ダーク・ファンタジー小説

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【々・貴方の為の俺の呟き】
日時: 2023/12/07 18:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)

 
   【目次】
 
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。

エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ

【第一節 縹の狼】目次 >>2


【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】

 ◇◇◇◆◇◇◇

《注意》

○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
 物語構成に荒が多いです。

○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
 自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。

○死ネタが含まれます

 ◇◇◇◆◇◇◇

この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
 
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
 ──クソッタレたこの世界の
          素晴らしい産物だ──

 これは、満足する”最期”を目指す者のお話

 また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
 そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
 
 全て、”貴方の為だけの”お話

◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.27 )
日時: 2023/04/04 18:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 12

 学院都市には学年別に四つ寮が建設されている。ここはその中の一つ、縹寮の中庭。
 木陰に座るヒラギセッチューカと、気絶するユウキが居た。
 
 さぁっと爽やかな風が吹いて芝生が素直に傾むく。
 夕暮れの空では、侵食を試みる漆黒を必死で橙黄色が抑えていた。
 狐面越しに空を見上げるヒラギセッチューカは、感嘆の息を一つ吐いた。

「妖怪、妖怪かぁ……」

 魔素逆流の痛みを思い出して自分の腕を握る。当たり前だが今は全く痛くない。
(アホらし……)
 ヒラギセッチューカは自分を鼻で笑って、腕から手を離す。
 と、ユウキが唸り声を上げて目を擦り始めた。
 
 頭がぼーっとして視界もぼやけている。
 そんな中、誰かが居ることに気付いてユウキは問いかける。
 
「ここ、どこ、だ……」

 ヒラギセッチューカは無視して空を見る。
 魔素逆流を受けると痛みの余り気が狂う。
 軽い症状でもトラウマを植え付けられ、引きこもる者が大半だ。
 妖怪を倒し終わった後、ユウキは激痛のショックで気絶。白目のまま泡を吹いて足も微かに痙攣していた。
 どうせ起きてもまともじゃないだろう。ヒラギセッチューカはユウキを相手にする気が無いのだ。
 
 そんな事より、起床後叫ぶであろうユウキをどう処理するか考える方が大切だ。
 ヒラギセッチューカは模索する。

「ヒラギ、ここ、どこだ?」

 覚醒したユウキのハッキリとした声が耳に入る。
 驚いたヒラギセッチューカはユウキの顔を見て、数秒固まってしまった。
 顔色は微妙によくないが、燃えるような赤い焦点があった目。口元には吹いた泡の跡があるものの叫ぶ様子は無い。

「あ、え、ユウキ無事なの……?」

 ユウキがまともな状態と思って無かったヒラギセッチューカは、口をポカンとさせて呟く。
 ユウキは状況を理解出来ていない。ヒラギセッチューカが驚く理由が分からず首を傾げた。
 と、不思議な感触がする地面にユウキは気付く。

「ああ、膝枕。なんかごめんな」

 ヒラギセッチューカは中庭の木にもたれかかって、ユウキに膝枕をやっていた。
 ユウキは体をゆっくりと起こす。
 
「謝らなくても良いけど、私的にはもっと慌てて欲しかったなぁーとか思ったり?」

 残念そうに言うヒラギセッチューカに、ユウキは「この歳になって流石にない」と苦笑いした。

「あの後どうなった」

 ヒラギセッチューカの隣に腰掛けて、ユウキは聞いた。
 
「私が妖怪を倒して気絶してるユウキをここまで運んだ。部屋まで運びたかったけど、ユウキの部屋知らなかったからさ。中庭で目が覚めるのを待とうかなぁ、と。ユウキは無事なの?」

 聞かれたユウキは体を捻る。怪我がないか確認するが、無かったから笑って答えた。

「ああ、無事だ」

 けれどヒラギセッチューカが案じているのは別のことだ。
 
「そぉーじゃなくて! 精神の方!」

 魔素逆流を受けたのにも関わらず、常人のように振る舞うユウキ。
 それは麻酔無しの手術でも平然としている様なもの。ユウキの異常性にヒラギセッチューカは慌てた。
 そんな事など知らないユウキは微笑む。

「見ての通り平気だ。そういうヒラギこそ大丈夫なのか?」
「え? あ、うん。平気」

 ヒラギセッチューカはユウキの倍、魔素逆流を受けている。なのに彼女もケロッとしていた。
 あの妖怪が弱いのでは無く、この二人が異常なだけだ。

「それは良かった。というか、陰陽師は来なかったのか?」
「いんや? 私が妖怪倒した後に来たよ。けど、見つからないように逃げてきた」

 ヒラギセッチューカは勝手にユウキを連れて逃げたことに対して「ごめんね?」と謝罪する。
 ユウキはそんなことは気にしていなかった。
 
「それまたなんで。新入生が単独で妖怪を撃破したと知られりゃあ、表彰される上に〈ランク〉も上がるだろうに」

 自分が妖怪を倒せたのはユウキの魔法のお陰だ、とヒラギセッチューカは思う。
 彼女は「単独じゃないけど」と訂正しながら、胸にある若草色のリボンを握った。

 この世界──ディアペイズには、個人の強さを示すためのランク制度がある。
 学院都市の外には様々な危険があって、自衛がある程度必要だ。強さを示すランクは大変重要な役割を果たす。
 ランクは〈10(チェーン)〉から〈1(アインス)〉まであり、数が少ない程上級だ。それを証明するバッジもある。
 学院では分かりやすいよう、制服のリボンとネクタイの色でランクを証明するのだ。
 彼らは一番下のランク、10(チェーン)であり、若草色のリボンとネクタイを持っている。

 ヒラギセッチューカは狐面から漏れる白髪を指で弄って、自嘲気味に言う。
 
「怒られるの嫌じゃん? それに、妖怪倒した程度で白髪が賞賛を貰えるほど、学院を甘く見てないよ。それが仮に、不可抗力だったとしてもね」

 白髪は差別以前に、生まれること自体がおかしいという認識だ。それがどれほど美しかろうと、良い感情を得られることは無い。
(まあ、目の前の少年は白髪に恐れて無いっぽいけど)
 と、ヒラギセッチューカはユウキをジトッと見つめる。

「じゃあ、なんで俺も連れてきた?」
「……」

 ヒラギセッチューカは言葉に迷い、視線を泳がせながら黙った。
 ユウキは慌てたように訂正する。

「あ、責めてるわけじゃないぞ? ただ、俺を連れてきてもヒラギに得は無いから」
「えっと、なんというか。ユウキは、目立ちたく無いだろうなぁって……」

 首に手を当てて罰が悪そうに言うヒラギセッチューカに、ユウキは目を細める。
 ヒラギセッチューカの言う通り、ユウキは余り目立ちたくない。ただの好みではなく、一身上の都合でだ。
 しかし、それを出会って数週間のヒラギセッチューカが把握しているのはおかしい、とユウキは不信感を持って唸った。

「それは、どういう意味だ?」
「怖いよユウキぃ」

 ヒラギセッチューカは言葉を間延びさせて、緊張感無く笑う。と、次は困った顔をしながら話した。
 ふざけているヒラギセッチューカは百面相だ。

「妖怪に効く魔法を放てたり、魔素逆流を受けても正気だったり。どう考えても普通の人じゃないじゃん? 訳ありかと思って、私なりの気遣い」

 ヒラギセッチューカは両手を合わせて頬に付け「お節介だったらごめんね?」と苦笑いした。
 ふざけてあざとい態度を取るヒラギセッチューカを気に止めること無く、ユウキは難しい顔をする。  
 
「お前らの種族も普通じゃないけどな」

 罪悪感を抱きながらユウキは言った。
 ヒラギセッチューカも魔素逆流を受けて平然としている。
 更に勇者であるブレッシブに生腰で負けず、第一白髪。彼女も彼女で普通で無い。
 ヒラギセッチューカの表情から色が消える。ユウキも冷たい笑みでヒラギセッチューカを見つめ、場の空気が凍った。
 
