ダーク・ファンタジー小説

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大罪のスペルビア(1/2追記、あとがき、Q&A有り)
日時: 2014/01/02 18:15
名前: 三井雄貴 (ID: Iohw8dVU)

 人生初ライトノベルにして、いきなり長篇です。
初心者ですが厨弐病(邪気眼系の中二病はこう表記した方がそれっぽいと思っているw)をこじらせて書き上げてしまいました!

 ジャンルは厨弐病による厨弐病のための厨弐病な剣と魔法の異世界ファンタジーとなっています。魔王、堕天使、七つの大罪、竜、騎士、といったベタな内容で、私の思い描く彼等を綴りました(天使や悪魔の設定は失○園など、キ○スト教関連の伝承で気に入った説を取り入れ、アレンジしています)

 拙い出来で初歩的なミスも多いことでしょうが、計十二万字程度の完結までお付き合い頂ける酔狂なお方がいれば幸いです(※12/30 二十の罪で完結しました)
 アドバイス、意見などお待ちしています。


 あらすじ:行方不明となった眷属のベルゼブブを捜し、地獄より弟ミカエルの支配する現世へと舞い戻った魔王ルシファーが女騎士イヴと出会ったり、悪魔を使役する指環の使い手・ソロモン王権者や、堕天使となる以前より因縁の宿敵である竜族と戦いを繰り広げるお話。

 登場人物
・ルシファー:七つの大罪に於ける“傲慢スペルビア”を象徴せし魔王。通常時は銀髪に黒衣の美青年。“天界大戰”を引き起こし、弟のミカエルと激闘の末、地獄へと堕とされた。本気を出すと背や両腕脚より計十二枚の翼が現出し、紫の魔力光を纏う。魔力で周辺の物質を引き寄せて武器を生成するが、真の得物は悪魔による魂喰いの伝承を具現化した魔王剣カルタグラ。相手の心をカルタグラで斬って概念を否定し、存在ごと消し去る“グラディウス・レクイエム”や、前方に魔力を集束して放つ光線上の稲妻“天の雷”など破格の奥義を持つ。

・ベルゼブブ:七つの大罪に於ける“暴食グラ”を象徴せし地獄宰相/大元帥。蝿に似た触角と羽を有する幼女の姿をしている。何かと背伸びしがちで一人称は「吾輩」。討ち果たした者の首、として多数の髑髏をぶら下げているが、重いので偽物を用いている。通称・蒼き彗星。空中戦では無敵を誇るものの、子供っぽい性格とドジなことが災いしがち。天界にいた頃よりルシファーの側近で「ご主人様」と慕っている。

・アモン:ルシファーの盟友。“屠竜戰役”こと竜族の征討を観戦していた折にルシファーの圧倒的な強さに惚れ込み、天界大戰に際しては義勇軍を率いて加勢した。見た目は渋い老女。戦いに特化するあまり、両腕は猛禽の如き翼と化し、指が刃状となってしまった。愛する人の手を握ることすら叶わなくなっても、誰を恨むこともなしに潔く今を楽しむ。奥義は怒濤の高速突きを連発する“ディメント・インクルシオ”と、両手より爆炎を噴出しながら最高速度で貫く“煉獄の業火を纏いし一閃パガトリクナス・ツォライケンス”。さらに、リミッターを解除することで、他の武器へと上腕を変化できる。

・隻眼王ソロモン:七十二柱の悪魔を召喚、使役できる“王権者の指環”を継承せし男。左眼を対価として世界と契約、普段は包帯を巻いて隠している。力こそが野望を実現するとし、幼い子供であろうと被験体として扱う等、その為には手段を選ばない。

・イヴ:ヒロインの女騎士。英雄と讃えられた亡き父ローランに憧れ、彼の遺剣を愛用する。戦場で拾った自分を我が子として愛し、騎士としての心構えと剣技を授けたローランが悪魔に殺されたと聞いて復讐を誓い、人一倍の努力を重ね十八歳の若さで隊長となった。美人ではあるものの、女というだけで正当な評価をされないことを嫌い、言動は男勝り。

・アザミ:ヒロイン。長い黒髪の似合う十五歳の美少女だが、ソロモンと天使方による実験で半人半竜の身にされている。一人称は「ぼく」。薄幸な境遇から、心を閉ざしてしまっている。

・ミカエル:。四大天使の筆頭格。ルシファーの弟で“天界大戰”における活躍により、兄の後任として第二代大天使長となった。金髪に黒縁メガネという出で立ちで、常に微笑を絶やさない。神の力があるという武器“鞘より出でし剣”を駆使する。

・ガブリエル:四大天使の紅一点。スタイル抜群、男を魅了する美貌と思わせぶりな言動で、大人の女性に憧れるベルゼブブから嫉妬されている。“必中必殺”の弓矢を所有。狡猾で、ルシファー謀叛の黒幕であると噂される。

・大鎌のアリオト:“異端狩り”の暗殺者。フードの下は小柄な美少女だが、一人称「アリオト」で無表情、寡黙という不思議ちゃん。“Ad augusta perangusta(狭き道によって高みに)”の詠唱と共に、無数の分身を生み出す“幻影の処刑人”を発動できる。


 ※)追記:>>047で、あとがき及びシリーズ他作品の展開について少し触れています(ネタバレ含む)
 >>048で、参考文献、最後に>>049で、ご意見に対するコメントを一部ですが、書かせていただきました。

Re: 大罪のスペルビア ( No.5 )
日時: 2013/12/09 19:38
名前: 三井雄貴 (ID: KTS4wi0k)


