二次創作小説(紙ほか)

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【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。
日時: 2016/03/14 23:03
名前: すず (ID: e.PQsiId)

黒子のバスケで夢小説です。

誠凛高校中心です。というか、伊月俊がメインです。



どうぞ、読んでください。


きゅんきゅんする恋愛小説が書きたい!!!!!!

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.48 )
日時: 2016/07/14 10:12
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

四十二対四十四——ちょっとやりすぎだったかな。
 体育館の壇上で寝そべりながら、俺は少し反省をする。
 別にあの場面でスリーを打たなくてもよかったのだ。俺は日向程スリーの成功率がいいわけではない、本当に勝利に貪欲になるのであれば自分でペネレイトして、普通にレイアップをしても良い場面だった。というより、そうするべきだったのだ。インサイドががら空きだったし、切り込める程にも実力差は開いていた。それなのに——あんな俺らしくない賭けをしたのは、つまり——。
「おい、女子の方も盛り上がってんなあ」
「てか、あの六番やばくね? 動き」
「うわーすげえ、あれって帰国子女の鈴野じゃね?」
 隣にいる二人の男子の会話が耳に飛び込んできた。俺はすぐに上体を起こす。
 彼女がいるチーム——青チームの攻撃。ディフェンスは、まあ女子のレベルであればこんなもんだろう。だけど、運動音痴が一人もいないのか。それなりにいいディフェンスだ。ボールは彼女が持っている。さあ、自分で切り込んでいくのか、パスを出すのか。
 俺だったら、四番の選手のマークが外れているから中に回して、そのまま自分で取りに行ってレイアップ。こういう時に、仲間を信じてスクリーンを待っていると場面は絶対に動かない。なぜなら、ここにいる全員、バスケット部員ではないからだ。
「おお! 自分でいった!」
 右にフェイントをかけて、一人振り切り、そのままペネレイト、ミドルシュート。
 流れるような動き、シュートフォームにもブレがない、一年間、バスケットに触れていないはずなのに、冗談きついな。全盛期の彼女の動きとは程遠いが、それでも一年間休んでいた人間の動きとは思えないキレがある。
 しかしタイマーは、八分四十秒。おかしい。まだ二分しか経っていないのに——。
「やっぱアメリカ帰りは本場仕込みなのなあ」
「でも、めっちゃ息あがってね? ハイペースすぎるだろ。まだ八分だぜ? 最後まで持つのか? あいつ」
「てか、持たせる気ある?」
 ないな。あれは完全に俺の挑発に——。

 乗ってしまった……。
 正直、三分前の自分に戻りたい。彼がスリーを打つ前に戻りたい。そうすれば体力はまだ満タンだったし、私だって冷静だった。
 わかっていた、わかっていたんだ。あの場面で、無理にスリーを打たなくても、インサイドで切り込めば点差的にも実力的にもそれで十分に勝てる。それなのに、あんな危ない賭けに出て、あんな好戦的な視線を送ったということはつまり——私を挑発したいがためだ。
 彼のあの見せつけるようなプレーで私は今どうなっている? 頭に血が上って、冷静に自分を制御出来なくなっている。私は一体何をしているんだ。こんなに一生懸命になる必要なんかないだろう。もっとしっかりしろ。
「凛音さっきからすごい! 連続得点!」
 由希が私の背中を鼓舞するように、また叩いた。
「ありがとう! どんどんボール回して!」
 違う、そうじゃない、私が今こんなになってもバスケットをやっているのはただ、単純に、彼に、あの人に。
「凛音、頑張れー!」
「いけいけー! 青チーム勝ってー!」
「黒チームに負けるなあ!」
 女子の声援が大きくなるにつれて、もう一人の自分が、冷静に私を見つめているような感覚に陥る。頭は熱くなっているのに、心はまるで冷めている。
 ——私はもうバスケットボールを見たくもないし、触りたくもないのよ。
 ああ、そうだ。あの時から、私の気持ちは何ら変わっていない。こんなクソみたいなスポーツのどこがいいのか。ゴールは三メートル上にあり、生まれ持った体格差で全てが決まるスポーツ。ただ学校の体育の授業というだけで、やっているだけ。別に試合でも何でもない。それなのに、どうしてこんなにムキになっているのか。
 タイマーはこの間も刻々と時を刻み続けている。あと——。

