二次創作小説(紙ほか)

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【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。
日時: 2016/03/14 23:03
名前: すず (ID: e.PQsiId)

黒子のバスケで夢小説です。

誠凛高校中心です。というか、伊月俊がメインです。



どうぞ、読んでください。


きゅんきゅんする恋愛小説が書きたい!!!!!!

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.53 )
日時: 2016/07/14 10:18
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

「え! 先にそれを言っておいて下さいよ、先生!」
 彼のやや大きな声が二年A組の教室中に響き渡ったのは、四時限目の科学の授業が終わってすぐだった。
 そして、それは彼が科学の先生である大町先生に呼び寄せられたすぐ後でもあった。
 午前の授業からやっと解放された昼休み。教室のあちこちから聞こえる生徒の話声で、気づくものは少なかったが、私の耳は彼の声を無意識に拾っていた。そして、それはどうやら由希も真理紗も同じだったようだ。
 真理紗は結局一時間目の終わりに学校に登校し、この雨だから事故にでもあったのではないかという由希と私の心配は杞憂に終わった。理由は単なる寝坊であったらしい。
「伊月くん、どうしたのかな。結構大きい声だったよね。ちょっと意外」
 私の周りにある適当な机をくっつけながら、由希がお弁当を広げる。
「真理紗のお弁当っていつもおいしそうだよね、卵焼き交換しよう」
 可愛くおねだりをする由希に、しょうがないなあと言いながら卵焼きを差し出す真理紗。
みんなに背を向け、二人で何やらこそこそと話をしているが、話し合いは全く終着を見せず、逆に揉めている。そして、渋々と言った感じで彼が承諾し、そこで会話は終わった。彼が自分の席に帰ってくる。
 怒りと困惑が同時に来たような、そんな複雑な表情をしていた。
「あれー凛音ちゃん、お弁当広げないの?」
 真理紗の問いに、ようやく彼から目を離す。気がつくと、もう既に由希はお弁当の三分の一をたいらげていた。私も慌てて鞄から弁当を取り出す。
朝の伊月事変が起こった後、一時休戦と言わんばかりに、彼は何もしてこなかった。今度は何も喋りかけてこようとせず、目も合わそうとしない。ただいつも通り授業を受け、当てられたら一切のミスもなく完璧に答えるだけだった。
 しかし、先ほどの彼は明らかに朝の彼の余裕さが全くなく、しかも酷く慌てているようだ。
 彼は自分の席に帰ってくるなり、彼はまだ机に広げられたままの教科書を荒々しくしまうと、駆け足で出て行ってしまった。
「伊月くんが騒々しいなんて珍しい」
「由希ちゃん、白ご飯を口に入れたまま喋らないで」
「ごめんごめん……でも、なんか怖いね。一体どうしたんだろう。伊月くんがあんなに怒ってる、っていうか、困ってるところ見たことないし」
 彼が出て行った後ろ扉を見つめながら、ご飯を呑みこんだ由希が呟いた。確かにそうだ。彼は、あんな風に怒りを露わにしないタイプに見えるし、実際そうだと思っていたのだが。
「例えば、部活動のことで物凄い困ったことが起きたとか。真理紗、ウィンナー交換しよう」
「別にいいけど……でも、大町先生ってバスケットボール関係なくない?」
 真理紗がのりたまふりかけを白ご飯にかけながらぼそりと言った。
 確かに、それだったらどうして? 彼は一体どうしてあんな表情を見せていたのだろうか。
「なんか喧嘩したとか。勉強のこととか、テストのこと?」
「伊月くん、この前の学年順位七十一位だったんだよ? 喧嘩するような順位?」
 由希の思いつきを真理紗がばっさりと切り捨てる。
「っていうか、本当にバスケットが関係してるの? それさえも怪しくない?」
 由希にしては珍しく、正論を言う。
「珍しくって何よ!」
「まあまあ、由希ちゃん」
 横で真理紗が宥めながら、では一体どうして、と更に深く理由を考える。
バスケットも関係していないとなると——一体何だろうか。
「でもこれってチャンスじゃない? 凛音」
 唐突な由希の言葉に「え!?」と聞きかえす私。
「だって、まだお返ししてないじゃん。凛音を保健室まで連れて行ってくれたお返し」
 お、お返し——その発想は全くなかった。どうやらしばらく日本にいなかったから「お返し」の文化を忘れていたようだ、しかし。
「だって、あれは伊月くんが悪い」
 真理紗も由希も首を傾げ、それどういうこと? と声を合わせた。
 あれは、彼が私を挑発したから、彼自身そう言って謝ってきたし、だから自業自得、でも。
「でも、私の方がもっと悪い。というか私が悪い」
「どっちなのよ。意味わからないし……でも、本当に伊月くん困ってるっぽいしなんか言ってあげたら?」
「そうだけど……」
「そうだけど?」
 お返し——つまり、今度は私が彼を助ける? ずっと彼を拒否し続けてきた私が? 急に手のひらをかえて?
「ねえ、由希ちゃんと凛音ちゃんが喋ってる間に、伊月くん帰ってくるよ」
 一人でクラスの男子生徒全員に声をかけたのか、彼は疲弊したようすで、とぼとぼと自分の席に戻ると、いきなり机に突っ伏し頭を抱えた。
「なあ、鈴野……」
彼の声が机に吸収され、くぐもった声が聞こえた。
由希と真理紗は顔を見合わせた後、にやりと笑い「早く返事をしろ」とジェスチャーしてくる。
二人に背中を押される形で、何? とぶっきらぼうに答えると、彼の黒髪がさらさらと流れ、片目だけがこちらを見つめた。
「明日、風紀委員の当番、代わってくれないかな?」
彼が話した瞬間、由希と真理紗が、弁当を片づけ、くっつけていた席を慌ただしく直し始めた。こういう時の空気を読む力は、二人とも異常である。
「朝の挨拶当番って……何?」
「知らないはずがないんだけどなあ。校門前に数人の生徒が立ってるだろ? あれだよ、あれ」
 むくりと上体を起こしながら、自分の鞄の中をまさぐる。出てきたのは、風紀委員と書かれた、腕章だった。
 校門前に立っている人たちがつけている、確かに見たことがある物だった。

