ダーク・ファンタジー小説

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【々・貴方の為の俺の呟き】
日時: 2023/12/07 18:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)

 
   【目次】
 
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。

エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ

【第一節 縹の狼】目次 >>2


【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】

 ◇◇◇◆◇◇◇

《注意》

○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
 物語構成に荒が多いです。

○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
 自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。

○死ネタが含まれます

 ◇◇◇◆◇◇◇

この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
 
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
 ──クソッタレたこの世界の
          素晴らしい産物だ──

 これは、満足する”最期”を目指す者のお話

 また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
 そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
 
 全て、”貴方の為だけの”お話

◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.37 )
日時: 2023/04/16 13:45
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: XOD8NPcM)


 10

 ◇◇◇

《ヨウ》

「別にヒラギセッチューカとは仲直りした訳じゃないって! 寒気するから辞めろ!」

 必須授業が終わったお昼時。そんな俺の懇願に近い叫びが、カフェオークを基調とした喫茶店に響く。
 向かいに座るルカは動揺すること無くコーヒーを飲んで、言った。

「でも、最近二人良く一緒に居るじゃん」

 それは一緒に居た方が情報を引き出す機会が多くて虐め易いからであって、断じて好意的な理由で行動を共にしてる訳じゃないんだよ!
 なんて言えないしな。自然と左手を額に当てて、俺は唸った。

「ヒラギセッチューカが着いて来るんだよ……」

 嘘は言ってない。実際、俺がヒラギセッチューカを探す前にはもう背後に立っている場合が多い。気に入られた──と言うより、監視されている。と言った所だろう。
 甘くない、とメニューで紹介されていた抹茶のマフィンを齧ってユウキが話に入る。

「今日はヒラギ、着いて来なかったのか?」
「流石に四六時中一緒に居る訳じゃ無いからな。ただ、前より行動を共にする時間が増えたってだけだから」
「ククッ。そうか」

 何故か嬉しそうにユウキは笑う。悪い目つきと鋭い八重歯から生まれた暖かな笑みが逆に不気味だ。
 何故ユウキはそんな嬉しそうなんだ、と怪訝に思いつつも俺は聞く必要も無いか、と自己解決する。
 
 ヒラギセッチューカと喧嘩してから数日が経った。今日は誘われて、ユウキとルカと丘の上の喫茶店でくつろいでいる。何の用かと思って来てみれば、ただヒラギセッチューカとの仲を気にされていただけだったが。 
 二人はヒラギセッチューカを厭に気にしてるが、あの性悪に考える時間を割く価値なんてあるのだろうか。同情されているのか。境遇は悲劇のヒロインだからな。
 それだけで他人に気を使って貰えるってのは羨ましい限りだよ。勿論皮肉だ。

 カランカラン

 心地よい鐘の音が唐突に鳴った。

「狐百合 癒輝、アブラナルカミ、玫瑰秋 桜。やっほ!」

 二メートル近い長身から放たれた言葉に、俺達は視線が引き寄せられた。黒髪に紅色の目に白皙の肌。特別な機会にしかお目にかかれないであろう、大物が扉の前に立っていた。

「学院、長……?!」

 余りの衝撃に、それだけしか言葉を絞り出せなかった。
 何故、学院長ともあろうお方がこんな小さな喫茶店に現れるんだ。俺達の名前を呼んだということは、何か用事があるのか? そう思うと、途端に背筋が凍った。

「心臓に悪いので『やっほ』なんてカジュアルな言葉で話しかけないでくださいっ!」

 青い顔で左胸を鷲掴みにしてルカが言った。

「めんごめんご」

 と学院長は笑いながら謝って「失礼」と俺の隣に座った。驚いて思わず

「へあっ……」

 と声が出てしまう。俺、最近情けない声出しすぎだ。自分を戒めつつ、頬をつねって赤面を解こうと頑張る。
 
「あ、俺がここに座っちゃ悪かった?」

 悪い悪くない以前に、雲の上のお方にカジュアルに接せられると誰でもこうなるだろう! 心臓に悪いっ!
 
「とんでもない」

 何とか無礼にならないであろう言葉を絞り出せて、ほっとする。

「アハハ。やっぱり近い距離で接して慌てる生徒って面白──じゃなくて、可愛らしいね」

 学院長、今面白いって言わなかったか? わざとやってるのかよ!
 学院長はヒラギセッチューカ並にタチが悪い性格してるらしい。というか仕草や顔立ち、使う剽軽な言葉もヒラギセッチューカと似ているような気がする。それは学院長に失礼か。

「今回はどのようなご用件でこちらに?」 
  
 机を隔てて向こうの席に座るユウキが聞いた。

「ああ、前に二人から相談受けたじゃん? ちょっと様子を見に来ようと思ってさ」

 二人──ユウキとルカのことか。学院長に相談するほど重大な事、と考えると深堀するのは危なそうだな。
 俺は疑問が湧き出る前にそう結論付けて、学院長の言葉を流した。
 
「良く私達の居場所が分かりましたね」
「学院長を舐めちゃダメだよアブラナルカミ君? やろうと思えば君達の居場所のみならず、何をして何を言ってるのかも分かるよ!」
「ひっ……」

 ルカが真面目に引いている。気持ちは分かるが、一応学院長が相手なのだから隠すとかしたらどうなんだ?
 学院長はルカの反応を楽しむ様に笑って「余程の事がないとしないって」と手をヒラヒラ振る。

「さて、様子を見に来たは良いものの肝心なヒラギセッチューカが居ないな……」

 話が俺の知らない“相談”とやらが話の中心になりそうだ。早くも疎外感を覚えながら、俺は澄ました顔をしてコーヒーを啜った。

「やろうと思えば私達の居場所なんて、すぐ分かるんじゃ?」
「ここぞとばかりにカウンター入れてくるね君は。あの狐面を被られたら、流石の俺も分からなくなっちゃうの。あ、アブラナルカミの居場所は分かるから安心してね!」
「聞いてません。今ちょっと悪寒が走りましたよ」
「やった!」
「何で喜んでんのこの人……」

 ルカが思いの外学院長に当たりが強く、コーヒーを吹き出しそうになる。学院長は気に止めてない様だが、見ててヒヤヒヤする。

「店員さーん! 居るー?」

 学院長が店員を呼んだ。そんな大きくないのに声が店内に響いて、このお方は“夜刀”何だなと改めて圧倒される。
 
 それにしても、学院長も市民の様に食事する事に驚きだ。俺が見てきた貴族達は市民の飯を犬の餌と形容する程に嫌っていたから、意外だ。
 俺が会ってきたのは一部の汚れた貴族だし、学院長──夜刀様は“貴族”という枠で考えるのなら特殊な立場だから、この行動は当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
 特殊な枠というのは、学院長専用に設けられた“夜刀伯”という爵位で──ここまで考えを膨らますのは蛇足だな。