 タイマー、あと四分二秒。
「あー、かなりきつくなってきたなあ、青チーム」
「序盤は鈴野が全開で押してたけど、段々実力が出てきたって感じだ。一生懸命、六番がカバーしてるけど、味方がそれに追い付いてない」
 目線があったあの瞬間、最初は呆気にとらわれていたが、すぐに表情を変えた——あれは確かに怒っていた。
 高校生の俺がたかがブザービーターでスリーを打っただけで、彼女を怒らせたんだ。
 雑誌や新聞でしか見られなかった選手が、あの鈴野凛音が、俺のスリーでムキになって俺を見返そうとしている。
 それだけで、口元が緩みまくってしょうがない。少しでも気を抜けば、女子の試合をにやにや顔で見る変態になるだろう。嬉しい、嬉しいんだ。俺の憧れの選手が、俺の挑発でこんなにも必死になっている。
「でも、鈴野諦めてないぞ」
「点差、開いてきてるのに?」
 もう隣にいる二人(俺も含めて)は男子の試合など、意に介さず興奮したようすで女子の方を観戦していた。
 点数表は——。

——十六対二十一。まだまだいける。バスケは最後のブザービーターまで何が起こるかわからない。
「由希! へい!」
 由希から縦の速攻を貰うと、すかさず相手ゴールにレイアップで返す。
 もうお互いの手の内はわかっている。後は点の取り合いだ。特にインサイドが厚くなっている。ここで一本、スリーを決められれば、ディフェンスの注意をこちらに向けることが出来るだろう。
「青チーム勝つよ! 気合いいれて!」
 男子に負けないほどの大声で、気合いを入れ直す由希。きっと、由希がいてくれないとこんなにいい試合になっていないだろう。向こうのチームだって、最初は全くエンジンがかかっておらず、後数十分の暇つぶし程度しか考えていなかったはずだ。それは数分前の私だって同じだった。しかし、青チームの異様な盛り上がりと、彼の挑発に乗ってしまった私のぶっ飛んだ得点率で、黒チームも本気で勝ちに来た。今だって、無理やりにでもペースを落として、試合を放棄してもいい。私が放棄すれば青チームは負けてしまうだろう。試合開始から八分経過した今、黒チームとの実力差はそれくらい出てしまっている。しかし、もう後には引けない。引けなくなってしまったんだ
どうしてだ、どうしてこんなことになった。私が最初にエンジンをかけて、ぶっ飛んだからか? そうなったのは何故だ?
「凛音! スリー!」

