ダーク・ファンタジー小説

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魔法遣いのオキテ(ファンタジー)
日時: 2012/07/11 01:22
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/

・あらすじ

王立魔法科学院——通称「アカデミー」には二つの学科コースがあった。一つは「普通学科コース」。もう一つは「魔法遣使学科コース」。普通科を就学している生徒たちの学び舎はアカデミー。だが、魔法遣使学科——魔遣科を就学している生徒たちの学び舎は……え? 個人事務所?!

・当作品は不規則な構成(時系列)となっていますご了承下さい。
(例)夢見る愚者篇=未来(現在) 物憂う少年の贖罪篇=過去 etc.

・なお、当作品は小説家になろうさま、Arcadiaさまの方でも投稿させていただいていますご了承ください。(只今、諸事情により更新停止中。涼しくなった頃に再開予定)

※お気軽にご感想などをよろしくお願いしますm(。-_-。)m

・夢見る愚者篇(全三十話)
初期メンバーである牧瀬流風が三年になり、中途編入した雨宮彗月が二年になって……。そして、ようやく正式にメンバーに加わる新入生——椎葉姉妹が入所してから早数ヶ月経過したある日に起こった事件の内容です。

※なお、不規則な構成(時系列)となっておりますので、もしかすると……描写等で至らない部分があるかも知れません。ご了承ください。

 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の一 >>01
 序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の二 >>02
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の一 >>05
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の二 >>08 >>09
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 >>10 >>11
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の四 >>12
 第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 >>13 >>14
 独 白 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 >>15
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の一 >>16 >>17
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の二 >>18 >>19
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の三 >>22 >>23
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の四 >>24 >>25
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の五 >>26
 第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の六 >>27 >>28 >>29
 独 白 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の一 >>30
 独 白 〜椎葉鳴 十四時十九分〜 其の二 >>31
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の一 >>32 >>33
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の二 >>34 >>35
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の三 >>36
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の四 >>37
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の五 >>38 >>39
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 >>40 >>41
 第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 >>42 >>43
 独 白 〜雨宮彗月 八時一分〜 其の一 >>44
 独 白 〜久遠寺美鈴 十三時十一分〜 其の二 >>45
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の一 >>46
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の二 >>47
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の三 >>48 >>49
 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の四 >>50
 補 遺 〜久遠寺美玲 十三時十一分〜 >>51

・夢見る愚者篇〜After Story〜(全四話)
本篇〜夢見る愚者〜の後日譚です。

 幕 間 〜牧瀬流風 十八時十三分〜 其の一 >>52
 幕 間 〜椎葉鳴 十三時十九分〜 其の二 >>53

・物憂う少年の贖罪篇
アカデミー入学時代。初々しい頃の魔遣科一年、牧瀬流風の物語です。

(2)第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の二 ( No.19 )
日時: 2012/06/16 21:35
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/10/

 一通りの会話が終わった所でタイミングを見計らったように美鈴が先ほど頼んだ「デラパフェスペシャル」なるメニューを、店員が二人係で落とさないよう慎重にテーブルに持ってきた。

 【ドスン!】

 と、テーブルの中央に置かれた「デラパフェスペシャル」は威風堂々とした面持ちで彼女らの事を迎え撃たんと身構えている風にも見えた。
 それを目の前にして椎葉姉妹は顔を引きずり、美鈴に至っては恍惚な笑みを浮かべながら淑女の嗜みとして反射的に分泌された涎をおしぼりで拭き取る。

 衛星都市一番の高さを誇る電波塔を見立てて作られた「デラパフェスペシャル」は大きなグラス型の器に入った総量一・五キログラムはくだらない大きなパフェである。
 そんな「デラパフェスペシャル」の迫力に圧倒されながらも開口一番に椎葉姉が口を開いた。

 「——えっと……美鈴ちゃん。これをお一人でお食べになるおつもりですか?」

 片言な丁寧口調で美鈴にその旨を尋ねる。
 すると、椎葉姉の質問に美鈴は首を傾げてきょとんとした。

 「……え? 二人も食べるでしょ?」

 『はぁい〜?』

 予想外の発言に椎葉姉妹は唖然としてフリーズする。
 椎葉姉妹は別段、甘い物は苦手ではない。むしろ三食甘い物でも言いと豪語するほどの甘党なのだが……。

 「いや、だから。メイちゃん、ナルちゃんも食べるでしょ?」
 『久遠寺美鈴様。その発言はマジでしょうか? それともガチでしょうか?』
 「前者の発言は流れ的に何となく分かるけど。後者の発言は何となく馬鹿にされているような……?」
 『滅相もございません』

