悪かったって言ってるじゃない! こっちだってあなたの入浴を眺めるほど暇してないんだから……」
「——俺には、救わねばならぬ者がいる」
 虚空を見つめ、徐に一言。
「あ、えっと……それも悪魔のお仲間なの?」
「毎度の如く襲いかかろうとせぬのは、此の身を悪魔であると知って怖気付いたか」
「そんな訳ないじゃない。親の仇なんだから」
「仇……?」
 僅かながら、ルシファーの目元に変化が訪れた。
「私の……私の親は、悪魔に殺されたの」
 意を決したように、イヴは明かす。
「親も騎士であったのか?」
「聖騎士ローラン。私の父よ。英雄とまで称えられたけど、最期は悪魔によって帰らぬ人となったわ」
「……良き剣だ」
「へ? あ、ありがと……って、聞いてんの?」
「形見か?」
「まあそうだけど……?」
 暫しの沈黙を挟むと、ルシファーは立ち上がった。
「ちょっと、ええっ……!? あうぁ裸のまま何を!? えっと、私……その、そういうの慣れてなく……」
 目のやり場に困って取り乱す女騎士に歩み寄ると、手を差し出す。
「貸してみよ」
「きゃ……ッ!」
 悲鳴を上げて顔を背けるイヴ。
「案ずるな、直ぐに返そう。お前を討つこと等得物が無くとも容易い」
「そういうことじゃなくて何か着てー! ……って、今……なんて?」
「……此れは…………」
「ねー聞いてる? 私のこと何て呼ん……」
(剣自身が……我が属性に対し尋常ならざる反発を示していると云うのか……?)
 彼女の言葉に耳を貸すことなく、全裸の悪魔は剣を握り締めたまま佇んでいる。
(……正義感の強き持ち主が確固たる信条に基づき振るい続けたが故か、剣自体が聖騎士を形成す要素を帯びかけている…………)
 赤面しているイヴに向き直った。
「真実のみを見通す我が瞳が告げる。やはりかの者を殺めたのは我が眷属に非ず」
「悪魔じゃない……? じゃあ誰だっていうのよ」
「地獄の者ではなかろう。闇の頂点に位置する我が身が此の剣より波動を同じくする殺気の残滓を感じなかった。悪魔との交戰歴は無いと云えよう。此れ程の達人、悪魔とて生半可な覚悟で挑むべき相手に非ず」
「あなたみたいなヤツが本気を出さずにやったとは考えられない?」
 水滴の滴る横顔に問いかける。
「俺は強者と刃を交えれば忘れぬし、斯様な名手を前にして力を出し切らぬ等無粋な真似はせん。他の大いなる悪魔も左様であろうよ」
 そう答えたルシファーの瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
「お父様は強かったからね」
「他に、此の剣が云うには以前の使い手と大きく異なる理念で以て用いられていた訳ではない様であるな」
 衣を手に取りつつ、付け加える。
「お父様と……!?」
 目を瞠るイヴ。
「技の程は届いていないと視たが」
「わっ、私だって強くなるわよ……お父様みたいな使い手になってみせる!」
「フッ、然すれば剣もお前に応えようぞ」
 言い残し、ルシファーは去ってゆく。
「あっ、ちょっ……! 今私に何て……」
「剣に見合う腕を……」
「違うーっ! そうじゃなくて……あー、もうッ!」
 遠ざかる痩身へと投げかけられたイヴの怒鳴り声が、静まり返る泉に響き渡った。
「……え……?」
 外套を翻し、戻って来る黒装束。
「なによ。かっこつけて消えるんじゃなかったの」
「名だ。お前、何と云う?」
「相変わらず人に尋ねる態度とは思えないわね……。イヴよ」
 呆れ果てたようでいながらも、照れ臭いのか後半は視線を逸らし、小声になる。
「ほう……イヴか」
「な、なによ……?」
 困惑する彼女。
「否、訊ねただけだ」
「……そう」
「良き名であるな」
「あ、ありがとうね……」
 黙したまま僅かに笑みを浮かべると、黒衣の男は再び歩み出した。
「あ、あのッ! あなたの名前も……教えて」
 慌ててイヴが呼び止める。
「——魔王、ルシファー」
 立ち止まると、十数歩先より銀髪を揺らして彼女を流し見る半面は、確かにこう言った。