「よっしゃああああ! 十九対二十一! 逆転いけるぞおお! 二分だ! あたれええええええ!」
「逆転だああああああ!」
 最早、この二人だけではなく周りの数人の男子も女子の白熱した試合に気づき、ちらほらと見入る者が増えてきた。というか、ほぼ彼女を見たいがために、見ているようだ。
 青チームの得点の半分はきっと彼女だろう。絶対的なスコアラーの誕生だ。彼女にボールを回せば、フェイントをかけてペネレイト、あるいはスリー、このレベルだと絶対に点を取ってくれる。
「お、鈴野がボール持ったぞ」
 ボールを頭上に持ち上げ、背筋を伸ばし、脚を屈伸させる。狙いを定めて放たれたボールは、ゴールに、まるで吸い寄せられるようにネットを揺らす。感覚が戻ってきたのだろうか……シュートフォームも早さも段々よくなってきている。本当に、ブランクがあったとは思えない。
「やっべええ! 鈴野まじうまい!」
「あいつって、バスケットやってたんだな」
「アメリカ帰りは性能が違うな」
 バスケをやっていた、なんてレベルの話ではない。彼女は州優勝者だ。
 彼女の一挙手一投足に見入ってしまう自分がいる。まるで中学生の自分に戻ったみたいだ。あの時は日本で放送権限がないアメリカの番組を、パソコンや動画サイトを片っ端から探して見ていたんだ。そして、BSやCSで少しでもそれらしいものがあると、絶対に録画をしていた。まあ、そのほとんどは全く関係のないものだったけれど。
だめだ、彼女のことになるとすぐこれだ。そうじゃないだろ、今は誠凛高校二年A組のクラスメイトだ。あの憧れの鈴野凛音はもういない。だけど……またバスケットをやって欲しい、そんな彼女が俺は見たい。
彼女のプレー全てを、目に焼きつけるかのようにじっと観察している。だから、俺は彼女の一瞬のふらつきを見逃さなかった。
 オフェンスからディフェンスに上がる時足をふらつかせ、バランスが崩れたその瞬間を。
あまりにも一瞬のことで、チームメンバーもあるいは観戦している女子もそのことには気づいていないだろう。何せすぐにバランスを立て直し、次にはもう既に仲間とハイタッチをしていたのだから——しかし俺は見ていた。
 脚か——脚なのか。
——右脚の靭帯を損傷。公式戦で選手からのラフプレー。将来有望の日本人選手、もう現役復帰は不可。
何度も読みこんだ雑誌の文章が、とっさに頭に浮かんだ。
「あ、伊月……おい! おい、伊月! どこ行くんだよ!」

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.49 )
日時: 2016/07/14 10:13
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

こっちは、もうみんな息が上がって全然追えてない。向こうは——まだちょっと余裕がありそうだ。だけど一番の問題は私だ。戻りがみんなより一歩送れる。もう——脚が動かなくなってきた。一年前の怪我なのに……完治はしたのに……ハイレベルなスポーツをしようとすると、激痛が走る。
タイマーはあと一分。点差は、二十四対二十六。あとワンゴールで同点に追いつける。だけど、もし追いつけなかったら? このワンゴール差を相手チームは絶対に維持してくるだろう。青チームの攻撃を絶対に阻止したいはずだ。つまり、青チームが勝利するためには、どうしても黒チームのディフェンスを突破して、またはかいくぐって、攻撃を繰り出さなければならない。
私は挑発されたあの伊月という男子高校生にも勝てないのか。
「凛音!」
しまった、ファンブル!
「アウト・オブ・バウンズ! 黒ボール!」
ボールはころころと男子コートの方へ転がっていく。
「凛音、大丈夫?」
由希が心配そうに、私の顔を覗き込む。
 先ほどよりも右脚の痛みが全身に広がっているような感覚に陥る。
私はこの痛みを一生背負い続けていかなければならない。こんな脚が私は本当に嫌だ。どうして、どうしてこんな時に。
「大丈夫、任せて」
 自分でも聞いていて全然大丈夫じゃない、弱弱しい声だ。
 男子コート側に転がってしまったボールを取ろうと、走り抜ける。そして、ボールは誰かの足元に当たり止まった。
 よかった、誰かがボールを止めてくれたんだ。もしかしたら偶然かもしれないけどそんなことはどうでもいい。今はとても有難い。
 手で流れる汗を拭いながら、顔を徐々に上げていく。筋力がついた脚が見え、すらりと長い腕が見え、そして仮初めのユニフォームの番号——五番。
そこには、伊月俊が立っていた。
「脚——無理してる」
 心配そうにこちらを見つめる瞳には悲しみの色が映り、大層不安げだった。
そして、彼は私にボールを渡す素振りは全くなく、むしろ私からボールを隠すように、背中に回した。
「回りが気づいていなくても俺は気づいている」
 一体いつ……私がオフェンスからディフェンスに上がる時に一瞬ふらついた程度でそれ以外は全く——それなのか。あんなの本当に、本当に一瞬だったのに。
 呆然と立ち尽くす私を、彼は何も言わずじっと見つめる。
「俺が無理をさせた。鈴野さん——」
 そして、とうとう私の脚の限界を迎えた。
私の視界がぐらりと揺らぎ、ふっと全身の力が抜けると、彼に向かって前のめりに倒れていく。
「鈴野さん!?」
 ああ、この感じを私は一度体験したことがある。頭の裏から、意識を手放して行く感覚……ああ、わかった。私が引退を決意する原因となったあの事件の時と同じだ。
「鈴野さん!? 鈴野さん!?」
 必死に私を呼ぶ、悲痛な声が先ほどよりも遠い所で聞こえた。