「はいこんにちは夜刀様。御来店頂きありがとうございます」

 頭上から声? と疑問に思って顔を上げてみると、濃い緑のバンダナをした店員が立っていた。
 耳が良い俺が人の接近を察知できなかった何て。そんなに俺はぼーっとしていただろうか。
 ヒラギセッチューカと交戦してから、どうも自分の能力に自信を持てない。正当な評価ができるようになったとも言えるが──
 強くなるにはどうしたら良いんだろうか。
 
「俺並に美麗な店員さんに用事があるんだけどさ」
「如何致しました?」

 店員が小首をあざとく傾げる。あれ、この仕草、凄く見覚えが──

「失礼?」

 学院長が立ち上がった──と瞬きの刹那。ガタン、と何かが倒れる音がしたと思ったら、学院長が店員の顔面を掴んで床に押し倒していた。
 目で追えない所か瞬間移動にも見える動きに、「何してるんだ!」なんて言葉は易々と喉を通らなかった。逆にそれが喉につっかえてる感覚さえ覚えて、自分の吐く息が認識できない。

「いったっ、速、いっ……」
 
 と、学院長が伸ばす手の先から聞きなれた声が聞こえる。脳が思考を巡らすより早く、俺はその人物が分かる。
 いや、分かりたくなかったな。

「ヒラギ、セッチューカ……」

 学院長に顔面を抑えられたさっきの店員──の格好をしたヒラギセッチューカが、ジタバタと暴れていた。
 またなんで、喫茶店で店員やってるんだコイツは。

「ヒラギっ?! ちょ、えっ?!」

 ルカが一番慌てふためく。ユウキも驚いた顔して固まっている。
 驚きと言えば驚きだが、そんな慌てるほどか? 特にユウキなんて、驚いて固まるなんて柄じゃない気がするのだが──

「行雲流水 温厚篤実で目立たない地味子店員の正体はなんと! 羊頭狗肉なヒラギセッチューカ・ビャクダリリーでしたー!」

 パッと手を離して、ヒラギセッチューカに手をヒラヒラと向けて学院長は笑う。辛辣な内容で俺は兎も角、ヒラギセッチューカを気にかけている様なルカとユウキは笑え無いだろう。予想通り場は沈黙が落ちた。
 と、解せないという表情をしながらヒラギセッチューカが沈黙を溶かした。

「学院長。詰問の許可をください」
「却下」
「何故、わざわざ私の認識阻害を解いたんだ。しかも結構ガチな動きで。必要無くないですか?!」

 彼女の手元には認識阻害の狐面がある。店員の姿で認識阻害をかけて、常人のように振舞ってたんだろう。

「それぐらい出来るなら、今の状態で授業に出れば良いものの」

 つい、言葉をこぼしてしまった。でも仕方ないじゃないか。
 狐面を被るヒラギセッチューカは、基本俺以外に認識されてない。午前の共通授業に出席する時もだ。それを良い事にサボる事もあって、出席確認の時だけ教室に来る。
 
 授業終わりに人によって形が違うと言われる〈ゲート〉を通じて魔道具で出席確認をする。誰かに代わりを頼むことは不可能なんだが、単位の取り方がズルくて気に食わない。 

「ヒラギセッチューカは基本体内の魔素が安定してないから、あの狐面で常人の様に振る舞うにはちょっと頑張らなきゃ行けない。ただ、このお店は特殊でね。魔素が安定して使えるから彼女はああやって接客してるんだ」

 俺のぼやきが聞こえていたようで学院長が答えてくれる。
 まさか聞こえてたなんて、と、別に悪い事はやってないのに罰が悪くなる。というか、ヒラギセッチューカの狐面は魔素で認識度合いを調整出来るのか。店員姿の時は俺でも認識出来なかったから、ヒラギセッチューカは本気を出せば──
 いや、普段は本気なんて出せない様だし、考えるだけ無駄だろ。

「学院長、私の質問にも答えてくださいよ」
「そんなカッカしないで。俺似の綺麗な顔が台無しだからさ」

 なんて言って、学院長はヒラギセッチューカの額をピンッと叩く。いたっ、と言うも氷の様に冷たい表情のヒラギセッチューカ。学院長の事を良く思ってないことは明らかだ。

「心配されてるって事を盗み聞きするなんて良い事じゃないじゃん?」
「学院長の仰る通りだ。ちょっと趣味悪いぞ、ヒラギ」

 学院長とユウキ二人に責められて、ヒラギセッチューカは「だってぇ」と不貞腐れながら床にうつ伏せになる。
 行儀が悪いからすぐ立ち上がれば良いのに。学院長の前なのに、ヒラギセッチューカは本当に図太くて呆れてしまう。

「あの空気で私はどうしろと……!」
「いや、まあ、そうだが」

 ユウキが言葉を濁す。学院長はその場をケラケラと笑いながら、ルカを指さした。
 
「ルカがいたたまれない余りうつ伏せになってるから、取り敢えずヒラギセッチューカは謝ろうか」
「なんで私が謝る事になるんですか!」

 勢い良く起き上がったヒラギセッチューカ。

「私はバイトしてたら偶々友達の相談会に出くわしただけだっての! 寧ろあの場で正体を明かさなかっただけマシだと──」 

「なあ」

 ヒラギセッチューカの言葉を遮って会話に割り込んだ者が居た。
 会話に置いてきぼりで気まずくいた、俺だ。

「一体、何の話をしてるんだ?」

 学院長、ユウキ、ヒラギセッチューカ、ルカ、四人の視線が俺に集まる。誰も何も言わないまま時間が過ぎていって、俺もいたたまれなくなってきた。
 でも、だって。周りが盛り上がってたら自分も輪に入りたいと思うのは当然だろう。俺はちょっとしか悪くない。自分に言い訳して、ポーカーフェイスを保ったまま立ち尽くす。
 何となく気まずい空気。

「ぶふっ」

 それをぶち壊すのは、いつもヒラギセッチューカだ。

「ぶはははっ!! 当事者が一番何も知らないとか! ぶはははっ!!」

 いまいち笑い所が分からないし、馬鹿にされてる気がする。ヒラギセッチューカ曰く俺は当事者らしいが、全く身に覚えがない。

「ど、どういうことだよ」
「ヨウは知らなくていいんじゃない?」

 心做し、いつもより柔らかくルカが言った。
 消化不良だがユウキも学院長も説明する気は無いようだし、仕方なく飲み込むことにするか。

 夏間近の皐の月。陽の光を優雅に浴びる喫茶店内ではヒラギセッチューカの笑い声が響いていた。


         【完】

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.38 )
日時: 2023/12/08 12:50
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: FsSzscyg)

