ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.35 )
日時: 2013/12/26 01:04
名前: 三井雄貴 (ID: 9Mczrpye)

              † 十七の罪 “剣戟の果てに” (前)


「魔王とその盟友がこうして地べたに這いつくばっているとは滑稽ねぇ」
 耳を撫で回すかの如き挑発的な声で勝ち誇る女天使。
「あなたたちは切り札も使ったのにあたし一人に多少の傷を負わせただけで無様にもがき苦しんでるんだから笑えるわぁ」
「——切り札……? 俺が何時使ったと?」
 彼女が吃驚して振り向くと、黒衣を纏った痩身が佇立していた。
「其れは俺自身だ」
 疾風のように虚空を駆け、ガブリエルを蹴り飛ばすルシファー。
「小細工を弄して慢心するとは愚かしい」
 大地に叩きつけられた彼女に言い放つ。
「うそ……でしょ……なんで最大出力の奥義を受けて立ち上がれるのよ!」
「此の身は傲慢(スペルビア)を象徴する存在ぞ。斯様な矢の一つや二つ如きで我が歩みを止められるとでも思ったか」
(……必中必殺の理を捻じ曲げた……? 信じられない! この男の底力がまさかこれほどだったなんて…………)
 愕然と立ち尽くすガブリエルに、にじり寄る魔王。
「や、来ないで!」
 身震いして彼女が矢継ぎ早に魔力弾を撃ちかけたが、防ごうともせずにルシファーは悠然と突き進んでゆく。数発が直撃するも、依然として動じない。
「肉弾戦に持ち込まれると脆いのは相も変わらずであるな」
 苦し紛れに短剣を抜いたガブリエルの頭を鷲掴みにして耳元で囁くと、岩壁に打ちつけた。
「あぐ……ッ!」
 引き摺り倒し、幾度と無く足蹴にする。
「あぁ! やめ……やめでぇッ! おねがッ、やめ……!」
 倒れたままの背をルシファーは片足で踏みつけた。
「……嫌だ、死にたくない…………」
「——貴様に墓標は要らない」
 純白の翼を掴んで告げる。
「ね、ねえ。昔言ったと思うんだけどあなたは冗談だと思ってたかもしれな……」
 上目遣いで震える声を絞り出すガブリエル。
「天使としての死を迎えるにも値しない……!」
 六枚の翼を次々と魔王は引き千切ってゆく。
「いぁあああああッ!」
 響き渡るガブリエルの断末魔。ルシファーは首を握って沈黙させると、谷底へと放り込んだ。


 都の郊外。女騎士……いや、騎士であった少女は走り続けていた。どこまで逃げようと火の手が回っている。
 ソロモンの叛乱が終息した後、天使方の行動は迅速かつ残忍であった。元々利害の一致から一時的に結託したに過ぎない関係。機が来れば野心家の王は裏切るだろうし、天使側も彼を切り捨てる予定ではあった。今回の一件でソロモンが対天使武装の数々を用意していたことが明るみとなり、一派が再起する前に粛清しようと彼らは思い至る。王城は陥落させられ、敗走した者たちも悉く討たれた。残党狩りは軍のみならず、王家と関係の深かった商人や研究者、騎士の端々も例外ではない。イヴの部隊も壊滅。ただ一人、生き残った彼女は貧しい人々に私財を譲り渡すと、最低限の荷と剣のみで住み慣れた街を後にした。

