ダーク・ファンタジー小説
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- 【々・貴方の為の俺の呟き】
- 日時: 2023/12/07 18:49
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)
【目次】
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。
エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ
【第一節 縹の狼】目次 >>2
【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】
◇◇◇◆◇◇◇
《注意》
○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
物語構成に荒が多いです。
○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。
○死ネタが含まれます
◇◇◇◆◇◇◇
この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
──クソッタレたこの世界の
素晴らしい産物だ──
これは、満足する”最期”を目指す者のお話
また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
全て、”貴方の為だけの”お話
◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.22 )
- 日時: 2023/03/26 19:01
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
7
それでも、ヒラギセッチューカはユウキの言いたいことを察していた。
「あのまま逃げてもユウキと同じ轍を踏むだろうし。戦う準備してきた」
ヒラギセッチューカは先程投げた木刀を見せながら、ゆっくりと起き上がる。
ユウキを見放しても自分が捕まるのは時間の問題。ならば戦うしかない。あの時、ヒラギセッチューカはそう即決した。だからユウキを囮にして武器を探しに行ったのだ。
その決断に躊躇いが無い点は、彼女の性根の腐り具合が窺える。
(まさか、買ったら後悔する土産トップ3に入るであろう、木刀があるとは思わなかったけどね)
ヒラギセッチューカはユウキの上半身を起こし、数回肩を叩く。
「というか、青年大丈夫? おーい」
焦点が合わず、口を開いて唾液を垂れ流すユウキ。脱力してヒラギセッチューカに全体重をかけて「あ゙あ゙あ゙」と唸っている。
それを見て流石のヒラギセッチューカも動揺し、おちゃらけた言葉に焦りが見えた。
『シロォ……?』
そんな二人を妖怪は興味深そうに見下げる。
そして、虫取りする子供のように、ゆっくりと二人に腕を伸ばした。
ヒラギセッチューカは危機感を覚え、必死で頭を回す。
(どうしよう。またユウキを見放す? けどこれ以上苦しまれると、流石に気分が悪い。
かと言って守りながら戦えるほど私も強くないし……)
刻一刻と迫る巨大な黒い掌。
ヒラギセッチューカの胸の音が決断を急かすように早鐘を鳴らす。
それを鳴り止ませたいがために、ヒラギセッチューカは自身の胸を鷲掴みにした。
『ヤット、シロ……』
妖怪の呟きに近い言葉が、その意味が、微かにヒラギセッチューカの脳裏を掠めた。
出会ってからずっと『白』を連呼するのに、ユウキを『チガウ』と妖怪は言う。
(相手の狙いは十中八九私だ。ということは、ユウキには興味無い?)
妖怪の掌の影が二人を覆う程までに近づくが、ヒラギセッチューカはもう次にやることを決めていた。
「こっち……。ほらほらこっちこっち!」
ヒラギセッチューカはユウキを寝かし、挑発しながら木刀を持って走り出した。
またもやユウキは置いてきぼりにされる。しかしユウキは置いてきぼりにされたことすら理解出来ていない。
ただ、ヒラギセッチューカが危険だと言うことは何となく分かった。
「あ、ぁっ」
ユウキが嗚咽を漏らしたと同時に、視線がヒラギセッチューカに釘付けの妖怪も動き出す。
