ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.25 )
日時: 2013/12/19 19:40
名前: 三井雄貴 (ID: ASdidvAt)

                      † 十三の罪 “屠竜” (前)


(……なくしてしまえば、楽なのに…………)
 なのにあの綺麗な紫色が忘れられない。思考が滅茶苦茶にされても何度でも浮かんでくる。もっとこの世界を見てみたかったな、と混濁している意識の中で後悔の念が絶えない。それでも自分は、今この世界を壊そうとしている。
 あの綺麗に咲いた花を再び見ることは叶わぬ夢と消えてしまった。あの花の美しさを知らなかった自分なら、こんなにも苦悩せずに終われただろう。もう自分が誰であるのかも思い出せない。どす黒く塗り潰された頭の中には汚泥のような漠然とした破壊衝動に埋め尽くされている。けれども、そんなまともな判断力が残されていない今でも忘れられない花の姿。確かあの花の名は——アザミ。そうだ、ぼくの名はアザミ……!
(やっぱりまだ人間でいたいよ……せっかくこの世界にいたいって思えたのに……まだ終わりたくない、終わらせたくない。こんなぼくでも生きたい! 助けてほしい。おねがい……だれか————)

「助けて、ぼくを……!」
 虚空に響く、少女の切実な望み。
「ぼくを助けて! ぼくの、名前を呼んで……!」
「アザミーッ! 大丈夫か!?」
「デアフリンガー!?」
 到着した一行が目にしたのは、惨憺たる光景であった。
「コイツぁ地獄よりよっぽど地獄らしい絵面だねえ…………」
 アモンが顔を顰める。辺り一面に赤々と血が飛び散り、祭壇の中央に位置するアザミは、彼らの知っている姿ではなくなっていた。身体中を爬虫類の如き鱗が覆い、半開きの口より覗く歯は鋭く、目元には生気が見受けられない。
「ひどい……どうしてこんな…………」
 少年は絶句する。
「みんな、ぼくはもう限界だ。ぼくがみんなを認識できるうちに逃げて……!」
 無言で歩み寄るルシファー。
「……きみはひどいね、きみにアザミの花を見せられなければこんなにも終わりを受け入れられなくはならなかったよ」
 少女は無理に笑ってみせる。
「終わり? 何を心得違えておる」
「自分のことは自分が一番よくわかるよ。ぼくなんかのために命をかけないで逃げて。きみたちを巻き込みたくないんだ」
「悪魔が誰かの為に命を賭す訳が無かろう。況してや此の身を差し置いて世界を滅ぼさせる等過ぎたる真似も赦さぬ。死なんよ、俺は。生きてお前を必ず止める。疾く済ませる故、案ずるに及ばず。そして共に帰るぞ。長老も落ち着いて眠れぬであろう」
 間近で正対した。
「きみはぼくに生きる意味を教えてくれた。ぼくは……なにも返せてないね」
「見返りは要らぬが、生きると決めたのであれば全うせよ」
「そうだよね。このまま終わりたくなんてない……きみになにもできずに終わりたくない。怪物になんて、なりたくない……!」
 大粒の涙が流れると共に、爪が鋭利に伸びてゆく。
「いやだ、いやだよ……ぼく怪物になんてなりたくないのに!」
 彼女の意思に反し、その肩より生えゆく蝙蝠にも似た毒々しい両翼。
「これ以上はもうあぶないよ、はなれないと……! きみを傷つけたくない」
 アザミの全身が脈動する。
「誰が何と云おうと、魔王たる我が身は何人の指図とて受けぬ。お前の内包する竜の血と云う概念のみを消す。案ずるな。世界が如何様に呼べど、お前は断じて怪物等ではないと此の魔王ルシファーが保障する」
 彼女を抱き締めて囁いた。
「なん……で……あぶないって言ってるのに…………」
 狼狽するアザミ。
「だめだよ! 逃げ——」
 ルシファーの痩身に無数の棘が突き刺さった。
「え……そんな……いや!」
「無念に怒り狂っていると我が眼の告げる通りであるな」
 薄い唇より鮮血が垂れてゆく。
「なんでだよ。逃げてって言ったのに……ぼくなんか化け物になろうとほうっておいて逃げればいいのに……!」
「フッ、斯様に人間臭く泣くことが出来るではないか。お前は此の世に一人しかいないアザミと云う人間だ」
 咽び泣く彼女を抱擁して言い聞かせるルシファー。
「上に立つ者は責を負わねばならぬ。元より此の身が竜族を滅ぼしたことに端を発す因縁。今此処で俺自身が手ずから断ち切り、彼の者達の鎮魂とする……!」
 アザミの背を抱き止めている掌が紫の魔力光を帯びた。続いて、臙脂色の燐光が周囲を照らし出す。
「この光は……!?」
「ソロモンの野郎がやりやがったか」
 思わず瞠目するアモンたち。
「出でよ。今こそ禍根に終止符を打つ刻」
 ルシファーが離れると、彼女は悶え苦しむ。
「アザミ……ッ!」
「待て。あれは…………」
 弟をツェーザルが制止した。
 呻くアザミより姿を現した紐状の光が続々と生きているかの如くうねり、束を成す。
「こっ……これが、竜の怨念……!」
 先端に顔面らしき存在は無い。なれど、鎌首を擡げて眼下の魔王を睥睨しているように見える。
「……七つの大罪が一、憤怒。同じく大罪の“傲慢スペルビア”を象徴する此の身に、とくと示すが良い。怒れる存在に、安らかなる死を…………」
 ルシファーの面前に紫の閃光が明滅し、十字架状に七つの魔力弾が浮き上がる。
「オブスクリアス・メテオ」
 的確に竜の影を射抜いた。間髪入れずに翼を展開し、反撃を避けてゆく。だがしかし————
「く……っ!」
 怒り任せの咆哮による衝撃波が広範囲を襲い、ルシファーを吹き飛ばした。
「ご主人様ァ……ッ!」
 地面に叩き付けられた主を案ずるベルゼブブ。
「……フッ。見事な一撃であったぞ。然れど惜しむらくは、其の一撃で此の身を仕留め損ねたことであるな」
 赤黒く染まった外套を靡かせて立ち上がり、紫色に変化した眼を見開くと、一振りの大剣を顕現させた。
「あ、あの剣は……!?」
 その禍々しさに見入る兄弟。
 真打ち・魔王剣カルタグラ——相手の魂を斬るという、恐るべき権能を備えし刃。
「貴様のいるべき場は此処ではない」
 またも猛攻が殺到する。鮮やかに空中を回転し、往なしてゆくルシファー。
「苦しいであろう。悔しいであろう。最期に謳え。古より剣闘士(グラディウス)達の生血を吸い続けし我が刃を以て鎮めよう」
黒灰の刀身が彼の瞳と同じく、紫に煌めいた。魔王は敵影を真正面に見据え、地表を舐めるようにして超低空を滑ってゆく。鞭の如く撓る尾を、その悉くを掻い潜って————
「——“Ubi spiritus est cantus est(魂が在る処、唄がある)” さあ、貴様の唄を聞かせろ……!」
 紫電を纏った魔王剣を振り翳して、懐へ飛び込む。
「グラディウス・レクイエム」
 技の名を詠唱し、横薙ぎに斬り払った。悪魔による魂喰いの伝承が具現化された奥義。如何に対象が屈強であろうと巨大であろうと、意思ある者、心までもは堅牢にすることは出来ない……故に————