(こんな外れにまで火が……! 逃げると言ってもどこに……竜の棲む谷も滅ぼされたっていうし…………)
 減速もすること無く、強引に角を曲がった直後————
「……ッ!?」
 思わず目を疑った。人気の無い街道に、見覚えのある人影が佇んでいる。
「団長…………」
 イヴをはじめ、各隊を束ねる初老の男。亡き父ローランの戦友にして好敵手、そして……彼亡き後に剣を自身に教え込んだ張本人。上司であり、師であるその後ろ姿を見紛う筈も無かった。
「イヴ、なぜお主がここにいる? 騎士は始末された筈だが」
 向き直った彼を目にするや否や、駆け寄ろうとしたイヴは足を止める。その人物は騎士団長サルワートルに相違無かったが、戦場で磨かれた彼女の直感がその敵意の含まれた視線と物言いから彼は団長であって団長ではない、と警鐘を鳴らした。
「団長、あなたは何を……?」
 燃え盛る炎にも負けず劣らずの形相で睨みつける彼女。
「消したんだよ。新しい時代の弊害になる存在をね」
 新時代への野望へ果てた主君に対する忠誠心が理性を狂わせたのか、天使方に何らかの術を施されたのか、彼の瞳は濁っている。
「部下を、粛清した……と? あれほど仲間想いだったあなたがなぜ……!」
「これからの世に不要だから排除した。それまでだ」
 平然と述べるサルワートル。
「どうして! わたしに騎士たる者のあり方を教えたあなたが、どうして……これまで守ってきた人々にこんなことを……」
「騎士だからだ。前時代の遺物を処理するという汚れ役が騎士としての最後の仕事と判断した、それだけのこと」
 怒りと悲しみが混じったイヴの嘆きを容赦無く彼は一蹴した。
「この世界を王は再生すると望まれ、世界は今こうして再生されることを望むに至った。そのためには犠牲が……」
「罪なき人を殺さなきゃ再生できない世界なんて腐ってしまえ……!」
 遮るようにして吐き捨てると、剣の柄に手を掛ける彼女。
「お主は腕こそ立つが問題児だったな。弟子を正すのが師の務め。手加減はせぬぞ」
 無表情のまま、サルワートルは抜刀した。
「もう騎士はやめました。だから……一人の人間として、あなたを止めます!」

Re: 大罪のスペルビア ( No.36 )
日時: 2013/12/26 16:06
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

                † 十七の罪 “剣戟の果てに” (中)


 愛剣を振り翳し、突進する。
「甘いっ!」
 見慣れた斬撃を受け止めると、押し返す団長。鍔ぜり合いからの抜き胴も危うげ無く防いでみせる。
「弟子の得意技ぐらい予想しておるわ!」
「……弟子弟子って、こんなむごいことをしといて師匠面するなぁああッ!」
 嵐の如く撃ち込みを繰り出すイヴ。
(——これは……一撃一撃に一切の迷いが感じられない……こちらも出し惜しみはしてられんな)
 連撃を返し、団長が優勢となる。後退する彼女を無慈悲な刺突が襲った。
「ッア……ッ! うぁああああ!」
 脇腹を抉る白刃に悶絶する。
「勝負あったな。致命傷にはなり得ぬが、これだけ完封されれば分かっただろう」
 だがしかし、顔を上げたイヴの目は闘気を失っていなかった。
(強い。これが団長の本気……でもわたしの剣も心もまだ折れてない。魂が折れない限りは、負けじゃない……!)
 伝説の英雄であった父より継承せし剣を一目する。
「……まだよ。敵の息の根を止めるまでが戦いだ、そう教えたのは……団長、あなたでしょう」
 血溜まりより立ち上がった弟子に目を丸くしたサルワートルであったが、眉間に皺を寄せると溜息を吐いた。
「お主じゃまだ儂には勝てん。大人になれ、イヴ」
 それでも、彼女の真っ赤な手は再び剣を握る。
(お父様。力を貸してください……!)
 ただでさえ少なくない実力差。手負いの身で戦闘が長引けば、勝算は絶望的だ。
「うおおおおおッ!」
 ——ゆえに初撃へすべてを乗せる。
「だから見えておるわ!」
 団長の防御は完璧であった。だがしかし————
「この一撃は……まさか……!?」
 振り下ろされた刃は刀身を折り、得物ごと袈裟に斬り裂いた。
「……フッ」
 彼の口元より、一筋の血潮が流れ往く。
「あいつと見紛うような強烈な撃ち込み……見事だ。ただ、惜しむらくは——」
 背中合わせに立ち尽くしたまま、弟子の剣より自らの血が滴る様を眉尻を下げて眺めた。
「もうその技を見ることができないことか」
「団長…………」
 イヴは剣先を振り抜いたまま俯いている。
「団長ぉおおおッ!」
 深紅の世界に木霊する絶叫。
「まったく、いつまでたっても問題児だが……やはり腕は確かなようだな」
 両断された剣が師の手を離れ、金属音を響かせた。
「……お主の勝ちだ。ゆけ」
 死が師弟を永遠に別つ。彼女は震える拳を握り締めていたが、意を決したように駆け出した。
(ローラン。お主の娘は……あの剣にふさわしい騎士になったぞ…………)
 遠ざかる弟子。終わりを迎えようとする肉体を横たえた団長は、その背を温かな眼差しで見送った。

