ダーク・ファンタジー小説

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魔法遣いのオキテ(ファンタジー)
日時: 2012/07/11 01:22
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/

・あらすじ

王立魔法科学院——通称「アカデミー」には二つの学科コースがあった。一つは「普通学科コース」。もう一つは「魔法遣使学科コース」。普通科を就学している生徒たちの学び舎はアカデミー。だが、魔法遣使学科——魔遣科を就学している生徒たちの学び舎は……え? 個人事務所?!

・当作品は不規則な構成(時系列)となっていますご了承下さい。
(例)夢見る愚者篇=未来(現在) 物憂う少年の贖罪篇=過去 etc.

・なお、当作品は小説家になろうさま、Arcadiaさまの方でも投稿させていただいていますご了承ください。(只今、諸事情により更新停止中。涼しくなった頃に再開予定)

※お気軽にご感想などをよろしくお願いしますm(。-_-。)m

・夢見る愚者篇(全三十話)
初期メンバーである牧瀬流風が三年になり、中途編入した雨宮彗月が二年になって……。そして、ようやく正式にメンバーに加わる新入生——椎葉姉妹が入所してから早数ヶ月経過したある日に起こった事件の内容です。

※なお、不規則な構成(時系列)となっておりますので、もしかすると……描写等で至らない部分があるかも知れません。ご了承ください。

 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の一 >>01
 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の二 >>02
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の一 >>05
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の二 >>08 >>09
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 >>10 >>11
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の四 >>12
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 >>13 >>14
 独 白 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 >>15
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の一 >>16 >>17
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の二 >>18 >>19
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の三 >>22 >>23
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の四 >>24 >>25
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の五 >>26
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の六 >>27 >>28 >>29
 独 白 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の一 >>30
 独 白 〜椎葉鳴 十四時十九分〜 其の二 >>31
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の一 >>32 >>33
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の二 >>34 >>35
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の三 >>36
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の四 >>37
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の五 >>38 >>39
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 >>40 >>41
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 >>42 >>43
 独 白 〜雨宮彗月 八時一分〜 其の一 >>44
 独 白 〜久遠寺美鈴 十三時十一分〜 其の二 >>45
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の一 >>46
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の二 >>47
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の三 >>48 >>49
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の四 >>50
 補 遺 〜久遠寺美玲 十三時十一分〜 >>51

・夢見る愚者篇〜After Story〜(全四話)
本篇〜夢見る愚者〜の後日譚です。

 幕 間 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 其の一 >>52
 幕 間 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の二 >>53

・物憂う少年の贖罪篇
アカデミー入学時代。初々しい頃の魔遣科一年、牧瀬流風の物語です。

(2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の五 ( No.39 )
日時: 2012/06/25 21:03
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/21/

 そうこうしていると、彗月と相対する四人が再び先ほどの波状攻撃の陣形を取り、案の定大柄の人物が先陣を切って、冷気を漂わせる右腕の拳を地面に叩き込む。
 すかさず、彗月は横っ跳びでその攻撃を避けるが、そこを狙って二陣の長身の人物と細身の人物が攻撃を仕掛ける。

 その行動に彗月はその場を動く事無く、凄惨な笑みを浮かべながら右手に持つ水剣を地面に突き刺す。
 と、地面から彗月を囲うように周りから水柱が勢いよく噴き出し、長身の人物が左腕を振って放出させた炎を消し去った。

 平然とした様相で彗月は先ほど水剣を地面から抜き取り、今度は自分目掛けて落下する岩石に視線を向け、水剣を徐に取り出した腰辺りに納め——居合抜きの態勢に入り。
 タイミングを見計らい直撃する——すんでの所で勢いよく抜刀し、振り抜かれた軌道を象った水の刃を放つ。

 水を圧縮して創られた水の刃は岩石目掛けて放たれ、軽々とそれを真っ二つに斬り分け。
 斬り分けられた岩石は彗月を避けるように地面に落下し、砂塵を巻き上げた。
 しかし、彼らの攻撃はまだ終わってはいなかった。

 ——最後の一人。

 中肉中背の人物が風を圧縮して創る弾を彗月に向けて発射しようと、少々手こずっている所に彗月は水剣を今度は軽く振り抜いた。
 先ほどと同様に振り抜かれた軌道を象った水の刃が再び放たれ、中肉中背の人物の上体目掛けて放たれた水の刃が彼に触れた瞬間……。

 ——身体を斬る事無く、弾け飛んでしまった。

 それには中肉中背の人物は拍子抜けした。
 自分も先の岩石のように斬られると思ったからだ。

 だがしかし、その油断が彗月にとっては好都合だった。
 彗月は左手で何かを掴み取るように勢いよく腕を動かし、徐に握りしめる。

 すると、弾け飛んで空気中に飛散した水が中肉中背の人物の顔を目掛けて集結し、水玉のような形を成形し、彼の呼吸の妨げとなり。
 中肉中背の人物は顔に纏わりついているそれを必死に剥がし取ろうとするが、相手はただの液体で掴もうとした所で水に手を突っ込む形になるだけだった。

 ——呼吸が出来ず、しばらくもがき続けるが……。

 無情にも限界に達し、中肉中背の人物はそのまま堕ちてしまった……。
 彼の気絶を確認した所で彗月は握りしめていたその左手を解き放ち、成形した水玉を解除する。

 「……まず、一人」

 軽々と一人を攻略した彗月は同じように今度は細身の人物に向けて水剣を軽く振り抜くが……。
 さすがに同じような攻撃は通用するはずも無く、容易くかわされ、反撃を受けた。

