二次創作小説(紙ほか)

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【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。
日時: 2016/03/14 23:03
名前: すず (ID: e.PQsiId)

黒子のバスケで夢小説です。

誠凛高校中心です。というか、伊月俊がメインです。



どうぞ、読んでください。


きゅんきゅんする恋愛小説が書きたい!!!!!!

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.67 )
日時: 2020/05/03 22:32
名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
プロフ: その3

「アメリカから、といっても日本語は喋れるので、日本語で大丈夫です。よろしくお願いします」
 上半身を四十五度に折り、一礼をする。また更に教室がどよめいた。たっぷり、三秒間頭を下げ、上体を起こす。
 この一日だけ、我慢すればいい。そうすれば、すぐ普通の高校生になれる。
そこで私はようやく気付いたのだ。
一番後ろの席——私の視線の先にある、彼の姿を。
 真新しい体育館で、一人シュート練習をしていた、あの男子高校生は私に穴をあけるかの如くこちらをじっと見つめている。
あまりの驚きに叫び声を上げそうになり、慌てて口をつぐんだ。どうして、どうして彼が私と同じクラスなのだ。いや、落ち着け、大丈夫だと心の中で自分に何度も言い聞かせる。そりゃ同じ学校で同じ生徒なんだから一緒のクラスになってもおかしくはない、むしろそういう可能性もあると考えるべきだった、なのに。
次の瞬間、更に追い打ちをかける事態が発生した。
 彼の左隣の席が空いている。
ということは、いや、まだだ。まだわからない。もしかしたら彼の隣の席の人は今日偶然休みなのかもしれない。まだ私が彼の隣に座るなんて決まっていない。それでは、私はどこに座るのだ?
 その時の私に周りをざっと見渡す余裕などあるはずもなく、席の答えは、隣に立っている初老の担任教師がすぐに教えてくれた。
「それじゃあ鈴野は、伊月の隣。席が空いているからそこに座って」
 担任が指さしたのは、私がさっき目線を移した、彼の隣の席だった。
 彼の、隣の、空席に、私が。
「はい、わかりました」
 第一印象が肝心だと私は心の中でもう一度復唱する。こんなところで笑顔を崩してしまったら、最初の挨拶の努力が水の泡だ。私は出来るだけ笑顔で対応し、ゆっくりと歩を進ませる。大丈夫だ。額にうっすらと汗をかいているけれど、そんなことは誰もわかりゃしない。
ただ一人、伊月と呼ばれたあの男子高校生だけは、まるで獲物を狙う鷲のようにこちらを見据えている。
「それじゃあ、新しい転校生も来たところで、ホームルームを終わります。えーっと、委員長、号令」
 チャイムが鳴った瞬間、私の机の周りをあっという間に女子生徒が囲んだ。
「は、初めまして! 本当に日本語で大丈夫?」
「あれ? 金髪がまだ見えるよー? ハーフか何かなの?」
「アメリカのどこからやってきたの? 帰国子女ってかっこいい!」
 あ、あれ? 日本の女子ってこんなに勢いよく話しかけてきたかな? もっとおしとやかなイメージじゃなかったっけ? 
 どうやら私が日本にいない間に、すっかり変わってしまったらしい。それも、これが最近の女子高校生ということなのか? だとしたら今、私は生まれが日本なだけで、外国人

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.68 )
日時: 2020/05/03 22:33
名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
プロフ: その4