 私立誠凛高校、校門前には朝八時から六人の生徒と三人の先生が立ち、自転車でやってくる生徒、徒歩でやってくる生徒に挨拶をする。それが挨拶当番というものだ。挨拶当番は、一年生、二年生の風紀委員が行うことになっており、週ごとに学年が交代し、月曜日以外の曜日ごとに、二クラスの風紀委員合計四名が交代する。もちろん風紀委員の先生、三人は常に一緒である。しかし、風紀委員の仕事は挨拶当番だけではない。その前に、校舎周りの清掃活動も行っているため、実際の仕事内容は、清掃活動と挨拶当番の二つだ。朝の七時半に生徒指導室に集合、三十分間の清掃、後二十分間の挨拶、これが毎日行われている風紀委員の朝である。
 しかし問題はここからだ。
「どうやら先週の後輩たちが、二クラス全員さぼったらしいんだ。それも二日連続。もう、大町先生が怒り心頭で、今週は何が何でも絶対にやらせるって」
 つまり、今二年生は一年生の尻拭いをさせられてしまっているわけだ。
 二年A組の当番は明日の木曜日。しかし、彼には絶対にその朝当番に出られない理由がある。もちろん、それ相応の理由だ。もう何週間前からも決まっていることで、大町先生も彼がその日は欠席すると了承済みのはずだったが、今回の一年生二日連続欠席事件で、「何が何でも代役を立てろ!」と言われてしまったらしいのだ。
「明日の朝、なんかバスケットボールの雑誌の取材が来るんだよ……なんでも東京都ベスト四の強豪校特集だってさ」
 明日の朝、つまり彼の当番の日。
「早く代役探さないと!」
 そして、最初の彼の言葉にようやく戻る。
 ——明日、風紀委員の当番、代わってくれないか。
「俺、もしかしたらバスケの取材、受けられないかもしれない」
 先ほどの力強い口調とは正反対の、弱弱しい口調だった。そりゃあ、四時間目、終業のチャイムがなったあの時から、事態は急展開で、こうなるのもわかる気がする。
 彼がさっき言っていた言葉の意味は分かった。しかし、同時に疑問も浮上する。そもそもIH東京都予選決勝リーグに出場しているバスケ部なのに……いきなり代役を立てろなんて。
「いや、一年生はこの前もあったんだよ。それに同じクラスだ。だから、次やったら承知しないぞって言われていたんだ……仏の顔は三度までと言うけど、大町先生の顔は二度までだよ」
 誰がうまいことをいえと言ったのだ。
「なるほど、事情はわかった。だけど、どうして私なの? 別に伊月くんだったら、快く引き受けてくれる友達の一人や二人はいるでしょ?」
「これは俺にとってみれば、チャンスなんだよ」
 チャンス? また突拍子もないことを言う。一体、どういう意味だ。
「お前に引き受けて欲しいんだ。別に、朝の間ずっと取材を受けるわけじゃない。クルーの人たちが来るまで、朝練習はするんだ。だから——」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.54 )
日時: 2016/07/14 10:20
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

