ダーク・ファンタジー小説
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- 【々・貴方の為の俺の呟き】
- 日時: 2023/12/07 18:49
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)
【目次】
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。
エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ
【第一節 縹の狼】目次 >>2
【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】
◇◇◇◆◇◇◇
《注意》
○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
物語構成に荒が多いです。
○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。
○死ネタが含まれます
◇◇◇◆◇◇◇
この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
──クソッタレたこの世界の
素晴らしい産物だ──
これは、満足する”最期”を目指す者のお話
また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
全て、”貴方の為だけの”お話
◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.7 )
- 日時: 2023/03/26 18:50
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
2
◇◇◇
二千人の生徒とその保護者を入れてもまだ余裕がある程広い館内。
木製の椅子に座る生徒の一人である俺は、舞台から視線を外さない。
「──生徒指導 兼 寮長である私からは以上だ」
そう〈ユリウス・アルフォルター〉と名乗った”黒い人”である女性教師は、話を締めた。
現在は俺たち新入生を迎え入れる式典である入学式。様々な教師や責任者が挨拶という名のテンプレ挨拶を話し、去って行く。
同じような内容に飽きて寝そうになるが、俺はそんな不真面目な事はしない。
それに、次の話は──
「あー、ああー。聞こえてるかなこれ……。おっほん!」
長髪の黒髪に紅い目。それらが映える白皙の肌を持つ長身の人物がボソボソと何か言っている。
音声拡張が出来る魔法がかかった道具──魔道具である〈マイク〉は、その呟きを正確に察知して館内に広げた。
今のところ、式典で緊張感の無い言葉を発信しただけの間抜け者だ。
しかし、そんなことをしても許されるのがこの方である。
「生徒諸君!」
深く深く意識に滲み込む、自然と意識が引っ張られるような威勢のよい声だ。
俺含め、生徒全員の視線がステージの上の人物に集まる。
「俺の名前は夜刀 月季。 知る人ぞ知るこの夜刀学院の学院長だ」
1400年前に〈白の魔女〉を封印したとされる英雄の一人。現時点ディアペイズ──世界最強であるお方。
俺たち生徒は勿論、教師に騎士に都市長。国王でさえ簡単には逆らえない重鎮なお方だ。
「えーっと、澄んだ晴天と初桜が春の始まりを伝える今日、都市ラゐテラ市長様、略、対魔都市トレジャラー市長様をはじめ、多くのご来賓の皆様のご臨席のもとに、蛇白桜夜刀学院 第千四百回入学式を挙行できますことはこのうえない喜びであります。心からの感謝と御礼を申し上げます」
学院長は胸ポケットから細長い折りたたんだ和紙を取り出す。
陽気な挨拶は生徒の気を引くためのものだったのか、棒読みで他教師と変わらない挨拶と始める。
式典が始まってから伸びっぱなしの背筋は、不味い麺のようにだるい感覚が襲っていた。
今の生徒たちの言葉を代弁すると退屈──だろう。
「本校は今年で創立千四百年となり、創立のきっかけは皆様ご存知〈皙の――」
それを、学院長は破った。
「あぁ! やめやめやめ! 今日でこれ聞くの何回目だ耳にタコができるわ!」
突然、カンペだった和紙をビリビリに破いて宙に舞わせる学院長。
そして、生徒たちの気持ちを代弁した。
何事かと口を開く俺たち生徒。その様子を呆れながら見つめる先生やご来賓。
その視線なんて気にせず学院長は器用に演台に登った。
それを咎める者は居ない。咎められない。
今まで静かだった館内にざわめきが波打つ。
驚きの声もあるが、それよりも大きいのは期待と、退屈な時間が破られた事への喜びの声。
けれど、俺は違った。
何やってんだコイツ──という軽い軽蔑の感情が湧いていた。
「さぁさぁ皆様ご注目う!
舞台に立ち居るは、学院長や警団総監などの肩書き欲張りセットの持ち主”夜刀 月季”
長話嫌いだから端折って簡単に言っちゃうと”とんでもなくすごくウルトラスーパーハイパー”すげぇ人だ!」
全てを包み、抉り、凍りつく空気。
さっきの知的な挨拶をした人物とは思えないほど語彙が低下した言葉を放った学院長は、微笑んで空に人差し指を挙げた状態で停止していた。
その剽軽な発言に皆、反応に困ってか口を閉じている。
俺は、学院長の威厳の無さに呆れを越えて軽く見下していた。
しかし、あのお方は学院長という名の他、ディアペイズの治安維持をする〈夜刀警団〉を統率する頂点である”総監”に、一番信仰される〈夜刀教〉の教祖にして教皇。その他様々の肩書きを持っているのだ。
そう簡単に見下しちゃ行けないのは、俺も分かっている。理性でだが。
「……ブハッ!」
綺麗な白紙をぐちゃぐちゃに握りつぶしたような汚い笑い声が一つ。
それが微かに空気を溶かし、学院長は微笑みを崩さず「こほん」と咳払いする。
「そして、この学院が目指すものは一つ! 個性の魔法能力を磨き、魔素量を増幅させること!」
学院長は自身の滑った挨拶を無かったことにし、今までで一番強調された言葉を放った。
「君たちが持った個性、『魔法の色』を存分に輝かせてくれ!」
学院長は宙に拳を突きつける。言葉に緩急はあるものの、初めから微笑みの鉄仮面は外れていない。
そこが、少し不気味だ。
軽蔑が不審に変わり、俺は眉を歪ませて呂色の学院長を見る。