と対して変わらないかもしれない。
「えーっと、ちょっと一度に質問されるのは厳しいから一つずつでいい?」
ここで無愛想な態度を取ってしまうと、高校二年間を平穏に暮らすなんて夢のまた夢になるので、冷静に対応していく。
「まず小学校六年生までは日本でずっと過ごしていたから日本語は普通に喋れるよ。向こうにいた時も、家族での日常会話は日本語だったし。金髪が見えてるのは、黒に戻し切れてない……からかな。向こうでは、ずっと金髪だったからさ。さすがにこっちでも金髪なのはおかしいし、地毛に戻しただけ。ハーフじゃないよ。でも、日本で過ごすのは久しぶりだから、ちょっと戸惑ってる。アメリカのシカゴだよ。帰国子女って言っても、私は日本人だから、普通に喋りかけてほしい」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に順序良く答えていけばいくほど、周りの女子たちの目が爛々と輝きだしていくのがわかった。どれだけ質問を答えても、また更に質問で返してくる、これでは埒が明かない。
「ねえ、どうしてうちを選んだの? 新設高校だから?」
 取り囲んでいる中で一番遠い層から声が聞こえた。目の前にいる女子たちもその質問は気になるようで、ゆっくりと口を閉じた。
「ここなら、きっと静かに高校二年間を送れると思ったの。後は父親の事情かな」
 ここならきっと静かに高校二年間を送れると思った——今、目の前にいる彼女たちに何も嘘はついていない。本当にそう思っている。しかし、そんな思いは隣に座っている男子高校生によって破られてしまうかもしれないという懸念は拭いきれていない。では、破られるかもと思っているのであれば、嘘を吐いていることにならないのか。いや、ならない。そんなことにはさせない。絶対にここで平穏無事に二年間を過ごしてみせる。
 不意に私の右隣のあの男子高校生が席から立ちあがった。取り囲んでいる女子たちは、私の答えに一喜一憂するのに精一杯で男子高校生が静かに立ったことなど、気づいてもいないだろう。もし、気づいたとしても、こんなに大きな声を出して質問責めしていたら、隣の全く関係ないこの男子は、自由時間を邪魔されたと思ってそりゃあこうなる、としか思っていないだろう。しかし、私にはわかる。彼はそんな理由で立ちあがったのではない。
 狙っている——いつ、どんなタイミングで私に喋りかけようかと、まるで猛禽類の鷲のように狙っているのだ。
きっと、私の周りを取り囲んでいるどんな女子よりも、彼が一番私に質問を浴びせたいことを私は知っている。
そんな彼から、こんな形ではあるが身を守ることができてよかった。そして、この場からゆっくりと去ってくれたことにも、同時に安堵していた。このまま始業のチャイムが鳴るまで、この鉄壁の城壁を崩したくなかった。
 取り囲んでいる女子たちは、私の言う理由に少しながら違和感を覚えているようだった。その言い方ではまるで、他の学校では静かに過ごすことが出来ない、とでもいうような。しかし、彼女たちは覚えた違和感をぶつけることなく私の最後の言葉の方が気になったようだった。
「父親の事情って聞いてもいいやつ?」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.69 )
日時: 2020/05/03 22:34
名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
プロフ: その5

今度は一番目の前の、二つ括りのおさげの女の子が質問を繰り出してきた。
「いいよ、別に。私の父は貿易会社に勤めていてね」
 彼女たちの質問に答えている間も、私は彼が隣の席にまた戻ってくるかどうか、周りを気にし続けていた。しかし、始業のチャイムが鳴り、私の机の周りから彼女たちが散り散りになるまで、彼は帰ってこなかった。





