二次創作小説(紙ほか)
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- 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。
- 日時: 2016/03/14 23:03
- 名前: すず (ID: e.PQsiId)
黒子のバスケで夢小説です。
誠凛高校中心です。というか、伊月俊がメインです。
どうぞ、読んでください。
きゅんきゅんする恋愛小説が書きたい!!!!!!
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.72 )
- 日時: 2020/05/03 22:38
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その8
「コート全体を俯瞰的に見る、広い視野。仲間を最大限に生かすことが出来るパスワーク。完璧なリズムは完璧な流れを作り出すことが出来る」
俺が、性別の垣根を越えて初めてPGとして憧れた選手。
「最もWNBAに近い選手、既にいくつかのチームとも契約済み。スポンサー契約はU—15過去最多の十社以上、すごい。こんな選手がどうして誰にも知られずに新設校にやってきたんだ?」
日向は、俺が持ってきた雑誌の記事を貪るように目を走らせ、とある箇所で止まった。
「——右脚の靭帯を損傷、公式戦で選手からのラフプレー、将来有望の日本人選手、もう現役復帰は不可」
——彼女の才能が開花するきっかけを与えた、女性選手、ベリー・フーバー、事故死。ラフプレーを行った選手は、バスケット界から追放されたが、百六十五センチの天才は戻って来ず。
そのページだけは、今も文章をそらんじて言える。もう何度も何度も読んだページだった。雑誌の角が擦り切れて、印刷の色が薄くなるほどに。
他の選手から羨望の眼差しを一身に浴びていた彼女。彼らはまだ中学三年生で、精神的に未発達だったために起こった事件。もう二度と激しいスポーツが出来ない体にさせられてしまった彼女も、それだけならまだ立ち直ることが出来たかもしれない。しかし、現実はあまりにも彼女に非情だった。
自分の才能を見出してくれた恩人の事故死——それから彼女は女子バスケットボール界から姿を消した。
「よおし、この鈴野凛音っていう奴がどんな奴なのかはわかった。だけどよ、カントクも知っていたのはなんでだ? 知り合いだったのか? 元々」
日向は言い終わるのと同時に、ありがとうと礼を言い雑誌を俺に手渡す。
「そうよ。さっきそれに書いてあったけど、そのフーバー選手とパパが仲、良かったから、その繋がりで凛音とも仲が良くなったの。パパに連れられてトレーニングジムに行ったらフーバー選手と彼女もよくいたわ。近年稀に見る、PG特化型のプレイヤーだって」
カントクが言い終わるのと同時に校門前に着くと、ゆっくりと生垣のレンガに腰を掛けた。俺と日向の帰り道は一緒だが、カントクはここで別れなければならない。そんなに長い話をするつもりはないし、誠凛生徒行きつけの「マジバーガー」に、行かなくてもいいだろう。
「なるほどな。そんな選手が、うちの学校にいるっていうこと、伊月は隠そうとしてたんだな?」
俺の右隣に座っている日向が、問うた。
「日向……別に隠すつもりじゃなかったんだ。そもそも、アメリカでこんな日本人選手が活躍をしているなんて知らなかっただろう? 日本でのプレイも全くなく、アメリカで有名になってしまったから尚更認知度は低い。俺だって、彼女がこの学校にいるって知ったのは昨日のことなんだ。彼女は、体育館の裏口の扉から、俺のシュート練習を見ていた」
カントクと日向が驚いたようにこちらを見る。
「え、ちょっと待て。それ、お前が呼んだってことか?」
日向の問いに、
「いいや、違う。気づいたらそこにいたから、いつから見ていたのかわからない。始めはカントクだと思っていたけど、テレビや雑誌でしか見たことのない人だったからびっくりした」
「昨日は久しぶりの休日だから、ちゃんと体を休ませてって言ったじゃない。体育館には来ないでって」
俺の左隣にいるカントクが、呆れたように頭を抱える。
「だけど来ちゃったんだよ。体がうずうずして」
「それでその後どうなったんだよ」
興奮したようすで日向は先を促す。
「話しかけたよ、鈴野凛音か? って。そしたら、途端に逃げ出されて……俺も、突然のことで追い掛けられなかった。びっくりして腰、抜けそうだった」
「伊月くん、今日全然練習に身が入ってなかったけど、もしかして凛音のことが関係してる?」
全く、カントクの目は日向同様、誤魔化せないな。
「ああ、そうだ。俺は、今日彼女と話した。話したといっても、二言三言、話しただけだけどな」
練習中、これ以上ないくらいに、頭の中で彼女の声が響き、支障をきたしたというのに振り払っても、振り払ってもまだ聞こえる。
——もう話しかけないで。
「彼女がどうしてバスケット界に復帰せずにこんな、創立二年目の新設校にいるのか、メディアだけの情報とはいえ、俺はずっと彼女のことを追っていたし知っていたからある程度想像はついていたんだ。だから今日、彼女と話す時も細心の注意を払って、バスケのことに全く関与せずに、クラスメイトとして普通に話しかけた」
——今は隣の席に座る普通のクラスメイトとして接してください。
——鈴野さんのことを思っているからこそ、普通に接したいんだ。
「だけど甘かったんだ。彼女は、昨日名前を言い当てられたことをしっかりと覚えていたし、俺がバスケットボール部員であることも、背番号を身につけている選手であることも気づいていた。変に下手で出た所為で、俺の心にある下心を見抜かれてしまった」
