二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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薄桜鬼  沖田総司
日時: 2011/01/30 17:20
名前: さくら (ID: w/qk2kZO)


初めて書きます。
下手ですがどうぞ読んでやってください。


こういう方はお断り。
荒らし目当て


沖田好きな方はぜひどうぞ。
基本的沖田ですが、時々他のメンバーも出てくるかも…?


温かい目で読んでやってください。

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Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.110 )
日時: 2012/11/26 15:40
名前: さくら (ID: cPNADBfY)

被弾した近藤とともに沖田とは大阪城へと辿り着いた。松本の診察を受けるためだ。
近藤はどうにか快癒し、起き上がれるほどになった。一方の総司は回復する兆しも虚しく、寝たきりの生活が続いた。その原因は松本でもわからないらしい。
不穏な空気を感じながらも、年が明けてすぐに鳥羽伏見の戦いが始まった。勝ったのは薩摩。新撰組は大阪まで逃げ延びることとなる。
新政府軍の威力に圧され、敗北してしまった新撰組は体に、何より心に大きな傷を負ってしまった。
慶喜公が江戸に向かったことにより、新撰組も大阪を離れることになった。
総司は新撰組を離れて、静養を続けている。




「雪村君」
「はい」

厨で後片付けをしていた千鶴は、背後から山崎に声をかけられた。
ここは松本が用意した家屋だ。沖田の療養のために使っている。
千鶴は彼についていくと決めて、彼の世話を焼いている。
山崎は土方の命でここにいるらしい。土方の杞憂だろうとは思うが、もしものときの護衛として動くと山崎本人は嫌がる風もなく言っていた。

「どうかしたんですか?」

沖田が目覚めたのだろうか。彼の傷はまだ完治していない。未だに傷口が塞がらず、熱にうかされているため、ほとんど眠っている。
最近は目を覚ますことも多くなったが、それでも床から出ることはまだできないでいた。

「君に話があるんだ」
「話、ですか…?」

いつもながら真面目な表情で彼は千鶴の時間を問う。千鶴も夕餉の後片付けが一段落したところだった。素直に山崎の提案に頷く。
真摯な顔つきで山崎は口火を切った。

「この間はすまなかった」
「えっ?や、山崎さん!?」

いきなり頭を下げられ、千鶴は目を丸くした。自分より長身の男が腰を直角に曲げられると申し訳なさでいっぱいになる。
千鶴はその訳を問うた。すると山崎は顔を上げて千鶴を見上げた。

「先日のことだ。沖田さんが被弾し、重症だったあの晩。俺は君の気も知らず、勝手なことを言って…」

総司が薫の罠にはまり、銃弾を受けたあの晩のことをさしているらしい。まだそんなに日は経っていないというのに、遠い昔のことのように思えて、千鶴は苦しくなった。それほどあのときに受けた衝撃は大きかったのだ。千鶴は首を横に振った。

「山崎さんに非はありません。あるとすれば私の方です」

千鶴は続けた。

「私は怖かったんです…生死をさ迷っている沖田さんを見れば、それは私のせいだ。そう認めるのが怖かったんです…弱い人間です、私は…」
「…いや…君は強い人間だ。だが、どんなに強い人間だって脆くなるときだってある。それを俺は忘れていたんだ。君は強い人間だら、どうして早く沖田さんを助けてやらないんだろう…と。勝手なことを言ってすまなかった」

再び頭を下げる山崎に千鶴は目を伏せた。

「いいえ…山崎さんのおかげで私は目が覚めたんですよ。私は何をやってるんだろうって…沖田さんがこんなに頑張っているのに私は何を逃げているんだろうって…あの時の山崎さんの言葉がなければ私は今ここにいません。きっと新撰組の皆さんについて行ってたと思います」

千鶴がそう言うと山崎はふと顔を上げた。眩しそうに、光を見つめるように目を細める。

「鞘になる…と聞いていたが、本当に…」
「え?」
「あ、いや。実はここに来る前、土方さんが話があると言って…沖田さんが療養中、何かあるといけないからと自分を任命して下さったのだが…そのとき君の話を聞いてね」
「私の話…ですか?」