「ご主人様はすごく強いけど、それでいて優しいお方なのだ」
 上機嫌に語る幼女と、コクコクと頷く少女。
「他人に壁をつくりがちなアザミとこんなに仲良くなる子がいるとはなあ」
 遠巻きに見つめるデアフリンガーが苦笑を零した。
「女子(おなご)同士、気が合うのだろう。さて、そろそろ時間の方だ」
 二人に近づくツェーザル。
「ベル。長老がお呼びだ」

 沐浴よりの帰り道、ルシファーは夕刻の陽だまりに見慣れた姿を見つけた。
「お、ちょうど良いところに来たね。長老さん、アタシらに会わせたい人がいるんだってさ」
 アモンの説明に、微笑して首肯する長老。
「部屋を用意しておるゆえ、三人でごゆっくりどうぞ。そうじゃ、こんな山奥にいては味わえない珍しい魚が届いたゆえ、ぜひ今宵は……」
「——何処の魚だ」
 ルシファーが冷たい語調で尋ねた。
「海から届いたばかりの……」
「内陸でなくば海であろう。何処の海より誰が贈ってきたのかと訊いている」
 刺すような瞳で長老を直視する。
「ご厚意を疑ってかかるとは無礼千万! もはや我慢ならん。その態度、改めさせてやる……!」
 剣の柄に手を伸ばしたツェーザルの前に無言で歩み出た師は、掌を重ねるようにして制止した。
「許し難き言動の数々、この期に及んでなおも見逃すのですか!?」
「この谷に憎しみはいらん」
 厳かに諭す。
「賢明な判断だ。此方が其の気になろうものなら最後、貴様ら等跡形も無く始末して呉れたわ。……否、唯一人のみを除いて、か」
長老を一瞥するルシファー。彼は応じること無く、その場を後にした。慌てて後を追う弟子と部下たち。
「一昨日、飲み交わした広間にて待っておるゆえ、気が向いたらいらしてくださいな」
 何歩か進んで足を止めると、長老は改めて告げた。

「うわぁあああご主人様ぁあああ……ッ!」
 泣きじゃくって魔王に跳びつくベルゼブブ。
「抜かるでない。万魔殿に着く迄が遠足だ」
「……吾輩を助けに来てくれたのではなく遠足だったのか……ご主人様が来てくれると信じて待っていたのに、ずっと待って…………」
 彼女の手には、ルシファーを描いたと思われる十数枚の紙が握られていた。
「魔王様ったら、お嬢のこと心配してたじゃないか」
「ア、 アモン貴様……ッ!」
 珍しく狼狽える地獄の支配者。
「え、ホント!? ご主人様ッ」
 顔色を一変させ、ベルゼブブは詰め寄る。
「……まあ嘘か真かで云……」
「ホント!?」
 食い入るように覗き込む、丸々とした眼(まなこ)。
「さ、左様だ…………」
 観念したように目線を逸らし、消え入るような声を絞り出した。
「まったく……単純なんだから。ま、お嬢らしくて安心したけどねえ」
 半笑いで呟くアモン。
「単純って言うなー! でも吾輩もアモンに会いたかったぞ」
 喜怒哀楽に富んだ彼女を、両悪魔は温和な面持ちで眺めていた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.12 )
日時: 2013/12/12 19:12
名前: 三井雄貴 (ID: ASdidvAt)


             † 六の罪 “白刃に誓いし復讐” (後)