長く太く多い腕を器用に動かし、妖怪は走り出した。
彼女の予想通り、妖怪の狙いはヒラギセッチューカだったようだ。
『シイィィッロォッ!』
妖怪の金切り声を背に受けて、ヒラギセッチューカの体に電流が走って震える。けど走ることは辞めない。
それどころかヒラギセッチューカは生意気に、威勢よく言った。
「妖怪さぁん! 正々堂々の一騎打ちしましょうよ!」
『マッテエェェッッ!』
妖怪は、まるではしゃぐ幼子のように叫び、スピードを上げた。
ダダダッと、リズム良く地面を叩く妖怪の腕々に焦燥感を煽られる。
それがもどかしくて、ヒラギセッチューカは落ち着つこうと胸を摩った。
ある程度ユウキと距離が開いたと判断すると、急ブレーキかけてその場で止まる。
止まらない妖怪。止まらない心音。
恐怖を、苛立ちを、興奮を、不安を。
右足をタンタンと鳴らし外に出す。
(妖怪ってなんの攻撃が効くんだろう。というか倒せるのかな。私の攻撃が全て無効になるかも──)
それでも彼女の不安は止まらない。しかし、これ以上感情を発散させる方法も余裕もない。
ヒラギセッチューカは想いの全てを自身の内側に押しこんだ。
勢いよく木刀を振り上げ、妖怪に向ける。
「“怖い”ってこういうことだったね。もう経験したくないな」
木刀を持つ彼女の手が、微かに震える。
体や脳の奥の奥。核に近い部分が叫び暴れる。逃げたい、怖い、行きたくないと。
しかし、逃げた方が苦しい目に合うだろう。
(どっちも嫌だな──)
ヒラギセッチューカは、妖怪に向かって走り出した。
8.>>23
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.23 )
- 日時: 2023/03/27 21:49
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: rOrGMTNP)
8
『シロッ! ヨコセエエエ!』
妖怪が体から幾つもの黒い腕を生やしてヒラギセッチューカに掴みかかる。
ヒラギセッチューカは簡単にかわした。
(あの勇者の剣術の方がよっぽど速いから躱すのはカンタン。
けど、油断して触れたら不味いし余裕はこけない──)
腕を躱すのは簡単だ。しかし、連続する単純な動きほど起こりやすいミスは無い。
ヒラギセッチューカは手に汗を握りながら慎重に、黒い手に触れないよう心がける。
だが、いつまでも避け続ける訳にも行かない。そう考えたヒラギセッチューカは一旦動きを止めた。
(なにかしら反撃しないと)
「〈参・氷塊〉」
初級である氷魔法の詠唱。
ヒラギセッチューカが唱えると、宙に手のひらサイズの氷が数多現れる。
それらは一直線に妖怪へ飛んだ。
危機を感じたのか妖怪は、体からまた何本も腕を生やして胴体をガード。
氷が妖怪に命中したのは同時だった。
「あれっ、効いてない?」
鳴った音はパリンでも無ければガシャンでも無い。ボトンッ。片栗粉水に落とした様な音だ。
黒い霧の集合体の様な腕に氷がゆっくりと飲み込まれて、消えた。
「まさかっ……」
──妖怪は触れた物の〈魔素〉を吸収する特性があるのです。
ヒラギセッチューカは陰陽師コースの体験授業を思い出す。
そう。妖怪は魔法を魔素として吸収している。
魔法が効かない上に魔素を吸収して強化もするのだ。
それに気付いたヒラギセッチューカは、絶望をため息として吐き出して呟いた。
「ファンタジーにそれアリ?」
”魔法”という攻撃手段を全て奪われた。ヒラギセッチューカを無力感が襲った。
(いや、悲観しても絶望しても、状況は変わらない)
ヒラギセッチューカは、手元にある木刀を力いっぱい握って自身を鼓舞する。木刀が落ちない程度の軽い力で握り直す。
と共に、向かってくる黒い手を睨んだ。
「ふんっ!」
掛け声を漏らして腕を振り上げる。
木刀は空気抵抗をほぼ受けず空を切り、妖怪の腕を叩いた。
「当たった?!」
ユウキを持ち上げられる程の強度があることは分かっていた。
けれど、物理攻撃がまともに効くとは思わなかった。
妖怪の正体が不明すぎるが故に警戒を強めていたヒラギセッチューカは驚く。
感触はあるが、人の肉ほど固く無い。
軽く木刀を振り上げて妖怪の腕に食い込ませる。と、紙粘土を切る様な感覚がした。
(もしかしてこれ、斬れるんじゃ?)
