ダーク・ファンタジー小説
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- 大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
- 日時: 2014/01/02 18:15
- 名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)
人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!
ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)
拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
アドバイス、意見などお待ちしています。
あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。
登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。
・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。
・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。
・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。
・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。
・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。
・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。
・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。
・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。
※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
>>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.15 )
- 日時: 2013/12/14 16:28
- 名前: 三井雄貴 (ID: SA0HbW.N)
† 八の罪 “悲愴” (前)
「騎士になる覚悟は出来ていても、泣く子も黙る悪魔の親分に泥まみれにされる日が来るとは思いもよらなかったわ」
朝陽を浴びて向かい合う、イヴとルシファー。
「でもあれで勝ったと思わないことね」
最後まで強気な物言いではあるが、目元は笑っている。
「上等だ。其の言葉、悔やむこと無きよう腕を磨いておくが良い」
ルシファーも満足気に彼女を見つめた。
「わたし、悪魔ってものを勘違いしていた……もっとあなたのこと知りたい、本当のことを」
ルシファーの前へ歩み出ると、哀愁と情愛に満ちた眼差しでイヴは語りかける。
「騎士と悪魔が馴れ合う世に非ず。お前は騎士で在り続ける道を選んだ。なれど何れまた、相見える日が訪れるであろう」
真っ直ぐと見据えるその瞳は、彼女が初めて目にした時の威圧感は無く、どこと無く優しさが含まれている気がした。
「お別れ、あれで良かったのかい」
樹上より飛び降りると、アモンが声をかける。
「あの者のことだ。明朗に振舞うことで堪えているのであろう。戻るぞ、直にベルゼブブも起きよう」
「気丈なもんだねえ。若いのに」
荒野の果てに消えゆくイヴの後ろ姿を見遣って呟くと、彼女もルシファーの後に続いた。
時の流れと同様、川もまた、とどまることを知らずに流れてゆく。世間で何が起きようと、意に介さずに…………
「——また来たのか。この場所が随分とお気に召したようじゃな」
暗い水面を眺めたまま、長老は呼びかけた。
「未だ2度目だ」
響くルシファーの返答。村から距離のあるこの小川は、夜が訪れると一層に静けさを増す。
「我等について如何様に説明するか悩みでもしていたか」
「フフ……神眼の前じゃ誤魔化しようがないのう」
「否、此れは我が権能に非ず。推し測った迄のこと」
長老は暫し黙していたが、相手が腰掛けるのを察して付き合う気があると受け取ったのか、本題へと入った。
「旅人さんや、戦をするつもりかね」
「イヴも去ったことであるし、ソロモンは討つ。幾多の悪魔を使役するあの者と天使が結託した以上、地獄を内より脅かすやも知れぬ」
岩の上で脚を組むと、背後の旧敵はグラスを傾ける。
「今さらソロモンと関わりがあることを否定はせん。じゃが、わし自らそちを害そうというつもりはないゆえ、ご安心めされよ」
「然であろうな。俺も此の谷への恩を仇で返す気は無い。尤も……討ち損じた儘の貴様は来るべき時に手ずから引導を渡してやる所存であるがな」
ルシファーは幾何か表情を緩め、意気揚々と是を唱えた。
「そちが話のわかる者で良かったわい。わしの知っとる大天使長ルシファーはどんなに残酷でも自分なりに意味のないことはしない男じゃったが、悪魔となってもぶれぬ生き様、お見事じゃ」
「フン、世辞なら間に合っているぞ。……して、其の関わりとやらは例の童を巡って、か?」
「ご彗眼」
隠し通せないと悟ってか、半笑いで振り向く長老。
「久しぶりに昔話でもするかのう」
自身も岩に登り、背中合わせに座ると、竜族の生き残りは語り出した。
「まあ酒が美味くなる話ではないが、年寄りの戯言と聞き流してくれ」
