ダーク・ファンタジー小説

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【々・貴方の為の俺の呟き】
日時: 2023/12/07 18:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)

 
   【目次】
 
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。

エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ

【第一節 縹の狼】目次 >>2


【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】

 ◇◇◇◆◇◇◇

《注意》

○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
 物語構成に荒が多いです。

○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
 自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。

○死ネタが含まれます

 ◇◇◇◆◇◇◇

この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
 
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
 ──クソッタレたこの世界の
          素晴らしい産物だ──

 これは、満足する”最期”を目指す者のお話

 また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
 そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
 
 全て、”貴方の為だけの”お話

◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.17 )
日時: 2023/03/26 19:00
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 3

 ヒラギセッチューカは瞬時に踵を返して先程よりも勢いよく地を蹴り、走り出した。
 それに反応した“黒い物体”は、全ての足で、ヒラギセッチューカの鼓動と同じテンポで地を蹴る。
 
 二階建ての民家と同じぐらいの高さにある、巨大な胴体を太い五本以上の足が支える。
 それらは絡まることなく動き、ヒラギセッチューカの元へ胴体を運んでいた。

「ハッ、ハッ、くっ……」

 ヒラギセッチューカは顔を顰め、吐く息を噛み砕く。
 土踏まずのツリ、関節がズレているのでは無いかと錯覚する違和感、太ももの痛み。
 それらに襲われながらも、陸上選手顔負けの美しいフォームで彼女は走る。
 しかし体の動かし方が上手くとも、痛みと元の力の無さはカバー出来なかった。

「はっや……」

 ヒラギセッチューカは息を切らしながら、ズレている狐面を片手で直す。
 一向に消えない複数の足音への焦燥感に耐えきれず、後ろを一瞥した。
 彼女は知ってしまう。”黒い物体”がすぐそこまで迫ってきていることに。

「追いっ……つかれる……」

 心の底から危険だと判断したヒラギセッチューカは両手を強く握り締め、胸に手を当てる。

 魔法が発動する。
 ヒラギセッチューカが地面を蹴った。

 彼女は先程よりも走るスピードを上げ、“黒い物体”からジリジリと距離を離し始めた。
 重心が前方向に引っ張らる。自身でも止められない速さと感じる。
 
 ヒラギセッチューカは逆行する風に当てられながら、先程よりも安定したリズムで呼吸を行った。
 苦しい事には変わらないが“黒い物体”から距離を取ることが出来たと確信した。
 しかし、とある違和感に気付く。

「はぁ、はぁ。あれ? ここさっきも通らなかった?」

 そう呟きながらヒラギセッチューカは道の角を曲がった。
 
 陶器や木彫りが置いてある土産屋の数々。偶に子供向けの絵本や、玩具が置いてある店。

 延々と続いていく気がする煉瓦の道。
 ヒラギセッチューカは嫌な予感がしながらも、もう一度前の角を曲がった。

「うっそぉ……」

 陶器や木彫りが置いてある土産屋の数々。偶に子供向けの絵本や、玩具が置いてある店。
 
 先程と全く同じ街並みが彼女の周りを取り囲んでいた。
 ヒラギセッチューカは絶望しながらも、必死に打開策を練るため頭を働かせる。
 がしかし、同じ景色が続く原因どころか、”黒い物体”の正体も分からない。
 策を練ろうにも情報が少なすぎるのだ。
 かと言って、無策のまま走り続けたら確実に”黒い物体”に追いつかれる。

 (どうしろっての、この状況……!)