「そうですよね? あなた、鈴野凛音さんですよね?」
 まるで心臓が耳元で鳴っているかのように、うるさかった。
「そんなところで、何を?」
まるで体が固い粘土ように、凝り固まり、動かすことが出来なかった。
相手が誰かわからない全くの初対面の人間から、フルネームで名前を言い当てられている。スリーポイントラインから、一歩ずつ、一歩ずつ、彼は距離を詰めてきている。まるで、見たこともない原生生物が逃げないように近づく生物学者のように。
「どうして、こんなところに」
 彼の腕から汗が流れるのが見えた。きっと、何時間もここでシュート練習をしていたのだろう。
このままでは私は彼に捕らえられてしまう。その時、突然、彼は転がっている一つのボールに、気づかず足で蹴ってしまった。そして、同時に彼の視線が私から外れた。
 逃げなきゃ。
 彼の「あっ」という小さい声が聞こえただけで、追ってはこなかった。逃げなきゃ。後ろを振り向く余裕さえもなく、全速力でその場から逃げ出した。脳裏には、彼のシュートフォームが浮かび、耳にはボールがゴールネットをくぐる音が聞こえた。
 そして、私は誠凛高校の校門を出て、初めて気がついたのだ。
 校門を掛け抜けた瞬間に見えた景色——校門には、大きな横断幕が掲げられていた。最初に来た時、どうして、こんなに大きな横断幕を無視していたのだろう。どうして、今このタイミングで気づいてしまったのだろう。
「祝! 私立誠凛高校バスケットボール部男子 IH東京都決勝リーグ出場決定!」
 夕刻の日差しが、一際目立つ横断幕を照らし出していた。
 どうして創設二年の新設校が、決勝リーグに出場出来たのか——瞬間的に疑念が湧いたが、ゆっくりと考える余裕もなく、逃げるようにして立ち去った。

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.70 )
日時: 2020/05/03 22:35
名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
プロフ: その6