「おー? 起きたー? おはよう、鈴野凛音さん」
 白衣を着た眼鏡の女性が、顔を覗き込んで来た。
「体育の時に倒れたんだって—? 大丈夫かーい?」
 話しかけられている間に、段々意識がはっきりしてくる。
 白い天井、白いカーテンで囲まれたベッドで——ここは保健室か。
 私は上体に力を入れ、起き上がる。
「起きたすぐに悪いけど、今から手当をするからそこにいてーこっちには無理に来なくていいからー」
 そう言って、白衣の先生はカーテンをめくり、姿を一度消した。
 懐かしい。日本の保健室なんて何年ぶりだろうか。アメリカの学校の保健室もこんな感じだけど、日本の保健室は独特の雰囲気があって好きだ。全てが白を基調としている部屋のデザイン——消毒薬の臭いに、白衣の先生、粛々としている。
にしても、随分間延びする言い方の先生だ。語尾が全て伸ばし棒という感じだ。こちらまで、喋るテンポが遅くなってしまう。
 湿布と、テーピングを持ってくると、布団から脚を出し、靴下を脱ぐ。
「私、五時間目の終わりから記憶がないんですけど……」
「んー? 今ね、もうすぐで六時間目が終わるところー体育の時間に倒れるまで動くなんて、どうしたのー?」
 普通は体育の時間に倒れるまでやるなんて、普通はそんなにムキになることはない。それ相応の理由があって……瞬間、倒れる前の最後の記憶が蘇った。
 そうだ、私は彼にもたれかかってしまったのだ。
「あ、あの! だ、誰がここに私を連れてきましたか!?」
「うーん? 男の子だよ。伊月くんっていう男の子。お姫様だっこでいきなり入ってきてベッド貸してくれって、物凄い形相でびっくりしちゃった」
 やはり前のめりに倒れた時に……あの時の記憶はどうやら正しかったようだ。というより、いくら倒れてきたからと言って、そのままお姫様だっこで連れてこなくても……。
「前に倒れてきたんだから、そのままだっこするしかないでしょう。それに、そんなこと考える余裕もなさそうだったし、連れて来てくれただけでも感謝しなさーい。女子の体育が自習で先生がいないから、ここまで運んでくれたのに」
「わかってますよ、先生。感謝しています」
 彼が私を、ここまで運んでくれたのか……重たくなかっただろうか、それにスポーツの後だし大分汗臭かったように思うのだが、大丈夫だっただろうか。
「はい終わり」
湿布を貼り、テーピングを済ませると、膝立ちから立ち上がった。
「まあ、今から六時間目受けるっていうのも乗り気じゃないだろうし、寝てていいわよ。チャイムが鳴ったら帰りなさいね」
 白衣の先生は、にこりと笑うと眼鏡のフレームを人差し指で直し、カーテンを開ける。その時、肩越しに後ろを振り返った。
「あなたの右脚に手術痕が見えたわ。あなた、自分自身の体がこうなるってわかって、無茶をしたのね? 別にこんなこと一々言わなくてもわかる年齢だろうけど、自分の体は大事にしなさいね」
 先ほどとは打って変わり、真剣な声色だった。

