ダーク・ファンタジー小説

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魔法遣いのオキテ(ファンタジー)
日時: 2012/07/11 01:22
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/

・あらすじ

王立魔法科学院——通称「アカデミー」には二つの学科コースがあった。一つは「普通学科コース」。もう一つは「魔法遣使学科コース」。普通科を就学している生徒たちの学び舎はアカデミー。だが、魔法遣使学科——魔遣科を就学している生徒たちの学び舎は……え? 個人事務所?!

・当作品は不規則な構成(時系列)となっていますご了承下さい。
(例)夢見る愚者篇=未来(現在) 物憂う少年の贖罪篇=過去 etc.

・なお、当作品は小説家になろうさま、Arcadiaさまの方でも投稿させていただいていますご了承ください。(只今、諸事情により更新停止中。涼しくなった頃に再開予定)

※お気軽にご感想などをよろしくお願いしますm(。-_-。)m

・夢見る愚者篇(全三十話)
初期メンバーである牧瀬流風が三年になり、中途編入した雨宮彗月が二年になって……。そして、ようやく正式にメンバーに加わる新入生——椎葉姉妹が入所してから早数ヶ月経過したある日に起こった事件の内容です。

※なお、不規則な構成(時系列)となっておりますので、もしかすると……描写等で至らない部分があるかも知れません。ご了承ください。

 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の一 >>01
 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の二 >>02
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の一 >>05
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の二 >>08 >>09
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 >>10 >>11
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の四 >>12
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 >>13 >>14
 独 白 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 >>15
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の一 >>16 >>17
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の二 >>18 >>19
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の三 >>22 >>23
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の四 >>24 >>25
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の五 >>26
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の六 >>27 >>28 >>29
 独 白 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の一 >>30
 独 白 〜椎葉鳴 十四時十九分〜 其の二 >>31
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の一 >>32 >>33
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の二 >>34 >>35
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の三 >>36
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の四 >>37
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の五 >>38 >>39
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 >>40 >>41
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 >>42 >>43
 独 白 〜雨宮彗月 八時一分〜 其の一 >>44
 独 白 〜久遠寺美鈴 十三時十一分〜 其の二 >>45
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の一 >>46
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の二 >>47
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の三 >>48 >>49
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の四 >>50
 補 遺 〜久遠寺美玲 十三時十一分〜 >>51

・夢見る愚者篇〜After Story〜(全四話)
本篇〜夢見る愚者〜の後日譚です。

 幕 間 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 其の一 >>52
 幕 間 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の二 >>53

・物憂う少年の贖罪篇
アカデミー入学時代。初々しい頃の魔遣科一年、牧瀬流風の物語です。

(2)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の二 ( No.9 )
日時: 2012/06/11 21:59
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/4/

 「どぉったの?」

 俯く彗月の顔色を窺うように見やり、流風は少し軽い口調ながらも気遣う。

 「……酔った」

 周りの喧騒に打ち消されんばかりの小声でそう訴えた彗月は今にも吐き出しそうな程に顔面蒼白で顔色が悪かった。

 「ああ、例のヤツね……」

 彼の言葉に流風は少し仰け反り。天を仰ぐような態勢を取って、頷き納得した。
 彗月が酔ったと体調不良を訴えた原因を流風には心当たりがあった。

 ——彼、雨宮彗月は人が大勢闊歩する場所が苦手だった。

 人ごみの雰囲気にあてられる人酔いも一つの原因としてあるにはあるのだが、一番の原因は人が身につける香水や化粧などの匂いだった。
 獣並みの嗅覚とまではいかないけれど、変に鼻が利く彗月にとって。どれほど良い製品、良い香りだと絶賛されようがどれも粗悪品、悪臭でしかなかった。

 そのため、彗月は人が多い所では不機嫌となり周りに当たり散らすことしばしば……。

 「……何でこんなに人が多いんだ、こっちは……」

 彗月は視線だけで辺りを一瞥し、嘆くように呟く。

 「まぁ〜都会だからねぇ〜」
 「……都会怖い」

 足をベンチに乗せて三角座りのような状態を作り。
 その三角に折られた足の膝に額を乗せてうずくまって、彗月は身体を震わせた。

 「ちょっとちょっとちょっとぉ〜。何かナーバスになってない? 本来の調子に戻ってよ〜。こっちが調子狂っちゃうよ」

 「——本来の調子? ああ、そうか……。多いんなら減らせばいいんだ……」

 と、頷きながら呟いた彗月は唐突に立ち上がる。

 そして、口元を歪ませ不敵な笑みを浮かべ。身体を揺らしながら一歩、二歩と足を進めた彗月は腰の辺りに左手を伸ばして、そこに何かモノがあるかのように空気を掴み。その何かを抜き取ろうと右手を伸ばした所で、

 「なっ、何、物騒な事言っちゃってんのさ!」

 流風は急いで立ち上がってその右手を掴み、制止させた。
 彗月の突然の行動に相当焦ったのか、おびただしい量の汗を額に滲ませた流風がそこにいた。が、彗月をほっといても何も起こる事はなかった。
 その事を流風も重々分かってはいたのだが、焦って冷静さを欠いてしまっていた。

 「まぁ〜そっちの方が本来の調子っぽいのには納得ですけど……」

 「ふぅ〜」と一息吐いてから。常に持ち歩いているのか、ズボンのポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。
 少し落ち着いてから彗月をベンチに座らせて流風も隣に腰を掛け。
 人ごみの多い都会に珍しく足を運ぶ彗月に疑問を感じた流風は訳を聞く事にした。

 「で、彗月くんは何でこっちに来たの? ショッピングって事は……うん、ないよね」
 「ん? ああ、依頼だよ。ほら、こっちで多発している連続変死事件の……」
 「彗月くんもその件で動いてんの!? ——かぁ〜それだけデカイ山って事かねぇ〜」