 目を細めて訴えかけてきた美鈴に対して、顔の前で手を振って否定する二人の表情は無表情を通り越して無そのものだった。

 「そう? なら、食べようよ」

 首を傾げながらも納得したのか、美鈴は何事もなかったように、再び二人に食べるように促し始める。
 そんな彼女に対して椎葉姉妹は「ああ、もう食べる事は決定事項なんだ……」ともう諦めムード一色になる。
 しかし、食べる事が決まったとは言え、一つだけ美鈴に対して苦言を呈する事にした。

 『——さすがにこの量はやばいだろ(でしょ)……』

 この量を食べ切れない事は無い二人なのだが、さすがに一食でこの量を食べるのは年頃の少女にとってどれほどのリスクを背負う事になるのかは計り知れない。

 ——要するに付くとこ付いていないのに、ぷくぷく太るのだけは避けたかった。

 自分たちの小柄な体型で。もし、太る事があろうなら「小ダルマ姉妹」と周りから揶揄されないと常日頃から懸念するようになり、少し摂取量を抑えている今日この頃である。

 「大丈夫だって、かの偉人も——甘物は別腹なり其れ故、恐るる無かれ——って言ってるよ」

 そんな彼女らの心配を他所に美鈴はどこかしらの偉人(?)の名言を口にして椎葉姉妹の心を揺さぶりかけた。

 「——昔の人は凄いんだな。こんな大物にも果敢に攻めたって事か……」

 美鈴の揺さぶりに屈した椎葉妹は偉人(?)の言葉に感銘を受け、腕を組んで頷く。
 そんな妹を余所に椎葉姉は、

 「——いやいや、そんなはずないでしょ。それにその迷言は美鈴ちゃん作だよ」

 と、冷静に返してから、飲みかけのグラスに手を伸ばしてストローに口を付けた。

 「……いや、これは私じゃなくてお姉ちゃん作……」

 自分の姉の言葉を借用して少し恥ずかしくなったのか、美鈴は照れ隠しに飲みかけのグラスに手を伸ばし、ストローに口を付けた。
 美鈴が口にした迷言が、久遠寺美玲の考えたものだと分かった椎葉姉は首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべた。

 「——美玲ちゃんって、甘い物ダメじゃなかったんですか?」
 「お姉ちゃんの場合は甘い物じゃなくてお酒だよ。飲めない相手に無理やり飲ますための口実でいつも使用してるみたい……」

 少し嘆息交じりにそう話した美鈴の表情はどこか気苦労が絶えないと言った風に見受けられ。どこか共感する部分があったのか、椎葉姉妹も深く頷いて小さく嘆息を吐いた……。

 「……ああ、所長さんならやりかねないな〜」
 「確かに……。美玲ちゃんならそれを口実に吐くまで飲ませそうです」

 『はぁ〜』

 タイミングを見計らったように三人は溜め息を吐く。
 と、目の前にどっしりと構える「デラパフェスペシャル」へ徐に手を伸ばし、各々好きな部分をスプーンで掬って口に運んだ。

 すると、三人は全身を震わせてうっとりと恍惚な笑みを浮かべ。
 それから目の色を変えて、先ほどの事を忘れたかのように三人はこの至福の一時を楽しんだ……。

Re: 魔法遣いのオキテ ( No.20 )
日時: 2012/06/17 13:00
名前: しし (ID: Mu5Txw/v)

おもしろい!

Re: 魔法遣いのオキテ(ファンタジー) ( No.21 )
日時: 2012/06/17 21:00
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)

「しし」さん、どうもありがとうございます。
そう、言ってくれるとありがたいです。

(1)第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の三 ( No.22 )
日時: 2012/06/17 21:08
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/11/

 「やべ……食い過ぎた……」
 「……体重計に乗るのが恐ろしいです……」

 お腹を押さえながらそうぼやいた椎葉姉妹は「デラパフェスペシャル」を食べる事を半ば強制的に美鈴によって決められたが、結局は美味しく頂き。
 至福の一時を楽しんだ所までは良かったものの、今頃になって少し後悔し始めていた。