「んんんうまいうまい! 吾輩は嬉しいぞー」
「たまらんねえ。ほら、なんだかんだ来て良かったろ?」
「お前たちは何を食そうと其れではないか」
 淡白な物言いながら、彼ら程ではないにしろ、ルシファーも手は動いている。
「ご主人様、これうまいのだ。食べてみてー」
 強引に渡すベルゼブブ。
「お二人は本当に仲が良いのじゃな」
「その通り!」「さあな」
 長老の感想に、間を同じくして返答した。
「本当に仲良しだー」
「吾輩はご主人様のことが大好きで、ご主人様も吾輩のことが大好きなのだ」
 感心するデアフリンガーに、小さな胸を張って言い放つ。
「そう言えば、この二人が喧嘩したのはお嬢が食事中に菓子を食べたいと駄々こねた時だけだったねえ」
(……あの時は危うく地獄が崩壊するところだったけど)
 遠い昔を思い出すアモン。
「んーおいしいな、これ」
「そうだね」
 嬉々として頬張るデアフリンガーとは異なり、アザミは一貫して落ち着いている。
「こんな魚がいっぱいいるのかな、海ってとこは……! 俺も行ってみたいなー」
「なんだガキ、海を知らねーのかい」
「悪いかよ。あと俺はガキじゃねえ、長老の弟子、イズモだ。婆さんは見たことあるのかよ」
 不服を唱え、アモンに突っかかる少年。
「おう、あるとも。海には友達が住んでるからね」
「いいなー。僕もう何年もこの谷から出てないから外の世界に友達がいるってうらやましい」
「海だけじゃないさ、アタシぁ世界中に友達がいる。気持ちが通じ合えば誰だって友達さ。動物だって仲良くなれば応じてくれるんだ」
「すげぇなあ……ますます外に行きたくなったぜ! なあ、アザミも一緒にいつか海に行こうよ」
「別に興味ないから……」
 好奇心に心躍らせるデアフリンガーと対照的に、彼女は作業的に食事を続ける。
「そちはまだ十二じゃろ。一人前の男として、わしが認めないと谷からは出すわけにゃいかんぞ」
「わかってるって! 今に兄上みたいに強くなってやるからなー!」
「長老は強いだけじゃなくて男って言ったのだ。まだ女も抱いたことない子供が剣だけ覚えたとこで下の剣は鞘に入ったままじゃ恥かきに行くようなものだぞ」
「ああっ……ちょ、そそそんなこと今は関係ないだろ! ……と言うか自分より年下に言われたくないし」
 ベルゼブブに痛いところを突かれ、気まずそうにアザミを垣間見るデアフリンガー。
「しょうがないよ、デアフリンガーはまだ子どもなんだし急ぐことは……」
 相も変わらず目は死んでいるが、彼女なりに励まそうとしているらしい。
「違う! 僕はもう子供なんかじゃ……」
「こーどーもですーッ!」
「いや違う。ね、アザミ」
 傍らで繰り広げられる攻防を、長老が皺を深くして見届けている。クスリともせず、とこも見ていないかのようにただ座っているのみのアザミの横顔が、同じく沈黙を保っているルシファーの瞳に映っていた。

「それじゃ僕たち、この辺で」
 廊下の突き当りに至り、デアフリンガーが切り出す。
「がんばれよ、少年。若いうちに女を知っとくのも損はないよ」
 アモンが不敵に嗤った。
「なっ、なんだよ! 変なこと言ってないで早く行けって! あなたの部屋はそっちだろー」
「はいはい。兄ちゃんによろしくね」
 彼女に向き直ろうとして彼が視界の端に映ったアザミに目を移すと、思わず瞠目する。
「——未知に対して興を抱かないは勝手であるが、貴様が過ごす繰り返しの日々に意味を見出せるかな」
 離れ際に囁かれた彼女は一瞬、ルシファーを見遣ったが、普段の起伏が少ない表情へと戻った。
「どうしたの? 早くおいでよ」
 デアフリンガーが割って入る。
「余計なことを吹き込まないでもらえるかな? あなたに彼女の何がわかるんだよ」
 ルシファーを睥睨して言い捨てると、アザミを連れて足早に消えた。
「さながら王子様ってとこか。若いっていいねえ」
小さな背を見送りながら、アモンが軽口を叩く。
「何を言われたか知らないけど、あんな暗いヤツの嫌味なんて気にしないでいいからね。僕で良かったら聞くよ」
「うん、ありがとう……でも大丈夫だから」
「はい空回りしたー! 童貞が空回りしてるのだ」
 勝ち誇ったように指差すベルゼブブ。
「ほら、お嬢いくぞー」
 ルシファーと共に反対の通路へと足を進めているアモンが呼びかけた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.13 )
日時: 2013/12/13 19:17
名前: 三井雄貴 (ID: Ya3klDgh)

            
            †  七の罪 “運命(さだめ)との対峙” (前)