           † 三の罪 “訪問者” (前)

 美しい自然との共存。山々に囲まれたこの地で、古よりの伝統を受け継ぎ、人々は暮らしている。
「今年もいい野菜ばかりですね」
「そうじゃな、みなが精魂込めてつくったおかげだのう」
 夕陽に染まった畑を嬉しそうに見つめる翁。大きくはない体躯だが、其の背筋は曲がる気配も無い。
「……む?」
「どうかされましたか」
「いや、何でもない」
(この気配は…………)
 かの者は、異質な空気が近づくのを感じた。只者ではなかろう。
「長老、身元の知れぬ男が門に来ています」
 村役人が駆け寄り、声をかけた。
「まだ通すな、わしが直々に出迎える。決して乱暴な扱いをするでないぞ」

 黒き外套を羽織った銀髪の青年が、集落の入口で櫓を見上げている。一見すると平和そうな地であるが、彼方を見遣れば崖の各所に覗く大筒。黒衣の男は黙したまま、村を挟んだ正面に聳える山の中腹に目を移した。
「後は頼んだぞ。では、下に参ろうか」
 麓へと降りようと振り返った長老の動きが止まる。
「……長老? 何か」
「気のせいじゃ。さあ、客人が待っておる」
 遙か遠方、門の元より射抜く様な視線を受けている気がした。実際に目が合った訳ではない。なれど、何やら胸騒ぎがする。無論、楼閣の影が辛うじて確認できる距離で、人間の顔など見える筈が無い。だがしかし、山を見ていたとは思えない、明らかにこの地点、寧ろ自分個人を凝視している“眼”を感じる。雷に打たれるが如く奔った感覚が、まことしやかに告げていた。
(やはり今回の訪問者は、難物のようじゃな…………)

「……して、何時迄此処で待てば良い?」
「もうしばしお待ちを……代表者がじきに参りますゆえ…………」
 門番が必死に取り繕う。
「長の一存なしには入れもしない村、ねえ……こちとらこれ以上待たされたらさらに婆さんになっちゃうっての」
 腕組みして溜息を吐くアモン。
「——騒がしいな、何事か?」
 村人たちの壁が割れ、帯剣した若者が現れた。
「あっ、ツェーザル様・・・!」
「ツェーザルさんだー」
 齢の程は二十を過ぎたという辺りか。女の様な美しい黒髪を束ねて背に垂らし、中央で分けた長い前髪より覗く顔立ちも中性的でありながら、その凛とした面構えは武芸者らしさを感じさせる。
「この谷に何用かな?」
「なんだい、アンタは?」
「そのまま返そう。よそ者が縄張りに入るからには名乗るのが道理だろう」
 ツェーザルがアモンの面前に歩み出た。
「人捜しだ。通せ」
 切れ長の目で流し見てルシファーが言う。
「どこに泊まるってんだよ、んな誰の回しもんかも分からん連中を招き入れるなんざごめんだぁ」
「そうだー! いきなり勝手にやって来といて村に入れてもらう姿勢じゃない!」
「ツェーザルさん、パパッと追い返しちゃって下さいよ」
 この剣士が駆け付けて、村の者たちが態度を一変させた。それ程の実力者ということであろうか。
「こちとらこの村の代表とやらが来るってんで待たされてたんだよ。アンタその年で村長って訳でもなかろうに」
「素性の知れぬ輩などを長老と会わせる訳にはいかない。用があるなら何者か明かせ」
「いや個人情報はちょっと……」
「従わぬのなら帰ってもらう」
 頑なに譲らない双方。
「ツェーザル様の言う通りだ、とっとと帰れ!」
 野次の嵐が浴びせられた。
「左様か。して、飽く迄も居座ろうとするなら?」
「力づくでも逃げ帰らせてやる」
 柄に手を掛けるツェーザル。
「宜しい。——我が声に応じよ、其の身を以て槍と成せ」
 詠唱に引き寄せられる様にして、岩肌は剥がれ、足元の砂が虚空へと舞い上がる。
「あ、あれは……!?」
 刮目する群衆。
「我が身を退ける、か……長旅で退屈していた頃合いだ。やってみるが良い、やれるのであればな」
 粉塵はルシファーの右手を中心に集まると、紫の魔力光を発すると共に一本の槍を創り出した。が、その刹那————
「いや……アンタが出るまでもないさ!」
 そう叫ぶなり、アモンが青年剣士に疾風の如き刺突を放った。

「なんだか表がうるさいなあ。ねえ、何かあったのかな?」
「知らない…………」
「何が起きてんだろうね、見に行こうよ!」
「どうでもいい」
 興味津々に窓を覗き込むデアフリンガーとは裏腹に、少女は動こうとしない。
「よその人が来てるから部屋にいなさいって言われたし」
「そうかもしれないけどさー。ほら、アザミは気にならないの?」
「ならない」
「えー。どんなヤツなのかな、この谷に何しに来たんだろ」
「そんなに興味あるならデアフリンガーだけ行ってくれば?」
 表情を変えることなく、彼女は気怠そうに返す。
「じゃあ僕ちょっと行ってくるよ! 兄上がわざわざ出てくんだ、ただごとじゃないって絶対」