「はは、これは下手なこと言えないなぁ」

 ヒラギセッチューカは焦りを隠しながら笑う。
 ユウキの発言は「お前の弱みを握っている」と遠回しに伝えるものであった。
 相手の秘密を口外すると、自分の秘密も口外されるかもしれない。俗に言うメキシカンスタンドオフと呼ばれる状態を、ユウキは作り上げた。

「でも、まあ。ユウキの秘密を独り占めできるなんて嬉しいなぁ」

 シリアスに欠けるヒラギセッチューカの間抜けた言葉。
 ユウキは少しの不快感を覚え、咎める様に言った。

「真面目にしろ」
「至って真面目じゃん?」
「嘘つけ」

 ユウキの複雑そうな表情を見て、ヒラギセッチューカはクヒヒッと笑う。

「やっぱり“ユウキの前では嘘は吐けない”」
「……そうだな」

 そこまで知られているのか、とユウキは口を一の字に結ぶ。
 しかし、これ以上相手の秘密に干渉すると、二人の間に亀裂を入れるかもしれない。それは気持ち的にも良くない。
 ユウキは別の話を振る。

「お前、あの時逃げたろ」
「あの時って?」
「選択授業説明会の前。教室で」
「あぁー、なんというか、あれは……」

 保体授業後の休み時間、ヒラギセッチューカは黙ってその場から消えた。
 それっきりと思っていた彼女は、焦りを隠すように狐面に手を当てる。

「あっ、この狐面便利なんだよ。魔素を狐面に送る量で相手からの認識レベルを調整できて──」
「ヒラギ。話を逸らすな」

 ヒラギセッチューカは罰が悪くなってそっぽ向いた。ムッとして口を閉じるも、手に入るのは沈黙だ。その場から逃げれるわけじゃない。
 ヒラギセッチューカはおもむろに言う。

「まあ、逃げたけど、それが悪いって訳でもないしさ? 玫瑰秋 桜の言う通り白髪と関わらないに越したことはないし。はいこの話おしまーい!」
「終わらせねぇ。ヒラギはそれでいいのかよ」

 執拗に食い下がるユウキをヒラギセッチューカは冷笑する。
 
「しつこい男はモテないよ?」

 ユウキは返事をしなかった。ただ真顔でヒラギセッチューカを睨んでいる。
 ヒラギセッチューカは難しい顔をして、ぶっきらぼうに言った。

「いや、白髪ってソーユーもんですしぃ、おすしぃ……」

 言葉を濁らせて場を乗り切ろうとするも、ユウキは一向に表情を変えない。
 ヒラギセッチューカはその圧に耐えられなかった。「もぉー!」と拗ねた子供の様なことを言う。

「良いとは思わないよ? 嫌われるのって誰でも嫌でしょ」
「じゃあ、仲直りしないとな」

 幼稚園児に言い聞かせるような言葉に、ヒラギセッチューカはムッとした。

「どーやって? 私白髪だよ? ヨウは話もしてくれないって」

 と言ってはいるが、ヒラギセッチューカはヨウと仲を戻す気など無かった。端から戻す仲など無かったが。
 ヨウは自分が嫌いで、その感情に対してヒラギセッチューカはどうこう言うつもりは無い。
 嫌われるのは確かに悲しいが、ヨウを無理やり変えたいとは思わなかった。勝手に嫌えば良いという認識である。
 無理に関係を築こうとするのはお互いにとって良くない──とヒラギセッチューカは考える。
 
「ヨウがお前を嫌う原因は白髪──もあるだろうが、第一は態度の悪さだ」

 態度の悪さ。ヒラギセッチューカは多少なりとも自覚があった。
 けれど辞めるつもりは無い。
 だってヨウの反応面白いんだもん、とヒラギセッチューカは胸の内で不貞腐れる。 
 
「やっぱ仲良くするのナシ。勝手に嫌っときゃーいーのよ、私も勝手にするから 」

 ヒラギセッチューカは胡座のままバンッと音を立てて、木にもたれかかった。それでもユウキは腑に落ちた顔をしない。
 
(何でそんなにしつこいんだ? ユウキは)
 彼女らは出会って1週間ほど。
 仲違いに寂しさこそ覚えるだろうが、わざわざ自分を説得させる程の物じゃ無いだろう。

 ヒラギセッチューカが怪訝に思うと同時に、ユウキも悩んでいた。

(どうすればヒラギとヨウの仲を取りもてんだ──)
 くどいようだが、彼らは出会って1週間ほどである。
 それでもユウキが彼女を気にかけるのには訳があった。
 詳しくは分からないが、ヒラギセッチューカはワケありだ。それは薄々分かる。
 ユウキはそれに親近感を覚えて、世話を焼きたかったのだ。
(せめて、友達は作って欲しいよな──)

 お互いが悩んで会話が止まる。
 訪れた沈黙に責められた気がしたヒラギセッチューカは口を開いた。
 
「というか、白髪なんて気持ち悪いからヨウの反応は正しいの!」

 だからお節介を焼くな、という意味も込められていた。
 ユウキは何気なく呟く。
 
「綺麗だろ、白髪もヒラギも」
「クッ……ん、んー! 知ってるしぃっ! 私美人だもんっ!」

 ヒラギセッチューカは歯を噛み締めて、顔を俯かせて唸った。
 照れ臭さかったらしい。
 失言したつもりはユウキに無かった。ヒラギセッチューカの反応にギョッとする。
 
 こんなキザなセリフを自然と出すユウキには恐れ入った、とヒラギセッチューカは悔しそうに顔を上げた。
 
「前言撤回、少年はモテるよ」
「何の話だ?」

 ユウキは首を傾げる。
 ヒラギセッチューカはそれ以上何も言わなかった。

「兎にも角にも、ヨウと仲直りしろよ?」

 そう話を終わらせてユウキは立ち上がる。
 と、ユウキの視界が途端に暗くなった。ぼーっと、頭にある一本の線が引きちぎれそうな感覚を覚える。
 立ちくらみだ。
 ユウキはフラフラと情けなく千鳥足でいる。
 チカチカ黒く点滅する世界の中で、倒れまいと必死だった。

 一方ヒラギセッチューカはそれに気付かない。
 
「去る者は追わず来る者は拒まず、なの私は。仲を取り持つなら“ユウキが”精々頑張っ──
 ちょ、ちょっとっユウキさん?!」

 ようやくユウキの異変に気付く。
 嫌な予感がしたヒラギセッチューカは立ち上がる、と同時にユウキが後ろに倒れた。 
 焦りの息を漏らしながら、ヒラギセッチューカはそれを受け止める。
 しかし180センチの男性はかなり重かった。ヒラギセッチューカはユウキを胸に転倒する。

 尾てい骨を打ったヒラギセッチューカは、痛ぁっ、と弱音を吐きながらも、ユウキの顔色を伺う。

「やっぱり、魔素逆流に当てられて無事なわけないよねぇ……」

 ユウキは青い顔をして唸っていた。
 
 ユウキが魔素逆流で受けた精神的ダメージは相当のものだった。
 ヒラギセッチューカとの会話で気を紛らわしていた様だが、立ちくらみで耐えられなくなったらしい。

「保健室──は無理だもんね。魔素逆流を受けた何て知られたら、妖怪と会ったこともバレちゃうし」

 ヒラギセッチューカはユウキの治療法を模索するが、良い案は思いつかない。
 ユウキは薄い意識の中で無理やり口を開いた。

「だ、大丈夫。時間が経てば治る……」
「確かにトラウマの特効薬は時間だけど──」
「おえっ」

 と、ユウキが嘔吐いた。
 ヒラギセッチューカは最悪の場合を想像して、思わずユウキを突き飛ばしたくなった。
 でも病人を突き飛ばすなんて、と流石のヒラギセッチューカでも気が引ける。
(かと言って私が嫌な思いしたくないし──!)