しかし、そんな不審はそう長くもたなかった。
「次に……ちょっ、ちょっとま! まだ続いてるから! まってまってユリウス!」
すると、先程舞台に上がっていたの”黒い”見た目をしたユリウス先生がステージに上がる。
そして、学院長が乗る演台を力強く蹴った。
ガンッ! という鈍い音で演台が揺れる。
と言っても流石〈夜刀〉というべきか、学院長は揺れる演台から華麗に飛んで着地した。
そこは慌てて落ちても良いと思う。
それでも、ユリウス先生に襟を捕まれ、ステージから無理やりずり落とされた。
小言を言う学院長に、それを制するユリウス先生と、その様子を唖然と見守る人々。
そして、耳が良い俺だからこそ聞こえる、誰かの雪のような忍び笑い。
それらをかき消すように司会者は言った。
「それでは次に参ります。新入生代表挨拶。ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ!」
「はいっ!」
他の生徒や先生とは違う、ハキハキした返事。
次はその声が空気を弾いて、俺達の緩んでいた背筋を伸ばした。
カツカツと学院指定のブーツが床を叩く音が大きくなってく。
翠玉色の短髪と同じ色の瞳を持つ、只者ではないと素人でも分かる体つきの青年が、俺の席の横を通り過ぎた。
ブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズ
元皇太子で今代の勇者である。
王族の上、他の生徒とは違い”勇者”という肩書きを持つ。
新入生代表には最適の人物であろう。
「あ、ごめーん。新入生代表挨拶する人変更でー!」
すると、学院長が司会者のマイクを奪い取り言った。
神聖な場であるのに無作法な事をまだする学院長には、流石に腹が立ってくる。
生徒達は驚いてザワザワし始め、キリッとした格好でステージへ歩いていたブレッシブ殿下も驚きで固まっていた。
「何言ってんだお前!」
「学院長……そのような予定は……」
「困りますっ!」
先生達も予想外のようで、真面目に学院長を止めるためにマイクを奪おうとする。
しかし、無駄に強い学院長は先生達を軽くいなしてしまう。
そして微笑みを崩さずに改めてマイクを構える。
「改め! 新入生代表ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
『誰?』
考えるよりも先に声に出てしまい、急いで口を両手で抑える。でもそれは他の生徒も同じようで、声が綺麗に重なった。
「……え?」
すると、白銀のような細く高く美しい声が一つ上がった。タイミング悪く、皆が静かになった時に声を上げてしまったようで会場全体に響く。
”ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー”
その名前に俺は首を傾げた。そんな名前一度も耳にしたことが無かったからだ。
それは俺が無知だからという訳では無いようで、他生徒も、教師でさえ首を傾げていた。
学院長が指名するからには、ブレッシブ殿下よりも立派な生徒なのだろうが……。
どうも不信感が拭えない俺は、そう胸の言葉を濁した。
「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
「聞いてません」
学院長がステージに上がることを急かすように名前を呼ぶ。しかし、呼ばれた本人ですら慌てているようだ。
てっきりビャクダリリーと呼ばれた人物も知っているものだと思っていた俺は、余計学院長の行動を不審に思う。
「ヒラギセッチューカ・ビャ・ク・ダ・リ・リー!!!」
しかし、学院長も負けじと圧をかけた大声で名前を呼んだ。
「聞いて……つっ……」
ビャクダリリーは抵抗したが、諦めたのか椅子から立ち上がる音が聞こえる。
そして、ブレッシブ殿下より軽い足音がし始めた。
「なぜ、お前なのだ──」
俺の横にある通路で立ち止まっているブレッシブ殿下が呟く。
それが気になり、俺はチラッと隣に立つ青年に視線を移した。
堂々とした平行立ちで、列の後ろを睨むブレッシブ殿下。
彼は表情を少し歪ませるも、直ぐ無表情になり、大人しく来た道を戻ってった。
それと共に、不自然に後ろの方からざわめきが無くなっていく。
そんなにビャクダリリーと呼ばれる生徒は凄いのだろうか?
俺はブレッシブ殿下を不憫に思いながらも、試すように後方を一瞥した。
そして、言葉が蒸発したように喉から無くなる。
時が止まった世界で一人歩く生徒は、惚れ惚れするほど綺麗な動作で舞台に上がり、演台の前に立つ。
そして、白皙に近い桃の唇を動かした。
「……あーえっと。
本日は第千四百期生である私達のためにこのような豪華な式を開いて頂きありがとうございます」
この世界──ディアペイズには大きくわけて七種類の〈魔法系統〉がある。
その中から一個体に一種、特殊な場合二種。
適正の魔法系統を持っており、瞳と毛色は適正系統が影響している。
〈闇系統〉なら黒、〈岬系統〉なら青──と。
だから、だからこそおかしい。
異例、異質というレベルでは無い。
”有り得ない”のだ。
「様々な種族が集まるこの学院で、種族を越えた関係を……」
窓から差し込む昼前の陽の光を受けて輝く白銀の肩ほどの髪。
俺から見て左の目はそれと同じ色を持つ──いや、無色で反対側が見えそうな程不気味に澄んでいて、真っ直ぐと前を見ている。
右の目は古血のようにドロドロとした紅がグルグルと渦巻いていて、焦点が合っていない左目。
女の見た目をした生徒は、急に指名された癖に迷い無く淡々と挨拶をする。
魔法系統の中に白色の魔法は存在しない
昔話の〈白の魔女〉以外は──
存在すら聞いたことも無いその容姿を見て、世界が揺れる。
違う。俺の瞳孔が揺れてるんだ。
本能が拒絶する容姿。
理性が拒絶する声帯。
運命が拒絶する存在。
ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーと言ったか。
──なんて、気色悪い笑顔なんだ
一定のリズムで淡々と続く入学式は、ぼーっとしている間に終わってしまった。
司会者が式典終了の合図である挨拶をすると、生徒らは保護者と共に式場を去ってゆく。
また一人。また、一人と。
しかし、俺は中身がない綿人形のように呆然と椅子に座っていた。
白皙が立っていた舞台を見つめて。