 しかし、先方の岩石攻撃も同様に彗月に通用する事無く、彗月は「単発じゃダメなら」と水剣を軽く振り抜いて創る水の刃を連続で細身の人物に向けて放つ。
 単発だけしか放てないと踏んでいた彼は意表を突かれてしまい、三発目を避ける際に左腕に触れてしまって、その水の刃は前例と同じく弾け飛ぶ。

 と、すかさず彗月は先ほどと同じように水玉を成形させ、細身の人物の呼吸妨害をする。
 こちらも懸命にもがいて水玉を剥がし取ろうとするが……。

 ——結果は変わらず、限界に達してしまいそのまま堕ちてしまった……。

 彗月は気絶を確認した所で水玉を解いた。

 「……はい、二人」

 続けざまに二人も攻略した彗月に先制攻撃と言わんばかりに長身の人物が左腕を振って炎を放出させ。 そこに大柄の人物が冷気を漂わせる右腕の拳を地面に叩き込んで、波状攻撃に打って出た。
 彼らの行動に少しバツが悪そうに表情を歪ませるが、彗月は長身の人物が放つ炎攻撃に対抗せんと水剣の形状を一度解き、それで出来た水を身に纏う。

 さながら水の鎧を纏った状態で長身の人物に向かって突き進みつつ、事のついでに大柄の人物が放った遠隔氷柱攻撃をかわし。
 長身の人物が放出した炎が目の前に迫りながらもそのまま躊躇う事無く突き進み、先方の炎を身に纏う水の鎧で消火する。

 消火の度に起こる白い蒸気で辺りの視界が悪くなるが彗月には関係なく、炎が放出される方向に目掛けて足を進め。ようやく炎の出所たる長身の人物を捉える。
 と、そのまま水の鎧の一部を彼の顔に付着させて水玉を創り。

 ——そして、長身の人物を軽々と堕とした……。

 彼が気絶した所で彗月は水の鎧と水玉を同時に解除する。

 「……これで、三人目」

 水の鎧を身に纏い身体がずぶ濡れになった彗月は最後の一人、大柄の人物を見据えた。
 先方は仲間が連続で倒されて少し後退りするが、冷気を漂わせる右腕の拳を強く握り締め彗月に向かって駆け出す。

 その潔い行動に彗月は、

 「ふん」

 と、鼻で笑って軽くあしらいながら徐に右手を広げ、その掌の上で水を圧縮して創り出した水球をボールと見立てて地面に置き。
 シュートを決める要領で水球を大柄の人物に向けて勢いよく蹴り飛ばした。

 水球は大柄の人物の腹部に目掛けて飛び、弾道がはっきりと見えていた彼は身構えて、それを両腕で抱え込むように軽々と受け止める。
 が、彗月は「ニヤリ」と不気味な笑みを溢し、唐突に右手で、

 「パチン」

 と、指を鳴らした。

 すると、大柄の人物が受け止めたはずの水球が弾け飛び、それを見計らって彗月は今まで通りの手法で水玉を成形し、彼の呼吸妨害をする。
 大柄の人物もその巨体を揺らしながら懸命にもがき、どうにかして水玉を剥がし取ろうとするが……成す術なく。

 ——そのまま力尽きて、他の者たちと同様に呆気なく堕ちてしまった……。

 先方の気絶を確認した所で、彗月は水玉を解除し、

 「……余裕」

 と、黒装束の四人を軽々と倒し、少し余韻に浸る彗月がそう呟いた。

 「お見事です……」

 彗月の戦いぶりにリーダー格の人物は自分の事のように喜びながら大きな拍手をして褒め称える。

 「……そろそろメインディッシュと行こうか」

 休憩する事無く、続けざまにリーダー格の人物の事を鋭い眼差しで見据える彗月に「ニヤニヤ」と先方は笑みを溢しながら、

 「君は大食漢だねぇ〜」

 と、余裕なのか軽口を叩きながら徐に手足をブラブラと動かしてストレッチをし。

 ——臨戦態勢に入った……。

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 ( No.40 )
日時: 2012/06/26 21:27
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/22/

 「で、アンタはチートを使わんの?」
 「チート? ——ああ、夢想薬の事ね。それなら……」

 と、リーダー格の人物は懐から液体入りのガラス瓶を取り出し、これ見よがしにガラス瓶をちらつかせて、彗月に放り投げた。

 綺麗な弧を描きながら宙を舞う、ガラス瓶に先方は口元を歪め、不気味な笑みを浮かべながら右手を強く握る。
 傍から見ればガッツポーズをしているように見えるその握り拳から「バチバチ」と小さく発光現象が起こり、何かを解き放つように握った拳を今もなお宙を舞うガラス瓶に向かって突き出した。

 すると、突き出された拳から白く淡い光の閃光が放たれ、ガラス瓶を電熱で溶け去り、中身の液体を蒸発させ。
 そのまま彗月の真横を通過して背後にある雑居ビル二階テラス部分を破壊する。
 ガレキと化したそれらが砂塵を巻き上げながら地面に落ち、さらに砂塵を巻き上げた。

 「どう? 必要ないでしょ?」

 誇らしげに自らの力を見せつけたリーダー格の人物に驚きの表情を隠せないと彗月は一時目を見開いたが、徐に眉間にしわを寄せ思案顔となる。

 「……ホント、アンタは一体何者なんだよ」

 嘆くように口走ったこの言葉には彗月の気苦労さを窺えた。
 相手が夢想薬を飲まずとも力を発動出来る事に彗月は悩みに悩んでいたからだ。

 ——どうして、力を使う事が出来る?

 ——いや、そもそも、さっきのガラス瓶はフェイクで自前に夢想薬を飲んでいたんじゃないだろうか?

