ダーク・ファンタジー小説
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- 【々・貴方の為の俺の呟き】
- 日時: 2023/12/07 18:49
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: J1WkM8IE)
【目次】
《設定まとめ》>>4
読んでも読まなくても大丈夫です。作中で「あれ、これなんだっけ?!」て時にご活用ください()
本編でも説明はありますし、覚えてなくても物語は楽しめます。
エピローグ【々】 >>1ㅤㅤ
【第一節 縹の狼】目次 >>2
【第二節 代々の械】
【第三節 翠の魔】
【第四節 黄の蛇】
【第五節】
◇◇◇◆◇◇◇
《注意》
○推敲が未熟です。誤字脱字が多々あり。
物語構成に荒が多いです。
○グロ描写、胸糞、鬱などの少し過激な展開があります。
自分の描写力はチリカスのため、酷いものではありませんが苦手な方は注意して下さい。
○死ネタが含まれます
◇◇◇◆◇◇◇
この世界はどうしようもなく理不尽で。
自分だけじゃどうにもならないことしかなくて、吐き気がするほど酷い仕組みで回ってる。
そんな世界が私は、狂おしいほど大好きなんだ
理不尽も、ドラマも、人格も、全て
──クソッタレたこの世界の
素晴らしい産物だ──
これは、満足する”最期”を目指す者のお話
また、因縁と愛に決着をつける白と黒のお話。
そして、その因縁に巻き込まれた二人の青年が、世界を救うお話。
全て、”貴方の為だけの”お話
◇◇◇◆◇◇◇
《閑話》
【2022年冬】カキコ小説大会 シリアス・ダーク小説 金賞
新参スレに関わらず、読んで下さっている方々。本当に、本当にありがとうございます……。
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.32 )
- 日時: 2023/04/04 18:24
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)
5
ルカは枡をチョイチョイと突っついて顔を顰める。
「あの抹茶の粉末を入れたプリン……。美味しいのかな?」
ルカが想像するのは、ミルクで柔らかくなった卵黄色に、キャラメルをとろりとのせたプリン。
あんな甘いデザートに苦い抹茶を混ぜるだなんて、想像力が一歩道を間違えればゲテモノ料理認定してしまいそうだ。
ユウキも、ルカと同じように、密かに抹茶プリンに嫌悪感を抱いていた。
抹茶プリンの前に葛藤するルカを見て、クスッと笑う学院長は言う。
「百聞は一見にしかずだ。一口だけでも食べてみない?」
学院長が言うなら──と、二人は木のスプーンを手に取った。
粉末越しと言えど、光を反射する妖艶な鶯色。それを一すくいした。粉末が升の受け皿に少し零れ、ぷるんっとゲルが分裂する。
雨上がりの若草の様にキラキラと輝くソレを近づけると、濃縮感ある抹茶のいい香りがした。
ルカは香りに引き寄せられて、抹茶プリンを口に運ぶ。軽い力でプリンが崩れ始めた。口の中でほろっほろっ、と。普通のプリンより柔らかくは無いが固すぎず、自然と口と一体化してく。
抹茶だから苦いと身構えていたが、ルカは肩透かしを食らった。それも良い意味での。抹茶は苦味を楽しむとモノと思っていた。けど違った。
プリンの甘みで苦味が消えて、抹茶の旨みしか喉を包まないのだ。かと言って完全に苦味が消えたわけじゃない。甘みと上手く溶け合っている。とてもおいしい。
(でも、もっと柔らかいプリンが好きなのよね。これはこれで美味しいけど合わないかも)
口の中に広がるほろ苦味を感じながらルカは思った。と、異変が起こる。プリンがトロトロに溶けてきた頃、全ての苦味を包み込む様な甘みが広がった。
私は考えが浅かったかもしれない、とルカはハッとする。このプリンはこの固さでいいのだ。逆にこの固さでないとダメだ。
柔らかいプリンは口に入れた瞬間、溶けるように消えてしまう。そしたら、後に広がる抹茶プリンの甘さを感じられない。
甘味を噛み締めるためにわざと口の中に残りやすい、硬いプリンになっているのだ。
「プリンおいひぉ……」
ルカはつい声を出した。しかし、パクパクとプリンを口に運んでいて発音が出来なかった。
プリンを平らげてしまったルカは、フルーツケーキに手を出す。
白いクリームを身にまとい堂々と佇む三角形のケーキ。イチゴやオレンジ、ビワやメロン、野いちご、旬の宝石が溢れんばかりに乗せてある。こういうケーキはどこから切ったらいいのか分からない。
取り敢えず、と野いちごが乗る三角形の先端にフォークを刺して口に運んだ。野いちご独特の酸味がパチパチっと弾け、生クリームがそれを優しく包み込む。
酸味と甘みのバランスの良さで口角が上がった。
今度はイチゴとメロンを一気に食べよう。ルカは大口を開けてケーキを頬張る。イチゴとメロン。一緒に食べることなんて基本ないけれど、彼女は美味しいと確信していた。
実際、美味しかった。ジューシーな二つの果物。
どちらも糖度が高く舌触りも良い。それらを包み込む甘い濃厚なクリームとスポンジ。甘みが口のなかいっぱいに広がって幸せな気分だった。
甘いのが苦手なユウキは、ルカのフルーツケーキを見て顔を顰める。手元のビタークッキーに手を伸ばし、サクッと音をたてて食べる。うん、おいしい。ユウキは思った。
喉が渇いたからと、ルカはコーヒーに手を出す。苦いのは嫌いな彼女はミルクと砂糖をたっぷり入れた。口に僅かに含み、香りを楽しんで喉に通す。じんわりと広がる苦味と共に甘味が喉元を覆う。いつも飲むコーヒーと変わらない。ルカは、コーヒーの違いなんてよく分からなかった。
しかし、口内にベットリとついた甘さの残滓をコーヒーで優しく拭いとる感覚は癖になりそうだ。
「そんなに美味しいかい? ここの食べ物は」
ルカを微笑ましく眺める学院長が聞いた。
自分が満面の笑みだった事に気付いたルカは恥ずかしくなる。
「はふっ 学院長せんせへぇ」
「アブラナルカミ君。口のものは飲み込んでから話そうね」
指摘されたルカは急いで口の中の物を飲み込む。
「学院長って何処にでも居ますよね」
「よく言われるよ。でも学院の外にはあまり行かないかな。君たちはラッキーだ」
学院長は肩を竦めた。
(確かに学院長を外で見ることは無いかも)
でもそれは、学院都市が広いからだろうとルカは思っていた。学院長は思ったより忙しそうである。
「そろそろ話に戻ろうか」
学院長の言葉で、ユウキとルカは動きをピタッと止めた。学院長は「いや、食事は続けてていいよ」と苦笑いする。
「まず前提として、他人の関係にとやかく言うのは大変無粋な事だ。それを理解した上で、俺の話を聞いて欲しい」
この場に居るユウキ以外は利他的な感情ではなく、立場の都合でヒラギセッチューカとヨウを和解させようとしている。
ルカはそれを責められるかもしれない、という恐怖を抱きながら頷いた。ユウキは学院長の言葉に罪悪感を覚えながら、ルカと共に静かに頷く。
「二人を真の意味で和解させる方法はあるにはある。しかし、性格の相性を考えると効果は薄いだろう。ここは二人の和解を諦めた方が早いかもしれない」
「和解を……?」