その時のことを思い出しているのか、真剣だった山崎の表情が柔らかいものになる。

「土方さんはどこか嬉しそうだったんだ…きっと君が彼を支える逸材だと思ったからだろう。安堵しておられた」

金打を交わしたとき。土方の眼差しは優しさに溢れていた。沖田への愛情と、自分にかわる鞘の存在が彼をそうさせたのかもしれない。

「だが、こうも仰っていた…『自分はもう総司の傍にはいてやれない』と…」

山崎の顔から笑みが消え、残ったのは悲しみを湛えた暗い瞳だった。

「『時代は大きく流れ始めた。これからは戦い方も、武器も変わってくるだろう。そうなれば俺は今よりさらに心を鬼にしなくちゃならねぇ。時代を超えるために。だから総司ばかりに気もかけてやれない。俺たちは先に行く。総司を置いて行く訳じゃない。俺たちは先に行って総司を待っている…だから俺の変わりに総司の傍にいてやってほしい』と…とてもつらそうに話してくださった」
「土方さんがそんなことを…」

やはり土方にとって総司は特別なのだろう。信の置ける山崎に頼んで、総司の護衛を任せることからその気持ちの大きさが窺い知れる。

「じゃぁ、早く追いつかないといけませんね」
「あぁ。一刻も早く彼の傷が癒えるように我々も頑張らないといけないな」

土方が託したこの思いを、必ず果たさなければならない。
そう確認し合ったふたりはお互い微笑んだ。

「沖田さん…こんなにもあなたを思っている人がいるんですよ…」

千鶴は小さく呟くと沖田が居る部屋を見つめた。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.111 )
日時: 2012/11/29 16:22
名前: さくら (ID: cPNADBfY)

二人の決意を確かめ合った後、千鶴は総司の薬を部屋まで持っていった。
一日に何度か傷薬を塗り、包帯を換えなければ回復は難しい。少しでも良くなって欲しいと千鶴はここ数日その役目をこなしてきた。
総司が眠っている部屋に着くと千鶴は膝を付く。

「沖田さん、私です」

返事が無い。日はまだ沈んではいないが、室内であれば燭台が必要な時間帯だ。部屋に明かりが点っていないということは、総司は眠っているのかもしれない。
そう思った千鶴は静かに部屋に入った。

「お、沖田さん」

だが、部屋に入って千鶴は目を丸くした。
総司は単に羽織を肩に掛けた姿で状態を起こしていた。どうやら起きていたらしい。

「起き上がって大丈夫なんですか?」

千鶴は薄暗い部屋に明かりを点すため燭台に火をつけていく。
一方総司はどこか千鶴の問いに答える気配も無く、ただぼんやりとしている。
最近の総司は目が覚めてもどこか心ここに在らず、といった様子が続いていた。松本は気長に回復を待てばいいと言っていたが、千鶴は今の総司が心配でならなかった。
だが千鶴は気さくに接した。ここで折れては土方との約束は果たせなくなる。

「包帯を換える時間です、沖田さん」

どこを見つめているのかわからない瞳が、ゆっくりと動く。
総司は千鶴に目をやった。

「薬も塗るので、ちょっと痛むかもしれませんが。沖田さん?」

肩や腕などを負傷している彼は上体の服を脱ぐ素振りを見せない。小首を傾げる千鶴をじっと見つめて、総司は口を開いた。

「千鶴ちゃんはどうしてここにいるの?」

突拍子も無い問いだった。
答えに窮していると、総司はさらに続けた。

「どうして僕なんかの世話をしてるの?」
「沖田さん…?」

彼の問いの意味を理解しかねて、千鶴は眉を顰めた。
虚ろだった総司の瞳が急に悲しみを帯びる。

「僕なんかの世話…しなくていいんだよ?」

いつかの遠い記憶。以前も総司はこんなことを言い出した、と千鶴は思い出す。
千鶴はただ黙って総司の言葉を聞いた。

「僕は、君を傷付けようとしたし…感情に任せて狂って、君にも酷いことを言った…そんな人間のそばでどうして君は懲りずに世話してるの?」

今にも泣き出しそうな笑顔に、千鶴は胸が苦しくなった。
総司は今また闇の中に居る。
護ろうとすれば逆に傷つけ、闘おうとすれば大切な人を危険にさらしてしまう。『護る』と誓いの言葉をいくら重ねても、気持ちとは裏腹に現実は残虐なものとなり、彼自身を傷付ける。
あぁ、と千鶴は運命を呪った。
もし、労咳でなければ。もし、変若水を飲まなければ。もし、あの夜薫と会わなければ。
後悔は数え切れないほど溢れてくる。
だが、過去ばかり恨んでも未来には進めない。
千鶴は努めて明るく微笑んだ。