「……もう休め」
 一撃必殺。
「……概念を消された対象は、存在を留められず現世より消え去る」
 勢いのままに数回転して着地したルシファーの握るカルタグラからは、妖しげな輝きは溶けるかの如く薄らいでゆく。そして、竜の思念体も空気と一体化するように透けていった。消滅と言うよりは“解放”されたかの如く安らかに…………

 カルタグラを解除した彼の双眸が藍色に戻る。
「うわぁあああご主人様ぁあああ……!」
「おい大丈夫かい。珍しい」
 駆け寄る両悪魔。
「大事無い。此の身に一矢報いようと云うあの者の強き思念が、遠く及びもせぬ筈の俺に手傷を負わせるに至った」
 冷静に述べると、気を失っているアザミを抱き起こす。
「……ふぇ?」
 目を開けた彼女は、暫し呆然とルシファーの顔を見上げていたが、状況を把握すると赤面して目を逸らした。
「重荷は下りたか?」
 目を伏せたまま、僅かにコクンと頷く。
「やはりお前は人間であったな。あの狂気の淵にあって我が言葉を忘れぬとは」
 一瞬、嬉しそうな照れ笑いを浮かべたアザミであったが、間も無く顔を曇らせた。
「けが……大丈夫? ぼくのせいでこんな……」
「気に病むことでない。俺は死なずにお前を止める、目的は完遂した」
 涙を拭うアザミ。
「おかしいな、なんでまた涙が…………」
「生きて戻ってこれたと実感したのだな」
 遠巻きに見守るツェーザルが口にした。
「生きろアザミ。斯様に泣いたり笑ったりと人間らしく生き続けるが良い」
 珍しく柔らかなルシファーの眼差し。少女は沈黙を挟むと、両頬を紅潮させて仰ぎ見る。
「……もう一度、さっきみたいに抱きしめて…………」