——あなたがバスケットボー部所属であるって、わかっていたのよ。
——私があの鈴野凛音と知っているから話しかけたんでしょう? そんな普通のクラスメイトになんてなれるわけないじゃない。
——私はバスケットボールから離れたいのに、どうしてバスケットボール部所属の部員と仲良くなれるのよ。
「バスケット選手の鈴野凛音。その名前だけで話しかけたと。でも、実際その通りだったかもしれない。俺は——」
「何言ってんだだアホ!」
俺の頭に強烈なハリセンの一発が叩きこまれた。
「いってええ……なにすんだよ日向! てか、ハリセンいつ出したんだよ!」
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.73 )
- 日時: 2020/05/03 22:39
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その9
「なーにうじうじしてんだよ! お前らしくない。きもちわりい。お前にとってみれば、憧れの選手だったんだろう? この前まで雲の上の存在の人が、いきなりクラスメイトとして目の前に現れりゃあそうなるだろうがよ、ったく」
日向の眉間に深い皺が刻まれ、俺を睨みつける。
「てかその女が悪い! そいつは自分の名前が出た瞬間に、相当昔から応援してくれているってわかっていたはずだ。そういう言動もしたし! それなのに、そんな言い草はないんじゃねえの?」
そして、ハリセンでもう一回俺の頭を軽く叩いた。
そうだな、日向の言う通りだと思う。しかし、結果的には俺の取った行動は逆効果だったんだ。こうなってくると、彼女にアプローチをするのが、より難しくなってしまった。今思えば彼女は一日中俺のことを、ずっと視界に捉え続けていたし、警戒していた。よほど、話しかけられたくなかったみたいだ。
「ということは、まだ凛音の傷は全然癒えてないってことなのね」
「静かに日本で傷が癒えるのを待ちたいってことだと思う」
「私も、凛音の引退の理由は知っていたけど、連絡が取れなくなっていて、凛音が日本に帰ってくることだって知らなかったわ。たぶん、バスケットの関係者には誰にも知らせていないんじゃないかしら」
なんて俺は最悪なタイミングで、声をかけたんだ。しかも、見透かされている。
「それで、お前はどうしたいんだよ」
校門前の歩道には俺たち三人しかおらず、時々目の前の道路に車が通り、夜遅くまで残っている運動部員が一人、二人と帰っていくだけだった。
三人の間に冷たい風が、まるで隙間風のように通り過ぎ、カントクが肩をすくめて両腕をさすった。少し寒いようだ。早めに話をまとめた方がよさそうだった。
「このまま引き下がるのか、ただのクラスメイトとして接するのか、それともバスケットボール部に勧誘するのか……」
日向の眼鏡の奥にある瞳が静かに地面を見つめている。
「別に俺の話を当てはめるわけじゃないが——俺は木吉にバスケットを誘われた。それは、あいつが俺の本心を見抜いていたからだ。だから、一番好きなバスケで嫌いなあいつに負けたくなかった。何か手立てはあるのか? 伊月」
「根拠はある。だけど、ほとんど想像」
そう前置きをして、一つ深呼吸をする。
「昨日、俺が一人でシュート練習をしていた時に、正面の扉は閉めていたんだ。だけど、換気は必要だから裏口の大扉は開けていた。彼女はそこから見ていたんだ。校舎に入るためには、別に体育館の前を絶対に通らなくちゃいけないってことはない。つまり、彼女はドリブルの音、俺のバッシュのスキール音と、ボールがネットをくぐる音だけで、中に人がいるって気づいたことになる。しかもさっき言った通り、彼女は俺がバスケットボール部員であることも、選手であることも気づいていた。見ていたんだ、3Pシュートラインに、俺が置いたユニフォームの番号も、そこにおいてあるジャージも」
背番号五番——彼女はしっかりと見ていた。
「とてもバスケットボールが嫌いには見えない」
それにまだある。
「彼女は俺にこう言ったんだ。『そうせざるを得なかった』って」
それはつまり、バスケットをやりたい気持ちがまだ微かに残っているんじゃないのか。
「おい、伊月。お前、それ」
「わかってるんだ! 希望的観測だってこともわかってるし、言っていることがめちゃくちゃだってこともわかってる! だけど、俺は彼女に一度でもいいから、やっぱり見て欲しいんだ」
俺はPGなのにバスケットを知らなさすぎる。それに、このままじゃ秀徳戦や桐皇戦に勝てない。
「伊月くんが壁にぶつかっていることは知っているわ。しかも、たぶん、それはみんなよ。日向くんも鉄平も、二年生はみんなそう思っている。私は誠凛高校バスケットボール部カントクよ! 選手が壁にぶつかっている時に、何も手助けしないなんて、カントク失格だわ。それに」
車のライトがカントクの横顔を白く照らした。
「私だって凛音がまたバスケやってる姿見たいのよ」
彼女がバスケットをやっている姿、初めて見た時素直にすごいと思った。それしか出てこなかった。外からパスパスと点が入っていく。外に警戒をさせると、中にも隙が出来、インサイドで切り込める。パス回しが完璧で、選手を使うタイミングもいい。まさに理想的なPG。コート上の監督の名を欲しいままにしている。
日向は大きくため息をつくと、頭を抱え、「本当は早くから答え出てたんじゃないのか!?」と、目の前を走っている車の排気音に負けず劣らずの大声を出す。
「全く、伊月はこんなことで悩んでたのか。さっさと練習に身を入れろ! お前がそう決めたんなら、何も言わねえよ。お前はテコでも意見を曲げねえからな」