 ——もし、そうだとしたらいつ夢想薬の副作用……全身を炎で焼かれるか分かったもんじゃない。

 ——だとしたら……。

 と、彗月はあらゆる可能性を考慮してある一つの考えに至った。
 それは一番認めたくない事実。
 いや、この事実以外には考えられない。
 それにあり得ない事ではないその事実は、同時に自らの存在を肯定する事でもあった。

 「……アンタ、この世界の魔法遣い。——いや、魔法使い、か」

 少々自信なさげに口走った言葉にリーダー格の人物は図星だったのか身体を「ビクッ」と少し強張らせる。

 「あらら、バレちったか。——でも、まぁ〜アレを見せてりゃ〜バレても仕方が無い、かな……」

 深く被るフード越しに先方は頭を掻いてひょうきんな仕草を取る。
 そんな姿にも彗月は顔色を変えずに相手を凝視する。

 一般的に「魔法遣い」と呼ばれる存在は「精霊」と呼ばれる者と契りを交わし、力を行使する事が出来た。

 ——ただし、力を行使する際には様々な条件を満たし、さらには使用制限が存在する。

 しかし「魔法使い」あるいは「魔女」と呼ばれる存在は精霊との契りを交わす事無く、力が行使でき。
 さらに力を行使する際にも条件などなく、使用制限もない。
 言いかえれば、体力、魔力が続く限り力は使い放題である。

 ——だが、魔法遣いと呼ばれる者の総人口に比べたら一割も満たない稀な存在。

 少なくとも彗月は目の前にいるリーダー格の人物を「魔法使い」と認識し、それは同時に自分にとっては不利な状況を示していた。
 彗月の使用条件は「土下座」をして精霊を呼び出し、力を使用した瞬間からの「九百秒間」使用制限なしに使い放題と言った特殊なモノ。

 しかし、それは言いかえれば九百秒以内に勝負を決めないと彗月の負けが決定する。
 そのため、いかに短時間で勝負を決め、相手に長期戦にもつれ込まれないようにするかが彗月の勝利へのカギである。

 「ニンフ。——残りのカウントは?」

 視線を相手に向けたまま、残り時間をニンフに尋ねる。
 が、ニンフは彗月の質問には答えず、なぜか「ムスッ」として口を閉ざしていた。

 「……おい、なぜ黙る?」
 「彗月さまは愛想が無さ過ぎて、私が可哀想です。良いですよね〜他の方々は……」

 ジト目で彗月の事を見つめて自分と他の精霊たち(主に牧瀬流風と椎葉姉妹の)を比較し、自分の不遇さに嘆き、苦言を呈した。
 流風や椎葉姉妹は自分たちと契りを交わした精霊たちとのスキンシップをしっかりと交わしてはいるが、彗月は面倒臭がってたまにしか接しない。
 そのために溜まりに溜まった鬱憤を空気も読まずにこの状況下で嘆いたのだ。

 しかし、精霊と呼ばれる存在は意思疎通が可能でも口を利く事は無い。
 だが、このニンフだけは他の精霊たちとは違い、普通に言葉を話す事が出来る不思議な存在だった。

 「……分かったよ。何が欲しいんだ?」

 かったるそうに頭を掻きながら尋ねる彗月だが「ニンフの機嫌が悪いのは自分のせい」と自覚があるためか、素直じゃないけれど彼女の要望に応えようと心に決める。

 「えっ、良いんですか? ——そうですねぇ〜甘い物が食べたいですね」

 ダメ元で口走った言葉だったのだが、まさか彗月が了承してくれるとは思わず、少し素っ頓狂な声を上げながらもニンフはしっかりと希望を伝えた。

 「じゃ〜これが終わったら帰りに行くか、美鈴も誘って……」
 「はい。あっ……それと私はご覧の通り——」
 「分かってるよ。俺が食わせりゃ〜いいんだろ? 全く……」

 照れ隠しなのかそれとも癖なのか、また頭をかったるそうに掻きながら彗月は大きく息を吐く。
 ニンフはその身に纏う拘束衣の影響で両手が使えない、そのため事あるごとに彗月や他のメンバーが彼女の世話をする事しばしば……。

 「えっと……お二人さん。そろそろ痴話喧嘩の方は終わったのかな?」

 二人にほったらかしにされていたリーダー格の人物が空気を読んで話が終わったであろう頃合いを見計らって少し申し訳なさそうに声を掛けた。

 「ああ、待たせてすまん。——ニンフ、残りのカウントは?」
 「……残り六百秒です」
 「……了解」

 そう静かに返事をして、彗月は徐に力強く両手を合わせる。
 その合掌した手の間から水が溢れ出し、彗月の足元に水溜まりが徐々に出来つつあった。
 それを興味深そうに眺めるリーダー格の人物に目もくれず、着々と水溜まりを広げていき彗月の周りはほぼ水で埋め尽くされた。

 彗月は両手を離し、力強く水溜まりが出来た地面を右足で蹴る。
 水飛沫を上げた水は宙に舞い上がり、彗月を囲うように自ずと水球の形を成して行く。
 その水球を振り払うように彗月が勢いよく右腕を振ると、水球はリーダー格の人物に向かって飛び出し。
 水の弾丸と化して先方に襲いかかった。

 リーダー格の人物は水の弾丸を目にして驚きの表情を浮かべながらも、一つ一つ冷静にすんでの所でかわし軽快な動きを見せる。

 しかし、彗月は攻撃の手を止めずにさらなる水の弾丸を成形せんと地面を蹴り、出来上がった水球を容赦なく相手に撃ち込んだ。
 撃ち込んでもなお手を休ませず、新たに水の弾丸を成形し、出来上がった水球をたたみ掛けるように撃ち込む。