ヒラギセッチューカは更に力を加える。とても簡単とは言えないが斬れた。
黒く半透明な霧の塊。それが木刀の軌道に沿って、綺麗に散ってく。
斬られた腕は放物線を描いて地面にベチャッと落ちた。
形が崩れ溶けて魔素となり、蒸発するように消えて行く。
「……」
ヒラギセッチューカはその様子を憂い顔で眺める。
しかしそんな事をしてる暇など無い。隙をついて、また腕がやってくる。
ウゾウゾとしなる不気味な腕に、ヒラギセッチューカは背筋をゾッとさせた。
「うわっ!」
と驚きながら、反射神経が腕を斬る。
妖怪の体は紙粘土のようで、感覚的には斬ると言うよりちぎるという方が正しいかもしれない。
奇妙な肉体を斬り続けるヒラギセッチューカは、その感覚を噛み締めながら考える。
(学院長と体の作りは同じ? ますます”妖怪”の正体が分からない)
『シロ……シロヨコセ!』
妖怪に感情があるのか、痛覚があるのかは分からない。ただ妖怪は怒るように叫んだ。
ヒラギセッチューカは怯え、身構える。
雄叫びを上げた妖怪は、間髪容れず複数の腕をヒラギセッチューカに伸ばした。
遠心力で動かない体を力任せに動かして、またヒラギセッチューカはかわし始める。
「はぁ、はぁっ……」
呼吸が荒く、動きが鈍くなり、動く度に汗が地面に落ちる。
別にヒラギセッチューカは物理戦闘が苦手という訳では無い。
むしろ体質上、今の彼女には魔法より物理の方が得意まであるだろう。
しかしヒラギセッチューカの視界は元々悪く、その上結界内に漂う白い霧のせいで、視界情報が0と言っても過言で無いのだ。
(更に魔法無効とお触りNGって。キッツ……)
絞ったスポンジの様に汗が湧き出てくる。
狐面も蒸れて呼吸もし辛い。物理的に視界も塞いでるから邪魔だ。ただ狐面を外せる余裕がない。
9.>>24
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.24 )
- 日時: 2023/03/28 17:10
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: jfR2biar)
9
「打開策、何か打開策──」
追い詰められた余り、心の声を漏らしてヒラギセッチューカは考える。
妖怪の体を構成するのは恐らく魔素だ。
魔素というのは、存在の“核”から自然生成もされる。
生物ならばその“核”は魂。しかし、妖怪はとても生物とは思えない。
何かしら魂以外の核があるはずだ。
「目玉──。こういうのは目玉が弱点って、相場が決まってなかったっけ?」
それは、ただの仕様も無い勘である。くだらない、ヒラギセッチューカの。
しかし黒い胴体と比べて、白く大きく一番目立つ目玉に目をつけるのも、間違いではなかった。
“目玉が核”とヒラギセッチューカは自身の直感を信じきる。
そして、先程と同じように四方八方の腕をかわし続ける。全ての腕の根源である妖怪の胴体へと歩を進めながら。
ヒラギセッチューカの前方から腕が伸びてくる。
それは今までの様にしなっていなかった。
弓矢のように真っ直ぐと、ヒラギセッチューカの足元に伸びてくる。
(急に動きが単調になったな。疲れたのかもしれないし、好都合!)
その慢心が、命取りであった。
ヒラギセッチューカはその腕を軽くジャンプしてかわすも、着地点に先回りして別の腕が伸びる。
しかし目が悪いヒラギセッチューカは気付いて居ない。
「あ゙あ゙っ!!」
ヒラギセッチューカの足首に激痛が走る。
単純な動きの腕は、ヒラギセッチューカの気を逸らす囮だった。
妖怪が掴む足元から、蛆虫が肌を這い回る様な痛みが襲う。
魔素という体内のエネルギーを吸われているのに、溶岩が肉を裂き、骨に異物が入る様な激痛。
それが木の根のように足首からふくらはぎ、腰へと徐々に侵食していく。
「頭ぁいいねぇ! 魔素の塊のくせにっ!」
ヒラギセッチューカは自身の足を掴む腕を蹴りながら、皮肉を叫んだ。
魔素の塊で、正体不明で、生きているかどうかも分からない妖怪に、恐怖を越えて怒りが湧き出てくる。
痛みを吐き出すようにヒラギセッチューカはもがく。
しかし、腕は一向に離れる気配がしなかった。
ふと、学院指定のブーツを履いている箇所だけは痛くないことにヒラギセッチューカは気付く。
(このブーツは、魔素を通さない?)