日向は何か文句あるか、と言わんげに、真っ直ぐに俺の目を見つめ返してくる。
俺のことをよくわかっている。さすが日向だ。
「それは日向くんも一緒でしょ!」
「わあってるよ、カントク。よおし、話はわかった! でも、問題はここからだ。いくら選手のためだからといって、その鈴野凛音っていうやつがまずはバスケットボールに関心を持ってもらうことからスタートとなると、部全体の介入はやるべきじゃない。つまり、伊月、わかってるな?」
ああ、わかってるさ。つまり——。
「自分から『このバスケットボール部に入りたい』って言わせればいいんだろう? やってみせる。彼女の力は俺が一番欲しい。だから、絶対に振り向かせて見せる」
「よし! よく言った! 伊月! まあ、そいつがどんな奴かまだ会ったことないし、わけわかんねえけど、伊月なら絶対に出来る!」
「そうよ! 私も明日はアプローチかけてみるわ!」
そうだな……これは俺の問題だと思っていたが……頼りになるぜ、この二人は。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.74 )
- 日時: 2020/05/03 22:40
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その10
「そうだな。日向、カントク」
「そうとはいっても、お前どうするつもりだ?」
途端に眉根を寄せ、不安そうに俺を見つめる日向。
「おいおい、さっきの威勢のよさはどうしたんだよ」
その不安げな表情に引きずられてしまいそうになるのをぐっと堪え、
「俺は俺のやりかたで行く。それしかない」
俺は膝に乗せていた拳を、静かに握りしめる。
教室の前の扉を開けると、まだ五人ほどしか席に着いていなかった。校舎から見える運動場から聞こえる野球部の捕球練習の声がよく聞こえ、教室の静寂がより一層際立たせているようだった。この時期になると、教室の窓から差し込んでくる朝の日差しも段々弱まってくるはずなのだが、そういうわけでもないようだ。あと半月も経てば、登校だけで汗はかかなくなり、長袖に衣替えかなと思っていたのに、今年はとんだ詐欺である。
黒板の上にある時計を見ると、時刻は八時十分。
私はほっと一息つき、一番後ろの席まで行くと静かに腰を下ろした。
私の隣の席はまだ空席のままだ。
一先ずは第一関門突破。まあ、彼は運動部員だし、朝練習をしていると見込んでいたので、早めに登校すれば高い確率で遭遇しないことは分かっていた。来る時に、体育館からうっすらと声が聞こえてきたから、バスケットボール部はまだ朝練習をしているのだろう。第一、私は昨日彼に、強烈な一撃を繰り出している。これで、もし彼がひるまずに私に話しかけたり、どこかに引っ張り出したりするのであれば、メンタルは相当タフだ。それでも、返り討ちにすればいいだけの話なのだが。
しかし、一時間目の世界史が終わった瞬間、私はいとも簡単に連れ去られてしまった。彼ではない。彼は、やはり私のあの言葉が利いたのか、朝も休み時間も授業中も、一言も話しかけてはこなかったし手紙を回してくることもなかった。ただ、集中していつも通り授業を受けているだけのようだった。
では、誰がいとも簡単に私を教室から連れ去ったのだろうか。
「久しぶりね、凛音」
元全日本代表、相田影虎の愛娘——相田リコだった。
昨日、言葉を失う感覚を味わったのに二度も味わうとは、全く予想していなかった。私を誰一人知らなさそうな高校に来たのに、もう二人目だ。
「まさかリコちゃんがこの学校にいるなんて思ってなかった」
「それはこっちの台詞よ」
誰もいない、私たち二人だけの校舎の屋上。扉前のひさしに立っている私たちから、照りだされたコンクリートが白く光っているのが見える。一歩もこの影の中から出たくないと思わせる程だった。
「日本に帰ってきたのはいつ頃だったの?」
何年ぶりかの旧友の再会とは思えない程、重苦しい雰囲気が二人の間には漂っていた。
「一カ月くらい前かな」
「帰ってくるって言ってくれれば、迎えに行ったのに」
「……そうね、でも、言えなかった」
「頭の中には、あった?」
二人のスカートが、屋上に吹く強い風で揺れた。
「……なかった」
リコちゃんの瞳が大きく揺れた気がした。
「リコちゃんには会いたいけど、リコちゃんに会うとバスケットボールを思い出すから、会いたくなかったの」
風にあおられた髪を押さえながらリコちゃんは静かに問うた。
「もうバスケットボールは嫌い?」
「……うん、嫌い」
バッシュのスキール音、バスケットボールをつく音、シュートゴールのネットが揺れる音、汗の臭い——全部、全部。
思い出したくない光景を振り払うために、ぎゅっと目を瞑った。しかし、目を瞑ると何故か一昨日の男子高校生のシュート練習が脳裏に蘇った。流れるような黒髪、何年もバスケをやっている者の、洗礼されたシュートフォームだった。しかし彼は3Pシューターではないだろう。
「嫌いなのに、昨日伊月くんのシュート練習を見ていたの?」
目を開けるとそこには、先ほどまでの、悲しみをたたえた彼女のようすはなく、鋭い光を宿した瞳が私を貫いていた。ついさっきまでずっと感じていた視線。私はこの瞳を知っている。
まるで悪い夢から覚めても、まだ夢の中にいるような感覚だった。
「凛音がバスケットボールをやりたくないのはわかってる。百も承知なの。だけど、凛音はきっとまだ」
私は、その言葉の先を言わせまいと、絞り出すような声で遮った。
「どうしてそのことを知っているの」
「昨日の夜、伊月くんから聞いたわ。今ね、男子バスケットボール部のカントクをしているの。彼が副キャプテンなのよ」
男子バスケットボール部のカントク……?