 彗月から理由を聞かされた流風は目を見開き。事の重大さに気付いて、あからさまに驚いて見せた。
 流風は彗月が動くまでもない簡単な依頼だと思い、動いていただけに。彗月が動いてる事を知り、度肝を抜かされたようだ。
 それだけ彗月の事を流風は一目置いていたのだろう。

 「いや、そうだったら。所長も動くだろ」

 事を大げさに表した流風をたしなめるように言い聞かせ、彗月は冷静な対応を見せた。
 そんな彼が言った言葉に少し疑念を抱いた流風は眉間にしわを寄せる。

 「……彗月くん。美玲ちゃんの性格を考えたらそれはあると思うかね?」
 「……ない、な」

 流風の質問を考える事もなく反射的に彗月は頷きながら即答する。

 「だしょ? たぶん、適当に理由を付けて彗月くんを追っ払いたかったんじゃない?」
 「言われてみればそうかも知れない。——事務所を出るときに煙草を頼まれたし。書類が溜まってたし……」

 指折り数えながら美玲が自分を追っ払うために使用した理由を述べて行く。と、

 「書類はいつもの事でしょ……」

 彗月の解答に流風は呆れ果てた。

 「でも、大方外れてなかったみたいね。僕の推理」

 流風の言葉に彗月は首を傾げて、間の抜けた表情を浮かべる。
 間抜け面をさらす彗月に流風は「やれやれ」と少し小馬鹿にしたような表情を露わにし、間接丁寧に推理を語り始めた。

 「——自分が書類処理に追われている傍らでソファーの上でぐーたら惰眠をむさぼってる彗月くんの姿を見たくなかったんじゃない? 美玲ちゃんの性格上、自分がぐーたらする分には大歓迎でしょ?」
 「ああ、確かに……」

 流風の推理に彗月は腕を組んで大きく頷いて納得する。

 「ホント、君も大変だねぇ〜」

 同情するかのように頷きながら彗月の肩を叩き、労いの言葉を贈った。
 彼に労いの言葉を贈った後に流風は大変重要な事に気付いてしまい。
 自ずと目を見開き、口を開いて馬鹿面をさらしてしまう。

 「——僕もその人が上司だった……」

 そう呟くと流風は「がっくし」と肩を落として俯く。
 そんな彼にさっきのお返しとばかりに彗月も流風の肩を叩いた。

 『……はぁ〜』

 少し顔を見合わせた後に以心伝心の如く二人は同じタイミングで嘆息を吐いた。
 しかし、その嘆きも周りの喧騒に打ち消されて虚しさだけが二人の心に突き刺さる。

 「で、彗月くんはこれからどうすんの? 事務所に帰るの?」

 美玲に適当な理由付けで追っ払られたであろう彗月の動向を気にしてか、流風はそんな質問を投げかける。

 「いや、所長の煙草を買って帰らないと……。——でも、俺未成年なんだよな〜。流風、頼む。俺の代わりに買っといてくれ」

 片手を顔の前に出して頼み込む彗月に流風は目を細くしてまじまじと見つめ返した。

 「チミは変に真面目だよね……。先輩の僕には敬語なんて一切使わないのにさ〜。——それと僕もまだ未成年よ」

 「ブーブー」と口を尖らせて流風先輩は少し不貞腐れてしまった。
 そんな先輩の態度に首を傾げる彗月は怪訝そうな表情を浮かべた。

 「だって、尊敬するとこ皆無じゃん」
 「お兄さん、泣いていい?」
 「それだけはやめてくれ」
 「そう? 泣き演技に定評あるのにそれは残念」
 「それ、どこで使うんだよ」
 「ん〜。泣き落とし?」

 首を傾げながら述べられた言葉に彗月は目を細くして軽蔑したような視線を送った。
 痛烈な視線を感じ取った流風は誤魔化すように苦笑いをしてその場を乗り切ろうとする。
 が、それでも蔑んだ視線をやめない彗月の機嫌を取ろうと。
 流風が悩みに悩んだ結果——一つのアイデアが頭に浮かぶ。

 「——まぁまぁ〜彗月くん。煙草はお兄さんが買っといてあげるからさ。機嫌、直してよ〜」

 後輩の機嫌を取るためにパシリに買って出た一年先輩の牧瀬流風、十七歳、彼女募集中は白い歯を光らせてはにかんで見せる。

 「そうか……。——じゃ〜俺もこっちに来たからには手伝うよ」

 そう答えた彗月が徐に立ち上がり。頭上に腕を上げて伸びをし「仕事をしようか」と珍しくやる気を見せた。
 予想外の——予想以上の反応に流風は少しきょとんとしてしまう。

 成り行きとはいえ、美玲のパシリを自分が引き受ける事になり。
 美玲の命令は絶対ながらもサボり癖がある彗月はいつものように惰眠をむさぼる為にどこかに姿を消すのかと思っていたからだ。

 「そう? まぁ〜あんまり無理しないでね。人の多い所は僕とツインズちゃんたちに任せてちょうだいな」
 「了解」

 そう返答すると、彗月は軽く肩を回しながら「気合十分」といった具合に苦手な人ごみに飛び込むように歩き出した。

 ——しばらくして、人ごみの中をたった数十秒歩いた所で彗月は心が折れたのか、肩を落とし。俯きながら「のそのそ」と歩くようになり。
 そのまま人ごみの中へと消えて行った……。

 その様子を人ごみの隙間から、かろうじて見えていた流風は堪らず額を押える。

 「……ホント、大丈夫かなぁ〜」

 彗月の情けない姿を目の当たりにし。
 少し懸念を抱いた流風は頭を掻いて、大きく息を吐いた……。

(1)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 ( No.10 )
日時: 2012/06/12 21:36
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/5/