いつの間にか、私はその日の日程を終え、自分の席いで帰り支度をしていた。
もう何年も一つのところに長く留まるという経験をせず、幾度も学校を点々としてきたけれど、今日ほど辛い日はなかった。
昨日、会った男子高校生、伊月という男はきっとこれからどうにかして近づいて来て、私の穏やかな高校二年間を脅かす存在になるだろう。
彼は授業中、一時休戦とばかりに何も仕掛けに来なかった。そして昼休みが一番、狙われる時間帯だろうと覚悟していたのだが、どうやら彼は風紀委員の会合があるらしく、四時間目が終わるとすぐにその姿を消してしまった。
 授業の間の休み時間は、他のクラスからも噂を聞きつけてやって来た女子たちに質問攻めを受けていたが、私としては心底有難かった。何も考えずに、質問されたことをただ答えるだけでよかった。今日は、本当に何も考えたくなかった。しかし、明日はそうはいかない。きっと、大方質問が終わった彼女たちは、私の周りにはもう寄って来ないし、鉄壁の城壁も今日限りだ。明日は、彼から身を守る方法を考えなければならない。
そして彼は、思ったよりも冷静だった。きっと、鉄壁の防御だって今日限りであると見抜いてのこの行動なのだろう。長期戦に持ち込むつもりなのだろうか、それとも、もう諦めたのか……私には何の興味もなくなったのか? いや、そんなことはない。今日の最初のあの射抜くような視線から考えて、今日限りで終わるようなそんな意思の固さではないはずだ。絶対に何か、仕掛けてくるだろう。そうしたら私は一体どうすれば。
「初めまして」
 その瞬間、私の肩が飛び跳ね、すぐに教室の扉の方へ瞬時に体を向けた。
「そんなに睨まないで下さい」
 昨日会った時とは全く違う、落ち着き払ったようすで彼は静かに喋りかけてきた。
迂闊だった。今の今まで、ずっと気張っていたから集中力が落ちていたんだ。最も話しかけられたくない人物に、こんな簡単に捕まってしまうなんて……。
「初めましてと言っただけじゃないですか」
 白々しい。初めまして、だなんて。昨日会ったばかりなのに。私が誰なのか、フルネームですぐに言い当てたくせに。
「昨日のことはどうぞ忘れてください。俺は今日初めてあなたと出会った。そして、ごめんなさい」
 そう言って、彼は丁寧に頭を下げた。腰から上半身を半分に折る、最敬礼だった。そしてゆっくりと上体を起こす。
「まさか本当にあの『鈴野凛音』なのかと、昨日は取り乱してしまいました。でも、これからは隣の席に座る普通のクラスメイトとして接してください」
 こいつは何を言っているんだ。
「昨日のことは忘れろってどういうこと? どうして謝るのよ。それって、新しく私と関係を築きたいってこと? そんなの無理よ。あなたは私が誰なのか一発で言い当てたわ。それはつまり私のことを知っているということでしょう? 私があの鈴野凛音と知っているから話しかけたんでしょう? そんな普通のクラスメイトになんてなれるわけないじゃない。違う?」
 私の昔を知っている人がいないであろう誠凛高校に来たのに、どうしているのだ。
「……俺は鈴野さんが中学一年生の時、月バスに載ったあの時からずっと知っています」
彼の瞳には私を捕らえて離すものかという強い意思が見え、目を逸らすことが出来なかった。彼の瞳は真剣、そのものだった。
「月バスに載った時から知っている? 私を?」
「俺が初めて憧れた選手。男とか女とか関係なく」
 言葉を失う、ということはこういうことなのかと身を持って体験した。つい最近、言葉を失う、という体験をした人が目の前にいるが、まさか次の日に自分がそうなるとは思っていなかった。私が月バスに載った時は一回きりだ。それも、もう何年も前の話で、特集ページを組まれていたわけではない、「今日の選手」というコーナーの小さな一コマなのに。
 震える声を抑えながら、必死に彼から逃れるため、私も負けじと言い放った。
「それじゃあ、もう言わなくてもわかるでしょう? 私がどうしてバスケットから離れたのか。そうせざるを得なかったのか。月バスなんて言葉、もう二度と私の前で言わないでよ」
 瞬間、彼の瞳が一瞬揺らいだ。もう絶対に離すものかと、私を捕らえていた拘束力はほんの少しの緩みをみせ、隙が出来た。言わなくてもいいことを言ったと、思ったのだろうか。しかし、彼の言葉は今の私にとって、言わなくてもいいことの部類にしか入らない。
今、この瞬間が逃げる余地だ。
 彼の横を通り抜けるには、今しかないのだ。
「待って、まだ話は終わってない」
 すれ違いざまに、咄嗟に彼は振り向く。
「鈴野さんのことを思っているからこそ、普通に接したいんだ」
 私のことを思っているからこそ、普通に接したい。いや、逆だ。
 私のことを思っているからこそ、普通に接することなんて絶対に出来ないはずだ。彼は私の気持ちを全く分かっていない。何のために創設二年の新設校に来たと思っているのだ。
「違うわ、そうじゃない」
 扉に手を掛けて、肩越しに呟いた。
「あなたがバスケットボー部所属であるって、わかっていたのよ。昨日、シュート練習をしていたし、カントクって言っていたし、背番号五番のユニフォームもジャージも見えていた」
自分でも驚くほどの、ドライアイスのような冷たい声だった。
「私はバスケットボールから離れたいのに、どうしてバスケットボール部所属の部員と仲良くなれるのよ。もう、話しかけないで」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.71 )
日時: 2020/05/03 22:36
名前: すず (ID: /fZyzTJJ)
プロフ: その7