Re: 大罪のスペルビア ( No.26 )
日時: 2013/12/19 23:26
名前: 三井雄貴 (ID: mx7sK3li)

                    † 13の罪 “屠竜” (後)


「……憶えていたのか」
 眉を顰めるながらも、心底不快ではないようだ。
「まあ童の分際で背伸びも人間らしい、か」
 そう苦笑すると、彼女を抱き寄せた。
「やっぱりきみはひどいや。いつもそうだ。ぼくのものをなんでも奪う。きみの奪ったのは返せないものばかり。ぼくの運命も、呪いも。ぼくの……心までも奪った」
「いい女になれ。然すれば真に抱いて遣ろう」
 大きな両目をさらに瞠り、仰け反るアザミ。
「ふぇえええ!? なな、なにをいきなり……」
「……フン、戯れよ」
 取り乱す彼女に呆れながらも、その声色は優しかった。
「いい女?になれるかはわからないけど、ぼく精一杯生きてみるよ。せっかく助けてもらったこの命が終わる、そのときまで」
 あどけない笑顔で言う。
「あー、コイツぁ出る幕なしだね。ま、そんな顔すんなよ。初恋なんて実らんもんさ」
 立ち尽くす少年の肩に手を置き、慰めるアモン。
「よかった、ほんとうに……。きみが生きていてくれなかったら…人間に戻れても悲しかった……」
「——良かったですねー」
 軽やかな声と共に、拍手が降って来た。
「お見事でした、先代大天使長。いいところにお邪魔しちゃったかな」
 外はねの金髪に白い背広姿の美青年が舞い降りた。
「ミカエル……!」
 途端にルシファーの形相が一変する。
「怖い怖い、実の弟をそんな目で見ないでくださいよー」
 黒縁眼鏡の奥で嘲るような眼。
「おやおや、予想外の来客だねえ」
 物言いこそ飄々としているものの、アモンは臨戦態勢に入っている。
「さすがは武勇に名高い皆さん。ずいぶんと下界こちらでやりたい放題してくれたみたいですね」
 物腰は落ち着いているが、威圧感ではルシファーに優るとも劣らない目力。
「貴様の傀儡が過ぎた真似をした故討ち果たした迄のこと。して、何用で現れた?」
 ルシファーも敵意を露わにしている。
「あー、別に今すぐこの場で刃を交える気はありませんよー。いくら世の理が味方する僕とて、さすがに悪魔三柱を同時に相手するほど無茶はやらかしませんって。まずは昨今の活躍っぷりに天界の代表として称賛の言葉を、と。それと……」
 爽やかな面構えで兄を見遣るミカエル。
「警告に参りました」
 口調は相変わらずだが、目つきに嘘偽りは無い。
「目に余るようでしたら天使軍を総動員させていただきます」
「なんだと? まだ吾輩たちと戦い足りないと申すか」
 ベルゼブブが鼻息を荒くする。
「せっかく今まで放置してあげてたのに、全力で死に急ぐから笑っちゃいますよ。そちらがソロモンを殺めたおかげで均衡が崩れました。今やこちらは背後を憂うことなく動けます。かつて地獄の全軍をもってしても僕たちに敗れたあなた方がたった三人っきりで挑むなら、それは戦どころか乱ですらありませんよー」
 嗤う大天使長。ルシファーが消えたと思いきや、ミカエルの傍に現れ、魔力弾を至近距離で叩き込む。
「おっと、危ないなー。死んだらどうするんですか」
 かの者は微動だにしないが、紫の魔力光が吹き消されるように打ち破られ、魔王は軽々と弾き飛ばされた。
「——然れば此処で死ぬか……?」
 土煙の中より魔王剣カルタグラを構えて見定める。
「ざんねーん! 魔王剣の権能は通じませんでしたー。あなたの能力から癖に至るまで、天界こちらでは研究され尽くしています。僕たちには勝てません」
 臆すどころか、指を左右に振ってお道化る弟。
「……フッ。戰とは己と相手を知り尽くすこと。漸く学んだ様であるな」
 ルシファーを中心に大地は脈動し、暴風が吹き荒れる。
「並大抵の攻撃では通用せぬ、か。然れば其れ以上の攻撃を以て————」
 一閃。目も眩む程の紫光(ひかり)が迸る。堪らず顔を覆う一同。
「——潰す」
 数十の巨大魔力弾が一斉に放たれた。
「またまたご冗談を」
 金色の魔力弾を大量に生み出すと、たちどころに迎撃してゆく。
「ま、魔王と互角だと……!?」
 眼を凝らし、一驚を喫するツェーザル。
「……いや————」
 アモンが言いかけた刹那、ルシファーは片膝を突いた。
「あれー、もう終わりですか?」
「……くっ、おのれ……!」
 息を切らして睨むも、血溜まりが広がってゆく。
「兄さんこんなに弱かったっけ……ああ、僕が強くなり過ぎちゃったかな」
 嘲嗤うミカエル。
「よくもぉおおおおッ!」
 鬼気迫る勢いでベルゼブブが迫る。
「あう……ッ!」
 突如として彼の前に生じた風の刃によって跳ね返され、倒れ伏す彼女。
「うーん、地獄最強の二人がこれでは手ごたえがないなあ……まあ帰って茶でも飲むとしますかー。ではでは、ごきげんよう」
 そう言い残すと、大天使長は忽然と姿を消した。