 薄暗い照明が照らされた個室。
 流風は紙コップを片手にパソコンの前に鎮座していた。
 あの後、彗月と別れてから流風は裏通りに再び戻って調査を開始したのだが、彗月の情けない姿がちらちらと脳内で何度も再生されて、安否が気になってしょうがなかった。

 だから、手っ取り早く終わらそうとネットカフェを見つけて現在に至っている。

 ここに到着してから、流風は終始パソコンの画面を食い入るように見つめていた。
 その片手間、携帯電話で「夢想薬についての噂を求む」とチェーンメールを送り、今話題のSNSでも情報を呼び掛けていた。

 「——はぁ〜全く……。嫌になっちゃう」

 ネットサーフィンをしていた流風はぼやく。
 どこもかしこも「夢想薬で夢が叶った」や「夢想薬で想い人に想いが届いた」などと言ったガセネタばかりで気が滅入っていたのだ。

 売人たちがよく使うキャッチフレーズに酷似していた事に、ようやく気付いた流風は「このサイトは売人たちが立ち上げたのだ」と踏む。
 夢想薬は国が認める合法麻薬だが、密売などの行為自体は認めていなかった。

 しかし、今回は噂の真相について追及するだけであって。売人たちをどうこうする訳ではなかった。
 それに「すぐに摘発されて捕まるだろう」と思った流風は他に噂について手がかりがないか、再びネットサーフィンを開始する。

 ——検索ワードを変えて表示された検索ページをスクロールしていくと事、数分。
 気になるワードがディスプレイに現れた。

 「魔法遣いになるまでの軌跡とその末路」と、意味深なタイトルが表示されたサイト名に流風は目を奪われる。

 「——もしかして、これビンゴかも……」

 すぐさまサイト名をクリックしてページを開く。

 【ようこそ、魔法遣いを夢見る愚者たちよ。そして、真実を知りたい勇者たちよ。私はお前たちを歓迎する】

 と、文字が表示されて数秒経過した後に、別のページにジャンプした。
 飛ばされたページには、動画が添付されていた。
 流風はその動画の中から一つ気になる動画を見つけた。

 ——タイトル「空歩く少年」と名が付けられた動画である。

 すぐにその動画の再生ボタンをクリックして流風は動画を視聴する事にした……。



 ——目元に水玉模様が描かれた白い仮面を被った黒装束のダミ声の人物が画面上に現れ、

 「やぁやぁ〜。この動画をご覧の諸君たち。君たちはこれから歴史的瞬間を目の当たりする事になるだろう。それは人が空を歩くという偉業を成すといったものだ。——さぁ〜ご覧あれ〜」

 と、これから起こる現象を説明した後に丁寧にお辞儀をして画面から引いた。
 そして、映像は黒装束の人物が画面から引いて映らなかった背後の画が露わとなった。

 ——それはどこのかの夜景映像だった。

 映像はある画にピントを合わせてズームしていく。
 徐々に露わになっていくその画は少々映像が粗いものの。大きな鉄柱が幾重にも交差しあいながら天高く昇っていく鉄塔が映し出されていた。
 綺麗にライトアップされたこの鉄塔に流風は見覚えがあった。

 それはここ衛星都市一番と言っても過言ではない高さを誇る高層建築物である、あの電波塔だった。

 さらにズームしていく映像は電波塔の上層辺りまでいき。
 何かを探しているかのように上下左右にブレた映像が数秒間続いた。

 そして、ようやく標的を発見したのか。ある一角に合わせて映像がブレなくなり、ゆらゆらと揺れ動く物体が電波塔の外郭部分に映し出される。
 その物体を追うようにしてアングルが動き、揺れ動く物体を徐々にズームしていき。その正体が明らかになった。

 映像のタイトル名通りにごくごく普通の十代半ばぐらいの少年が踏み外したら即、死に直結するほどの高さを誇る鉄骨の上で両手を広げ。
 あたかも綱渡りをするピエロのように臆する事なく悠々と歩いていた。

 「——動画をご覧のみなさん。これからあの彼が空を歩きます。瞬きするのがもったいないほどの奇跡。さぁ〜眼球が乾ききるまでとくとご覧あれ。——It’s a Show Time!!」

 視聴者を煽るような売り文句でダミ声が流れ。
 「パチン!」と、指をならす音が鳴ったその時。

 ——少年はさらに両手を大きく広げて、そのまま宙に足を進めた。

 少年の身体は宙から落ちる事無く、そこに足の踏み場があるかのように悠然と歩き。
 軽いステップまでもやって見せる。

 映像に映る少年は本当に楽しそうに空を掛け回っていた。
 鼻歌が映像を通して聞こえてくるかのように本当に、純粋に今起こっている事を楽しむ無邪気な子供のように見受けられた。

 ——けれど、少年は突然……立ち止まって空中に倒れ、仰向けになる。

 そして、徐に手を上空に翳して。何かを掴み取ろうと何回も何回ももがき始めた。
 彼は一体、何を掴み取ろうとしていたのか、映像からでは分かりかねたが。流風は映像に映し出された夜景から「星を掴み取ろうとしていたのでは」と、推測してみる。