 無数の水の弾丸を放たれリーダー格の人物は地の利を生かして広場をちょろちょろと動き回り。
 時には雑居ビルの柱の陰に隠れたり。
 すんでの所で曲芸を決めてかわしてみせたり。
 と、その動きに彗月は堪らず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 「チッ……。——くりそつ姉妹かよ」

 先方の軽快な動きを目の当たりにし、舌打ちをしながら椎葉姉妹のような身のこなしと称した。

 ——結局、彗月が放った水の弾丸は全てかわされる結果となってしまい。

 「じゃ〜お返し」と言わんばかりに今度はリーダー格の人物が両腕を大きく広げて全身に「バチバチ」と淡白い発光を纏いながら彗月を見据える。
 辺りに小さな稲光が起こり、口元を歪め不敵な笑みを溢しながら先方は全身に蓄えた力を解放せんと力強く地面を左足で蹴った。

 すると、地面を蹴った左足から淡白い発光を帯びた稲妻がほとばしり、そのまま地面を這いずりながら彗月に向かって蛇行する。
 蛇行しながら襲いかかってくる稲妻を彗月は横っ跳びで避けて、彗月が元居た位置でその稲妻が突然、登り龍のように天に向かって消え去ってしまった……。

 「さっきの君のマネだよん」

 と、軽口を叩きながら今度は右足で地面を蹴った。
 稲妻は右足から地面を這い、彗月に襲いかかる。
 先の攻撃をかわしている彗月には案の定容易く避けられるが、その避ける場所を先読みしていたリーダー格の人物は先手を打っていた。
 が、

 「何度やっても同じ」

 と、彗月は同じように横っ跳びで避けようとした——その時!

 二度避けた攻撃よりも速いスピードで彗月が居る位置に到着し、稲妻が彼の目の前をほとばしった。
 半歩ほど身体を後退させていたおかげで直撃を免れたが、電熱で少し前髪が焼かれタイも先端部分が焼き切れてしまう。

 彗月は驚きの表情を浮かべながらも瞬時に「この攻撃は緩急自在に操れるじゃないか」と踏んだ。
 しかし、それが分かった時点でどう見分ければいいのか、まだ分からずにいた。
 地面を這いずる稲妻の動きを見れば分かるかも知れないが、それでは防戦一方になってしまう。それこそ、長期戦にもつれ込む恐れがある。

 「なら」と、彗月は稲妻を放電する足の動きに注目してみる事にした。

(2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 ( No.41 )
日時: 2012/06/26 21:30
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/22/

 「ふぅ〜。今のは焦った……」
 「むぅ〜さっきので決まったと思ったんだけどなぁ〜」

 唇を尖らせて悔しさを露わにしたリーダー格の人物は左足で地面を蹴った。
 蹴った足の動きを見ながら彗月は攻撃を避けて「これは違う」と見切る。
 さらに先方は右足で地面を蹴り、稲妻を放出させる。
 この攻撃も彗月は避けて「これも違う」と見切る。

 すると、リーダー格の人物は徐に深呼吸をして瞳をゆっくりと閉じ。
 準備が整ったのか、

 「——It’s a Show Time!!」

 「パチン」と、指を鳴らして軽快な口調でそう叫ぶとリズムを取りながらステップを刻み始めた。
 軽快にステップを刻む度に彗月に向かって稲妻が放電され続け、その姿は踊り子のように可憐に舞っている。

 先方から放電される稲妻を避けつつ、そのステップの動きを目で追い続ける彗月はどこかで必ず入れて来るであろうスピードの速い放電ステップを見極めんと瞬きをするのを忘れながら目を凝らしていると……。

 ——とあるステップを刻んだ瞬間に放電された稲妻の到達時間が短いモノを発見。

 「……ふむ」

 と、唸りながら「もう一度先ほどのステップが来ないか」と稲妻攻撃をかわし続け。
 待ちに待った例のステップをリーダー格の人物が刻んだ。
 そのステップで繰り出された稲妻は彗月の見立て通りにほかのステップで繰り出されたモノよりも速いスピードで到着し。

 「ふぅ〜」

 と、息を吐いて自分の考えに確証を得た彗月は攻撃に転じる事にした。
 踊り続けるリーダー格の人物に向かって彗月は果敢にも走り出し。
 「距離を詰めるほど稲妻が到達する間隔が短くなる」と言う事を念頭に置きつつ、放電攻撃をすんでの所で避けながら突き進む。

 突き進みながら先方の足元から目をそらさずにしていると、例のステップをリーダー格の人物が刻み。
 それと同時に彗月はすぐに横に逸れてかわし、すぐ目の前に迫る相手に向かって右手に予め創っておいた水球を叩きこもうと腕を伸ばそうとした瞬間!

 何を思ってか、彗月は咄嗟にその足を止めてバックステップで後退する。

 ——その直後、彗月の目の前に稲妻が落ちて来た。

 地面から天に向かって稲妻がほとばしった訳でもなく、自然現象で起こる落雷のように天から地面に向かって稲妻が落ちて来たのだ。
 それをすんでの所でかわした彗月だったが、浮かない顔をさらしている。

 「……そんな事も出来るのかよ」
 「いやいや、私もびっくりだよ。さっきの君の行動には焦っちゃって、思わず使わせてもらったよ」

 と、軽口を叩きながらステップを刻むと、さらに手振りを追加させた。
 刻んだステップで地面から稲妻が天に向かってほとばしり。
 「パンパン」と手を打つと、天から稲妻が落ちて来ると言った稲妻攻撃の連続に彗月は後退しながら避け続け。
 折角、リーダー格の人物との距離を詰めたと言うのに振り出しに戻されてしまった。

