二次創作小説(紙ほか)
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- 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。
- 日時: 2016/03/14 23:03
- 名前: すず (ID: e.PQsiId)
黒子のバスケで夢小説です。
誠凛高校中心です。というか、伊月俊がメインです。
どうぞ、読んでください。
きゅんきゅんする恋愛小説が書きたい!!!!!!
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.58 )
- 日時: 2016/07/14 10:25
- 名前: すず (ID: lgK0/KeO)
彼の言葉で思い出した。そうだ、私はこのバスケットボールを返しに来たんだった。
「もう少し勢いがあったら怒ってた。気をつけて」
「どうもすいません」
そんな素直に頭を下げるとは思っておらず、慌てて頭を上げさせる。
「いやいや! そんな頭は下げなくていいから! それで何? そのペットフードは。っていうか、本当にバスケ部なの?」
聞いた瞬間に思い出した。この子は、確かこの前の朝練習にいたのだ。会話をし始めてからようやく気がついた。
「はい、バスケットボール部です。昼休みに火神くん……あ、同じ一年生の部員に少し頼みたいことがあったのですが、どうやら彼が来ないみたいなのでバスケ部が飼っている犬にお昼ご飯をあげようかと。そのついでに僕も練習をしようかと」
なるほど、それでペットフードか、腑に落ちた。
「はい、バスケットボール。今度は絶対に飛びださせないでね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、彼はまたぺこりと頭を下げると、体育館の方へ戻って行った。そのまま彼を目で追っていると、どうやらハーフコートでドリブルをしながら、レイアップの練習をしているようだ。一年生が、高校生に入ってから初めてバスケしましたって感じ、と適当に頭の中で彼の成り行きを想像する。
体育館をネットで区切った向こう側——壇上側のコートにも、数人の男子がバスケットをしていた。朝の時にみた日向順平の姿も見え、百九十はあるであろう男子一人、百八十代の男子二人、百七十代の男子一人も見える。たぶんこの六人は二年生メンバーなのだろう。そして、その中に、彼の姿が見えた。
一週間前の朝に喋った一回きりで、未だ何も話して来ない彼のことを、もう考えるのはやめだ。
ただ一つ言えることは、もう返す借りがないから、私からは何もアクションしなくていいということである。
朝は大池さんに引っ張られて、強制的に覗きこんでしまったが、今は自分の意思がある。大体、こんな覗きまがいなことはしたくない。さっさと離れようと振り返ろうとしたその時、妙なことに気づいた。
彼とワンオンワンをする相手が、順番に入れ替わっている。どうやら彼の練習に付き合っているようだが、問題はその後だ。練習方法が少し変わっている。
現在、ボールは眼鏡をかけている四番。彼はさっきからオフェンスしかしていない。それも、彼の方はそんなに固く守っているわけではなさそうだ。これはもしや——と、もう少し近くで見ようと身を乗り出そうとするが、
「なあにバスケ部見てるの?」
由希の腕が私の肩に回り、阻止されてしまった。
「あ、もう買えたのね」
由希の手には、「桃色ソーダ味! 新ショッカン!」が握られている。真理紗はもう既に爽健美茶に口をつけていた。
「買えたよー早く帰ろうよ、凛音」
「でも、もうちょっと待って」
「伊月くん、見たいのー?」
茶化すように真理紗が、笑うと、
「違う。バスケットボールが飛び出してきたから、中にいる部員に渡したついでに見ちゃっただけ。伊月くんを見てたわけじゃない」
真理紗と由希が「えー本当かなー」とけらけら笑い、私と同様、体育館にいる彼らに目を向け始めた。
現状は変わらずボールは四番。そこで、右にフェイントをかけて左。抜き去ろうとするが、彼は読んでいた。そこで、フェイダウェイを交えてミドルシュート、しかしこれもフェイント。別に攻めあぐねているわけではない。一体このフェイントの数はなんだ、と疑問に思っていると、そのままインサイドにペネトレイト——あっさり抜き去られてしまった。しかし彼は抜き去られた後、後ろ姿を観察していた。四番の背中を見て、何か学ぼうとしている。
「あー、そういうことか。抜き去られた後のフルドライブ直後を狙って……」
なるほど。彼が習得しようとしている技は、PG特有のあの目があってこそだ。相性は抜群。切り札として持っていて損はないだろう。
ワンオンワンを一回すれば、今度は人を変えてもう一回。この繰り返し……だけど、いまいちオフェンス側に自分がどんな技を習得したいのか、伝わっていないように感じる。あのままでは練習になっていない。私だったらもっとこう——。
あれ、今私は何を想像した? 私だったら? ちょっと待て、私だったら、ってどういうことだ?