あの蛆虫よりも忌々しい薄ら笑いで火傷した脳で。
3.>>8
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.8 )
- 日時: 2023/03/26 18:50
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
3
◇◇◇
「なんだったんだ……」
入学式の会場から出た俺は、そう呟いた。
なんというか、全体的に濃い入学式だったな。主に学院長のせいで。
俺はもう一度ため息を吐いて辺りを見渡す。
入学式を終えてから三十分程は休憩時間。という名の保護者との思い出作り時間だ。
数え切れない程の人々が〈カメラ〉と呼ばれる魔道具を持って、桜並木の下で騒いでいる。
「家族、か」
俺に両親は居ない。親戚も居ない。
母親も兄弟もとっくの昔に死んだし、親父は──
でも、それが俺にとっての当たり前だ。今更、別の家族の様子を見て憂いたりしない。
ブワッと一つ風が吹く。
初桜は風が吹いても散らないとよく聞く。が、散るものは散る。
幾つかの白い花弁がフライングして宙を舞った。
それと共に、俺達〈縹〉の学年色である、縹色のラインが入った制服のマントも、バタバタッと音を立ててなびいた。
「〈白の魔女〉
かつて夜刀が封印したと言われる悪しき者だ。魔女はその名の通り全身真っ白な容姿だったらしい。分かるな?」
と、どこからかそんな話し声が聞こえた。
忍んでいると言うよりかは、相手を戒めるような張った声。
耳が良い俺はその声が聞こえたが、周りの人は気付いていないらしい。
気になった俺は辺りをキョロキョロと見渡して、声の源を探す。
桜並木から軽く外れてフラフラとしていたら、それは意外にもアッサリと見つかった。
「自主退学を要求する」
着いた先は小さな中庭。芝生が生い茂るそこには、5〜6人程の本当に小さなギャラリーが出来ていた。
皆が視線を向ける先には、相対する二人の生徒が居た。
片方は、翠色の髪をもったガタイが良い男子生徒。ブレッシブ殿下が。
もう片方は、肌も髪も真っ白な女子生徒。ビャクダリリーが居た。
「それは絶対飲めない要求ですね」
ビャクダリリーは肩を竦めて苦笑いする。
先程の会話からして喧嘩でもしているのだろうか。
ブレッシブ殿下にとってビャクダリリーは、自分の晴れ舞台を潰した人物だもんな。
更に、大昔世界を壊したと言われる〈白の魔女〉を彷彿とさせる真っ白な容姿。
放っておけという方が無理だろう。
寧ろ、王族という権力を振りかざさずに”自主退学”を要求している分マシまである。
「そうか。では申し訳ないが、自主退学をするという言質が取れるまで、少々痛い目にあってもらう」
ブレッシブ殿下が腕を前に伸ばす。と思うと、何も無い所から唐突に剣が現れた。
水晶のように透き通った、白い刃を持つ洋剣。
大切に扱っているのか、鏡のように景色を反射させている。
「剣が、現れた?!」
野次馬テンプレのようなセリフが真横から聞こえた。
しかしブレッシブ殿下こと、勇者が持つ剣のことなんて誰でも知っている。
俺は軽く鼻で笑いながら言った。
「勇者が持つ〈加護〉──と聞いたことがある。手に持つのは〈聖剣十束〉
白の魔女を封印した際に使われたと言われている」
焼きたてのパンのようにふわっとした濃い金髪を頭の上で二つに結び、褐色肌に埋められた琥珀色の瞳を持つ野次馬が俺を見る。
女の見た目をしているのに男よりも高い背に、尖った耳を持つ少女を見て俺はギョッとする。
「あっ、すまん。つい話してしまった」
ついでは無い。わざとだ。
それでも反射的に俺は謝る。
尖った耳を持つ彼女は人間では無いだろう。
吸血鬼か、ピクシーか、それとも──
少なくとも軽い気持ちで見下すと痛い目に合いそうな相手だ。
「ううん! 全然大丈夫だよ! えっと……」
相手は唐突に話しかけてきた俺に困惑した表情を見せ、苦笑いをする。
罰が悪いが、ここでポーカーフェイスを崩すのは俺のプライドが許さない。
「玫瑰秋 桜だ」
と自己紹介し、無理やり話を進めた。
「私はアブラナルカミ・エルフ・ガベーラ。よろ──」
「いくぞ!」
軍人のような圧のある掛け声に圧倒され、アブラナルカミは話を遮る。
俺達はブレッシブ殿下達へ視線を移した。
ブレッシブ殿下が剣の腹を振り下ろす。
と、ビャクダリリーはギリギリの所で横に避けた。
「危なっ」
ビャクダリリーの震えた声。白髪が剣の勢いによってなびく。
殿下が関心したように呟いた。
「これをかわせるのか……」
本気でビャクダリリーと戦うつもりなのか?
晴れ舞台を台無しにされたブレッシブ殿下には同情するが、実力行使に出るほどでは無いだろう。
と、ブレッシブ殿下に少しだけ悪感情が湧く。
ブレッシブ殿下はまた剣を振り上げた。さっきよりも早いスピードで。
それを紙一重でかわし続けるビャクダリリー。
彼女も余裕が無いらしく、フラフラと千鳥足でいる。
酒でも飲んだのか、と、傍からそれを見ていると笑ってしまいそうだ。
「あれ……」
そこで俺は気付く。
ブレッシブ殿下はずっと、ビャクダリリーに剣の腹を当てようとしている。
それに、ブレッシブ殿下は素人の俺でも上手いと分かるほどの太刀筋の持ち主だ。
ビャクダリリーが強いという訳でも無さそうだし、一向に剣が当たらないのもおかしい。
ビャクダリリーを切るつもりは無い、ということだろうか?
ブレッシブ殿下は、どういうつもりで喧嘩をしているんだ?
本当に、ビャクダリリーから自主退学の言質を引きずり出す為なのか──
「〈壱・気泡〉!」
と、ブレッシブ殿下が叫んだ。
ビャクダリリーの足元に風──いや、風と言えるほど大きくない、小さな空気抵抗が生まれた。
「ぁっ」
次の瞬間、ビャクダリリーは何も無い所で転ける。
〈壱・気砲〉とは、風よりも小さな空気の流れを作る、初級魔法だ。
勇者も魔法は使うのか、と俺は感心する。
「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。退学を要求する」
ブレッシブ殿下は慈悲のつもりなのか、剣を振り上げた所で止め、尻餅をついているビャクダリリーに言った。
そこで俺は目を細める。
やはりブレッシブ殿下は退学を要求した。
王族の勇者なんて権力を使えば、無名のビャクダリリーなど簡単に退学にできるはずだ。
なのに何故、頑なに”要求”をするんだ?