意味は分からないが、不穏に感じたユウキは復唱する。学院長はコクリと頷いた。
「要は、ヒラギセッチューカと玫瑰秋が文句言わず共に行動出来ればいいわけだ。ヒラギセッチューカに君達との行動を強制させとくよ。
玫瑰秋は嫌な顔するだろうが、アブラナルカミとユウキから離れるような事はしない。彼は義理堅いからね。時が経てば二人共諦めて大人しくなるだろう。これで解──」
「ちょっと待て!!」
バンッと机を叩いてユウキは立ち上がる。荒々しい怒声が店内に響くが、客が居ないのは幸いであった。
ユウキは自分の行動にハッとして「すみません」と一言謝る。が、意思は変えない。
「それではヒラギとヨウの意思が反映されません。強制なんて、やめてください」
「でもそれが一番良くない? 取り敢えず同伴させときゃ自然と和解するかもしれないよ?」
「ヒラギが、可哀想だ」
学院長とユウキの雰囲気が悪くなってルカはビクビクする。しかしユウキと同意見ではあった。ヒラギセッチューカとヨウが可哀想だ。
でも、エルフである自分がクラスで浮かないための、一番確実な方法。ルカは何も言えなかった。
「はは、ヒラギセッチューカが可哀想、ねぇ」
「感情論では、いけませんか」
顔をしかめるユウキに、学院長はケラケラと笑って「違うよ」と言った。
「君達の都合で、嫌いな人と和解しなきゃならないヨウも可哀想とは思わない? いや、寧ろヨウの方が精神的に苦しいだろう」
ユウキとルカが望む和解も、ヨウの意思が反映されていない。学院長がやろうとしてる事と変わらない。
気付いたユウキを罪悪感の大津波が襲った。ワナワナと震えて俯くユウキに、学院長は追い打ちをかけた。
「最初にも言ったが、まず人の関係をとやかく言うこと自体が無粋だ。罪悪感を覚えるのが遅いよ狐百合 癒輝」
一音一音が弾丸となってユウキの胸を貫き、蜂の巣にする。その感情への処理が追いつかずユウキは動けなかった。
ヨウとヒラギには仲良くして欲しいし、仲は悪いよりも良い方がいいし、入学式で互いにした酷いことへの謝罪をして欲しくて、ヒラギの友達を増やすことも目的にあって、でも二人の意志を無視するのはいけない事だし──
何をして欲しいとか、人は仲良い方が良いとか、謝罪だとか、ヒラギセッチューカへの押し付けがましい善意だとか。典型的に良いとされる”正義”が彼の情緒をぐちゃぐちゃにしていた。
学院長はフルーツケーキを綺麗に平らげ、コーヒーを優雅に一口飲む。
「そんな悩む必要はないと思うよ。自分の何がしたい、って気持ちを一番にさせるべきじゃないかな」
彫刻のように綺麗な微笑みを作って、学院長は言った。
「俺は十分自分の気持ちを優先させてます。これ以上は、自己中になるだけだっ」
「その、自己中になってみない?」
ブチブチっと自分の堪忍袋の緒がちぎれかける音が大音量で聞こえる。ユウキは、胸の奥のドロドロとした漆黒をゆっくりと吐き出して、ドスの効いた声を出す。
「意味、分かって言ってますか」
「うん」
学院長は見抜いていた。
ユウキの心情も、”ユウキ達”の存在意義も。
が、何も知らない者からしたら二人は何を言ってるのかちんぷんかんぷんだ。ルカは訳の分からない話に恐怖を助長され、ただその場でビクビクすることしか出来なかった。
「欲こそが君の至高でしょ?」
学院長の言葉でユウキは唇を噛む。ギリっと音がして、鉄の味が微かに広がった。火傷したような痛みにハッとしたユウキは力が抜けて、ストンッとその場で座る。
うるさい、うるさい、うるさい。
聞きたくない言葉をストレートに言われたユウキは、子供のように胸の中でごねていた。それを苦い漢方のように飲み込んだユウキは、表情を戻す。
「それは、違います。けど言葉は返せない」
何事も無かったかのように苦い顔をする。
学院長は「そっか」と言って、ユウキと入れ替わるように立ち上がった。
「俺も悪魔じゃない。ああは言ったが、考えてるだけで行動に移す気は更々ないよ。人の関係にとやかく言うのは無粋だしね」
学院長は伝票を一瞥して、財布を開きながら話を続ける。
「俺が言いたいのは唯一つ。他人の意志を蔑ろにしたらいけない。
ま、本人達に任せてればいいと思うよ。勝手に仲直りして、ひょっこり一緒に顔を出すかもだしね」
伝票に書かれた代金とぴったしの硬貨と紙幣を置いて、学院長は席を立った。
ユウキとルカは白昼夢を見ているような気分でそれを眺める。
「あ、店長ー!」
と、学院長は厨房に向かって叫んだ。
ガッシリした体つきに真っ白いエプロンを着た老人がのっそりと出てくる。
「なんだ騒がしい。店では叫ばないでくれ」
「抹茶プリン、サービスしてくれたんだって? 生徒の分まで、ありがとうね」
「それだけならさっさと去れ」
塩対応な店長に学院長は思わず苦笑した。店長の後ろに隠れるように立つ店員に視線を移す。
「店長、店員の調子はどう? 役に立ってる?」
「まあまあ」
「ああ、そう。抹茶プリンとかフルーツケーキとか、考えたの君でしょ? 凄いね」
店長一人の時は、店のメニューのレパートリーは渋い上に少なかった。抹茶プリンの様な風変わりなモノを店長が作るわけない。
学院長はしゃがんで店員と目線を合わせ、そう言った。
「どうも」
「ねぇ店員さん。喧嘩はいけないね」
「急に何です」
「悪いことしたら、謝らなきゃいけないね」
「だーかーらっ! 急になんですかっ!」
店長に隠れて怒る店員を見て満足した学院長は、彫刻の様な微笑みのまま背を向けた。
「ご馳走様でした〜」
カランカランッ
場の空気に似合わない、陽光の様に明るく軽いドアベルの音が店内に波紋を作った。何も考えずぼーっと学院長達のやりとりを眺めていたユウキは、空っぽな言葉を投げた。
「何も、出来ねぇな……」
ルカは頷いて、すっかり冷めたコーヒーを一口飲む。
信じられないほど、甘かった。
6.>>33
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.33 )
- 日時: 2023/04/05 16:15
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)
6
《ヨウ》
ぽつぽつと無数の雫が跳ねる音が室内に木霊している。ページをめくろうとして、俺は顔を上げた。
視界の端に映る窓の外には絹糸の様な五月雨がしとしと、と単調に降っている。いつの間に降っていたんだ。
驚いて時計を見て、図書室に来てから数時間経っていた事に気付く。
俺は動揺を隠すように背伸びして、持っていた本を棚に戻した。
背表紙をなぞって名残惜しくも手を離す。『夜刀 歴史記録』と書かれた厚い本が巻数順に並ぶ様子を眺めたあと、俺は絶望を一つ吐いた。
学院に入学したは良いものの、親父の手がかりは0に等しい。
かと言って有効な情報収集方法案も浮かばず、ダメ元で学院都市にある図書を片っ端から読むことにした。
学院都市には学院内のを省いても図書館が幾つもある。それらを虱潰しに回って、この学院の図書室が最後だ。
エルザ先輩が言ってた通り、白蛇教の資料は公にされていなかった。そもそも“白蛇教”という単語すら一回も見なかった。
情報管理が徹底され過ぎていて、白蛇教は俺の妄想じゃないかと一瞬思いかけたぐらいだ。ダメ元で図書館を調べていたから然程落胆はしないが、情報収集の方法がもう無い。