「ねえ、伊月くん見てるわけじゃないんだったら帰ろう」
「そうそう、お昼休み終わっちゃうよ?」
由希と真理紗が私の腕を両側から引っ張り、
「わかった、わかった! 両方から引っ張られたら動けないじゃん! ちょっと待って!」
私は体育館の正面入り口から無理やり引き離される。
「ご飯早く食べよー! お腹すいたー!」
三人、肩を並べて体育館から遠ざかっていく。
「そうだねー! 今日は私の卵焼きあげてもいいよー!」
「えー!? 本当!? 真理紗! いっただきまーす!」
私はもう一度肩越しに振り返り、由希と真理紗の会話に入っていった。
今年の太陽は往生際が悪い。
冷房のきいた本校舎、一回の廊下を歩いていると、すれ違った女子二人組が楽しそうにそう言っていたのがすれ違いざまに聞こえた。
確かにそうだ、と心の底から首肯する。そして、お前の夏はもう終わりなんだぞと、窓から見える眩しすぎる太陽に向けて心の中で問いかける。それを口に出さないのは、出してもただの独り言になってしまうからだ。
学校が終われば由希と真理紗は部活動に勤しんでしまうから、暇になる。かといってそのまま直帰するのも気が引ける。私も何か部活動を初めてみようか、だったらどんな部活動に入ればいいだろう——そう考えを巡らすが、どれもしっくりとこないのだ。
運動部は基本、私の体のことでどれも入れない、しかしマネージャーだったら入れるかもしれない。しかし、自分があまり好きでもないスポーツのマネージャーになるのは長続きしなさそうだ。だったら、本当に好きなスポーツのマネージャーになって選手を支えたい、そこまで考えれば必ずといっていいほど彼の姿を思い出す。
もう一週間も喋っていない。
結局は考えがまとまらないまま、とぼとぼと靴箱に向かい本校舎を出て行く。いつも通りの帰り道、いつも通りの並木道、いつも通り校門前には犬がいて……犬?
まるで録画の巻き戻し再生のように、私は後ろ向きで違和感の元まで戻った。そこには、犬がいた。しかも、その犬にはリードがつけっぱなしで且つ、洋服を着ていた。明らかに誰かの飼い犬だ。
どうしてこんなところに飼い犬が紛れ込んでいるのか、頭の中で考えを巡らすが、すぐに思い至った。
どこかで見たことがあるユニフォームを着ている。背番号は十六番。
——僕はバスケットボール部です。
——バスケ部が飼っている犬にお昼ご飯をあげようかと。
このユニフォームは、彼と初めて会った時に見た。バスケットボール部が飼っている犬はこいつのことか。
私はわんっと元気よく吠える犬の頭を優しく撫で、持ち上げる。
「今、お前は迷子なんだな」
綺麗なピンク色の舌を出し、じっと見つめ返してくる。あれ? この瞳を私はどこかで見たことがある? どうして、こう見たことがある感覚ばかりなのか、悩んでいてもしょうがない。
「バスケットボール部に帰してあげなくちゃ」
私はそう呟くとまた犬が元気よくわんっと吠えた。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.59 )
- 日時: 2016/07/14 10:26
- 名前: すず (ID: lgK0/KeO)
体育館、二階に上がると、正面入り口より右端——「二号のお皿」と書かれたペット用の入れ物があった。壁の鉄柵にくくりつけていたリードが何らかの拍子に取れてしまったのか。
私は、もう一度きつくリードを結び直すと、犬は大人しくその場所に収まり、私の茶色いローファーを舐め始めた。