少女は幼き日の記憶が曖昧であった。正しくは曖昧になってしまった、と言った方が適切かもしれない。物心ついた頃は幸せであった……否、あった様な気がする。だがしかし、遠き日の想い出は、重く長い苦しみの中で黒く塗り潰されていった。
「パパ、まだかなあ…………」
四歳の誕生日を迎え、父の帰りを心待ちにする彼女。
「もう寝なさい。パパ困ってる人を見ると放っとけないから遅くなっちゃってるのかも」
「やだ、パパ帰って来るって約束したもん! 絶対に絶対に約束したもん。パパが……パパが誕生日を、忘れるわけ……ないもん…………」
泣きながら飛び出してゆく一人娘を母も追いかける。
「ちょっと! 待ちなさい、あなたに何かあったらパパに……」
「あー! パパだー」
両の眼を輝かせ、駆け寄った。
「遅くなってごめんな、パパ急ぎ過ぎて転んじゃったよ」
痣の数が不自然に多いことを紛らわすかのように、ぎこちない微笑みを浮かべてみせる父。
「パパおそいから心配してたんだよ。寝ないでね、ずっとね、起きてたの」
「ハハ、そうかそうかー。パパがウソつくわけないだろ? 娘の誕生日は何があっても帰る、今までもそうだったじゃないか」
「あなた、怪我が……」
折れていない方の手を軽く上げ、妻を制する。
「これからも絶対に帰って来てね!」
「ああ、もちろん」
込み上げる血反吐を飲み下し、明るく装った声色とは裏腹に、娘の頭を撫でるその表情は哀しげであった。
「ごめん。パパ、プレゼント買えなかった……ごめんな」
「いらないもん、パパが帰って来てくれたからプレゼントいらない。パパが一緒にいてくれればプレゼントなんかなくていいもん」
「パパはいつでも一緒にいるさ。子供なのにプレゼントいらないなん……て寂しいこと言わないでくれよ。来年は、ちゃんとプレゼントも買ってくる……よ」
辛うじて絞り出した言葉に、大きく首を縦に振ると、無邪気にはしゃぐ娘。
「うんっ、パパ大好き!」
夜が更けると共に、家族の幸せな時間も奪われていった。
「パパなんでコート脱がないの?」
丸々とした彼女の目が、素朴な疑問を物語っている。
「ふふ……パパちょっと寒いんだ、風邪だから今日はひっくり返っちゃったのかなー」
椅子の下に赤黒い血溜まりが拡がってゆく。
「ねぇママ、なんで泣いてるの?」
「ママは泣き虫だからな、パパが遅かったから泣いちゃったのかな? 結婚する前から一人ぼっちにするとすぐ泣いちゃってたんだ」
「あー、パパいけないんだー! ママ泣かせたー」
「そうだな。好きな人を泣かせる男はダメだ。パパは悪い人だよな、まったく。ハハハ…………」
その晩、痛みを堪え、終始笑顔を絶やさなかった父は、妻子が寝付いた後、自身も眠りに就いた。そして、二度と目を覚ますことは無かった。
「パパ……ウソつかないって言ったのに…………」
噂によるとかの者は、農民が凶作で苦しむのを見兼ねて、税を緩和してくれるよう嘆願を繰り返していたと聞く。彼の死後、役人によって訴えを禁ずる札が立てられ、人々は手の平を返して悲しみに暮れる遺された二人に冷たく接するようになった。
(もう泣かない……泣いたところで今までみたいにあなたが戻ってきてくれやしないもの。これからは、泣かずに1人でこの子を育ててみせる……!)
泣き虫の母は強かった。なれど、残酷な世の流れは、懸命に生きる母子にさらなる牙を剥く————
- Re: 大罪のスペルビア ( No.16 )
- 日時: 2013/12/14 16:38
- 名前: 三井雄貴 (ID: SA0HbW.N)
† 八の罪 “悲愴” (後)
「竜と相性の良い娘がおる」
次期ソロモン王選定に際し、世界と契約した左眼によって真実を見抜くとの触れ込みで、先代の息子達の中でも特に賛否を呼んでいた青年が、支持層の教会勢力に語った。鵜呑みにした彼らは、その力を誇示する為に“お告げ”の生きた証拠を連れて来るべきと提案。
(本人を目の当たりにすれば疑う者もいなくなる、さすれば余が王権者だ……!)
たちまちに彼女達の村に圧力がかけられ始めた。武装した男たちに脅された村人は、幼い少女を差し出す。大勢に詰め寄られようと、母は断固として抵抗を続け、終いには娘を強奪されてしまった。鬼気迫る見幕で立ち向かった彼女であったが、暴行を受けて力尽きたようだ。
唯一の肉親も失った“被験体”は、名前ではなく暗号で呼ばれて“管理”されることとなる。
——竜族の血を飲ませよ。
かつての大天使長ルシファー率いる軍勢が竜族を悉く打ち倒した折、生け捕りにした幼体は、続いて大天使長の座を獲得したミカエルの管理下に置かれていた。これにより、天使は竜より上位の存在であると印象づけると同時に、比類無き武力を手中にしていることで抑止力の獲得にも成功する。
代々、悪魔を使役するソロモン王権者と、天使方は付かず離れずの間柄を維持してきた。次なる王を狙うかの者が、先行して天使より後ろ盾を得る絶好の機会を見逃す筈が無い。男は竜族の血を飲ませ続け、さらに天使の魔力を以て件の少女が半人半竜化に成功すれば、いまだに地獄を滅ぼせていない天使方にとって大いなる力と成り得る、と力説。戴冠と共に継承される“王権者の指環”で使役可能な七十二の悪魔を自分たちに不都合な運用はしないことと、有事に際しては被験体を戦力として差し出す、という誓約と引き換えに、ミカエルは彼を次期ソロモン王とする支援と、手元の竜族より血を提供すると認めた。
「これ以上は精神が持ちません!」
「心など壊れてしまえばいい! 一度白紙にすることで此の小娘は完全なる器に生まれ変わるのだ」
大天使長との盟約を取り付け、新たな王となり若くして名実共に現世を席巻する青年は、一層強気に半人半竜計画を推し進めてゆく。
(苦しい思いをして人の心までも奪われてしまうのならば……いっそもう、何も感じなくなってしまえばいいのに……!)