 ヒラギセッチューカは奥歯を噛み締め、強く思った。
 腕を勢いに任せ振り、大きく足を前に踏み出し続ける。
 もう、無駄なことなど考えずに戦った方が良いんじゃないか。
 そう思ってヒラギセッチューカは首を捻り、”黒い物体”の様子を見た。
 自身に伸びる黒い腕が視界に入る。
 
 豪速球のように不気味な手のひらが、ヒラギセッチューカの足元目掛けて飛んでくる。

「伸びんの?! どういう体してんだっ!」

 ヒラギセッチューカは怒りと恐怖が混ざった絶叫を上げ、前方に視線を移した。
 そこには、もう何回通ったか忘れてしまった曲がり角があった。

 足元に伸びてくる手を躱すことぐらい今のヒラギセッチューカにならできる。しかしタイミングが悪かった。
 アスリートでもない彼女は、角を曲がるタイミング丁度に起こる妨害を躱す事は出来ない。

 それでも曲がり角は迫ってくる。

 (怪我はしたく無いんだよなぁ)

 ヒラギセッチューカはそんな自身の我儘を胸の奥にしまい、歯を食いしばる。
 角の所に前足を勢いよく出した。
 
 ズザッと、煉瓦と靴裏が擦れる大きな音がする。 
 彼女はこの後起こりうるであろう事を想像し、一つ大きな息を吐いた。
 
 出した前足を重心に体の方向を変える。
 あとは前に踏み出すだけだ。
 ヒラギセッチューカは重心だった足に精一杯力を入れて駆け出した。
 と同時に、妖怪の腕が角を曲がり切れず壁にぶつかる。
 バシャッと、水風船が割れたような音がした。
 しかし、それを気にする余裕はヒラギセッチューカになかった。

「うあぁっ!」

 ヒラギセッチューカは清々しいほどに勢いよく、前方へ転んだ。

 重心として使った足には全体重を乗せるため、勢いが最高潮に達する。
 それをスピードに上乗せ出来れば良いのだがそうはいかない。
 その勢いよりも早く、もう片方の足を前に出さないと転けてしまうのだ。

 そんなこと出来るわけないと確信していたヒラギセッチューカは素直に転ぶ。

「いっつ……」

 地面は接待が下手で全身に痛みが走る。腕や頬にジャリっと食い込む小さな砂の感覚。
 ヒラギセッチューカはそれを味わいながら立ち上がった。
 
 この場で転けたら”黒い物体”に確実に追いつかれる。
 そんなこと彼女も分かっていた。
 立ち上がるのは無駄に近い行為だ。
 それでも、上半身を起こして駆けだそうとする。

 と、ヒラギセッチューカの真隣から謎の手が伸びてきた。
 その先は影で奥が見えない裏路地。
 彼女はすぐさま別の手の存在に気付き、乾いた笑いを出た。

「あー。死んだわコレ」

 4.>>18

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.18 )
日時: 2023/03/26 19:00
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 4

 ヒラギセッチューカは腕を何者かにガシッと掴まれ、真っ黒い大口を開ける路地裏に引っ張られる。
 彼女は抵抗することを諦め、流されるまま暗闇に飲み込まれた。

「いたっ」

 おもむろに引っ張られ、ヒラギセッチューカはまたもや転んでしまった。

 火に炙られている様なヒリヒリとした痛みと、疲労で動かない筋肉。今すぐ痛みを消し去りたいが、今の自分には出来ないと分かっていた。
 ヒラギセッチューカはこの後襲うかもしれない苦痛を想像し、諦めた様に仰向けになる。

 太鼓のような音が高速で鼓膜を叩き、徐々に大きくなっていく。
 それが“謎の物体”の足音なのか、自身の鼓動の音なのかは判別がつかなかった。
 音量が最高潮に達した時、ヒラギセッチューカは無意識に息を大きく吸って、止めた。

(花見がしたいな)

 恐怖と緊張で頭は真っ白。
 唯一ヒラギセッチューカの頭に浮かんだ言葉は、そんなどうでも良い事だった。
 
 地面からの振動を感じながら息を止め続ける。
 指、腕、太ももから湧き出る熱湯が落ち、それが鮮明に感じるようになる。
 左胸にある異物が、何回も内側の肉を押し出す。
 
 “謎の物体”の足音が徐々に小さくなってく──

「あ、れ?」

 その事に気付いたヒラギセッチューカは、安堵と戸惑いの声を吐き、呼吸を再開した。

 体から熱気が漏れ、走ったことで不足していた酸素を必死で取り込む。
 思考を回せるほどの余裕が無い彼女は、ただ呆然とすることしか出来なかった。

「大丈夫か?」

 溢れ出る恐怖を包み込み、それを全て安堵に塗り替えてしまうような低く優しい声。
 ヒラギセッチューカはそれに聞き覚えがあり、酸素を取り込む事を無理やり辞めて、名前を発する。