 燃えゆく街道。その真ん中に、白装束に眼鏡姿という出で立ちの美青年が立っている。
「——いいですねえ。大切な人を斬ったあなたに、もう恐いものはないでしょう」
 走り来るイヴにそう呼びかけると、金髪を熱風に揺らして微笑した。


「ものすごい音と光がそっちの方角でしたけど、無事……ではないみたいだね」
 ベルゼブブと共に姿を見せるアザミ。
「ガブリエルは始末した。無事ではないが、天使方(あちら)の思惑通りと云う訳でもなかろう。して、あの兄弟は如何した?」
 予想していた質問ではあろうが、アモンは目を逸らして項垂れた。
「……ツェーザルは死んだよ……デアフリンガーが弔ってる」
「えっ、今なんて……!?」
 大きな目をさらに瞠って少女が振り返る。
「……左様か」
「そんな……どうして…………」
「潔く息を引き取ったよ……勇敢で、男らしい最期だった。アイツがいなきゃ全員あそこで死んでたかもしれない」
 さすがの地獄侯爵も痛ましい表情を隠せない。
「此れが戰だ。他の誰かが命を落としていたことも十分に有り得る。努々あの者の死を忘れるでない」
 アザミは唇を噛み締め、小さく頷いた。

「現状を整理すっと、ガブリエル以下、敵の先遣隊は全滅。対してアタシらの方はツェーザルが戦死。次が最後の戦いになりそうだな」
 腕を組んでアモンが唸る。
「決戰に備え、身体を休めておけ」
 手短に伝えると、ルシファーは立ち去った。
「惜しい剣士をなくした。アタシがついていながら…………」
「アモンが落ち込んでも兄上は浮かばれないよ。僕は兄上の分も戦って戦って戦い抜いてやる……悲しむのは、それからでいい」
 目を伏せる彼女とは対照的に、デアフリンガーの瞳は闘志に満ちている。
「若いのに強いねえ。さすがはあの達人の弟だけある」
「もっと僕は強くなる。あなたより強くなってやるよ……兄上が勝てなかったあなたを倒せるぐらい僕は強くなる!」
 力強く首肯する少年。
「アモン。なんであなたは天使と戦うの?」
 軽く吐息を吐くと、アモンは半笑いを浮かべた。
「アイツについてくって決めてんだよ。今までもそうしてきたし、ソイツぁこれからも変わらねえ。ながらくアイツとともにやってきて反省することはあっても、後悔なんて一度もしてないさ」

Re: 大罪のスペルビア ( No.37 )
日時: 2013/12/26 21:27
名前: 三井雄貴 (ID: M22.tfSC)

                † 十七の罪 “剣戟の果てに” (後)