「そんなことありません。確かにあの晩は怖かったですけど、沖田さんは薫から私を護ってくれました」
「でも、僕は君に刀を向けた…酷いことも言った…」
「それは沖田さんの本意ではないと、ちゃんとわかってます。それに———」
「千鶴ちゃん」

千鶴の言葉を総司は首を振って遮った。
もう聞きたくない、とでもいうように。

「薫と会ったあの晩。僕は君から離れようと決めたんだ」

思いがけない言葉に千鶴は呼吸も忘れて総司を見つめた。
総司はなおも淡々と続ける。

「僕はどれほど謝罪しても許されないことをしたし…護ろうとすればするほど君を危ない目に遭わせてしまう…こんな男じゃ君を護るなんてできるはずもない」

駄目だ。黙っていては。何か、何か言わないと。
千鶴は総司の言葉に衝撃を受けて、上手く言葉を紡げない。焦る千鶴の脳裏にふと土方の声が響いた。

『きっとあいつがお前を守るためにお前を突き放すこともあるだろうが、お前だけはあいつの傍にいてやってくれ』

そうか。
千鶴は苦痛に耐えるように弱々しく語る総司を前に頷いた。
沖田さんは私を守るために私を突き放そうとしている。
彼は今でも自分を思ってあえてつらい選択肢を選ぼうとしてるのだ。
それに気付くと千鶴は焦りなど忘れた。

「わかりました」

千鶴は短く答えると立ち上がった。

「沖田さんがそこまで仰るなら、ここを出て行きます」

突然の言葉に唖然とする総司を置いて、千鶴は踵を返す。
だが、障子に手をかけると立ち止まった。

「…でもこれだけは覚えていて下さい。私には沖田さんが必要なんです…私にとって沖田さんはかけがえのない人だということを忘れないで下さい」

それだけを言い残すと千鶴は部屋を後にした。
残されたのは目を丸くした総司一人だった。



総司の部屋を退出して、千鶴は輝きだした星を見上げてほっと息を吐いた。
彼には今時間が必要なのだ。戦いで深く傷つき、闇の中をさ迷っている。今の総司にどんな言葉をかけても無意味だろう。
千鶴はあえて賭けに出た。自分が身を引くことで総司の気持ちに何か変化があれば。そう思ったのだ。
総司が答えを出すまで、ただ待つことしかできない。それがどんなに苦しいか、千鶴は宣言した後になって理解した。だが、これも総司が答えを出すまで。その時総司がどのような選択をしても受け止めよう、そう決めた。
この行動が果たして正解なのかわからない。土方の約束を違えてしまうかもしれない。
それでも。

「今は沖田さんを信じて…」

千鶴は自分の部屋に戻ってじっと待つことにした。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.112 )
日時: 2012/11/30 20:39
名前: さくら (ID: cPNADBfY)

総司は一人部屋に残された。
しばらく呆然としていた総司ははたと我に返ると、一瞬腰を浮かせた。
追いかけた方がいいのだろうか。
だがすぐに座り込んだ。追いかけて一体どんな言葉をかければいいのだろうか。
総司は千鶴が出て行った後を見つめることしか出来なかった。
最後に千鶴が言い残していった言葉。それがどうしてか気になって仕方が無い。
加えて千鶴のあの行動。いつもなら彼女なら執拗に食い下がってきたはずだ。自分がどんな泣き言や酷い言葉を吐いても、彼女は首を振って慰めの言葉をかけてくれた。
それがどうだろう。総司が再三弱音を吐いた上に彼女を突き放すことを言っても、彼女は大人しくその言葉に従った。