閑話:色欲に溶けて
 《背景、愚鈍な俺へ》




 1


「妖怪。約千四百年前の都市ラゐテラに、突如として現れた謎の──」

 梅雨に入って雨ばかり降っている。今日も例外ではなく、空は灰色に沈んで雨の音が絶え間なく鼓膜を叩いている。
 陰陽師コースの寝殿造にある教室。畳の教室にある文机に正座するヒラギセッチューカは、先生の説明をボーッとして聞いていた。

〈陰陽師コース〉
 学院都市だけに出現する謎の存在“妖怪”の探求と、退治を行う職業──に就く為の授業。といっても、“ランク”が高ければ生徒でも妖怪退治に参加は出来るようだ。
 ヒラギセッチューカは、その陰陽師コースに入っていた。妖怪の正体。それを突き止めるのは、ヒラギセッチューカにとって目的の一つとなっている。

「皆さん。配布された着物は装備出来ましたか?」

 陰陽師コースの生徒は皆、配布された和服を着て活動する。ヒラギセッチューカは白衣に真っ赤な緋袴を着ていて、一言で簡単に表すなら巫女装束だ。
 洋文化が濃い白銀ノ大陸で人生の大半を過ごした彼女にとって、巫女装束は新鮮だ。

(こんな布で“装備”だなんて、大袈裟だなぁ。冬とか寒そう)

 なんて思いながら、掌で擦って布の触り心地を楽しんでみる。
 
「この着物は魔素を通しません。妖怪の魔素逆流を防ぐ事が出来ます。その代わり魔素の吸収が悪くなるので、魔法が使い辛くなることを頭の片隅に置いていて下さい」

 思いの外巫女装束は便利だった。大袈裟とか言ってごめんね? 冗談交じりに、ヒラギセッチューカは着物に謝る。

 教壇に立つ先生は、結界の存在や、魔素逆流の危険性に学院都市の避難所などの説明を一通りする。実際に戦った彼女にとって、この授業から学ぶ事など特に無く、退屈であった。

「──今回は以上です。次は実践授業となるため訓練場に集合してください」

 やっと終わった! 他生徒が教室を出る中、ヒラギセッチューカは背伸びをして開放感を堪能する。
 さて、私も行かなければ。と、彼女は教室の障子を引いて縁側に出る。外に出ると雨音が強く聞こえて、空気が湿っぽく感じる。

「もっと真面目にやれと言ってるんだ! 分からないか?!」

 男の怒鳴り声が廊下に響いた。何事だと驚きつつも、声の発生源を探そうと辺りを見渡す。変わった点は特に無いし、周りの人々は気にせず移動している。
 空耳だった? それにしては声が大きすぎる。
 と、ヒラギセッチューカは声の方へ向かう。意外と近い所に人目につきにくい物置があった。

「真面目にやって……」
「なら今の現状はなんだ!」

 女の子のような高い声も聞こえて、声の源はここだな、とヒラギセッチューカは確信する。
 いじめだろうか。会話の内容からそうとしか考えられない状況に、ヒラギセッチューカは認識阻害を強めた。面白そうだからちょっと覗いていこう。不純な動機で、物置の戸を開く。

「ごめんなさい、でも──!」

 夜の海のような濃い青のボブからチョンと生える様にあるサイドテールと、前髪は鼻下まで伸ばしていて瞳がよく見えない。
 女の子の声の正体は、か細いながらも対抗する巫女装束を着たこの少女であろう。

「でもじゃないだろ!」

 陰陽師コースで配られた男の装束を纏った方が怒鳴った。そこまでしなくても良いのに。思いながらもヒラギセッチューカは二人に割って入らず、物置を適当に漁る。

 あ、あった。つい声を出した彼女の手元には〈空間認識阻害〉の魔道具があった。名の通りの効果がある高価な道具。妖怪の結界の研究にでも使ったのか。動作不良を起こして、ここら一帯が認識されにくくなっている。
 ヒラギセッチューカは狐面のお陰で認識出来たものの、他の生徒は男の怒鳴り声も認識出来なかったらしい。

 ヒラギセッチューカは先生に提出しようかとも考えたが、空間の認識を阻害する道具なんてどう提出しようものか。面倒臭い。そう、彼女は手のひらサイズの魔道具を床に落とし、グシャッと踏み潰した。
 空間認識が解ける。が、ヒラギセッチューカはそれがよく分からない。まあ大丈夫だろう。そう、再び二人の傍観に徹する。
 
「お前は落ちこぼれの癖に、夜刀様直々の推薦で入学できたんだ。期待に応える為の努力ぐらいしたらどうなんだ!」
 
 そんな怒鳴らなくても良いんじゃないか。とヒラギセッチューカは、男の顔を覗いて、目を見開いた。
 
 闇適性者に現れる黒髪に、炎適性者に現れる赤い目。それだけでも異質なのだが、ヒラギセッチューカが驚いたのはその色。
 闇適性の黒髪は、厳密に言えば黒紫色だ。しかし彼の髪は混じりっけの無い真っ黒で、夜刀 月季を彷彿とさせるものだった。
 それに、赤い瞳も炎適性者と思えない。こちらも夜刀 月季を彷彿とさせる──いや、

「私と、同じ目?」
「?!」

 唐突に現れた“誰か”に驚いた男は、出かかった言葉を引っ込めてヒラギセッチューカを見る。
 白い女。普通の人と変わらない。狐面の効果で、男はヒラギセッチューカをそう認識した。
 学院長はさも、ヒラギセッチューカは外では狐面を上手く調整出来ない様に言っていたが、別にそうでは無かった。喫茶店の外では、ヒラギセッチューカは上手く魔素を操れないのは事実である。ただ、彼女の技術でカバー出来ているだけ。

「お前っ、急に、どこからっ!」

 男は驚きと怒りをぶつける。ヒラギセッチューカは申し訳なさと後悔でたじろぐも、男への興味がそれを上回ってしまった。
 
「きゅっ、急に来て黙り込むなよ! これは俺達の問題だ。正義のヒーローのつもりか?」
「嫌、私は貴方に用がある。えーっと──」

 よく見たら雰囲気に見覚えがある。そうだ、同じクラスの、えっと。クラスメートを良く見ていないから分からない。
 この男の『目』を見逃していたのなら、大きなの失態を犯しているな。と、ヒラギセッチューカは後悔する。