狐百合きつねゆり 癒輝ゆうき……」

 ヒラギセッチューカを路地裏に連れ込み、助けた人物。
 それは、光の反射なのか元々の色なのか判断が難しい白がかった赤い髪と、それと同じ色の瞳を持つ長身の男性。
 入学式、ヒラギセッチューカとブレッシブの喧嘩の間に割って入った、ユウキだった。

 また助けられたな、とヒラギセッチューカは意味もなく息を吐く。

「あ、あぁ。俺はユウキ。君は?」

 ヒラギセッチューカは認識阻害魔法がかけられた狐面を被っている。そのため、ユウキはヒラギセッチューカを認識出来ていない。
 初対面の誰かと思っているのだ。
 ユウキは、自身の名前を当てられたことに焦りを見せる。

 ヒラギセッチューカは鉄のように重い腕を動かして狐面を外した。

「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」

 暗闇の中、微かな光を反射する白髪が現れる。
 ユウキはそれに目を見開き、罰が悪そうに謝罪をした。

「ヒラギ?! すまん気付けなかった」
「いーのいーの。仕方ないって」

 ヒラギセッチューカは笑いながら言うが、未だ落ち着いていないのか息を切らしている。
 ユウキはせめてもの償いとして、ヒラギセッチューカの上半身を起こし、背中を擦った。

 一定のリズムでヒラギセッチューカの背中を、丁度いい力加減で摩る暖かい手。
 死人のように冷たく白い彼女の肌に、その暖かみが染みていく。

 それに安心を覚えながら、彼女は再度狐面を被る。
 しかし、ユウキはヒラギセッチューカを認識したまま。既に認識されている相手だと、認識阻害の効果は薄くなるのだ。

 呼吸が落ち着き、声を出せる余裕が出てきたヒラギセッチューカは笑って言った。

「ユウキって、背中摩るの上手いね」
「言ってる場合か!」
「ごめんごめん」

 と言いながらも、ヒラギセッチューカは楽しそうに笑っていた。ユウキは「真面目にしろ」とそれを咎める。
 それを無視して、ヒラギセッチューカはため息のように言葉を吐いた。

「それでぇ、何あれ」
「俺も初めて見るから分からないが、多分、噂の“妖怪”じゃないのか?
 陰陽師コースの体験授業で聞いた程度でしか知らないが」
「あぁ、〈都市ラゐテラ〉にだけ出るっていうアレ?」
「そうそれ」

 ヒラギセッチューカはまず“妖怪”の見た目以前に、それが現象なのか生物なのかも知らない。
 その為、あの“謎の物体”を妖怪と断言は出来なかった。
 
 しかし、それ以外の可能性は思いつかない。
 ヒラギセッチューカは消去法で、“謎の物体”は“妖怪”だと確信することにした。

「てことは、私達結構危ない状況だなぁ」
「もっと危機感を持て! 入学式の時もお前は……」
「ごめんって。危機感持つからお説教は勘弁よ?」

 ヒラギセッチューカが悪びれない笑顔であしらう。
 ユウキは不服に思うが、今は説教している場合でも無い。そう思った彼は、仕方なくその場で言葉を飲み込んだ。



 ここまで読んでくださった方へ重大なお知らせ。>>19

 5.>>20

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.19 )
日時: 2023/03/17 22:18
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: VNx.OVCe)

こんにちはベリーです。
私は盛大なミスをやらかしました。
投稿しなければならなかったお話 2レス分を投稿していませんでした。現在修正をして正常な話に戻りました。

端的に話すと、>>13-14の内容が大幅に変わったよ。お話が繰り上がったよって事です。
この創作、通称 俺為をこの先読むつもりだよ! って方がいらっしゃったら、>>13-14を読み返してください。お手数をおかけ致します……。
失礼しました。

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.20 )
日時: 2023/03/26 19:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: k8mjuVMN)