 そんな彼女の葛藤に、ユウキの嘔吐が終止符を打った。

 吐瀉物が彼女の胸に盛大に撒き散る。
 ユウキの大きな嗚咽が中庭に響いた。が、ヒラギセッチューカが狐面を使ったから、それに気付く者は居ない。

「……貸しだからね」

 ヒラギセッチューカは苦い顔をしながら、ユウキの背中をさすった。
 ユウキは申し訳なさで胸がいっぱいになりながら吐き続ける。せめて制服の弁償はしよう、と彼は決意した。

 布越しに伝わる生温かさがヒラギセッチューカの思考意欲を奪う。

「あー、木刀どーしよ」

 唯一浮かんだのは、店からパクった木刀のことだった。

   【終】

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.28 )
日時: 2023/04/04 18:23
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 《憎み愛》

 1

 〈白蛇教しろへびきょう
 普通に暮らしていれば耳に入らない宗教名だ。
 世界各地で非人道的行為を繰り返しているのにも関わらず、目的も構成の詳細も全く分からない。夜刀教、夜刀警団と敵対している危険組織である。

 〈メシア大司教〉
 白蛇教に所属する七人の幹部。白蛇教が事件を起こす際は必ず、七人の内の誰か一人が中心となり、仕切っていると言う。
 世界各地で大事件を起こしている、と噂されている。それなのに、メシア大司教メンバーの情報は欠片も無い。
 きっと、彼らに会ったものは皆──

 ──なんでそんなこと知ってるの?

 5年かけて調べたんです。様々な手段を使って情報をかき集めました。
 貴族から、スラム街から、日に当たらない世界から。本当大変でした。
 それでも掴めた情報はこれだけ。敵は手強いですね。

──何故、私たちがメシア大司教を追っていることを知っているの?

 知ってはいませんでしたよ。
 ただ“司教同好会”って言葉にピンときただけです。もしかしたら、同好会は俺と同じく“メシア大司教”を調べてるんじゃないかって。少し鎌をかけてみました。
 仮に予想が違っていても、俺の言葉は戯れとしてごまかせますし。望み薄でも行きゃなきゃ損と思ったんです。
 結果、ここに来て大正解だったという訳ですが──

 そんな困った顔をしないでください先輩方。
 ここ5年、俺もメシア大司教について調べていました。
 けれど“司教同好会”の名前は一切聞きませんでした。それに廃団にならないってことは、活動内容は先生にバレていないのでしょう?
 大丈夫です。
 俺の運が良かっただけで、司教同好会がメシア大司教を追っている、なんて誰も分かりませんよ。 

 ──何故、あなたはメシア大司教を追っているの?

 それはこっちのセリフでもあるんですがね……。
 一言で表すのは、難しいです。
 けれど何も言わないままで信用を得ようとするほど、俺も強欲じゃありません。
 長くなりますけど、大丈夫ですか?
 断られても勝手に話しますが。
 元々、その辺も包み隠さず話すつもりで来ていたので。

 ◇◇◇

 今から5年前。 

 ある騎士が、夜刀警団に捕まりました。
 貴重な魔物を無断で飼育したり、沢山の貴族、王族を誑し込んで政治を私物化したり。
 私利私欲の為に友人を、貴族を、政治を、世界を狂わした大罪人です。

 俺はソイツに奪われた。
 父を、母を、兄弟を、幸せを──10年の全てを。

 ──何があったの?

 どう、話すべきなんでしょう。
 単純なことばかりな筈なのに、いざ言葉にするとなると詰まってしまう。
 
 そうだ、順から話しましょう。

 白夜1385年に俺は産まれた“らしい”。
 実際に産まれた年は分かりません。もしかしたら、俺は15歳じゃないのかもしれない。
 けど、今はそんなのどーでもいい。

 俺は生まれてから10歳になるまで、とある屋敷の部屋に監禁されていました。
 それを裏付けるかのように、昔の記憶は暗闇以外ありません。
 監禁部屋の環境はすごく酷い。
 一瞥しただけで全身の力が抜けるぐらい汚かった。
 一つの扉から漏れる光だけが頼りの、真っ暗な部屋。
 壁も床も鉄板で覆われてて、扉の前には鉄格子がありました。
 部屋の鉄は何か魔法がかけられていたのか、何年不潔に晒されようが錆びません。
 更に、床には死体──いや、死骸が広がっていました。
 昨日“出てきたばかり”の死骸から、肉から顔を出した骨、完全に液状化した筋肉まで。
 足の踏み場がありませんでした。
 仕方なく、べちゃって変な感触がする死骸を踏んでいました。

 1回踏むとネチャッて体液が粘り着いてくるんです。
 触れると体が痒くなって、死んだ虫がジャリって肌を擦る。
 ああ、気分を悪くさせたらごめんなさい。

 ──それは、なんの死骸なの?

 ああ、これは。なんて言えばいいんだろう。
 その死骸は全て、発見されたことがない生物──新種だったので、未だに名前が無いんです。
 〈牙狼族がろうぞく〉って知ってます?
 そうそう、絶滅危惧種の。
 狼の見た目をした魔物です。

 俺らは牙狼族と人間の混血、ハーフ何ですよ。
 そんなの有り得ない?
 俺もそう思います。
 魔物と人間が──以前に、犬と人ですよ? 犬に手を出す人間とか気持ちが悪い。最低最悪だ。
 ああ、話が逸れてしまった。面目ない。

 早い話、その死骸は牙狼族と人間のハーフで、俺の兄弟“だった”モノです。
 全部、死産でした。更には異型ばかり。
 単眼だったり、足が無かったり、人の肌に犬の毛を中途半端に生したり。
 そりゃあそうだ。人と牙狼族の間に生命なんて生まれるわけが無い。
 ある筈がない。


 けれど、俺という生命いのちが生まれてしまった


 魔物と人の混血として産まれた俺を見た親父は驚きました。
 自分のやった事の大きさに気付き、叫び、暴れました。
 暴れる親父は怖かったです。
 でも、親父は毎日似たようなことをしていたから余り印象は変わりませんでした。
 母親?
 俺が生まれた時には、もう生きてるか死んでるか分からない精神状態でしたよ。
 毎日死骸を“作って”いれば、そりゃあ、ね。

 一通り暴れた後、親父は何事も無かったかのように過ごし始めました。
 親父にとって、俺は死骸と同じ認識だったようです。他の兄弟と同じように、時間が経てば死ぬと思ったんでしょうか。
 本当、反吐が出る。
 もちろんそんな奴が動く死骸を気にかける訳が無く、ずっとご飯は与えられませんでした。
 一応、肉はそこら中にあったから餓死はせずに済みましたが。

 けど気付けば腐肉は食い尽くしてしまって、骨はもう欠片しか残っていませんでした。
 母親もすぐ死んだ。すぐ溶けた。すぐ食べた。
 もう、死骸は増えません。

 ある日、どういう風の吹き回しか親父が飯をくれるようになりました。
 白いドロドロの粥の様な液体。皿を鉄格子に投げつけて、床に飛び散ったソレを舐めた。
 味は覚えていませんし、思い出したくもない。
 なんで俺、そんなものを食べ続けたのに死んでないんでしょうね。魔物の血が関係してるんでしょうか。
 今はどうでもいいか。

 
 それが十年続いたある日。
 白夜1395年4月1日──今から約5年前の話です。

 さっき言った騎士が、夜刀警団に捕まった。
 親父が、捕まりました。

 先輩達なら、ここで薄々気付いてるでしょうね。
 夜刀学院生だもの、頭が鈍いわけが無い。
 でも、最後まで話させてください。

 夜刀警団によって解放された俺は名前を貰いました。
 〈玫瑰秋まいかいと よう〉という名前を。
 なんで“桜”なのか、誰が名付けたのか。それは分かりません。
 いつの間にかそういうことにされてたから。
 けど、気にはなりません。