 「——二人とも、大丈夫?」

 椎葉姉妹と同じような量を食べていたのにも関わらず「けろっ」と何事もなかったように平然とした美鈴が二人の事を心配する。
 そんな美鈴に対して椎葉姉妹は疑問を抱く。

 「なぜ、そこまで平然としていられるのだろうか? 少なくとも自分たちよりは多く食べていただろうに……」と、久遠寺美鈴は人の皮を被った化け物じゃないのかと疑った。

 ——彼女らの気持ちは分からないでも無かった。

 美鈴は「デラパフェスペシャル」を食べ終わった後に「口直し」と称して新たにチーズケーキを頼んで食べていたのだ。
 それなのにも関わらず「平然としており、なおかつスレンダーでスタイルが良い」との理由で椎葉姉妹は疑念の視線から嫉妬の視線へとシフトチェンジした。

 「……美鈴さんはせこいよなぁ〜」
 「うん、せこいです。特にこれと言った事をしていないのにそのスタイルを維持していますよね……」

 目を細めて何かを疑うような眼差しで美鈴の事を見つめてそうぼやいた二人に、美鈴は少し背筋がぞっとした。

 「えっと……急にどうしたの、かな?」

 少し顔を引きずりながらも「どうしてそのような事を言い出したのか」を尋ねる美鈴に椎葉姉妹は目を怪しく光らせながら、じりじりと近づいて行く。
 その動作を見て、瞬時に身の危険を察知した美鈴は唐突に人ごみの中へ駆け出し。
 それを見て二人は目の色を変えて「シャー」と、奇声を上げながら美鈴の後を追った。

 傍から見れば「無実な少女の事をくりそつ少女たちが奇声を上げながら追いかける」と言ったおかしな構図が出来上がっている。
 様子がおかしくなった椎葉姉妹に捕まらんと、必死に人ごみを掻きわけて走る美鈴は二人との距離が気になり後ろを振り向く。

 すると、椎葉姉妹の二人は小柄の体型をフルに活用した機敏な動きで、人ごみを難なくすり抜けてすぐそこまでやって来ていた。
 それを見て慌てた美鈴は急いで前方に視線を戻して走り出したその時!

 ——注意を怠っていたためか、誰かにぶつかってしまい尻餅をついてしまった。

 その間にも椎葉姉妹は美鈴との距離を縮めており。
 そして、尻餅をついて足止めを喰らっている標的に目掛けて「シャー」と奇声を上げながら飛び掛った。

 「——脂質を胸に変換するナノマシンがどこかにあるはずです!」
 「——ナノマシンはど〜こ〜だぁ〜」

 と、訳の分からない事を言いながら美鈴の身包みを剥がそうと、手当たり次第に衣服を引っ張るその光景はタチの悪い強盗にしか見えなかった。
 人々が行き交う道中で追い剥ぎに遭う少女の衣服は乱れて、肌が所々露出し。
 羞恥にさらされる中、果敢にも——とは程遠い少し引き気味な声音で、

 「——えっと、助けた方が良いの?」

 と、男性が投げかけた。
 椎葉姉妹にもみくちゃにされている美鈴はその声の主にすがるように、声が聞こえた方に視線を向けると。
 その男性は美鈴がさきほどぶつかってしまった人物らしく、立ち上がろうとしている所だった。

 ——しかし、美鈴は妙な違和感を覚えた。

 その男性の服装がどことなく見慣れた……。

 ——なぜか、懐かしくも感じるもので、足元から順を追って顔の方に視線を送ると。
 かったるそうに頭を掻きながら突っ立っている少年——雨宮彗月がそこにいた。

 彗月の顔を見るや否や美鈴は沸々と怒りが込み上げて来て。
 椎葉姉妹がまだ我を忘れて身体に纏わりついている事すら忘れ「椎葉姉妹」と言う名の重りを背負いながら、美鈴は身体を揺らして立ち上がった。

 「はぁ〜づぅ〜きぃ〜!」
 「……え? 何で逆ギレされてんの?」

 美鈴の威圧感ある気迫に彗月は後退りながら距離を置こうとする。
 が、美鈴は身体に纏わりついている椎葉姉妹を引きずりながら「地響きが起こっているんじゃないか」と、思わせるほどの大きな足音を立てて彗月に詰め寄った。