「絶っ対に嫌ね」
ピンチなのに何故か笑うビャクダリリー。
「そうか。残念だ」
ブレッシブ殿下のその声と共に剣が振り下ろされる。
「ぃやっ」
と、隣のアブラナルカミが声を上げた。
声を上げるべきはビャクダリリーだというのに。
晴れ舞台を潰されたブレッシブ殿下も、唐突に生徒代表にさせられたビャクダリリーも、不憫には思う。
が、王族であるブレッシブ殿下と不気味な白髪を持つ者には関わりたくない、という気持ちの方が勝った。
だから、俺は特に何も言わずその様子を見物する。
「〈参・氷塊〉」
新雪が柔らかく地面に触れる様な、冷たくも柔い声が響いた。
ビャクダリリーの足元から氷塊が生える。
それはブレッシブ殿下の剣を包み込み、凍らせて止めた。
その間にビャクダリリーは立ち上がって殿下と距離を取る。
〈参・氷塊〉氷の初級魔法だ。
名の通り、氷の塊を出現させる。
ビャクダリリーは白髪だから魔法の適正が分からなかったが、氷系統のようだ。
それでも彼女の左目は紅色。
炎系統適正者の特徴があるのに氷系統を使うという、生物の法則の矛盾を感じる。
「そこまでして学院に残りたいのか」
ブレッシブ殿下が表情を歪めながら、剣を氷塊から抜く。
バキバキッと硝子が割れるような音と共に、剣が抜かれ、氷塊が砕けた。
「あの人の為にも──こっちも事情があったりなかったり。別に、私が居ても殿下に害は無いじゃん? 見逃してくれませんかね」
「勇者が〈白の魔女〉を見逃すとでも?」
そのブレッシブ殿下の言葉で俺は腑に落ちる。
執拗に白髪のビャクダリリーに突っかかっているのは、勇者だからか。
ビャクダリリーは眉を八の字にして言った。
「だから魔女じゃ無いって! 魔女が世界壊したって1400年前よ? しかも、英雄達が魔女を三つに分けて世界のどっかに封印したって。それが今になって出てくると思います?」
1400年前に世界を壊したとされる〈白の魔女〉
白髪に白皙の肌と透明な眼を持つと言われる災厄だ。
しかしビャクダリリーの言う通り、白の魔女は学院長と初代勇者を含めた英雄達によって封印された、と言われてる。
それは〈皙の月〉と呼ばれているが、今はどうでも良いだろう。
俺もビャクダリリーが魔女とは思えない。
片目は紅い色だし、第一、魔女を封印した英雄が学院長の学院に入学できたのだ。
でも──
「その白い髪はなんだ」
ブレッシブ殿下の冷たい声。
そう、彼女は白髪。生物の法則を逸脱した、言い伝えの魔女と酷似した容姿。
魔女では無いにしろ、勇者であるブレッシブ殿下も簡単には引き下がれないのだろう。
「そこ言及されると、生まれつきとしか──。でも自主退学はしませんよ?」
ビャクダリリーが肩をすくめる。
まあ、名門校と名高い夜刀学院からの退学を要求されても『はいそうですか』とはならんだろうが。
問題はビャクダリリーの態度だ。
危機的状況なのにも関わらず、ふざけた態度でい続ける。俺はそれに不快感を覚えた。
「そ、そこまでにしようぜ!」
と、ビャクダリリーでも、ブレッシブ殿下でもない別の声が挙がる。
声の主は俺達の注目を気にせず二人の間に割って入った。
「この争いは何も産まねぇだろ! 見た目がおかしいからってだけで自主退学を迫るのはキツイぜ殿下!」
燃えるような真っ赤な短髪と同じ色をした瞳を持つ、長身の青年だった。頭半分が白がかっているが、光の反射が強いのだろうか。
ブレッシブ殿下は自分より巨体の青年を黙って見つめる。
「あいつ、大丈夫か……」
俺は赤い青年を心配に思って、そう呟いた。
白髪を庇うと、世界を滅ぼしかけた〈白の魔女〉を庇ってると勘違いされてしまう。
夜刀学院でそれを行うなんて、魔女を封印した英雄の一人──学院長に喧嘩を売る様なものだ。
それにブレッシブ殿下含め、王族に楯突くと今後何をされるか分からない。
それを踏まえてこの場に割り込もうとするのは正義感の強い者か、世間知らずである。
赤色のアイツは口調が荒いし多分後者だ。
「俺はブレッシブ・エメラルダ・ディアペイズだ。名を名乗れ」
「狐百合 癒輝」
ブレッシブ殿下は大人顔負けの圧を放つ。
赤いヤツ──ユウキはブレッシブ殿下の前で両手を広げ、ビャクダリリーを守る形をとった。
「ユウキ。お前の言い分は正しい。がしかし、俺は勇者だ。白髪は放っておけない」
「そう、だけどな……」
ブレッシブ殿下に言い返す言葉が見つからないらしい。ユウキは口ごもって両手を閉じかける。
ブレッシブ殿下はユウキの横を通り過ぎ、後ろのビャクダリリーに寄った。
そして、剣を下に構えた。
彼の視線はビャクダリリーを突き刺している。
「よっ、避けてっ」
隣のアブラナルカミが呼吸の様に言葉を吐いた。
空気抵抗を受けながら上がる剣の腹。
それがビャクダリリーに当た──
『止めてもらっていいかな』
る所で、声が頭に響いた。