今、私は史上最強に間抜けな顔をしているだろう。別に、日本から数年離れていたからというわけではないが、理解するのに数秒程時間がかかった。影虎さんではなく、リコちゃんが? 一昨日会ったことがもう知られていることも、そして彼が副キャプテンであるということも、すべて吹き飛ばす程の威力だった。
「リコちゃんがバスケットボールのカントク? 影虎さんじゃなくて?」
「パパは、もうそんなことしないわ」
「お父さんの意思を継いで、やっているのね」
風で流れる髪を耳にかけながら、リコちゃんは小さく頷いた。
まあ、あの人のことなら単に駄々をこねてやりたくないだけなのかもしれないけど……リコちゃんならカントクになることは出来るだろう。そして、選手を鍛え上げることも、まとめあげることも出来るはずだ。
しかし、もう私には関係のない話だ。
ということは、この先の展開なら読める。きっとリコちゃんはこう言うだろう。
「時間がないから単刀直入に言うわ」
誠凛高校バスケ部を——。
「一度だけでいいから見て欲しいの」
「無理よ」
展開が読めるということは、数秒前には、事前に答えが用意出来る。いや、数秒前なんかじゃない。私はあの時からもうバスケには関わらないと決めたのだ。
リコちゃんの唇が噛みしめられるのを、ぼおっと眺める。
痛そうだと思った。ただそれだけだった。
「凛音がそういうことは予想出来たわ、だけど、急に部に入れって言ってるんじゃないの。プロの目線として、一度だけでいいから見て、アドバイスが欲しいの。彼らのために」
「何度言っても同じよ。それに私はプロじゃないわ」
プロになれなかった、ただの凡人よ。
これからどんなに一生懸命あなたが口説いて来たって、私は絶対に同じ答えを出す。
その時。
「おーい! お前ら、屋上で何をやっているんだー!」
開いている扉から、竹刀を持った体育教師らしき人物の怒鳴り声が聞こえた。どうやら、見つかってしまったようだ。
私はリコちゃんに背中を向けて静かに歩き出す。
「ウィンターカップが控えてるの! もうすぐなのよ!」
叫び声に似た、悲痛な声が背中に届く。だが、何度言っても同じだ。
「ごめんね、リコちゃん」
振り返ると、リコちゃんの目に水っぽいものが溜まっているのが見えたような気がした。
「私はもうバスケットボールを見たくもないし、触りたくもないのよ」
「あれー? 凛音、どこ行ってたのー?」
教室に帰ると、肩までかかるポニーテールを揺らしながら皆町由希が問うた。
彼女は、陸上部に所属しており、昨日の集団の一番後ろの層で、どうしてここに来たのかを尋ねてきたあの女子である。
「いやー、ちょっと呼び出されちゃって。昔からの友達にね」
一番前に陣取っていた女子たちは、早速他の話題に興味が移ったのか、既に誰一人として話しかけて来る者はおらず、城壁は跡形もなかった。しかし、どうやら昨日で、私がここのクラスにいることは二年生中に広まってしまったらしい。物珍しそうに遠くの方から見て来る生徒が後を絶たない。
「昔からの友達? 凛音ちゃん、友達なんていたの?」
私の前の席、水泳部のマネージャーである江北真理紗は、おっとりとした柔らかい口調で言った。
「中学生から知ってる。相田リコちゃん」
「相田リコって、確かD組のバスケットボール部のカントク、だっけ? 真理紗」
「うんそうだよ。なんか時々プール貸してくれって言いに来てるもん。バスケットの練習でプール使うなんておかしな話だけど」
「え? まじ? それってどういう風に使うの?」
「なんかプールの中でスクワットとかするらしいよ。水の中だから関節への負担も少ないし、いいみたい」
「っていうか、凛音ちゃんって中学校からもうアメリカに住んでたんでしょう? そしたら、相田さんもアメリカに住んでたことあるのかな?」
真理紗が二時間目の地学の教科書を出しながら聞いてきた。
「いつ頃から友達になったのか覚えてないや」
「昔、小学校が同じだったとか?」
代わりに由希が自信満々に答える。早々にこの会話を切り上げたい私は、またもや適当に相槌を打ち、今日の食堂のメニューの話へと切り替えた。私の悪い癖だ。二人もどうやら触れて欲しくない話題であると悟ったようで、話を合わせてくれた。
その悪い癖に今回、少しばかり言い訳をするのであれば、重要な確認作業が必要だったから、曖昧になってしまったのだ。
二人と喋っている間も、教室の前から三列目、一番左端、窓際の席にいる男友達と楽しそうに喋っている、伊月という男を私は目の端に捉え続けていた。今日の朝から、何もアクションがないとはいえ、警戒を怠ることはなかった。また私の気が緩んだその一瞬をついてくるに違いない。
「ねえ、凛音。もう学校には慣れた?」
由希が立っている私を見上げるようにして聞く。
「そんな、昨日今日で急に慣れないよ。でも、由希と真理紗が最後まで話しかけてくれて嬉しかった」
「昨日の女子が群がっているのは凄かったよね。ここはまだ新設校だから生徒数が少なくて、噂はすぐに広まりやすいし、何よりみんな刺激求めてるからさ。帰国子女が現れた! ってなったら友達になる、ならないは置いといて喋りたがるんだよ」
「そうそう! 由希ちゃんはまだ遠い層にいたけど、私なんて喋りかけられなかったよーみんな背がでかいし」
「真理紗が小さすぎるのー! 身長何センチ?」
「百四十九センチ」
「はいちいさーい!」
「もううるさいなー!」
二人がくすくすとじゃれあい、私も釣られて笑っていると始業のチャイムが鳴った。席を離れる由希に軽く手を振り、ようやく空いた自分の席に座ると、彼も同様に自分の席に座った。がたがたと周りの生徒も慌ただしく自分の席に座り、先生が号令を促す。
その時、前の席の真理紗が手紙を回してきた。