 目の前の白い天井にはシミ一つなく、どこまでも真っ白だった。保健室の窓は運動場に面しているらしく、体育の授業の声が男女入り混じって聞こえた。一人でベッドに寝ている時、保健室という場所は、私一人だけが、この学校という日常の中から逸脱し、いつも切り離されたような感覚に陥る。アメリカでも日本でも、この感覚はあまり変わらない。
どうしてこんなに古傷が疼くのか、それは私が無茶をした所為だ。
 どうして無茶をしたのか、それは——彼の挑発に乗ってしまった所為だ。
 ——まだ諦めてないから。
 数時間前の彼の言葉が不意に脳裏に蘇った。
 本当に諦めていないらしい。相当しつこいし、タフすぎる。話しかけないでと言った相手に、こんな風に挑発してくるなんて全く思っていなかった。端正な顔立ちをしているというのに、結構神経は図太いらしい。人はみかけによらないとはまさにこのことである。
 しかし、実際にその挑発に乗ってしまい保健室に担ぎ込まれてしまったのは、私の所為だ。私が自分の体の限界値を知っているのにも拘らず、セーブ出来ていなかった。
彼の所為では絶対にない。
——脚——無理してる。
 それに、彼のあんな表情を私は初めて見た。
 その時、保健室の扉が開く音がした。
「すいません、鈴野さんってまだいますよね」
 彼が来た。伊月俊の声だ。
「あら、いらっしゃい。でも、まだチャイム鳴ってないけど……どうしたの?」
「授業が早く終わったので、ホームルームの前にちょっと様子を見に来ようと思って。一回起きましたか?」
「さっき起きたばっかりよ」
「大丈夫そうでしたか?」
「うーん、それは彼女に直接聞いたほうがいいんじゃないの?」
 ちょっと先生、そんな急に言われたってこっちも心の準備が——。
「いえ、大丈夫です。先生から様子を聞ければそれでいいです。今、きっと鈴野さんは僕の顔を見たくないでしょうから」
 今にも消え入りそうな、弱弱しい声色だった。
 先生は何も答えない。
「それでは、失礼します。またホームルームが終わり次第来ます」
 そして、静かに扉を閉める音が聞こえると、ほっと胸を撫で下ろす自分がいるのに気がついた。
「彼、物凄く寂しそうな顔してたけど……何かしたの?」
 その時、カーテンの奥から先生の声が遠く聞こえた。
 今度は私が何も答えない。
「先生は事情詳しく知らないからとやかく言うつもりはないけど……でもありがとうは言いなさいよちゃんと」
 ありがとうって、つまり感謝? 私から彼にありがとうを言う——?
確かに私は彼に助けて貰い、私をここまで運び込み、いち早く私の脚がおかしいことに気づいた。きっと、私が倒れる前に止めに入ろうと思ったんだろう。そうじゃないと、あんなところに彼がいるはずがない。
「そういやあさあ」
 見えない先生の、独り言にしては大きすぎるその声。
「今思い出したけど、あの子、バスケットボール部の副キャプテン……だよね? たまに保健室で話すから思い出したよ。ということは……ホームルーム終わっても部活動があるから、長い間は喋れない」
 瞬間、目の前の白いカーテンが突然開かれ、黒い影が落とされた。
「本当に追い掛けなくていいの?」
 先生の言葉がぐさりと胸に突き刺さった。

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.50 )
日時: 2016/07/14 10:14
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