 ——先ほど彗月が見抜いたステップ放電の法則は至って単純なモノだった。

 それは両足で同時に地面を蹴る時のみに速いスピードの放電攻撃を繰り出せるようなのだが……。

 しかし、それを見抜いた所で今度は「手を打つ」と稲妻を落とせる攻撃を加えられ。
 仮にこの攻撃もステップ放電のように法則性があるのなら、とてもじゃないけれど見抜いている時間なんて彗月にはあまり残されてはいなかった……。

 「ニンフ。——残りのカウントは?」
 「……もう、三百秒を切りました」
 「……そうか」

 残りのカウントを聞いた彗月は大きく息を吐く。
 と、

 「——なら、ニンフ」
 「はい、分かりました」

 そう会話を交わした二人はゆっくりと瞳を閉じて大きく深呼吸をして、

 「……これよりカウント二秒毎に変更。——ネゲーションモード発動!」

 と、ニンフは瞳を閉じたままそう唱え、黒い六芒星の魔法陣が彼女の周りに展開した。
 その言葉を聞いた後に彗月は徐に瞳を開ける。

 ——と、瞳の色がニンフと同じく澄んだ碧い色に変化していた。

 しかし、ニンフは瞳を開ける事無く、閉じたままでいる。
 瞳の色が変化し、雰囲気が変わった彗月にリーダー格の人物は少し後退りするが、思い切って右足で強く地面を蹴った。

 「……ん?」

 と、リーダー格の人物は思わず小首を傾げ、もう一度右足で強く地面を蹴ってみる。
 が、何も起こる事は無く、その間にも彗月は一歩ずつ一歩ずつ距離を詰めていた。

 「——無駄だ。この目の前ではあらゆるモノの事象、全て否定される。この言葉だけで、どういう意味か分かるよな。——魔法使い」

 凄惨な笑みを浮かべながら近づく彗月に焦りの色が隠せない先方は、右足でダメなら左足と……。
 片足でダメなら両足と……。
 ステップ放電がダメなら手打ちと……。
 いろいろ試してみるが何も起こる事無く、彗月はもう目の前にやって来ていた。

 彗月はリーダー格の人物の頭部に右腕を伸ばし、撫でるように軽く掴んだ。
 そして、ゆっくり瞳を閉じて息を吐いた後に、またゆっくり瞳を開く。

 ——と、瞳の色が元の澄んだ黒色に戻り、ニンフも閉じていた瞳を徐に開ける。

 「……あの目を使ってるとさ、使用者関係なしに全てのモノ否定してしまうんだよ」

 そう呟いた言葉にリーダー格の人物は咄嗟に彗月の腹部に向かって、拳から突き出す閃光攻撃を繰り出そうとしたが、

 「……遅い。眠ってろ」

 と、彗月は瞬時に水を発生させ、先方の顔を覆うように水玉を成形させた。
 リーダー格の人物は必死にもがき、水玉を剥がし取ろうとするが徐々に力が尽きて来て。

 ——最終的には他の者のようにそのまま堕ちてしまった……。

 気絶を確認した所で彗月は水玉を解除する。
 それと同時にニンフが「カウント零秒になった」と伝え、それを聞いた彗月は徐に小さく息を吐いた。

 「……結構てこずったなぁ〜」
 「そうですね。——で、彗月さま。約束は忘れていませんよね?」
 「ああ、しっかりと覚えているよ。——さてと、美鈴に電話しないとな〜」

 美鈴に電話を掛けようとズボンのポケットに右手を伸ばそうとしたその瞬間!

 パーティーの前座として戦い、気絶させた黒装束たちの身体から蒸気が発生し。
 そして、数分経過した後に炎が発生して、黒装束たちを焼き払った。

 「今頃になって、副作用か……」

 呟きながらその様子を窺っていると、彗月はある異変に気付く。

 「……一人足りな、い……?」

 前座の戦いで気絶させた人数は四人だったはずなのだが、彗月の目の前で夢想薬の副作用の影響によって焼かれている者が三人しかいなかった。

 ——なら、後一人はどこへ消えた?

 そう思い悩むものの、
 「まぁ〜いい、気が付いてどこかへ逃げたが、結局夢想薬の副作用で今頃焼かれているだろう」と、考えた彗月は気を取り直して美鈴に電話をする事にした。

 【purrr】

 と、着信音が鳴り響き、美鈴が出るのを待つ彗月は少し待ちぼうけを食らう。

 「……ふむ」

 と、もう一度美鈴に掛け直した彗月は聞き覚えのあるゆったりとした音色がどこからともなく聞こえて来て、思わず耳を澄ます。
 その音色は雑居ビル内から聞こえており。
 徐々に広場の方に近づいて来ていた。
 自ずと音が聞こえてくる方向に彗月が視線を向ける。

 ——と、見覚えのある人物が何かを抱き抱えながら雑居ビルから現れて、それを見た彗月は驚きの表情をさらした……。

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 ( No.42 )
日時: 2012/06/27 22:05
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/23/

 「……お前、生きていたのか」

 その人物に向かって彗月は開口一番にそう告げた。

 そう、その人物は前座で戦って彗月に負けた冷気を漂わせる右腕の拳から攻撃を繰り出すあの大柄の人物だった。
 先方は大きな身体を揺らしながら一歩ずつ一歩ずつ何かを抱き抱えながら全貌を露わにしたその瞬間。
 彗月の目付きが鋭く尖ったモノに変わった。

 「てめぇー、そいつに何をした!」

 声を荒上げ、彗月は大柄の人物が抱き抱えるモノを見据える。

 「何もしとらんよ。——ただ、眠ってもらっているだけだ」

 不気味に微笑みながら大柄の人物は徐に自分が抱き抱えているモノに視線を向ける。
 そこには久遠寺美鈴の姿があり、何か良い夢でも見ているのか幸せそうに彼女は眠っていた。