「なんということだ……この二人が歯も立たないなんて」
 愕然と立ち尽くしたまま、ツェーザルが独白する。
「たしか言い伝えによるとミカエルは大昔ルシファーを倒したっていうけど、あの魔力を見せられたら信じるしか……」
「いや、さっきの傷は剣だねぇ。あの間にミカエルはルシファーに何度も斬りつけた。二人の力量は互角のはず……ここまでの極地に達した者同士だと多少の消耗でも命取りになる」
 絶望するデアフリンガーに、ルシファーを支えながらアモンが説明した。
「……あの者は、確かに強くなっていた」
 徐に呟く魔王。一行は暗い空気に支配されている。
「……あれ、谷の方の空が赤い…………」
 ふと、零すアザミ。不吉な黒煙が深紅に染まった天を衝いていた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.27 )
日時: 2013/12/20 15:07
名前: 三井雄貴 (ID: x4pYJ7IA)

                    † 十四の罪 “両雄激突” (前)


 木漏れ日が水面を彩る。村の外れを流れる小川は、今日も静けさに包まれていた。
「——今日は暗いな」
 谷に程近い荒野で壮絶な攻防が繰り広げられているとは想像もつかない静寂に、響くルシファーの声。
「……別にいつもと変わりません」
 屈んだまま振り向くこと無く、少女は否定を示した。
「生憎であったな。如何に意地を張れど、我が眼を欺けはせん」
 彼の言葉に、項垂れるアザミ。
「きみには言いたくないんだ。だって、大天使長はきみの……」
「実の弟であるが、其れが何か?」
 ルシファーは平然と返した。
「話せば君はまた……暴力で解決しようとするから」
「何が悪い? お前たちの谷の男たちも今頃は暴力で暴力に立ち向かっている。俺は己が力故に栄光を物とし、力によって堕とされた。如何なる理趣も問われぬ。理不尽は理不尽に正されるのみ。元より何れかの者とは再び刃を交えるが運命。貴様が気に掛けることではない」
 暫し黙り込んでいたアザミであったが、伏し目がちのまま重い口を開く。
「ぼく一人のせいで谷に迷惑かけたくない……もともとぼくから両親を奪った世界になんか何も期待してなかった。こんな苦しみに満ちた世界で生きようなんて望んでなかった、早く死んでせめて向こうでは両親と一緒にいられたらって思ってた……
 それが長老と出会って変わった。あの人は赤の他人だったぼくに無償の愛をくれた。本当の家族のように接してくれた。この世界にまだいてもいいかなって思わせてくれた。でも、でも……そんな思い出もつかの間の夢と消えようとしている。また奪われてしまう……せっかく手に入れた幸せさえも奪われてしまうなんて…………」
 か細い声を絞り出し、肩を震わせる少女。
「こんなぼくを今まで面倒見てくれた長老を苦しませたくない。あんなにいい人を悪者にしたくない。ぼくが存在することでこんなつらい目にみんなを遭わせないといけないの……? せっかくきみが生きることを教えてくれたのに、こんなつらい思いをしながら生きるの……?」
 相も変わらず無表情で佇んでいたルシファーであったが、徐に歩み出た。
「お前は外の世界を知った。然れど自分自身をまだ知らない」
 彼女が腰を落としている横に立って声をかける。
「ぼく……わからないよ。まだわかってない。何も、わからない…………」
「其の愚かしい己を見つめ直し、世界と向き合うが良い」


 天使の九つある階級で最高位に位置する、それが熾天使。かつては七柱いたが、ルシファーとベルゼブブが堕天し、メタトロンが実務より退いたことで、ミカエルをはじめ、残った熾天使は四大天使と称されるようになった。その一角であるガブリエルの大軍に攻められて、大規模な戦とは無縁だった辺境の村が耐えられる筈も無い。