「相手の名を知りたいなら、自分から名乗れ」

 ヒラギセッチューカがどう呼ぼうと迷っていた所で、男は言った。

「縹のヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」
大黒おおぐろ 蓮叶れんと。縹だ」

 “ヒラギセッチューカ”と聞いても『白の魔女』と繋がらない様子に、クラスメートは自分の名前を覚えて無いらしいとヒラギセッチューカは安堵する。と共にちょっと残念だ、なんて。それよりも。
 
「その黒髪と、紅色の目が気になってね。お邪魔してごめん?」

 ヒラギセッチューカは直球に聞いた。
 確かに自分の目と髪は特別だが、この状況にわざわざ割って入る程か? と、レントは怪訝に思う。

「それ、今じゃなきゃダメか?」
「今すぐ聞きたいかな」

 変な奴。レントは思うが、邪魔するつもりにも見えない。ただ好奇心のためにこの場で話しかけたとすれば、余程空気が読めないか、自分の特別な体質を重要に思っているかのどちらかであろう。
 どちらにしろ。レントはヒラギセッチューカがこの場から立ち去ってくれればなんでも良いからと、話を始めた。
 
「天使って、種族は分かるか」
「名前だけなら」
「夜刀様の血を濃く受け継ぐ種族のことだ」

 夜刀の血を濃く受け継ぐ。学院長に子供がいたのか。なんて冗談はさておき、ヒラギセッチューカは天使について大体を理解する。が、黙っておいた。

「そして俺は天使の中でも特に、夜刀様の要素を色濃く受け継いでいる。髪と目はその現れだな」

 自分の目と同じ、夜刀の力が濃い紅色の目。そうヒラギセッチューカは、何となく自分の紅い目を触った。 
 
「それだけ。教えてくれて、ありがとレント」
「本当に、それだけなのか?!」

 レントが驚きの声を上げる。本当にそれだけである。
 ヒラギセッチューカはもう少し二人の様子を見物していたかったのだが、姿を見せてしまった以上そうもいかない。

(せめて、青髪ちゃんを救う正義のヒーローが現れることを祈っておくよ)

 ヒラギセッチューカはそそくさと戸に手を掛ける。


    >>39

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.39 )
日時: 2023/07/16 12:51
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: VB7Q11rn)


  2



「まって、行かないで──!」

 青髪の女が助けを乞う。
 助けてやることも無い、ただ、それは面白くない。ヒラギセッチューカは、

「貴方を助ける理由が、私には無い」

 と青髪の女を突き放した。
 勿論、ヒラギセッチューカも人を可哀想と思う程の情は持ち合わせている。彼女は少々──いや、かなり享楽主義な面があるだけだ。快楽至上主義の一歩手前。楽しそう、という理由だけで人の願いを踏み潰す。
 
「こんな天使の恥さらしに構うことは無い。俺は、リリィの落ちこぼれ具合を矯正してただけだ」

 青髪の女は天使で、リリィと言うらしい。ほーん。とヒラギセッチューカはレントの表情、仕草と、リリィを見つめた。
 とても矯正には見えなかった。かと言って状況そのままの虐めとも思えず、ただヒラギセッチューカは笑う。

(怒鳴り声はキツイけど、リリィへの理不尽な暴言とも思えない。レントも悪い人って訳じゃない様だし──)

 気にかけている子ほど、過干渉になってしまう。というものだろうか。なんて、ヒラギセッチューカはその場の印象だけで予想してみる。

 実際の所、彼女の考えはほぼ正解であった。ヒラギセッチューカとは別教室。リリィが制服のまま授業に出てしまい、レントがそれを叱って居る所だった。
 リリィの言い分は、確かに自分は悪いことをしたがそこまで怒る程じゃない、というもの。レントも然程怒る気でも無かったが気になる幼馴染相手故、大声で怒鳴り始めてしまったのだ。そこにヒラギセッチューカがやってきて、今に至る。

 そこまでは予想出来ないにしても。リリィが正当でも過剰な叱りを受けている事と、レントのもどかしそうな気持ちを、面白そうな場面に敏感なヒラギセッチューカは読み取った。

「そうだね。場合によっては助けてやらない事も無いかも」
「何っ、私は何すれば良いっ!!」

 リリィは必死だった。自己肯定感が低く自分を追い込みやすい性格故に、自分を俯瞰ふかんして見る余裕が無い彼女にとって。レントにはいじめめを受けた記憶しか無いのだから。
 ただ、長年自分を執拗しつように虐めるレントから助けて欲しい。そんな身勝手な願いも込めて、リリィはヒラギセッチューカに助けを乞うた。

 最悪な噛み合い。でも、それが良い──

 小刻みに震える健康色のリリィの手に、ヒラギセッチューカは触れる。そこからはカンタン。青い天使の子の足を引っ掛けて、ヒラギセッチューカ自身の胸に倒れ込むよう仕向ける。勢いを利用し、タタッ、と後ろに踊るように下がって、リリィの手を取ったヒラギセッチューカ。
 
 白皙の肌にじんわりと、リリィの体温が伝わって。関係無くヒラギセッチューカの胸が踊って熱くなって。リリィが見る景色が一変して。
 鮮やかな曇天の灰色に堕ちた世界が、全てを呑み込む。リリィの胸を押し潰すその様は、呼吸を忘れるほどに美しかった。
 

「──私に、このお姫様を奪わせてよ。」
 

 は。レントの息から一音落ちて、ポトッと雨音と重なるように床に落ちて、溶けた。
 何言ってるんだ。言葉が出かかって、レントは止めた。狐面越しでも分かる程に、ヒラギセッチューカが不気味に笑っていたんだもの。
 自分の気持ち全てを見透かされている様だ。彼女の超越された表情仕草をヒシヒシと感じ取って、レントの全身を危機感が這いずり回った。

「リリィに、何、する、つもりだ」
「虐めの加害者が、何故リリィの味方ヅラしてるんだろうね?」

(違う。虐めてなんか居ない。俺は──!)
 でも、ヒラギセッチューカから見たら。いや誰からでも見たら、自分が今までやっていた事は虐め同然だ。でも、なら。
(落ちこぼれなのは変わらないリリィを、俺はどうしたら良いんだ──!)
 どうしようも言えない負の感情がレントを呑み込む。と同時に、肌を針に変えるような勢いの敵意があった。
 