 雲上の絢爛な館に於いて、殊の外質素な一室に最上位の天使は居を構える。日頃は華やかな席に在って政へ勤しむ彼には、心休まる場所も雑然としていることは耐え難かった。
 珍しく部屋で過ごすミカエルは、味気無い壁に掛けられた地図に目を遣る。広い。己の手が及ぶ範囲のみでもこれ程の広さ。何人たりとも唯の一度とてこの繁栄を覆すには遠く及ばなかった。恐らくそれは今後も変わりはしない。戦の天才と謳われたルシファーが、全天使の三割に達する大軍勢を以てしても果たせなかったのだ。再び天地を揺るがす大事が勃発しようと、この空前の威容を制することは成し得ないだろう。仮に考えられるとしたら、この本拠に直接攻勢を仕掛けるぐらいか。なれど左様に酔狂な者がいたとしても、強固な結界に護られ、現世より“閉ざされた”空間に対して成す術などある筈が無い。
「……ガブリエルが死にました、か。まあ面白いものが手に入ったし良しとしましょう。少数の手勢を率いて乗り込んで来るつもりだろうけど、僕と相まみえるのは彼だけで結構です。ラファエルたちが不在な今、宿命の再戦には持ってこいの舞台でしょう」
 強襲されようと迎え撃つのみだが、目障りな有象無象が居合わせては因縁の結末に相応しくない。かの者にとって、それは同胞のガブリエルも含まれている。彼方(あちら)に手痛い損害を与え、アモン辺りと相討ちになってくれれば都合が良い、と彼女へ密命を下した。ガブリエルの戦果が揮わなかった際に備え、全軍に臨戦態勢を整えさせてある。万単位の兵力を一掃する奥義を有するのはルシファーのみ。ベルゼブブといえど、圧倒的な数の暴力に阻まれる。どの道、新旧大天使長の一騎討ちを迎える筈だ。
(そして……僕が今回もあなたを破り、最強を証明する。あなたが残したものに、僕が積み重ねてきた功績が劣るはずないのだから……! そう、今までもこれからも僕よりも大天使長にふさわしい男などいない)
 窓の外に目線を移す。どこまでも明るい。
「——あの頃はすべて、あなたのものでしたね」
 なれど、この世界が闇に呑まれていないのは、後任の己が守護し続けているゆえだと言い聞かせる。
「兄さん……あなたが返り咲くことはない」
 思えば常に兄の後塵を拝していた。兄弟は比較される宿命であろうが、大天使長を賛美するのに何故わざわざ弟の不甲斐無さを嘆く必要があるのか。外野に言われずとも自分が誰よりも痛感している。
 数ある天使の中でルシファーのみが十二枚もの翼を持って生まれた。そんな兄を誇らしく思っていた感情に嘘は無い。強く、気高く、美しい兄は尊敬の対象だった。憧れは届かぬ相手だからこそ抱くもの。それでも兄のようになりたいと願い、努力を惜しまなかった。兄の戦いを間近で学びたい、兄に成長した自分を見てほしい、そう望み、戦場に供する日々。惨憺たる結果に終わろうと、兄は補ってくれた。足手纏いになりたくないと、さらなる苦行も乗り越えてきたが、世間の風は冷たい。
「今に見てろよ……こいつらなんか何も言えないぐらい強くなってやる……!」
 いつの間にか兄に次ぐ実力者としての地位を勝ち取っていた。しかし、どれほど強くなろうと、最強の彼には見劣りする、という風潮は無くならない。
(兄さんに頼り続けていては兄さんと並び立つ日は来ない、僕は一人でもやれるんだということを実証しよう)
 支えられるままの自分に決別すべく、竜族と決戦の折、未知の敵に警戒する慎重派を押し切って先鋒を買って出た。現実は厳しく、またも生き恥を晒して帰還した自分を変わらず温かく迎えてくれる兄。それが堪らなく嬉しくて、堪らなく辛かった。なぜ兄はこんな出来損ないの弟に優しくしてくれるのだろう。そんな兄を誰よりも敬愛していた。なのに、なのに何故あんなことを————
 誰よりも恵まれていた彼が叛逆に奔ってしまった。乱の最終局面で対決に至る兄弟。そして、知らぬ内に兄と互角以上の実力を身に付けていた自分は激闘の末、彼を奈落の底に突き落とす。
「……さようなら」
 そして、誰よりも彼が憎くなった。
「兄さん、どうして…………」
 口を衝いて零れ出た独白で我に返る。疲労が溜まっているのだろうか。遠い昔の記憶に、意識を乱されていたらしい。
(まあ終わったことだ。また僕が天上天下、そして……彼に示す)
 壁際に掛けられた聖剣を見遣る。
「超えたんだ、僕は——あなたを……!」