 外の世界に出て、美味しいものいっぱい食べて、この世界の素晴らしさを知りました。
 それと同時に、今までの環境の酷さも知った。
 無知だった5年前の俺は、まず“酷い”という概念も持ってなかったんです。バカみたいでしょう?
 苦しい、楽しい、恐怖、喜び、それらを知ってしまった時には、俺の体は憎悪が支配していました。

 あの時地べたの肉を頬張らなくても、外にはもっと美味しいものがあった。
 たくさん良い人が居た。ずっと独りでいなくても済んだ。誰かから愛を貰うことが出来た。
 あくまでも可能性の話だ。分かっている。けど、

 あの10年間、親父に囚われさえしなければ。

 そうですね。俺は15歳。
 まだまだ子供だから未来がある、と。
 はは、牙狼族の寿命ってご存知ですか? 10~14年です。そこに人間の寿命がどう関わってくるか分からない。前例が無い新種だから、余計ね。
 いつ死んでもおかしくない状態なんですよ、俺は。

 今更頑張ったって多分、俺の望むものは手に入りません。

 胸の奥からジワジワとどす黒い感情が湧き出て、目がジンッてするんです。
 怒りでどうにかなりそうで、でもぶつける相手はすぐそばにいなくて。
 もどかしくて辛くて仕方がない。

 だから、親父に全部ぶつける。
 俺の10年を奪った、強欲な親父に。
 
 ──復讐するんだ

 親父が奪った物も、元々あったものも、全部全部奪い返してやる。
 残り幾つあるか分からない寿命を使い潰して。

 そう、この司教同好会にやって来たのは復讐の為。
 夜刀警団に捕まってから行方をくらました親父を、探すためだ。

 俺の親父はディアペイズ第十軍騎士団長。
そして、〈白蛇教 メシア大司教 強欲務ごうよくむ

 〈玫瑰秋まいかいと 晟大せいだい〉だ


 2.>>29

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.29 )
日時: 2023/04/04 18:20
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 2

 夜刀学院の端にある木造建築の旧校舎。
 長年使われていないからか隙間風が強く、ギシギシと建物が軋む不気味な音がする。
 構造は共通授業を受ける縹校舎と同じで、50もの教室がある。
 〈司教同好会〉と呼ばれる師団は、その中の一室を使っていた。
 少ない人数に不相応な広い教室で、俺は一つ息を吸う。

「俺の親父はディアペイズ第十軍騎士団長。
そして、白蛇教メシア大司教〈強欲務〉玫瑰秋 晟大だ」
 
 ボロボロの椅子に座って俺は、話を〆た。
 この場には俺を含めて4人も居る筈なのに、場には重い沈黙が落ちていた。

「すみません、出会い拍子にこんな話をして」

 罪悪感に耐えられなくなった俺は沈黙を破った。
 選択授業説明会が終わったあと、俺は一直線にここへ来た。
 先に活動を始めていた先輩方との挨拶も程々に、俺は「白蛇教。余程のことがない限り──」と話し始めて、今に至る。
 初対面の相手、しかも先輩に自分語りをするなんて大変失礼だったとは思うが、後悔はしていない。

「いいえ、聞いたのは私だから。こっちこそ、辛いこと聞いてごめんなさい」

 鏡のように景色を反射してもおかしくない、キラキラと艶めく金色の長髪を持つ女性──大黒おおぐろ 聖夏ひなつ先輩は申し訳なさそうに言った。
 彼女が羽織る白いマントは俺と違い、翠色のラインが入っている。
 俺らはなだの2つ上の学年、すいである証拠だ。
 俺はヒナツ先輩にどう返せば良いか分からず口篭る。と、もう一人の先輩が口を開いた。

「サクラの目的は分かったが──」
「ヨウです。男です」

 俺の名前は“桜”と書いて“ヨウ”と読む。初見でヨウと読める人は少ないだろう。
 それでも口頭で名乗ったのに読みを間違う先輩にイラッとして、俺は訂正した。

「ワザとじゃ。何故お主は夜刀学院に来た。復讐に必要なかろう」

 もう一人の先輩──エルザ・ツェッチェ先輩はクツクツと笑う。
 ライトグリーンの宝石のような長髪と、同じ色をしたツリ目。パッと見普通の女性だ。上半身だけを見れば。
 先輩の下半身は、黄緑色のフサフサな毛が生えた八本足の昆虫──蜘蛛だった。
 巨大な蜘蛛の背中に、女性の上半身が生えている。
 彼女の様な種族をアラクネ、と言う。
 アラクネは150年前の〈人魔じんま戦争〉をきっかけに、人間社会に溶け込むようになった魔族の一種だ。
 それでも余り見かけないのだが。
 先輩は橙色のラインが入ったマントを羽織っていて、俺の一つ上の学年、代々だいだいである。

「親父の最終目撃場所は都市ラゐテラ、夜刀学院──との情報を掴みまして」

 俺以外の三人の吐く息が重なった。
 裏付ける資料は持っていない。人から聞いただけだから。でも他に有力な情報は無いから、真偽不明でもこれに頼るしかない。
 途端に自分が情けなくなって、俺は俯いた。

「俺はそれを追いに来た。先輩方、何かご存知ですか?」

 親父の最終目撃場である夜刀学院で、メシア大司教を追う司教同好会。
 もしかしたら何か知ってるかもしれない、と俺は淡い希望を抱く。

「……何も、知らない」

 ヒナツ先輩はプイッと顔を逸らして、俺の希望を一瞬で焼き尽くした。
 さっきまで優しかったのに何故、急に冷たくなったんだ?
 少しだけ胸がモヤッとした。そんなこと知る由もないエルザ先輩は言う。

「部費目当てで師団の申請して同好会が出来たのが今年。
 それまでに色々調べてはいたが当然、白蛇教関連の資料は公にされてなくてな。見つからんかった。
 童らが知ってるのはメシア大司教の存在までじゃ。サクラと同じ地点にたっておる」
「ヨウです」

 俺の即答にエルザ先輩は笑った。
 こちらは全く笑えないが、流石に先輩は殴れない。せめてもの抵抗でキッとエルザ先輩を睨みつけた。
 そういえば、白蛇教の資料は見つからなかったんだよな? 何故先輩達は白蛇教のことを、メシア大司教のことを知っている?
 違和感を覚えた俺は先輩に聞く。

「先輩達は──」
「あと、ずっと気になってたんだけど」

 ヒナツ先輩が遮ってしまった。
 けれど時間は幾らでもあるだろう。今聞かなくても良いか。
 それに、俺もずっと気になっていたことがある。

「なぜ、ブレッシブ殿下がこちらへ……?」

 と、ヒナツ先輩が質問する。反射的に俺は、ヒナツ先輩の視線の先を見た。

 名前を呼ばれた青年は動じずに言う。

「入団希望です」

 エメラルドグリーンの短髪に、縹色のラインが入ったマントを羽織る体格の良い同級生。入学式にヒラギセッチューカと喧嘩をした、ブレッシブ・ディアペイズ・エメラルダ殿下がいらっしゃった。
 彼がここにいる理由は俺にも分からない。
 だって俺がここに来た時には、既に先輩二人と居たんだから。
 聞きたいことが沢山あるが相手は王族。彼の逆鱗に触れたらとんでもない事になるだろう。入学式、ヒラギセッチューカがそうであったように。だから余り関わりたくない。
 エルザ先輩も俺と同じ考えなのか、難しい顔をして黙る。
 そんな中、ヒナツ先輩がおずおずと聞いた。