 長年の腐れ縁だけあり、アモンの初動を見慣れているルシファーは事態を呑み込めていたが、あまりに一瞬かつ唐突なる出来事に唖然とするのみの一同。来訪者が突如、槍を生み出しただけでも十分に予想外だが、それ以上の衝撃が続いた。別方向から襲いかかられたツェーザルが瞬時に抜刀して見事、アモンの一突きを受け止めてのけたのである。
「おっと、こいつァ人間とは思えねー速さだね」
 ギリリと鍔迫り合いながら楽しそうに鼻を鳴らす地獄の侯爵。そう、この女は強者と命のやりとりを生き甲斐とする猛将。必殺の一閃を初見で防いでみせるという離れ業を目の当りとし、己が自慢の戦技と同じ極地に生きる達人との出会いに上機嫌である。
「私としては、その腕の方が人間には思えないが」
 受け止めたアモンの刃と化している片手を一瞥して返す青年。
「ツェ、ツェーザル殿……!」
 尋常ならざる殺気を放ち、敵を睨みつける同胞に畏怖したのか、女子供のみならず、村の男たちも後退る。
「面妖な動きだ。人であって人ならざる者——魔道剣士、か」
 静観していたルシファーが呟いた。まさに迅雷と言うべきアモンの驚異的な踏み込みは、一流の武芸者でも見切ることが敵わないであろう。人間とは、自らで再現できない動きには対応することが不可能なものだ。だがしかし、悪魔は違う。相手の気を読み、魔力の波動を読む。至高の天使として生まれ、神の眼を持つとされるルシファーにとっては、いかに瞬く間だろうと魔力発動を見逃すことは無い。
(奴(ベルゼブブ)程には満たぬが、其れでも此の者、人の身に在って奇なる迅さ…………)
 ふと、魔王は唯一かの水星に追い着くという不可能を可能にした地獄大元帥、かつての戦友の名を想起する。この剣士も若くして相当な使い手に相違無いだろう。盟友アモンと熾烈な決闘を展開する様を見物してみたくもあるが、今はこの谷に在ってベルゼブブを捜し出すことが先決だ。下手に暴れて大事になっては、先手を打つ為に訪れた甲斐が泡沫に帰す。
「双方、得物を収め給え」
 ルシファーの冷たい声が響いた。
「チッ……ま、アンタのお望みじゃしゃあないねえ」
 一方の若武者は、尚も構えを崩そうとしない。
「貴様も疾く収めよ」
「言ったはずだ。二人とも追い返す、と。……そちらも魔術には通じているようだな。しかも得物を生成するとなると、高位の術者……そのような危険な者を村に入れる訳にはいかない」
「——やめぇいッ!」
 一喝。
「女こどもの前で荒事とは感心せんのう」
 しわがれていながらも良く通る声と共に、群衆が再び裂ける。
「長老……!」
 顔を顰めた翁が現れた。そして、その傍らに伴っているのは……
「ああっ、あの時の……!」
 ルシファーの姿に目を止めるなり、イヴが叫び声を上げる。
「何時かの未熟者か」
「みっ、未熟者じゃないわよっ! 私は騎士だから!」
「然れば他者を指差すことが騎士の行いである、と」
「うぅ……そ、それよりッ! なんであなたがここにいるのよ」
 敵意を隠そうともせずに問いかけた。
「貴様こそ何用で此の地に?」
「イヴ殿。この男と知り合いか?」
 ルシファーを正視したままツェーザルが聞いた。
「知り合いなんてほどじゃありませんよ。ここに来る途中で見かけただけで……」
「なら斬り捨てても構わんな」
「なぜそうなる。ほれツェーザル、落ち着くのじゃ」
 諫める長老。
「斯様な不埒者を我が郷里に入れる訳にはゆきません。村の一員である私に刃向かったからには、この場で我が剣の錆とします!」
「声を荒げるな。斯様に騒々しいと、つい手が滑って二度と叫べない身にしてしまうやも知れぬ」
「おのれ、大して歳も変わらぬというのに……その無礼な言葉、捨て置けん! 斬り捨てる……!」
「ほう。威勢が良いのは結構であるが——」
 辺り一帯の空気が緊張った。
「果たして其れが貴様に成せるかな」
 ツェーザルをルシファーが拘束したのであろう。瞳の色すら変えない程度の僅かな魔力解放で、魔力光も発していないものの、対人としては十分すぎる効力を有することに変わりは無い。だがしかし————

Re: 大罪のスペルビア ( No.6 )
日時: 2013/12/09 19:48
名前: 三井雄貴 (ID: KTS4wi0k)

            † 三の罪 “訪問者” (後)


「黙れェッ!!」
 凄まじい気迫と共に、青年剣士は間合いを強引に詰めた。
「ははーん。本気じゃないとはいえルシファーに囚われて動ける人間がいるなんてねえ」
 アモンが感嘆する。かの者は怒り任せの勢いとはいえど、拘束魔術を振り切り、突進した。
「いい加減にせんか!」
 長老の怒声と共に大地が抉れる。
「なっ……!?」
 存在していた筈の空間が、咄嗟に現出した壁によって閉ざされた。往く手を阻まれ、流石に立ち止まるツェーザル。
「長老殿、申し訳無い。危うく若き芽を刈り取ってしまい兼ねなかった。訪れて早々に此の地を血で汚すのは忍びない」
「まあ今日のところはこの辺で勘弁願いませんかな。うちの若造は腕こそ立つが、どうも気が早くてねえ……ツェーザル、お主も一介の武人であるなら分を弁えよ。出過ぎた真似をするでない。このお方たちも用があって来たのじゃろう」
 長老は、先程の怒声とは別人の如き笑顔で応じると、奥歯を噛み締めたままの剣客に言い聞かせた。
「申し遅れた。此の身は旅の者。其れ以上でも以下でもない。此度は人捜しをしていて辿り着いた」
「……フン、白々しい」
 剣を収めながらも、ツェーザルの目元は嫌悪感を残している。
「色々あるご時勢だからさ、まあ戦う術は持ってた方が安心ってわけよ。ほら、ここんとこ悪魔の噂が多いし道中で遭ったら大変だ」
「苦難の少なくない旅路であったことでしょう。ささ、長旅でお疲れでしょうし、ごゆるりと休まれてくだされ。喜んでご案内いたしましょう」
 胡散臭いアモンの言葉を庇うかのように、場を取り纏める長老。
「痛み入る。ご厚意に甘えさせて頂くとしよう」
「ほんと遠慮を知らないのね。まったく、ふてぶてしい…………」
「ここからは谷の者であるわしらにお任せを。イヴ殿、デアフリンガーを稽古にゆかせるので、良かったら見てやってくれんかのう。兄に似てなかなかに良い剣をしておる」
 イヴは腑に落ちないという面持ちでルシファーを垣間見ると、長老に会釈をして立ち去った。
「興は冷めちまったが、まあたまにはのんびりすんのも悪かないねえ」
 長老の背を追いながら、アモンがルシファーの顔を覗き込む。
「然り。其の平穏、何れ我等自身により仮初のものと成る日が訪れずに済むことを…………」