 その男と出会ったのは、遠き日のこと。
「戦と聞いちゃじっとしてらんわな。しかも天使と竜族の激突とは一生に一度見られるかどうかの豪華対決、こりゃ見逃せないねぇ」
 高台に陣取って天使方の陣営を遠望する。最強と名高い大天使長直々の遠征とあって、どれ程の屈強な猛将が現れるのかと興味津々な彼女。
「お、アレは……!?」
 見逃す筈も無い。見渡す限りの天使達の中央に突出して強大な波動を感じ、目を凝らす。軍団の先頭にいた青年は中性的な面貌に色白の痩躯、そして片手には戦場に不似合なワイングラス。
「なんだアイツ、戦をおっぱじめようってのに呑んでやがんのか。天使ってクソ真面目なヤツばっかだと思ってたがルシファーとやらは酔狂なヤツみたいだねぇ」
 なれど滲み出る存在感は、数知れない強者と凌ぎを削ってきたアモンも納得させるのに十分な威厳を漂わせている。
「閣下! 申し上げます。先代の竜王フューラーは交戦を避けたいようですが、実権を握る竜帝フォルテが軍勢を率いて向かっている模様」
 グラスを口元より離すと、流し目で部下を一瞥する大天使長。
「——殲滅する」
 徐に呟くと、双剣を顕現させる。
「此れより進撃開始。全軍続け……!」
 彼は柄同士を繋いで大弓を成すと、天高く放った。
「……たまげた。優男かと思ったが、こんな腕達者が天使の中にいるとは」
 眼下を紅炎で染め上げてゆく疾風怒濤の攻勢にアモンは感嘆する。天使軍は何れも実力者揃いだが、大天使長は中でも飛び抜けて精強であった。
「強い。なんて強さだ……!」
 竜族を空戦で圧倒し、地上に降りてはすべてを灰に変える。膨大な魔力は底を突く様子も無い。巨大な竜を一太刀で屠るその勇姿に、彼女は刮目して見入る。
「こんなヤツがこの世界にいたのか!」
 かの者は破壊者でいつつも気品に溢れ、天使の身に在りながら冷酷すぎる程に情容赦無い男だった。

Re: 大罪のスペルビア ( No.38 )
日時: 2013/12/27 13:57
名前: 三井雄貴 (ID: Na535wgJ)

               † 十八の罪 “地獄侯爵” (前)