どうしたものか──
俺は意味もなく、しまった本をもう一度取り出した。『夜刀歴史記録』は名の通り歴史の本だ。
しかし、史実と共に神話からエルフのような幻に近い生物に出来事まで、時系列順に記録されている。
だからこそ白蛇教の手がかりもあると思ったんだが。
「そこに目当てのものはないと思うよ? 少年」
気付かぬ間に俺の両肩には誰かが手を添えていて、少し体重をかけられていた。
耳元から悪寒が身体中を駆け抜ける。吐息がこしょばくて変な声が出てしまって恥ずかしい。反射的に口に手を当て素早くその場から離れ、後ろの人物と目を合した。
「『ふはひぁっ!』だってさ! 案外愛くるしいね少年って」
真っ黒い狐面から零れ落ちた白髪の隙間から見えたのは、俺を嘲笑う白皙の顔だっだ。認識阻害の狐面で俺に近付いたビャクダリリーは、俺の吃驚を真似てクスクスと笑う。
怒りと恥ずかしさで血液が沸騰したように熱くなって、顔が赤くなってると嫌でもわかった。息をかけられた耳を抑えて歯ぎしりし、ビャクダリリーをキッと睨む。
「何の用だビャクダリリー」
ビャクダリリーを見るだけでも嫌気がさすのに、嘲笑されるなんて今日の俺はとてもツイてるらしい。反吐が出る。
俺はバタンとわざとらしく大きな音を出して本を閉じ、棚にしまう。
「愛しの玫瑰秋 桜に会いに来たっ」
ビャクダリリーが余りにも朗らかな笑顔で気色悪い事を言うもので、俺は雨音をかき消す勢いで大きな舌打ちを打ってやった。
ビャクダリリーは肩を竦めて苦笑いする。
「てのは半分冗談で──」
十割冗談であって欲しかったよ。
「話したい事があって、ヨウを探してた」
話したいこと? 気まずい空気に耐えられず、ビャクダリリーがしっぽ巻いて逃げてから早半月経っている。
今更俺を探してた──だなんて、滑稽で笑いが出ちまうよ。
「愛の告白でもしに来たか?」
ビャクダリリーをバカにするつもりで言った。
「して欲しいなら“愛してる”って毎分でも言ってあげるよ?」
思ってもみなかった回答が悪寒となって、足元から電流の様に駆け抜ける。
「なら俺は毎分受ける恐怖と憎悪を乗せた拳をぶち込んでやる」
「そんなに私嫌い?」
「生理的に無理」
ビャクダリリーは「結構ショック」と肩をすくめるも、せせら笑いを浮かべていてショックを受けている様に見えない。
俺はビャクダリリーから顰蹙を買おうと必死なのに、全く効果がないのがイラつく。
「用が無いなら俺の視界に入るな綿ホコリ」
素直に苛立ちをぶつけて、クルリとビャクダリリーに背を向ける。
司書さんですら不在で誰もいない図書室に、俺の冷たい足音がカツカツと響く。
「極力少年と関わる気は無い。ただ──」
俺の背を押すビャクダリリーの声は冷たかった。
さっきとの余りの温度差に、思わず俺はビャクダリリーの方を向く。
「無駄に首を突っ込むな、とだけ」
と言われても。
俺は自らビャクダリリーと関わろうとした記憶なんてない。コイツは何を言いたいんだ?
「なんの事だよ」
ビャクダリリーが、俺を指差す。
「ディアペイズ第十軍騎士団長 玫瑰秋 晟大」
何故、ビャクダリリーがその名を呼ぶ。
裏側まで見えてしまいそうな程透き通る透明な瞳の中で、目をカッと開いて、刺すように前を睨む黒髪の少年が立っていた。
室内に十、百、嫌、千以上の雫が破裂する音がガラス越しに響く。
黙っているビャクダリリーは息を吸って、吐いて。表情の氷を溶かして、ニヘラと笑う。
「白蛇の巣穴に手を出すと、後ろから首を噛まれるよ。かぷっ、て」
ビャクダリリーはパクっと、あざとく虚空を口に孕んだ。
俺は、どんな表情でそれを見ているのだろう。この燃え上がる感情を、何と呼ぶのだろう。
玫瑰秋 晟大、白蛇、噛まれる。それらがようやく頭の中で一つに繋がった。白蛇教と関わるな。そう、ビャクダリリーは言っているんだ。
「なんでお前が、白蛇教の事を、俺の目的を、知ってるんだ」
ビャクダリリーはハッキリ“白蛇教”と言ったわけじゃないし、もしかしたら全く別の事を指していたのかもしれない。
それでも、俺は焦燥感に耐えられず早合点した。
「その言葉、余り声に出さない方が良いよ?」
ビャクダリリーの発言で俺は確信する。コイツは、白蛇教の事を言っている、と。
「質問に答えろ! ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーッ!!」
「そう、なるよね」
苦笑いして肩を竦めるビャクダリリーは「用事はこれだけ」と、クルリと背を向ける。
お前の用事が終わっても、俺の用事が終わってない。いや、元々そんなの無かったが。今出来たんだ。
コイツから何としてでも情報を引き出さないとッ──!
「待てビャクダリリー!」
手を伸ばした先に居るビャクダリリーは振り向かないまま狐面を被った。途端、彼女の気配が薄くなって姿が見えにくくなる。
認識阻害は厄介だ。一瞬でもビャクダリリーの姿形を見失うと、再認識するのは難しい。ビャクダリリーを見失わぬよう必死で目を凝らして追いかけるも、段々ビャクダリリーの存在が消えていって、認識出来なくなる。ただ、彼女特有の薬臭さは健在だ。姿が見えなくとも何となく存在が分かる。
図書室を出て、廊下を走って、何度も転移陣を踏む。先生に廊下を走るな、と注意されてもスピードは緩めなかった。
さっきよりも強くなった雨がボトボトと屋根を叩く。
誰かが閉め忘れたのだろう窓から入る生臭い雨の臭いと、湿気が手足を這って気持ちが悪い。生暖かい息を何回も吐いて思った俺は、気付くと縹校舎に辿り着いていた。
ビャクダリリーの臭いがしない。多分、雨で消えてしまったんだろう。けど、ビャクダリリーはこの縹校舎に居る。さっきまでは微かに薬の臭いがしたんだから。
俺が間違うはずがない。
思いながら廊下を彷徨く。
午前の必須授業以外では使われない午後の校舎は伽藍堂で、少し怖い。
雨で天気が悪いことも相まって、何かの拍子にふと、俺自身が溶けて消えてしまいそうだ。いや、何を考えてるんだ俺は。そんな事起こるわけが無いだろう。
気持ちを切り替えよう。
ビャクダリリーはこの校舎にいると仮定して、アイツが向かいそうな場所。考えてみれば簡単に分かるだろう。俺達の所属クラスである〈一クラス〉の教室だ。
ガラッと教室の戸を開ける。灰色の光で飽和した教室は誰もいなくて、沈黙に満ちていた。
俺は躊躇いなく歩を進める。
「ビャクダリリー、居るんだろ!」
俺の席。の前にある席に向かって叫んだ。滲み出る汗を拭い呼吸を整えて、虚空を睨みつける。
「なんで分かるかなぁ」
と、思いの外早く観念したビャクダリリーが姿を現した。椅子に座って苦笑いするソイツは、狐面を袖にしまって立ち上がる。
「聞きたい事がある。大量にな」
「だろうね。けど答える気は無いよ。なんか思わせぶりなこと言っちゃってごめんね?」
端からビャクダリリーが俺の質問に答えるとは思って無かった。なら無理にでも答えを引き出すしか無い。
どんな手を使ってでも──
「お前も知ってるだろうが、俺は玫瑰秋 晟大の息子だ。金なら、いくらでもある」
汚いが故に誰も触れる事が出来ない親父の財産や、死亡確認が取れてないからと未だディアペイズ軍から振り込まれる親父の給料が、俺の懐にそのまま入ってくる。そこら辺の貴族など鼻息で飛ばせる程の金を、俺は持っているのだ。