魔素逆流の激痛に襲われるヒラギセッチューカにとっては今更な事だったが。
「こっの、ぐっぞ! 離して!」
ヒラギセッチューカは足首を掴む妖怪の腕を斬るために木刀を振り上げる。
しかし、それを阻止するように別の腕がヒラギセッチューカの腕を掴む。
「ひあ゙ぁっ!」
別の痛みの源が生まれてヒラギセッチューカは叫ぶ。
それが合図になった。妖怪から伸びる腕の全てがヒラギセッチューカに集まる。
電柱ぐらい太く、黒く、ウゾウゾと動く腕が白皙を隠す。
ヒラギセッチューカの胴体を絞める様に腕がまとわりついて、白が見えなくなっても尚、上から腕が重なり続ける。
「うぁっ、あ゙あ゙っ……」
ついにはヒラギセッチューカより一回り大きい黒い繭が作られた。
それは地面から浮いて、妖怪の胴体がある高さへ持ち上げられる。
(痛い痛い熱い熱い──何も感じない)
溶岩に焦がされ続けて神経が燃え尽きてしまったのか、ヒラギセッチューカは感覚が無くなっていた。
勿論、激痛も、紙粘土の様な黒い腕に包まれていることもヒラギセッチューカは感じている。
ただ、脳みそが麻痺してしまって何も感じていないと錯覚してるだけ。
(あぁ、地獄だ──)
ヒラギセッチューカはその感覚に覚えがあった。
死にたくとも死ねない。ただ痛みに身を焦がされ続け、絶叫し続け、何も考えられなくなるこの状況に。
(死ねたら楽になるのに、一向に死なない──)
ヒラギセッチューカは徐々に弱っていて、このままだと命が尽きる。
しかし、感覚が麻痺して身の危機を知らせる“痛み”という機能が働いてないヒラギセッチューカは、自身が死なないことに疑問を覚えていた。
(永遠に感じる痛み──)
恐怖の感情が脳から溢れ出てくる。
この痛みから、恐怖から離れたい。その気持ちだけがヒラギセッチューカの脳を這い回り理性を奪ってゆく。
頭の液体が物凄い勢いで蒸発していくような感覚と共に、ヒラギセッチューカの意識が薄れていく。
──ヒラギセッチューカの体が溶けてゆく
10.>>25
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.25 )
- 日時: 2023/04/04 17:47
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: eOcocrd4)
10
「ひらぎぃっ!」
薄れかけたヒラギセッチューカの頭に、稲妻のように声が走る。
刹那、前触れもなくヒラギセッチューカを包む腕の一部が抉れる。真っ暗な視界に外部の光が乱入した。
激痛で頭が働かない。それでも状況を理解しようと、ヒラギセッチューカは狐面越しに外を見た。
「あぁ、狐百合 癒輝──」
腕の向こうに映るのは、震えた足で立つユウキだった。
ユウキは何故か、片手を銃の形にして妖怪を指している。
ユウキが放った魔法が腕の一部を抉った。そうとしか考えられない状況にヒラギセッチューカは疑問を持つ。
(妖怪に魔法は効かない筈じゃ? まず魔素逆流を受けたのに何故立ってられる? 何故魔法を打てる?)