 「えっと……何があったか知らんが……美鈴さん? 一旦落ち着こうか。——ほ、ほら服がはだけてるぞ」

 「年頃の少女として公衆の面前でそのような格好は如何なものか」と彗月が指摘すると、逆にそれが気に障ったのか。さらに迫力を増し、彗月の両肩を両手で鷲掴む。
 彗月は必死にその手を解こうと試みるが思いのほか力が強くてなかなか外せそうになかった。
 そして、美鈴は怒りに任せて彗月の事を力の限りに揺らしまくる。

 「ちょっ! やめ! 落ち着けって!」

 両肩を掴まれ、激しく揺らされる彗月は徐々にではあったが顔色が悪くなって行く。

 「あっ……やべっ……」

 額から汗が滲み出て来て、顔面蒼白になった彗月は激しく揺らされながらも人としての何かを守るかのように口元に手を伸ばして必死に口を押え。
 美鈴にやられるがまま、身を委ねて込み上げてくるモノを堪える。
 しかし、その抵抗も何の意味もなさず。彗月は瞳から一筋の涙を流しながら力尽きて項垂れ。

 ——そして、堪えていたモノを全て解放した……。

 口から異物を撒き散らしながら力尽きている彗月を見て。
 ようやく我に返った女性陣は「ぎゃー」と悲鳴を上げてパニックになった。
 美鈴はさらに力の限り彗月を揺らし。
 椎葉姉は誰かに助けを求めるのか、どこかに電話を掛け始め。
 椎葉妹に限っては何を履き違えたのか、自らの口内に指を突っ込み彗月同様に吐こうとする。

 ——白昼堂々の大通り。

 人が大勢行き交う歩道のど真ん中で繰り広げられる悲惨な光景に、通り過ぎる人々は「関わらぬが吉」と考えたのか、近くを通らないように心掛けて迂回して行き。
 妙な空間が歩道の中央に出来上がっていた。
 すると、椎葉姉が冷静さを取り戻し。未だにパニック状態の二人を「どうにか落ち着かせよう」と立ち上がり。

 ——そして、結論付けた。

 彼女が背負う鞄からは大切なウサギのぬいぐるみがひょっこりと顔を出していたが、それを押し退けて。年頃の少女が持つには不釣り合いであろう「スタンガン」をそこから手に取り。我を忘れ、パニックになった二人にそれを容赦なく使用した。

 【ビリビリ!】

 と、電撃が走り。久遠寺美鈴と椎葉妹は「バタン!」と、その場に倒れ伏せた。
 その気絶した二人とプラス一人を引きずって、歩道のど真ん中に横並びに寝かせ。
 一仕事を終えたかのように「ふぅ〜」と椎葉姉は息を吐きながら額の汗を拭った……。

(2)第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の三 ( No.23 )
日時: 2012/06/17 21:11
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/11/

 ——数十分後。
 ようやく気が付いたのか。雨宮彗月、久遠寺美鈴、椎葉妹は目を開け、起き上がり様に呆けた表情を浮かべていた。

 「何で、自分たちは歩道のど真ん中で横になって寝ていたんだろうか」と……。

 どうやら先ほどまでの記憶が飛んでいるように見受けられた。

 「——あっ、気付きましたか?」

 ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら三角座りで三人の事を見守り続けていた椎葉姉が声を掛ける。
 彼らは立ち上がり、頭上に腕を掲げて伸びをし。衣服などに付いたホコリを叩く。

 「——で、何で居んのお前ら」

 開口一番に彗月がかったるそうに頭を掻きながら美鈴たちに疑問を投げかけた。

 「……こっちが聞きたいわよ」
 「……全くだ。アタシらもさっぱりだ」

 何が起こったか分からず少しご機嫌斜めな二人は語気を強めてそう返した。

 ——ただ一人。一体、何が起こったのか真相を知る椎葉姉は、不敵に微笑みながら立ち上がり口を開いた。

 「——あまり気にしない方が良いですよ。思い出せないのなら無理して思い出さなくても良いと思います。すぐ忘れてしまう記憶なんて大抵重要じゃない事です、し……」
 「ふむ……。付いてない方がそう言うなら、そうかも知れんが……。——何か、人として多くのモノを失っていたような気がしないでもないような……」

 腕を組んで椎葉姉の言葉に頷きつつも、どうにもすっきりしない感が否めなかった彗月はどうにか思い出そうと、今日あった事を思い浮かべるけれど……。

 ——何も思い出す事は無かった。

 「あっ! 思い出したわ!」

 すると、彗月に代わって何か思い出したのか「ポン」と、手を叩いて美鈴はそんな事を口走る。
 美鈴の発言に椎葉姉は少しバツが悪そうな表情を浮かべたが、美鈴が彗月のタイを掴んで手繰り寄せる行動を目の当たりにし、自分じゃなくホッとした。