鼓膜が受信したものではなく、脳内にねじ込められた言葉。
俺は初めての感覚に軽く混乱して中庭を見渡す。
ブレッシブ殿下も驚いて、ビャクダリリーの脳天直前で剣を止めた。
4.>>9
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.9 )
- 日時: 2023/03/26 18:51
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
4
ビャクダリリーの隣で黒煙が立ち上る。
瞬きする間もなくそれは人一人分に膨れ上がった。そして黒煙から現れる2メートル近い姿。
漆黒の長髪を一縛りにした紅い瞳の、中性的な人物。喧嘩の間接的な元凶、学院長だ。
「学院長、入学式の件、説明して頂きたい」
ブレッシブ殿下は語気を強めて聞いた。
俺達は唐突に現れた学院長に驚いていて、それどころでは無い。
俺は目を見開いて彼らを見る。
学院長は全く動じないブレッシブ殿下に苦笑いした。
「俺〈転移〉っていう凄い魔法使って来たんだけど。もう少し驚いてくれないかなー?」
学院長のふざけた言葉がシリアスな空気に放たれる。
ギリッというブレッシブ殿下の歯ぎしりが微かに聞こえた。
「お戯れも程々にしてくださいっ、何故白髪がこの夜刀学院にいるのですかっ」
ブレッシブ殿下は怒りを抑えたからか、今日一番の胴間声だった。軍人の様な圧に押されて俺は心臓が縮み上がる。
それに動じてない学院長は「どうどう」とブレッシブを宥めるジェスチャーをした。
が、逆効果だったようでブレッシブ殿下は睨みを効かす。
「んー、依怙贔屓?」
学院長は睨みを軽くいなして、とんでもない事を言った。
ブレッシブ殿下は震えた掌を握る。
「依怙贔屓って……!」
第三者からでも怒りと悲しみとやるせなさを感じる声色だった。
学院長の依怙贔屓で生徒代表挨拶から外されたブレッシブ殿下と、それでヘイトを買われたビャクダリリーに俺は同情した。
しかし学院長は悪びれも無さそうに笑っていて、一発殴りたくなる。
「で、他には?」
ブレッシブ殿下は一旦深呼吸をして、学院長の問いかけに答える。
「何故ワタシではなく、ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーが生徒代表なのですか」
「これが一番優秀だから。学院は実力主義だし!」
依怙贔屓発言の上に生徒を”これ”呼ばわりで、とても教師とは思えない。
俺の中で学院長への信頼が面白いぐらいに下がってく。
「私に夜刀学院生から頭一つ抜ける様な頭脳も魔素量も持ち合わせておりません。その紅い目は生ゴミで?」
ビャクダリリーがようやく口を開く。
生徒代表に指名されたことを根に持っているのか、煽り気味だった。
気持ちは分かるが、ビャクダリリーも悪い意味で肝が座っている。
「なら、君の片目も生ゴミになるよ?」
学院長の軽い煽り返しを、ビャクダリリーは鼻で笑った。
「生ゴミだよ、こんなの」
ビャクダリリーの片目は学院長と同じ紅色。
けど、それは傍から見ても瞳として機能してるのか疑うほど濁っているし、学院長の目と違い渦巻いていた。
学院長はビャクダリリーの悪態が効いた様子もなく「悲しいこと言わないで?」とおちゃらけて言った。
「それで、満足したかな? ブレッシブクン」
と、話を移す学院長。
ブレッシブ殿下は顰めた顔で鉛の様に重い言葉を叩き落とした。
「いいえ、まだ腑に落ちません。何故白髪が入学出来──」
「あ、そうだ。俺ブレッシブクンを呼びに来たんだよ。お母さんが探してたよ?」
殿下の母親──王妃様だ。
身近に王妃様がいらっしゃると思うと、やましいことは無いはずなのに血の気が引いた。
そして王族も他生徒、保護者と同じ扱いと会話から察して、更に鳥肌が立つ。
ブレッシブ殿下の無愛想から怒りの色が消える。代わりに青色が薄く広がった。
と共に、彼が手に持つ聖剣十束が溶けるように消える。
「忠告は……、したからな」
負け惜しみに見える言葉を吐いて、ブレッシブ殿下は大股で中庭を去る。
客観視、ブレッシブ殿下は生徒に退学を迫った悪だ。
相手が白髪だったから嫌悪感は少なかったが、先に突っかかったのはブレッシブ殿下だろう。
今回彼が受けた恥は自業自得と言える。
俺の横をブレッシブ殿下が通り過ぎる。
彼は恥をかいたのに堂々と前を向いて歩いていた。
自分がやった行動に後悔は無い、という彼の気持ちがヒシヒシと伝わる。
俺は一瞬、彼に視線が釘付けになった。
アイツ、別に悪くないんじゃ──
「あのっ!」
急に隣のアブラナルカミが駆け出した。
他生徒は騒ぎが終わったからと中庭から出ていくが、アブラナルカミだけはビャクダリリーの元へ行く。
また面倒事を起こすんじゃ無いだろうな?