「兄上、村人の避難終わったよ」
 返り血で赤黒い甲冑姿のデアフリンガーが櫓へと登って来た。
「ああ。そしてこの谷も終わりだな……」
 焼け落ちた家々を眺める兄。
「ところで、と——」
 険のある顔つきに変わり、彼は振り返る。
「どの面さげて来た? 悪魔め……!」
 殺気立って柄に手を掛けるツェーザル。
「じゃあ話も聞かず武力にうったえようってそっちはなんだい?」
 門の上に腰掛けたアモンが問い返す。
「村はこの通り滅ぼされたのだぞ。アザミは自分一人を犠牲にして皆を助ける覚悟であった! 長老だって苦渋の決断で汚れ役を……」
「この期に及んで悪魔じゃないなんてウソつく気はないさ。アタシらだって原因の一つだとは思ってる。だがね、若いアンタらは大人の事情なんて言われて納得いかねーかもしれんが、世の中ってもんはそう道理が通れば望んだ結果をくれるほど甘かねーわけよ。アタシぁアイツらのしてきたことを嫌というほど見てきたからわかる。何より体裁を気にするクソ共だ。はいそうですかで振り上げた拳をしまってくれるほど聞き分けのいい連中じゃないんだよねえ」
「……開き直りか。もう良い、村人たちの避難も完了したし私は最後にあの身勝手で尊大な悪魔を懲らしめにゆく!」
「行き場のない怒りをきっかけになった悪魔に向けてみんのは勝手だが、アンタらガブリエルの姉ちゃんより弱いから解決できなかったんじゃねーのかい。アタシ一人も押し通れなきゃアイツんとこ行っても一矢報いれず死ぬだけだと思うけどねえ」
 呆れる地獄の侯爵。
「一週間前、お前の攻撃は見切らせてもらった」
 ツェーザルが抜刀した。
「上等だ。前は驚かせてもらったが、こっちも最初から本気でいかせてもらうよ!」
 楼上へと跳躍するアモン。
「ッ……!?」
 驚異的な踏み込みで分解した足場が崩れるより早く、二人は脱出した。
「……何と馬鹿げた瞬発力だ」
「はーん、よくかわしたねぇ。人間にしちゃずいぶんとやる方だが……」
 城壁を蹴り、宙を裂いて、地上のツェーザルに向けて急降下する。
「この程度じゃルシファーには歯が立たんよ!」
「それは——」
 瞬時に後転してツェーザルが踵を反し、逆に肉薄した。
「どうかな!?」
 薙ぎ払われた剣を受け止め、睨み合いながら鍔競り合う。
「ぐふ……ッ!」
 アモンが押し返し、蹴り飛ばした。
「剣技だけに頼ってちゃ、得物がないと喧嘩できねーだろ」
「調子に乗るなぁああ!」
 再び距離を詰め、撃ち込んでゆく剣士。
「……まだ魔術も使っていないというのに、兄上と互角以上なんて…………」
 固唾を飲んで弟が見守る。

(……我が剣をこれほどまでに捌ききる相手がこれまでにいたであろうか。いや、いない。地獄にはこのような猛者がいるのか————)
 剣戟の中、彼は今まで感じたことの無い感覚を抱いていた。
「たいしたもんだ。兄ちゃん、アンタやっぱ強ぇよ」
 十数合を重ねてなお、互いに決定打を受けていない。
「その言葉、そのまま返そう」
 間合いが空くと、双方は讃辞を交わす。
「だけど……いや、だからこそ負けるわけにはいかなくてねぇ。この地獄侯爵アモンの名にかけて!」
 不敵に苦笑うアモン。
「魔界の強者に名乗られるとは光栄だ。しかし我が人生、剣をとって敗れたことは一度としてない。この身は不敗の剣士ツェーザル……その称号は今までも、これからも変わることはない!」
 凛とした面構えでツェーザルも応じた。