私をここまで運んでくれた彼。きっと少し小走りで、体育に来ていたオレンジのユニフォームを脱ぐのも忘れて。
 感謝していないわけじゃない。だけど、数分前の私はほっと胸を撫で下ろした、安堵したのだ。今、この状況で彼と面と向かって喋る事態にならなくて。だけど。
 そうじゃない、そうじゃないだろう。
「彼がここまで運んできてくれた時の顔——あなたに見せたらきっと……」
 私は最後まで白衣の先生の言葉を聞いてはいなかった。
 今ここで行かない人として後悔する気がする。
 体が軽い。一時間ぐっすり眠ったからだろうか、脚ももう痛くない。なんだ、そんな大したことじゃなかった。
だから、すぐに彼の背中を捕まえることが出来た。
「伊月俊!」
 彼は後ろを振り返ると、案の定驚いたように私を見つめていた。
「走ってきたの!? 脚はもう大丈夫!? っていうか、寝てなくて大丈夫!?」
 上がった息を整え、胸に手を当てる。そして、彼を真正面から見据える。
 心配そうな彼の顔。少し見上げないと目が合わない、百七十センチは超えているだろう。
「伊月俊!」
「どうしてフルネームなんだ……?」
 更に困惑した表情の彼。
「別にフルネームじゃなくてもいいよ」
「だって、私のことフルネームで言い当てた」
「それとこれとどう関係があるんだ? 俺はもうずっと前から鈴野さんのこと知ってたんだから当たり前だろ」
 その台詞も、もう何度も聞いている。いや、正確に言うとこれで二回目だ。しかし、私の頭の中でその言葉が何回も復唱され、未だに頭から離れていない。
「い、伊月俊!」
「もう、何でもいいよ、呼び名は。だけどフルネームはちょっと……いくらゴロがいいからってさすがに嫌だな」
 確かにいい年をした高校生同士がフルネームで呼ぶのは、いただけない。
「ゆっくりでいいから、焦らないで。息が上がるほど走ってきてくれたんだし、言いたいこと、あるんだろう?」
 そうだ。彼が私に何かを言う前に、私が彼に先に言わなくてはならないことが山ほどある。
「ありがとう! まずはお礼。私、伊月くんの体に倒れちゃったんだね。それはごめん。重たくなかった? それで、保健室まで運んでくれたんだね。ありがとう。それから、それから——」
「落ち着いて」
 私の肩に彼の手が優しく置かれる。
「大丈夫、俺はどこにも逃げたりしないし、ちゃんと聞いてるから」