血を飲まされ続け、魔術をかけられ続け……いつしか天真爛漫であった少女は、心を冷たい闇の底に封じ込めてしまった。辛い現実は変わることがないと幼くして悟った彼女は、それを辛いと思わなくなることで、人間らしい気持を捨ててしまったのだ。
(これでいいんだ……期待しなければ裏切られることもない…………)
数年が経過し、ミカエルは唯一“屠竜戰役”を生き延びた “覇者(フューラー)”こと竜王が、辺境の地で人間を集めていることに目を付ける。再起を黙認していた訳ではなく、あえて泳がせ、ある程度の力を持たせた上で利用する算段でいた。奇しくも、栄華を極め、いよいよ怖いもの無しの高飛車王ソロモンとの力関係を再構築したい頃合いであった為、大胆な駆け引きに出る。二枚舌天使は、被験体が十分に成長したゆえ、討ち漏らしていた竜王への内通者とし、共通の敵となるであろう彼らに備える、と言葉巧みにソロモンを説得。目的の身柄を手中に収めた上で、曖昧になり気味であった同盟関係を再確認した。フューラーには近年の活動再開を不問とし、一帯は領地として実質与える代わりに竜族と相性の良い最終兵器の隠れ蓑とする旨を呑ませる。こうして“被験体”は、天使方を経由して竜の棲む谷に移った。
「おお、遠路よう来たのう! こんな小さいのに大変じゃったろ」
眼前で目尻を緩めている老人が、ルシファーを筆頭とする征討軍でも仕留められなかった竜の王者であることを知る由も無い半人半竜娘は、目も合わせようとしない。
「別に……いっぱい付きそいの人もいたし大変じゃありませんでした。みなさん“道具”になんかあったら困りますもんね」
かの者は死んだ瞳で皮肉を口にする少女に困り笑いを返すと、腰を落として優しく喋りかける。
「まだ若いのにそんな悲しいことを言わんでおくれ。わしはあやつらみたいな荒事はせん。そちを村の仲間として歓迎しておるよ」
彼女は一瞬その皺だらけの顔に視線を移したが、程無く再び顔を伏せた。
「……どうせ奪われるんだもん、仲間なんて…………」
「ほっほっほ、わしはこう見えて意外と強いんじゃよ。そちも村のみんなも谷もこの長老が守ってやる。そうじゃ、まだ名前を聞いていなかったな」
「ぼくの名前……なんだっけ…………」
次の瞬間、長老は思わず小さなその躰を抱き締めていた。
(この子は、自分が誰であったかもわからないほどに…………)
少女は虚を突かれたように一段と双眸を丸くしたが、間も無く憂いを帯びた面持ちへと戻ると、自嘲気味に溜息を吐く。
「まあ別に今さらだれでもいっか……ぼくがどんな人間だったからってもう人間には戻れない。家族もいない一人ぼっちの化け物なんだから」
「奇遇じゃな、わしも家族はずっとおらん。じゃがそちはもう一人ぼっちじゃないぞ。そうじゃ、この谷のかけがえのない一員になるんじゃから新たな出発に名乗ったらどうかのう」
「……別になんでもいいです、ご自由に呼んでどうぞ。今までもそうでした」
素っ気無く応じる彼女とは逆に、腕を組んで考え込む長老。
「おお、アザミはどうじゃ?」
「あざみ……?」
「アザミの花言葉は独立、安心、私に触れないで。……誰でも良いわけなどない、そちはこの世に二人といないそちなんじゃ」
今度は前より強く抱き締め、それでいて心優しく言い聞かせた。
「恐い者たちに指一本も触れさせはしない。もう何にも怯えることもないんじゃ、わしがアザミを守ってゆこう」
頬を雫が伝ってゆくが、アザミはそれに対しどう反応すれば良いのか理解らない。
「なんだろう、これ……涙かな。涙って人間じゃなくなっても流れるんだ」
長老は少女の頭を愛おしそうに撫でる。
「泣きたい時は泣けばいいんじゃ。そして一緒にもっと笑おう」
耳元の穏やかな声に、はにかみ笑いを浮かべるアザミ。
「泣くときって、どういう顔をするんだったかな。ぼくは名前だけじゃなくてそんなことも忘れちゃったんだ…………」
「これから思い出してゆこう。今までがどんなことがあったってアザミはアザミじゃ。誰がなんと言おうが、わしにとっては小さくてかわいい一人の女の子だ」
長きに渡り凍て付いた胸の氷は、少しずつではあったが柔らかくなっていった。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.17 )
- 日時: 2013/12/16 01:17
- 名前: 三井雄貴 (ID: Fgkea1ql)
† 九の罪 “幻影の処刑人” (前)
「——勝手に出歩いて良いのか」
野花を摘んでいる少女は、驚いたように振り返ったが、声の主を認知すると目を逸らす。
「この川だけは誰も来ないし特別に」
最低限の返答を済ませると、再び腰を落とした。
「邪魔か」
「別にどっちでも…………」
ルシファーの問いに、伏せがちな目で応じるアザミ。
「雅趣を好むのであれば何故更なる興を探し求めようとしない? 谷の外には未知なる美が存在しておると云うのに」
「遠くへいっちゃダメって言われてるから」