「無理」
「……まだ何も言ってないだろ」
「どうせ見に来てって言うんでしょ?」
 まるでリコちゃんと同じではないか。さっきだって攻めるから、って言っていたけれど、攻め方が一辺倒なのであれば、読むことは容易いし、答えだって出しやすい。
「芸がないじゃない。また同じことの繰り返し」
「……俺はそんなに器用じゃないんだよ。だから、攻めるって言っても駆け引きみたいなこと思いつかない。性にあってないし無理なんだよ……本当に駄目か?」
彼の声が震えていた。机に突っ伏していて、顔の表情は全くわからないが、相当参っているようだ。
「それじゃあ、こうしよう! 別に無理に覗き来なくていいから朝当番は代わってくれよ」
「それだったら、別に私じゃなくてもいいじゃない」
「時計、見てみろよ」
 彼に言われた通り、時計を見てみる。五時間目の始業のチャイムが鳴るまで、後五分しかない。
「この五分で、朝の七時半に登校して三十分清掃活動、後三十分挨拶を俺の代わりにしてくれる懐の大きい友達を見つけられると思うか?」
「だからって、最初に話しかけた私に言うの!?」
 彼はまあまあと両手で私を宥め、「いや、そうじゃなくてさ」と、話を続ける。
「何よ」
「いや……まあさ、実を言うとさ、なんかー鈴野がこの近くにいてバッシュのスキール音とか掛け声とか聞いてるって思うと、集中出来る気がするんだよ」
 腕で口元を隠しながら、呟くように言ったけれど私の耳に確かに届いていた。
 果たして彼はわかってやっているのだろうか。「見に来てほしい」「一度だけでいいから来て欲しい」そんなわかりきった攻めよりも、気持ちを堂々と真正面にぶつけてくる攻めの方がどれだけ私の心を動かしているのか。
「そんなこと言っても無理だよな、なんかごめんな。他、当たるわ」
 彼はそう言いながら、顔を腕の中にうずめてしまった。
 始業のチャイムまで、後二分。
感謝——していないわけじゃない。確かに彼は何も言ってこなかったけれど、彼にはまだ借りがある。確かに、借りを返すということなのであれば、代役は私じゃなくても、ではなく私でないと駄目なのだ。
お返し——そうだ、これはお返しだ。つまり、これで私と彼との関係はちゃらになるということだ。
「やっぱり私が代わる」
 彼の上体がゆっくりと起こされたのがわかった。やけに緩慢な動作だった。
気がつけば、彼の目をしっかりと見据え、口に出していた。私は彼に体を向けて、もう一回はっきりと言った。
 目を大きく見開き、彼は「いいのか?」と尋ねてきた。嬉しさと驚きとが、両方流れ込んで来たような、そんな表情だった。
「うん、伊月くんには借りがあるから」
 私の心は自分でも驚くほど穏やかだった。私を保健室まで運んできてくれたという借りを返すだけだと考えれば、何も恐ろしいことはない。だから、これでやっと関係はウィンウィンになる。
「伊月くんが保健室に私を運んできてくれたことの借り。まだ返してないから。だから、もうこれでいいでしょう?」
 これでもう、私には絡んでこないで。
 始業のチャイムが鳴る。教壇に立っている男性教師が号令を促す。
その後の一日、私は彼の返事を聞くこともなく、一日が終わった。





 生徒指導室は本校舎の一階、保健室の右隣のもう一つ隣にあり、朝当番のためにやってくる風紀委員の集合場所でもあった。
 普通の教室の半数しかない机と椅子、そして教卓。必要なものしかなく酷く殺風景な教室に、太陽の光が燦々と降り注いでいる。私の斜め前の座っている男子は、陽の光に堪らずカーテンを閉めた。
 あと五分しかないぞ、何をやっているんだ、と悪態をつきながら腕時計と黒板の上にある時計を交互に見ながら、大町先生が教壇を行ったり来たりしている。私はあくびをかみ殺しながら、瞼を閉じないように動いている先生を目で追う。しかし、眠いものは眠い。
生徒指導室には、私と大町先生、名前の知らない他二名の先生、そしてもう一人。
「ねえ、伊月くんの代わりの鈴野さんだよね?」
 私の左隣に座っている女子生徒がにこりと笑いかけた。どこか懐かしさを感じさせるショートボブの髪型をした、可愛らしい女の子だった。彼女がうちのクラスのもう一人の風紀委員、大池園枝(おおいけそのえ)だ。
「確か、大池さんだよね」
「名前、覚えててくれてたんだ」
 その昭和の学生のような雰囲気が印象に残って、と言ったら彼女は怒るだろうか。
「こんな風に喋れるなんて思ってなかった。どうして伊月くんの代わりになったの?」
いや、まあ、ちょっと、と言葉を濁し、
「まあ因縁? というか借り?」
 自分でも何を言っているのかわからず、首を傾げていると彼女も同じように首を傾げていた。
「伊月くんって、誰かと因縁があるようには見えないけど」
 そりゃそうだ、因縁だと思っているのは私の方なのだから。
 またその話聞かせてね、と一方的に話を打ち切り、大池さんは黒板の方に向き直った。私も同じように、向き直る。どうやら残り二名の風紀委員も到着したようだ。
「それじゃあ、風紀委員の朝当番を始めるぞー腕章つけろー」
 私は彼から借りた腕章を右腕につける。今日の朝だけ、私は伊月俊になるのだ。

 風紀委員の清掃活動は、二クラスの風紀委員で本校舎周りと体育館周りの二手に別れる。いつもの私であれば別にどちらをやってもよかったのだが、今回はそうはいかない。体育館にはバスケットボール部員が朝練習をしているらしい、ということは彼がいる。
本当であれば本校舎周りの清掃をしたかったのだが、どうやら前回、うちのクラスは本校舎周りをしていたらしく順番的に体育館の方になってしまった。
「どうしてそんな本校舎の方がよかったの?」
 生徒指導室を出て瞬間、大池さんがすぐさま食いついてきた。
 出来れば本校舎の方がいいのですが、と最後まで交渉してみたのだが、「駄目だ」と大町先生に一蹴されてしまったのだ。
「因縁があるのよ」
「因縁……? え、それってさっきと同じ言葉だけど……っていうか鈴野さん、もしかして体育館とも因縁あるの!?」
「うーん?」
「え、どういうこと?」
私は言葉で返事をする代わりに小さく頬笑み、曖昧に答えをぼかした。
「うわ、まだまだ日差しきついね」
 本校舎から出た後、私たちを待っていたのは、燦々と降り注ぐ太陽の光だった。目の上に手をかざし陽の光を遮りながら、二人で並んで体育館の方へ移動する。プールの授業も終わった八月だというのに、今年の太陽はまだ主張してくる。しかし、幸いだったのは体育館の周りに青々とした常緑樹が生い茂り陽の光から守ってくれたことだった。
体育館正面入り口から右回りで、漏れ聞こえるバスケット部員の声を聞きながら、ゴミ拾いを開始する。
「鈴野さんってまだ来て四日しか経ってないのに、一体何があったの? 因縁っていうからには、それ相応の出来ごとがないと……」
「因縁は別に三日間で起こったわけじゃないから」
 何年も前から始まっていたことだし。
「えー? それってどういうこと……? わっかんないなあ」
 別にわからなくていいよ、と適当に返事をしながら、火バサミで持ったガムの紙くずを袋に入れる。
「きっと鈴野さんと喋れるのって、こんな時くらいしかないから、たくさん喋っておこう!」
「何それ? 別にどこでもいつもで喋ってもいいじゃん。お話するよ?」
「だって、教室じゃあ明らかに住む世界が違うし」
 彼女はそう言いながらまたにこりと笑い、「うわー、何これ? 紙くずなのかどうかもわかんないよ」と大きな独り言を喋りながらゴミ拾いを続ける。