普段は金で物を言わせる様な汚い事などしないが、今回はそんな事言ってられない。
「お金、か。ちょっと揺らぐなぁ……」
ビャクダリリーの言葉を俺は逃さなかった。
「金だけじゃない。物品も知識も地位も。欲しい物なら俺のコネを使ってなんでもくれてやる!」
「必死すぎて怖いよ少年。言えることは何も無いよ。幾ら積まれても、ね」
唯一俺がビャクダリリーに与えられる物だったのだが、やんわりと拒否されてしまった。
ならば──
「私は忠告──というか、お願いをしに来ただけで。要するに、少年に首を突っ込まれるとこっちの都合が悪くなるんだ。危険地帯に踏み込むかどうかは君の自由だけど、踏み込むからには私も容赦できないし──」
俺を必死で丸め込もうとビャクダリリーは言葉を連ねるが、何一つ響かない。
この教室──嫌、校舎には俺達意外 人が居ない。
今、俺がコイツに何をしようがバレるリスクは少ないと言うわけだ。殺しまでするつもりは無いが、誘拐しても、殴り倒しても。
証拠隠滅を測ればリスクをゼロに等しくさせることも可能だ。
情報を吐くまで、嬲り倒してやる。
7.>>34
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.34 )
- 日時: 2023/04/05 16:29
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)
7
俺達の日常にありふれる魔法に必要な要素は3つ。
一つは、万物の源と言われる〈魔素〉
何処にでも漂っていて、俺達の体中にも血流の様に決まった流れを作って巡っている。
魔素が尽きても死ぬことは無く、体にとっては薬にも毒にもならない。
二つは〈ゲート〉と呼ばれる器官。
全生物に備わっている概念に近い器官で、魔素の出入口となっている。ゲートを介さない魔素の放出、吸収は大変危険だ。最悪、魔素逆流を起こす。
三つは構築。
魔素をゲートから通すと任意で発動する魔法は、上手く魔素を体内で練って構築しないと発動しない。
この“練る”が難しい。例えるなら、脳内のミルクパズルを組み立てる様なもので、一瞬で魔法を発動出来る者はほんのひと握りだ。
それを助けるのが詠唱。
細かいピースのミルクパズルから、色付きの大きいピースのパズルの様に、難易度がグッと下がる。
それでも慣れていないと使うのは難しく、魔法、というのは一朝一夕で使えるものじゃない。
ただ、初級魔法は万人向けに作られていて──
「〈壱・暗槍〉」
俺でも、使うことが出来る。
「っ?!」
ビャクダリリーが声にならない声を零し俺を見やる。と同時に俺の魔法が発動。
手元にバット程の、鈍く光る黒紫色の結晶が現れる。
ビャクダリリー脳天目掛けて思いっきり振り上げた。
「参氷塊!」
一回の瞬きよりも速くビャクダリリーが唱えた。
反応が早い。
ビャクダリリーを守る氷が床から生えた。
暗槍がぶつかってカンッと軽い音が鳴る。
黒紫の結晶の破片が飛び散って、暗槍は魔素である光となって消えてしまった。
暗槍は所詮、魔素を実体化させただけの初級魔法。
耐久性は無いと分かっていてもチッと舌打ちを鳴らしてしまう。
「交渉がダメなら力ずく、って事?」
「理解が早くて助かるよ魔女」
「冗談だったんだけどなぁ、目がマジじゃん……」
氷塊を盾にして俺の顔を覗くビャクダリリーの表情には、困惑が見えた。
「壱・暗槍」とゆっくりと唱えて、俺は強度な魔素の結晶を作る。
「お前が簡単に吐くとは更々思ってない」
「内容が内容だしね。下手吐いたら私も身が危ないからさ。少年の身も危うくなるし、大人しく手を引いた方が──」
「教室がダメなら別の密室で。魔法がダメなら道具で。道具がダメなら拳で。拳がダメなら爪で、歯で。お前の肉を抉って、吐き出させる」
「わーお下手吐いたから現在進行形でピンチだったよ私」
魔法が完成してさっきよりも硬い結晶が現れる。
それを力任せに氷塊へぶつけた。
氷塊がバリンッ! と音立てて砕ける。氷の飛沫が顔にかかってちょっと冷たい。
「教室で暴れるのは流石に不味いよ?」
ビャクダリリーは氷の破片をかわす。余りに自然な動きで、俺は暗槍を持つ手を掴まれてしまった。
布越しでも分かる冷たさと、恐ろしい程の白い手が不気味でゾッとする。恐怖をかき消すようにビャクダリリーをキッと睨んで言った。
「なら大人しく吐くか、捕まれ」
「どっちも気持ちだけ受け取っとくよ」
「意味が分からないっ!」
白皙の手を振りほどこうと力を思いっきりいれた。が、全く動かない。石に掴まれてるみたいだ。
ビャクダリリーの力が思いの外強い。
細くて弱々しい腕のどこからそんな力が湧いてるんだ!
けどこっちだって策はある。
──指を折るように。呼吸をするように。思考を働かせるように。
形容出来ないほど自然すぎる感覚が体を駆け巡って、体が熱くなる。力が湧き出る。
もう一度、俺は腕を振り上げた。
「お、わぁっ!」
さっきの力の差が嘘のよう。
ビャクダリリーは俺の力に負けて手を離し、バランスを崩して後退る。
馬鹿だな。その先には机があるのに。
ガシャンと机にぶつかったビャクダリリーの怯みを、俺は見逃さなかった。
「ゲボッ!」
俺の拳がビャクダリリーの顔面に入った。
机がビャクダリリーの体重で倒れて、椅子や隣の席も巻き添えにする。
ガラガラと積み木が倒れる様な音が室内を叩く。
「いっつ、何で、急に力が強く……」
鼻から垂れた血を拭ったビャクダリリーの頬に、赤い爪痕が残る。
吃驚香るビャクダリリーの表情に、堪らず気分が良くなった俺は自慢気に言った。
「〈加護〉って存在ぐらいは、お前も知ってるだろ?」
「えーっと。特定の種族とか個人が持つ体質──だよね?」
「模範解答は“世界からの祝福”だ」
おもむろに立ち上がって机を直すビャクダリリーを冷笑する。
世界から選ばれた種族、或いは個人が生まれつき持つ力を〈加護〉と呼ぶ。
力の内容は様々だが俺の場合──
「魔素量と筋力を大幅アップさせる、て解釈でおーけー?」
さっきビャクダリリーを突き飛ばした所で察せられたか。
それでも魔素量の増幅まで言い当てるなんて。
「その通りだ」
ビャクダリリーに加護を見透かされてドキッとするも平静は保てた。でも調子に乗って余計なこと言ってしまったな。と、後悔して口に手を当てる。
俺の加護は“魔素量と筋力を一時的に増幅させる”ものだ。生まれが特殊だから、個人的なものか種族的なものかは不明だが。
机を直し終わったビャクダリリーは、両袖に腕を入れてヘラっと笑う。
「待ってくれてあんがとさん。少年って根は優しい方?」
「ふざけるな」
反射的に言葉が零れた。ビャクダリリーは苦笑いする。
加護と魔法で十分脅せたと思ったから待っただけであって、ビャクダリリーに情をかけた記憶は一切無い。反吐が出るから勘違いしないで欲しい。
「戦闘は気が乗らないなぁ。こう見えて私、今は体調がすこぶる悪いからさ。今回は見逃してくれない?」
ビャクダリリーはあざとく小首を傾げる。こんな状況でもふざけるなんて、俺を煽ってるのか。
発言的に俺の力に恐怖したようだが、素直になる程じゃ無かったらしい。
「無理、と言ったら?」
暗槍を構える。応えるようにビャクダリリーも袖から木刀を取り出す。
袖に木刀何て簡単に入らないだろう?!