沈黙を小川のせせらぎが制する。
「……アザミ、と申したか」
「長老に聞いたんですね」
「此の谷へ到る道中、貴様の名と同じ花が咲いていた」
「それが何か」
彼女は向き直りもしない。
「見たことがあるか?」
「ありませんけど…………」
「往くぞ」
「……はい?」
曇った顔を上げる少女。
「此れよりかの地に赴く」
「えっ、いや……谷から出るのは…………」
困惑して立ち上がった。
「自分と名を同じくする存在が如何なるものか知るのに理由が要るか?」
「そういうことじゃなくて、だめって言われ……」
「然れば貴様は一生此の谷に閉じ篭っていろ。生涯此の儘見知った景色に囲まれて暮らすが良い。以後も護られるばかりの立場で何一つ決断すること無く与えられるが儘に生き続けるが良い。此の地と己が運命に縛り付けられて過ごし、外の世界を見ずして朽ち果ててゆくが良い」
「なんなんですか…………」
大きな眼で睨みつつ、アザミは詰め寄る。
「なんなんですか知ったような口で上から上から……! そんなに言うなら教えて! 外の世界には何があるのかを! ぼくに見せて! 谷から出たくなるような光景を! 宿命にとらわれずに生きる道を……ぼくに示して!」
息を切らして喚き散らす彼女を尻目に、河原を後にするルシファー。
「あの、ちょっと……!」
「昼過ぎには着く。我が歩みに後れるでない」
振り向きもせず進んでゆく宿敵を足早に追う少女の後ろ姿を、温かな眼差しで長老は見送った。
微風の吹き抜ける高原に薄紫の花が咲き乱れている。
「きれい……」
思わず屈んで見惚れる姿は、同年代の少女と何も違いはしない。
「痛っ!」
つい手を伸ばした瞬間、鋭い痛みが指を襲う。
「たちどころに何でも摘もうとするな、愚か者」
「お、愚か者じゃありません……!」
慌てて否定する彼女。
「アザミは棘を有する故、触れようとする者を阻む」
「こんなに綺麗なのに……」
「美しき花こそ容易く他人を寄せ付けぬ。さながら貴様の様にな」
「ふぇ……っ!?」
無垢な少女は、目を瞠って一驚した。
「ぼ、ぼくみたいって今…………」
今し方の言葉を確かめるかのように、怖ず怖ずと紅潮させた顔を上げる。
「付け上がるな戯けが。心を閉ざしている様が似ていると云ったのだ」
「あ……そうだよね、ぼくなんか…………」
項垂れるアザミ。
「愛されておるのだな」
「ふぇ……?」
唐突な一言に、またも狼狽えた様相を呈す。
「あの者は貴様の話をする折、莞爾として語った」
「ぼく、迷惑しかかけてないのに……」
「古の遺物には其れが僥倖なのであろう。迷惑等かけられる内にかけておけ。人間とは元より迷惑をかけずには生きられぬもの。生まれ出づる前より母体に負担を強い、自然を犠牲として暮らす。互いに迷惑をかけ合わずして万物は存在しない。此れを奴等は共生と呼ぶ。なれど愚かしいことに人間は其の輪より恰も自らが隔絶した器にあると自惚れ、共生ではなく寄生するに至った。なんと哀れで救えない恥知らずか。斯様な俗物が神の最高傑作を吹聴するとは笑わせる」
「じゃあ、どうすればいいの……どう生きれば…………」
困り果てる少女。
「其れを見出すのが生きることではないのか。皮肉にも過ぎた理性を与えられた人間は、宿主をも喰らい尽くさんばかりに自身の首を絞めてきた。俺は此の矛盾に支配された滑稽な生き物を地獄より眺める所存だ。老いること無き我が身が、限り有る存在……驕れる人間共の結末を見届けてやる」
「——いいや、見届けずして死ねぇい!」
アザミを抱えると、ルシファーは軽々と跳躍する。
「躱されたか。流石だな……捜したぞ、悪魔め」
現れた壮年の大男は、顰め面で地面より長斧を抜き去った。
「何用だ、小物」
刺すような魔王の眼光。
「決まっていよう。その身を討ち果たすのみ……!」
叫ぶと同時に、アリオトと二方より攻めかかった。ルシファーは左手でアザミを取り回して斬撃を避けさせつつ、彼女を傷つけること無く右手の剣を振るい応戦する。
「こわ……い…………」
蚊の如き声で怯えるも、剣戟に掻き消され、凍り付いた表情で前後左右上下に揺さぶられる彼女。
「うぬっ、器用な男め……!」
妙技で渡り合ってはいるが、凌ぎ続けるのみでは埒が明かない。数々の任務を共に乗り越えてゆく中で培った連携からなる異端狩り二人の戦意と、小脇で振り回される谷以外の環境に慣れていない少女の吐き気……どちらが先に限界に達するのか。最悪の事態を見越し、合理的に決断した自他共に認める戦の天才は、一瞬の隙を見逃すこと無く得物を自ら頭上へと放ると、魔法陣を展開して襲い来る白刃を防いだ。そして————
「ふぇえええっ!?」
渾身の力で今日初めて谷から出た美少女を放り投げたのである。意外とそう遠くない辺りに墜ち、叩きつけられながらも手は口から離すまいと懸命に耐えるアザミをよそに、涼しげな顔で落下する剣を華麗に掴み取り、何事も無かったかのように戦闘を再開するルシファー。なれど、鍔迫り合いの最中ドゥーベが目配せすると、アリオトが疾駆する。