「え、えっと、大変恐縮なのですが、志望動機をお聞きしても?」
「俺はこの場では後輩。言葉は崩して頂いて構いませんよ。エルザ先輩も、玫瑰秋も」

 軍人の様な威圧がある声で名前を呼ばれて、怯えて背筋を伸ばした。
 まだ春だと言うのに汗が一粒滲み出る。恐る恐る殿下と目を合わせてみるも、仏頂面でいて怖かった。しかし、相手の気分を害してはならない。
 数十秒の沈黙を挟んでよくやく、俺は「ああ」と返事する事が出来た。
 と言っても、殿下の前で言葉を崩せる自信が無い。まず関わりたくも無い。
 めんどくさい事になった、と胸の中でため息を吐いた。

「入団の動機は、えっと──」

 殿下がチラチラっとエルザ先輩を見る。
 これまで黙っていたエルザ先輩は「これ以上だんまりは出来んか」と残念そうに笑った。
 
「学院で道に迷ってたから、童がスカウトした」

「は?」「えっ……」

 俺とヒナツ先輩の言葉が重なる。
 道に迷っていた殿下をスカウトした?! エルザ先輩の行動に俺は驚愕して口をぽかんと開けた。
 ヒナツ先輩は顔を青くする。

「エルザっ、何やってるの?! 不敬にあたるんじゃ──」
「王族なら白蛇教の事を何かしら知ってると思ってな。話してみたらビンゴじゃった。持ってる情報は童らと変わらんかったがな。褒めてくれても構わんぞ? ヒナツ先輩」

 殿下も白蛇教のことを知っているのか?! と、思ってもいなかったことに驚く。
 でも、考えてみたら腑に落ちるかもしれない。入学式、執拗に白髪のヒラギセッチューカに突っかかってたのは、白蛇教の存在を知っていたからか。
 白蛇教と白の魔女と白髪には繋がりがある、という話はあるがあくまで噂だ。それでも“白”蛇教と名前に白が入っていて、魔女との関係を勘ぐってしまう。
 殿下もその一人だったのだろう。
 
「ばっ、ばかぁっ!」

 エルザ先輩が悪い意味で突飛で、ヒナツ先輩はそう声を絞り出した。
 しかし、育ちが良いからか仕草が愛らしかった。本人は必死なんだろうが。

「でも、ブレッシブも入団希望なのじゃろ?」
「はい」

 サラッと殿下を呼び捨てにするエルザ先輩。

「お待ち下さい。私達は事情があるから、危険を承知で活動してる。殿下──ブレッシブは違うでしょう 」

 ヒナツ先輩もぎこちないながらも殿下を呼び捨てにした。殿下は気にしなかったが、仏頂面なのは変わらない。 
 
「俺は勇者です。あの話を聞いて、退く事はできない」

 殿下は義理堅かった。そして頑固だ。
 ヒナツ先輩は困った顔をする。
 
「でも──」
「ヒナツ先輩。まだ縹に入れ込む時じゃない」

「えっ」

 エルザ先輩の氷のように冷たい言葉が刺さって、俺は思わず声を漏らした。
 縹に入れ込む時じゃないって、どういう意味なんだ?

「そう──よね。これ、名前書いて」

 憂い顔を見せたヒナツ先輩は机から二枚の紙を取り出し、俺と殿下に渡した。
 入団届と書かれた用紙である。一応入団は認める、ということだろうか。

「でも、形だけの入団。私もエルザも認めないから」

 認められないらしい。

「なんでですか?」

 俺は玫瑰秋 晟大──メシア大司教の息子だ。
 どこに不満があると言うんだ。認められない要素がどこにあるというんだっ。フツフツと怒りが湧き出てくる。
 エルザ先輩は微かに目を細めて、俺と殿下を一瞥する。
 そして一つ溜息を吐いて、教室の隅にある革製のフラットタイプリュックを手に取った。

「水無のみなのつきにある縹学年行事、〈強制遠足きょうせいえんそく〉を乗り越えてこい」 
「二ヶ月後の行事? わざわざ何で!」
「でないと何も始まらんからのぉ」

 俺の怒声を軽くいなして「童は帰る」と、エルザ先輩は教室から出ていってしまった。
 状況が全く呑み込めない俺はその場で固まってしまう。
 と、ヒナツ先輩もエルザ先輩と同じ、学校指定のリュックを背負った。

「──そういう事だから。次来る時は強制遠足の後で、お願い」
「なんで、勝手すぎる! 俺達を認める気がないなら、殿下をスカウトする必要なんて無いだろっ!」
「私達だってっ──! 縹は、あなた達は……」

 ヒナツ先輩はそこで言葉を濁した。その言葉が意味深で、俺は首を傾げる。
 と、何故か泣きそうな顔をしてる先輩に、殿下は聞いた。

「その、強制遠足というのは?」
「……」

 ヒナツ先輩は扉に手をかけて止まる。俯いて何かしら悩んだあと首を軽く振る。
 泣きそうな顔を凍らせて、先輩は無表情で言った。

「夜刀学院、最初で最期の鬼門。これ以上、話したくない」

 パシッと扉を閉めて、ヒナツ先輩は行ってしまった。
 本当に意味がわからない。と、俺は先輩が出ていった扉を唖然として見つめていた。
 先輩達は何がしたいのだろう。俺達に入団して欲しくない、という訳でも無さそうなんだよな。その〈強制遠足〉とやらに何かあるのだろうか。
 こればかりは実際に経験してみないと分からない。なら、ここに居ても仕方がないだろう。
 それに、殿下と二人っきりなんて心臓が幾つあっても足りない。
 俺も学院指定のバックを背負って扉に手をかけた。一言殿下に挨拶しようと、一旦止まる。

「俺も行くます」

 ブレッシブ殿下は同級生だし、本人が言葉を崩して良いと言った。
 しかし王族であることは変わらない。対応に迷った俺は敬語とタメ口が混ざってしまった。
 恥ずかしくなって口に手を添える。殿下はぽかんと口を開けて、戸惑い気味に言った。

「お、お疲れ様ですます」

 真似しなくていいんだよ。殿下は変なところで真面目だ。
 余計恥ずかしくなった俺は、ヒナツ先輩と同じようにパシッと音を立てて扉を閉めた。
 後ろを振り向かずに、踏む度にギシギシ鳴る床を歩く。
 
 早く親父の情報が欲しい。早く親父を見つけたい。
 その気持ちだけが先走って独りでに手足が震えてしまう。
 もう同好会なんて入ら無くていいんじゃないか。なんて考えが脳裏をよぎる。
 けれど、複数人で調査した方が親父に早く辿り着けるだろう。俺は司教同好会に入団したい。まずはその〈強制遠足〉とやらを乗り越えなければ。
 同時並行して、ダメ元で白蛇教の資料を図書館で漁ってみよう。

 窓の外から見える橙色の夕空を漆黒が侵食している。春特有の暖かい隙間風に当てられて深呼吸する。 
 旧校舎から出ると桜の花弁がヒラヒラと散っていた。
 さっき自分の過去を振り返ったこともあり、ノスタルジックな気分に浸る。

「──桜」

 俺、なんで“桜”なんだろう。

 今まで一ミリも気にしなかった筈の疑問がふと浮かぶ。
 けど考えても答えに辿り着くわけが無いから、すぐに脳内から消した。
 
 どうせ、分かんないんだから。

 ◇◇◇

 ──閑話

 親父は5年前、夜刀警団に捕獲された後に脱走したらしく行方不明だ。
 自由を手に入れた俺は、その時間を使って親父を追っていた。
 色んな人に聞きこみをして、現場に行って、時には危ない目に会ったりして。