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.55 )
日時: 2016/07/14 10:21
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

住む世界が違う——か、そんなことをはっきり口に出されたのは初めてだった。アメリカでは、私が思う側の人間だったのに。
「それより一昨日、倒れちゃったけど大丈夫だった?」
 私はガムの紙くずを袋に入れながら、
「ありがとう。大丈夫だよ」
「体育の授業中にぶっ倒れたら誰だって心配するよ。でも、伊月くん凄かったよ。本当にすぐに抱きかかえて『保健室に行ってくる』って飛び出しちゃったんだもん。最初は目の前に倒れてきたから、成り行きなのかなと思ってたけど……実はそうじゃないのかもね」
 どきりと心臓が大きく脈打つ。
 丁度その時、私の意識はなく彼がどのようにして私を保健室に連れて行ったのか、白衣の先生や、大池さんが今言ったことでしか知らない。内容は大体似たようなものではあるが、今思えば結構恥ずかしいことをさらりとやってのけたのだ、あの伊月俊という男は。
「鈴野さんが倒れた時って、女子全員の視線が向いていたし、抱き上げた時ちょっと歓声が上がったんだよね。かっこいい! って言ってる人も何人かいたし、まあ確かにあれはかっこいいよ! 伊月くんって、派手じゃないけど隠れファンは多いよー? それに他の男子と違って優しいし、喋りやすいよね」
 かっこいい、優しい、喋りやすい……彼のことをそんな風に思ったことなど一度もなかった。どうやら私が思う彼と、クラスメイトである大池さんが思う彼は大分かけ離れているようだ。ただ私に何度もしつこく喋りかけて来るうっとおしい奴——私が元バスケットボール選手であることを知っている人物。
しかし、もし彼との接点がバスケットではなく、本当に普通の二年A組のクラスメイトだとしたら、大池さんのような印象を持つのだろうか。
「よーし、右側は結構片付いたよねー」
 袋を持ち上げ、ふんふんと自分の成果を見て満足する大池さん。まあ、あまり多くあってはいけないことだが、よく働いたと感じるためにはこうするしかない。
「私なんて空き缶二つ拾ったよ」
「あ、鈴野さんに勝ったー私三つ」
「一つしか変わらないじゃーん」
 お互い袋の中を覗き込みながらくすくすと笑う。大池さんは、案外面白い人のようだ。真面目で私はあまり話したがらないと思っていたけれど、そうではないらしい。
「さあ! 裏手もさっさと終わらせちゃおう!」
 大池さんの先導の元、私もおー! と拳を突き上げて応じ、また笑い合う。そして、角を曲がり、裏手に入った瞬間、私は足を止めた。
「誠凛ファイオー!」という独特の掛け声、バッシュのスキール音、シャトルランのリズム音。
「あれ、どうしたの? 鈴野さん」
不思議そうに大池さんが振り返り、小首を傾げる。
確かに聞こえる、さっきよりも確かに大きく私の耳にはしっかりと届いている。
 右側で清掃活動をしていた時は、運動部特有のこの掛け声だって、リコちゃんの指示の声だって、こんなにも聞こえなかったのに。そして、その中から聞こえる僅かな——彼の声だって、何も感じなかったのに、どうして。
 体育館裏手、中腹に見えたのは裏口の大扉だった。
「結構声聞こえてるね、あー裏手の扉が少し開いてるからかー換気のためかなー」
 大池さんが、小走りで裏口の大扉まで向かい、中を覗きこむ。
「うわ、みんな汗ダラダラ……練習ハードなんだなあ」
 恐れていたことが現実に——と一瞬思ったが、彼が目の前にいるわけでもないし、大扉の方は全開というわけでない。気づかれる心配はなさそうだった。
 私はほっと胸を撫で下ろすが、
「あ、伊月くんいるじゃん。今は休憩中かな?」
 彼の名前を聞いて、またどきりと胸が高鳴った。
「へー、バスケットの練習って想像していたよりもずっときつそう。あ、ボールつきはじめた」
 大池さんが言うと同時に、ドリブル音が確かに聞こえ、次第に「オーエス、オーエス」という掛け声も混じっていく。レイアップ練習も兼ねているのかもしれない、聞こえてくる足音が完全にレイアップのそれだ。
 右足、左足、右足で踏み込んでジャンプ——バックボードに当ててシュート。
 見ていなくても目を瞑れば音で——わかってしまう。
「鈴野さんの体育のバスケット、かっこよかったなあ、なんか思い出しちゃった。ねえ、どれくらいバスケットやってるの?」
 体育館の彼らに視線を預けたままの無邪気な質問に、私は言葉を詰まらせた。
「どれくらいって……ほんの少しだけだよ」
「えー? あれはほんの少しじゃなかったと思うけど。素人から見ても凄かったもん。ねえ、これは何の練習? 教えてよ、鈴野さん」
 大池さんの視線が彼らからやっと私の方に移ったかと思うと、ちょいちょいと手まねきをする。
 私はさっと彼女から目を逸らした。
「そ、そんなのわかんないよ」
「嘘。絶対嘘」
「たぶんレイアップの練習だと思う」
「え!? 見てないのにわかるの? やっぱりほんの少しじゃないじゃん」
 しまった、見たくないがために墓穴を掘ってしまった。これでは上級者ですと言っているようなものだ。
 にんまりと大池さんの唇の端が持ち上げられ私の手を引かれてしまった。
「え!? ちょっと!」
「音だけ聞いてわかるって凄い! 答え合わせをしようよ!」
 ほら、と私の背中を押し、大扉の前まで押し出され、彼らの姿がはっきりと見えた。頭の中で想像していたものではない、確かに私の目の前に彼らがいる。
眼鏡をかけた百七十センチ代の男と、百九十はあるだろう長身の男、百八十センチ代の真面目そうな男、そして、猫目と丸坊主の百七十代の男が二人。あとそれと、一年生なのだろうかやけに目立つ赤い髪をしている……一年生? 体躯がいいから、まだこの学校に来て間もない私では、一年生かどうか区別がつかない。それに——青い髪をした少年が一人。初心者だろうか。
 そして、今手前のゴールからドリブルをしてこちら側にやってくる——。
「伊月俊」
 慌てて口を塞ぎ、そっと後ろの大池さんの顔色を確認する。
「で、本当にレイアップなの? これが」
 どうやら私の独り言には気づいていないようで、またほっと息を吐く。
「うん、そうだよ」
「今、伊月くんがやってるやつ?」
 左足、右足、左足で踏み切り——彼の利き足は左か、そしてバックボードにボールを当てて、ゴールネットを揺らす。
 彼のバスケットを見るのは三日ぶりだった。バスケットといっても、この前見たのはただのシュート練習だったので、ちゃんとした動作を見るのは今回が初めてだった。しかし初めてという感じがしない。もう何度も何度も見てきている基本中の基本のシュートだからだろうか、洗礼された基本のシュート、だが彼がやると更に——。
「綺麗」
「え? なんか言った?」
 今回の独り言は聞かれてしまったようだ。
「別に……何もない」
 その後、もう少しだけとねだる大池さんを扉から引き離し、体育館裏手の清掃を終わらせた。そして、口と手をせっせと動かしながら体育館裏手まで回り、そして正面まで戻ってきた。