「迂闊だったな! アリオトの速さならこの程度離れたところで即座に追い付く!」
「迂闊は貴様の方だ、あの童を殺すは気兼ね無く全力を使える俺に討たれることを意味すると心得よ。なお、魔力を防壁に回していた為思いの外飛距離が出なかったに過ぎぬ故、努々思い違えるでない」
「戦いの基本は敵の弱点を突く! なお間違っても今更もう引っ込みが付かなくなった訳ではないからな。さあアリオト、殺れ……!」
地に伏したまま青ざめた顔色で口元を押さえて苦しむ彼女に、百戦錬磨の殺し屋より逃れる術は無い。陽光に煌めく大鎌が、身を屈めるアザミの首筋へと正に振り下ろされようというその刹那…………
「——ったく、いい年してお互い見栄張り合って思春期かい? アンタら誘導尋問に引っかかるタチだろ」
猛禽を思わせる両翼の悪魔が急降下し、彼女の小さな躰を抱きかかえると、紅毛を靡かせて舞い上がった。
「で、ひとつ聞くが……」
宙へと追撃して来るアリオトを蹴落とすと、到着した長老にアザミを投げ渡し、地上の斧使いを睥睨する。
「二人がかりで仕かけた挙句、丸腰の子どもを狙うとは騎士のすることかい?」
「ぬう……しっ、知る必要は非ず。まとめてこの場で裁きを下してやる!」
アモンの目力に気圧されつつも、吼えるドゥーベ。
「何が裁きだか……コイツら悪魔以上に悪魔みたいな連中だねえ。出るとこ出させてもらう!」
そう宣言し、刃状の両手を硬化させた。
「悪魔と一緒にするでない、此の者は只の——」
不服を唱えながら、右手に紫の魔力光を灯すルシファー。
「下衆だ」
無数の魔力弾を斉射する。
「むん……ッ、ぐぉおおお!」
咄嗟に深紅の魔法陣を現出させたドゥーベであったが、魔王が放つは付け焼刃の魔術で遣り過ごせる代物ではない。堪らずに退く。
「くっそ、なんてデタラメな速さだ……!」
上空では目にも止まらぬ攻防が繰り広げられていた。地獄に於いても五本の指に入る実力者のアモンにとって、総合的には格下の相手に相違無い。とはいえ、敵は自身以上に超高速での格闘戦へ特化され、敏捷な身のこなしと小さな的に飛び道具も相性が悪く、芳しくない戦況を余儀無くされている。
「悪いが……一気に決めさせてもらうよ」
赤々と魔力光を帯びてゆくアモンの両腕。
「ディメント——インクルシオ……ッ!」
挙動が劇的に俊敏となったことにより、多くの刺突を一斉に繰り出したかの如く錯覚させる程の離れ業であるが、アリオトはさして驚く様も無く、次々と回避する。
「……信じられない。あんな攻撃を全部かわすなんて……!」
アザミの背をさすりつつ、驚嘆するデアフリンガー。
「いや、何発かは当たっておる」
時折避け切れていないようにも見受けられるが、一瞬目を瞑って僅かに口を開くのみで、痛みにより動きが鈍る気配は無い。
「——“Ad augusta per angusta(狭き道によって高みに)”」
アリオトが囁くと、彼女と同一の形貌を持つ幻が十数と生み出された。
「……幻影の処刑人」
「分身したとこで本体も含めて一網打尽さ!」
だがしかし、アモンが貫く間にも新たなる個体は生じ続ける。
「おお、奥義同士の激突じゃな」
視認を許さないアモンの連撃と、十数人のアリオト。一騎討ちでありながら乱戦の様相を呈する展開に、悠久の刻を生きてきた竜王も思わず舌を巻く。
- Re: 大罪のスペルビア ( No.18 )
- 日時: 2013/12/16 01:23
- 名前: 三井雄貴 (ID: Fgkea1ql)
† 九の罪 “幻影の処刑人” (後)
(……もはや打つ手無し、か…………)
一方のドゥーベは満身創痍で独り、魔王と相対していた。相手は距離に応じて剣、槍、弓と自在に得物を生み出す上、速さの絶望的な開きも相まって、守勢を強いられ続けている。下がればそれこそ、圧倒的な魔力の差に完封されるのみ。
「ふふ、分かってはいたさ。端から死に場所を与えられただけだとな」
「然れば滅せよ」
姿を眩ましたと思うや否や、ルシファーが距離を詰め、受けようとする長斧の柄を両断。叩き込まれた鉾は、振り抜かれるままに主ごと一回転すると、後方へと仰け反ったドゥーベの胸元に、柄の先端で一突きを見舞った。彼が血反吐を噴いて崩れるよりも先んじて、駆け寄ったアリオトが抱き留める。
「——オブスクリアス・メテオ」
自身より悠に大柄な主将を背負い、懸命に飛び去ろうとする彼女へ、無慈悲な斉射を浴びせるルシファー。アリオトは殺到する七連の魔力弾を認めると、命中の寸前にドゥーベを手離した。直撃を示す閃光が迸る。一同が視界を取り戻した時には、既に二人の姿は無かった。
「少なくとも女の方は死んだな。逃げる相手にも容赦ないねえ」
着地するアモン。
「女であろうと余計な慈悲等はかけぬ」
ルシファーはアリオトが墜ちていった方を遠望し、毅然として告げる。
「そういうことだ、此の身に刃を向……」
「オエーッ!」