 ——すると、映像に映る少年に異変が起こった。

 少年の身体が徐々にではあったが宙から落下していくように見えた。
 地球の引力に引っ張られるように落下していく少年の身体から白い煙が出始める。

 ——そして、少年の身体が発火。

 炎に包まれながら地上へと落下していく途中で、建物が少年の姿を遮るように現れて映像から見切れてしまった。

 「——以上だ。この動画をご覧の諸君たちは夢叶えた愚者として果てるのか、はたまた真実を知る勇者として生き長らえるか……。それは君たち次第だ!」

 と、最後にダミ声が流れて映像はそこで終わった……。



 ——映像を見終わって、流風は思案顔になっていた。

 「一時的とはいえ、本当に魔法遣いになったって事? でも、それは……」

 夢想薬の過度の摂取による副作用。
 でも、そのような副作用がある事など牧瀬流風はもちろんの事、久遠寺美玲もにわかに信じていなかった。
 だが、宙から落下する際に見られた身体が燃え上がる現象には心当たりがあった。

 ——以前、鬱症状がみられた人物が夢想薬を過度に摂取して、火傷のような痕が体中に発症した事例が稀にあった。

 確かに夢想薬を飲むと副作用として高揚感が増して陽気な気分——所謂、ラリってハイになる状態になる事と、もう一つ。
 体中が燃えるように熱くなる——火照ると言った症状が見受けられたが、映像の少年のように燃え上がる事などまずなかった。
 ましては、魔法などの超能力が扱えるようになる事もない。

 しかし、映像には少年が宙を歩く様子や身体が燃え上がり果てていく姿が映し出されていた。

 「どれほどの量を飲めばこんな事になる? いや、そんな事よりもこの映像って……」

 流風は昨夜起こった事件の事を思い出す。

 「確か、空から炎に包まれて人が落ちてきた」と……。

 その人は落下中に亡くなったのか、はたまた落下して亡くなったのかは不明だが、噂では落下してから数秒間は生きていた、と……。
 そして、その間に「ケラケラ」と笑い声を上げたと言う話もあった。

 「つまり、この映像は昨日起こった事件の映像って事? もし、そうならこの映像を映した人物が今回の事件の犯人であり夢想薬の噂を流した根源って所かな?」

 「他に何か手掛かりがないか」と、サイトをスクロールしていくと「魔法遣いを夢見る愚者たちへの日記」と呼ばれる項目を発見した。
 「このサイトを立ち上げた管理者のブログなのだろうか」と、疑問に思いながら流風はそこにカーソルを合わせてクリックする。

 表示されたページには項目名通りの日記調に残された何かの記録と思わしき文章が現れ、流風は「日付が古い記録から閲覧しよう」と考えて日付を遡っていった。
 古いページを遡りスクロールといった行動を繰り返ししていくと、一番古い日付の記録に辿り突く。

 ——タイトル「妄言者」と名付けられた日記。

 しかし、日付が少々おかしい事に流風は気付く。

 「あれ? 一年前の日付? 夢想薬が世に出回り始めた時期を考えると少しばかりおかしい。一年前というと一部関係者しか夢想薬の存在は知らなかったはずだし……」

 「ふむ」と唸りながら流風は記録を見る事にした……。

(2)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 ( No.11 )
日時: 2012/06/12 21:38
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/5/

 ——タイトル「妄言者」

 本日、プロジェクトが始動した。
 しかし、本当にこのプロジェクトを始動しても良いのだろうか?
 私は少し不安を抱いた。
 だが、上はこのプロジェクトを推進する。
 私は上の命令に従う傀儡でしかない。
 だから、この気持ちはただの思い過ごし、傀儡ごときが抱く感情ではない。
 そう、私は傀儡だ。
 何にも動じず、何にも感じず……。


 「——プロジェクトって、何? 夢想薬についての? だとしたら、この記録は夢想薬を開発したプロジェクトについての記録って事? 何でそんなものがこんなサイトに?」
 疑問を残したまま流風は続いての記述に目を通す。


 ——タイトル「エラー」

 プロジェクトを始動して早一ヶ月が経とうとしていた。
 着々と進む新薬開発。
 傀儡らしく私も黙々と研究に没頭した。
 新薬の試薬が完成し、試飲は外界でその存在を抹消された者たちが行う事になった。

 「なぜ、この者たちが存在を抹消されたのか……」

 傀儡である私も他の研究者たちもその経緯は存じ上げない。
 が、私たちは何も考えず、私たちが成す事をするしかない。

 ——タイトル「光縋る者」

 実験を開始して約三十六時間経過。
 新薬の試薬を試飲した被験者の一人に異変がみられた。
 被験者番号二○八が、ベット上でもがき始めたのだ。
 拒絶反応でも起こしたのだろうか?
 しかし、二○八は苦しさのあまりもがいている風には見えなかった。
 何かを掴もうと必死に腕を伸ばしているように見受けられた。
 彼が伸ばす先には薄暗い部屋を照らす豆電球が揺られながら「チカチカ」と点滅しているだけ……。

 ——それともう一つ。

 これは私の気のせいかも知れないが、二○八がいた周辺だけ妙に肌寒かった……。

 ——タイトル「浄化の炎」

 異変がみられてから数十分後。
 唐突に二○八は動かなくなった。
 豆電球を掴み取ろうと伸ばしていた腕もベットから垂れさがっていた。
 けれど、二○八の視線だけは豆電球から離れる事はなかった。
 それどころか、二○八の身体から蒸気のようなものが発生していた。
 一体、何が起こったというのだろうか?
 蒸気のようなものが発生してから数分後、二○八の身体が発火。
 ものの数秒で全身が炎に包まれて燃え上がった。

 そして、二○八は奇声を発した後に息絶えた……。



 ——記述を読み終えてから流風は大きく息を吐く。
 深く、長い一息を。
 瞳を閉じて感慨深く、ゆっくりと……。

 「——夢想薬を製造するために世界から存在を消された人々……。つまり、死刑囚を使って人体実験を行っていたって事、か。夢想薬にそんな裏事情があったなんて知らなかったなぁ。それとさっきの映像に映っていた少年と酷似した症状が研究中にも現れてたみたい。これは、この二○八って人も一時的とはいえ魔法遣いになったって事、か……? でも、映像の少年と違い二○八って人は魔法遣いになったって自覚がないっぽいね。少年は自ら宙に足を進めてた訳だし……。まぁ〜実験途中だし何が起こるか分からないって所かね〜」