「——やはり谷は滅んだか」
 陽が落ちてなおも朱に彩られた荒野の彼方を遠望する二柱の悪魔。
「……長老は、長老はどうなったの……?」
 悲痛な様相でベルゼブブが尋ねた。
「此度こそ奴を仕留めようと望む天使方が見逃す筈は無い。奴等が何より重んじると抜かす正義とやらは体面の換言故な」
 そこまで口にするとルシファーは、徐に遠方へと視線を戻す。
「何れにせよ帰るべき地を失い、遠からず死ぬ身であろう。然れど此の身はあの者を我が宿敵に値すると認めた。故に俺は手向けとして相応しい最期を与えねばならぬ。滅びの結末しか待っていない運命とは云え、斯様な輩に討たせるには過ぎた男だ」
「——それは光栄じゃ」
 紅く燃えゆく地平線を背にした長老の影が、夕闇に浮かび上がっていた。
「そちと顔を合わせるのも最後じゃな……。まずは礼を言わせてくれ。アザミを守ってくれてありがとう」
 この期に及んでなおも微笑みを絶やさない。傍らに伴われているのは、思い詰めた表情のアザミ。
「礼は要らぬと云った筈だ。我等が交わすは己が技のみ」
 対してルシファーは愛想笑いも見せない。
「では最後に、ひとつ約束をしてくれんかのう……勝ち残った方がこの子らを導くと」
 長老の声色に重みが加わる。
「宜しい。死を以て決着するより他に、因縁の終焉は望まぬ」
 両雄の問答は短く、なれど明瞭であった。
「……なんで……なんで戦わないといけないの……! 二人とも敵は天使なのに手を取り合えないなんて…………」
 堪らずに少女は喚く。
「然も己が正しいかの様に平和を主張するのであるな。戰とは如何なるものか知らずして平和を語る等烏滸がましい。
竜王よ! 決戦の舞台は整ったが、童に気を取られて貴様が本気を出せねば興が冷める。其の者、遠ざけておけ。王者の戰いを邪魔する等、無粋極まり無い真似は赦さぬ」
 ルシファーは眉根を寄せて彼女を流し見ると、宿敵に要求した。
「アザミ、これから始まろうというのはそちの知っておる戦いではない。未来の長いそちを巻き込みたくないんじゃ」
 悲しげな眼差しで長老は諭す。
「すまんのうアザミ、わかってくれ……大切な子を危険から守りたい、そちと出会ったとき誓ったこの想い……命に代えても貫きたいんじゃ」
 眉尻を下げ、娘に笑いかけた。
「……いこう」
 肩を震わせる彼女の手を引き、デアフリンガーがその場を後にする。逆らいはせずとも、アザミの目は最後まで彼(ちち)を見つめていた。
「——開幕だ」
 魔王の一言と共に、周辺の空気が一変する。

Re: 大罪のスペルビア ( No.28 )
日時: 2013/12/20 17:38
名前: 三井雄貴 (ID: 83NN6gU4)

                  † 十四の罪 “両雄激突” (後)


「結界は張った。覇者(フューラー)たる力、存分に示すが良い……!」
 蒼き双眸が紫へと変化し、巨大な両翼が現出した。
「誇れ竜王よ。悠久なる時空(とき)を超え、貴様は再び此の身を本気にさせた」
 一対のみならず、次々とさらなる翼が姿を現す。
「……あらゆる天使の中で唯一ゆるされた十二枚羽……ついに見られるのか、悪魔を統べる男の全力を」
 風を受ける大小の黒き翼に、満足気な長老。
「わしも久々にあの姿へ戻るしかないようじゃな……!」
 莫大な波動に、対峙する王同士を隔てる空間が軋む。
「出でよ、竜王フューラー。天界と地獄の頂点を制した此の身が直々に受けて立つ……!」
 銀髪を靡かせ、ルシファーが高らかに言い放った。


 どれ程の間もう戦っているのであろうか。目にも止まらぬ果たし合いの中で、ツェーザルには刹那の応酬が永遠のように感じられた。
(出来るとは思っていたが、この者……やはり強い。これだけ私と渡り合って動きが衰える気配すら皆無……遂に“あれ”を使う時が訪れたか)
 さしものツェーザルも悪魔が相手とあって無謀と察してか、依然として魔術の類を繰り出していなかったが、ここに来て風術を仕掛ける。有効打を見込んでの攻撃ではないものの、集束された風圧にアモンの狙いが乱れた僅かな隙を見逃さず、ツェーザルは跳び退いた。
「……相手にしては申し分なかったが、埒が明かない戦いをいつまでも続ける趣味はない」
「兄上、まさか……」
「時は来た、それだけだ……!」
 追撃してくるアモンを往なし、距離を保ち続ける。
「悪く思うなよ……」
 翡翠色の魔力光を纏った剣を、横薙ぎに振り抜くツェーザル。
「——死すべき運命の……円舞曲シュテルプリヒ・ヴァルツァー!」
 彼の詠唱に呼応するようにして、刀身が伸長した。いや、恰もそう見えただけだ。全貌を曝した得物は、蛇の如きしなやかさで竜のように虚空をうねり……アモンの元に迫る。
「終わったな。兄上の剣技と蛇腹剣の特性を活かしたあの奥義を出されちゃ悪魔でもかわせない」
 デアフリンガーの分析通り、撓る白刃が自在に宙を駆け巡り、息吐く間も無しに四方八方より無数の斬撃を浴びせた。絶え間無く続く怒濤の猛攻に、アモンの現状が見て取れないが、これ程の妙技を初見で凌ぎきることは不可能に近いだろう。