「鈴野さん、腕時計とか……持ってないか」
「あ、見て来るよ、体育館の正面玄関の時計」
私は正面玄関の時計を見るため、手洗い場の前を通る。そこには一人の運動部員が顔をじゃぶじゃぶと洗っていた。その瞬間、わかってしまったのだ、一体誰がそこにいるのか。
時刻は七時五十分、そろそろ生徒指導室に戻らなければいけない時間だった。踵を返し、さっさとこの場を離れるが、しかしまたもや一歩遅かった。
「お、鈴野じゃないか。朝当番、お疲れ様ってまだ終わってないな」
 手洗い場に置いてあるタオルで顔を拭きながら、彼の体がこちらを向いた。
「ありがとう、俺の代わり」
「い、言っておくけど! み、見に来たんじゃ——」
「わかってるよ、例えそうだったとしても鈴野ならそう言うだろうなって」
 彼はタオルを首にかけ、ふっと唇を緩ませまた笑った。ほら、すぐにまたこの余裕を見せる。今日は更にスポーツの後で、程良く汗をかいているから、いつもより三倍は眩しく見えてしまう。
「ねえ、一つ質問があるんだけど」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.56 )
日時: 2016/07/14 10:22
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

「何だ?」
「今日の当番は体育館側って決まってたそうね」
「……何の話だ?」
 とぼけるつもりらしい。
「それより朝、きつかったか? ってなんでそんな睨んでんの?」
 あまりにも憎らしすぎて、どうやら顔に出てしまっていたようだ。
「……別に」
「それはたぶん朝もきつくなかったし、別に睨んでないっていう意味だな? 一つの言葉に二つも意味があるなんてすごいな。使わせて貰おうかな」
 ……更に機嫌もいいときた。これは私の手には負えない。
「勝手に解釈すればいい! 大池さんが待ってるから先に行くね」
「あ、ちょっと待て、鈴野」
 私は彼の言葉を無視しようとしたのだが、先に待っていた大池さんが
「伊月くんが呼んでるよ」
 私の前で通せんぼをし無理やり彼の方に振り向かせた。まるで行ってこいと言わんげに肩をぽんと叩く。
 私は腕を組み、今度は何よとぶっきらぼうな口調で返した。
「あー……鈴野が昨日『絡んでこないで』って言ってただろ?」
「もう絡んできてますけど」
「……それって、いいってことだよな」
 体育館の方から、また掛け声が聞こえてきた。練習はどうやら再開しているらしいのに、彼はそこから微動だにせず、じっと私を見つめている。
「……俺さ、その鈴野の願いは聞き入れられない」
一陣の風が私たちの間を通り抜ける。
「鈴野はまだ俺のこと嫌い?」
首を縦にも横にも振らず何も言わない。ただ彼が私にいつもするように、見つめ返すだけ。
「そりゃ、嫌いだよな……」
ざあという風の音が、まるで私の返事を急かすように騒ぎ立てる。私と彼、二人だけの空間だけ、時間がゆっくりと過ぎているようだった。
「でも、バスケは嫌いになってほしくない」
 彼の耳には自分の言葉と自然の音しか聞こえていない。
そして、彼の切れ長の目が段々と見開いていく。
「おい鈴野」
「ごめん、もう行くね」
「鈴野!」
「もう練習に戻ったら? 掛け声聞こえてるよ—」
 私は彼に背中を向けたまま、大池さんの手を取りぐいぐいと引っ張る。この場から一秒でも早く、立ち去りたかった。
「え、何今の。いいの? まだあそこに立ってるけど」
 そんなことは、後ろを振り向かなくてもわかっている。きっと彼はあの眼差しで私の後ろ姿をじっと見つめているのだろう。

 わかっている。
 最初に彼のシュート練習を初めて見たあの瞬間から思っていたことがあったのだ。しかし、彼の口から私のフルネームが出たことにより、感じた思いはすぐに消し飛んでしまった。だから、今まで大して気にしていなかったのだが、先ほど彼の練習を見て、やはり同じことを思った。思い出したのだ。前もこんな感覚に陥ったことがあると。