嘔吐によって掻き消される魔王の言葉。可憐な外見に反して想像を上回る音に、デアフリンガーは飛び退いた。
「ゲロでキャパ超えとはこれだから童貞は…………」
冷ややかに呟くベルゼブブ。
「別にひいてなんかないし、ビックリしただけだし……ってか、なんで付いてきてんだよー!」
「吾輩はご主人様が心配で来ただけだ。ほら、僕はアザミの全てを受け入れられる、だろ? じゃあ食えよ、それ」
「そういう性癖ないからな」
嘲る彼女を不愉快そうに見遣る。
「なーに童貞の分際で性癖なんか語っちゃってんだ。童貞じゃなくてイケてる男ならカッコ良くキャッチできて彼女も吐かずに済んだぞ」
「いや、その……急にアザミが来たので……っていうかアザミ、大丈夫? あんな勢いで投げられるなんて」
「うん……怪我はしてないけど…………」
気分が優れないのか、恥ずかしさゆえか、目を伏せるアザミ。
「薬草を取って帰ろう。戻ったら飲むのじゃよ」
「ごめんなさい、言いつけを破って……」
「待て。勾引かしたのは俺だ」
両人を交互に見比べると、長老は笑った。
「いやいや、どこにも連れてってやらなかったわしが悪い。長らく泣くことを忘れていた彼女が涙を流すとは……そちといると感情を取り戻すようじゃ」
「そういう涙じゃないと思うがね」
傍らで腕組みをしてアモンが一言。
「危険な目にあったのは事実だろ。アザミがどんな気持ちで今まで我慢してきたか知りもしないで……!」
「慄いて身を潜めていた分際で口先は達者であるな、青二才」
声を荒げる少年を横目で一瞥した。
「あ、あんな奴らから僕だってアザミを守れるよ……! そもそも勝負はついてたじゃないか! 逃げる相手に情けのかけらもないのか」
「かけるに及ばなかった迄のこと。甘さと優しさを思い違えるな。貴様、戰場に出たことはあるか?」
「まだ、ない……けど」
鋭い目つきに気圧されるデアフリンガー。
「知らぬであろうな、戰と云うものが如何に残酷かを」
戸惑う彼を見下ろすと、ルシファーは言い放つ。
「——殺るか殺られるか、其れが命の奪い合いだ」
「まあまあ、まだ子どもゆえ、そこいらで勘弁してやってくれんかのう」
半笑いで歩み寄る長老。
「たいしたお手並みじゃったぞ。よくぞアザミを守り抜いてくれた」
「俺と共にいたが故に巻き込まれた災禍、貴様に代わって責務を果たしたに過ぎない」
「わかっておる。横暴なようで意味と責任の伴わない行動はしない……そちも王じゃもんな。そうじゃ、この近くに良い釣り場がある、ちと寄っていかんか?」
冷淡な態度を崩そうとしないルシファーにも、温かく接する。
「貴様の力であれば魚等訳無く揃うであろう」
「ホッホッホ、そこを一匹ずつ釣るのがいいんじゃろう。魔法を使っても意味がないからのう。どうじゃ、そちも?」
「フン、低俗な」
一向に馴れ合う気配を見せない。
「おやおや、わしに負けるのは誇りが許さないか」
「……貸せ」
泣く子も黙る地獄の支配者は、外方を向いたまま無愛想に手を差し延べた。
「楽しんできな。アタシぁコイツら途中まで送ってくわ」
竿を手に川へと下ってゆく両雄に呼びかけるアモン。
「ついてくるなよ。僕がいれば十分だか……」
「頼りないから言ってくれてんだろ、察しろよ小童が。アモン、しりとりしよう。お題はー、童貞にありがちなことー!」
渓流に並んで糸を垂れる二人組の正体がよもや竜王フューラーと魔王ルシファーであるとは、誰も思いも寄らないであろう。
「——憎んでいるか、俺を」
揺蕩う浮きを眺めながら、問いかけるルシファー。長老は微笑すると、徐に口を開いた。
「本来あの日竜族ごと滅んだ筈のわしが、こうして人間と手を携えて生きることが出来た。なんと素晴らしい一生だったことか」
一向に獲物のかかる様子は無い。
「——“Vulnerant omnes,ultima necat(時間は、すべて傷つける。最後のものは殺す)”形ある存在かはいざ知らず、誰しも護るものが有る。貴様が護りたいのは村か、あの童か、或いは……」
「谷ごとすべて、と言ったら傲慢かのう」
ルシファーの横顔を見定めて問い返す。
「如何にも傲慢であるな。然れど、一切合切に至る迄を負って立たずして王者の器に非ず。あらゆるものを背負うが王たる者の宿命よ」
静寂が訪れるのを制するように拍手が響き渡った。
「いやー、参った参った! 世に数知れぬ王ある中で、これほどにあっぱれな王がいただろうか、いやいない。惜しいのう、敵であることが実に惜しい。そちとは違う出会いをしたかった」
「……我が盟友はベルゼブブとアモンの二人より増えも減りもしない。残るは我が眷属か敵、ないしは討つに値せぬ雑魚のみ」
「そうじゃろうな。あの頃からいつかは片方が死なねばならん運命だった、戦いを通してでしか語り合えぬ間柄ゆえのう」
「世に覇者は一人のみで足りる。遠からず雌雄を決する日が訪れるであろう」
立ち上がると、宿敵に向き直るルシファー。
「時空を超えた、決闘。我が生涯の最後にこんなにも華々しい舞台が待っとるとは誉れ高い」