「そんな……嘘よ…………」
 ローランは実の父でない、とイヴが知ったのは十三の折である。
 彼女が赤子の頃、蛮族の侵攻によって村は焼かれ、立ち向かった父は命を落とした。駆け付けたローラン率いる騎士たちの活躍によって、彼らは撃退される。他の騎士が諦めた後も生存者を捜し続けていたローランは遂に、身を震わせる母子を発見した。駆け寄って保護するも母親は娘を庇って重傷。子の方はまだ幼く、自分の名前がイヴであることしか答えられず、たどたどしい口調で父はどこへ行ったのか聞き返すばかりであった。
「大丈夫。お父さんならいるよ、これからもイヴちゃんを護ってくれるから心配いらないさ。今は安心して眠りなさい」
 泣き疲れて眠る小さな寝顔を見守りながら、彼女を護ろうとした父の代わりに、これからは自分が護ってゆくのだとローランは誓う。夫の仇を討ち、自分と愛娘を助けてくれたローランに母は感謝し、ローランもまた、命がけで一人娘を護り抜いた彼女の愛の深さに触れた。

「あたし、お父様の子じゃなかったなんて……!」
 ローランは真実を教えるには早すぎると、まだ彼女に伝えていなかった。その日、騎士たちが話しているのを立ち聞きしてしまったイヴは、どこへとも無く彷徨う。
「あたしの帰るところなんて……最初からなかったんだ」
 戻る場所など思いつかない。彼女が騎士になろうと決意したのは、父に憧れた為であった。父のように強くなりたいと願い剣を握り、厳しい修行も耐え続ける日々。幼き頃より剣以外には見向きもせず、努力を重ねてきた。すべては尊敬して止まない父に少しでも近づく為、そして父に護られるだけの存在から護ることの出来る存在へとなる為に。
(あたしは今まで、何のために生きてきたんだろう…………)
 降り出した夕立に打たれながら、ただ一人、濁った空を見上げている。いや、濁ってしまっているのは瞳の方か。どれ程過酷な鍛錬も乗り切ってきた彼女が泣いていた。もう涙と雨も見分けることが出来ない。
「——こんなとこにいたのか……母さんが心配するから早く行こう」
 聞き慣れた声がした。驚いて振り返る。
「なっ、なんでここに……?」
 唖然とするイヴ。
「決まっているだろう。お前が、私のかけがえのない娘だからだよ」
 その眼差しは、慈愛に満ち溢れている。
「……嘘つき」
 俯いて拳を握り締める彼女。
「なんで怒らないの? 私が本当の子じゃないから?」
「……知ってしまったんだね」
 ローランは大地へと膝を突く。
「すまない、すまないイヴ……ゆるしてくれ!」
 泥の中で頭を下げて叫ぶローラン。イヴが呆然と立ち尽くしていると、意を決したように彼は顔を上げ、語りかけた。
「今まで黙っていてすまなかった……しかし誰が何と言おうが、お前は私の娘だ。そして私は今までも、そしてこれからも……愛する我が子を護ってゆく。父として生きてゆく。剣しか出来ない私だ。父親として足りないことだらけかもしれない。そんな男がお父さんじゃ……イヴは、嫌かな」
 暫し黙していた彼女だが、立膝で自分を真っ直ぐに見据えるローランへ駆け寄ると、抱きついた。
「ううん、嫌じゃない。嫌なんかじゃない! あたしの自慢のお父様だもの!」
「そうか、そうか……ありがとう我が子よ。まったく、こんなに冷えてしまって…………」
 眉尻を下げて抱擁する。
「確かに不器用で親としては完璧じゃないかもしれないけど、ここまで育ててくれたことは変わらない。これからもっと父親らしいとこ見せてよね」
 イヴはそう言うと顔を背け、慌てて離れた。
「ハッハッハ、この騎士ローランもお前にだけは敵わんな。まったく……手厳しい愛娘だこと」
 困ったように笑うローラン。
「だからね、ずっとあたしの父親でいてくれるようにあたしが護る。これからはあたしがお父様を護りたい。だから……だからあたしは強くなる! あたしがお父様より強くなって、お父様を護れるようになるよ。だからもっと剣を教えて! これからも私のお父様でいて!」
「任せなさい。イヴが一人前の騎士になるまでは死ねないと思っていたが、老後の心配もなさそうで何よりだ。安心しなさい。どこにも行かないよ、お父さんは強いからね」
 娘の頭に軽く手を乗せる。
「うん……知ってるよ、誰よりも知ってる」
 父に似て不器用な彼女が微笑み返した。
「さあ一緒に帰ろう、我が家に。ほら、下がぬかるんで危ないよ」
「ちょっと、もうそんな歳じゃないのにー」
 一瞬、戸惑いながらも差し出された手を取るイヴ。手を繋いで歩くなど、何年ぶりであろうか。いまだに自分よりも遥かに大きく力強い父の掌……まだまだ己が父を護る側になるのは先のことだと実感した家路であった。