 「——今日、学校……サボったよね? 二年C組出席番号一番、雨宮彗月くん」
 「はぁ〜。何の事やら……」
 「惚けたってム〜ダ! 私と貴方は同じク ラ ス な の!」

 手振りを用いて根掘り葉掘り言い付けるように彗月に訴えかける美鈴だが、当の本人は聞き耳を持たず眠たそうにあくびをする。
 そんな二人を見兼ねた椎葉姉妹は「やれやれ」と落胆した。

 「——お二人さん……。歩道のど真ん中で通行人の妨げになるからそろそろお開きにしなよ〜」
 「そうですよ。名残惜しいかも知れませんが、痴話喧嘩はやめてください」
 「そうだぞ〜、美鈴。くりそつ姉妹がこう言ってるんだ。そろそろこの手を放してくれませんかねぇ〜」

 椎葉姉妹の制止に乗っかるような形で反省の色を見せず、彗月は美鈴に手を放すように持ち掛ける。
その要請に美鈴は大きく嘆息を吐いて、

 「……分かったわ」

 と、渋々ながら手を離して身を引いた。
 その際、彗月は「ふぅ〜」と息を吐き、胸を撫で下ろしホッとする。
 しかし、真面目っ子久遠寺美鈴は納得できず彗月を鋭い目つきで睨みつけた。

 「さてと——仲直りが出来た所で、彗月ちゃんはどうしてここへ来たんですか?」

 不穏な空気が漂うこの状況を「どうにかしないと……」と、思い立った椎葉姉が開口一番に話を切り出した。

 「……付いてない方も流風と同じような事を聞くのな」

 流風と同じような質問をされて。うんざりなのか、嘆息交じりにそう答えた彗月の言葉に椎葉姉は少し驚いた表情を浮かべる。

 「え? 流風ちゃんと逢ったんですか?」
 「ああ。ここってアイツのホームグランドだろ? だから、いつも以上にイキイキしてたよ」
 「ああ、それでですか……」

 何か心当たりがあるのか、彗月の言葉に椎葉姉は感慨深く頷きながら納得する。
 そんな二人に首を傾げて、どうも納得できないのか椎葉妹が口を開いて、

 「いやいや。どこだろうと流風は流風だろ」

 と、顔の前で手を振って彗月の言葉を否定し、続けざまに話を進めた。

 「まぁ〜流風の事は置いといて……。彗月も噂の件で動いてんの?」
 「ああ、そうだが……如何せん土地勘がないせいかここがどこだか分からん。——正直、お前らと逢えてホッとしている」

 心の底からそう思っていたのか、息を吐いて少し安堵の表情を浮かべる彗月。
 それに対して女性陣は大きく嘆息を吐いた。
 そんな彼女らの反応に彗月は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。

 「まぁ〜彗月ちゃんはいつも通りとして……」
 「……おい、さり気なく俺の事を馬鹿にしただろ」
 「いや、だってよぉ〜。自業自得じゃね?」
 「そうね。彗月はこういう場所にあまり来ないから土地勘がなくて当然よね」

 女性陣に良いように言われて彗月は何も言い返す事が出来ずに黙りこむ。
 全て、的を射ており弁解する余地すらなかったからだ。

 「さてと……仕事だ、仕事。——サボってないでくりそつ姉妹も働けよ〜」

 ——反撃。

 とは行かず。誤魔化そうと守りに徹する彗月はキャラに似合わない爽やか笑顔で真面目セリフを口ずさみ、強引にも先ほどの流れをなかったように装った。
 しかし、そのような浅はかな作戦はここにいる女性陣には通じる事は無く、

 「うわ〜こうもあからさまに誤魔化す奴はそうそう居ないよな……」
 「そうですね……。彗月ちゃんはもう少し出来た人だと思っていたのですが……」
 「二人ともしょうがないよ。だって、彗月だもん」

 『はぁ〜』

 と、さらに状況を悪化させる結果となり彗月のお株は急降下を辿る一方だった。

 ——そうとも知らず、目的地を定めずに悠々と足を進める馬鹿は「上手く行った」と思い込んでおり、どこかご満悦であった……。


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