 そんな中で掴んだのが白蛇教、メシア大司教という存在。
 逆に言うとそれ以外何も分からなかった。
 
 親父の手がかりはゼロ。俺は行き場のない怒りを溜め込んで、泣きじゃくっていた。そんな時だった。
 
「少年──お困りかな? お兄さんが助けてあげようか」

 一年ほど前だろうか。王都ネニュファールにあるスラム街をフラフラと歩いていると、誰かに声をかけられた。
 俺よりも少し身長が高いが大人と呼べる程大きくも無い。むしろ小柄な男で、ローブを羽織って顔が良く見えない。明らかに怪しい人物だ。
 気がたっていた俺は「チッ」と舌打ちで悪態をつき、無視しようと背を向けた。
 と、男がぽんっと俺の肩に手を乗せたて、くっつきそうなぐらいの距離で囁く。
 
「君の探す男の最終目撃場所は都市ラゐテラ──蛇白桜夜刀学院だ」

 初対面なのに俺の目的を知る男が、怪しい人物から危険な人物へと昇格した。  
 悪寒がビリビリっと足元から全身に駆ける。怖い。今すぐにでも逃げたい。
 しかし、当時の俺は切羽詰まっていた。

「本当か……? 嘘じゃないだろうな!!」

 飢えた犬のように吠え、目の前の大きな釣り針にがっついた。

「ホーントっ♪ けど、白蛇桜夜刀学院に入んなきゃなんない。少年じゃあ無理だから諦め──ちょ、ちょっと?!」
 
 俺は走った。危険な男なんてほっぽって我武者羅に走った。
 今思えば、怪しくても彼からもっと詳細を聞くべきだった。けれど、行動力の強さは昔からの俺の良いところだ。

 その後はひたすらに勉強をした。タイムリミットは一年未満。俺は4年前外に出たばかりで、勉強するのはそれが初めてだった。
 そして志望校は世界一の難関校と名高い夜刀学院だ。
 
 合格は絶望的だった──が、合格したから俺は今ここにいる。

 そんなわけで、俺は夜刀学院に入学した。
 復讐の為に、この憎悪をぶつけるために。

 首洗って待ってろ玫瑰秋 晟大。俺が必ず



 ──すくってみせる
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 3.>>30 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
 

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.30 )
日時: 2023/04/04 18:23
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 3

 学院都市の外れにある小高い丘。
 赤髪の青年──ユウキは息を切らしながら、坂をゆっくりと登った。
 結構登っただろう、とユウキは息を吐いて来た道を見回す。
 ここは学院都市を一望できた。幾数もの黒瓦が光を反射して、白く鈍く輝いている。和風の建物が多い事もあり景色の色彩は低い。
 けれど背景の清々しい勿忘草色で、不思議と暗く見えなかった。とても綺麗だ。
 
「ここか……」 

 坂道の脇にある、小さな建物の前でユウキは立ち止まった。
 洒落た木造建築に、モダンでありながらも落ち着いたデザインの店構え。
 手入れが行き届いたステンドガラスと、庭の植木鉢に植えられた天然総色の花々が風にたなびいている。
 和風な建物が並ぶこの街では少し異質と言える、喫茶店があった。
 それでもあまり目立つようでは無く、遠目から見たら民家と間違えてしまいそうだ。
 ユウキは息を整えて扉を開けた。カランカランッ、とドアベルが鳴る。
 
「へらっしゃぁい! あっ……」

 店の奥から、白銀のように透き通った声が飛んで来た。
(挨拶が雰囲気ぶち壊しだな)
 ユウキは心の中で苦笑いする。
 
 奥から洋風のエプロンを来た、声の主であろう店員が出てきた。パッと見女性か男性か分からない。
 バンダナキャップを被っていて髪は見えないが、赤い目をしてるから炎系統適正者だろうか。

「あっ、あぁー! 初来店のお客さんかな?」

 店員はハイテンションで朗らかだ。

「問題ないか?」
「全然無い無い! こちらの席へどうぞー!」

 席へと案内される。そこでユウキはとある違和感を覚えた。
(店員が虚言を吐いた様な──いや、気の所為か)
 ユウキは軽く首を振る。
 案内された席は外の様子が見えるテーブル席。小高い丘にあるため都市の街並みが一望できた。

「ご注文はお決まりですか?」

 店員は座ったユウキにメニューを差し出す。
 
「待ち合わせしてるんだ。友人が来てからでいいか?」
「かしこまりました〜!」
 
 厨房へ向かう店員を見送って、ユウキは軽くメニューに目を通した。
 選択授業説明会から数週間経った皐月の月。入学式から1ヶ月が経っていた。今日、ユウキはルカとこの喫茶店で話す約束をしていた。議題はヒラギセッチューカとヨウについてだ。
 ルカとユウキは、嫌厭の対象であるヒラギセッチューカを気にかけていた。片方は恩から。もう片方は親近感から。
 しかし二人共、ヒラギセッチューカとは選択授業説明会の日から会えずじまいだ。ユウキとルカの傍には大体ヨウが居るから、ヒラギセッチューカは近付かないのだ。自分を嫌う人物の傍に理由もなく寄る事などないから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 
 ユウキは煩わしいとまでは行かないが困っていた。
 仲直りをさせるさせない以前に、気にかけている相手と会えない、と。それはルカも同じで、恩人に何も出来ないまま会えないのは嫌だった。
 二人は一度、ヨウにヒラギセッチューカとの和解を持ちかけたが、ヨウは笑顔で「魔女と穏やかに解く仲なんてねぇよ。それより──」と、話を逸らすのだ。
 一度作戦会議をしよう。ルカはユウキにそう言った。

 カランカランッとまたドアベルが鳴る。
 ルカが来たのだろうか、とユウキは反射的に扉に視線を移し、絶句した。

「えっ……」
「いらっしゃ……えっ」

 店員も絶句した。
 そこには長身に褐色と金髪。尖った耳を持ったエルフの少女、ルカと。

「こーんにーちはっ。赤髪の青年──ユウキってここに来てる?」

 漆黒の長髪を1つに縛る、暗赤色の瞳を持つ長身のニコニコした男性。いや、女性──無性が居た。
 夜刀やつの 月季げっか、学院長だ。

「なんで、学院長が?!」

 信じられない光景にユウキは驚きの声を上げる。
 ユウキに気付いた学院長は「おー、いた!」と笑って手を振った。

「俺もアオハル参加していい?」
「ユウキ、ごめん。捕まった……」

 ゲッソリとした顔で謝るルカ。ユウキは困惑しながらも「ど、どうぞ……」と言葉を絞り出した。
 店員に案内されて、ユウキの隣にルカは座る。学院長は二人の向かい側に座った。手作り感があるメニュー表を眺める学院長を前に、二人は石像のように動けないままでいる。
 店員も同じだった。水入りコップを三つ置いて、「ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」と逃げるように去ってしまった。

「あの、学院長。なぜこちらへ?」

 厨房へ入る店員を横目に、ユウキはおずおずと聞く。

「あー、アブラナルカミがナンパされてたから華麗に助けたんだよ。そんで目的地同じだったから、一緒に来ちゃった!」

 ニマッと学院長は笑う。学院長という自身の立場を弁えないふざけた態度である。
 彼は様々な職や肩書きの持ち主だ。なのに呑気に生徒と喫茶店に来ることに、ユウキは驚きを隠せなかった。

「いや、軟派というか何と言うか……。ちょっとちがうというか……」

 と、ルカは青い顔して額を抑える。どうやら学院長の説明には語弊があるらしい。ユウキは聞いた。

「えっと、何があったんだ?」
「それがさぁ、ここへ来る途中──」

 ◇◇◇

 エルフというのは、この世界にとっては異質な存在であった。
 それは単に珍しいからだけでは無い。しかし、それを知るのは一部の者だけ。過半数の人々は、珍しいからという理由でルカを白い目で見ていた。
 ディアペイズの人々は無意識に、珍しい存在と白の魔女を結びつけて考えてしまう。エルフも白の魔女と何かあるのでは──と思わずにはいられないのだ。

「アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ。外界との接触を絶っているエルフにも拘わらず、何故わざわざ故郷を出て夜刀学院に入学したのだ」