(お父様を奪ったのは悪魔でなかった……じゃあ私は誰を討てば良いの……?)
 あの者の言葉に偽りは感じられない。だがしかし、その事実を知って、今まで自身が父の敵討ちの為に歩んできた日々は、磨いてきた剣技とは何だったのか、とイヴは打ちのめされていた。追いかけ続けた昔も、失った今も、彼女の視ているものは変わらない。一つのことだけを見つめ、ただ斬る為だけに存在する刃のように己を鍛え上げてきた。心身とも鋼が如く硬く強く成長はしたが、決して曲がることを良しとしなかった結果、遂に折れてしまったのである。思えば、あの日も剣を握る意味を見失いかけていた。今や、立ち上がることを教えてくれる父はいない。
(……それでも、戦うことをやめたら終わりなんだよね…………)
 ローランより受け継いだ愛剣に問いかける。物心つく前より、理は示されていた筈だ。父と母が身を挺して戦い、此の身は護られた。父が死んだら、父の護ろうとしたものを自分が護らなくてはならない。その為に戦う。戦って護る。戦って強くなって護れる者になる。父のように立派な騎士になると決めたのだから。
(私は戦う。戦い続ける。今までどんなに辛くても乗り越えてきたんだもの。投げ出した途端に、何もかも無駄になっちゃうんじゃお父様に顔向け出来ないよね)
 刀身に映る彼女の表情からは曇りが消え、自らのすべきことを見定めた凛々しい騎士の顔があった。


「さて、お嬢と合流して目的は果たしたはいいがどうする?」
 壁に背を預けたアモンが口火を切る。
「……いい人だよ、長老は…………」
 顔を曇らせるベルゼブブ。
「お前の正体を存じながら丁重にもてなしていたとは殊勝な男よ。なれど我等は悪魔。あの者は竜族。努々、忘れること無きよう」
「そうだけど……そこをその、なんとか…………」
 あくまで馴れ合う気は皆無と念を押す主君に、彼女は悲痛な想いで食い下がる。
「それはそれ、これはこれってヤツだねえ。そう言えばお嬢……ガブリエルの姉ちゃんに誘き出されたんだったかい」
「え、それが何か……?」
 アモンの問いに向き直る。
「ソロモンって男に使役されたことがあってねえ。アタシ以外にも七十一柱もの悪魔を操る人間界の王。最近、天使方と仲いいらしいじゃないか」
「かのソロモン王の後継か。我が知に及ぶ限りでは七十二柱にベルゼブブは含まれておらぬ筈……あの者が此の現世にてベルゼブブを手中に収めようと欲した、とでも?」
 そう述べると、飲み終わった杯を机に置くルシファー。
「さっすが、話が楽で助かるねえ。……ところで、お客さんのようだ」
 窓の外に人影を認め、アモンが合図すると、使い魔が鍵を開けに向かう。

Re: 大罪のスペルビア ( No.14 )
日時: 2013/12/13 19:15
名前: 三井雄貴 (ID: Ya3klDgh)


              † 七の罪 “運命(さだめ)との対峙” (後)