「汚いからなめちゃだめだよ」
小さな体をぷるぷると震わせ、上目づかいで、脚元に寄り添ってくる。
「寂しいのか、でも、もう行かないと」
ここにはあまり長くいられない。
お別れの挨拶に、もう一度頭を撫でようとしゃがみ込もうとした時——。
「二号がどうかしましたか?」
後ろから突然声を掛けられ私は柄にもなく「うっわあああ!」と大声を上げてしまった。
「そ、そんなに驚かなくても」
「誰だって後ろからこっそり忍び寄って来られたらそうなる!」
「忍び寄っていません」
話しかけてきたのは今日の昼間、少しだけ立ち話をしたあの透明少年だった。
「そんなところで何をしているんですか?」
彼は白いタオルを首にかけ、額から汗を垂れ流している。そのようすからいかに練習がハードなのか想像することが出来た。
「リードの結び目が甘かったわよ。犬が脱走してた」
この透明少年の所為で撫でそこなった頭を撫でる。やっぱり、どこかで見たことがある瞳だ。一体どこで——。
「そうですか、それはすいません。ありがとうございます」
「え!? そんな頭下げなくていいから! 上げて上げて!」
どうしてこう、ここのバスケ部はすぐ頭を下げるんだ、こっちが恐縮してしまう。
「テツヤ二号が迷惑をかけました」
透明少年の頭が上がり、真正面から彼を見つめる。
あれ、この瞳、犬の瞳とそっくりだ——。
「二号?」
「あの犬の名前です」
「もしかして、あなたの二号?」
「どうやらそうらしいんです。僕はあまりよくわかりませんが、そんなに似てますか?」
似ているというか、そっくりすぎてすぐにわかってしまったくらいだ。
「初対面の私でもわかったんだから相当似てると思う」
テツヤ二号——テツヤ?
「あなた、もしかして黒子テツヤ?」
——創設二年目にして、驚異の新星、誠凛高校! 一年生のスーパールーキー火神大我、黒子テツヤ両名のコンビプレイで巻き返そうとするが惜しくもインターハイには繋げられず。
一昨日に見たホームページの内容を思い出した。その中に、黒子テツヤの文字があったのだ。
「はい、黒子は僕です」
一年生のスーパールーキー!? この子が!?
身長は明らかに低いし、力があるようにも見えない。昼のレイアップだってたまに外していたし、一体、どうしてこの子がレギュラーメンバー?
IH東京都ベスト四の高校にこんな選手がどうして……。
「おーい、黒子はどこだーこの感覚久しぶりだな。出てこーい」
その時、体育館の中から透明少年を呼ぶ声が聞こえた。
「どうやら練習再開するみたいなので、僕はこれで」
その時、私は何を思ったのか気がつけば彼の腕を捕らえていた。
「ちょっと待って!」
腕を引っ張り、無理やりもう一度こちらに振り向かせる。
「あ、あなたのところの副キャプテンに伝言! 『腰を落とせ。視界は上方向に広げるイメージじゃなくて、下方向に広げろ』」
言った瞬間、私は何を言っているんだろうと心の中でもう一人自分が冷静に突っ込んでいた。
初対面の男子高校生に、こんな押しつけがましい伝言を頼むなんてどうにかしている。彼だって、腕を振り払うのも忘れて固まってしまっているではないか。
「わかりました。副キャプテンというと伊月先輩ですね。伝えておきます」
しかし、彼は涼しい顔でそう答えると、額の汗を手の甲で拭い、小走りで体育館に入っていってしまった。