「ヒラギ出て来いっ!」
ユウキの怒鳴りに近い叫びに疑問が全て吹っ飛んだ。
恐怖と痛みから開放されるチャンス。それをみすみす逃しそうになった自分にヒラギセッチューカは怒りを覚える。
縛りが緩んでいる妖怪の腕。
ヒラギセッチューカは激痛を受けながらも、空いた穴に手を伸ばす。それを阻止するように、妖怪は新たな腕で穴を塞ぎ始めた。
徐々に消えゆく外界からの光。ヒラギセッチューカの腕は、力無く落ちようとしていた。
(別に、このまま陰陽師を待てば良い話だし──)
自身が妖怪に捕まっていればユウキに危険は無い。死ぬわけでも無さそうだし、無理に抵抗する必要は無いんじゃ。
何故必要に抵抗しようとするのだろう。
何故必要に痛みから逃れようとするのだろう。
ヒラギセッチューカは自分に言い聞かせて、諦め始める。
(違う、そうじゃない。なぜ私は夜刀学院に入学した。なぜ、自身の危険を顧みずに、皆を置いて、夜刀の傍に来た!)
効率とか、非効率とか、そんなの関係ない。
これは、ヒラギセッチューカという“人格”の。アイデンティティの問題だ。
「必ず貴方を救って見せるって! 晟大っ!!」
彼女は入学前、何があったのか。“晟大”とは誰のことなのか。
ヒラギセッチューカ以外、知る由もない。
ブチブチブチ
ゴムをちぎる爽快な音が鳴る。それは一向に止まることなく、連鎖する様に音が重なる。
黒い腕を蹴り、殴り、掴み、噛みちぎり。
ヒラギセッチューカは必死で脱出を試みる。
「いだい、いだいいだいいたい痛い痛い痛い!!!」
ヒラギセッチューカは喉という機能を上手く使わず。元々の白銀のような美しい声が出る喉で力任せに発声し、汚い声で叫ぶ。
考えていることは『痛い』
ただそれだけ。
さっきの決意が考えられない。過去も因縁も入る隙が無い程の激痛が襲っている。
それでも、体は自然と光に向かいもがいていた。
「あ゙ああぁぁっ!」
叫び声が発せられたのと、ヒラギセッチューカが解放されたのはほぼ同時だった。
腕から解放されたヒラギセッチューカは、重力に従って地面に落ちていく。
それを見逃すまいとヒラギセッチューカに伸びる黒い腕。
薄れゆく意識の中、必死でヒラギセッチューカは妖怪を見やって、木刀を強く握りしめた。
「くぅっ……」
空気を噛み砕くような声を出す。ヒラギセッチューカは落ちながらも、滑稽にもがき体勢を変えた。
伸びてくる腕に無理やり足を付けて、乗った。
さっきまで絶望感に苛まれていたはずなのに、今のヒラギセッチューカは微笑んでいた。
まるで、自身の恐怖を相手から隠すように。
夜刀学院制服のブーツは魔素を通さない。妖怪に魔素を吸収されない。
魔素逆流に苦しむことはないのだ。
ヒラギセッチューカは一切の痛みを感じないまま、妖怪の目玉に向かって走り出す。
目の前からやってくる黒い手。ヒラギセッチューカは微かに顔を動かす。ビュンッと風きり音が耳を撫でる。
でも、狐面越しに見える紅目の視線は妖怪の目玉から離れない。
『シロハ、シロハ、キレイ、ハカナイ、ダイキライ』
支離滅裂な妖怪の言葉。
怒りとも憂いとも思える声色、とヒラギセッチューカは感じた。
先程よりも早く、複数の腕はヒラギセッチューカを掴もうとする。
それを丁寧にかわす。斬る。足場を変える。
ヒラギセッチューカは目を細めて叫んだ。
「じゃあ、なんで欲しがるの!」
妖怪に返事をするほどの知能があるのかは分からない。
しかし、ヒラギセッチューカは問う。
ヒラギセッチューカは呼びかける。
妖怪は、返事をしなかった。
「──目玉」
ヒラギセッチューカの視界が、白い目玉で埋められる。
手元の木刀を足元に伸ばす。
そして、振り上げた。
11.>>26
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.26 )
- 日時: 2023/04/04 17:55
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)