ルーズリーフからちぎった、歪な形の紙に、くまさんが描かれている。吹き出しで、「あの先生、寝てるの見つかると怒鳴られるから気をつけて!」と書かれていた。
思わずクスリと笑ってしまうと、前の席の真理紗も少しだけ顔をこちらに向け、笑ったような気がした。
すぐさま裏面に返事を書こうと筆箱からシャープペンシルを取りだす。しかし、彼の足元——私の右隣にシャープペンシルが転がり落ちてしまった。
彼はすぐに、そのことに気づき私を一瞥した。
まずい、と思った時にはもう遅すぎた。
彼の足元まで拾うのを躊躇してしまい、彼が先にシャープペンシルを拾ってしまった。
一昨日と同じだ。彼は常に私の一歩先を行動する。
別に慌てていたわけではないし、焦っていたわけではないし、もちろんわざとでもない。普通に筆箱からシャープペンシルを取り出そうとしただけなのに、落としてしまった。
私が拾いたかったのに……いや、彼が拾った方が、時間的にも効率的にもいいと頭では理解している。きっと私だって彼がバスケットボール部員の伊月俊でなければ、そうお願いをしただろう。しかし、ことはそう単純ではない。
彼は私のシャープペンシルを差し出すと、軽く微笑んだ。
どこにでも売っている、何の変哲もない桜色のシャープペンシルが私の前に差し出される。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.75 )
- 日時: 2020/05/03 22:42
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その11
「はい、どうぞ」
「どうも、ありがとう」
私は彼の目を見て、受け取ることが出来なかった。瞬間、彼の口元が自然と私の耳元に寄った。
「まだ諦めてないから」
決意のこもった強い口調だった。
彼がさりげなく耳元に口を寄せたように、私も何食わぬ顔でシャープペンシルを受け取り、真理紗からの落書きの返事を書こうとシャープペンシルを構える。
何を書こう。私もくまさんに対抗してくまさんを書こうか。
——まだ諦めてないから。
いや、それではオウム返しで芸がないからやめておこうか。
まだ諦めてないから。
私はそっとシャープペンシルを手放した。
どうしてそんなことを、簡単に言うのだろう。それくらい本気であるということなのだろうか。そんなことを言われたって、私はただ困るだけなのに、何も気持ちは変わらないのに。
いくら、続きを考えようと頭を捻っても彼の声が頭の中で響き、返事を書くことが出来ない。ここで口に手を当てたり、顔を覆ったりしてはいけない。平静を装い、さも紙切れに何かを書こうとしている私を演じなければならない。反応してしまえば——彼の思う壺だ。そうは思いながらも、脳内再生は続いてしまう。
伊月俊——油断も隙もない。
またこの前と同じような、見事な不意打ちを食らってしまい、彼に悟られないよう小さくため息を吐いた。
「はーい、じゃあ何かやりたい球技ありますか?」
クラスの体育委員の女子が、ホワイトボードを背に体育座りのみんなの前に立つ。そこには、「屋内で出来る球技」と書かれてあり、既にバレーボールの意見が出されていた。
六時間目——体育の時間。本来であれば、先生が授業を行うのだが、今日は出張でいないらしく、自習内容は「みんなで一時間、何でもいいから球技をすること」だった。
「凛音ちゃん何がいい?」
私の右隣で肩にもたれかかっている真理紗が聞いた。茶色くてほわほわとした綿毛のような柔らかい髪が肌にすれてとてもくすぐったい。
「私は、なんでもいいよ」
「はい! じゃあ、バスケットボールがいい!」
由希が私の左隣で勢いよく手を上げ、二十数名の女子全員の視線を一人占めする。
「よっしゃあ! 久しぶりの球技で腕がなる!」
楽しそうに腕をぶんぶんと振り回し、ガッツポーズをとる由希。
「バレーもいいけど、やっぱここはバスケットでしょう!」
「んじゃあ、二つ目はバスケットね? 他に案は?」
そう言いながら体育委員はホワイトボードに二個目のバスケットボールを丁寧な字で書きこんでいった。
私の今、一番したくないスポーツが体育の授業で行われるかもしれない——考えれば至極当然のことだ。日本の体育の授業の中で、バスケットボールが選ばれることはそんなに不思議ではない。だから、心構えをしておくべきだったのだ。バスケットボールを触ることになっても……私の心も体も大丈夫なように。
でも、まあバスケットボールにならないよう、票を他の子と一緒に操作をすれば、きっと大丈夫だろう。みんなそんなにバスケットをやりたいわけでもなさそうだ。
「ねえ、隣の男子もバスケットやるみたいだよ?」
真理紗が後ろに首を捻りながら、小声で言うとつられて私も首を捻った。確かに、男子の方はもう五対五のミニゲームをやっていた。きっと人数が多いから、早くミニゲームをしないと全員が回らないのだろう。
その中で、やはりと言ったところか、一際目立っている男子がいた。
釣られた目線をすぐにホワイトボードに戻すつもりだったのに、彼がインサイドでペネレイトをしてレイアップを決めたその最後まで見てしまった。
さすがはIH東京都決勝リーグまで上がっただけのことはある。基本がしっかりしているし、何より——今、あのゲームの流れを作っているのは間違いなく彼だ。そういや、彼のポジションは一体何なのだろうか、先ほどから彼は一人である程度何でもこなしてしまっている。体育の授業の一環なので、自分が多くのことをカバーしないと回らない部分も出てくるからだろう。彼の本来のポジションを見極めるのは困難だ。
「ねえ、凛音ちゃんって伊月くんのことよく見てるよね」
私の顔の真横で、真理紗が耳元で囁くように言い、にやりと笑った。私は「急に何よ」と思わず顔をそらす。
「だって、一昨日辺りからずっと伊月くんのこと見てるよね? なんでそんなに見てるの?」