 「……早くそいつを放せ」
 「それは了承しかねる。もう少しの間、私と付き合ってもらおうか」

 徐に彗月は横目でニンフに何か合図を送るが、彼女は首を横に振ってそれを拒む。
 ニンフの応答に彗月は堪らず「チッ」と、舌打ちをする。
 彗月はニンフに「力を使えるか」と確認したのだが……もう使う事が出来ず、表情を歪めたのだ。

 彗月の力は十五分間、何も制限なしで使い放題の代わりに一度使うと一日のインターバルが課せられる。
 その事を使用者である彗月は重々承知で、それでもニンフにダメ元で尋ねたのだが、やはり無理だった。

 「そこまでしてお前は何がしたい? 何を待っている?」
 「言ったであろう。時統べる魔女と我らの大司教さまがサシで殺り合うだけの時間を稼がなきゃならない、と……」
 「で、その大司教って奴が勝っても負けてもアンタらに連絡行くようになってんの?」

 他愛もない、この質問に大柄の人物は不気味にほくそ笑む。

 「……愚問だな」

 先方の態度に彗月は「ふん」と鼻で笑いながら、何か分かったのか小さく頷く。

 「……なるほどね、勝つ事前提って訳ね。んで、報告が来るまで俺らに付き合えと……。——生憎こっちも暇じゃないんでねぇ〜」

 「どうにかして隙を作り、美鈴を助けなければ」と……。
 辺りをきょろきょろと何食わぬ顔で見渡しながら「ジリジリ」と距離を詰めようとした。
 が、

 「……動くな。自分の分を弁えろ」

 大柄の人物は冷気を漂わせる右腕の拳を美鈴に向ける。
 この人物は最初から夢想薬を飲まずとも力を使える魔法使いだった。
 その事に彗月もようやく気付き、だからこそ合点が行った。
 他の者たちは夢想薬に焼かれたのにも関わらず、この者だけは無事だと言う事に……。

 「……チッ」

 美鈴を人質に取られて成す術が無い彗月は大柄の人物の言う通りに従うしかなかった。
 力を使って助けたくても、もう使う事が出来ない。
 それに牧瀬流風や椎葉姉妹と違って器用な事は出来ず、魔法特化である雨宮彗月には魔法以外に武器はなかった。

 そんな自分に嘆きながらも「どうにか美鈴だけでも」と考えを巡らせる。
 大柄の人物が現在「大司教」と呼ばれる人物の作戦遂行の時間を稼いでいるとは言え、いつその時間稼ぎも無用となり人質である美鈴に危害を加えかねない。

 ——そんな最悪な想定をも頭に入れつつ雨宮彗月は考慮する。

 しかし、その中には「時統べる魔女」と呼ばれ、勘違いされている人物が「敗北する」と言う筋書きは一切、彼の頭に浮かぶ事はなかった。
 それだけは自信を持って彗月は断言出来た。
 むしろ、その大司教と呼ばれる人物が憐れにさえ思えてくるほどに時統べる魔女と勘違いされている人物の勝利を確信していた。

 ——しばらく、小康状態が続き。

 陽もそろそろ傾き始める頃……。
 夕時を知らせる音楽が流れ終わってから小一時間が経とうとしていた。

 大柄の人物は大司教と呼ばれる人物からの連絡がなかなか来ないで待ちぼうけを食らい、少し焦りの色が見え始めていた。
 その影響で、右足を「ガタガタ」と貧乏揺すりをしている。
 そんな相手を見据えながらも「どうにか隙は無いものか」と探る彗月はふと右手に持つ携帯電話に映る時刻に目をやった。

 ——時刻はもう十八時ちょうどを回ろうかとしていた。

 彗月はその時刻を見て、思わず笑みを溢してしまう。
 自分が置かれている状況は何も変わっていないにも関わらず……。

 それは今日——久遠寺美鈴が自分を追ってわざわざこちらまで来た理由を尋ねた際、少し歯切れの悪い返答を彼女にされた事を思い出したからで。
 当時の事が頭に過った彗月は徐に身体を震わせながら狂ったように笑い始めた。

 その光景に大柄の人物は唖然とする。

 「なぜ、この状況下で笑う事が出来るのだ」と、言った素振りだった。

 「……何がおかしい?」
 「いや、まだ俺にもツキがあるんだな〜と思ってな」
 「ツキ、だと? この状況下で、か? ……笑わせる」
 「ああ、笑ってくれてもいいぜ。だけど、一つだけ忠告しといてやる。——今すぐにそいつから離れろ」
 「ククク……。何を言うかと思えば、戯言を……」
 「何とでも言え。ただ、俺はアンタの事を思って言ったんだよ。それに——」

 と、彗月は右手に持つ携帯電話に視線を向けた。

 「そろそろ、元始の鐘が鳴る頃だ……」

 そう言い終わった頃に携帯電話に映る時刻が「十八時三分」になった。
 すると、辺りを包みこむように突然、

 【カーン! カーン!】

 甲高い鐘の音が鳴り響き、大柄の人物は驚きの表情を浮かべた。
 それもそのはず、大柄の人物はこの辺りの土地には詳しかった。
 だからこそ、この鐘の音はありえなかった。
 そう、この辺りには鐘を鳴らせるような施設など存在しなかったからだ……。

 「……後、十の鐘が鳴る。その間にそいつから最低でも一メートルは離れろ。じゃないとアンタはそいつに殺される……」
 「うはは! この娘に私が殺されるだと? こんな馬鹿面さげて眠っている小娘にこの私が殺られる訳が無かろう」
 「……まぁ〜確かにそう思うかも知れんが……」