「って…僕も子供じみたことを…」

駄々をこねて相手の気を惹こうとしている子供のそれと同じではないか。

「僕はどうしたいんだろうね…」

千鶴の言葉の真意を突き止めたい気持ちもあるが、今彼女を追いかけて問いただす気力も無い。

「もう…いいかな…疲れた……」

もう何も考えられない。
護ろうと尽力しても結果は悲惨なものだ。呆れて笑いが込み上げてくる。自分の不甲斐なさとやり切れなさでいっぱいだ。
心もズタズタだ。胸の奥がひりひりと痛み、頭にもやがかかったように何も考えたくない。
総司は床に戻り布団を頭まで被って横になった。
眠ろう。眠りに就けばややこしいことを考えずに済む。
そっと瞼を下ろして闇の深淵へと向かう。
何も考えたくない。疲れた。
もう、このまま、ひとりで————…

そのときだった。
廊下から床を軋ませながら近づいてくる足音が一つ。こちらに向かっていた。
その足音は総司の部屋の前で止まると、突然障子を開けた。
誰だ。総司がまどろみかけていた意識を呼び起こして、相手を確認しようとするより早く、いきなり布団を剥がされた。

「なっ…」
「まだ薬も塗ってないんですか?寝てないで起きて下さい。薬の時間です。ついでに塗り薬も塗るので服も脱いで下さい」

布団の傍らに置きっぱなしの薬と包帯を見て、山崎は嘆息した。

「…嫌だ」
「は?」
「お願いだから一人にしてよ…出て行って…」

総司は山崎に背を向けて再び寝る態勢を取る。山崎は総司の態度に苛立ちを覚えた。

「何言ってるんですか!薬の時間は守らないと治るものも治りません!」
「…うるさいなぁ…」

総司は起き上がる様子もなく頑なに背を向けていた。

「……っいい加減にして下さい!!」

山崎は叫ぶように怒鳴った。すると総司の腕を掴んで起き上がらせる。

「ちょっと…!!」
「いい加減、子供みたいな真似は止めてください!!ここ数日そうやって床にこもって!あなたのためにここに残ると決めた彼女のことも考えてください!」

激昂する山崎に、総司は目を丸くした。だが、すぐに総司は目を伏せる。

「うるさいなぁ…もう今は何も考えたくないんだよ」
「そうやって被害者ぶっていれば沖田さんは満足ですか?」

総司は目を開けて山崎を睨んだ。
山崎は総司の視線に怯むことなく続けた。

「そうやって塞ぎこんで、彼女を困らせて、それでいいんですか?沖田さんと彼女に何があったのか詳しくは知りません。ですが、いつまで落ち込んでいるんですか。貴方らしくもない」
「山崎君には関係ないでしょ」
「…関係ない、と勝手に不貞寝されてはこっちが迷惑です」
「誰も君に世話して欲しいなんて頼んでない」

二人の視線がぶつかり合う。どちらも引く気はなく、お互いを睨みすえる。

「出て行ってくれないかな。僕は一人になりたい」
「お断りします。沖田さんのその態度が直るまでここにいます」
「冗談やめてよ。いいから出て行って」

どちらも一歩も引かぬ一触即発の空気が漂う。
しばらくの沈黙の後、山崎は大きな溜息をついた。

「…こんなことなら、貴方を助けるべきではなかった」
「…何が言いたいの?」

二人の視線が絡み合う。張り詰める空気は真冬の夜よりも冷たく感じられた。

「沖田さんが被弾したあの夜。貴方は生死をさ迷っていました。自分はあの晩、沖田さんは必死に傷と闘っているように見受けられたので助けたいと思ったんです。当然、彼女にも処置を願いでました。ですが、彼女はそれを断ったんです」
「…」

山崎は込み上げる感情を抑えながら、言葉を紡いだ。

「自分には沖田さんを助ける資格が無い、と。あの晩彼女は貴方を見捨てようとした。けれど、貴方が最後まで足掻いているのを目の当たりにして、我に返ったようです。今自分が迷っている場合ではない。必死に生きようと抗う貴方のために、彼女は自分が負った心の傷より、貴方を優先したんです」
「…何が言いたいのかさっぱりわからないんだけど」