 長老の後を着いて歩く二人。中庭では、若き戦士たちが鍛錬に励んでいた。その中で、一際激しく躍動する二つの影。片方は十代前半であろう子供、もう一人はイヴであった。
「一番強いのが彼の弟です。我が里期待の星、かな」
 長老は脇に控えるツェーザルの肩を軽く叩くと、上機嫌そうに説明する。一行が通るのに気付くと、黒づくめの痩身に苦い視線を送るイヴ。ルシファーは年若き剣客たちの姿を横目で見遣ったが、何も述べずに間も無く廊下の先へと目線を戻した。
「…………」
 突き当りに、小柄な少女が無言で立っている。乏しい表情ではあるが、その数珠の如き瞳は此方を直視していた。
「おやおやアザミか。お散歩するのは明るい内だぞー」
 微笑みかける長老。
「デアフリンガーが、外の様子を見てくるっていなくなって……」
「彼なら鍛錬にゆかせとる。その件も解決した。いい人たちじゃ」
「そういう訳だ、戻りなさい」
 ツェーザルが割り込み、彼女を軽く押す。
「甘やかしてはいけません。 困りますよ、彼女の身にもし何かあった……」
「あー遥々やって来られたばかりなのに、また歩かせてしまって申し訳ない! お茶ぐらい出すんで奥の部屋へささっ」
 遮るかのように、長老が声を大きくして呼びかける。ルシファーはあくまで口を閉ざしてはいるが、眉を僅かに動かした。
「——お主はあの子と先に行っておれ」
 不審がられていると悟ったのか、事情があるのか、和やかさの消えた声色で命じる長老。
「承知」
 不満気ながら長老の眼差しに押されるようにして、ツェーザルは立ち尽くしたままのアザミを先導する。
「ああ、すみませんね。根はいい子なんですが、どうにも人見知りの気が」
「あー。ま、そんなもんでしょ。こいつもいい年して心を開くまで時間かかっちゃうヤツでして」
 砕けた態度の盟友に対し、愛想笑いもしないルシファー。
「そのようじゃ、ワハハハハ。大人の付き合いはどうでしょう。どれ、お二方……酒はいける口ですかな?」
「茶ではなかったのか」
「ったく、やっと喋ったと思ったら……」
 アモンは大袈裟に顔を顰めてみせる。
「いやいや、わしも年のせいかしゃべった傍から忘れてしまうものでハハハ」
「……ワインなら飲む」

Re: 大罪のスペルビア ( No.7 )
日時: 2013/12/10 19:36
名前: 三井雄貴 (ID: 643MqHaL)


             † 四の罪 “時空を超えた邂逅” (前)


 その晩、長老が酔い潰れると、部屋に戻った二人は会話を始めた。
「どこ行っても愛想ないんだねえ。アンタに従う悪魔しかいない地獄とは違うんだし、ちっとは笑わんと怪しまれるよ」
「既に怪しまれておる。俺は無駄は好まぬ」
 一呼吸置き、煙草に火を灯そうとするアモンを目すと続ける。
「——空間干渉に地術を組み合わせる等と云う妙技が為せるとあらば、我等超上級の悪魔か、精々選ばれし一部の天使共であろう」
「ああ。それにあの爺さん……初動から形成まで、あの一瞬でアタシらが見ても綻びがまったくわからんほどの完成度ときたもんだ」
 ルシファーは友とワイングラスを交互に見つめると、徐に双唇を開いた。
「アモンよ。我等が闇へと堕ちるより昔、竜族との戰を憶えておるか」
「何ちゃら戦役だっけか、アンタが指揮の元、ベリアルやパイモンの軍勢が連中のすみかを焼き払った……なつかしいねえ。当時は外野としての見物だったが、あん時のアンタはいまだに忘れもしないよ。数えきれん悪魔の大攻勢を眺める中で、ひときわ目立って強いアンタの背中にアタシはほれこんだわけさ。誰かの手下になんざなったことなんてなかったが、つかえんならこの人しかいない……そう思ったね。ま、随分と遠い話だが」
 半笑いで語るアモン。
「真に遠き話であろうか。竜の園は滅ぶも、天使方は一つ大物を取り逃がした。其の者が今なお生き続けているのとあらば……」
「へぇ。“神の眼”を持つアンタと同じ考えに至るとはねえ……あっちに帰ったらアタシを武勇だけと思ってる連中に聞かせてやろう。それはそうと、そもそも竜が人と馴れ合うもんなのかい」
「あの者は中でも人間と距離を置く一派の盟主たる存在であった。然れど、如何なる巡り合わせか、此の場に於いて奴は人として生きている」
「まあ納得はいかんが神眼が言うならやっこさんに違いないんだろねえ。で、どうするよ? 何なら、あの小僧と一緒にまとめて始末しちゃってもかまわんかったが」
「そう急くな。相も変わらずお前は気が疾い。今はベルゼブブの手掛かりを知ることに徹する。目先の感情で熱くなって大義を疎かにしては本末転倒。其の気になれば我等のみで潰せる谷だ。察するに、此方と渡り合えるのはあの者のみ、戦力に値するはあのツェーザルとやらに、中庭で鍛錬していたもう一人の剣士が関の山であるが——あの娘……」
「どうしたんだい、途中で見かけたあのちっさい女子(おなご)がお眼鏡にでもかなったかい?」
「幼子の趣味は無い。あの童、竜の魔力を含んでおると我が眼が告げた」
「そうかい。やっぱ鍵は竜だわな。さすがは我等が総帥」
「侮るな。此の神眼と先刻の長老が力……加えて我等に事が知れては難儀なる様子」
 物言いこそ一貫して悠然とした魔王だが、満更でも無いようである。
「上等だ、面白くなってきやがった。まあ……何があろうとお嬢は取り返すがね」
「お前の気に入った剣士も曾ての奴に同じく緑の魔力光を放っていた。“竜王”め、此方の与り知らぬ間に面妖なものを手に入れた様であるな」
 窓を開け放つルシファー。夜風が銀髪を揺らした。