 ブレッシブ・ディアペイズ・エメラルダも、その一人であった。
 共通授業が終わったばかりのお昼時。人通りが多い繁華街のど真ん中で、ルカはブレッシブに通せんぼされていた。
 通り過ぎる人々の視線が痛く、ルカは表情を歪ませる。

「関係無いでしょ」
「やましい事があるのならば、アブラナルカミの志望動機に俺は関係がある」

 ブレッシブはガタイが良く、身長も175cmと同年代では大きい方である。しかしルカも177cmと長身だ。
 睨み合う二人が放つ強い威圧感で、周辺はすっかり静かになっていた。

「やましい事って何」
「白の魔女──とか」
「珍しいからって、すぐソーユー架空の存在と結びつけるのはどーなの?」

 外界との繋がりがシャットアウトされたエルフの里で育ったルカは、ディアペイズの人々とは価値観が違った。
 白の魔女を十割型架空の存在と思っている。
 
「エルフも半分、幻の存在だ。疑わしきは罰する──とまでは行かないが、相応の事はする」
「ヒラギの時もそーだったけど、なんでそう極端な訳? あなた、友達居ないでしょ」

 仏頂面だったブレッシブは、顔を引き攣らせた。歯をギリっと擦らせるも、態度は変えない。

「話を逸らすな。質問に答えろ」
「入学理由にやましい事は無い!」
「それを判断するのは俺だ。答えろ」

 一向に引かないブレッシブにルカは恐怖を覚える。
(これ、私が答えるまで引かない奴だ)
 とは思うが、ルカは素直に答えられる理由で、夜刀学院に入学した訳じゃ無かった。
 即興の嘘でも吐こうか。いや、王族の前で下手に嘘を吐いても、調べられたら簡単にバレてしまうかもしれない。
 ルカはブレッシブから目を逸らし、両手を握りしめた。

「答えろアブラナル──」
「やぁ、元気?」

 と、場の雰囲気を壊す飄逸な声がブレッシブの背後からした。
 気付かぬ内に背後を取られていた事に驚いて、ブレッシブはバッと振り向く。

「が、学院長……?」

 ルカは驚きの声を上げた。
 瞬きする前は居なかったはずの学院長が、目の前に堂々と立っているのだ。学院長はニッコリと笑って、ルカにヒラヒラと手を振る。

「偶々通りかかったんだ。
 まぁたブレッシブ、喧嘩のバーゲンセールやってるの? ソーユーのはここぞと言う時にぼって売った方が儲かるよ?」
「貴方という人は……! まさか白髪に留まらず、エルフの入学まで黙認しているのですか!!」
「黙認なんて失礼な。公認だよ?」
「なおタチが悪いです!」

 ブレッシブの言葉に学院長はうーんと軽く唸る。
 不安そうな顔をしているルカを一瞥して、学院長は苦笑した。

「白髪はともかく、エルフに害が無いのは確実だからさ。ここは見逃してあげてくれない?」

 それではまるで、白髪には害があると言っているようなものじゃないか。
 聡いブレッシブは眉をひそめるが、今は白髪の話では無い。彼は思ったことを胸の奥にしまい込んでもう一度口を開く。

「信用できません!」

 ブレッシブの声が辺りの空気を叩いて、ルカは思わずビクッと体を震わす。
 うーん、と学院長は唸った。
  
「ブレッシブ。ナンパはもっと紳士的にしよう?」
「軟、派?!」

 ブレッシブはその場で固まった。そんな気など全くなかったからである。それを面白そうに眺めた学院長は、流れるようにルカの手を取った。
 ルカはその自然すぎる動きに驚いて「えっ?」と思わず声をあげる。

「例えば、こうやって」

 と、学院長は軽くジャンプした。足に入れたであろう力と見合わない勢いで学院長は上空へ飛ぶ。
 手を取られていたルカも共に昇った。

「え? えっえ?!」

 ルカは状況が飲み込めない。ブレッシブも同じで、口をポカンと開けて見上げていた。
 唐突に地上十数メートルへ連れてこられたルカは、恐怖で足をバタバタ──出来なかった。
 何故なら、地に足が着いてたからだ。宙に浮いてるはずなのに。まるで透明な地面を踏んでいるかの様。

「足を前に出そうか。そうそう、歩けるでしょ?」

 学院長に手を引かれ、ルカは見えない地面をゆっくりと蹴る。と、たった一歩で数メートル先まで簡単に飛ぶ。
 重力が仕事をしていない。ルカはドッドッドッと鼓動を鳴らしながらそう思った。

「学院長! それでは軟派ではなく誘拐です!」

 小さくなるブレッシブが叫んだ。
 学院長は「はははっ!」と高笑いをして叫び返す。

「なら守って見せてよ勇者サマ!」

 そんなこと出来るわけがない。ブレッシブは遠ざかる学院長とルカを眺め、怒りで拳を握りしめた。
 底が見えない蒼を溜め込んだ空の元、ルカと学院長はゆっくりと歩く。
 マントがバタバタと音をたてる程強い向かい風が吹いて、ルカはそのスピードの速さをヒシヒシと感じた。
 新鮮な感覚に動揺しながらも、彼女は頭上の学院長に言った。

「あ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして! どちらへ向かわれるおつもりで?」
「丘の上の、喫茶店の──狐百合きつねゆり 癒輝ゆうきとの用事があるんです」
「あー、あそこ? 俺も行くところだったからさ、折角だから一緒に行こうか!」
「え、ええっ?!」

 ルカは学院長の言葉にギョッとした。
 学院長が良く言う冗談なんじゃないか、と思ったが、喫茶店が近付くにつれて学院長が本気であることが分かる。

(この人、自分を安売りしすぎじゃない?!)

 一応学院長こと夜刀 月季は、この世界の君主と同等か、それ以上の権力を持つ。今回のようにカジュアルに接せられると心臓にとても悪い。ありがた迷惑であった。
 喫茶店に近付くにつれ、高度も自然と下がっていく。
 学院長の魔法なのは一目瞭然だが、その仕組みはルカも全く分からなかった。
 羽毛のようにゆっくりと落ちる。ルカと学院長は静かに店の前に着地した。学院長は扉を開けて、カランカランッとドアベルを鳴らす。

「こーんにーちはっ。赤髪の青年──ユウキってここに来てる?」
 
 そのまま喫茶店に入って、今に至る。


 4.>>31

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.31 )
日時: 2023/04/04 18:24
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)


 4

 ◇◇◇

「軟派……軟派?」
 
 話を聞く限り、とても軟派とは思えない険悪さにユウキは困った顔をする。事実あれは軟派では無かった。詰問だ。
 学院長はそれを分かった上でふざけている。と分かるユウキとルカは頭を抱えた。ブレッシブも苦労するな、とユウキは思う。

「で、二人は何故この喫茶店へ? 唯のデート?」
「でぇっ?!」

 思わぬ学院長の言葉にルカは声を裏返す。ルカにそんなつもりは無いが、そう言われると嫌でも意識してしまうのが思春期だ。
 意図せず頬が赤らんでしまって、それが恥ずかしくて余計顔が赤くなる。悪あがきでルカはイーッと嫌な顔をした。

「いえ、人間関係のいざこざで。ルカと相談をしようと──」

 一方のユウキは全く意識しておらず、普通に返事をした。
(バカみたい)
 ルカは自分だけ変に意識しすぎている事に、また恥ずかしくなった。横を向いて手で顔を仰ぐ。
 それを微笑ましく思いながら、学院長はメニューを開いて二人に差し出した。