 5

「危機感を持ったヒラギセッチューカは思い出しました。
 妖怪に遭遇した時は、隠れて陰陽師の助けを待つべきだということを。
 あと、学院都市には何かあった時の避難場所があるということを」

 ヒラギセッチューカは、陰陽師コースの体験授業で習った事を、真面目とは思えない態度で言う。
 
 ヒラギセッチューカに自身の言葉が全然響かず、ユウキは「ふざけるな……」と微かな抵抗しかできなかった。
 それと共に、彼も体験授業の記憶を必死に掘り起こす。

「確か、妖怪は出現時に結界を張るんだったか」
「あぁ、だから同じ道が繰り返されるの」

 ヒラギセッチューカは妖怪から逃げていた時の事を思い出す。
 ユウキはその事を知らなかったのか「逃げ道ねぇじゃん」と苦い顔をした。

「そう言う時の為の避難場所でしょ!」

 ヒラギセッチューカは笑顔でパチンと指鳴らす。しかし、ユウキの顔は晴れない。

「お前、どこに避難場所あるのか覚えてるのか?」
「覚えられる訳無いじゃん。学院都市どんだけ広いと思ってんの?
 あっ……」
「そういうことだ」

 ユウキもヒラギセッチューカも学院都市に来たばかり。一回の授業程度で避難場所を覚えられる訳が無かった。
 それを理解したヒラギセッチューカは先程の明るい顔は何処へやら、神妙な容貌になる。

「ヒラギ、どうする?」
「もう陰陽師が来るまでひたすらに待つしか無いでしょ」
「妖怪に触れると魔素逆流を起こして、最悪廃人と化すんだぞ?」

 ユウキの言葉に、ヒラギセッチューカは片手を口に当てる。そして、初めて真剣な声色で言った。

「本気でヤバくなってきたな」
「気付くのが遅せぇよ」

 ヒラギセッチューカはムッとした顔をするが、考えることを辞めない。
 
(このまま路地裏にいても良いけど、妖怪に見つかるリスクは高いし、もっと安全な場所に移りたいんだよね。けど、そんな場所思いつかないし──)
 
 ユウキもヒラギセッチューカと似たような事を考えていた。
 しかし、幾ら考えを巡らせても良い案は思い付かない。

「一周回ってここで隠れ続ける方が良いかも」

 ヒラギセッチューカは良い案が思い付かず、そう呟く。ユウキもそうだった様で「それしかないな」と、その案に乗った。
 そして、二人は路地裏の壁に背中を着けて黙り始める。

 激痛故に廃人と化し、軽いものでもトラウマになると言われる〈魔素逆流〉
 妖怪に触れただけでそれを経験すると思うと、ユウキに悪寒が走った。
 死ぬことは無いだろうが、最悪、死よりも恐ろしい経験をするかもしれない。
 
(考えるな。考えるな俺!)
 
 そんなこと考えても、恐怖を膨らませる事にしかならない。ユウキは必死で自己暗示をした。

「〈魔素逆流〉かぁ。結界から出た頃には二人仲良く廃人になって、まともな考え出来なかったりして!」

 ヒラギセッチューカはユウキのように恐れていないのか、それともバカなのか。能天気に笑って言った。
 
(なんで今その話をするんだよっ!)
 
 ユウキは泣きたくなるが、そんな情けない事は出来ないと必死で抑える。

「お前、怖くないのかよ」
「めっちゃ怖いよ?」
「全然そうには見えねぇ」

 恐怖でヒラギセッチューカのテンションに付いて行けなくなったユウキは、萎れた花のように呟いた。
 それを見たヒラギセッチューカは苦笑いする。

「ごめんからかいすぎた」
「こんな状況で……。性格悪いぞヒラギ」
「否定はしないよ」

 悪びれも無いヒラギセッチューカに、ユウキは何を言っても無駄だと理解する。
 そして、三角座りをして膝に顔を埋めた。
 
 相手を怒らせて楽しむ悪趣味があるヒラギセッチューカ。彼女は怒らず、自身を嫌う様子も見せないユウキに驚いていた。
 
(ユウキは懐が広いな。何かの主人公みたい)
 