不安になって俺はアブラナルカミを追いかけた。
アブラナルカミはビャクダリリーの前に立つと、胸に手を当て興奮気味に言う。
「私、アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ! 入学前に黒蛇から助けて貰ったんだけど──」
「あ……、あの時の!」
ビャクダリリーはアブラナルカミの登場に表情を固めるが、直ぐに溶けて間抜けた声を出した。
どうやら二人は知り合いだったらしい。
また喧嘩が起こると予想していた俺はホッと胸をなでおろす。
再開に会話が弾む二人を見て俺は場違い感を覚えた。
俺もこのまま黙って去ってしまおうか。そう思っていると、俺らを微笑んで眺めていた学院長が呟く。
「エルフと残滓、何の因果か──」
普通の人ならまず聞こえないであろう声量。けど、耳が良い俺は聞き取れた。
意図は分からないが、学院長の言葉は氷のように冷たく、少しゾッとする。
「俺結局何も出来なかったな、すまない」
未だ留まっていたらしいユウキが申し訳なさそうに頭をかいた。
ビャクダリリーはキョトンとするも、「ぶはっ」と吹き出して笑った。
「ありがとう、嬉しかった」
「どーいたしまして」
ビャクダリリーの感謝に、ユウキは自嘲気味に笑って返事した。
「ヒラギセッチューカ、喧嘩は頂けないよ。ブレッシブにも言えるけどね」
と、学院長はタイミングを見計らって注意する。
この人、教師らしい事も言えるんだな。少し見直した。
ビャクダリリーは王族並の大物に直接注意されたにも関わらず、ぶっきらぼうに「すみません」と答えた。
やはりコイツは悪い意味で肝が座っている。
「あと、白髪と王族の喧嘩とかマジ笑えないから辞めてね」
流石の学院長でもそこは焦るらしい。
子供同士の小競り合いだったとしても、口調の崩れから焦燥が伺える。
ビャクダリリーはムスッと返事する。
「はーい」
「よろしい。では、俺はここでお暇しようかな。大人がアオハルに割り込んで悪かったね」
学院長は"あおはる"などと剽軽な事を笑って言った。
それを怪訝に思っているうちに学院長は転移魔法の黒煙に包まれる。そして、消えてしまった。
学院長の転移を見届けたビャクダリリーは一つため息を吐いて、自嘲気味に笑う。
「災難だったね。白髪と関わるとろくな事がない。さ、行った行った」
俺らをギャラリー扱いしてビャクダリリーは手をヒラヒラと振った。
俺はともかく、心配してくれたアブラナルカミとユウキにその態度は無いんじゃないか?
さっきから少しずつ積もっていたイライラを抑えられなくなった俺は、
「それは無いだろ」
と言葉を漏らしてしまう。
ビャクダリリーが手を止め、キョトンとした顔で俺を見た。
やってしまった。俺が事件の種を撒いてどうするんだ。
思わず口に手をそえるが、ここまで来て食い下がらないのも勿体ない気がした。
自分は頭が切れる方だ。喧嘩を起こす様な馬鹿なことしないだろう。
俺はこのまま突っ張ることにした。
「二人はお前を心配して声をかけたんだぞ? 相手は気持ちが悪い白髪なのに。その態度は無いだろ」
「えっと、どちら様で?」
ビャクダリリーは怪訝そうな顔をして言った。
失礼にも程かあるだろう! と、怒りのダムの堰が切れそうになるが、何とか持ちこたえる。
俺は静観していたからビャクダリリーを知っているが、ビャクダリリー目線俺とは初対面。
今のは当たり前の反応だろう。
俺は敵意が無いことを証明するために微笑みを作る。
「紹介が遅れた。玫瑰秋 桜だ」
ビャクダリリーの瞳孔が微かに開く。
何故か「玫瑰秋……」と、とても小さな声で復唱するのが不気味で、俺はゾッとした。
「私はヒラギセッチューカ・ビャクダリリー。で、なんだっけ? 」
しかし、ビャクダリリーはそれを無かったかのように扱った。
小声過ぎて俺には聞こえてないと思ったのだろう。バッチリ聞こえてるが。
俺は少し怒りを我慢出来ず、わざと語気を強めて言った。
「失礼な態度はやめろと言ってるんだ」
「──ぶははっ!」
ビャクダリリーは突然吹き出してせせら笑いを浮かべた。
舌打ちしたいのを堪えて俺は聞く。
「何がおかしい?」
思ったよりドスが効いてしまった。
しかし、そんなこと気にならないぐらいの言葉をビャクダリリーは吐き捨てた。
「傍観者が作った正義ヅラほど滑稽なモンはないと思ってさ! ──ぶはははっ!」
憎いほど綺麗な笑顔が踊った。俺の体液も沸騰して踊った。
真っ白なビャクダリリー。俺の頭も真っ白になる。
──ふざけるなよ
綺麗な白髪が一本一本、宙で舞っている。
フサフサの白いまつ毛がたなびいている。
それから目を逸らさずに、俺は拳に力を入れた。
そして
「黙れぇっ!!」
──ビャクダリリーを殴った。
俺のオレンジ色の拳が、白皙の頬にめり込む。
顎の骨が拳にゴツッと当たって痛い。けど勢いは止めなかった。
「あがぁっ……!」
情けない声を出して、ビャクダリリーはドサッと地面に倒れ込んだ。
殴る側も結構痛い。俺は拳に広がる痛みの余韻を味わう。
コミュニケーションにおいて、暴力に頼るのは一番やってはいけない事だ。
それは分かってた。
理性では分かってた。
感情は、知らなかったらしい。
咲いて間もない桜の花弁。
ヒラヒラと不規則に宙を舞う。
静かな空気を旅するそれは、静かに、大地を
──白く染め始めた。
【終】
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.10 )
- 日時: 2023/03/26 18:57
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
《この世界、ディアペイズ》
1
入学式後の休憩時間が終わりを迎えようとしていた。
休憩時間の後は教室集合。今後のオリエンテーションが行われる予定だ。
今頃、外の家族達は記念撮影のラストスパートに差しかかっていることだろう。
そういう俺達──ビャクダリリー、アブラナルカミ、ユウキは、一足先に教室へ来ていた。
校舎と寮は〈縹〉〈代々〉〈翠〉〈黄〉の四学年ごとに分けられている。
ここは俺達学年〈縹〉専用の校舎──〈縹校舎〉だ。
縹校舎内には約五十のクラスがあり、俺は〈一クラス〉らしい。他三人も同じクラスだった。
偶然にしては出来すぎてないかと多少怪訝に思うが、そういうこともあるんだろう。
「入学早々右ストレート食らうなんて……」
と、四人しか居ない伽藍堂な教室に愚痴が溶けた。
俺の席の前にしゃがむビャクダリリーは、俺の机で勝手に頬杖をついている。
俺はムスッとして反論してやった。
「ちょっと赤くなった位で煩いんだよ」
「そりゃ日光よりマシだけど! もっと言うことあるでしょー」
俺はビャクダリリーの意図を汲み取った上で、悪びれなく言った。
「謝ったろ」
「まさかあの、『強くてすまなかった』が謝罪とか言わないよね?」
「それ以外の何があるんだよ。お前脳みそ無いのか?」
俺の毒舌にビャクダリリーはきょとんとする。と思ったら何故か笑い始めてしまった。
イマイチ笑いどころが分からない俺はバカにされた気がして腹が立った。
「ヨウ攻撃的過ぎ。やめなよそういうの」
俺の椅子の横で立つアブラナルカミが、ジトッと俺を見た。
「俺だけ悪者扱いかよ」
「そういうのじゃなくて! 幼稚じゃないんだから──」
どっちが悪者かではなく、ビャクダリリーに悪態をつくのを辞めろ。という意味なのは俺だって分かってる。
けどやっぱり、俺が悪いみたいに言われるのは嫌だった。
黙ってアブラナルカミを軽く睨む。
「待てって、空気が悪くなってる!」
ビャクダリリーの後ろに立っていたユウキが、慌てて会話に割って入った。
「三人共言い方が少し悪いぞ。口は災いの元だ。人が嫌がると思ったことは言っちゃいけねぇぜ。な?」
幼い子に言い聞かせるようなユウキの口調にも俺はイラッとする。
けどユウキの言うことは正しい。
俺は「わかった」とぶっきらぼうに返事した。アブラナルカミは黙って別の話題になるのを待つ。
「はーい。ヨウ、ごめんね?」
唯一謝ったのはビャクダリリーだった。悪びれを感じられないが。
謝られると自分の行いは悪かった気がして、俺は「おう……」と返事した。
「そういえばヒラギセッチューカさんって英名だよね」
唐突にアブラナルカミが言った。
コイツ、居心地悪くなったから話変えたな?