「なら、学院長がアドバイスしてあげよう。その前にほら、ご注文。早くしないと何も買わない嫌な客になっちゃう」

 ユウキとルカはハッと我に返り、じわじわと罪悪感を感じた。早く注文を決めようと、メニューをまじまじと見る。
 二人をニコニコと眺めながら、学院長は店員を呼んだ。

「あ、すみません、店員さーん!」
「待っ、私達まだ決まってません!」
「知ってる。だから早く決めよう!」

 学院長はしょうもないイタズラを仕掛けて楽しんでいた。学院長ともあろうお方が、と忌まわしく思いながら二人は必死でメニューに視線を走らせる。
 焦れば焦るほどアレは違う、これも気分じゃない、と悩んで中々決められない。
 と、店員が足早にやってきて聞く。

「ご注文はお決まりですか?」
「あぁ、オススメある?」

 学院長の問いかけに、店員は緊張気味に答えた。 

「オススメは店長が淹れたコーヒーですね! あとこのフルーツケーキと相性抜群っ!」
「じゃ、じゃあその二つで!」

 どっちつかずで決められなかったルカは言う。学院長もルカに続いて「俺も同じのを」と頼んだ。
 
「俺は甘いもの苦手だからコーヒーと、ビターチョコクッキーで」
「お客さん大人〜! ご注文は以上で宜しいですか?」

 ルカとユウキが頷くと、店員は受けた注文を復唱して厨房へ向かった。学院長はメニューを元の場所に戻して二人に聞く。

「そういえば、相談って?」

 ルカとユウキは顔を見合わせる。まだ学院長に相談するかどうか悩んでいるのだ。でも二人で話しても解決策は出そうに無い。
 数秒躊躇ってルカは口を開いた。

「えっと、ヨウとヒラギが──」
  
 入学式でのこと、選択授業説明会の前に起きた事を大体伝える。何とか和解させたい。そうじゃないと恩人であるヒラギセッチューカに会えない。と、ルカ自身の意思も話した。
 あらかた聞き終わって、学院長はうーんと軽く唸って聞く。

「玫瑰秋 桜と、ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーは和解を望んでいるのかい?」

 ルカは罰が悪そうに学院長から視線を逸らした。
 ヨウはヒラギセッチューカとの和解を望んでいないし、ヒラギセッチューカの意思も知らない。
 ルカは自分勝手に二人を仲直りさせようとしていて、本人達の意思は汲んでいないのだ。

 しかし、ルカはどうしても二人を和解させたかった。
 エルフの彼女はどうしてもクラスの輪から外れてしまう。その前に、友達すら出来ないだろう。恩があるというのは都合の良い建前で、本音は幸運に掴んだ友人であるヒラギセッチューカを離したく無いのだ。
 それに、ヨウの高慢さを見たルカは、ヨウと仲違いするのは時間の問題、と考えていた。だから余計、ヒラギセッチューカと仲を深めるために会いたい。
 ヨウが邪魔なのだ。

「ヨウは望んでないです」

 と、ユウキがハッキリ言った。ルカは自分の非が増えた気がして顔を青くする。

「白の魔女という存在がヨウの色眼鏡にどれほど影響してるかは分かりません。ただ、ヒラギの中身が好きでないのは本当、だと思います」
「アレ、クズだもんね」

 学院長はケラケラと笑った。
 生徒であるヒラギセッチューカを“クズ” “アレ”呼ばわりなんて、学院長も人の事を言えない。
 ユウキは不快感の黒霧に胸を包まれてモヤッとするも、話を続けた。
 
「それでも、俺はヒラギとヨウに仲直りして欲しいと思います。からかうヒラギも悪いが手を出すヨウも悪い。俺らの都合がどうであろうと、お互いに謝るべきなのは変わらないでしょう」

 学院長は水を一口飲んで「一理ある」と言葉を零した。

「それで、ヒラギセッチューカはそれを望んでいるのかい?」
「『去る者は追わず来る者は拒まず、なの私は。仲を取り持つなら“ユウキが”精々頑張って』と、ヒラギは言っていました」

 ルカはそれが初耳であった。
 いつの間にヒラギセッチューカと会って聞き出したのだと驚き、目を見開く。
 
「なるほど、好きにしろと……」

 学院長はそう彫刻の様な綺麗な微笑みを浮かべる。
 それがあまりにも不気味だったため、ユウキはゾッとして聞いた。

「えっと、お気を悪くさせてしまったら申し訳ございません」
「いや、そんなことないよ? 怖がらせてごめんね」

 さっきの石像の様な硬い微笑みから一変、申し訳なさそうに苦笑した。
  ユウキは視線を鋭くさせる。
 飄々とする学院長への怒りではなく、微かに湧き出る恐怖からで。
 学院長は態度がふざけている事もあり親しみ易いが、ふとした時にゾッとするような、恐ろしい雰囲気を放つ事がある。
 ユウキはそれが怖かった。 

「玫瑰秋とヒラギセッチューカか……」

 学院長は手を顎に添え、窓の外を眺めて考える。ユウキとルカにとって居心地が悪い沈黙が生まれた。

 生徒同士の仲は良いに越したことはない。ただ学院長にとってヒラギセッチューカは別だった。
 白髪のせいで人々が恐怖するのは良くない。目立つ行動をとって無駄に人々の神経が張り詰められる事となると、余計だ。ヒラギセッチューカがそんな事をするとは思えないが、玫瑰秋が関わると断言は出来ない。
 このままの状態でいてくれれば好ましく思うが──

(ヒラギセッチューカと玫瑰秋が和解しないと、アブラナルカミがクラスで浮いちゃうんだろうね)

 学院長は無意識にルカを一瞥する。ルカは怯えて身体を震わせた。ルカはエルフであるため、嫌でもクラスで浮くだろう。それでも友人が居ると居ないとでは雲泥の差である。
 ルカの友人が多い──居場所があると、他生徒と関わる機会が減る。生徒達が無駄にエルフを怪しみ、怯えることも無くなるのだ。
 学院長にとっても、ヒラギセッチューカとヨウには和解して欲しい所である。しかし──
 
「はぁっい! おっまちどーさま!」

 と、明るい店員の声が手榴弾の如く学院長の思考と場の沈黙を破った。
 声をかけられるまで店員の存在に気付けなかった学院長は、驚いてバッと店員の顔を覗く。暗赤色の瞳に映ったのは、そこら辺に居るような存在感の無い普通の顔だった。

「店長のオリジナルブレンドコーヒー二つとフルーツケーキ二つ! ビターチョコクッキーでーす!」
 
 店員はハイテンションで、お盆の品を机に乗せてゆく。コトンッと、机に陶器が擦れる音が不規則に鳴る。
 目の前に置かれたコーヒーから出る湯気が、ユウキの頬を撫でた。スンッと一息吸ってみると、香ばしくもフルーティーと、矛盾した温かいアロマが顔面の内側全体に広がった。
 美味しそうなコーヒーだ、とユウキは自然と口角があがる。
 と、注文した記憶のないスイーツが一種類。
 ルカは怪訝そうに聞く。

「店員さん、ナニコレ?」

 白い皿に乗った無地の枡が三人の前に置かれた。枡の中には鶯色の豆腐が入っていて、上から濃い緑の粉末がかけられている。
 匂いを嗅いでみると抹茶の香りがする。初めて見る食べ物にユウキとルカは首を傾げた。
 
「抹茶の粉末を入れた蒸しプリン。抹茶プリンです!」
「ネーミングまんま何ですね。でも、私達頼んで無──」
「店長がサービスと。是非召し上がってください!」
 
 店員が白皙の手を広げて、どうぞとジェスチャーを行った。サービス──学院長が居らっしゃるからか。とユウキは納得する。
 学院長は枡を両手で軽く覆い、笑って言った。

「ありがたく受け取らせてもらうよ。あの頑固者店長にお礼言っといて?」
「会計際に店長を呼びます。その時にご自身でお礼してくださいっ。では、ごゆっくり」

 店員はお盆を胸に、綺麗な一礼をして空気に溶け込むように去っていった。


 5.>>32


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