言ってしまった……私が彼の練習を見ていて思ったことを、間接的にでも伝えて欲しいとお願いをしてしまった。これでは——私が練習風景をこっそり覗いていたみたいではないか、いや実際そうなのだが、しかし。本当にあの透明少年が彼に伝えてしまうと、彼はどうするのだろうか。まず、きちんと伝えてくれるのだろうか、いや、きっと彼は伝えてくれる。驚きはしたが、全く動揺せずにしっかりと答えてくれた。そうしたら、彼はきっと、もっと攻めてくるのだろうか、その時に私はどうすればよいのだろうか。
気がつけば、全速力で階段を駆け下り、校門を走り抜け、歩道を突っ切っていた。
驚異の新星、誠凛高校。彼らはどんなバスケをするのだろうか、想像してしまった。どうして、どうして、どうして。
呼吸が出来ない。苦しい。苦しい。脚も痛くなってきた。こんなことになるんだったら伝えなければよかった。確かにその気持ちは言った瞬間に感じた。だけど……伝えたかった、という気持ちも同時に私の心の中には存在したのだ。
勝っている。伝えたい気持ちが怖い気持ちよりも勝っている。私のほとんどを占めていた怖い気持ちが小さくなっていって、代わりに、関わりたいという気持ちが徐々に生まれてきている。
もう少しだから。
だから、お願い。もうちょっと待って。
「え!? 女子が俺にそう言ってくれって!? な、名前は!」
「すいません、名前までは聞いていなくて。だけど、ちょっと日本語がしたったらずで、金髪がちょっと見えていたような」
彼女だ——鈴野凛音だ。
俺は黒子の言葉を最後まで聞かずに、すぐ体育館を飛び出した。
しかし、そこには彼女の姿はなく、二号が大人しく寝ているだけだった。
まだ間に合うかもしれない。バッシュを脱ぎ捨て、靴に履き替えることも忘れて、全速力で駆け出す。
なあどういうことだよ、それって俺の練習風景を見てないと言えないじゃないか。
しかし、体育館周辺にも鈴野の姿はなかった。
いや、まだだ。まだ校門前にいるかもしれない。俺はそのまま靴下のまま駆け出し、校門前の道路まで飛び出すと、目の前の女子生徒にぶつかりそうになった。右、左と首を交互に何度も見やる。しかし、やはり鈴野の姿はいなかった。
どっと息を吐き、手を膝に当てぜえぜえと荒き呼吸を繰り返す。
黒子がついさっきと言っていたから捕まえられると思ったのに……なんて逃げ足の速さだ。きっと全速力だろう。また脚を痛めたらどうするんだ。
流れる汗が地面に垂れる。そのまま視線を更に下にやると、泥だらけの自分の靴下が見えた。
「あーあ……靴下の替えとか持ってきてないよ……」
盛大なため息を吐き、とぼとぼと今来た道を帰りながら、アドバイスを思い出す。
——腰を落とせ。視界は上方向に広げるイメージじゃなくて、下方向に広げろ。
きっと今日の俺の昼休み練習を見ていたんだろう。だから、あんな具体的なアドバイスを言えたんじゃないのか。
もう話しかけないで、嫌い、馬鹿、絡まないで——なのに、どうしたんだよ。
正直、どうすればいいのか、わからずじまいで一週間も何も出来なかった。この間にも、彼女の心が離れていっていると思うと、苛立ちと情けなさとで頭が変になりそうだった。会話をしても当たり障りのないことしか思い浮かばなくて、ここからどうやって彼女の心に踏み込んでいったらどうかいいかわからなくて、数メートル先の景色も見えないまま、ずっと行動に起こせないままだった、だけど。
俺の言葉はしっかりと彼女に届いていたというのか。
嬉しくて、嬉しくてたまらない。顔のにやけが止まらない。今、ここで叫び出したいくらいだ。早く鈴野に会いたい。
もう素直になれよ鈴野。自分だってわかっているんだろう?