「そーそー。アブラナルカミも英名だね」
ビャクダリリーは袖から出した黒い狐面を被る。
俺は急に出てきた狐面が気になって、それは何だと聞──
「英名ってことは、二人は〈白銀ノ大陸〉出身か?」
──く前に、ユウキが言った。
先を越されたが、特別狐面に関心がある訳では無いから口を閉じる。
この"世界"は、二つの大陸に分かれている。
人口が多くて和文化が色濃い〈呂色ノ大陸〉
開拓がされておらず、遺跡やダンジョンが多いロマンある〈白銀ノ大陸〉
呂色ノ大陸出身は和名が多く、白銀ノ大陸出身は英名が多いのだ。
因みにこの学院都市は、呂色ノ大陸にある。
「私は呂色ノ大陸にある〈エルフの里〉出身だよ。里は和文化がないからね」
アブラナルカミが手を顔の前で軽く振る。
"エルフの里"という言葉に、俺は驚いて息を漏らした。
「エルフの里って、存在したのか」
「エルフがいるんだからそりゃあね」
アブラナルカミは当然というような顔をして言った。
エルフ──基本外の世界には姿を見せない、謎に包まれた種族だ。
特徴と言えば尖った耳。それ以外は普通の人間と何ら変わらない。
そのエルフが居住する里。
通称〈エルフの里〉は特殊な結界に覆われていて、特定の者しか辿り着けない仕様となっている。
だからエルフ達は謎に包まれ、近年では半分幻と化してきていた。
半分エルフは御伽噺だと思っていた俺はちょっと驚く。世界は広いものだ。
「あ、ヒラギセッチューカさんは? 白銀ノ大陸出身?」
アブラナルカミが聞く。
ビャクダリリーは、せせら笑いを微笑みに変えて「あー」と言葉を濁した。
外から見たら彼女の表情なんてそう変わらない。
しかし、ビャクダリリーのせせら笑いに人一倍敏感になっていた俺は分かった。
何故かビャクダリリーはユウキを一瞥する。
「そのヒラギセッチューカ"さん"って辞めない? 距離感がある」
が、そんな事無かったかのようにアブラナルカミに言った。
先程の挙動が気になってしまう。けど本当に些細なものだったし、深読みのしすぎかもしれない。
「あっ、ごめんっ。つい"さん"付けしてた」
「じゃ、長い名前の私とアブラナルカミは短縮して呼んで貰おう。自己紹介の時にも役立つでしょ?」
狐面越しにヒラギセッチューカは、濁った紅い目に弧を描かせ笑った。
俺は何気なく言う。
「愛称か」
「お、おーおー。そんな感じ?」
ビャクダリリーは戸惑い、照れながらも肯定する。
なんでここで急に照れるんだ、と俺は胸の中でツッコミを入れた。
通常の雰囲気が雰囲気だけに、彼女の戸惑いは狐面越しでもすぐ分かる。
俺が他よりビャクダリリーをよく見ているだけかもしれないが。粗探しのために。
「名前長いんだし、故郷では愛称で呼ばれてたんじゃないか?」
と言いながら、俺は少し高い椅子を引いて座り直す。
アブラナルカミは故郷での不満を漏らした。
「それがさぁ。全く名前で呼ばれなかったの」
「じゃあなんて呼ばれてたんだ?」
俺は反射的に聞いた。
そういえば、さっきからビャクダリリーとユウキが静かだ。
「んー? 王女様。私はアブラナルカミだっての。あ、ヒラギセッチューカさ──ヒラギセッチューカは?」
俺は言葉を詰まらせ、黙る。
何かしら悪い対応を受けていたのではないか。
二人はそう思ってあれ以上の詮索は辞めていたんだ、と今更理解した。
「なんか、すまない。アブラナルカミ」
「私が勝手に言っただけじゃん。何でヨウが謝るの?」
ルカは優しさで俺を見下す。
それが余計申し訳なく感じて口を閉じた。場を沈黙が支配する。
「あ、愛称が無いなら今付けたらいいんじゃないか?」
俺はせめてもの償いとして沈黙を破った。
ビャクダリリーは辛気臭い顔から一変、パッと明るくなる。
「じゃあルカ。アブラナ"ルカ"ミのルカっ」
話題が出る前から考えていたのか、ビャクダリリーは即答した。
命名の速さに驚いたようで本人は難しそうな顔をする。
多少考える仕草をした後、ゆっくりと顔を上げた。
「うん、ありがとう」
アブラナルカミ──ルカはぶっきらぼうに言う。
嬉しそうだし、一見照れ隠しに見える。けど表情に少し憂いが帯びていた。
「ヒラギ」
さっきから思案していたユウキが呟く。
と、ビャクダリリーは恐ろしい反応速度で振り返り、ユウキの手を握った。
「ヒラギ、ヒラギだってさクフフッ!」
下品な笑い声で、喜んでるのか馬鹿にしてるのかよく分からない。馬鹿にしていたらもう一度殴ろう、と俺は軽く拳を握った。
ユウキは申し訳なさそうな顔をする。
「お、可笑しいか?」
「違う違う、嬉しいんだよっ。ありがとう!」
どうやら拳は要らない様だ。
予想以上にはしゃぐビャクダリリーと、それを見てはにかむユウキ。ルカは満更でもない顔でそれを見ている。
俺は三人を見て胸がムズムズする。