11
『ビィヤアァァァッ!』
金属音と聞き間違えそうな叫び声が襲う。
目玉の切り口は、粘土を切ったような状態だった。
『ミエナイッ! タスケテ!』
人の言葉を話す妖怪はそう、誰かに助けを乞う。痛みを外に逃がそうと暴れ始める。
ヒラギセッチューカは腕から落ちないようバランスを必死に保つも、妖怪の叫び声が不快でつい、耳を塞いでしまった。
「うおおっ、あっ」
両手が塞がれたヒラギセッチューカはバランスを崩して、目玉の切り口に落ちてしまった。
妖怪の体内がどのような構造かは分からない。未知の漆黒がヒラギセッチューカを招き入れた。
(ユウキ、怖がりすぎてすっごい顔になってたな──)
目玉に落ちる直前、ヒラギセッチューカはそう強がる。
どぷんっ
入水音と共に妖怪の体内に入るヒラギセッチューカ。妖怪の体内は実際、液体のような物で満ちていた。
真っ黒で上下が全く分からない。この液体がなんなのかも分からない。なぜ息ができるのかも分からない。何故濡れないのかも分からない。
自身が、これからどうなるかも分からない。
分からない、分からない、分からない。
未知に包まれたヒラギセッチューカはゾッとしながら、周囲を怖々と見渡す。
と、暗闇にポツンと佇む一つの光が向こう側に見える。
赤白黄色、様々な色の“カケラ”を寄せ集めて作られた“タマ”
「あ、れ……」
反射的にヒラギセッチューカは息を止めた。
その“タマ”の数々は無理に合わさっている為か、カラフルなパッチワークの様に“カケラ”の境が目立っている。
それは妖怪の“核” 妖怪のエネルギー源
そして──
「クソッタレが……」
“タマ”の正体を、彼女は知っている。
“カケラ”の正体を、彼女は知ってしまっている。
ただただ、ヒラギセッチューカは無力感に打ちひしがれて木刀を握る。息を止める。視線を向ける。
「またもう一度、この地獄に戻ってくることを──」
ゆっくりと木刀の核に侵食する。それを拒むように、“カケラ”がドクドクと鼓動し始める。
しかし、ヒラギセッチューカは木刀に入れる力を弱めなかった。
『シ、ロ、ガ──』
妖怪と思われる、音が重ねられた声が液体に響く。
核は光の玉となりえ始めた。小さな光の玉が上と思われる方へ向かう。
上下感覚が無くなりかけていたヒラギセッチューカも、下と思われる方に落ち始めた。
「妖怪は──」
ヒラギセッチューカが居た、液体に満たされていた場所は妖怪の胴体だったらしい。
ゆっくりと落ちていたのに、妖怪の腹部から外に出た途端、重力に流され落ちてゆく。
このままでは地面に叩きつけられてしま──
「ぐはっ」
そんなこと考える間もなく、強い衝撃が襲った。
「いたっ、いっつぅー!」
未だ衝撃で振動する頭部を抱えて叫ぶ。
頭を強く打った後は動かない方がいい。理解しながらも、怯んでる場合じゃないとヒラギセッチューカは上半身を起こす。
魔素逆流の激痛によって不確かな手足の感覚に苛まれながら、妖怪が居るはずの空を見上げた。
白い霧が無くなった街並み。妖怪が暴れたせいか、店が荒れている。
真上には、目を焦がす程の光を放つ小さな宝石が一つ。
春特有の薄い青に包まれた終わりのない空は、全てを吸い込みそうな不思議な形態をしていた。
その空に、総天然色の玉が吸い込まれる。
触れば溶けそうな儚い光達は、妖怪“だったもの”とヒラギセッチューカは容易に分かった。
未知は未知でも、どこか人を落ち着かせてくれる未知の空。それに吸い込まれる沢山の光。
体の芯が熱くなるような絶景を前に、ヒラギセッチューカの瞳孔は揺れ続ける。
走っていた時よりも速く鳴る心音と、呼吸。
それに鬱陶しさを感じながら、ヒラギセッチューカは空に手を伸ばし、言った。
「あぁ、世界は何故こんなにも理不尽なんだろう。
何故、こうも美しいのだろう──」
その言葉の意図も、憂いの理由も、彼女が不気味に笑う理由も。
今となっては分からない。
思い出したくも、無いものだ──
12.>>27