「言っとくけど、真理紗が思っているようなことは一つもないからね」
「えー!? もしかして気になってるの? って言おうとしたのにー」
「大外れ」
ぷうと頬を膨らまし、すねる真理紗。
「んじゃあ、何なの? また旧友?」
「まあそんなところかな」
「絶対そうじゃないでしょ。適当に返事したでしょ」
更に頬を膨らます真理紗。
「凛音ちゃんって結構返事、誤魔化してるよね。別に……言いたくないことならいいんだけど、でも言いたくなったら言ってよね、気になるんだし」
真理紗は私の肩によりかかるのをやめ、自分の膝小僧にまた拗ねるように顔を埋めた。
江北真理紗——少し天然で、自分のことしか興味がない子なのかと思っていたがどうやら間違いだったようだ。
「ありがとう、真理紗。ちゃんと言うから、待ってて」
顔を伏せていて、どんな表情をしているかわからなかったけど、小さく頷いたような気がした。
しかし、
「それじゃあ、バスケットボールで異議ないですか?」
「異議なし!」
私が女子の会話に混ざる頃には、もう既にホワイトボードに書かれてあるバスケットボールの文字に、大きく黒ペンで丸が囲まれてしまっていた。
票操作をする前に、決まってしまっていた——。
「では、準備体操してストレッチして、シュート練習とドリブル練習やって、最後の二十分だけミニゲームします!」
くじ引きで二十人ほどの女子をまず二グループに分けて、先攻の五人、後攻の五人を決める。一試合は十分間、人を変えて二試合。そして、五時間目終了時刻まで、あと十五分。とうとう私の出る番が来てしまった。
「よおし! それじゃあ交代だよー!」
体育委員がホイッスルを鳴らし、点数表もタイマーもリセットされ、先攻の子から青のユニフォームを受け継ぎ、試合に出る準備をする。
「おつかれ真理紗、はい水分」
「ありがとう、由希ちゃん」
先攻の真理紗たちは続々と水分補給を取り、地べたに座り込むほどにみんな疲れていた。点差は十二対十一で、黒のユニフォームの勝利。
男子の方は試合が白熱しているらしく、こちらにも声援が聞こえる程の大盛り上がりだった。
「結構接戦だったね! でも、負けちゃったし今度は勝とう!」
どうやらさっきの試合で、触発されてしまったらしい由希が、拳を元気よく突き上げる。
私は曖昧な返事を返し、コート中央にそそくさと並んだ。
一つ大きく深呼吸をする。
大丈夫だ。これは、日本の体育の授業。だから、普通に試合を行えばいいんだ。私のことなんて誰も知る人なんていないし、ここで活躍したって大きく目立つだけだ。パスを貰ったら、パスをするかシュートをするかドリブルをしてファウルを防ぐだけ、それだけでいい。日本の体育の授業をただみんなと同じようにやるだけ、それだけでいい。
その時、ゲーム終了のブザーが体育館に鳴り響いた。どうやら男子の方も終わったらしい。ことさら見る必要はなかったし、見たくもなかったから、今まで男子コートをなるべく見ないようにしていた。しかし、私の想いとは裏腹に、体はそうではなかったらしい。
3Pシュートを放つその背中を、視界の隅に映ったその姿を、捉えてしまった。
オレンジのユニフォーム、背番号五番——伊月俊。
右手で放たれたそのボールは、綺麗な放物線を描き、どこにも当たることなくすんなりとネットを揺らしていた。
点数表は——四十二対四十四。ブザービーターが決め手だったようだ。
「伊月すげえ! さすが、伊月!」
「IH都ベスト四の力は伊達じゃねえなあ!」
同じユニフォームのほぼ全員が伊月の元へ駆け寄り、吹き飛ばすほどの勢いでハイタッチを繰り出す。彼は笑顔で全員のそれを受け止め、ガッツポーズを取った。もう一年以上も見ていなかった、勝利のガッツポーズ。
「男子も盛り上がってるなあ。てか、伊月くんすごい! さすがバスケット部員だわ」
私の隣にいる由希がぼそりと呟く。
周りを見渡すと、どうやら女子たちの目にも先ほどのプレイは、映っていたようで全員の視線をくぎ付けにしていた。呆けたように口を開け、しかし目は爛々と輝き、その姿を一心に捉え続けている。
初めてブザービーターで止めを刺すところを見た時、私もこんな表情をしていたのだろうか。
しかし、彼のブザービーターを見て違和感を覚えたのも確かだった。
「じょ、女子の方も試合を始めます! ちょっと! こっちもやるよー!」
女子の体育委員が声を張り上げ、場を仕切りなおす。
彼のシュート練習のフォームを見ている限り、自分なりのものを確立しているわけではなさそうだし、それに昨日のあの時だって何発か外していた。ということは、あのブザービーターに全力を注いだのか……しかし、どうも気に食わない。成功率の低さを自分で理解出来ていないのか? あの場面はどう考えたってスリーで決めるよりも——。
瞬間、彼と目があった。
彼は、チームメイトに頭やら肩やらバシバシと叩かれながらも不意にこちらを見たのだ。そして笑った。私を見て——唇の端を持ち上げるように、にやりと笑ったのだ。挑発的に、好戦的に、まるで「お前もこんなことしてみせろよ」と言わんげに。
私と彼だけの、高次元のやり取り。他の誰にもわからない、一瞬の出来事。
「さあ! こっちも頑張るぞ!」
由希が声を張り上げ、私の背中を思いっきり叩いた。
「いったああ! 由希、痛いよお」
「気合い入れたの! さあ、勝つよ!」
わかってるけど痛いなあ、背中にもみじマークでもついてるんじゃないのか。まあ、これで気合いは確かに入った。
頭をぶんぶんと左右に振り、先ほどの彼の顔を頭から追い出す。とりあえず、今は集中、集中。
彼に思いを馳せる時間なんていらない。
私以外のチームメンバーは全員百七十後半と思われ、相手チームもそんな感じだ。体格差は五分五分、ということは——。
「試合開始!」
技能で差をつけろ!