 ヒラギセッチューカにリリィを渡したらいけない。
 その危機感は、夜刀の要素を色濃く受け継ぐ彼だから感じるものなのだろうか。それとも、好意の相手と上手く話せなかった事への、言い訳作りだろうか。
 どっちでも良い。
 自分達を愉快に見つめるヒラギセッチューカに、気弱なリリィを渡すと後、どうなるか分からない。

「〈壱・暗槍〉!!」

 沈着冷静を地とするレントにとってらしくもなく、魔法を詠唱した。
 黒紫の鋭利な水晶幾本が出現する。狭い物置を丁寧に縫って、全てヒラギセッチューカに向かった。

「〈弐・氷花〉」

 薄藍色の花弁らが黒紫と衝突。脆い魔素の塊である黒紫の水晶は、砕け散ってしまった。

「この、魔女がっ!」
「人聞きの悪い。蠱惑こわく的って言ってよ」

 と、ヒラギセッチューカはリリィを胸に押し付ける。むぎゅ。と脂肪に埋もれたリリィは、思わず声をあげる。
 と同時に、ヒラギセッチューカは狐面を少しだけズラした。真っ白な髪に真っ白な肌。真っ白な瞳がちょっと、見えるぐらい。

「魔、シロ、まじょっ……」

 レントが慌て絶句し、その後どうしたかなど言わずもがな。
 幼い頃からずっと言い聞かされた化け物の一部を目にしたレントは、彼女のつややかな髪一本程度で脳内を真っ白に染められた。
 今はどういう状況か、自分が何をしたかったか何て忘れて、ただ必死に声もあげずその場を走り去ってしまった。
 この世界における白髪は、異質と同時に畏怖されるものである。

「と分かってはいても、やっぱり、こう。くるものはあるね」

 何て独り言をヒラギセッチューカは零す。
 自分の顔が見えないよう胸に押し込んでいたリリィの手を離して、ヒラギセッチューカは言った。
 
「助けたよ」
「え? あっ、ありがとうございま、す。あの、私は何をしたら──」
「あーそういうのいーから。対価はもう、貰ったしね」

 リリィが持つ、レントへの好意という対価を──。元々そんな物は無かったかもしれないが、今回ので地の底に着いたどころか地中に埋まっちゃっただろう。なんて、意地悪を言わない私はなんと良い人なんだろう。
 ヒラギセッチューカはクスクスと笑う。

「でも、私の気が済まなくて」
「じゃあ、友達になろうか」
「いや、でも、私は落ちこぼれの天使で! それがお礼じゃ貴方が──」
「天使は全員落ちこぼれだよ」
「え、天使ですよ? 夜刀の、血を引いてる──」

 実際は血を引いているとは、少し違うが訂正する程でも無いからとヒラギセッチューカは口を閉じる。 

「なんで落ちこぼれなの?」

 無粋を承知でヒラギセッチューカは聞いた。
 リリィはドクンと胸が鼓動こどうする感覚を覚えて変な汗が出る。けど真っ直ぐな質問を誤魔化ごまかす事もできず、怖々と答えた。
 
「私、生まれつき放出できる魔素量が少なくて。それに勉強も運動もダメダメで、いつも同族に──」

 放出される魔素量が少ないと、魔法は低威力のものしか使えない。魔道具だって使えるものは限られるだろう。その上“夜刀”を濃く受け継ぐということは、天使は魔法に長けている種族ということ。
 リリィの肩幅が今までどれほどだったかなんて、ヒラギセッチューカは簡単に察せられた。
 
「そりゃぁ落ちこぼれだぁ」
「っ──」

 リリィは顔を俯かせて黙り込む。生まれつきと言っても皆より劣っているのだから。そこを突かれたら、誰だって何も言えなくなる。

「で、落ちこぼれだから、何?」

 そのヒラギセッチューカの言葉がリリィの心に、少しの火をつけた。

「何、って。勉強も運動も魔法も性格もダメダメで、私はそれで苦しんできた! それを、だから何。だなんて!」
「じゃあ、貴方はどんな努力何をしてきたの? 落ちこぼれから、脱却だっきゃくするための」

 リリィは言葉を詰まらせた。努力をしてない、という訳じゃない。お家のお使いは偶にしていたし、言われたら皿洗いも。あと、折り紙の練習も頑張って。えっと、他には何があっただろうか。
 思い出せば出すほど、自分が不利になる記憶しか出てこないリリィはくちびるを噛んだ。

「夜刀学院に入ったのは学院長直々の推薦すいせんだし、凄く沢山勉強してきた訳じゃない、けど。努力したくてしてこなかった訳じゃ、無くて──!」
「ぶはっ、思った以上だこれは」

 唐突に吹き出すヒラギセッチューカをリリィは不思議がった。自分が醜態しゅうたいを晒しただけのどこに、笑う要素があったのだろう、と。

「貴方はそれで良い。逆に、それでなきゃダメだ」
「どういう、こと?」

 ヒラギセッチューカはビクビクするリリィの手を両手で重ねて。初めてあってから今までのたった数分間に思いを馳せた。

「そう、必死で頑張っても努力すらできずにレントのような人に虐められて。それを“落ちこぼれだから”と、『自分はもう少しマシ』って思い上がりから来る感情で自分を責め立てる、どうしようもなく自分の欲に忠実で前を向かない。そんな貴方に私は惚れ込んだの」

 落ち込む初対面相手の長所を並べて励ます──なんて、このヒラギセッチューカがする筈なかった。短所どころか要所要所で貶し言葉を言い放ったヒラギセッチューカは、悪気なく笑っている。
 それもそう。“そんなリリィに惚れ込んだ”この言葉は彼女の本心なのだから。

「酷い、酷い……。私は、頑張って──」

 勿論リリィは良い気がしない。虐めっ子から助けてくれた白馬の王子様が、醜悪しゅうあくな魔女に一変する。けど、心のどこかで少し、安心もしていた。

(この人は、正直に言ってくれるんだ──)

 それに、
 
「ストップストップ。私は、そんな貴方が好きなんだよ? 確かにひどいこと言ったかもしれない。けど変えられない事実で。それらひっくるめて、私はリリィを好きだって言うの」

 と笑って言う。

 自分を否定する言葉の数々にだけ反応していたリリィは徐々に落ち着きを取り戻して、ヒラギセッチューカの顔をまじまじと見る。

 さっき会ったばかりで、言った通りのどうしようもない自分を好き、だなんて。ただリリィは恥ずかしさと驚きで、みるみる間に顔が赤くなった。
 でも、リリィは“何で”と言わなかった。その答えの先は良いものか悪いものかリリィには分からない。ただ彼女にとって、ダメな自分を好きになってくれる存在の方が大事だったからだ。