 そんなどうでも良い事を思いながら、ヒラギセッチューカも黙り始める。

 妖怪の足音はあれっきり聞こえていない。
 何処かしらに留まっているのか、消えたのか、陰陽師と交戦中なのか。
 考えても仕方がないが、緊張感が走る空間で二人は何かしら考えずにはいられなかった。
 視界には向かい側の建物の壁しか映っていないが、不満に思わず見つめ続ける。
 
 すると、不意に自分とユウキ以外の物体が空を切り、近づいてくる感覚がヒラギセッチューカにした。
 肌を芋虫が這いずり回るような悪寒が走る。
 
(何かいる?! 妖怪? 嫌、そんな訳ない! あんな巨体が路地裏に入り込めるわけ無いし)
 
 先程まで熱湯のような熱さだった汗が冷水に早変わりする。彼女はその冷水を浴びながらゆっくりと顔を横に向けた。

『シ ロ だ』

 ヒラギセッチューカの体温が無くなる。

「うわあぁっ!!」

 ユウキの絶叫が木霊した。
 路地裏の隙間から首だけを伸ばし近づいてきた妖怪。そして、二人を見つめる巨大な目玉。それが、ヒラギセッチューカの至近距離にあった。
 
 彼女は、言葉と呼吸の中間のような音を口から出す。

「ぁっ、はっ……」

 なんでここに? 死ぬのかもしれない。逃げなきゃ。ここで終わりだ。何故見つかった? ちょっと騒ぎすぎたかな。怖い。逃げるのめんどくさい。ユウキだけは。嫌だ逃げたい。面白! 痛いのは嫌だ。首だけ伸ばすとか頭良いなコイツ。体動かない。

 ヒラギセッチューカの頭に、矛盾した感情と想いが溢れ出す。そして、何に従えば良いのかと混乱した体はそこでショートしてしまった。

「逃げるぞっ!!」

 入学前は冒険者だったユウキは、判断が早かった。

 自分の頭に溢れかえる沢山の指示よりも、外からの指示を信用したヒラギセッチューカの体はすぐさま立ち上がり、駆けた。
 それに続きユウキも走り出す。

『シィィィロオォォ!!!』

 不気味な金切り声を背に、二人は妖怪がいる方向と反対側の出口を目指す。そして、土産屋が並ぶ通りに出た。

「おいおいどーするこの状況!」

 ヒラギセッチューカの後ろを一生懸命走るユウキが叫んだ。
 
「逃げる以外無いでしょ!」
「じゃあ、お前だけ逃げろ!」

 迷いない、弓矢のように真っ直ぐな言葉がヒラギセッチューカを射抜く。
 それに嫌な予感を覚えながらも、ふざけながら彼女は言った。
 
「は、図りかねる言葉が聞こえたんですが」

 ヒラギセッチューカは後ろを振り向く。
 いつの間にか、ユウキは自身の後ろの後ろを千鳥足で走っていた。

 そして、そのすぐ後ろにいるのは先程の”謎の物体”──妖怪。

「俺は、ちょっと休んどくよ」

 ユウキは「走るのが苦手だ」とは言わなかった。ヒラギセッチューカを不安にさせないようにしているのだ。
 しかし、誰でもその青白い恐怖の顔を見るだけで、彼の心情は手に取るように分かる。
 
(めちゃくちゃ怖がってんじゃん)
 
 そう思うと、ヒラギセッチューカは少し笑い声が出てしまった。そして言った。

「ゆっくり休んで!」

 彼女は、クズと言われても仕方ない言葉を元気よく放った。

 6.>>21

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.21 )
日時: 2023/03/26 19:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 6

「お前って奴は……」

 ヒラギセッチューカに見放された筈なのにユウキは失望しなかった。
 それどころか、無邪気な子を見る祖父のような優しい目で彼女を見る。
 ユウキは疲れ果て、その場で立ち止まった。