「失礼します。うっ、酒くさ…………」
 ツェーザルは、端正な顔面を歪める。
「下戸のお主に嗅がせるとはすまんのう。しかしな、お互い隠し事をしたまま間柄を縮めるのは飲まずには難しいものよ」
「あの様なつかみどころの無い相手なら尚更でしょうね。とは言っても、知られて困ることまで喋らないで下さいね」
「心配いらん、酔ったそぶりこそしたが余計なことまで口走ってはおらんよ。そちもアザミのこと、やたらな場で話すでない」
「夕刻の一件はたいへん申し訳ございませんでした! しかし、あれも我が谷と、あの子のことを思ってのことで……」
「分かっておる分かっておる、そちは昔から不器用じゃったな」
 苦笑する長老。
「すみません……熱くなるあまり秘剣を晒しかけたことも軽率であったと反省しております。得体の知れぬ者が突如として訪れ、しかも狼藉まで……ああいう輩から愛する故郷を護りたい一心で誰よりも強くなったのです。
一体あの2人は何者なのかお教え下さい。このツェーザル、どこの誰かも分からぬ乱暴者が滞在するとあっては不安でなりません。放浪した果てに辿り着いたと言っていましたが、さして薄汚くもありませんでした。
……何よりあれ程の攻撃……教えて下さい! 杯を酌み交わした折に何を申していましたか? 彼等は何者なのですか、何をしに参ったのでしょうか……!?」
 歩み寄って問い詰める。
「さあな。じゃが……手強い旅人であろうよ」
 長老は暫しの沈黙を経ると、手短に告げた。


「みんな遠いところよく来てくれたわね。待ってて良かったー」
 夜が明け、谷に到着した同僚との再会を喜ぶイヴ。
「……して、帰らぬのか? 騎士気取り」
「正真正銘の騎士ですが何か? ……って、あなたは……!」
 振り向いた先に佇む黒装束を見るや否や、剣に手を伸ばす。
「今日こそは借りを返させてもらうわ! あなたの素性を突き止めてお上に報告させてもらうわよ。従ってくれないなら、倒してでも連れてくわ」     
「俺を倒す? お前は何を云っているんだ」
 困惑しているルシファー。
「戯言は好かぬ。他のことで愉しませよ。
——“salta(踊れ)”……!」
 指を鳴らすと、意識の内に直接そう声が響いたかのような感覚へ陥り、イヴが滑稽に跳びはね始めた。
「イ、イヴさん……!?」
「な、なんなのこれ!? あなたたち、見てないで助けなさいよー! ……って、笑うな!」
 懸命に抗おうとするが、その必死な形相が面白おかしさを増徴させる。
「うわァ…………」
 仲間たちの憐みと好奇に満ちた視線が集まり、さらに赤面する女騎士。
「イヴさん茹蛸みたいになってるわ」
「茹蛸って言うか、もはや気違いの顔ですわ」
「あのねー、聞こえてるからね! あんたも早くこの変な術を解除しなさいよ! あーもうっ! お嫁に行けないじゃない! 許さない、絶対にだ」
「え……そもそも結婚できるつもりだったんだ、あの人」
 一人の口から小声ながら本音が漏れてしまった。イヴは容貌こそ美人と言って差し支えないし、体型も筋肉質でありながら出るところは出て大人びてはいるが、その男勝りな言動と強気な性格を仲間内で知らぬ者はいない。
「ちょっと、こんなことになってるからって覚えてないと思ったら大間違いだか……って、きゃーっ!」
 ふらついた拍子に、思わず若い女性らしい悲鳴を上げる。
「おい、今なんか女みたいな声出したぞ。隊長……踊り狂い過ぎて頭もおかしくなっちゃったのかな」
「こらー、わたしは女だー!」
 ルシファーと部下たちを涙目で交互に睨むイヴ。
「ハァハァ……あなたこの谷に来て何する気? あれだけの人を殺しといて……」
 踊り狂いながら問いかける。
「冗談は動きのみにせよ。貴様らが力及ばなかっただけで、元より我等を殺す気であったではないか」
「あうぅ……そっ、それはそうだけど私は騎士として仲間を護ろうと……」
「力も持たずして正義面で誰かを護る等と抜かすでない。己を正当化しようと云う姿勢と無力を棚に上げる図々しさは一人前であるな。人間とは、神の名を借りて都合が悪い存在は異端として排除することで見せしめとし、何時の世も力で正義の押し売りをしてきた、矛盾に満ちた愚かで哀れな歴史の創造者とやら……相違あるか?」
「まっ、まるで自分が人間じゃないかのような……」
 言い終わる前に違和感を覚えたイヴは、足下を向いて驚愕した。
「ファッ……!? ななな、今度は何よこれ!」
 辺りの砂や泥が圧縮されたのか、彼女の首から下が巨大な球体に包み込まれている。
「飽きた。泥団子にでも入っているが良い。悦べ、此の俺が手ずから珍しき技を使って遣ったのだ」
「あーもう、まったく……! よりによって後処理がめんどくさいような技の練習台にしないでくれる? もうちょい他になんかマシなのあったでしょ」
「其処に泥があったから。地が泥濘んでおろう」
「人権なんてあったもんじゃないわね」
「其の儘転がって失せるとせよ、次第に泥も落ちよう」
「こんな非人道的な姿にした上で騎士を転がすなんてどういう神経して……あっ、ちょっと!」
 坂を疾走してゆく丸々とした後ろ姿。
「騒いでいると舌を噛むぞ。黙して往くが良い」
「あなたねぇ……って、うわぁみんな見てんじゃん……キャッ! ちょっと! ねえ速い、速いってばー! ふぐうぅ……こんな思いをするのなら花や草に生まれ……うわあァッ!! あ、あなたたちー! 今日はー何も見なかったことにーしなさいよねーッ!」
 そう喚き散らしながら遠ざかって往ったきり、その日イヴが口を利くことは一度も無かった。