「本当、に?」
「うん。逆に今はこっちが驚いてるかな。もう少し、強い反論が来ると思ってたからさ」
「私、全教科全然分からないし魔法だって加護だって上手く発動出来ないし、性根だってさっき言った通りで──」
「それが、良いんだよ」

 だって、その方が扱い易い。レントの驚き慌てふためき、必死でリリィを取り返そうと自分に挑む姿が簡単に見れるんだから。
 ヒラギセッチューカの不純な動機など知る由もないリリィは、感極まった余りに袖で鼻水を拭う。そして、言った。

「私、リリィ・ディアス」
「私はヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。宜しく、私のユージン?」

 曇天から溶けた蝋は重く落ちて、真っ白い砂に溶け広がる。不気味で胸が重くなるような景色であっても、自分に都合が良い存在への想いは消せなかった。

       【完】

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.40 )
日時: 2023/12/13 19:33
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

第五項:《大黒 104-9》

 1




 ──ウワサの化け物の子じゃない?

 ちゃぶ台ぐらい広がったスカートのドレスに、沢山の色の宝石を身にまとう女性。そのかたわらにたたずむ黒服の、多分ボディーガードの人が、俺の方をみつめている。
 なんだか顔が引きつっていて、俺が前へ進むと、みんな後ろへ下がる。

 ──やだ汚らわしい。どっかやって頂戴ちょうだい

 黒服の男が大股でやってきた。と思うと、不意に強い衝撃しょうげきに世界が支配される。視界が一瞬いっしゅん真っ白になった。腹に革靴がめり込む。喉から胃液が込み上げる。
 足蹴りされた俺の体は、ぽーんと後ろへ飛んでいく。体と地面がりあって、軽く火にあぶられたみたいな痛み。

 それと共に、女性の安堵あんどの息が聞き取れてしまった。俺を本気で気持ち悪がっていた証拠しょうこを、この耳は探しだしてしまった。
 帰りましょ。そう呟いた彼女らは、玄関げんかんに向かって歩いていく。
 やってきたメイドの一人が泣きそうな声で謝罪しゃざいをするも、女性らは振り向きもしなかった。
 玄関の扉が閉まる。顔を上げたメイドのにらみの効いた瞳が、背筋に針金はりがねを突きしたみたいに痛かった。
 
 ──人前に出るなと。私はそういった筈よ?

 やってきた姉様の言葉は、氷以上に冷たかった。
 屋敷やしきにやってきた客には顔はだすな。そういわれている。理由を問えば、晟大せいだいの息子だから。バケモノだから、なんて言われる。俺、見た目は普通のヒトなのに。どこがバケモノなんだ。
 それに、俺から顔を出したんじゃない。お客さんとは廊下ろうかでバッタリ会ってしまったんだ。だから挨拶をしたら、蹴られた。何もやってないのに。
 その旨を伝えると姉様は顔にシワを寄せる。

 ──言い訳しないこと! お前は部屋から出てくるな! そこで死ぬ方法でも考えてなさいっ!

 パシン。頬に熱。その力があまりに強くて、勢いそのままに体は大理石だいりせきに叩きつけられる。鈍い音が体から鳴る。筋肉が絞られているみたいに痛い。
  
 玫瑰秋まいかいと当主とうしゅである親父は行方不明。姉様は代わりにウチの領地を管理するとともに、俺の面倒もみてくれている。仕方なく、みていると言い換えた方がいいか。
 進んで面倒をみてくれているなら、俺を叩いたりしない。
 屋根裏部屋に置いといたりしない。
 カビの生えたパンを出したりしない。

 ──死ね。

 温度のない瞳で、そんなこと言ったり、しない。
 たった二文字が心臓に焼印やきいんをつける。
 この場にいる俺、欲求をもつ俺、生きているだけの俺、全ての俺を否定するたったそれだけの言葉。俺の何一つも肯定する気がないという、意思表示いしひょうじだ。

 横になる俺に、姉様がりを入れる。る。る。き上がる感情そのままに、る。熱した鉄がへそから内蔵を食い破るみたいな、無情な痛みが連続して止まない。
 やめて。痛いからやめて。何も悪いことしてない。やめて。
 喉が焼ききれそうなぐらい叫ぶ。りは止まない。むしろ勢いはす一方だ。
 姉様の、俺を尊重そんちょうするつもりは微塵みじんもないという意思が嫌でも分かってしまう。痛みとともにやってくる絶望。
 全て肯定されないなんて、変えられない現実が俺を嘲笑あざわらう。
 喉を酷使こくししても叶わない願いしかない、地獄が俺をおそう。

 なんでこんなことするの。
 俺はなにも、悪いことしてないじゃないか。
 バケモノだって、いうけど、見た目は普通の、ヒトじゃないか。

 なんでみんな、ひどいことするの。なんで他の子には優しいのに、俺にはったりするの。
 俺に味方はいないの。俺を肯定こうていしてくれる人はいないの。
 誰か、助けて。誰でもいい。俺に笑いかけて。俺の頭を撫でて。俺は、ここにいていいって。それだけ、その一言だけ、頂戴。
 誰か、俺の味方をちょうだい──。


 
 ◇



 ジリリ。細かい音が脳を叩く。カーテンの隙間すきまから入り込む朝日がうっすら見える。
 ちょっとジメジメした空気と薄暗うすぐらい部屋。頭上で鳴り響く目覚ましの音が、部屋の静けさを強調する。
 午前六時。
 二本の針があらわす意味を理解して、音を止める。やってくる本物の静寂せいじゃく。目覚まし音で聞こえなかった鳥のさえずりが早朝をかざる。

「──くっそっ」

 悪態をつく。何に対してかは分からない。けど、どうしても何かをののしりたい気分だった。
 重い体を持ち上げる。とともに枕を壁に投げる。ぼふと、とても攻撃的とは思えない音を吐き出し、枕は落ちる。 

 またこの夢だ。触れたくない傷口を抉りだす夢。
 今、俺は〔夜刀学院やつのがくいん〕のりょうで暮らしている。親父にだって近づいている。今更昔のことを思い出す必要はないのに。

 手元の目覚まし時計をなげる。ガシャン。向こうの壁にぶつかった。
 金属きんぞくれ合い、中から何か爆発したような音がする。パラパラと、細かいネジが落ちる。さっきまで六と零を指していた針は、今はなんの数字も指していない。
 