 迫る黒い手。不気味な五本指がゆっくりと開いて、ユウキの革ブーツを掴む。

「いっ……」

 ユウキは恐怖で声をもらす。
 
 しかし、痛みは襲ってこなかった。
 彼はそれを不思議に思うと同時に、安心して体の緊張が解れる。
 また別の手がユウキの胴体を鷲掴みにした。
 その時。

「ぐあぁっ!!」

 肉を、骨を。
 いや、もっと繊維な部分。
 血管一つ一つに人喰い蛆虫が這い回る様な激痛が、彼を襲った。

「いぁっ! あ゙あ゙ぁっ!」

 痛みの原因はユウキを掴む黒い腕。それは彼も簡単に分かった。
 ユウキは痛みを消したいがために必死でもがく。
 声を枯らし、足裏で煉瓦を擦り、黒い腕を引っ掻く。

「だぁっ! だずげてぇっ!!」

 しかし、藻掻く為に妖怪に触れると、魔素を吸われ、痛みは増える。
 逃げたくても逃げられない。
 逃げる術は無いと分かっていながらもユウキは暴れた。そして、暴れる力が徐々に減っていく。
 遂には痛みに抵抗する精神力が無くなり、ユウキは脱力してしまった。

「あっ、あぁ……」

 それでも激痛は無くならない。
 
 脳を「痛い」という言葉が支配し、ユウキはもう何も考えられなくなっていた。
 手足がピクピクと痙攣して目は充血する。
 彼の肺から放出される空気は、嗚咽という名の音を出し続けた。

 妖怪はユウキを持ち上げる。力無く宙にブラブラと揺れる両足。
 ユウキは思考が停止し、自身の口から漏れ出す唾液をどうにかしようとも思えなかった。

 もう終わりだとか、死ぬ実感だとか、絶望だとか。
 そんな感情すらも与えてくれない激痛が遅う。
 それが、〈魔素逆流〉であった。

「かっ、カァッ……」

 ユウキが放つ言葉は最早ただの音だ。
 それを妖怪は興味深そうに見つめて言う。

『シロダケド、チガウ?』

 “妖怪かれら”が探しているシロ。
 “妖怪かれら”が求めなければならないシロ。
 それとは、全く違ったシロだった。

「──白って200色あるらしい、ねっ!!」

 その声と共に何かがユウキを掴む腕に飛ぶ。
 それは薄茶で、光を反射する程に綺麗に削られた木刀だった。

 木刀は回転しながら一直線に飛び、黒い手首に刺さる。それでも木刀は勢いを止めず、遂には貫通して手首を斬った。
 斬っても尚木刀は回り、弧を描いて元の場所へブーメランのように戻る。

「ぁ──」

 手首が斬られた事により落ちるユウキ。
 痛みから解放されたはずなのに、全身が麻痺したように体は動かない。
 まず、状況が理解出来るほどの余裕もなかった。

(あぁ、落ちてる)

 そう思った頃には遅く、地面は間近にまで迫っていた。
 宙に突き出す自身の掌。何かに縋るように、それは揺れていた。しかし、何かを掴める気配もしない。

 今出来ることは無い。
 彼はそう悟った。

 ユウキは腰から墜落する。

「ぐふっ!」

 ──と、誰かの汚い唸り声がユウキの世界に割って入った。
 地面に落ちたとは思えない柔らかな痛みと、平らな道とは思えない凸凹した地面。
 ユウキを迎えたのは歓迎下手の地面ではなく、ヒラギセッチューカだった。

「腰、腰がぁ……」

 ヒラギセッチューカは喉から絞り出した様な掠れ声を出す。

 ユウキは男性の中でも長身な方で、その分体重も重い。対してヒラギセッチューカは女性の平均的な身長だがガリガリにやせ細っている。
 そのため彼女のダメージは測り知れなかった。

(痛いのは、嫌だ。痛かった。もう痛いのは──!)

 解放されたと言うのにユウキは未だ恐怖で震えていて、意識が飛びかけていた。
 痛がるヒラギセッチューカを見ても尚、ユウキは状況が理解できない。
 それでも考えることを諦めはしない。

「らぁん、で……」

 ユウキは『何故ここに居るのか』という疑問を投げかけたが、呂律が上手く回らない。

 7.>>22


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