あの時、大池さんの腕を振り払っていれば、思い出さなかったかもしれない。心の奥底に沈んだまま、再び浮かび上がることはなかったかもしれない。しかし、二度目でこの思いは、確信に変わってしまった。
 彼以上に洗礼されたレイアップを私は何度だって見たことがある。だから、技術的にどうこうという話ではなく、ただ単純に私の好み……全く、最悪だ。バスケットにもう一度帰って来いと言っている人物の練習に見惚れてしまう自分がいるなんて。
 綺麗だ。
 たかが高校生のシュート練習で、レイアップで、どうして。
 そして、もっと問題なのはさっきの私の態度だ。





 鈴野が何も言わなかった。あの鈴野凛音が、俺を嫌いな彼女が何も言わなかった。ただ俺の目をじっと見つめ返すばかりで、肯定も否定もしなかった。
 今までの彼女だったら、即答で「嫌い」だの「当たり前」だの、一言返すか無視をするか、呆けるかどれかだったのだが、そのどれでもなかった。
「あ、こんなところにいたー伊月くん早く練習に戻ってー」
 カントクの大声が後ろから聞こえ、俺は慌てて深い思考の中から目を覚ます。
「そんなところで何やってるのー?」
「なあ、カントク」
 後ろに振り返ると、腰に手を当て怒ったように頬を膨らましたカントクが入り口前に立っていた。
「……鈴野が」
「え? 凛音がどうかしたの!? 進展あったの!?」
「うわ凄い食いつき! 何急に!」
「だって、この前から何にも話してくれないじゃない」
 いやあ、それは進展らしい進展がなかったからだよ、今の今までは。
 あんな彼女は初めてだった。
 いつかは、いつかはとずっと願っていたことだった。こうやって不器用なりにも、攻撃を続けていれば彼女はきっと振り向いてくれるって。完全に振り向いてはくれなくても、あの鉄壁の彼女の心に少しでも綻びが見えれば、それで。
 あの時がその瞬間だったのだ。あれはきっと彼女の気持ちが揺らいだ証拠ではないのか。
 俺は不器用だから、人に気持ちを伝えるときだって、しっかり相手の目を見て真っ直ぐな言葉しか投げかけられない。だから、ちゃんと伝える時はちゃんと伝える、何もない時は何も喋りかけない、そういうメリハリみたいなものを作って、彼女の意識を俺に向けさせようとしていた。こんな方法でもやれるんだろうかと不安になりながらも、精一杯だった。そして、生まれた確かな綻び。俺のやり方で、彼女の心が少しだけ。
 なのに、どうしてこんなに困惑しているんだろう。
 俺がバスケットボールで彼女を挑発させた時とは全く違う。あの時はもう嬉しくて、嬉しくてしょうがなかった。彼女の脚に負担がかかっていると知るまでは、にやけが止まらなかった。
 今だってそりゃ嬉しい、だけどあんな彼女を見て、初めての彼女の表情を見て動揺している。そして突如、目の前に靄のようなものが現れ、視界を遮り、まるで先が見えなくなってしまった。
 俺はあんな彼女が見たいんじゃないんだ。眉根を寄せ、口を固く引き結び、まるで迷い人のような、あんな表情で見つめ返す彼女——今まではしっかり否定してくれるから、やりやすかっただけだ。これからは、あんなストレートな言葉を投げかけることは出来ない。また即答も無視もせず、ただあの瞳が俺を待ち構えているだけだ。だから、これからはもう少し違う角度から攻めないといけない。今までのやり方だと、彼女を永遠に困らせるだけ、そして俺も困るだけ。
 彼女がバスケットに打ち込んで欲しい。振り向いて欲しい、例え彼女を困らせても欲しい、だって彼女はまだバスケットが好きだ、そう思って覚悟だってしてきたのに。
いつかはこうなる時が来る、そのためにどういう風に視点を変えればいいのか、別に考えていなかったわけじゃなかった。
だけど。
「いざそうなってみると、どうすればいいんだ……」
 彼女の心に綻びが出来ている。しかし手放しでは喜べない。
「鈴野……」
 お前はこれから何を望む? 俺はどうすればいい? どうして欲しい? 教えてくれよ、なあ鈴野……。