 ざまあみろ。何に対してだろうか。そう思った。
 しばらくして頭が冷えてくると、時計をこわしてしまったことに気づく。どうしよう。なんて後悔が今更いまさらおそってきてさらに苛立ちが積もる。
 今日の放課後、時計屋に行けばいい。そう俺は制服を着て玄関を出る。
 中身が飛び散った時計は、床に散乱したままだった。


 ◇
  
 
 〔さつきの月〕も終わりにさしかかり、梅雨が近くなってきた。
 歩くたびにコツコツと音が鳴る。深い茶色に囲まれた和風建築の木造校舎。さっきまで武術の授業をしていたこともあり、廊下は熱気で満ちている。
 鼻奥にツンと来る刺激臭しげきしゅう。みんなちょっと汗臭い。
 そういう俺も臭い。
 運動用の着物は、元々の青色が汗でもっと濃い青色になっている。

 ここは〔夜刀やつのコース校舎〕と呼ばれる、〔夜刀やつのコース〕の活動に使われる校舎。生徒の間では“ヤコウシャ”なんて呼ばれてる。ヤツノとコウシャを織り交ぜた結果らしい。
 ちょっと爽やかな匂いがする木の板が、壁に重なっている。和風木造建築だ。洋風文化の〔王都ネニュファール〕出身の者としては、おもむきのある雰囲気が新鮮で気に入っている。

「おっしゃ、授業も終わったし帰るべ」

「帰りに飴屋行かんかー?」

 既に着替え終わったらしい男性達が横を通り過ぎる。っしゃぁ、と笑いながら肩を組み、下らない話をして笑っている。
 遠い世界だ。俺を横切る人々と俺の間に、なにか区切りがあるように思えてしまう。
 寂しくはない。悲しくもない。一人でいることには慣れている。

 それに俺だって仲が良い奴ぐらいいる。そう、俺をったりなぐったりしない、ユウキとルカが。
 さっきの人を羨ましいなんて思うもんか。
 ふと、ユウキとルカから向けられる視線を思い出す。口元は笑っているのに、邪魔だと言わんばかりの冷たい目。いや、きっと気のせいだ。学院に来る前の生活と同じにしてしまっているだけだ。
 そう、自己完結する。無理がある隠し方だと自覚しても、それ以上何も気がつかないように思考を止める。

 というか、復讐ふくしゅうに仲がいいヤツなんていらないじゃないか。何考えているんだ俺は。羨ましくないのに、なんでここまで思考を発展させているんだ。俺、変なの。

「──あの」

 ふと、声をかけられた気がする。
 一瞬いっしゅん立ち止まって、俺じゃない人に声をかけたつもりならどうしようなんて思考がよぎって、それでも振り向いた。

 なんの用。そう言いたかったのに、声の主を視界に入れた瞬間しゅんかん言葉を失った。
 俺の真後ろに、その少年は立っていた。身長は俺より少し高いぐらい。俺の真後ろに立っていることから、声をかけたのは俺で間違いないはずだ。
 
 問題はその容姿。
 肌を強く打ってできる薄紫のあざの色が、少年の全身の肌を包んでいる。
 双眼そうがんと短髪は黒色をしているが、虹彩が真っ黒になる〔魔法系統〕なんてない。俺のような〔闇系統適正者〕だって、黒に近い色をしてはいるが本当は黒紫色だ。
 さらに両目をおおまく結膜けつまくは穴が空いているんじゃないかってぐらい真っ黒だ。本来そこは、白色のはずだろ?

 こんな容姿の種族は見たこともない。肌色も結膜けつまくも髪も目も、本来の色から遠くかけ離れていた。
 背筋をなでられるような恐怖。しかしここは〔夜刀学院やつのがくいん〕だ。見たこともない種族がいてもおかしくはない。それに〔はなだ〕のマントと制服を纏っていることから、きっと俺と同級生だ。悪いやつではあるまい。そう、自分を必死に落ち着かせる。

「なんの用」

 しばらくの沈黙の後、俺はようやく声を出せた。
 目の前の少年は、えっと。なんておどおどしながら、俺になにか差し出してきた。
 薄い青色に白色の花の刺繍ししゅうが入っている、見覚えがあるハンカチだ。

「これ、落としてたから。君の、だよね?」

「──え?」

 要するに、なんだ。コイツは俺のハンカチを届けにきてくれたって、そういうことか?
 わざわざ俺に声をかけて? 俺を気遣って?

 ぶわ、と鼻奥に熱が広がる。恐怖も不安も警戒けいかい心も、溢れ出てくる温かさに包まれてしまう。
 ハンカチを拾ってもらった。
 たったそれだけの事実が、よくある事象が、それでも初めて体験する出来事が、頭の奥深おくふかくくに染み込んで感情を湧き上がらせる。
 のどから登ってくるこの感情は言語化できないぐらい大きくて、沢山で、けど負の感情が混ざっていないことだけは分かって。
 爆発ばくはつ的に体を支配する感情を、どう受け止めたらいいか分からなくて。

「──え、あ、泣いてる?!」

 少年が驚いている。その顔がやけににじんでいた。いや、顔だけじゃなくて見える景色全てがにじんでいた。まるで水ごしに景色を見ているような。
 ふと、目に手をやると、ボトボトと透明なしずくが床に落ちた。

「──ぁ」

 そこからはあっという間だった。濁流だくりゅうのように涙が流れてきて自分でも止められない。
 声を出したかは覚えていない。ただあふれ出る感情の受け止め方が分からなくて、必死にもがいていたような気がする。
 その間少年は、あわてふためきながら俺の背中をさすってくれた。
  
  
  2.>>41
 

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.41 )
日時: 2023/12/13 19:34
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: /YovaB8W)

 
 2



 ズズズ。鼻息を思いっきりして中身をだす。拾ってもらったハンカチを使ってそれを拭き取った。
 真っ白なハンカチが薄く黄色くなった。ちょっと気持ち悪い。洗濯せんたくしたら綺麗きれいになるだろ。
 そう、俺は見て見ぬふりをしてハンカチをたたみ、ポケットに入れた。
 むらさき肌の少年の方をみると、なんだか顔を顰めている。何かあっだろうか。まあいいか。

「ごめん、助かった」

「あ、う、うん。怪我はなさそうで何よりだよ」

 そう、少年はさわやかに笑った。
 廊下ろうか呆然ぼうぜんとしてしまった俺は、少年につれられてちかくの公園こうえんまでやってきた。
 ベンチにすわり、それでも感情をおさえきれなかった俺を、少年は今の今までなぐめてくれていた。
 見ず知らずの俺にここまでしてくれるなんて、と思い出したらまた泣きそうだからやめよう。