尚も知らぬ振りを続ける総司に、山崎は更に苛立ちを募らせる。総司ならわかっているはずだ。山崎が言わんとしていることが。だがそれをあえて彼は目を背けている。
山崎は語調を強めて続けた。

「あの晩貴方が負傷したことを雪村君は自分のせいだと思っています!その罪悪感に彼女は苦悶したはずです。ですが彼女はその苦悩を追い払って貴方を助けた。それなのに…助けた貴方がこうも塞ぎ込んでいては、彼女の立つ瀬がありません!!」

山崎が言葉を終えた後には荒い息をしていた。
一方総司は口元に薄い笑みを浮かべた。

「…君があの晩僕が傷と闘っているように見えたなら、それは嘘だよ。僕は被弾したとき死んでもいいと思った。彼女を護れれば、それで…」

あの晩。総司は死を覚悟をした。と同時に安堵していた。
自分は大切な人を傷付けた。その人を最後に護れたならもうそれだけでいい。総司はそう思って死の淵をさ迷った。
だが次に目を開ければ、どうしてだろう。喜んで涙する彼女が目に飛び込んできた。

「もう…僕は彼女を護れないんだよ…傍にいられるとつらい…僕はこんなに情けない人間なのに…」

総司はもう一度山崎に背を向けた。

「…君の言うとおり僕なんか助けるべきじゃなかったんだよ、山崎君。早く新撰組に戻って———」
「沖田さんは嘘を吐いています」

振り返ると山崎は悲しい目をしていた。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.113 )
日時: 2012/11/30 22:39
名前: さくら (ID: cPNADBfY)

「僕が嘘を吐いているって?」

山崎の言葉の意味を理解しかねている総司は首を傾げた。

「僕は本当にあの時死ぬつもりだった。目が覚めたときは本当に困った…あの子は僕が生き延びたことを喜んだ。許されないことを僕は彼女にしたっていうのに…いっそ泣き叫んでくれた方がどれほど気が楽になるか…」

昏睡状態から目が覚めたときの彼女の喜びよう。酷いことをした総司を怒る訳でも、罵る訳でもなく、ただ素直に喜んでいた。
そのことを思い出して胸が苦しかった。
そんな総司に山崎は静かに告げた。

「その証拠に貴方は今も生きています」

山崎の言葉に総司は固まった。
悲しみを帯びた瞳で、山崎は続ける。

「死のうと思えばいつでも出来たはずです。けれど貴方はそうしなかった。いいえ…出来なかったんです」

総司は山崎が何を言おうとしているのかわからなかった。

「沖田さん、貴方は雪村君を置いて死ぬことなんてできないんです。貴方にも雪村君が必要だからですよ」
「そんなこと、どうして山崎君が———」
「では、彼女を前にして自害することができますか?貴方を生かした彼女を一人置いて、命を絶つことができますか?」

山崎の問いが胸に深く突き刺さった。
もし、彼女が見ている前で自分は命を絶つことができるのだろうか。
そっと目を閉じて想像してみる。千鶴の真っ直ぐに澄んだ瞳に見つめられ、自ら死を選んだら———…。
その先がどうしても思い描けない。彼女を一人置いて死に逝く自分のさまが想像できない。
総司の瞳が大きく見開かれるのを見て、山崎は頷いた。

「それが、今の貴方の気持ちです。沖田さん」
「僕の…気持ち……?」

山崎はふと飲み薬に手を伸ばし、湯飲みと一緒に総司に手渡す。

「沖田さんは少し勘違いしています。沖田さんが雪村君を傷付けたあの晩。もしあの晩彼女が傷ついたと思っていたなら、その次の晩。貴方が飛び出していった後を追いかけていくでしょうか?」
「…!」
「沖田さんはただ勝手に罪を犯したと思い込んでいるだけです。彼女からすればそんなことはただの些事です。ただ一身に狂った貴方を救おうとした。それだけだったはず。沖田さんは何一つ彼女を傷付けていません。貴方がそう思い込みたいだけです」

言葉も無かった。
山崎に自分の本当の気持ちを言い当てられ、困惑した。
山崎は総司の服を脱がせ、肩口の傷に薬を塗りこんでいく。

「…人を護ることは俺が想像しているよりも難しいと思います。貴方はそれを今まで全うしてきました。ですがそればかりに囚われて沖田さんは真実が見えなくなっていただけなんです」