「確かに王はベルゼブブを配下に加えたがっていたわ」
 窓枠に頭をぶつけながらも何事も無いかの如く平然と入って来て、話を続けるイヴ。
「フン、吾輩は人間ごときの軍門に下りはせんわ!」
「か、かわいい……!」
「ファッ!?」
 彼女は床を滑るように疾駆すると、ベルゼブブを抱き上げる。
「何この子スゴーい! えー、この角って柔らかいの!? でもそこもかわいいー」
 頬擦りをして奇声を上げる女騎士。
「や、やめんか……この身は地獄の大元帥だぞ!」
 身悶えしながら必死に名乗るが、イヴはお構い無しである。
「うわー! ふてぶてしいとこもまた愛らしいー」
「……して、何か用がある故に我が元へ再び現れたのではないのか」
 冷ややかな視線と共にルシファーが口を挟んだ。
「なによ、用もなくに会いたくないってこと? 魔王じゃなくて失礼王ね、ほんっと……」
「然ればお前は押しかけ王であるな」
 不服そうに睨むと、一息置いて話し出す彼女。
「詳しくはわたしの立場じゃ分からないけど、彼はさらなる力を得て、何やら戦をしようと考えているみたいだわ」
 ベルゼブブを解放すると、椅子に腰かけて続けた。
「で、王と戦うの? あなたは」
「話は有り難く受け取っておこう。なれど決めるのは此方である。と云う訳だ、帰れ」
「ほ、ほんとに心配してるんだからね……!」
 室内に反響するイヴの喚き声。
「案ずるには及ばぬ。お前はあの者が手下であろう」
「でも、でも……!」
 彼女は握り拳を震わせて詰め寄る。
「えー、そろそろ今晩はお開きにしようか。お二人の邪魔しちゃ悪いしねえ」
 苦笑いを浮かべて部屋を去ってゆくアモン。ベルゼブブは安心したのか、眠ってしまっている。
「人間とは自分本位なものよ。勝手に心配した挙句、其れを主張する」
「わたしはいてもたってもいられなくて…………」
「左様か。してお前は何時迄俺の寝床にいる? 帰れ」
「……ごめん…………」
 イヴは消え入りそうな小声になり、項垂れた。
「謝罪を求めてはない。俺は帰れと云ったのだ」
 ルシファーは言い放つと、ベッドに身を横たえる。
「帰らない…………」
 肩を落としたまま、彼女は動こうとしない。
「帰らないわよ。異端狩りを相手にあんなメチャクチャやって、今度は王と戦おうっていうんでしょ……どんな無茶するかも分かったもんじゃないあなたのことだから不安で目が離せないの!」
 再び声を張り上げた。
「人間と云うものは喜怒哀楽に際限無き生き物であるな」
 依然としてルシファーは、淡々と口にする。
「バカ、ほんとにほんとにバカ。メチャクチャ過ぎて救いようのないバカ。私が他人なんかを、それも悪魔を気づかうようなお人好しな訳ないでしょ! あなたに生きていてほしいって、あなたとまた会いたいって思って願ってこそに決まってるじゃない……!」
 イヴは膝から泣き崩れた。
「哭き喚くな。ベルゼブブが寝ている」
 上体を起こすと、彼女の唇に人差し指を当てる。
「私だって泣きたくなんかないわよ。誰のせいだか……なんでそんなにいつもメチャクチャなの!? ねえ、メチャクチャやるだけじゃなくて私にも教えてよ……あなたの見てる世界はなんなの……?」
 無言でルシファーはイヴを抱き寄せた。
「もっと、もっと色んなことを私に伝えてほしい。もっと強くなれるよう私に教えてほしい、もっと……もっと近くで私を見守っていてほしい……!」
 彼女も抱き締め返す。
「明日、都に帰るの。このまま……今日はこのまま一緒にいてもいい……?」
「ああ」
 ルシファーは、ただ一言のみ応じた。