でも、今彼女はここにいない。彼女のアドバイスが、本当の意味で俺に届くのはいつのことになるのだろうか。
「行動と言動が真反対だよ、鈴野……」
俺は溜まらず空を仰ぐ。青く澄み渡った空が、前よりも高くなっている気がした。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.63 )
- 日時: 2016/07/14 10:31
- 名前: すず (ID: lgK0/KeO)
その後、私たちは残りの昼休みでお弁当を掻きこみ、無事に四時間目と五時間目を終わらせ、すぐさま体育館に向かった。無事に、なんて大仰な言い方だけれど、本当にそんな感じだったのだ。何せ、彼も私も早くリコちゃんやその他、部員全員に報告をしたかったのだから。
そして、同時に謝らなければならないと思った。彼はそんなこともうカントクは気にしてないよ、と言うけれど、私はそれを許さなかった。
けじめをつけなければならない。
「おーい、カントクいるー?」
彼は部室の扉を開け、半身だけで中を覗きこむと、「体育館に先にいるよー」と部員らしき声が聞こえた。
「サンキュ」
「え? 今日休むのー? 伊月」
「いや、そうじゃない。上にいるんだな、わかった」
彼の背中で中のようすはわからないが、どうやら部員が腑に落ちていないのは明らかだった。
「上だってさ、行こうか」
「う、うん」
スポーツバッグを肩に掛け直し、先に進む彼の後を追う。
体育館に続く扉を開けると、ホワイトボードを前にしてノートと睨めっこをするリコちゃんの姿があった。
「カントク」
「……え! い、伊月くん……」
私たち二人を見るなり、言葉を失い、私と彼を交互に見つめる。
「も、もしかして伊月くん……!」
「うん、口説き落とした」
その瞬間、カントクの絶叫が体育館中に響き渡り、彼の背中を何度も叩く。
「よかった、よかった! すごいじゃない! 伊月くん! 頑固な凛音を口説き落とすなんて! 一時期、なんか諦めちゃうのかなーって心配してたけど、見直したわ!」
「痛い! 痛いよ、カントク!」
「ああ……ごめんごめん。勢いづいちゃってつい……」
そして、リコちゃんは私の方にくるりと向き直り、ずいっと歩み寄る。
「あ、あのリコちゃん、私……」
「来てくれて大歓迎よー! 凛音!」
「うわああああ!」
ノートを放り出し、両腕を広げリコちゃんの全体重が私に覆いかぶさってきた。慌てて伊月くんが「おいおい、やめろ」と私からリコちゃんを引っぺがす。
「これでようやくウィンターカップ前の心配ごとが消えるわね! もう伊月くん、ずっと凛音のこと考えてあなたの態度に一喜一憂してたんだから。詳しい内容は全然喋ってくれないけど、態度とかですぐわかっちゃうのよね」
「おい、そんなこと言わなくていいだろう」
「えー本当にそんな感じだったのよー何も嘘ついてない。見せてあげたいわ、凛音に」
「おいおいカントク、やめてくれよ」
「恥ずかしがることないじゃない」
「いや、別に恥ずかしがってなんか」
「恥ずかしがってたわ、あのね凛音——凛音?」
突如、私の目の前にリコちゃんの手がさっと横切った。
「どうしたの? 呆けて。目の焦点合ってないよ?」
リコちゃんは私の顔を覗きこむようにして、首を傾げる。その後ろで、彼がふっと笑ったような気がした。そして、口を動かし言葉を伝える。
——大丈夫だから。
そう、言ったような気がした。
「あああ! なんで笑ってるのよー凛音! 本気で心配したのにー!」
「ふっふっふ……ごめんごめん、リコちゃん」
さっきまで、謝らなければならないと気が急いていたのが一瞬にしてどうでもよくなってしまった。
「何にもないんだったら、急に黙りこまないでよね! そうだ、みんなにも紹介しましょう! 日向くんにもちゃんと伝えないと——」
そう言って、体育館の扉を開け放ち慌ただしく出て行く。
「待って! リコちゃん! 何にもないことないの!」
私はその背中を大きな声で呼びとめる。
「リコちゃん! これから誠凛高校バスケ部を、一度だけじゃなくてたくさん見ます! 傍にいさせて下さい! あと……見たくも触りたくもないって言って——」
「もういいのよー! 凛音—!」
茶色の短髪をなびかせながら、リコちゃんがくるりと振り返った。
「これから一緒に日本一まで駆け上がる! ごめんね、とかその後でいいから!」
そう言って、にこりと笑うとぱたぱたと駆けて行ってしまった。