物理法則を無視したその様子に、俺の脳が不具合を起こして思考が止まる。
いや、よくよく考えればおかしい事ではなかった。アレは制服についてる機能の一つだ。
制服には、かけられた魔法による機能がいくつかある。その内の一つである袖の収納を使ったんだろう。
使い手が限られる大変希少な空間魔法によるもので、限度はあるものの、多くを収納することが可能だ。
全生徒の制服にそんな機能が備わっているだなんて滅茶苦茶だが、それをも可能とするのが学院長である。
といっても、貴重な機能であることには変わらず簡単には慣れない。
「ちょっと痛くする」
木刀で俺を指して、ビャクダリリーは返事した。
ちょっとやそっとの脅しや誘惑は彼女には効かない、ということはもう理解した。
ならば、俺が何をしてもビャクダリリーは文句を言えまい。だって、答えないコイツが悪いんだから。
「ちょっとで済むかな!」
咆哮と共にビャクダリリーの顔面目掛けて暗槍を下ろす。
人は顔面に無駄に気を使う。きっと一種の弱点だ。
カンッとまた乾いた音が鳴る。木刀で防がれた。
けれど俺の力に耐えられず、木刀が震えている。力は俺の方が圧倒的だ。
このまま鍔迫り合いに持って行けさえすれば、勝てる!
しかしビャクダリリーも馬鹿じゃなかった。
素早く俺の力を受け流した。思いっきり力を入れていた暗槍がガンッと床に落ちる。衝撃が静電気の様に腕を駆け巡って思わず顔をしかめた。
ビャクダリリーも同じ事に気付いたらしい。俺に力では勝てない、と。
もしかしたら、何かしら対策をしてくるかも知れない。けど俺は思考を停止させた。
だって力で押し切れるんだから。小細工何て俺には効かないだろうし考えるだけ無駄だ。
「俺が首を突っ込むとビャクダリリーの都合が悪くなる、か。何でわざわざそれを俺に言う? 忠告にしても、直接言う以外にもっと方法があったはず、だろ! 」
もう1回暗槍を振るう。
ビュンッ! と通常の俺では鳴らせない、大きな風きり音が気持ち良い。ただ、それは空振りの証拠でもある。
ビャクダリリーは紙一重で俺の攻撃をかわした。ゆらゆらと蛇のような動きが気持ち悪い。攻撃が当たりそうで当たらないから余計だ。
「他の方法って?」
ビャクダリリーの表情から笑みが消えて真顔になる。
「不意打ちで俺を倒すとか、遠ざけるよう誘導するとか。攻撃されるリスクも考えず直接コンタクトをとって、更に情報まで与えるなんて。笑いが出る程のバカだなお前!」
「それ、は──」
「それとも、俺を黙らせる程の力を持ってると慢心でもしてたか? ああ常に慢心してたなお前は。自分より圧倒的に強い相手を、入学当初から嘲笑してたんだからなぁ!」
腕を振り上げる。風きり音。また振り上げる。空を切る。もう一回、もう一度、今度こそ。
何回やってもビャクダリリーに暗槍が当たらない。
けど手応えは十分にある。
焦りの表情が見えているのだから。あの俺を嘲笑ったビャクダリリーの表情から 、だ。
自分の口角が自然と上がる。いい機会だ。
ビャクダリリーの吠え面でも拝んでやる。
「傍観者が作った正義ヅラ? 白髪が他人の正義ヅラ拝めただけ感謝しろよっ!」
入学式にビャクダリリーに言われた言葉を思い出す。あの時、俺は殿下に喧嘩を押し付けられたビャクダリリーを心配していただけなのに。
思い返しただけでも腸が煮えくり返る!!
「俺がブレッシブ殿下に加勢して、お前をボコボコにしてやっても良かったんだぞ? 一回の拳で抑えてやったんだぞ! それだけでもありがたいと思えよ魔女風情がっ!!」
徐々にビャクダリリーの動きが鈍くなる。と、微かながら暗槍が木刀に触れる。
もう攻撃が当たるのも時間の問題だ。
いい加減白状しろビャクダリリー。無駄な抵抗なんて辞めて、懇願しろ。
こんなことはもう辞めて、と。床にめり込む勢いで土下座し、吠え面をかけ。
お前の醜態を俺の目に焼きつかせろっ!
「少年の為──と言ったら、信じてくれる?」
俺の悪態にビャクダリリーはそう答えた。
無理に口角を上げて俺を睨む白皙の顔。それが心底気色悪い。
「どちらにしろ、お前への嫌悪が濃くなるだけだ」
カンッ!
何回も聞いた軽い音と共に、腕に重みがかかる。当たった──いや、正確には当てられたと言うべきか。
窓際の机に追い詰められたビャクダリリーは、避けきれず暗槍を木刀で防いだ。
でも都合が良い。鍔迫り合いに持っていけたんだから。
「うっ、ぐぅ……!」
必死で暗槍を押し返そうとビャクダリリーが唸る。この状態だと受け流す事も出来まい。
いい気味だ。俺は無慈悲に力を込めた。
「〈弐・氷花〉! 」
初級魔法の詠唱?! 危機感を覚えて俺は下がった。
ビャクダリリーの詠唱から魔法が発生。
薄藍色の幾枚の花弁が、ビャクダリリー周辺に現れた。風がふわっと花弁と白髪を撫でる。
ビャクダリリーが「いけっ」と極小の息を吐いた。
触ってしまえば溶けて消えてしまいそうな儚さの花弁が、全て俺に向かった。
避けきれない。数が多すぎる!
俺は袖で顔を覆う。と同時に花弁が服を叩いた。
攻撃を軽減する様に作られている制服の前では、初級魔法など無力だ。しかし肌に当たると一溜りも無いだろう。
花弁が床に落ちてバリンバリンと音を立てる。
「痛っ……」
頬に花弁がかすった。火傷したように熱くなる。鉄の匂いがする。
初級魔法なのに、切れ味が思った以上に良い。これじゃあ近付けない。
けど魔法も無限に出せるわけじゃない。いつか攻撃は止む。
その時に──!
ガラッ
窓が開く音を鼓膜がキャッチした。ビャクダリリーが窓を開けたのか。でもなんで?
丁度花弁が止んだこともあって、反射的に顔を上げた。
「なに、やってんだ?」
理解が出来ないビャクダリリーの行動に、そう俺は声を漏らす。
窓枠に座るビャクダリリーが、俺を見下してた。
大雨粒がビャクダリリーを叩くのに。ボタボタと不規則に音を鳴らすのに。当然の様に沈み込んだ静寂に溺れそうになる。
水を孕んだ衣類に纏わりつかれてるビャクダリリーは、澄ました顔で息を吸う。
雨で淡雪の様に溶けてしまいそうな。瞬きの間に消えてしまいそうな、儚いビャクダリリーに釘付けになる。
曇天を背にしてる癖に。
その様子は。
呼吸を忘れるほど、美しかった。
8.>>35
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.35 )
- 日時: 2023/04/05 16:31
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)
8
「〈ドゥ・ジェル〉」
世界に割り込んだ憎たらしい声で、我に返った。けど、体が筋肉痛の様に動かない。
窓枠をくぐった大雨粒が凍った。
宙に止まって、ビャクダリリーの周辺に氷の粒々が漂う。
七つの系統全てに用意されている初級魔法。
威力で分けられるアン・ドゥ・ロゥワの魔法と、効果で分けられる参・弐・壱の魔法、合計六種類ある。
ドゥ・ジェルは氷の初級魔法だが、威力で分けられた初級魔法は汎用性が高く、何をしてくるか予想が出来ない。
その氷を、どうするつもりなんだ。
そんな疑問はすぐ消えた。
凍らされた雨粒、いや、雹は、俺に一点集中して向かった。
雹が空を切って肌を刺す。思わずまた、顔を袖で覆った。
痛い、痛い、ちょっと痛い。
ちょっと、ちょっとだけだ。
氷が当たってるだけなのに、火に炙られる様な痛みが不規則に襲う。
外の雨音より酷く重い轟音も相まって身動きが取れない。
怖い訳じゃない。
怖いもんか。
おもむろに顔を上げてビャクダリリーを見やる。稀に肌に雹がゴツッと当たるのが怖い。
いや、怖くない。
ビャクダリリーは全ての窓を全開にしていた。
教室に入る雨粒全てが凶器になる。天気が酷くなればなるほど威力が増す。
〈弐・氷花〉で氷を生成するよりも〈ドゥ・ジェル〉で雨を凍らした方がコスパが良いから攻撃は長く続くだろうし、当たると痛い。
思った以上にとても厄介だ。
どうすれば良い。どうやればこの状況を打開できる。
もう分かんない!!