傷口の痛みを忘れるほど総司は混乱した。だが、同時に頭のもやは晴れ、胸の痞えは次第に消えていく。
ふと総司の脳裏に千鶴の言葉が思い出される。

『私は沖田さんの鞘になりたいんです———』

あの言葉は嘘ではなかった。自分の醜態も失言も全て受け止め、総司の気持ちごと包み込んでは総司を追いかけてきた。決して総司を見放さなかった。

「…僕は一体…どれほど彼女に迷惑をかければ済むんだろうね」

総司の目の色が変わった。
どこか遠くを見つめていた冷たい瞳とは打って変わって、生気に満ち溢れていく。
それを見止めて、山崎はほっと安堵した。

「彼女とよく話し合ってください。首を長くして待っているはずですよ」

薬を塗り終えると山崎は総司の服を直してやる。総司は手にしていた薬を飲み干すと、口元に笑みを浮かべた。

「嘘吐きは山崎君もだね」
「は?」
「あの晩のことをよく知らないとか言っていたけど、僕にこうして説教するほど君はしっかりあの晩を知っていた…土方さんからでも聞いたのかな」
「情報収集が自分の仕事ですから」

二人は互いに笑みを零した。
もしかしたら山崎は総司の気持ちに整理をつかせるために、総司の泣き言に付き合っていたのかもしれない。第三者からしか見えない真実を教えてくれた。そのことで総司は目が覚めた。

「…全く…君に世話を焼かせるときがくるなんてね」
「貸しにしておきます」
「うわ、最悪」
「貸しは貸しです。あ、それと。薬が切れたので松本先生のお宅に今から行ってきます」
「今から?明日でも———」

総司は口にしかけた言葉を飲み込んだ。
山崎は気を遣って二人きりの時間を作ろうとしてくれている。
それを察した総司は苦笑した。

「何だか君、ますます土方さんに似ていくね。そういうぶっきら棒な気の遣い方とかさ」

山崎は空になった湯飲みを持って立ち上がると、去り際に振り返った。

「褒め言葉です」

山崎は目尻を下げて誇らしげに言った。

Re: 薄桜鬼  沖田総司 ( No.114 )
日時: 2012/11/30 23:35
名前: さくら (ID: cPNADBfY)

「さて、と…」

山崎が退出した後、総司は羽織を着て立ち上がった。
すこし気だるいが毎日横になっているからだろう。傷の痛みもさほど酷くはない。
総司はそのまま真っ直ぐに千鶴の部屋に向かった。
まずは彼女に謝罪の言葉を。彼女を裏切り、悲しませるようなことを総司はここ数日やってきたのだ。まずそれが優先事項だ。
もしかすると千鶴は総司の心の整理がつくまで待つためにあえてあんな言動をしたのではないだろうか。
彼女なりの優しさが感じられて、総司は胸が温かくなった。
千鶴の部屋に着くと静かに声をかけた。

「千鶴ちゃん?」
「…はい」

良かった部屋にまだいてくれて。本当に出て行ってしまっていたらどうしたものかと一瞬不安に思った。
総司はそっと障子を開けた。
今夜は曇っていて加えて自分は夜であるため、部屋は暗かった。燭台が一つだけということもあるのだろうが、少し千鶴の表情が暗く見えた。

「入っても良い?」
「はい」

だがそれも杞憂だった。部屋に入ると千鶴の顔が良く見えた。
待ち焦がれていたというように優しい笑みを口元に浮かべている。それだけで総司は救われた気持ちになる。

「どうぞ」

千鶴が総司に座布団をすすめて自分と向き合うように座る。
総司は言われるがまま腰を下ろすと、千鶴の背の向こう側のものに目が止まった。

「それ…」
「あ、これですか?荷物をまとめようと思って…」

よく見れば彼女は持ち物をまとめた形跡があった。もともと持ち物はさほど多くはないが、着物を風呂敷に包もうとしているところだったらしい。
前言撤回。
千鶴は総司が今夜中に心を決めなければ本当に出て行くつもりだったらしい。彼女の覚悟のほどが知れる。