ああ、何も変わっていないあの頃の、出会ったままのリコちゃん。
懐かしい思い出が蘇る。アメリカにいた頃よく、スポーツジムで一緒にお弁当を食べたり、お喋りをしたりしてたっけ。
「な? 大丈夫って言っただろ?」
「うん……」
「ごめんねなんて言うだけ野暮だ」
「うん……」
目頭がきゅうと熱くなり、鼻がつんとするこの感覚、私は感じたことがある。しかもついさっきだ。
その時、リコちゃんの元気な声と共に何回か、見たことがある顔が揃って体育館に入ってきた。
その中には、もちろん日向順平の姿も、あの透明少年、黒子テツヤの姿もあった。
「誠凛高校バスケットボール部に新しい入部希望者よ!」
「入部希望者って誰!? ……ですか?」
「火神くん、そこは普通に喋って正解です」
「黒子—、バッシュの紐ほどけてるぞー」
「あ、教えて下さってありがとうございます木吉先輩。すぐに直します」
「はっ! 紐だけで生活する爺さんはひもじい……キタコレッ!」
「伊月、黙れ」
昨日、昼休みに彼の練習に付き合っていたメンバーと、その他新しい顔が四人揃っていた。二年生メンバーは見たことがあるけれど、一年生は黒子くん以外見たことがない。しかし、さっき火神という名前が聞こえた。
一際目立つ赤髪、切れ長の目に二つに裂けた独特の眉毛、百九十はあるであろう体格——誠凛高校の大型ルーキー火神大我。確か黒子くんと同じ一年生だけど、日本の一年生、というか日本の高校生に見えない。
「カントクー、どうして鈴野凛音がこんなところにいるんだよー?」
「あれ? 小金井くんはもう名前——知ってたかあ。そういえば、小金井くんだったわね、あの時凛音の話題を持ち出したの。まあ、それも含めて紹介するわ。誠凛のアシスタントコーチ兼マネージャーを担当して貰う」
「鈴野凛音です。よろしくお願いします」
「学年は私と同じ二年生ね! 一年生は敬語使うようにー」
へーいと、一年生五人組が全員揃って返事をする。
「なあリコー、この時期に入部希望者ってどういうことだー?」
「凛音がどうしても! っていうからー」
にやりと口の箸を持ち上げ、ちらりと横目に私を見やる。
「……はい、そうです。このバスケ部にどうしても入りたかったんです。というか、私、まだ日本に帰ってきて一カ月くらいしか経ってなくて……」
「それじゃあ、火神くんと同じじゃないですか」
「お? そうなのか?」
「そうですよ、火神くん」
なるほど、アメリカ帰りなのか。どうりで何もかもが桁違いだと思った。
「へー、だからこんな時期に入部なのかー! まあ、うちは人数少ないし大歓迎だな!」
「カントク一人じゃあ、どうしたって手が回らない時もあるだろうし、これでひとまずは安心だな」
「はいはーい! みんな口々に喋らないでー! とりあえず、自己紹介からね……の前に」
リコちゃんと伊月くんが顔を見合わせ、私の前に立ち、相対する形になる。
「私立誠凛高校バスケットボール部へようこそ!」
リコちゃんの大きな声が体育館中に響き渡った。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.65 )
- 日時: 2020/05/03 22:29
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その1
ただの暇つぶし。
退屈な時間と言われると、人は何を思い浮かべるだろう。病院での待合室? 有名店に並んでいる長蛇の列? しかし上げたのは、どれも数時間で終わってしまうことで、病院でも有名店でも、その日の営業時間までには絶対に自分の順番が来る。私が思い浮かべているのは、そんな数時間の規模の話ではない。明日からここ、私立誠凛高校で過ごす二年間のことだ。
退屈な場所とわかっているのにここで高校生を二年間やる、口に出しただけでもう心が折れそうだったが、それは自らが最良と思っての決断だった。誰一人私のことを知らないであろう、この学校に来ることが最良。退屈ではあるが、それが自分の身を守れる唯一の方法である。適当に授業に出て、適当に過ごすだけの毎日、そう——ただの暇つぶし。
うるさい蝉の鳴き声も段々と小さくなり、九月に入ろうとしている夏、終盤の夕刻。
例えば、誠凛高校の校門を通り、とりあえず一年間、クラスを受け持つ担任の先生や、学校長にとりあえず挨拶をしに来たのだって暇つぶし。創設二年しか経っていない綺麗な校舎の中を散策するのだって暇つぶし。その延長線上で、体育館と思われる場所から、バッシュのスキール音が聞こえたので、少し見てみようと思ったのも暇つぶし——。