「うがああぁっ!」
全てのしがらみを吹き飛ばして、自身を鼓舞するように俺は叫んだ。
雹を消そうと腕をブンブンと振るう。けど無くなんない。
もういいや。雹がなんだ。痛いからなんだ!
俺は雹を全身で受けながら、暗槍を構えてビャクダリリーに突進する。
「まじでっ?! 参ひょうかっ──」
させるか。
ビャクダリリーが詠唱を言い終えるより先に俺の暗槍が届いた。
「ぐっ!」
暗槍に肩を叩かれビャクダリリーが怯んだ。
俺はチャンスとばかりに、今度は間髪入れず追撃する。ビャクダリリーの動きは早い。また木刀で防がれる。
だがさっきよりも動きがとても遅い。
「端から気に食わなかった」
振り上げて下ろす。防がれる。
「二度と感じたくなかったお前の薬の臭いが」
振りかぶって叩く。木刀と当たる。
「気色悪い白色が」
雹が肌に溶ける。でもまた振り上げた。
「飄々として、いつもふざけるお前の態度が」
カンッと音が鳴る。ちょっと手が痺れた。
「上っ面ばかり作る自分に酔う強欲なお前らがぁッ!!」
カランッ
とても気持ちが良い。乾いた希望の音が、雨音の合間を縫った。
木刀がリバウンドする様子がスローで見える。
白髪1本1本がゆっくり舞って、ビャクダリリーが白い息を吐く。
「〈参・氷塊〉」
刹那、鞠程の氷が俺のみぞおちを突いた。
腹筋と氷が反発し合う。肉が割れるような痛みが走った。
「う、がぁっ……」
衝撃が強くて発声が上手くできない。
全身の力が抜けて後ろに倒れる。内蔵がフワッと浮いた感覚がして──と思った次の瞬間。
着地点にあったらしい机と共にガシャンと倒れた。
「痛っ、いったぁ……!」
衝撃を受けた箇所が熱くなる。力が入らない。筋肉痛みたいに、全身がジンジンする。
きっと紫斑がそこら中にできてるんだろうな。なんて考えが脳裏を過ぎる。
そんな事どうでもいいだろう。今に集中しろ俺!
「〈参・氷塊〉」
氷が俺の手足を床に張り付けた。
冷たい。痛い。熱い。冷たい。痛い。熱い、熱い。
もう、何が何だか分からない。
「少年、幾つか反論をさせてもらおう」
ビャクダリリーがのっそりと、仰向けの俺に馬乗りになる。呼吸が荒くて服もびしょびしょだ。
コイツもかなり疲弊しているらしい。
「私にとって、少年から嫌われるのは大した問題じゃない。そこ思い上がらないで欲しいな」
「っざけん──」
「〈参・氷塊〉」
やにわに口に氷をギュウギュウに詰められた。
顎が痛いし冷たいし喋れない。吐き出そうにも両手が塞がれていて吐き出せない。
ちょっと静かにしててね、とビャクダリリーが話を続ける。
「次に。君が白蛇の巣に踏み込もうとすること自体、いけないことなんだよ。それを棚に上げて文句を連ねられても、ね」
俺の気持ちも、憎悪も、境遇も知らないくせに。
いけないこと? なら俺は何をしたら正解なんだ。牙狼族と汚い人間のハーフは、どう生きれば良いんだ!
そう怒りの炎を燃やしても、もがもがと無様なハミングしか出てこなくて目頭が熱くなる。
「だって君は弱いんだから。その上、無駄にプライドが高くて自分が間違ってるとは思わないし、都合が悪くなると暴力で解決しようとする、幼稚な精神。
そんな弱い奴が、玫瑰秋 晟大に会えるわけ無いじゃん? 自分の実力を見誤ってるんだよ」
ふざけるな。ふざけるなふざけるな黙れ黙れ!
俺はビャクダリリーが思ってるよりも強いし幼稚でもない! ただお前らの方が下にいるからそれ相応の態度を取ってるだけであって、ビャクダリリーが言ってる事は見当外れだ!
俺の方が優れていて──優れ、て?
なら、何故俺は今、ビャクダリリーに馬乗りにされている?
なんで。何で。なんで?
俺が弱いから。
そんな筈がない。だって、だって!!
「うがぁああっ! ふがぁああっ!!」
無我夢中でもがく。
もう自分が何をやりたいのか。何をしたかったのか分からない。どーでも良い!!
ただ今はコイツをぐしゃぐしゃにへし折りたい!
「うん。今のは私の憂さ晴らしだ。ごめんね」
謝るなら俺の腹からどけ!
「とゆーわけで、謝ったから憂さ晴らし続行。〈壱・氷雪〉」
疲れが見えながらも笑うビャクダリリーが詠唱すると、石ころ程の雪が現れる。
ビャクダリリーは片手でそれをギュッと掴んで、俺の目の前で少し溶かした。雪汁が鼻下の溝をなぞる。
待て待てまてまて!! 何をするつもりだ!