同年代と話すどころか、気を許せる人も余り居なかった俺にとっては、この場の空気は新鮮で逆に落ち着かない。
俺も輪に入ろうか。
素直にビャクダリリーに謝ろうか。
きっと、楽しいだろうな。
そんな想いが脳裏を過る。ただ、それは俺のプライドが許さなかった。
それにビャクダリリーとは仲良くしたくない。
アイツが視界に映るだけで腸が煮えくり返る──というのもあるが、もう一つ理由が。
ビャクダリリーは、臭い。
不潔という意味ではない。多分。
嗅いだだけで頭がぽーっとする、癖のあるハーブの臭い。それが嫌いなんだ。
忌々しい、親父と同じ──
「ヨウ? 怖い顔してどした?」
ビャクダリリーは俺の席に手をついた。
若干俯いている視界に白皙の指が十本見える。
俺は考えすぎだ、と自分を抑えてゆっくりと顔を上げた。
「元気だなぁと思って」
ビャクダリリーを見上げる俺は、貼り付け慣れた笑顔でそう言った。
2.>>11
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.11 )
- 日時: 2023/03/26 18:58
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
2
入学式から早一週間経とうとしていた。
教室の窓から満開の桜が見える。
微かな風で大量の花弁を撒き散らし、透明で何も無い宙を華やかに彩っていた。
授業内容をノートに書き写していた俺は、息抜きとして窓の外を一瞥する。
ほうっ、と感嘆の息をもらす。
現在は保体の授業だ。内容は一般常識に近いものばかり。保体の授業についてのオリエンテーションらしい。
退屈だが、入学直後の授業なんてこんなもんだろう。
「魔法というのは様々な種類があるが、大まかに分けると七系統ある。これらは〈八大魔法〉と呼ばれている」
魔法は七種類あるのに"八大"魔法と呼ばれている。
可笑しい話だが、俺はリアクションせず鉛筆を指に絡ませた。
昔から知っていることだから、今更何とも思わないのだ。
「八大魔法に含まれるのは、炎系統、地系統、嵐系統、雷系統、氷系統、岬系統、闇系統。
まあ、説明するまでも無いだろうな」
基本的に適性系統は一人につき一つ。二つの場合もあるがかなりのレアケースだ。
俺は特殊な生まれではあるが、闇系統一つが適性とごく平凡。
俺が黒髪なのも適性系統が影響している。
軽く自分の髪を弄ってみる。ジャリジャリと音がしただけだった。
「魔法"系統"と呼ばれる理由は、同系統と定義付けられた魔法が──というと面白くないな。
噛み砕いて言うと、炎ぽい魔法同士とか氷ぽい魔法同士とか、仲間っぽい魔法が集まってできたのが"系統"だ」
授業に飽きた俺は机の中で別教科の教科書を開いた。先生から見えないよう、内職を始める。
「あー、話すこと無くなった。もう一度同じ話をするか。魔素というのは──」
間抜けた先生の声が教室を包む。それに生徒は騒めくが、先生は気にしなかった。
こんな適当な先生の授業に出るぐらいなら自室で勉強をしたかった。
けどそういう訳にもいかない。
夜刀学院には午前の共通授業と午後の選択授業の2種類があって、保体は前者。
嫌でも出席しておかないと、最悪退学になってしまうのだ。
「玫瑰秋」
俺は教科書のページをめくる手を止めた。と同時に、体をビクッと震わせる。
頭上から俺を押し潰す様な低い声が落ちた。
全身が凍りついて、俺はゆっくりと見上げる。
2メートルの学院長ぐらいの長身男性が俺を見ていた。
茶色の左目を除いて全身包帯で覆われており、上から一枚黒い着物を崩して着ている、化け物と勘違いしそうな男性。
さっきから適当な授業をしている保体担当の、〈秋野 花霞〉先生だ。
見た目が恐ろしいため、生徒には敬遠されている。俺もその中の一人だ。
「内職ならもっと上手くやれ」
もっと別に言うことがあるんじゃないのか?
思っても口に出す勇気は毛頭無かった。
俺は「すみません」と萎らしく謝って教科書を閉じる。
それを確認したカスム先生は、黙って俺の席から去った。
凍っていた体が瞬時に溶けて俺はホッと息を吐く。
それでも退屈なのは変わらず、前を向いてぼーっとしていた。
前の席は狐面を被る白髪の少女、ビャクダリリーが居た。だから教台を見ると嫌でも白髪が視界に入る。
それが鬱陶しくて仕方がなかった。
リンリンリン
授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
やっとか、と俺は軽く背伸びする。
「今日はこれで終わりだ。次からは実技が主体になる。心の準備をしていてくれ」
そう言って、カスム先生は手ぶらで教室を去る。
不気味な怪物だったカスム先生が去って、教室の雰囲気が柔らかくなったのを感じた。
3.>>12