 流風は飲みかけの飲料水が入った紙コップに手を伸ばし、それを一気に飲み干した。
 そして、ポケットに入れていた携帯電話に手を伸ばして。夢想薬の噂について呼び掛けておいた返答が来ているのかどうか確認する事にした。

 ——まず、チェーンメールの返事を見る事に。

 すると「夢想薬の噂? そんな事よりも今度いつ遊べるの?」などと言った返信が多数寄せられていた。
 そんな返答の数々に流風は思わず頭を掻いてしまう。
 続いて、SNSの方も確認しようと操作していると。

 突然、着信音が大音量で鳴り響いた。

 「マナーモードをいつの間にか切ってしまっていたのか」と、着信音が鳴って驚いた流風は慌てて着信相手も確認せずに出る事に。

 「——は、彗月ちゃんが吐いてしまったのです! ど、どうしたら良いでしょうか! 救急車ヘルプ! ヘルプミーで〜す!」

 着信相手も相当慌てていたのか、声が上擦っていた。
 相手の上擦った声を聞いて流風は失礼ながらも笑ってしまう。
 彗月が吐いてしまった事にではなくて普段、声を滅多な事では張らない女の子からの電話だったため、流風は思わず笑ってしまったのだ。

 「鳴(めい)にゃん、落ち着いて落ち着いて。この番号じゃ救急車は呼べないよん」
 「……えっ? その声は……流風ちゃん?」

 流風の言葉に落ち着きを取り戻したのか、着信主がか細い声でそう返答する。

 「うんにゃ」

 彼女の質問に流風は深く頷いて返答した。
 その返事を聞いて着信主は電話をする相手を間違えた事に気付いて「あわわわ」と声にならない奇声を発して照れ始めた。

 その奇声を受話器越しに聞いていた流風は「ニヤニヤ」と口元を緩めて、不気味な笑みを浮かべていた。
 相手がどういう状況になっているかを想像して笑っているようだ。

 「ご、ごめんなさい!」
 「いやいや、一々そんな事で謝らないでくださいよぉ。そんな鳴にゃんには、いつもいつも二八二八させてもらってますよ。あざ〜す!」

 「……にやにや?」

 流風のにやにや発言に何か疑問に感じたのか、着信主は聞きなおして来た。
 そんな彼女の反応に、つい本音が漏れてしまっていた事に気付いた流風は己の失言を反省するかのように頭を軽く小突く。

 「——ゴホン。それは大人の事情って事で詮索は無用の方向でお願いしや〜す」
 「そう、ですか?」
 「ええ、そうですとも。まぁ〜アレですよ……。——彗月くんの事、よろしくね」
 「は、はい!」

 さっきの疑問は何もなかったかのように元気に返答する着信主に流風は「ふぅ〜」と息を吐いて胸を撫で下ろした。
 「素直な子で良かった〜」と内心喜びつつも。なぜか胸の辺りが「ズキン」と痛くなった流風は疑問を抱きながら、この胸の痛みをかばうように手で押さえる。

 「……鳴にゃん。おかしな事を聞くかも知れないけれど聞いてくれるかな?」

 「い、いいともぉ! ……です」

 なぜか、ミーハーな感じの返答した着信主だったが、途中で恥ずかしくなり。
 またもや声にならない声を上げて照れ始める。
 そんな彼女の反応に反射の如く不気味な笑みを浮かべた流風だったが「ニヤニヤしている場合じゃない」と、首を左右に振り正気に戻る。

 「今、胸の辺りがズキズキと痛むんだ。……これってどういう事なんだろうね」
 「えっと……こ、恋じゃないでしょうか?」
 「なるほろ。この胸の痛みは恋の痛みとな?」
 「だと思います」

 「ふむ」と唸りながら流風は少し考え込んだ。
 最大のミスを犯している事も知らずに馬鹿正直に考え。
 そして、答えを導き出した流風は一息入れて気持ちを入れ換えた。

 「鳴にゃん!」
 「あっ、はい!」

 唐突に声を張り名前を呼ぶ流風に対し、着信主もそれに応えるように少し声量を上げて返答する。

 「——第一印象から決めていました。僕と付き合って下さい!」

 流風は立ち上がり自分以外誰もいない個室の中、携帯電話を片手に空いた手を前方に差し出して丁寧にお辞儀をした。
 まるでフィーリングカップルに参加しているかのような告白の仕方だった。

 「ご、ごめんなさい!」
 「即答!?」

 ちっとも悩む間もなく着信主に即答されて「がっくし」と肩を落として席に着く。
 胸の痛みが恋の痛みから失恋の痛みへとシフトチェンジした流風ではあるが、元々の胸の痛みが恋の痛みじゃなく。
 着信主を騙した事から来た、ただの罪悪感による痛みだったという事は当の本人は気付く事はなかった……。

第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の四 ( No.12 )
日時: 2012/06/13 22:10
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/6/

 電話を終えてから少し期待薄でSNSを確認する流風。
 その期待とは裏腹に少し気になる投稿を発見する。

 ——投稿者「偶像崇拝」という方から「夢見る愚者と名乗る集団が最近、頭角を現してきた」との情報が投稿されていた。

 流風が呼び掛けた情報とは少しジャンルが違ったが「夢見る愚者」というワードに流風は引っ掛かった。

 ——夢見る愚者。

 さきほど閲覧していたサイトにも「魔法遣いを夢見る愚者」と明記されていた。

 「これは何かの偶然なのだろうか? それとも……」

 と、疑問に感じた流風は詳細を確かめるために「夢見る愚者」と名乗る集団が最近、目撃された場所へ向かう事にした……。


 ネットカフェを後にして、SNSに投稿されていた情報を元に流風はメインストリートに戻って最寄り駅である地下鉄を利用する。
 そこから歓楽街の北側へと足を運んだ流風は目の前にそびえ立つとある雑居ビルを見上げていた。