まだ正式な生徒ではないし、邪魔をしてはならないから、正面入り口からは覗かずに、こっそり裏口らしき大扉から——。
広い体育館の中、後ろ姿なので顔は見えないが、とある男子高校生が一人、黙々とネットに向かってボールを打っていた。
周りには誰もおらず、バスケットボールが、彼の周りに点々と転がっており、遠くには、ジャージとユニフォームらしきものが見える。背番号は五番。換気のためなのか、正面入り口以外の窓や扉は開いているが、一向に風が吹き込んでくる気配はなく、代わりにまとわりつくような熱気が伝わった。まるで蒸し風呂のようだ。
男子高校生の来ている白いTシャツが遠目から見ても汗でびしょびしょになっていた。黒くサラサラと流れるような短髪が、バスケットボールを二回ついた後、右手でボールを上げ左手は添えるだけ。伸びた背筋のまま軽く屈伸をし、投げる——ボールは綺麗な放物線を描き、バスケット—ゴールに吸い寄せられる。
ボールがネットにくぐるその小さい音が、私の耳には大きく聞こえた。
しかし、もう一回打ったボールはネットを揺らすことなく、リングに当たっただけだった。結局、男子高校生が放ったボールは、五分五分といった確率でネットを揺らしていた。なるほど、シュート精度はあまりよろしくないらしい。
「おーい、カントクーそんなところで見てるなよー」
瞬間的に心臓が高鳴った。
- Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.66 )
- 日時: 2020/05/03 22:30
- 名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
- プロフ: その2
しまった、まだ部外者の私が今ここで見つかるのはまずい。彼が振り向くよりも前に、どこか木陰にでも隠れようとしたが、一足遅かった。
「今日は久しぶりのオフだけど、やっぱ練習しちゃうんだ——」
案の定、彼は言葉を失い、目をまん丸くさせた。そりゃそうだ。私は彼のいうカントクではないからだ。普通だったらここで、人違いだと思ってすぐに訂正をするか、謝るか、どちらか一つなのだが——彼のそれは私の予想を遥かに超えるリアクションだった。いくらなんでも、驚きすぎなのだ。目を大きく見開き、額から流れる汗を拭うことも忘れ、呆けている。
「え……もしかして——」
この瞬間、私は周りに転がっているバスケットボールから、彼がシュート練習をすることから、もう少し早く察するべきだったと後悔をした。
当たり前だ——バスケットボールが転がっておりユニフォームがあるということは、彼がこの高校のバスケットボール部に所属している可能性が高く、かつ。
「もしかして鈴野凛音さん?」
私を知っている可能性もあるということだ。
最初の自己紹介で帰国子女であるということを、クラスには伝えたくなかった私にとって、それは大いなる誤算だった。
「初めまして。鈴野凛音です。よろしくお願いします」
「えーっと……彼女はアメリカから引っ越してきたそうだ」
その瞬間、普通の転校生のただの自己紹介というクラス全員の認識が変わった。そして、教室にほんの少しだけ、さざ波が立った。
まさか初日早々、担任の口から私が帰国子女であるということがばらされるとは思っていなかった。担任の存在を完全に認知し忘れていた。かといって、「私がアメリカから来たということを知らせないで下さい」というのにも何か無理があるし、いずれは知られることなのかもしれない。しかし、クラス全員が認識しなくてもよかったのに。
好奇の目、視線が一斉に集まってくるこの感覚。
ほら、ほぼ全員が私に興味が出てきてしまったではないか。もうこの瞬間、今日のこの一日だけは何をするにしても注目の的になってしまうだろう。ただの普通の転校生ではなくなってしまったからだ。
第一印象が肝心——そんなことはもう何回も引越しを繰り返している私にとってわかりきっていることで、どうすればいち早くクラスに溶け込むことが出来るかという術を身につけているつもりだ。
だから、担任教師の余計な一言にも冷静に、笑顔になれる。
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