 私立誠凛高校バスケットボール部、IH東京都予選決勝リーグ出場、第四位。全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会、通称ウィンターカップ東京都予選、出場決定。夏に結果を出した上位八校だけが、東京都予選に出場出来、その内の上位四校が決勝リーグ出場出来る冬の舞台。一年を締めくくる最後のタイトル。そこで、上位二校に入ればウィンターカッップ東京代表として出場決定。
今、俺たちが日本一になるためには、その二校の椅子をかけて戦わなければならない。今は九月上旬——予選まで、あと二カ月たらずしかない。なのに、なんだ今日の俺は。
 体育館一階、一番端の角部屋。創設二年目ということもあり、最初は綺麗を保っていた部室であったが、(当たり前の話)全員男なもので、創設当時の綺麗な部室は経った三日で見る影もなくなってしまった。
俺は練習着を脱ぎながら、自分のロッカーを開ける。
 もう七時だというのに、太陽は完全には沈みきっておらず、陽の光がカーテンから少しだけ零れていた。
「もう話しかけないで、か」
 憧れの人からの「話しかけないで」ほど、辛いものはない。
 今日、何回目になるかわからないため息を吐いた後、廊下から大きな足音を立てて「おい、伊月」と半裸の日向が部室に入ってきた。どうやら、水浴びでもしてきたらしい。
「なんだよ」
「今日のパスはなんだ? 全然入ってなかったぞ」
 日向は俺の右隣にある、自分のロッカーから無造作に制服を取り出すと、練習着を脱ぎ出した。
「日向、一回俺を殴ってくれないか」
「は!? お前、何言ってんだ!?」
 大会予選目前の、こんな大事な時に、頭の中で、彼女の言葉がわんわんと鳴り響き、練習している仲間の声を常にかき消してしまう。
 日向と俺は、バスケ部の中で一番付き合いが長い。俺は動揺や困惑が実際のプレイに顕著に表れるようなタイプではないが、日向にはすぐにばれる。だから、練習中、日向は何度か俺に声をかけようとしていたことを知っている。何度も、何度も、口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返していた。
待っていてくれたんだと思う。
俺がいつもの俺に戻るのを、練習に身が入るのを。しかし、結局は最後まで入れず、指摘されてしまった。最後の最後まで、彼女の言葉が忘れられなかった。
「ごめん、もうすぐでウィンターカップ予選なのに、次からは締まっていくよ」
 自分でも覇気のない声だと思った。日向は眉間に皺をよせながら、眼鏡を取った。練習着を脱ぐのに邪魔なのだろう。そして、そのまま自分のロッカーの二段棚の方に置く。
 何か喋ろうと日向が口を開けた時、「あっちぃい……いやあ、あついよー」と扉を大きく開け放ち、入ってきたのは二年、スモールフォワードの小金井慎二——コガだった。
「今日の練習メニュー、殺人的すぎるよ。それよりも伊月! よかった! 聞きたいことがあったんだよ」
 コガは俺の左隣にある自分のロッカーを開けた。
「なあ、伊月のクラスに転校してきた帰国子女がいるだろう? 知ってる?」
屈託のない笑顔で、喋りかけてくるコガ。
知っているも何も、今、俺は丁度その彼女のことで頭が一杯だ。
「話したことあんの?」
「俺の隣の席だ」
「え!? じゃあ、話したことあるんだ! どんな奴? めちゃくちゃ美人らしいけど、本当なの!?」
「美人だな。っていうか、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「そりゃあ、すぐに噂は広まるよ! だって帰国子女の転校生だぜ?」
 噂が広まるのが早いからなのか、お前の情報網がすごいからなのか、どっちかわからない。
「ねえ、ねえどんな奴? 話した感じ、どんな奴?」
 話した感じ、か。もう話したくないと言われた後にその質問は精神的にきつい。
「どんな奴?って まだ、一言くらいしか喋ってなくて——」
 しかし、俺の言葉は途中で遮られ最後まで喋ることは出来なかった。
「こぅうら! 早く着替えんかい! 部室閉めるぞおお!」
 誠凛高校バスケットボール部カントク、相田リコが躊躇なく部室に突撃し、コガの背中にハリセンチョップをお見舞いする。
「いってえええ! カントクいってええよ!」
「さっさと着替えなさい! いつもいつも体育館の鍵返すの遅いって愚痴言われるのは私なんだからね! 日向くんと伊月くんもさっさと着替える!」
 ふぅと息を吐き、ハリセンを男らしく構え、手でパンパンと軽く鳴らすカントク。
「くぅ……伊月! 後でその美人転校生の話聞かせろよ!」
 コガは猛スピードで練習着から制服に着替えると、逃げるようにこの場から立ち去った。相当カントクのハリセンが痛かったらしく、悲痛な声が廊下にまで響いていた。
「あのスピードをバスケにも応用してくれればいいんだけどなあ」
 俺は制服のズボンを履きベルトを締めながら呟く。
「ったく、何の話してんのよ。なぁにが美人高校生よ。どこのどいつよ!」
「名前は鈴野凛音っていうやつで、だけど俺たち、別にその」
「転校生の話なんかしないで、さっさと手を動かせばそれで、ちょっと待った。すずのりんね?」
 カントクの手が止まり、ハリセンの動きも止まった。
 同時に俺たちの手も止まる。
「そう、鈴野凛音」
「す、すずのりんねって、もしかして、あの鈴野凛音!?」
 カントクの口がぱくぱくと動いているだけで、言葉に変換されることはなく、ただ異様に驚いていることだけは伝わった。
「な、なんでそんな驚いてんの? カントク」
「手を止めるな! さっさと出ないと部室閉めるよ!」