と、それを俺の鼻に、詰め込んだ。
雪が鼻の骨にゴリッと当たって。と思うと一瞬で雪が解け、容赦なく雪汁が奥へ這う。
それが嫌に鮮明に覚えた。
神経を鷲掴みにされたようなツンとした痛みが襲って、目と目の間、その奥が燃えるように熱い。
「んんがぁぁっ!」
「拷問をしてるようでこっちも心が痛いよ」
ビャクダリリーが一度握ったから溶けやすくなってはいるものの、新たな氷雪が投入される頻度の方が多くて、固まったままの雪が鼻の管を押す。
ゆっくりと芋虫のように這う雪汁は口に達して、喉を落ちて行く。
「けど、少年が進もうとしてる先はもーっと痛い事が、沢山あるから。それよりは、マシ、何だよ?」
俯く彼女の髪が頬にかかってこそばゆい。痛い。
「白の魔女は恐ろしい。軽い気持ち──いや、どんな心緒でも、少年が近付くことは許されない。私が、許さな──」
「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」
白皙の腕を誰かが掴んだ。
握られた氷雪がポトポトと落ちる音で肌に氷が落ちたと分かって、痛みと冷たさで感覚が無くなってきてることに気付かされる。
「──どちら様で?」
さっきまでは人間味が垣間見えたのに。何時もの様にヘラヘラとしてビャクダリリーが言った。
流石にこの状況を第三者に見られるのは不味いと思ったのか、さりげなく俺の上から退く。
と共に、手足の氷も溶けた。
「むがぁっ!」
バネの様に勢いよく起き上がる。
まずこの痛みを消し去りたい! 溶けかけた口内の氷をバリバリと砕く。歯茎が染みて涙が出てきてもお構い無しに、暴れた。
「ゲホッ! ガァッカアァッ!」
口と鼻から氷の欠片がボトボトと落ちる。まだ鼻の奥が痛くて、俺は吐き続ける。
「玫瑰秋、これを使え」
ビャクダリリーじゃない。金属音の様な声が横から入って、俺の顔をタオルが包む。
ありがたい。俺はただ痛みを消すために、チーンと鼻をかんだ。
ある程度落ち着いて、俺は顔を上げる。
「えっ、と」
俺とビャクダリリーに割って入った目の前の人物は、一言で表すなら“黒い人”だった。
眼球はしっかりと目の前の人物を認識してる筈なのに、脳がそれを受け付けてくれない。
ただ“黒い人”としか言えなくて、不気味だ。
誰だ、この人。
「生徒指導 兼 寮長。縹〈五十クラス〉担当の、ユリウス・アフォルターだ」
あ、入学式で学院長を引きずった先生じゃないか。
◇◇◇
「喧嘩、か。今年度に入ってもう二回だぞ、ヒラギセッチューカ」
ユリウス先生に連れられて来た、縹校舎の医療室。養護教諭が不在で、俺とビャクダリリーはユリウス先生に怪我の手当をされている。
「入学式は殿下に吹っかけられたけど、今回は私から。だからノーカンになりません? ユリウス先生」
「ならない」
「えー。頭硬いよ、ばーさん」
ユリウス先生がビャクダリリーにチョップ。痛っ、とビャクダリリーは声を挙げるも、笑っていて反省の色が見えない。
本当に、ふざけたヤツで気に入らないな。
「玫瑰秋、少し染みるぞ」
俺の頬の傷に、水を含んだ綿が触れる。
「痛っ」
不味い。つい声を出してしまった。この歳になって不甲斐ない。
罰が悪くなるもユリウス先生は特に言及せず、俺の頬にガーゼを貼った。
「あと、加護のせいで筋肉痛になってるな。按摩をすれば治りが早くなるだろうが、激しい動きは控えるように」
「はい。ありがとうございます」
急増する力に体が追いつけないのか、俺の加護は発動すると筋肉痛になる。火事場のバカ力を任意で発動できる様なものだ。晩に唸ることになって辛いが、もう慣れた。
道具が入った箱をパタンと閉じたユリウス先生は、ビャクダリリーに視線を移す。
「さて、ヒラギセッチューカ。何故、玫瑰秋に噛み付いた」
「だって。コイツ、罵詈雑言をトッピングして私を魔女魔女言うんですよー。動機は十分でしょ?」
ユリウス先生が俺に視線をやった。無言の圧力にゾッとするも言い返せない。
俺の戯言程度で胸を痛めたビャクダリリーを鼻で笑いたいが、本当に喧嘩を吹っかけたのは俺の方。
それぐらい理解できるから、何も言えなかった。
……あれ、魔女?
そういえば、何故ユリウス先生は白髪のビャクダリリーを見て平静で居られるんだ?
そんな疑問を浮かべるのが遅くなるぐらい、俺も白髪に慣れてきたらしい。
虫唾が走る。
白の魔女、か。と呟いたユリウス先生は、もう一度ビャクダリリーを見やる。
「白髪は忌むべき存在。玫瑰秋の反応が正しく、それに反発したヒラギセッチューカが悪い。謝れ」
ユリウス先生の言う通り。白髪は存在がおかしく、白の魔女は忌むべきだ。
でもその扱いは、理不尽じゃないか?
──いや、俺は何を考えてるんだ。
何も理不尽なことなんて無くて、全部ビャクダリリーが悪いんじゃないか。
一瞬真顔になって固まるも、ビャクダリリーはすぐ笑って言った。
「玫瑰秋、ごめんね?」
「ふざけるな」
ユリウス先生の叱責に、ビャクダリリーは肩を竦めながらも立ち上がった。
反省の色が見えず、飄々と笑いながら目の前までやってくる。座ってる俺はビャクダリリーを見上げる。
何をするつもりだ。せめてもの報復に殴るつもりか? それとも、また憂さ晴らしか──
寒気がして、俺は軽く身構えた。
「玫瑰秋 桜。すみませんでした」
──は?
目の前の光景に、俺は口をポカンと開けた。
待て、ビャクダリリーにはプライドが無いのか?
入学式の後だって俺とルカの三人で、唯一素直に謝ったのはビャクダリリーだ。
それだけなら腑抜けと罵る材料になるのだが。
前回も今回も、ビャクダリリーに非は“余り”無かった。それなのに、素直に謝るなんて理解出来ない。
綺麗に腰を45°に折ったビャクダリリーを前に、俺の両手がワナワナと震える。
「どういう、つもりだよ」
「誠心誠意の謝罪のつもりだよ」
──違う
「私のような白髪が身の程を弁えず」
──違う、違う
「申し訳なかった」
──違う違う違うッ!!
ビャクダリリーを殴った前回も、ビャクダリリーに喧嘩を吹っかけた今回も、悪いのは俺だ。原因も俺だ!
そうだ認めよう。認めてやるよっ!!
なのに反論もせず謝るなんて。
情けを、かけられた。俺の責任を追われないように。
それが自分の行いにも向き合えない、ビャクダリリー以上の腑抜けだと言われてるようで──
「気に食わない!」
「玫瑰秋」
振り上げた腕を、ユリウス先生が掴んだ。
「──なら貴様は、ヒラギセッチューカが何をしたら気に入るんだ」
時間が、止まった。
本当に止まったわけじゃない。
けどそう錯覚してもおかしくない位の沈黙と冷寒が襲った。
いつの間にか雨は止んだらしく、潤んだ青が曇天から見え隠れしている。
雨の残滓がポツっポツっ、と落ちる音は、これで幾つ目だろうか。
ユリウス先生のはぁ、というため息が、止まった世界を動かした。
「散らかした教室の掃除。罰はそれだけにしておいてやる。再発防止に努めろ」
それだけで済むのか? てっきり反省文でも書かされると思っていた俺は、肩の荷が降りる。
パタン。医療室の戸が閉まって、ビャクダリリーも黙って立ち上がる。
「罰、だってさ〜」
ケラケラと笑った白皙の顔を前に、俺は何を思ってるのか。
何を思いたいのか。
良く、分からなかった。
9.>>36
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.36 )
- 日時: 2023/04/05 16:37
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)
9
◇◇◇
医療室で治療し終えた俺らは、一クラスに戻って掃除を始めた。
びしょ濡れの床とぐちゃぐちゃな机と椅子に、窓から入った桜の花弁。思った以上に酷い状態だった。
今はぼうっとして、床に雑巾を当てている。
「もう帰っていいよ、少年」
溶けた雹で水浸しの床を拭くビャクダリリーが言った。
俺は、何も言わない。
「もう掃除は終わるから、少年は邪魔。さ、帰った帰った」
コイツは何言ってるんだ。
床はまだびちょ濡れだし、机や椅子も倒れっぱなし。まだ掃除は終われない。
ああ、また情けをかけられてるのか。
「何か言ってよー。憂さ晴らしがそんな効いた?」
煽りにも応じない。
ビャクダリリーは「ま、そーだったなら好都合なんだけど」と笑いながら俺の雑巾を奪い取る。
効いたかと言われると、とても効いた。復讐の歩みを進めるのを、少し躊躇ったぐらい。
持ち上げられた雑巾の角から、汚い雨水がポトポトと床に落ちた。
「俺は、弱いか」
ポロっと、言葉が零れた。
俺は強さには余り興味が無い。目的を達成するための、手段の一つに過ぎないからだ。
拘りがあるとするならば、その目的。
──そんな弱い奴が、玫瑰秋 晟大に会えるわけ無いじゃん?