長老を正視して釣竿を手渡す。
「我等程の者が再び覇を競う上は、相応しき場にて」
宣言すると魔王は溶けるかの如く消えた。残された竿に見入りながら、覇者(フューラー)と呼ばれし男は独り言を口にする。
「まったく、たいした悪魔じゃな……まあ釣りの腕は芳しくないようだが」
自室に戻った長老は、古びた巨大な鏡の前を横切ろうとして立ち止まった。
「……なんじゃ、そちか」
鏡面が陽炎の如く揺らめき、眼鏡姿の金髪美青年が浮き上がる。
「ごぎげんよう、竜王殿……失礼、今は長老さんでしたか」
「ご機嫌なものか。おかげで悪魔がいると村は大騒ぎじゃ」
「それはそれは失礼いたしました。直属の部下でないゆえ、悪魔だけを狙えと言っても分からなかったようですね。帰って来たら始末しようと思っていましたが、どうやらお蔭様で手間が省けたようだ」
「……なぜ今更になって悪魔を狙う?」
怪訝な顔で尋ねる長老。
「おや、あなたも憎くはないのですか? 悪魔、いや一族を滅ぼした元天使の彼らが」
何も言わずに投影された優男を睨む。
「ご機嫌を損ねちゃったかな。まあまあ、敵の敵は味方っていうじゃないですかー」
「わしとあやつは敵などと一言で表せるようなものではない。それに、そちを味方だと思ったことなどもない」
「それは残念だー。では取引相手として単刀直入に。例の彼女をお返しください」
「あの子を……?」
長老の様相が一際けわしさを増す。
「ご名答ー。世界を守るためにも何卒お願いしたいんですよねー」
「……断ると、言ったら?」
- Re: 大罪のスペルビア ( No.19 )
- 日時: 2013/12/16 22:39
- 名前: 三井雄貴 (ID: uzSa1/Mq)
† 十の罪 “崩壊への序曲” (前)
「そりゃもう谷を滅ぼしてでも連れてゆきますよー。同じ指導者たる身として、子供一人と村、どっちを取るのか……答えは分かってますよね?」
「ずいぶんな態度じゃな……あの子を育てるよう申し付けたのは君たちの方だった筈だが」
「——“Homo proponit, sed Deus disponit(計画は人にあり、成敗は天にあり)”
僕はこの世を背負う身ですからね、態度がどうとか言ってられる立場じゃないんですよ。魔王とそれに対する切り札が同じ村にいて、しかも仲良しとは困りものだ」
「誰にでも守りたいものはある、そちが嫌いでしょうがないお兄さんの言っていたことじゃ。齢をとると情に弱くなるもんでな、こちらもそうコロコロとかわいい女の子の身寄りを変えるってのは忍び難くてのう。いや、わかっておるのじゃ、いつかこの日が来るかもしれぬとは思っておった……じゃが今日、初めてあの子があんなに楽しそ……」
「あららー、悪魔にたぶらかされちゃいましたか? 相変わらず甘いですね。あなたが彼女を我が子と本当に思っているのだとしても、この世界を犠牲にしていい理由にはなりませんよ。だいたい何も残らなければいくらあの子のためを思っても元も子もない。それこそ、あの子の未来ごと消えてしまう選択なんじゃないですか。しょせん竜も人間や他の動物と一緒だ。目先のことに目を奪われて綺麗ごとばかり並べる……愚かだ、実に愚か。神の代行者として力を授かった僕たち天使が、神によって創られたあなた方のために決断した、それをこの世界を構成してる一員であるあなたの一存で妨害するというんですか?」
溜息を吐く竜の長。
「全体のことを思うがゆえにそれを動かそうとする。見る方角こそ違えど、その考えはそちらがかつて地獄に落とした者たちと大差……」
「はァ?」
締め括られるに先んじて、威圧感を含んだミカエルの声が発せられた。
「都合の悪いことから目を背けているのが神の代行者とやらかね。そちたちも元はと言えば悪魔と源を同じくする存在、いくら人心を集めて歴史を正当化しようと過去は変わらん。当時を見てきたわしに違うとは言わせんぞ」
「……るせーよ…………」
「あやつと兄弟であるそちが何よりわかって……」
「うるせーんだよ! 怪物の分際で分かったような口聞いてんじゃねえぞ」
遮るようにして怒鳴る前大天使長ルシファーの後任。
「貴様は他に何の役にも立たない老いぼれなんだよ。分をわきまえたら早く連れて来い、さもなくば村ごと皆殺しだ……いいな!?」
端正な顔立ちを歪めて喚き散らすと、ミカエルの姿形を模っていた幻影は消え去った。
「二人とも、こんな夜遅くにすまんのう」
「いえ、それだけ重要なことなのでしょう。我々に力となれることがあれば何なりとお申し付け下さい」
兄の弁に、デアフリンガーも神妙な表情で首肯する。
「あの二人は確かに悪魔じゃ、それもとりわけ大物のな。そして悪魔狩りに来たのは天使方が仕向けた勢力よ。さらに、奴らはアザミを渡せと言ってきた。拒むなら、谷を…………」
そこまで説明すると、唇を噛む長老。
「では……受けるのですか?」
ツェーザルが真剣な眼差しで伺う。