「はっ、はい!」

俺たちは、カントクに急かされるまま、部室の鍵閉め、体育館の全ての施錠を終えると職員室に鍵を返し、校門に向かった。体育館から出た後も、カントクの表情は冴えないままだった。
外に出ると、もう太陽は完全に沈みきっており、風も大分冷えていた。嫌というほど聞かされた蝉の鳴き声も、気づけばもうすっかり聞こえなくなり、まだ練習を続けている外競技の運動部員が続々と部室棟に帰ってきていた。
「まさか……伊月くんが凛音の名前を知っているなんて、思わなかったわ」
 俺と日向は、カントクの歩調に合わせながらゆっくりと進む。
「俺も思わなかった。カントクも知っているんだったら、今日の朝にでも言っておけばよかったな……」
 まあ、朝の俺はなぜ彼女が昨日学校にいたのか、考えすぎて落ち着いて喋れたかどうか甚だ疑問だが。
「おいおい、二人だけで話を進めるなよ」
 その時、痺れを切らした日向が俺たちに当然の疑問を投げかけた。
「その、鈴野凛音って誰だ? 伊月のクラスにやってきたただの帰国子女じゃないのか?」
 俺とカントクで顔を見合わせ、どちらが喋るのか探り合い、やがてカントクが一つ息を吐くと喋り出した。
「ええ、ただの転校生じゃないわ。小学校六年生まで日本で暮らしていたんだけど、両親の都合で中学校一年生に渡米。その時は、まだ凛音は並みの選手だった。並みといっても、アメリカの雑誌には載るくらい実力ではあったのよ。でも、その程度だった。しかも、身長は当時百六十五センチのスモールプレイヤー。だけど、とあるきっかけでバスケの才能が開花し、中学校三年生のU—15州代表で優勝の成績を収め、自分の所属しているチームも優勝に導いた」
 俺の家には彼女が載っている雑誌や新聞記事が山ほどある。中学生の時、数少ないメディア露出を真剣にかき集めていた、憧れの選手。
「凛音の才能が開花した原因は、WNBAで活躍していた女性選手が、SGからPGにポジションの変更をさせたこと。今まで三点シューターとしてなら、道はあると言われていたけど、本当の能力はそうじゃなかった。凛音の能力は、PGのポジションで真価を発揮する、周りを生かすことが出来るプレイヤーだったの」
「つまり、シュートも打てるPGってことか?」
「いいや、日向。そんなもんじゃないんだ」
 彼女の試合を見ればよくわかる。
 確かに元々SGだけあって、外からのシュートも決めていくけれど、彼女の本当の意味での強さはこんなもんじゃない。
 俺は鞄の中からとある雑誌を取り出した。創部当初から俺のロッカーには、彼女のことが一番多く書かれてある唯一の雑誌を置いている。
 日向は、折れ目がついてあるページをぱらぱらとめくると、音読を始めた。


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