「ぇん……ッ!」
 十数秒は経ったであろうか、ツェーザルが一息吐くと、分割されていた蛇腹剣が引き寄せられ、金属音を立てて連結、元あった剣の姿形を成した。
「なっ、まさか……!?」
 眼前に佇立する影法師。
「兄上の奥義に耐えただと……!」
 吃驚する兄弟を嗤うようにして、彼女は頬に走った一筋の創痕を舐める。
「やるじゃないか。じゃ、こちらもそろそろ切り札を出させてもらいますかね!」
 アモンの四肢が脈動した。
「ディメント——」
 緋色の燐光を帯び、無数に分身した彼女の両腕がツェーザルへと殺到する。
「インクルシオ……!」


 荒涼とした高原に漆黒の堕天使が一人。遥か前方に正対するは巨大な竜。両者の間を乾いた風が吹き抜ける。
「其の巨躯も見納め、か」
 圧倒的な威容を見上げて独白するルシファー。
「——いざ、推して参る」
 切れ長の目を見開くと、一帯を揺るがす膨大な魔力が波打つ。不気味に逆巻く紫の旋風を睥睨して、竜王が咆哮した。長大な鎌首を反らせて天を仰ぎ、口元に深緑の光塊(ひかり)を滾らせる。神々しい迫力の光景を神妙な顔つきで見届けると、ルシファーは徐に左半身を向けた。
「……告げる」
 大きく息を吸うと、竜王へと一直線に左腕を突き出し、厳かに呟く。
「汝等の滅びを以て、世界を浄化せん——」
 開いた人差し指と中指に灯る紫の魔力光。唸りを上げ、竜王の顎より漏れ出る魔力塊も膨張してゆく。
「永遠なる眠りに就け、竜王フューラー!」
 ルシファーが叫ぶと、暴風が大地を抉り、猛烈な衝撃波が迸った。
「——我が身、覇者たる一撃エヒトアングライフェン・フューラー!」
 網膜を焼くばかりに眩い光の束が竜王の口腔より放たれる。
「天の——雷……!」
 時を同じくして、魔王の左手に紫電が煌めいたと思うや否や、視界が白む程の閃耀が生じた。地響きと共に荒野を裂き、一面を灼き尽くして驀進する双方の奥義。
 そして……
 激突の瞬間、闇夜は赫灼たる業火に照らし出された。


「く……ッ!」
 砂地に点々と影を落とす鮮血。ツェーザルの装束は数箇所が破れ、生々しい刺突の痕が覗いていた。
「致命傷は避けたか。ほんと殺すにはもったいない腕前してるんだけどねえ」
 飄々としたアモンの余裕は、勝敗の帰趨を如実に物語っている。
(兄上でも防ぎきれない技が存在したのか……次の攻撃で兄上は…………)
 弟は、自ずと剣を抜いていた。
「やめろぉおおおお……ッ!」
「——終わりだ!」

Re: 大罪のスペルビア ( No.29 )
日時: 2013/12/21 23:07
名前: 三井雄貴 (ID: nca8O.Ly)

                   † 十五の罪 “竜の視る夢” (前)


 再度ディメント・インクルシオの発動に移ろうとするアモン。
「させない……!」
 背後よりアモンに突進する。
「デアフリンガー! 無茶はやめ————」
 その時……一閃。
 視界の隅で星が瞬いた。そう錯覚した直後、遍く眩耀で包まれる世界。目を開けていることも敵わない。眩しいという表現を如何に強調しようと、余りある輝き。夜明けどころか、この世が蒸発する勢いで白光が隅々に至るまで、夜を燦々と染め上げてゆく。
「ォア……ッ!?」
 焦点の定まらなくなったデアフリンガーが踏み外し、倒れ込んだ。
「これは、いったい…………」
「ヤツめやりやがったか」
 目を覆う一同。
「コイツぁ奥義をぶつけ合ったんだろうねえ」
「しかし……一方の力が呑み込んだようだ」
 ツェーザルが消えゆく光源を気難しい顔で眺める。
「一発だけなら誤射かもしれない。ただ、こんだけ思いっきりぶっ放すってことはアイツも本気だねぇ」
 アモンがそう述べたと思いきや、件の方角にツェーザルは駆け出した。
「あ、兄上! その身体じゃ……!」
 デアフリンガーも後に続く。
「……この勝負はおあずけ、かな」
 遠ざかる兄弟剣士の背を見送ると、アモンは腕の硬化を解除した。