四十二対四十四——ちょっとやりすぎだったかな。
体育館の壇上で寝そべりながら、俺は少し反省をする。
別にあの場面でスリーを打たなくてもよかったのだ。俺は日向程スリーの成功率がいいわけではない、本当に勝利に貪欲になるのであれば自分でペネレイトして、普通にレイアップをしても良い場面だった。というより、そうするべきだったのだ。インサイドががら空きだったし、切り込める程にも実力差は開いていた。それなのに——あんな俺らしくない賭けをしたのは、つまり——。
「おい、女子の方も盛り上がってんなあ」
「てか、あの六番やばくね? 動き」
「うわーすげえ、あれって帰国子女の鈴野じゃね?」
隣にいる二人の男子の会話が耳に飛び込んできた。俺はすぐに上体を起こす。
彼女がいるチーム——青チームの攻撃。ディフェンスは、まあ女子のレベルであればこんなもんだろう。だけど、運動音痴が一人もいないのか。それなりにいいディフェンスだ。ボールは彼女が持っている。さあ、自分で切り込んでいくのか、パスを出すのか。
俺だったら、四番の選手のマークが外れているから中に回して、そのまま自分で取りに行ってレイアップ。こういう時に、仲間を信じてスクリーンを待っていると場面は絶対に動かない。なぜなら、ここにいる全員、バスケット部員ではないからだ。
「おお! 自分でいった!」
右にフェイントをかけて、一人振り切り、そのままペネレイト、ミドルシュート。
流れるような動き、シュートフォームにもブレがない、一年間、バスケットに触れていないはずなのに、冗談きついな。全盛期の彼女の動きとは程遠いが、それでも一年間休んでいた人間の動きとは思えないキレがある。
しかしタイマーは、八分四十秒。おかしい。まだ二分しか経っていないのに——。
「やっぱアメリカ帰りは本場仕込みなのなあ」
「でも、めっちゃ息あがってね? ハイペースすぎるだろ。まだ八分だぜ? 最後まで持つのか? あいつ」
「てか、持たせる気ある?」
ないな。あれは完全に俺の挑発に——。
乗ってしまった……。
正直、三分前の自分に戻りたい。彼がスリーを打つ前に戻りたい。そうすれば体力はまだ満タンだったし、私だって冷静だった。
わかっていた、わかっていたんだ。あの場面で、無理にスリーを打たなくても、インサイドで切り込めば点差的にも実力的にもそれで十分に勝てる。それなのに、あんな危ない賭けに出て、あんな好戦的な視線を送ったということはつまり——私を挑発したいがためだ。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.76 )
- 日時: 2020/05/03 22:43
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その12
彼のあの見せつけるようなプレーで私は今どうなっている? 頭に血が上って、冷静に自分を制御出来なくなっている。私は一体何をしているんだ。こんなに一生懸命になる必要なんかないだろう。もっとしっかりしろ。
「凛音さっきからすごい! 連続得点!」
由希が私の背中を鼓舞するように、また叩いた。
「ありがとう! どんどんボール回して!」
違う、そうじゃない、私が今こんなになってもバスケットをやっているのはただ、単純に、彼に、あの人に。
「凛音、頑張れー!」
「いけいけー! 青チーム勝ってー!」
「黒チームに負けるなあ!」
女子の声援が大きくなるにつれて、もう一人の自分が、冷静に私を見つめているような感覚に陥る。頭は熱くなっているのに、心はまるで冷めている。
——私はもうバスケットボールを見たくもないし、触りたくもないのよ。
ああ、そうだ。あの時から、私の気持ちは何ら変わっていない。こんなクソみたいなスポーツのどこがいいのか。ゴールは三メートル上にあり、生まれ持った体格差で全てが決まるスポーツ。ただ学校の体育の授業というだけで、やっているだけ。別に試合でも何でもない。それなのに、どうしてこんなにムキになっているのか。
タイマーはこの間も刻々と時を刻み続けている。あと——。
タイマー、あと四分二秒。
「あー、かなりきつくなってきたなあ、青チーム」
「序盤は鈴野が全開で押してたけど、段々実力が出てきたって感じだ。一生懸命、六番がカバーしてるけど、味方がそれに追い付いてない」
目線があったあの瞬間、最初は呆気にとらわれていたが、すぐに表情を変えた——あれは確かに怒っていた。
高校生の俺がたかがブザービーターでスリーを打っただけで、彼女を怒らせたんだ。
雑誌や新聞でしか見られなかった選手が、あの鈴野凛音が、俺のスリーでムキになって俺を見返そうとしている。
それだけで、口元が緩みまくってしょうがない。少しでも気を抜けば、女子の試合をにやにや顔で見る変態になるだろう。嬉しい、嬉しいんだ。俺の憧れの選手が、俺の挑発でこんなにも必死になっている。
「でも、鈴野諦めてないぞ」
「点差、開いてきてるのに?」
もう隣にいる二人(俺も含めて)は男子の試合など、意に介さず興奮したようすで女子の方を観戦していた。
点数表は——。
——十六対二十一。まだまだいける。バスケは最後のブザービーターまで何が起こるかわからない。
「由希! へい!」
由希から縦の速攻を貰うと、すかさず相手ゴールにレイアップで返す。
もうお互いの手の内はわかっている。後は点の取り合いだ。特にインサイドが厚くなっている。ここで一本、スリーを決められれば、ディフェンスの注意をこちらに向けることが出来るだろう。
「青チーム勝つよ! 気合いいれて!」
男子に負けないほどの大声で、気合いを入れ直す由希。きっと、由希がいてくれないとこんなにいい試合になっていないだろう。向こうのチームだって、最初は全くエンジンがかかっておらず、後数十分の暇つぶし程度しか考えていなかったはずだ。それは数分前の私だって同じだった。しかし、青チームの異様な盛り上がりと、彼の挑発に乗ってしまった私のぶっ飛んだ得点率で、黒チームも本気で勝ちに来た。今だって、無理やりにでもペースを落として、試合を放棄してもいい。私が放棄すれば青チームは負けてしまうだろう。試合開始から八分経過した今、黒チームとの実力差はそれくらい出てしまっている。しかし、もう後には引けない。引けなくなってしまったんだ
どうしてだ、どうしてこんなことになった。私が最初にエンジンをかけて、ぶっ飛んだからか? そうなったのは何故だ?