「その着物…」

風呂敷の中に畳まれた鮮やかな着物を指差すと、千鶴は微笑んだ。

「はい。昔お千ちゃんがあつらえてくれて…沖田さんと呉服屋まで取りに行きましたよね」

いつかの初夏だった。唐突に土方が千鶴の着物を取りに呉服屋まで使いに走らされたことがあった。総司は今でも鮮明に思い出されるその記憶が懐かしく思えた。

「これだけは絶対に手放せなくて…」

千鶴は壊れ物を扱うように優しい手つきでその着物を撫でる。
その姿がさらに愛おしくなって総司はふと思うより先にあることを口にした。

「ね、千鶴ちゃん。それもう一回着てみせてよ」
「え?」

思わぬ提案に目を丸くする。だがすぐに頷きが帰ってきた。

「あの…着替えている間、あっちに向いてて下さいね」

千鶴は几帳の影から小声で言った。几帳の裏で着替えるのだから総司からはまず見えない。だがこちらに視線を向けられていると気持ち的に、恥ずかしいものがあるのだろう。
総司は了解すると几帳に背を向けた。しばらくすると衣擦れの音だけが部屋に響く。総司はその音を楽しみながら黙って待っていた。

「あの…できました」
「…着替えられたなら几帳から出てきておいでよ?」
「あの…やっぱり恥ずかしくなってきました…着替え直してもいいですか?」
「だめ。それは反則だよ、千鶴ちゃん」

総司はじっと待った。しばらくすると観念したのか千鶴が几帳からおずおずと出てきた。
とても恥ずかしそうに。まるで呉服屋のあのときと同じ。総司の前だけ顔を赤らめて、気恥ずかしそうに姿を現した。

「……あの」
「ん?」
「そんなに見つめられると…その…」

鮮やかな着物は豪奢な帯や柄を施され、やはり千鶴の肌の色によく映えた。見ていて飽きることは無い。

「じゃぁこっちおいでよ」
「えっ…」

総司の要望に千鶴は固まった。掃除が自分の膝の上に来いと手招きするからである。

「だってそれ麻でしょ?この真冬にはその着物薄すぎるし…二人でくっついてれば寒くないでしょ?」

当時着物をつくった時、季節は初夏だった。当然、麻の着物であしらえてある。どれほど襦袢が冬使用でも麻の生地は冬の冷たい空気を通してしまう。千鶴が寒さで小刻みに震えているのが見て取れた総司は、そう提案した。

「大丈夫。何もしないから」

優しい声音で総司は千鶴を手招きする。千鶴は一瞬躊躇したが、意を決して失礼しますと断ってから総司に背を向けるかたちで膝に腰を下ろした。

「そんなんじゃ君がつらいでしょ。ほら、ちゃんと体重かけて」
「きゃっ」

千鶴が総司の膝に負担をかけまいと、体重のかからないように腰を下ろした。だが総司はすぐに千鶴の体に腕を回してそれを牽制する。

「お、沖田さん!」

こうして二人が身を寄せ合うことなど久しぶりで、千鶴は声を上げた。
だが総司は逆に楽しんでいるようで、にこにことしている。

「うん。髪は下ろした方がいいかな」

そう言うと千鶴の髪を結っていた紐を取る。開放された黒髪は細い彼女の肩に滑り落ちた。

「…うん…いいね」
「沖田さん…?」

じっと千鶴を横から見つめて総司は目を細めて頷いた。

「いや…もし君と将来過ごすなら、君はこんな格好をして家事とかしてくれるのかなぁって思ってさ」

総司が遠い目をして、まるで眩しいものを見るように目を細めた。

「君は早起きして、ご飯を作って…僕は惰眠を貪りながら君をまた床に引き込んで一緒にまた眠って…」

それは近いようで遠い未来。叶うかもしれない未来。
だが、総司の先が長くないことを千鶴は薄々気付いていた。だが、彼の将来について語っている姿が切なく思えて、千鶴は押し黙った。

「そうなれば、いいよね…ねぇ、千鶴ちゃん」

遠い視線が現実に引き戻され、千鶴を見つめた。

「僕は君に謝りたい…僕の話を聞いて?」


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