 少し申し訳なさそうに額を押えながら呟いた彗月の視線の先には、未だに幸せそうな顔を浮かべながら眠り続ける美鈴の姿があった。
 それに少し口を開けているせいか、透明な液体が口から少し垂れていた。

 ——そうしている間にも鐘の音が一つ、また一つと何かを刻むように鳴り響いて行く……。

 彗月はもう説得をするのも早々に諦めて、二人から少し距離を置くように一歩ずつ、一歩ずつ後退して行く。
 その行動に大柄の人物は、

 「ふん」

 と、鼻で笑いながら断固として、美鈴を放す事無く、美鈴から離れる事も無く、その場で留まり続ける。

 ——さらに鐘の音が一つ、また一つと辺りに鳴り続けて行く……。

 徐々にではあったが鐘の音が大きくなっていた。
 その時が来るまで彗月は静かに見届け、大柄の人物は大司教と呼ばれる人物からの連絡を律義に待ち続ける……。

 徐に彗月は右手に持つ携帯電話に映る時刻を確認した。
 すると、時刻は「十八時十一分」になろうかとしていた。

 「なぁ〜アンタ。本当に良いんだな?」
 「ああ、それがどうしたと言うのだ? そこまで頑なに言われると逆にこの目で確かめたくもなるわ……」
 「……そうかい。最後の忠告だったんだが……恨むなよ……」

 そう述べた後に彗月は大きく息を吐いて、天を仰ぎ見た。
 また一つ、鐘の音が辺りに鳴り響き。
 彗月は右手に持つ携帯電話に表示されている時刻を眺めながら指で「トン、トン」とカウントを取り始める事、数秒間……。

 時刻が「十八時十三分」になった瞬間に最後の鐘の音が鳴った。

 【カーン! カーン!】

 最後とあってここ一番の大きさの鐘の音が辺りに鳴り響く……。

 すると、その鐘の音と同時に先ほどまで涎を垂れしながら幸せそうに眠っていた久遠寺美鈴の瞳が「パチっ」と開き。
 目を覚ました美鈴の瞳は紅く冷たい眼光に様変わりしており、大柄の人物に抱きかかえられている腕の中で徐に天に向かって右手を伸ばし始める。

 と、その動作と呼応するかのように辺りには五芒星、六芒星の大小様々な魔法陣が突如として出現し。

 ——美鈴を中心に彗月たちを囲うように魔法陣が展開した……。

(2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 ( No.43 )
日時: 2012/06/27 22:06
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/23/

 全ての行程が終わったのか、美鈴が伸ばした右手で指を、

 「パチン」

 と、鳴らした瞬間。
 辺りの景色が一瞬にして波形の長針、短針の時計針だけの大小様々な時計に囲まれた異世界に変わり果ててしまった……。

 その異世界の上空からは淡白い光が照らされており。
 そして、一際目立つ大きな時計針だけの時計が、この異世界の中心に佇んでいた。

 その巨大な時計の針は「六時十三分」なのか「十八時十三分」なのか定かではない、その辺りを指していた……。
 突然の出来事で大柄の人物は思考停止とばかりにフリーズをする。

 「——放せ、愚民……」

 大柄の人物に抱き抱えられている腕の中で美鈴が吐き捨てるような言葉を言い放った。
 普段の彼女では決して言わないような言葉で、口調も仰々しいモノに変わり果てている。
 それでも大柄の人物は放す事無く。

 「そんな事よりもこの状況は一体どういう事なのか」と、言わんばかりに彗月の事を睨む。
 先方の訴えかけに気付いた彗月は少し面倒臭そうに頭を掻きながら徐に口を開いた。

 「えっと……まず、アンタたちは俺たちが異世界から来た事は重々承知だよな。その異世界とアンタたちの世界や他の世界をも行き来する事が出来る古の魔具——タイムタイムと呼ばれる魔具の深層部なんだよ、ここは……。ほら、アンタたちの世界にもタイムタイムの入口があるだろ」
 「……まさか、ロストビルディングの事か?」

 彼らが先ほどまで居た衛星都市には「ロストビルディング」と呼ばれる都市伝説があった。
 それは——見た目は何の変哲もない少し古ぼけた雑居ビルなのだが、誰もその建物に入る事が出来なく。
 確かにそこに存在し。視界にも捉えているにも関わらず、近づけば近づくほど遠退いて行く蜃気楼のような不思議な建物であった……。

 ——と、言う都市伝説があり、その事を彗月たちは指していた。

 それとタイムタイムはその世界での時代考証にそぐわないよう「入り口」として形を成す物が異なり、この世界でのタイムタイムの入り口は「雑貨ビル」として顕現したため「ロストビルディング」などと呼称される都市伝説が生まれてしまったのだ。

 ——その理由は至ってシンプル。

 タイムタイムは素質ある者にしか、通行許可が下りない……。
 つまり、魔法遣いならびに魔法使い、魔女の素質がある者にしか近づく事出来ず、常人にはただの蜃気楼にしか映らないのだ。

 「名称の事までは知らんが、アンタたちが呼ぶそれがそうだよ。——んで、何でそんな魔具の深層部に突然、飛ばされたかと言うと……。アンタが抱き抱える久遠寺美鈴が鍵なんだよ」
 「鍵とは、一体どういう事だ?」
 「このタイムタイムはさ、不定期的に検査が必要なんだよ。要するに更新みたいなもんだな。なぜ、更新が必要なのかって言うと……そこまでは俺も詳しくは知らない。ただ、その更新をするためにはその時間軸の世界にわざわざ行かなきゃならないんだ。本人の意思関係なしにな……。——ここまで言えば分かるだろ?」
 「……まさか!?」
 「そう、アンタが抱き抱える久遠寺美鈴が、アンタらが時統べる魔女と呼ぶお方だ。だから、アンタたちの計画は最初から成功なんてしないだよ」