 夜が黒い空を取り戻してゆく下で、相対したままの両王者。ルシファーの瞳は藍色へと戻り、長老も翁の姿になってはいるが、共に無言で立ち尽くしている。
「終わったの……? 戦いは……どうなったの!?」
 結界が消失し、駆け付けようとするアザミの前にベルゼブブが手を翳した。
「待って」
 彼女は複雑な面持ちで戦場を遠望している。
 変わり果てた地形。沈黙を保つ宿敵同士に代わって、風音のみが続いていた。互いに相手を見据えたままだが、何れも戦意は感じられない。
「——ふっ」
 ふいに、長老が苦笑いを浮かべた。口を閉ざしたままルシファーは、岩石の類が跡形も無く消滅し、より殺風景になった曠野の穿たれた斜面を歩き始める。近づいて来る好敵手を黙したまま見遣る竜王フューラー。悠々と歩む魔王は、彼の面前に至ると足を止めた。
「流石は竜族の頂点たる一撃、あっぱれであった」
「それでも……そちはさらにその上をいっていた。長生きはするもんじゃな、最後に魔王と戦えて満足したわい」
 力無く笑みを溢す長老。
「お前は此の身に全力を出させた数少なき男。胸を張って逝き給え」
 平時の冷徹さが薄れた眼で健闘を称える。
「光栄じゃ。ではなルシファー、あの子たちを頼んだぞ」
 力強く首肯すると、瀕死の身とは思えない温かな微笑を見せた。
「其の義、我が心にしかと刻んだ。竜王の力、言葉、願い……幾瀬の刻を経ようと、俺は忘れぬ。お前の堂々たる生き様を——永遠に忘れはしない」
 長老を正視して呼びかける。
「……さらばだフューラー。良き旅を」
 質素な手向けの言葉を告げ、立ち去るルシファー。長老の唇から赤々と血潮が伝ってゆくが、直立不動で満足気な面構えは崩れる気配も無い。

 乾いた砂地の質感。延々と続く荒野を肌で感じる。どれ程の時間が経過したのであろうか。身体が重い。もう身体を満足に動かすことも敵わないが、横たわる彼の顔は満ち足りていた。
「……ろう! 長老ッ!」
 聞き慣れた声。地面の触感を片頬で感じつつ、眼を開ける。
「すみません……私たちが遅れたばかりに…………」
 もはや覗き込むツェーザルの面貌もまともに見えないが、愛する弟子たちのよく知る温かな笑顔を返す長老。
「何も謝ることはない。むしろ巻き込んですまなかった」
 デアフリンガーが首を横に振る。
「嫌だ……こんなの納得できないよ!」
目を腫らして喚き散らす少年。
「いずれ大天使長らにわしは討たれておった。あの男が手向けとして誇りある最期を与えてくれたんじゃ」
 アザミは耐え兼ねて俯く。
「もうよい、わしはもう十分に生きた。そちたちはルシファーと共にゆくんじゃ」
「なんで……なんで長老の仇なんかと……!」
 激情に乱れるデアフリンガー。
「あやつは強いし信用にたる男じゃ。そちたちを託すことも快諾してくれとる。師の最後の願いじゃ」
 遠い目をして弟子に語りかけた。
「デアフリンガーも見えたでしょ、長老の奥義ごと呑み込んだあの攻撃。
 受け止めたくないよ……ぼくだってつらい。でもぼくたちがいまさら騒いだところで長老まで悲しむ。恩人に思いをさせて見送るのは、もっと……つらい…………」
 項垂れているアザミの面相は見えないが、足元の砂を雫が湿らせてゆく。
「ぅう、でも……あいつを許せるわけなんて……!」
 震える彼の拳。
「お願い、デアフリンガー。ずっと悩み続けてきた長老を……これ以上、長老を……困らせないで!」
 大粒の涙が飛び散らせて顔を上げると、彼女はデアフリンガーに詰め寄った。
「……軽いなあ。嘘みたいに軽い」
 長老の上体を抱き起こすツェーザル。
「そちが大きくなったんじゃよ。もう弟子も卒業じゃな」
「とんでもない、私たちはいつまでも長老の弟子ですよ」
 堅物な彼が笑おうと努めている。
「帰りましょう、私たちの谷へ」
 最後に小さく頷くと、安らかな微笑みを長老は湛えた。
「そうじゃな。ありがとう、素晴らしき日々を。
ありがとう……泡沫の夢を」
 竜王フューラー。幾多の運命に翻弄され続けながらも、人よりも人を愛し、最後まで己を貫き抜いた男は、その長きに渡る数奇な生涯を閉じた。


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