 ここ衛星都市は電波塔を中心に北部と南部と別れており、流風がさきほどまで情報収集をしていた歓楽街は南側の位置にある。
 「夢見る愚者」と呼ばれる集団が目撃された場所は北側のオフィスビルが立ち並ぶオフィス街から少し離れた場所にあった。

 「ここか……」

 正面玄関側面に掛けられた、所々文字がぽろぽろと欠けたボロボロの門札に辛うじて「第三ビル」と描かれていた。
 元々、この第三ビルはどこかの企業が所有していたのだが、数年前に中心街の方へと移転してしまい。そのため、現在はテナント募集中状態のはずなのだが、立地が悪く。買い手が見つかる事無く、そのまま数年経ち。……廃墟と化してしまった。

 「旧第三ビル」とも呼ばれるこの建物に「夢見る愚者」と呼ばれる集団が現在もたむろしているかも知れない中、流風は一人建物内に侵入する事に。
 建物内は吹き抜けとなった窓から光が差し込むが、少し薄暗くて長年放置していただけあって。ほこり臭く、所々ヒビが入り、配管や配線がむき出しのボロボロの内装だった。

 一階のフロア内を探索し終わって、続いて上のフロアに向かう途中に流風は一つ気になってしょうがない事があった。

 「……それにしてもさっきから臭うこの臭いは、何?」

 流風は不快感を露わにして鼻を少し腕で塞ぐ。
 一階を探索中にも臭っていた謎の臭い。
 それが二階に上がる階段の踊り場辺りで少しだけではあったが強く感じられた。
 それは何かを燃やし、焼け焦げた匂いにも似た臭いだった。
 鼻を腕で塞ぎながら一歩一歩、階段を上って行き。

 臭いがする方向を辿って、四階のとある部屋の前に流風は立ち止まる。
 なぜか、その部屋だけは他の部屋と違ってしっかりと扉が取り付けられており、最近取り付けられたのか真新しい扉だった。

 「……ここから臭う」

 流風はドアノブに手を伸ばしてゆっくりと扉を開け。隙間からあの謎の臭いが漂ってくる中、部屋の様子を窺った。
 外界からの光などが入り込まないように密閉された空間。

 その部屋を囲うように置かれた燭台。そこに灯る蝋燭の火の明かりだけが照らす薄暗く煙が立ち込める部屋の中に黒装束姿の人物たちがおり。部屋の中央で円陣を組んで、何かを囲うように向かい合って座っていた。

 「ふぅ〜」と少し息を吐いて流風は安堵の表情を浮かべる。

 臭いの原因があの燭台が焦げた臭いだと分かったからだ。
 しかし「あの三人はこんな所で一体何をしているのか」動向を探るために流風はそのまま様子を覗う事にした。

 「さぁ〜我らの大司教が今宵、政府の懐刀である時統べる魔女の討伐を決行する! しかし、時統べる魔女には優秀な眷属どもが五名いるとの情報がある」

 流風に大きな背を向けて座っている大柄の人物が両手を広げながらそう熱弁する。

 「そこで、その眷属どもの足止め及び討伐に我ら使徒が受け持つ事になった」

 続いて、流風に背を向けて座っている大柄の人物の左側に座っている、少し細身の人物が声高だかにそう発言する。

 「他の同志たちはもう動き出している。我らのターゲットはコイツだ」

 最初に発言した人物の右側に座る小柄の人物が中央にある何かを指さした。
 どうやらこの三人はターゲットの「時統べる魔女」と呼ばれる人物の直属の部下である眷属たちの内の一人が写った写真を囲って作戦会議をしている模様。

 黒装束の三人の会話をこっそり聞いていた流風は額を押え、呆れ果てた表情を浮かべながら嘆息を吐く。
 「なんて馬鹿な連中なのだ」と嘆くような深い嘆息を吐いた流風は頭を掻き、少し気乗りしないながらも黒装束の馬鹿な作戦を阻止するために動き出した。

 「——なぁ〜に、物騒なお話をしてらっしゃるのお兄さん方。僕もその作戦に参加してもいいですかぁ〜」

 開けた扉にノックをしながら軽い口調でそう述べた流風が現れ。黒装束の三人は深く被ったフードで表情を窺えないものの、少し口を開いて呆気にとれているように見受けられた。

 「なになに。だんまり決めちゃって。僕の登場にびっくりしちゃった?」

 少し相手を煽るような発言した流風に対して、背を向けて手前に座っていた大柄の男が突然、腹を抱えて大声で笑いだした。
 密閉されていた空間の中に響き渡る低い笑い声。
 他の二人もその人物に釣られるように笑い始める。
 そんな彼らを流風は首を傾げながら見届ける。