Re: 大罪のスペルビア ( No.8 )
日時: 2013/12/10 19:41
名前: 三井雄貴 (ID: 643MqHaL)

              † 四の罪 “時空を超えた邂逅” (後)


「——この谷はお気に召しましたかな?」
 奇妙な滞在者を迎えて2日目の夜更け。ワイングラス片手に、朱色の月光に照らし出された小川を眺めている男の背に、長老は話しかける。
「美しき地だ。都市とは異なり、自然と共に歩む姿が此処には在る。生活のみならず心も満たされた人民は、争うことも無く、手を取り合い暮らす……此れが貴様の理想郷だったとはな」
「村の者はみな、家族ゆえ」
 向き直ろうともしないルシファーに、屈託無く返す長老。
「……あの小娘も家族、か?」
「彼女はアザミ。わしらを家族と思ってくれておれば嬉しいんじゃが……いや、両親の代わりになんて簡単になれても困るか。ホッホッホ」
「左様であろうな。俺も両親等いない。無論、親代わりと思った相手も……な」
「奇遇じゃな。わしも親なしでのう」
「気が合うとでも云う気か。人間に肩入れするは勝手だが、過信せぬ方が身の為であろうよ」
 長老の脇を通りながら、魔王は去り際に言い残してゆく。
「肩入れ、のう…………」
 人影の消えた河原に、独り言が溶けていった。


「まったく、あいつは人に恥かかせないと気が済まない病気か何かなの……汚れてばっちいし、ゴロゴロ転がしやがって有り得ないんですけどー」
 風呂に浸かりながらイヴは不満を垂れている。
「なんか今日のイヴさん怖い……おっぱいはいつも通り大きいけど」
「ずっと独り言いってるし、帰って来た時なんか泥臭かったんだけど」
「えー、まあいつも干物くさいしねー」
 普段なら地獄耳の彼女も、浴場に居合わせた村の女たちが自分を話題にしていようと反応する気配も無く、呆然としていた。
「ちょっと、イヴさんやたらぼーっとしていると思ったらのぼせてる!?」
「干物女さーん、しっかりして下さーい。本当に干からびちゃいますよー」
 担ぎ出されて自室まで運ばれる女騎士。

「はぁ、私ったら何してんのかしらね…………」
 人々が部屋を後にすると、独りでに溜息を吐き、天井を見上げる。彼女の父ローランもまた、騎士であった。国の為、人民の為、剣を振るい、いつしか英雄と呼ばれるに至る。なれど三年前、彼は突如として世を去った。弱冠十六の一人娘イヴが、彼の愛剣を継承することとなる。武勇に於いて天下無双を誇ったローランを破れる者などいないとして、悪魔の仕業によって命を落としたという噂が絶えない。
「——私が……悪魔なんて倒してみせる。それがお父様の復讐のため、人々の安寧のため、神の敵を裁くため…………」
 いつの間にか、剣を握り締めていた。
(あの男、いったい…………)
 信じ難きかの力を彼女は思い返す。
「お父様……あれから三年、脇目も振らずに腕を磨いてきた私には何が足りないのです?」
 答えは理解らない。ただ、一つ断言できることがあるとすれば、あの黒衣の青年と自分との間には圧倒的な壁が存在する、という事実(こと)だ。
「まだ……! まだだわ。この程度じゃ奴には掠り傷一つ負わせられない」
 気が付くと、誰もいなくなった後の鍛錬所へと、彼女の足は向かっていた。ただ一人で剣を握る年若い女。この齢なら普通は親元にて庇護(まも)られているだろう。誰かを好きになり、ときめきに胸を躍らせて日々を送っているかも知れない。だがしかし、斯様に過ごす日常がイヴには存在しなかった。父は既に亡く、母からも離れ、騎士として暮らしている。そして今、自身より悠に強き者を相手とするに相成った。正体不明の敵がいて、己はそれと戦う騎士たる身である。ただ、それだけのことだ。
(そう、あいつは成敗すべき危険人物。あんなに恥をかかされたんだから必ず見返してやるわ……)
 戸惑いを振り払うかのように、一回、また一回と、虚空を白刃で斬り裂く。
「ハァ、ハァ……まだ! まだよっ! こんなんじゃ次あいつに遇ったとしても、また……また私は、何もできない!」
 実力差を痛感しているがゆえに、込み上げる焦り。石室の窓から覗く紅に染まった三日月が、慰める者などいない無力な自分を恰も嘲笑しているかの如く、彼女の瞳には映っていた。