「斯様な時間に王を呼び出すとは、相応に重大な話だろうな?」
 隻眼の男が市松模様の応接間に現れるなり、問い質す。
「——“Non mihi, non tibi, sed nobis(私のためではなく、あなたのためではなく、私たちのために)” お越しいただきありがとうございます」
 微塵も気圧されること無く、大天使長は微笑して迎えた。
「ごめーんっ! やっぱ起きられなかったぁ」
 走り込んで来るや否や、両手を合わせるガブリエル。
「おはようございます。朝早くからお綺麗で何よりですが、屋内は走らないでいただけますか」
「あら、楽しげな顔ぶれねぇ。何が始まるのかワクワクしちゃう」
「本日1杯目の茶を品の無い女子と共にする等、余は不愉快極まりないがな」
 王権者が眉を顰める。
「まあまあ落ち着いてください、かわいいカップに淹れてさしあげますからね。あと言動には気をつけた方がいいですよー。彼女、こう見えてかなりの力を持ってますから」
 ウインクする女天使にティーカップを手渡し、ミカエルも他の二人と共にテーブルを囲んだ。
「さて、早速ですが…………」
 一口飲むなりミカエルが進める。
「竜の棲む谷に送り込んだ悪魔狩りの軍勢が、村の長老ならびに彼の弟子によって潰走させられました。大将は“長老”こと竜王フューラーに一騎討ちで無様に殺されたそうです」
「まあ。弱い男って嫌いだわぁ」
「異端狩りの主将と小娘はどうなった?」
「あの二人も今頃悪魔か竜王にでも倒されていることでしょう」
 笑顔のようで目元は笑っていない。
「竜の谷と云えば“あれ”を管理している地だったな」
「そう、それなんですよー。さすがはソロモンさん」
 ミカエルは嬉しそうな素振を見せる。
「切り札ちゃんがあちらの手の内にあるままじゃ悪魔と接触して面倒事になっても面白くないし、長老さんに返してくれるよう交渉してみようと思いまーす」
「だが彼奴(あやつ)が拒否した場合は?」
「そりゃもちろん死刑ですよー」
 軽い口調で答えると、次はガブリエルに向き直った。
「その時の処刑人はー、あなたっ!」
 満面の笑みで指名する大天使長。
「年とって丸くなったって話もあるし、愛着わいちゃってそうねぇ……汚れ仕事は好きじゃないんだけど素直に従ってくれないなら仕方ないかっ」
「其の暁には余も七十二柱の悪魔と共に手を貸そう」
「あらあら、あたしってそんなに頼りないかしらぁ。これでも四大天使の一角なんだからぁ……」
 ソロモンの眉間一寸手前でティーカップが宙に静止している。
「——見くびるなよ」
 猫撫で声とは別人のような低音。
「おやおや」
 ミカエルは、顔色一つ変える様子も無しに二杯目を注ぐ。
「竜如き興味無いわ。女狐の獲物に手を出さぬ分には文句無かろう」
 包帯で隠れていない右目にてガブリエルを睥睨した儘、傍らのミカエルに尋ねるソロモン。
「ええ、いいでしょう。それとガブリエルもカップを戻してくださいね、大切な私物ですので。あまり本来の用途とかけ離れた使い方をされると四大天使が三人になってしまいますよ」
 丁寧な喋り方ではあるものの、眼鏡の奥より鋭い眼光が向けられている。
「あたしの邪魔にならないならご勝手にどうぞ。無駄にカッコつけた巻き方の包帯が目障りだし道中のご一緒は遠慮させていただきますねぇ」
 平時の口ぶりに戻ると、開いた右手でティーカップを受け止めるガブリエル。
「フン、余のみで十分に足るわ。あの捨て駒たちの様な末路を迎えぬ為にも、天使様がご満足頂ける戦いぶりをして御覧に入れようではないか」
「これはこれは、蒸し返されても困りますよ王様ー。死んじゃってるだろうし、終わったことを言うのはなしにしましょ」
 ミカエルが言い終わると同じくして扉が開いた。帰れという旨を察し、ソロモンが席を立つ。
「ではではごきげんようー。開戦の折には期待してますよー」
「ま、せいぜいがんばってねぇ。王様っ」
 挨拶もすること無く、無愛想に王は立ち去った。

「——ヘグシッ! こんな何も無い地で風邪か? そもそも異端狩りの頂点に立つ我が、この様な山奥になど……そもそも此処は一体何処だというのだ……!」
 山中を彷徨う大小の人影。
「ミザールめ、我々に先んじて大部隊を預けられるとは……好戦的な彼奴のこと、先に到着しようものなら独断で仕掛けるに違いない。迷っている場合ではない、手柄を取られては今度こそ我等の居場所は無くなるぞ……聞いておるのかアリオト!」
「……虫さん…………」
 鼻の頭に止まった蝶に気を取られ、アリオトが躓く。
「何をしておる、大事無いか? ……まさか空腹で立てないとでも言うまいな」
 沈黙を保ったまま彼女は頷いた。


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