「凛音! スリー!」
「よっしゃああああ! 十九対二十一! 逆転いけるぞおお! 二分だ! あたれええええええ!」
「逆転だああああああ!」
最早、この二人だけではなく周りの数人の男子も女子の白熱した試合に気づき、ちらほらと見入る者が増えてきた。というか、ほぼ彼女を見たいがために、見ているようだ。
青チームの得点の半分はきっと彼女だろう。絶対的なスコアラーの誕生だ。彼女にボールを回せば、フェイントをかけてペネレイト、あるいはスリー、このレベルだと絶対に点を取ってくれる。
「お、鈴野がボール持ったぞ」
ボールを頭上に持ち上げ、背筋を伸ばし、脚を屈伸させる。狙いを定めて放たれたボールは、ゴールに、まるで吸い寄せられるようにネットを揺らす。感覚が戻ってきたのだろうか……シュートフォームも早さも段々よくなってきている。本当に、ブランクがあったとは思えない。
「やっべええ! 鈴野まじうまい!」
「あいつって、バスケットやってたんだな」
「アメリカ帰りは性能が違うな」
バスケをやっていた、なんてレベルの話ではない。彼女は州優勝者だ。
彼女の一挙手一投足に見入ってしまう自分がいる。まるで中学生の自分に戻ったみたいだ。あの時は日本で放送権限がないアメリカの番組を、パソコンや動画サイトを片っ端から探して見ていたんだ。そして、BSやCSで少しでもそれらしいものがあると、絶対に録画をしていた。まあ、そのほとんどは全く関係のないものだったけれど。
だめだ、彼女のことになるとすぐこれだ。そうじゃないだろ、今は誠凛高校二年A組のクラスメイトだ。あの憧れの鈴野凛音はもういない。だけど……またバスケットをやって欲しい、そんな彼女が俺は見たい。
彼女のプレー全てを、目に焼きつけるかのようにじっと観察している。だから、俺は彼女の一瞬のふらつきを見逃さなかった。
オフェンスからディフェンスに上がる時足をふらつかせ、バランスが崩れたその瞬間を。
あまりにも一瞬のことで、チームメンバーもあるいは観戦している女子もそのことには気づいていないだろう。何せすぐにバランスを立て直し、次にはもう既に仲間とハイタッチをしていたのだから——しかし俺は見ていた。
脚か——脚なのか。
——右脚の靭帯を損傷。公式戦で選手からのラフプレー。将来有望の日本人選手、もう現役復帰は不可。
何度も読みこんだ雑誌の文章が、とっさに頭に浮かんだ。
「あ、伊月……おい! おい、伊月! どこ行くんだよ!」
こっちは、もうみんな息が上がって全然追えてない。向こうは——まだちょっと余裕がありそうだ。だけど一番の問題は私だ。戻りがみんなより一歩送れる。もう——脚が動かなくなってきた。一年前の怪我なのに……完治はしたのに……ハイレベルなスポーツをしようとすると、激痛が走る。
タイマーはあと一分。点差は、二十四対二十六。あとワンゴールで同点に追いつける。だけど、もし追いつけなかったら? このワンゴール差を相手チームは絶対に維持してくるだろう。青チームの攻撃を絶対に阻止したいはずだ。つまり、青チームが勝利するためには、どうしても黒チームのディフェンスを突破して、またはかいくぐって、攻撃を繰り出さなければならない。
私は挑発されたあの伊月という男子高校生にも勝てないのか。
「凛音!」
しまった、ファンブル!
「アウト・オブ・バウンズ! 黒ボール!」
ボールはころころと男子コートの方へ転がっていく。
「凛音、大丈夫?」
由希が心配そうに、私の顔を覗き込む。
先ほどよりも右脚の痛みが全身に広がっているような感覚に陥る。
私はこの痛みを一生背負い続けていかなければならない。こんな脚が私は本当に嫌だ。どうして、どうしてこんな時に。
「大丈夫、任せて」
自分でも聞いていて全然大丈夫じゃない、弱弱しい声だ。
男子コート側に転がってしまったボールを取ろうと、走り抜ける。そして、ボールは誰かの足元に当たり止まった。
よかった、誰かがボールを止めてくれたんだ。もしかしたら偶然かもしれないけどそんなことはどうでもいい。今はとても有難い。
手で流れる汗を拭いながら、顔を徐々に上げていく。筋力がついた脚が見え、すらりと長い腕が見え、そして仮初めのユニフォームの番号——五番。
そこには、伊月俊が立っていた。
「脚——無理してる」
心配そうにこちらを見つめる瞳には悲しみの色が映り、大層不安げだった。
そして、彼は私にボールを渡す素振りは全くなく、むしろ私からボールを隠すように、背中に回した。
「回りが気づいていなくても俺は気づいている」
一体いつ……私がオフェンスからディフェンスに上がる時に一瞬ふらついた程度でそれ以外は全く——それなのか。あんなの本当に、本当に一瞬だったのに。
呆然と立ち尽くす私を、彼は何も言わずじっと見つめる。
「俺が無理をさせた。鈴野さん——」
そして、とうとう私の脚の限界を迎えた。
私の視界がぐらりと揺らぎ、ふっと全身の力が抜けると、彼に向かって前のめりに倒れていく。
「鈴野さん!?」
ああ、この感じを私は一度体験したことがある。頭の裏から、意識を手放して行く感覚……ああ、わかった。私が引退を決意する原因となったあの事件の時と同じだ。
「鈴野さん!? 鈴野さん!?」
必死に私を呼ぶ、悲痛な声が先ほどよりも遠い所で聞こえた。
「おー? 起きたー? おはよう、鈴野凛音さん」
白衣を着た眼鏡の女性が、顔を覗き込んで来た。
「体育の時に倒れたんだって—? 大丈夫かーい?」
話しかけられている間に、段々意識がはっきりしてくる。
白い天井、白いカーテンで囲まれたベッドで——ここは保健室か。
私は上体に力を入れ、起き上がる。
「起きたすぐに悪いけど、今から手当をするからそこにいてーこっちには無理に来なくていいからー」
そう言って、白衣の先生はカーテンをめくり、姿を一度消した。
懐かしい。日本の保健室なんて何年ぶりだろうか。アメリカの学校の保健室もこんな感じだけど、日本の保健室は独特の雰囲気があって好きだ。全てが白を基調としている部屋のデザイン——消毒薬の臭いに、白衣の先生、粛々としている。
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