 語気を強めながら言い放たれた彗月の言葉に大柄の人物は堪らず、よろけてしまう。
 その隙を狙って美鈴は自力で大柄の人物から逃げ出し。
 少し距離を取った所で、自分を拘束していた者を紅く冷たい眼光で見据えた。

 「——貴様のおかげで更新時間が少しズレてしまったではないか。その代償……償ってもらうぞ」

 美鈴は瞳をさらに紅く光らせて大柄の人物を睨みつける。
 と、先方の頭上に波形の時計針だけの時計が突然、現れ。
 針が勢いよく回り、勝手に時を刻み始めた。

 すると、頭上の時計が時を刻む度に大柄の人物の身体が徐々に小さくなり、腰が折れ、衰退して行き……。
 老体と化した彼をさらに追い打ちをかけるように頭上の時計は動き続け。
 頬も痩せこけ、頬骨が浮き彫りになり。

 見るに無残にやせ細ったミイラ状態になってもなお頭上の時計の針は回り続ける。
 ほぼ骨だけのガリガリの状態になった身体は地に崩れ堕ち。
 最後の力を振り絞って、大柄の面影も無くなった先方は美鈴に手を伸ばすが……。

 ——そこで力尽き、白骨化した……。

 しかし、それでもなお頭上の時計の針は回り続け。
 白骨化した身体は徐々に風化して行き。
 最終的に時と共に風化してボロボロになった黒装束だけがその場に残された……。

 「……これより、一八一三軸。——通称、流風タイムの更新を開始する」

 何事もなかったように時統べる魔女と化した久遠寺美鈴はこの異世界で一際目立つ大きな時計針だけの時計に右手を翳し。
 また、瞳を紅く怪しく光らせながらタイムタイムの更新を開始した。
 すると、どこからともなく激しく鳴り響く鐘の音がこの異世界を包み込み。
 五芒星、六芒星の大小様々な魔法陣がその時計を囲うように展開し。

 この日。

 この時まで「一八一三軸」と呼ばれるこの世界……。

 ——通称、流風タイムと呼ばれる世界が辿った軌跡を映像化したモノが辺りに早送りのように流れる。

 ——しばらくして、その映像が「プツン」と途切れてしまった……。

 それと同時に時計を囲う魔法陣は消えて、翳していた右手を美鈴は徐に下ろす。

 「……一八一三軸。——通称、流風タイムの更新終了。少々ずれた更新時間は一名の愚者の時を持って正し。ここに終焉を告げる……」

 淡々とそう述べた後に「バタリ」と美鈴は倒れ伏せてしまった。
 それと呼応するかのように辺りの景色が、一瞬にして先ほどの雑居ビル広場に戻った……。
 元の世界に帰還し。
 すぐさま、美鈴の元へと駆け寄った彗月は彼女の上体を抱え起こす。

 「おい、美鈴!」

 少し身体を揺すりながら美鈴の安否の確認をすると、

 「むにゃむにゃ」

 と、寝息を漏らした美鈴に彗月は、

 「ふぅ〜」

 と、安堵の表情を浮かべて息を吐いた。

 ——しばらくしてから、美鈴がゆっくりと瞳を開けて目を覚まし。

 開かれた瞳の色はもう紅く冷たいものではなかった……。

 「……あれ? 彗月?」

 目を覚まして少し呆けながら辺りをきょろきょろと見渡した後に。
 今、自分がどういう状況に置かれているのかを理解し、顔を赤面させた。
 その様に彗月は徐に首を傾げる。

 「何、赤くなってんの?」
 「だっ、だって! ——私、彗月の腕の中でそのゴニョゴニョゴニョ……」

 美鈴は途中で恥ずかしくなり口ごもった。
 彼女には時統べる魔女に覚醒した記憶はなく。
 自分は彗月が事を終えるまでに待ちくたびれて寝てしまい、それを彗月が抱き抱えながらここまで運んでくれたのだ、と勘違いしていた。

 「何が言いたいのかさっぱりだが、そんな事よりも早く顔を拭いた方が良いぞ〜」

 彗月の言葉に美鈴は首を傾げつつ、徐に自分の顔に手を伸ばす。
 すると、口元辺りに少し「ベチョっ」とした手触りを感じ。

 「……何、このベトベト……」

 ベトベトが付着した手を眺めながら、美鈴がそう呟いた。

 「ああ、それな。お前が口を開けて寝てるもんだから涎が——あっ」

 流暢に話しながら途中で自分が重大なミスを犯してしまった事に気付き、思わず素っ頓狂な声を上げたが……。

 ——もう手遅れだった。

 目の前には身体を「ぷるぷる」と震わせ、拳を強く握り締めている美鈴の姿があった。

 「はぁ〜づぅ〜きぃ〜!」

 さらに顔を赤面させながら鬼神の如き形相で美鈴は彗月の事を睨めつける。
 身の危険を察知した彗月はすぐさま逃げ出そうと試みたが、先の戦闘で先端部分が焼き切れたタイを彼女に力強く掴まれてしまい、逃げるに逃げられなくなってしまった……。

 美鈴は口元を歪ませ不気味な笑みを浮かべ、彗月に上体を抱き抱えられる状態ながらでも今持てる力を 全て拳に集約させ。
 彼の鳩尾部分へ一気にそれを解放させた。

 【ドスン!】

 と、鈍器で殴られたような衝撃音と共に断末魔の叫びが、この辺り一帯に響き渡ったのであった……。


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