Re: 大罪のスペルビア ( No.9 )
日時: 2013/12/12 00:31
名前: 三井雄貴 (ID: DjVjPc1U)


            † 五の罪 “谷を守護せし者” (前)

「こんな時間から何を騒いでいる? この時間は田畑にいるのではないのか」
 朝早いというのに谷が慌しい。若き剣士は、往来に溢れている村人に問い質す。
「それが大変ですよ、ツェーザルさん」
 言われるがままに後を着いてゆくと、砦の付近に自治団が集まっていた。
「何事か」
 その衆目の先、返事より先に事態の全貌が視界に入って来る。門の外には無数の武装した男たち……統一された装備と規模から察するに、賊徒の類ではない様だ。
「どこの回し者だ。答えようによっては1人も帰さん」
 見渡す限りの人影に、櫓より大声を以て宣告した。
「おっと、悪魔を匿っといてそんな態度でいいのかァ?」
 軍勢の先頭、煙管を片手に、鉢巻を長く風に靡かせる騎兵が挑発的な喋り方で煽る。
「悪魔、だと……何の話だ?」
「もう何日も居座らせといて今更とぼけるとは嘘が下手な若造だなァ、まったくよォ」
「何日もとは……ハッ! 得体が知れないとは思っていたが、やはりあの者たち……」
「そうさァ、悪魔がこの谷に……」
「この谷に悪魔などおらん!」
 一挙に空気が変わった。一喝と共に姿を現した長老が、門の外へと歩み出る。
「やっと話の分かりそうなヤツが来たか。お前さんが村長だな、異端狩り、“騎馬のミザール”。悪魔あらためだァ」
「だから悪魔なぞいないと……」
「ざーんねんッ!」
 嘲嗤うかのように白日を背にしたかの者は、紫煙と共に吐き捨てた。
「イヒヒヒ、まあ誤魔化すだけ損だぜ。こっちは確かな筋から悪魔がいるって情報を受けてんだからよォ」
「もう一度言う。悪魔などおらぬ」
 不気味に嗤うミザールから目を逸らそうともせず、毅然として言い切る長老。
「じじいボケてやがんのかァ!? もういい、勝手にやらせてもらうぜ。……ってことで、これより悪魔狩りを始めまーす!」
 馬上の男は高らかに宣言した。
「させぬぞ。大勢で押しかけてどこの誰かも言わずに村を調べようなど許可できん」
 長老は動じずに返す。
「まあ妨害すんなら皆殺しだ……死にゆく者へ名乗ってやる必要はねぇよなァ!」
 目を見開き叫ぶと、鞭を手に取り、駆け出すミザール。
「よーし、死人はどうせ口聞けないんだし、抵抗するんで仕方なく実力行使したって言えよみんなー。さあ、続け続けェエエッ!」
 楽しむかの如く鞭を振り回し、疾駆する。が、次の瞬間。
「ァン……?」
 その鞭の先端は、虚空を舞っていた。
「……村のみなが苦労して手入れを続けとる田畑を馬で駆けるとは……そちは作物が勝手に生えてきたとでも思っているのか…………」
 長老の威圧感に、遠巻きに見守る村人たちも気圧される。
「お、お前……その距離からどうやってやりやがったァ?!」
 目を白黒させるミザールと配下たち。
「これ以上、この谷を荒らすのであるならば……天使方の手の者とてこのわしが容赦せんぞ!」
 長老の大音声が山々を震わせる。
「あの爺さん、いつの間に動いたんだ……?」
 門の上に着地したアモンも事態を呑み込めていない様だ。なれど、ルシファーには視えていた。元より、長老はその場を離れていない。風術で空気の刃を放ち、瞬く間に鞭を斬り払ったのだ。
「……こんのおォオオオ……討ち滅ぼせェエ! こんな集落、殺し尽くせーッ!」
 ミザールが天を仰ぎ喚くと、後方の部隊が弓を射始めた。自在に風を操り、殺到する矢を悉く逸らす長老。
「防ぎやがったか……えぇい、もっと射ちまくれェ! 十の矢でダメなら百の矢にて射ち殺すんだァア!」
 今度は一斉に無数の矢が放たれた。さすがの彼も、同時にあの数は迎撃しきれない。だがしかし————
「——疾風の岩盾(シュトゥルム・フェルゼン)……!」
 大地が捲れ上がり、巨大な盾と成って長老の前に展開した。
「地術、か」
「そちたちがいかなる力を持っていようとここでは客人、手出しは無用。ここはわしらにお任せを」
 正対する鞭使いを睥睨したまま、頭上のルシファーに告げる。
「然れば其の妙技、見物させて頂くとしよう」
 長老の実力を信頼して、門上の二人も腰を上げようとしない。
「おのれ老いぼれめェ…! 異端狩りが先鋒、この騎馬のミザールを本気にさせたこと……後悔させてやる!」
 血走った眼を開くと、新しい鞭を手に取った。
「まあすぐには殺さんさァ。谷が火の海と化す様を前に、成す術もない無力さを噛み締めさせてからじわじわといたぶり斃してやろうォ……ッ!」
 鞭を振り翳し、長老へと一直線に突進する。
「ツェーザル、お主はあの兵たちを谷へ入れるな。わしはあの不埒者に身をもって思い知らせねばならん……罪なき人々の生活を奪うことは許されないとな!」
「お任せ下さい」
 抜刀しながら駆け出してゆくツェーザル。
「やっぱいい動きしてるよ、あの兄ちゃん」
 押し寄せる兵士たちを次々と斬り伏せてゆく若き達人に、アモンも賛辞を贈る。
「ハァッ……!」
 ツェーザルは上空高く跳躍すると、軍勢の真っ只中へと飛び込んだ。