 「なぜ、突然笑い出したのか」と理由を探りながら……。

 そして、黒装束の三人はしばらく笑った後、最初に笑い始めた大柄の男が口を開き。

 「まさか、そちらからやってくるとは思わなかったよ。牧瀬流風くん」

 大柄の男の発言に流風の眉が「ピクっ」と動いた。
 そして「彼らがなぜ自分の名前を知っているのか」を瞬時に理解した流風は口角を上げて「にやり」と笑みを浮かべる。

 「ああ、そういう事ね……。僕もずいぶんと有名になったもんだねぇ〜。——それも命を狙われるほどに、ね」

 彼らが笑った理由が分かった流風は腕を組んで頷く。

 ——彼らのターゲットが自分だったって事に……。

 「はぁ〜。どうせなら、綺麗なお姉さんか美少女に命を狙われたかったのに……。よりにもよってむさい野郎共って……」

 命を狙われているこの状況下で嘆息交じりに軽口を叩いて流風は余裕を見せる。
 虚勢じゃなくて本当に余裕があるのか、お気楽に身なりを整え始めた。

 「で、お兄さん方は僕の事を調べ上げているだろうから知っているでしょ?」

 何かを諭すように流風は黒装束の三人に言葉を述べる。
 その意図が彼らに正確に伝わる事無く、逆にその言葉を「待ってました」と言わんばかりに黒装束の三人は「にやり」と不気味な笑みを浮かべた。
 彼らの反応に流風は眉間にしわを寄せ、怪訝そうな表情を浮かべる。

 「それがどうしたと言うのだ、牧瀬流風。我ら使徒が策を講じずに貴様らのような化け物に挑む訳がなかろう」
 「化け物って、ひっどいなぁ〜。僕チン傷ついちゃう……。でも、まぁ〜そういう言葉が出てくるって事はしっかりと調べ尽くしているって訳ね。——あぁ〜怖。ホント、情報社会って怖いわ〜」

 現代社会を根本的に否定するかのような発言をして流風は掻き抱き、身震いする。
 しかし、その態度とは裏腹に流風は少し違和感を覚えていた。

 「なぜ、自分たちの情報が漏れているのだろうか」と……。

 「——ご託はいい。粛清の時間だ」

 大柄の男がそう告げると腕を高く掲げて指をならした。
 すると、部屋に置かれた燭台でメラメラと燃える蝋燭の火が勢いを増して燃え上がり、それを合図に黒装束の三人は身構えて臨戦態勢に入った。
 そんな彼らに流風は「ふぅ〜」と一息を吐いて気持ちを切り替える。

 「お兄さん方。恨みっこなしですよ」

 少し声のトーンを落として「きりっ」と引き締まった表情に切り替わった流風は会話を交わした大柄の男の懐へ低空飛行をする鳥のように低い姿勢で走り込んで行った……。

(1)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 ( No.13 )
日時: 2012/06/14 22:59
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/7/

 ターゲットに向かって走り込んだ流風は、右腕をムチのようにしならせて大柄の男の右頬にめがけて拳を打ちこむ。

 しかし、流風の拳は無情にも大柄の男に容易くかわされてしまった。
 だが、流風は大柄の男の行動に口元を緩める。
 流風の狙いは彼に拳を打ちこむ事ではなく別にあった。

 走り込んだ勢いを殺す事が出来ず、流れのまま流風の身体が少しよろけてしまう。
 そこを狙って左側にいた細身の男が流風に掴み掛ろうとしたその時!

 ——細身の男の鼻頭と両頬に顔を横断するような切り傷が出来ていた。

 細身の男はその痛みに両手で顔を押え、膝から崩れ落ちて悲鳴を上げる。
 彼の顔に傷を付けた張本人は、一回転した形になった後に。バックステップをしながら残りの二人にスナップを利かせて右手から何かを投げ、間合いを取った。

 「——あ〜あ。浅かったのね。それに少し逸れた、か。ツインズちゃんたちのマネをしてみたけどコンボって案外ムズイのね……」

 少し悔しそうにそう呟いた流風の左手には刃渡り五センチほどの鋭利な刃物がいつのまにか収まっていた。

 流風が最初に行った攻撃はただのフェイクで初めから細身の男を狙うものだった。
 拳をかわされて、その走り込んだ勢いのまま反転した際に。予めブラウスの左袖に少し勢いをつけて腕を振るだけで飛び出る、所謂仕込みナイフを瞬時に左手で持ち。
 その反転した流れのまま、掴み掛って来た男をめがけて切りつけていたのだ。

 しかし、流風が狙った部分より少し下に逸れてしまっていた為、作戦成功とはいかなかった。
 それに最後に投げた隠しナイフも結局誰にも当たらず仕舞いで終わってしまった。

 「ねぇ〜お兄さん方。何で、こんないたいけな青少年の事を狙うの? 別に悪い事なんてこれっぽっちもやってないのになぁ〜。——あっ、もしかして……お兄さん方はそちらの方々?」
 「ふざけるのも大概にしろ。我らはただの革命者。この腐った世界を変える。……ただそれだけの話だ」
 「それが分からないってばよ。何がどう腐っていて、何で僕たちが命を狙われなきゃならいのか、って話なんですけどねぇ〜。分っかんないかなぁ〜」
 「貴様は何も知らなくても良い。我らに大人しく狩られておけば良い」
 「はぁ〜全く……。理由ぐらい聞かせてくれてもいいのにさぁ〜。まぁ〜理由を聞いたからって大人しく狩られる訳にはいかにゃいけどね」

 流風は左手に持ったナイフを右手に持ち替え、そのまま男たちに走り込んで行こうとしたその時!
 小柄の男と大柄の男が流風に顔を切られ、膝を着いていた細身の男に向けて念じるように手を翳し始めた。
 その行動を見て、流風は一旦動作を止め。少し距離を取った。

 「一体、何をしているのだろうか」

 と、少し様子を覗う。
 すると、手を翳されていた細身の男が血で赤く染まった手で顔を押えながら立ち上がり唐突に笑い始める。
 とち狂ったように笑う彼に流風は少し顔を引きつった。

 ——何がおかしいのか?

 ——顔を切られたにも関わらずどこに笑う要素がある?