心臓を鷲掴みにされた気分だ。
悲しみか、悔しみか。それとも憤怒か。どれも当てはまらなくて。
この衝撃をどう形容したら良いのか、ずっと分からない。
「めっっちゃ弱い!」
白皙の手が、俺の心臓を、ぐしゃりと潰した。
俺の心情を知ってか知らでか、ビャクダリリーは怒涛の勢いで言葉を連ねる。
「引くほど弱い! そこら辺の羽虫みたいに──いや、簡単に潰せる分羽虫より弱い!!」
真剣すぎて寧ろふざけてる様に見えたし、実際ふざけてるのだろう。
頭がぼうっとして手足に力が入らない。視界の真ん中で仁王立ちするビャクダリリーは、俺を嘲笑していた。
ああ、分かってたよ。俺が弱いってのは、ずっと前から分かってた。
分かっていた筈だった。
認めたく無かったんだ。
弱い俺じゃ親父に近付けないって思うと、今までの歩みも憎悪もなんだったんだって。腸が、煮えくり返って。
あまり、考えないようにしてた、俺の地雷だ。
ビャクダリリーはそれを堂々と踏み抜いて見せた。
場を沈黙が支配して、いつの間にか視界には床板がいっぱいに広がっていた。
目頭が熱くなって、ドス黒いものが喉から込み上げてくる。
俺と反比例した、爽やかな風が教室に入った。
「ああ、身の程知らずってのはもう分かってたんだ。弱いから晟大に近付く事なんて出来ない、て。現実逃避お疲れ様、もう何もし無くて良いんだよ」
何を言えば良いか、もう分かんない。
とうの昔から分かっていた。だからって歩み続けて来た道を、今になって捨てたくない。
弱いなんて認めたくない。
「てか復讐って本当にしたい訳? 今までにも沢山、危険な目に会って来たんじゃないの? 何故、歩みを進めようとする」
親父が憎いから。
それ以上でも以下でも無い。けどそれは説得力に欠ける感情論で、俺は何も言えなかった。
「本当は復讐なんてやりたくないんじゃない? 今更引き返せないだけでさ」
そうなのだろうか。
外の世界に出ても尚、身を危機に晒してまで痛い目に会うなんて馬鹿げてる。復讐を終えられたとしても、得られるものは何も無いだろう。
デメリットしかない俺の復讐。
何故、俺は復讐に執着するのだろうか。
「──強欲に生きようぜぇ? 少年」
白銀の声が脳に染みて、反射的に顔を上げた。
曇天から差し込む光を白が反射して眩しい。瞬きしたら消えてしまいそうな雪のように儚い白皙の肌は、うざったい笑みを浮かべてそこに存在していた。
強欲に。
ああ、そうだった。
気付くのが遅かった。
自分が、情けない。
息を吸って、吐く。
陽の光が当たる頭が熱い。おもむろに立ち上がった俺は、黙ってビャクダリリーの目の前まで歩を進めた。
加護を使ったからか。動く度に筋肉がビキビキと鳴って、痛みが稲妻のように全身を駆ける。
「ん?」
にっこりと笑って、小首を傾げるビャクダリリー。
俺は、その顔から視線を離さず──
「オラァッ!!」
殴った。
「あ゙っ痛っ」
殴られた右頬を抑えて後退るビャクダリリーを、追撃として蹴ってやった。
ビャクダリリーは机にぶつかって、ガシャンと音が鳴るも倒れはしなかった。
チッと胸の中で舌打ちをしつつ、背筋を伸ばし、堂々とビャクダリリーを見やる。
「本当は復讐がやりたくない、だって? 笑わせるなよ」
知ったような口を効いたビャクダリリーに、フツフツと怒りが込み上げてくる。
でも、ここで怒るのは負けな気がする。
「だったらとっくの昔に俺は死んでるよ。俺はこの憎悪と執着で危機を乗り切ってきたんだ!!」
入学前の出来事が脳内を駆け巡る。
白蛇教を追うために片足突っ込んだ裏社会は想像通り危険な場所で、何回も痛い目に会ってきた。命を賭けた大勝負だってやった。
それでも俺がここに居るのは、親父に何としてでも会うためだ!
「知ったような口を効くなよビャクダリリー。お前が思ってる以上に俺は厄介だ!」
ビャクダリリーの雑巾を奪い取る。
「強欲に生きろ? 上等だ! 俺は俺の強欲に忠実に、お前らの世界に踏み込んでぶっ壊してやる!」
怒りはしないが真似はする。飄々としたビャクダリリーのように、俺は言い放った。
ビャクダリリーの表情が歪む。
「話聞いてたかなぁ? 君は弱い。ぶっ壊すどころか、こっちの世界に踏み込む前に、ぽっくり逝っちゃうよ?」
俺は弱い。分かってる。けど俺が止まる理由にはならない!
コイツの言いなりになるのは負けた気がして嫌だ! 誰が思惑通りになってやるかよ!
「ならそこで見とけ。俺が玫瑰秋 晟大をぶっ潰す所を!」
「少年がこっちに来るのなら、私も容赦出来ないんだって。私に勝つ気? さっき雪詰められたのに?」
挑戦的にビャクダリリーは言う。
痛みが駆け抜ける筋肉を動かして、ビシッとソレに指さした。
「ああ、そうだ。俺が勝った暁には、お前の無様な吠え面、この目に焼き付けて嘲笑ってやる!
──勝負だ。ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」
外の桜はもう緑色。風で桜の絨毯が舞って、教室を彩った。
コイツの〈弐・氷花〉には遠く及ばない威力の桜が、白皙の頬に掠めて落ちる。
「──勝負だ、玫瑰秋 桜」
トーンが落ちた白銀の声は、黒く重く沈み込む。
絶対お前を泣かせてやる。
首洗って待ってろよ。ヒラギセッチューカ。
──────────
「質問の答え、未だ諦めてないからなヒラギセッチューカ」
ガラッと戸が閉まる。
頬についた花弁を取って、ゆっくりと窓の外に落とす。掃除が終わった教室には、自分しか居ない。
ヨウが帰った扉をぼうっと眺めた後、ヒラギセッチューカは絞った雑巾を窓枠にかける。
(ノリで啖呵切っちゃったけど、この先どうしよう)
ヒラギセッチューカはため息を吐いた。
玫瑰秋 桜を白蛇教に近付ける訳には行かないが、実力行使にも出たくない。
だから、ちょっと痛ぶって諦めさせようと思ったのに、逆に決意を固めさせてしまった。
これ以上の説得は逆効果だろう。失敗だ。
元々、自分が実力行使をしたくないが為の足掻きで、説得に無理があったのだから当然なのだが。
特殊な体質のヒラギセッチューカは、前に妖怪に魔素を吸われてこの上なく弱っている。
だから荒事は避けたいし、ヨウには特に手を出したくないんだけどな。と、ヒラギセッチューカは憂い顔をしながら、自分のロッカーから鞄を取り出す。
ヒラギセッチューカは何となく、戸の枠をなぞって教室を見渡した。
──俺が勝った暁には、お前の無様な吠え面、この目に焼き付けて嘲笑ってやる!
そう堂々と言い放った幼稚な少年を思い出して、紫色の右頬に手をやる。
自体が悪い方向に向かった悲しみ。
いや、それよりも。
「──おもしれー男。なんてね」
斯くして。魔女と夜刀を中心に起こる、最期が動き始めた。彼女らが会わなければ、あんな事にはならなかったのだろうか。
いや、もう考えても無駄だろう。
ワタシは、名付きを傍観するだけなのだから。
10.>>37