 はなの中に溜まっていたものが無くなって息を吸う。
 さわやか、とはほど遠いしめっぽい空気がのど奥に向かって、もっとジメジメした空気を口からだす。

「悪いな。付き合わせちゃって」

「全然! そんなことないよ。むしろ、役に立てたなら嬉しいよ!」

 そう、少年は満面まんめんの笑みを浮かべた。
 初めは二重の意味で異色いしょく容姿ようしおそろしく思ったが、意外と悪くなく思えてきた。
 そういえば、少年はなぜ俺に話しかけられたのだろうか。
 俺が玫瑰秋まいかいと ようであることを知らない? いや、俺の噂(‪うわさ)が広がっているのは一部の貴族きぞくの間だけだ。この少年は貴族きぞくうわさが届かない、もっと世俗せぞく的な人間なのかもしれない。
 少年は、あ、そうだ。と思い出したようにこぼす。なんだろうと思っているとこちらに顔を向け、胸に手を当てる。

「自己紹介がまだだったね」

 そういえばそうだ。俺も少年もおたがいの名前を知らないままだ。
 僕の名前は。続けて少年は言った。

「《大黒 104-9》。〔はなだ〕の二十五クラスだよ。キュウって呼んで」

 104-9。そして、大黒。心臓がドクンとはねた。
 俺は、この名前を知っている。厳密げんみつに言うと、この名前の形を知っている。
 “大黒”という苗字は〔夜刀やつの教〕に保護ほごされた、苗字みょうじをもたない者に付けられる。
 夜刀様が学院長を務めるこの学院では良く見かけて、〔司教同好会しきょうどうこうかい〕のヒナツ先輩もそうだ。
 
 そして“104-9”──名前に番号を持つ者は、殆どが奴隷どれい
 近年、奴隷制度どれいせいど人権じんけんがどうのこうの倫理りんり道徳どうとくがうんたらかんたらで、奴隷どれい自体が減少傾向げんしょうけいこうにある。が、ゼロになった訳じゃない。
 特に〔王都おうとネニュファール〕はそこら辺が緩いし、そーゆー事する大人は確実な証拠しょうこをかくすのが上手い。
 奴隷どれいでなかったら改名できるだろうし、この少年は現役げんえき奴隷どれいだろう。主の意向で学院に通えているのか、はたまた学院に入学できるほどの実力者か。
 どっちみち〔王都おうとネニュファール〕出身の者だろうと見当がつく。
 ちょっとめんどうくさいヤツだな。あつかいに困る。それでも、ハンカチを拾ってくれた親切な少年だ。
 なるべく傷つけたくないし、見放されたくもない。
 
「よろしく。俺は玫瑰秋まいかいと よう、一クラスだ。よろしく、キュウ」

 手を差し伸べると、むらさきのはだが握り返してくる。
 氷水につけた布みたいに、キュウの手がぺったりはりついてきた。冷たくてちょっとびっくり。見た目だけじゃなく、体の性質せいしつも変わっているのだろうか。

「え、キュウ?」

 ふと声がした。高いナチュラルボイス。聞き覚えのあるその声に、反射的はんしゃてきに振り向いた。
 長い金髪きんぱつを高いところでふたつに結ぶ褐色肌かっしょくはだの少女。とがった耳が特徴的なエルフ、ルカだ。

「あ、ルカちゃん!」

 キュウがルカに手をふる。どうやら二人は知り合いだったらしい。
 ルカはトコトコと早足で、それでも遅いほうだが駆けてくる。

「めずしい組み合わせ……。てかうわっ、ヨウ目はれてるじゃん」

 ルカがあからさまに苦い顔をした。そんなに俺の顔はひどいのだろうか。はたまた、はれ具合から何があったかをさっして引いているのか。
 どっちも嫌だが、どっちもありえる。

「うるせぇよ」
 
 泣いていたと思われるのはプライドが許さなかった。心の底からの嫌悪けんおを吐き出して、自分の弱い部分をかくす。
 ルカはしばらくだまりこみ、人をさせるんじゃないかってぐらいするどい目でみつめてきた。心臓に冷気が吹きかけられる。

「というか、今日の放課後は喫茶店きっさてん集合だったじゃん。何こんなところで油売ってんの?」

「そういうルカこそ。ずいぶんとおそい帰りじゃないか」

 冷える空気。ピリピリと静電気が走るみたいな雰囲気。俺とルカはしばらくにらみ合って、険悪なムードが続く。

「ご、ごめんっ。ヨウ君は僕が引き止めたんだ!」

 と、キュウが暗い雰囲気ふんいきをうちやぶった。
 あっそ。ルカはふいっと俺から目をはなす。ざまあみやがれ。
 キュウに引き止められたわけじゃないし、むしろ俺が引き止めた側だがいう必要はないだろう。

「というか、事情はわかったから早く行きましょ」

 そうルカは話題を変える。俺からしたら話題を逸らしたみたいにみえて、優越感ゆうえつかんが胸に広がってたまらない。
 
 今日はユウキ、ルカ、あとあの白髪と喫茶店で話し合うことになっている。議題ぎだいは〔強制遠足〕の班員についてだ。
 近々行われる学年行事、〔強制遠足〕。
 五人以上、七人以下で一つの班として認定され、自由に班を組むように先生に言われている。
 そこで俺、ルカ、ユウキ、ヒラギセッチューカは同じクラス、そしてちょっぴりはぐれ者ということもあり自然と集まった。が、俺たちは四人。最低でも一人足りない。
 そこでルカは、勧誘かんゆう先に一人、心当たりがあると言った。
 今日は、その人との顔合わせもかねての喫茶店きっさてん集合となっている。

 朝こわした時計のかわりも買わなきゃ行けないし、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ろう。
 そうベンチから立ち上がると、キュウも立ち上がる。
 たまたま動きがシンクロして面白いなー、なんて思っていたら俺もキュウもおなじ方へ歩く。
 歩幅ほはばも歩数も手をふる向きも見事に同じ。俺たちが向かうのはルカの背中だ。
 ちょっとビックリしてキュウの顔をみる。ちょうどキュウも立ち止まり、俺をみていた。
 なんだか予感がして、俺はルカに問いかける。

「なぁ、ルカ」

「何」

 不機嫌ふきげんそうにルカは振り向く。もうちょっと愛想あいそがあってもいいじゃないか。

「俺たちの班に入るのって、もしかしてキュウ?」

 となりのキュウを指さしてみる。ルカは特に表情筋ひょうじょうきんをくずすことなく、難なく答えた。

「そうだけど?」 


 3.>>42


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