(……これが天使の本拠地…………)
 天空の要塞に驚嘆する一同。
「あ、デアフリンガーは初めてだったね。普段は特殊な結界で外の世界と切り離されてるから見えないんだとよ」
 アモンが巨大な城影を仰ぎ見ながら声をかける。
「どんな高尚なもんだろうと関係ないさ。これから全部ぶっ潰すんだから」
 勇み立つ少年。
(アザミはベルゼブブに任せてきた。僕は——谷を焼いたこいつらを、兄上を殺したこいつらを、ただ殺しつくすだけ……!)
 聳え立つ楼閣を睨んで彼は拳を握り締める。
「——で、どっから入るとするかねぇ」
 盟友の問いに応じようとせず、黙したままの魔王。
「ん、どうかしたかい?」
「……イヴがいる」
 その一言を受け、アモンは彼の横顔を熟視する。
「イヴさんが!? どうしてここに……?」
 二人の悪魔を交互に見比べるデアフリンガー。
「何があったかは知らんけど、そうだとすりゃ下手に大技が出せないねえ」
「然り。天の雷を以て外郭ごと結界を撃ち抜けば内部には入れよう。敵に態勢を整える間を与えずミカエルを討つことが至上の策ではあるが其れ程の大穴を穿つ威力で放てば、中のイヴまでも無事とは限らぬ」
「じゃあ、どうすれば…………」
 少年は不安気に吐露する。長老の奥義をも打ち破った恐るべき技を忘れる筈が無い。
「……止むを得ないであろうな」
 眼前の的を見定めてルシファーは発した。
「そ、そんな……!」
「然れば他に手はあるか?」
 射抜かんばかりの鋭い眼光で、狼狽するデアフリンガーに問い返す。
「降りると云う者は勝手せよ。然れど俺は最後まで戰い抜く、途上で折れるのであれば端から王に等なってはおらぬ」
 瞳の色を紫に変化させ、堂々と語る魔王。
「大義を見失うなってヤツか。それに、どうやら急がなきゃいけないみたいだねえ」
 無数の気配が接近する。
「……ミカエルめ、罠とは小汚い真似を」
「ど、どうすんだよッ……!?」
「是非に及ばず。此の者達を滅し尽くす迄」
 至る所に犇めく敵影を流し見つつ、斧槍を創り出すルシファー。
「いや、アンタは結界破りに専念しな」
「……任せた」
 若干の間を挟み、アモンの申し出を承諾する。
「んじゃ……魔王様の背中はよろしくな、少年」
 彼女はデアフリンガーを一目して言い残すと、天使の大群へと飛び込んでいった。
「なんだ、この数……冗談は嫌いじゃないが今は勘弁してほしいものだねぇ」
「僕も——」
「いや、アンタはルシファーを死守しな! コイツの一撃に全員の命運がかかってんだ」
 続こうとした彼を叱咤する。
「そういうわけだからアレだ。ちゃちゃっと頼むよ、魔王様」
「心得た。戰いが罪なれば、俺は勝利を以て裁きを下す」
 意を決したように六枚の翼が顕わになった痩身を捻り、館を指し示すが如く左腕を伸ばした。
「ちくしょう……イヴさんごと撃つ気かよ。何も犠牲になんかしないって言ってたのに…………」
 腑に落ちない面持ちながらも、デアフリンガーは次々と迫る新手を迎撃する。
「——告げる。汝等の滅びを以て」
 冷静に詠唱を紡いでゆく、天の雷の使い手。
「世界を浄化せん」
 閃耀がルシファーの左手に灯り、眼球を灼く程の勢いで膨張してゆく。
「……くそっ、多すぎる!」
 さしものアモンでも、仕留めきれず素通りを許してしまう数は増える一方であった。
「マズい……! デアフリンガーッ!」
 数体が殺到するが、彼が奥義を出し損ねれば次の発動までに持ち堪えられる保証は無いと悟ったか、依然ルシファーを頼ろうとしない少年。
(……アザミ、幸せになれよ————)
 瞬刻の微笑を見せると、彼はゆっくりと目を閉じた。
「天の——」
 発射に紙一重で先んじて、彼方で流星が煌めいた、と思うや否や————
「待ったあああああああ!」

Re: 大罪のスペルビア ( No.39 )
日時: 2013/12/27 19:09
名前: 三井雄貴 (ID: ..71WWcf)

                   † 十八の罪 “地獄侯爵” (中)