「喰らえ死にぞこないがぁァ!」
 目にも止まらぬ疾さでミザールの鞭が唸る。一方の長老も、徒に齢をただ重ねてきただけではない。軽々と鞭先を弾き返す。
「やるな。だがこれで終わるほど甘くはねェッ!」
 返す鞭が続け様に繰り出されたが、これも予見済みとばかりに風術で防壁を生み出すと、難無く受け止めてみせた。
「まだまだァーっ!」
 怒声と共に撃ち込まれる鞭の嵐。だがしかし、長老は顔色ひとつ変えず、多彩な技で鮮やかに捌いてゆく。
「……疾風怒涛(シュトゥルム・ヴンドラング)」
 長老の詠唱に応じ、猛烈な暴風が巻き起こった。地面が砕け、舞い上がった破片が水柱の如く虚空を衝く。丘の津波とも形容すべきその凄まじい物量を誇る岩石の塊は、度肝を抜かれたミザールの元へと押し寄せ、馬ごと下方より突き上げた。
「ふっ、ごぶ…ッ!」
 吹き飛ばされて落馬し、転げ回る。
「地と風の両属性共に結構なものよ。さらに組み合わせて使い熟すとは……ほう、天晴れな力量であるな」
 大小の石や枝が顔面を掠めて飛来しようと、腰を浮かすことも無く、魔力で軌道をねじ曲げるルシファー。
「……よくも……対価は高く付いたぞォ。この俺様に火をつけやがった!」
 立ち上がったミザールは、さらに鞭を取り出すと叫んだ。双鞭を構えつつ、長老へと迫る。
「もう猶予も与えず殺してやるよ、今すぐになァッ!」
 なれど足元の土が突如として立ちはだかり、横転した。
「……悪いが、谷に危害を加えた代償を払ってもらうこととするよ…………」
 再び地に伏したミザールを見下ろし、長老は呟くと、徐に右腕を伸ばす。
「——谷の主が告げる。精霊よ、我が声を届けたまえ」
 莫大な魔力が渦巻き、翡翠の輝きに染められる岩肌。
「フッ……愈々(いよいよ)、と云う訳か」
「おお! 遂に奥義が……!」
 ルシファーとアモンも、長老の奥義が解き放たれるその刻を傍らで見守る。
「怒れる風よ、母なる大地よ……」
 瞼を閉じ、腕を胸元で交差させ、拳を握り締めた。
「な、何だってんだァア!?」
 ミザールは、一帯を包む深緑の閃光に顔を照らし出されながら仰天する。
「万物の根源、自然の意思よ。森より深き我が蒼の証に力を! この愚かな賊に天罰を……」
 大きく息を吸い、開眼。両腕を広げ、その名が開放された。
「——大地の……逆鱗(ウーアゲヴァルト・エルガー)!」
 吹き荒ぶ突風に呼応するようにして谷全体が脈動し、一面の大地が振動と共に、一匹の竜が浮き上がらんばかりに連なり隆起したと思いきや、生きているかの様に這い出す。ミザールへと直走り、到達した土塊は、さながら本物の竜が襲いかかるが如く縦横無尽に怒濤の連撃に出た。揺さ振られ、痛め付けられ、のた打ち回る異端狩り先鋒。細かな小石や砂によって構成されている為、この長い長い竜擬き(もどき)が掠めて通過するだけでも、身体中を刻まれる。土煙と破片により視力も奪われ、もはや防御することも敵わず、なされるがままに変わり果てゆく様子は、先刻までの威勢良く振舞っていた姿とは程遠い。遂に激痛で失神したのか、悲鳴すら上げなくなっている。誰もが絶句し、風圧による轟音と時折鈍い衝撃音しか聞こえない中、ぼろ切れと化してゆく異様な光景が続いた。一連の猛攻が止み、最後に意識を失ったままのミザールを宙に高々と放り投げると、竜に似た処刑者は四散し、再構築され、微動だにしなくなる。この意思に基づいて暴れ回っていたかに見えた静物の集合体が元在った箇所へと収まる頃には、人間であった存在もまた、二度と動くことが無くなっていた。
「こいつは、たまげたねえ……ハハ…………」
 興味津々に観戦していたアモンですら引き攣った笑みを浮かべるのみである。巻き込まれずに済んだ兵士達はおろか、櫓に控えていた村の自治団でさえ、甲冑ごと切り刻まれ、落下で原型をも留めていない無惨な亡骸の痛ましさと、それが温厚な長老により引き起こされたという事実に、愕然と立ち尽くす他無かった。


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