「凛音、凛音!」
 突然、私の名前を呼ぶ大きな声が耳に飛び込んで来た。
 何事か? と寝ぼけ眼で後ろを振り返ると、心配そうな顔の母親がいるだけだった。
「凛音! もうやっと起きた。こんなところで寝てると風邪引くよ?」
とりあえず状況を確認しようと、目をこすり、大きく背伸びをする。

日本に帰ってきた理由は父親の仕事の都合ではあるが、現在父親と暮らしてはおらず、母親と二人暮らしである。数週間前、帰国命令が出されたはずの本社から招集命令がかかってしまい、アメリカへとんぼ返りすることになってしまったのだ。別に、もう一度家族全員でアメリカへ帰ってもよかったのだが、既に学校の手続きやら家の契約やら何やらを済ませてしまった後で、もう一度アメリカへ帰るなんて野暮なことはしたくなかった。
母子二人で住むには、広すぎる2LDKのリビング。必要最小限の物しかなく、殺風景だ。この前まで段ボールが山積みだったとは思えないほど、開放的な空間になっている。父親が急遽、とんぼ返りをしなければもっと物で溢れていただろう、もしかしたらかえってこっちの方がよかったのかもしれない。
家に帰って調べ物をしている途中寝てしまったらしい。しかも、もう母親がパートから帰ってきている。時刻は午後六時。そんな時間までぐっすりとは……どうやら気づかぬうちに疲労は溜まっていたようだ。
買い物袋から野菜を取り出しながら、
「もう、何度呼んでも起きないんだから」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.57 )
日時: 2016/07/14 10:23
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

母親の姿を見て、高校生の娘を持っているとは到底思わないだろう。そんな母親が両頬を膨らませながら私に睨みをきかせている。
日に日に、太陽が沈むのが早くなりリビングのカーテンを開けっぱなしには出来なくなってきた。部屋の方が外よりも明るいから、女二人暮らしの部屋が外から丸見えだ。
 私は椅子から立ち上がり、カーテンを閉めると、机に置きっぱなしになっているパソコンのスクリーンセーバーをとく。
IH東京都決勝リーグが載っている学校の公式ホームページが映った。どうやらバスケットボール部は専用の欄があるようで、詳しく見ることが出来た。
Aグループ誠凛高校、Bブロックは桐皇学園、Cブロックは鳴成、Dブロックは泉真館。誠凛高校は、初戦桐皇学園にダブルスコアで大敗、その後も大敗を引きずり、他三校は惜敗。しかし、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会、通称ウィンターカップ、東京都予選には出場決定。日付は十一月六日から開催。あと二カ月あまりか。
私の記憶はここで途切れていた。まだ、彼らのことを調べつくしていないまま、寝てしまったようだ。
 そのままとある雑誌のIH特集ホームページのサイトの方へ移る。これも、タブに出しただけでちゃんと見ていない。下の欄には、東京都注目校の見出しがあった。クリックすると、各高校の特徴とキャプテンと副キャプテンが、汗を垂らしながらバスケをしている写真が映し出されていた。名前、学年、背番号、ポジション、身長の五つが明記されている。別にインタビューをしたわけではないようで、彼らのメッセージは何も載っていなかった。
「ねえ、今日の夕食、カレーライスだけどいい?」
 台所から母親の声が聞こえ、「うんいいよ」と適当に返事を返しながら、スクロールしていく。下の方には、誠凛高校の名前もあった。
「日向順平、二年生、主将。背番号、四番、ポジション、SG、身長百七十八センチ……へー、これが誠凛のキャプテンか」
 他の写真同様、このキャプテンも汗を飛ばしながらシュートを放つ一枚。今日の朝に見た眼鏡をかけている男子だ。そして、キャプテンの写真の横には副キャプテンの写真もあった。
「伊月俊」
 彼のところで、スクロールが止まる。
「二年生、副主将。背番号、五番、ポジション、PG、身長百七十四センチ」
 アメリカだと、小さい分類なのだが日本ではどうなのだろうか。まあ、私も人のことを言ってはいられないが。
 彼も汗を飛ばしながら、リング前でパスを繰り出している一枚。
「創設二年目にして、驚異の新星、誠凛高校! 一年生のスーパールーキー火神大我、黒子テツヤ両名のコンビプレイで巻き返そうとするが、惜しくもインターハイには繋げられず——か」
「何見てるのよ」
 母親の息遣いが、すぐ後ろで聞こえた。
「ちょっと、肩越しに覗きこまないでよ!」
 慌てて画面を隠し後ろを振り返ると、にやりと笑う母親の姿があった。
「それ、バスケットよね?」
 見られてしまったからには、もう隠す必要はない。
「そうだけど」
 観念した私が、画面を見せる。
「へー、これ誠凛高校? あなたの行っている学校はバスケットが強いの? でも、男子じゃない」
「女子はないよ」
「どうして?」
 私の後ろからマウスに右手を伸ばした母親が、画面を上下にスクロールさせ、他の学校も見ていく。
「誠凛高校は新設校だから、部活動が少ないって前に言った」
「あら、そうだったかしら? 東京都ベスト四位……これって強いの? 弱いの?」
「東京は学校が多いから、強い方」
「へー、凄いじゃない」
 母親が私の横でくすりと笑った。
「興味あるの? 日向順平? 伊月俊? あなたのお目当てはどっち? 私の予想だと、幼い顔立ちは好きじゃないから、この黒髪サラサラくんかなー? あれ、もしかして両方——」
「違う! もういいでしょ! 私が見てるんだから横どりしないで!」
 私は母親の右手が乗っているマウスを無理やりもぎ取り、睨みつける。
「そんな威嚇しなくてもいいじゃない……バスケット、興味持ったの?」
「そういうことじゃない」
「それじゃあ、どうしてこんなサイト見てるの? 誠凛高校バスケットボール部ってしっかり書いてあるけど?」
「そ、それは、なんでもいいでしょ」
 睨みつけていた目が、途端に力なく緩み、母親から目を逸らしてしまった。
 興味を持つ? 冗談じゃない。ただ敵のデータを知りたくなっただけだ。きっとそうだ。
「もしあなたがバスケットをまたやりたいって言うんなら、全力で応援するから」
 そう言うと、母親は軽やかな足取りで、台所に戻って行き、上機嫌に鼻唄を歌いながら、カレーライスを作り始めた。
 どうやら油断も隙もならないのは、母親も同じであることを私は忘れていたようだ。