 目を回したアザミを抱え、ベルゼブブが矢の如く天を駆け、デアフリンガーに群がる天使たちを一蹴した。
「おわ……ッ!」
 投げ出された少女を今度は落とさずに抱き止める。ルシファーに施された宙を泳ぐ術が効いているのか、驚く程に負担が少ない。
「身を隠していよと申し付けた筈であったが」
「ごめんなさい……でもどうしても心配でいてもたってもいられなくて」
「アザミ! それは————」
 雲に降り立ったアザミの四肢があの時と同じように竜化していることに気づき、デアフリンガーが声を上げる。
「うん」
 彼女は哀しげに笑うと、張り詰めた表情でルシファーに向き直った。
「……ぼくに、やらせて。ぼくの力なら内部への影響をおさえて防壁を破れる」
「勝算は如何程に?」
 銀髪の合間より少女を見据える。
「できるとは言いきれない。でも、今ここで使わなきゃ————」
 死闘の最中にあるベルゼブブとアモンを思い詰めた眼で追いながら、必死に主張するアザミ。
「で、でもさ……! またこの前みたいなことになるかもしれないんだよね? 次も戻れるとは限らないんだし…………」
(——アザミ。そちは人として幸せに生きてゆけ)
 デアフリンガーの言葉に、長老の笑顔が脳裏を過(よぎ)った。
「くっそぉおおお! まだまだーッ!」
 こうしている間にも、刻一刻と二人は消耗しているという事実に、彼女は薄い唇を噛み締める。
「……ぼく、やるよ。全員で——地上に戻りたい……!」
 決意に満ちた眼差しで言い放った。
「アザミは……怖くないの……?」
 困惑を隠せないデアフリンガー。
「もちろん怖いよ。でも、ぼくも人として一緒に帰るんだ。犠牲を出さずになしとげる——そうでしょ?」
 迷いの消えた声色で宣言し、ルシファーを正視した。
「……フン、よく喋る様になったな」
 真っ直ぐな彼女の視線に、内心は嬉しそうな魔王。
「猶予は無い。一分で完遂出来なくば我が奥義を以て突破する」
「良いであろう。心得た」
 声を低くして我が物顔で答えてみせ、アザミは大きく息を吸う。
「一、二、三、四、五————」
 ルシファーは一瞬、僅かに口元を弛めたが即座に無愛想な面様へ戻り、淡々と数え始めた。
(……よし……!)
 小さく頷くと、竜の爪が顕わになった指で結界に触れる。
「う……っ!」
 雷光が奔ったように魔力光が瞬き、弾き返された。
「アザミッ!?」
「大丈夫。大丈夫だから」
 デアフリンガーに支えられた彼女は、自分に言い聞かせるようにして大袈裟に首肯する。
「……二十」
 無機質に唱えるルシファー。
(落ち着いてやればできる……! 自分の力を信じよう)
 再び歩み出て、手を翳す。
「無事か、アモン?」
 一向に攻勢が衰えない為、振り向かず呼びかけるベルゼブブ。
「なんとかね。それにしても数が多すぎる……あっちはまだなのかねぇ」
 既に第二形態まで解放している彼女の息は、荒くなりつつあった。
「三十」
 ルシファーは微塵も勘定を鈍らせる気は無い。
(……あわてずに、少しずつ魔力を流し込むんだ————)
 固唾を飲んでデアフリンガーは、アザミの後ろ姿を見守る。
「……ッ!?」
 ルシファーが四十秒の訪れを示すのと、時を同じくしてアザミの身体が悲鳴を上げた。
(もう浸蝕がこんなに…………)
 痺れる手足を見ると、早くも肘、膝まで鱗や棘で覆われている。
「五十——」
 残りが十秒を切ったことを宣告し、ルシファーは徐に半身を傾けた。
(……ここで折れるわけにはいかない! それでも、生きたいんだ————)
 目を見開き、薄紅の魔力光を帯びてゆく半人半竜の少女。
「ぼくは人として生きる……!」
 結界は激しい反発を繰り返すが、彼女は毅然として立ち向かう。
「……五十五——」
 突き出した左手に紫の燐光を宿し、その波動に黒衣を靡かせて魔王は告げた。
(……アザミ……!)
 デアフリンガーは、息を呑んで翼の生えた小さな背を見つめる。
「くそぅ……限界か…………」
 包囲されて背中合わせになった二人。
「——告げる」
 莫大な魔力がルシファーの指先に集束してゆく。彼が続く詠唱を口にしようと、双唇を開いた瞬間————
 鈍い音が響き、結界の表面に罅が入ったと思いきや、白光が解き放たれた。明滅する世界。
「う、うぁ……あ……ッ!」
 肉体が脈動し、あまりの負荷に頭の割れるような感覚がアザミを襲う。声も出せない程の重圧。幾度に渡り視界が閃く間、爆音が轟いた。


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