「……進退これ極まれり。憎め、恨め。わしのせいじゃ……何もかも責任をとるつもりでおる」
それを聞いて黙り込むツェーザルであったが、困ったように苦笑してみせた。
「まったく、あなたに裏切られるとは心外です……あなたが自分の育てた弟子のことをこんなにも理解していなかったとは心外ですよ」
「心外ですよ。どうせ一人で責任をとる気でしょ。そんなことは弟子として認めらんねえ……ほんとに心外だ」
弟も続いて頷く。
「そちたち、まさか……ならぬ! まだ未来の長い若者を巻き込むわけにはいかん」
「まさかは我等の台詞です。好きで巻き込まれているというのに……幻滅だな、弟よ」
「師を見捨てるような人間に育てたとでも思ってるなら幻滅だ」
顔を見合わせる兄弟。
「まだ師だと思ってくれるのか……天使の圧力に屈して我が子も同然の少女を人柱として差し出す情ないわしの、弟子でいてくれるのか…………」
消え入るような声を長老は震わせる。
「誰が憎むものですか、長老なくしてこの谷は有り得ません。酒以外なら付き合いますよ」
「ほっほっほ、こりゃなんととがめようが大人しくしそうにもないのう。そちたちがこんなに強い大人になるとはな……長生きとはするもんじゃ」
暗い廊下を並んで歩く二人の剣士。
「これで良かったの? 兄上」
横顔に問う。
「決まってるだろう。あの方がおられたから今の我等がある。私はあの方の決断を尊重し、どこまでも着いてゆく。私たちに剣の使い方を、生きる道を、家族のあたたかさというものを教えてくれたのはあの方だ。そのすべてが詰まったこの谷を害す者が現れれば私は全力で戦う。そういう理不尽に立ち向かえるように、あの人は強さを与えてくれた。そして、剣士というものは相応しい時に剣を使うのだ、とおっしゃておられた。その時が来たら、私は己が最強の使い手であることを証明し、最大限に尽くす。それだけのことだ」
ツェーザルは毅然として述べた。
「師の教えと師が愛した谷を守る、か……兄上らしいな。では兄上は僕が守るよ」
「何を言うか。この谷一の剣士は私だ。まだまだお前の助けを必要とはせん」
「悔しいが認めるさ、兄上には一歩及ばねえ。だけど僕はいつかその一歩を埋めてやる。だから……だから、勝手に死ぬなよ」
その言葉に精悍な面構えで弟を見つめ返す。
「言われなくても分かってるさ。死ぬ時は兄弟一緒だ」
明くる朝、中央広場に集まる村人たち。ミザール襲来以来、一連の騒動に関して一切の公表が行われていなかったこともあり、村は殺伐とした空気に包まれていたが、長老直々の発表に人口の数割が駆け付けた。
「忙しい中、ありがとう。もう察しがついておると思うが、まずは皆に謝らせてもらう」
頭を下げる長老。
「わしの不手際で外とのやりとりに失敗して大きな勢力の不興を買ってしまった。もう存じておる者もおるやもしれんが、先日の一件はことの始まりに過ぎぬ。谷に災いをもたらすことだけは避けたいし最大限の努力はするが、いつ何があるかは正直保証できん」
聴衆がさざめく。
「今まで尽くしてくれた皆には詫びる言葉もない。わしの無能なら気が済むまで罵ってもらってかまわん。役場、自治団などは各々で今後について決めてくれれば良い、解散を含めてすべての権限をゆだねよう」
互いに顔色を窺い始める村役人たち。
「出てゆく者を門番も止めるでないぞ。誰も逃げたとは言わん、家族と財産を守るのは当然のことじゃ。申し出てくれれば、わずかではあるが食料と餞別を支給させていただこう」
ここでツェーザルが歩み出る。
「なお、これより命を賭してでも、あくまで村を死守する志願兵を募る。武装と飲食に関しては全面的に提供するため、身一つで十分だ。谷と運命を共にする覚悟のある者は残ってくれ」
武人らしく簡素に伝えると、長老の脇に戻った。
「しつこいようだが自分の意思で決めるのじゃ。志願してくれるのはありがたいが、しなかったからと言って誰も批難できん。兵として武器をとるも、別の地に移るも、どの道を選ぼうがみんな違ってみんな良いのじゃ。すべての人間は幸せになる権利を持っておる。どう生きるかは個人の自由、誰に強制されることもない。ここに来てくれた皆もそう。誰もが二人とおらぬかけがえのない存在、尊い人生の主人公じゃ。どんなに世の中が動こうと今までも、これからも変わりはしない。堂々と胸を張れ! 村を去っても胸張ってこの先も生きてけ! 残るという者は最後まで命をまっとうしろ!」
堂々たる熱弁の末、誰もが愛した慈愛に溢れる目元を緩めて告げる。
「最後に……それぞれの生き方に誇りを忘れるでない。つたないながらも、村の代表として言うことは以上じゃ」
演説を終え、部屋に戻ろうとした長老は、甲高い呼び声を耳にした。
「いたいた……おーい!」
息を切らして走り来るデアフリンガー。
「ハァハァ……アザミが、さらわれた……!」
「なにっ!?」
思わず目を瞠る。
「みんなが広間に集まっている間に……」
「そんな……あの子が…………」
愕然と立ち尽くす一同。
「——狼狽えるな」