「くそー! 滝口のやつー! 日直のことき使いすぎー!」
 本校舎の中央階段を降りながら、由希が器用に地団太を踏む。
今日の日直は皆町由希、四時間目の古典の授業が終わると、滝口先生にノートを全員分回収して、職員室に持ってくるように頼まれてしまった。
「まあまあ。日直は一人だけど、三人でやれば一人ノート十冊くらいだけ持てばいいからいいじゃん」
「そうそう、由希ちゃん私達も手伝うから」
 真理紗と私と由希、三人で分担すれば、三十九人のクラスメイトのノートも負担にはならない。
 彼の朝当番を代わって、一週間が経っていた。
 あれから彼とは一言も話していない。まるで彼の中から私の存在が、綺麗さっぱり消え失せたかのような態度だった。いや、この言い方はあまり正しくないのかもしれない。彼はきっとおはようと言えばおはようと返してくれるだろうし、さようならと言えばさようならと返してくれるだろう。しかし、実際そんな言葉をかけたとしても無意味であるということを、二人とも重々承知していた。
本当に話したいことを避けて会話しようとすると、何を話せばいいのか途端にわからなくなる。
しかし、正直、私としてはこちらの方がよかった。一体、次は何を仕掛けてくるのか、勘繰らなくてもいいし、もうこのまま諦めてくれればいいとも思っていた。
自然消滅。この言葉が一番しっくり当てはまるような気がする。
これから私が何もしない限り、彼がまた対策を練って攻撃を仕掛けない限り、何も動かないだろう。だから、私はもう待つだけでいい。
彼はもう何もしてこない。
 私たちは、職員室に無事ノートを持ってくると、体育館、一階にあるテラスの自動販売機に寄りジュースを買うことにした。どうやらあそこの自動販売機にしか売っていない飲み物があるようで強制的に、連れて行かれてしまった。
 目の前の自動販売機には、数人の生徒が順番待ちをしているらしく由希と真理紗もその短い列に並んだ。少しだけ待てばすぐに教室に帰れるだろう。
 その時、突然バスケットボールが体育館入口から飛び出し、テラスの柵にぶつかった。勢い自体はそんなになく、ワンバウンド跳ねると、減速しころころと私の足元に転がってきた。
体育館から一歩出れば普通の生徒も行き交っているのに、危ないことをする。入口はしっかり閉めとけ、と文句を垂れそうになり慌てて口をつぐむ。
 私はボールを手に取り、入口の方に返しにいくと、中から一人の男子高校生が現れた。いや、男子高校生と呼ぶにはあまりにも似つかわしくなかった。幼い顔立ちをしていて、本当にうちの生徒なのか疑わしいくらいだ。そして、何よりも気になったのは、男子高校生が運動部特有のバッシュを履いていて、練習着らしきものを着ていて、且つ犬用のペットフードを手に持っていたことだ。学校の敷地内で運動部員が犬用のペットフードを持っているというミスマッチ感に首を傾げる。私は思わずその男子高校生に質問をしてしまった。
「ど、どうしてそんなもの持っているの?」
 目の前の彼の歩みがピタリと止まり、私と視線を合わせる。
「僕が目の前を通って驚かない人を見るのは——何人目くらいでしょうか?」
「いや、知らないけど!」
 青い短髪から覗く瞳に私が移り、無表情で見つめ返してくる。胸元に「SEIRIN」の刺繍が入っている白いTシャツ。身長はたぶん百七十より小さいくらいの、私よりほんの少し高い、その男子高校生に思わず突っ込んでしまった。
「でも、初対面で声をかけてもらったのは、二人目くらいかもしれないです。高尾くんが一人目だったはずなので」
 なんだ、この影が薄さは。表情も、あまり変化がなく何を考えているのかわからない。
「あの、ボールを拾ってくれたんですよね。ありがとうございます。当たってないですか?」


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