 立ち上がった細身の男は赤く染まった手で懐から液体が入ったガラス瓶を取り出し、その瓶に顔の切り傷から滴り落ちる血液を流し始める。

 「——神よ。我に力を!」

 垂れ流した血液で赤く染まったガラス瓶の液体をそのまま口に流し込む。
 他の二人も念じるように自らの手首を刃物で切り付けて、液体が入ったガラス瓶に己の血液を垂れ流し。液体を一気に飲み干す。
 自らの血液で赤く染めた謎の液体を飲んだ黒装束の三人は、一斉に苦しそうに首を掻きむしるような動作を取り始めた。

 泡を吹き。

 瞳孔が開き。

 焦点が合わないほどに眼球が揺れ動く。

 そして、何かを掴み取ろうと徐に天に腕を伸ばし、空を握りしめた黒装束たちの口元は歪み。不敵な笑みを浮かべながら、その空を握りしめた腕を流風に向け、手を翳し始める。

 「また、ハンドパワーですかい?」

 今度は自分に向けて手を翳し始めた彼らの事を流風は侮蔑した。
 その発言に黒装束の三人は「ニヤリ」と不気味な笑みを浮かべながら、翳していた手を握りしめた。
 その行動に違和感を覚えた流風は、その場から離れるようにサイドステップで左に逸れた瞬間!

 彼が先ほどまで立っていた場所が炎上していた。
 メラメラと勢いよく燃えたぎる火柱が何もなかったそこに存在し。
 そして、物の数秒で静かに鎮火する。
 その光景を目の当たりにして流風は目を見開き驚く。

 ——一体、何が起こった?

 ——なぜ、いきなり炎が発生した?

 「さぞ、驚きだろうな。だが、何も知らぬまま朽ちろ」

 驚く流風を嘲笑うかのように黒装束の三人はまた流風に手を翳した。
 その動作を見て、流風は急いでその場から離れようと、今度は右側に逸れようとしたその時!
 足元から熱気が立ち込め、一気に火柱が勢いよく上がる。
 流風は間一髪の所で避けて助かったものの、ブラウスの左袖が焼け焦げて肌が露出していた。

 ——さっきより発火スピードが上がった?

 ——いや、そんな事よりも……。

 と、流風はこの謎の発火能力について考えを巡らせた。
 すると、一つのキーワード。一つのキーアイテムの事が自ずと頭に浮かんだ。

 「……夢想薬、か」

 この発言に少し男たちは動揺したのか、後退りする。

 「その反応を見るからにビンゴみたいだね。ただ、解せないのは……なぜ、お兄さん方が夢想薬の原液を持っているのかって事なんだけど……」

 夢想薬には錠剤タイプと粉末タイプの二種類しかない。
 その事は世間一般的に知れ渡っている常識であった。
 そのため、流風はあの謎の液体は夢想薬の原液だと推測した。

 しかし「なぜ、そのような物を黒装束の三人が所持していたのだろうか?」と、流風は疑問に感じた。

 「夢想薬の原液なんて夢想薬を開発している政府の機関にしかないだろうに……」と、考えにふけって隙を見せる流風に向けて男たちは手を翳し始める。
 それに気が付いた流風は回避するため急いでその場から離脱しようと試みたが、少し反応が遅れてしまう。
 が、転げ。不格好な態勢ながらも黒装束たちの発火攻撃を上手く避ける事に成功する。

 「僕の馬鹿! 今は戦闘中だ。考えるのはあとあと……」

 頭を軽く小突いて、衣服に付いたほこりを軽く払う。
 絶好の機会を逃してしまい、悔しさの余り唇を噛みしめる黒装束の三人。
 そんな彼らに対して流風は少し違和感を覚えていた。

 先ほどの発火攻撃の際、さすがの流風も「ヤバい」と危機感を募らせていた。
 けど、結果は態勢を崩しながらも避けていた。

 「なぜ、避けられたのか」と、流風は不思議でしょうがなかった。
 二度目の発火攻撃の際は自前に相手の動作を見つつの回避行動だったにも関わらず、結果は間一髪だった。

 流風は「もしかして」とある事が頭に過る。

 「ねぇねぇ〜お兄さん方。まだ、その能力を完全には制御出来ていないのかにゃ?」

 猫のように手を丸め、相手を挑発するように顔の横で手招きの動作を取った。
 だが、図星だったのか男たちはバツが悪そうな表情をさらす。
 けれど、流風は「この能力は厄介なものだ」と、認識する。

 発火スピードがまばらなら避けるタイミングが取りづらい。
 まぐれとは言え、二度目の発火攻撃のようなタイミングで発動されたら脅威になりかねないと考えた。
 だけど、マガイ物の能力は所詮、マガイ物でしかないと言う事には変わらなかった。

 「——そういう能力ってさ、位置指定。つまり、座標指定してから発動する類のもの何だけど……。扱いに長けた人なら相手の回避ポイントすら予測して発動しちゃったり、発動するタイミングも思いのままなんだよね。だけどさぁ〜、お兄さん方の場合。発動するまでのラグが大きいし、手を翳さないと座標指定出来ない。能力発動も三人がかりでようやくって感じでしょ? ——まぁ〜それでも厄介な事には変わりないけどねぇ」
 「能弁を垂れおって……。我らにご教授とはずいぶんと余裕だな」
 「まぁ〜職業病と言いましょうか……癖みたいなものですよ。それと余裕なんてこれっぽっちもありませんよぉ〜」

 顔の前で手を振って否定するものの顔は緩みきって緊張感のない表情を浮かべていた。
 そんな流風の態度に彼らの口元は歪み。能力発動のため流風に手を翳し始める。
 彼らの行動に流風は「やれやれ」と大きく嘆息をして、右手に持つナイフを小柄の男の手に向けて投げつけた。


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