この時、私はさっき保健室で寝ていた感覚と同じ感覚を味わっていた。
 私達二人だけが、切り離されたかのような静寂だった。
「私がいつ伊月くんの顔見たくないって言ったのよ……」
 え? という短い言葉が彼の口から発せられた。
「ちゃんと見てるじゃない! 今! あなたの顔を見てちゃんとお礼を言ってるし、本当に感謝もしてる! 勝手に見たくないだろうなんて決めつけないでよ! この脚は、私が勝手に調子に乗ってやっちゃっただけで、伊月くんは何も関係ない! 悪くない! なのに、私が怒ってるみたいな言い方されて……そのことについて怒るよ! 私、怒ってないから!」
「言ってることがめちゃくちゃだよ、鈴野……自己紹介の時はあれだけ流暢だったのに」
「うるさい! だから、伊月くんがあーだこーだ言わなくていい!」
 ここまで走ってきたのはもう数分も前だというのに、先ほどとあまり状況が変わっていない。
 一気に溜まっていた言葉を吐き出し、また息が上がっている。
 彼は鈴野と落ち着いた声色で私の名前を口にすると、
「……もう話しかけないで欲しいんじゃなかったのかよ」
 思わず、彼から目をそらしさっと俯く。そして、手の平にじんわりと汗が滲み、広がるような感覚を覚えた。
「そ、それと今回の感謝は別」
自分で言っていても、なんて言い草だと聞いて呆れた。彼がそういう風に私を責めるのも頷ける。私は一回、彼を酷い言葉で傷つけているのに。
しかし、彼は私の予想の遥か斜め上を行く答えを出した。
「そうか。俺、まだ嫌われてないんだな」
 お、怒らないの……? というか、何その極論!
「な、何言ってんの。き、嫌ってるし!」
「なんだ、嫌ってるのか、それは残念」 
怒られると思っていたのに、まさか「そうか、それは残念だ」と肩を落とされるとは思っていなかった。
「い、伊月くん……?」
「怒らないよ、鈴野。むしろ嬉しいんだ。話しかけないでって言ってても、お礼はちゃんとしなくちゃいけないってわかってたってことだろう? ここまで追い掛けてくれたもんな。でも、鈴野がそう言っても俺は謝らないといけないんだ」
 そう言うと、彼は腰を四十五度に曲げ最敬礼をする。デジャビュを感じる。この真摯な対応をされるのはこれで二度目だ。私に向けられた精一杯の謝罪。
「どうしても鈴野を振り向かせたかったんだ。だから挑発してしまった。本当にごめん。鈴野の体のこと、ほんの少しではあるけど、知っていたのに……」
 彼はゆっくりと顔を上げ、上体を起こし、また私に向き直った。
「……私の体のこと知ってるって、どれくらい知ってるの?」
「……右脚の靭帯を損傷、公式戦で選手からのラフプレー、将来有望の日本人選手、もう現役復帰は不可」
 やはり私の脚のことを知っていたからいち早く気づいたのか。
「俺は、鈴野の傍にずっといたわけじゃない。だから、あなたに何がわかるの、と言われればもう何も言えない……だけど、そんなこと一度も言わなかっただろう? 俺はそんなことをしても意味がないと思ったから……まずはお前から話しても良いんだって信頼して貰えることが重要だと思ったんだ」
気がつけば、私はスカートの裾を固く握りしめ拳を作っていた。ゆっくりと手の力を抜くと、スカートが手汗で少し濡れているようだった。
「もういいよ……もういい」
「何がもういいんだよ」
 彼の眉が不安そうにふにゃりと曲がった。
「もういい……あーだこーだ言わなくていいって言った」
「そんなの嫌だ。俺はお前に何度だって話しかけるし、何度だって呼びかける。俺はお前にもう一度、バスケットをしている姿が見たいんだ」
 その瞬間、終業のチャイムが鳴り響いた。
 まだ耳慣れないチャイムの音に、これだけ救われたのはきっとこれが最初で最後だろうと思った。
 彼は何も言わない。
「……ホームルーム始まるよ」
 彼は何かまだ言いたそうに口をぱくぱくさせている。
「早く帰らないと」
「鈴野」
「もういい加減わかって。早く帰って。私の前から消えて」
 一言一句、まるで刻みつけるように言うと、張りつめた空気が更に張りつめた気がした。
 ぎゅっと目を瞑り、俯いたまま彼が去るのをじっと待つ。すると、踵を返す音が聞こえ、次に彼の足音が遠ざかって行った。ゆっくりと目を開け、顔を上げる。もう彼の姿はなかった。
 私はどっと息を吐き出し、肩の力を抜く。
「もう、何なのよあいつ」
 私は彼が去って行った廊下を、ただじっと憎々しげに睨むことしか出来なかった。
「どうしてそんな簡単にぶつけられるのよ」
嬉しいとか、ありがとうとか、ごめんとか、まだ諦めてないとか。
嫌い。本当に嫌い。大嫌いだ。あんな風に、爽やかに背中を向けて、私の目を真っ直ぐ見て来る伊月俊が。あんなに真摯に気持ちをぶつけて来る彼が。
私の頭の隅に追いやっていた昔の記憶の箱から、溢れるように思い出され、慌てて蓋をする。
もう私はバスケットボールと向き合うことは出来ない。あんなに真摯に気持ちをぶつけられない。
どうして、どうして何とも思ってない私に向かってこんな簡単に。
何とも思ってない? 本当に? 本当に彼は私を何とも思っていないと思う? 本当に私は、彼がこうやって素直に感情をぶつけてくることを、何とも思わずやってると思う?
「思わないよ……わかってる、そんなことは!」
 私が一年前まで持っていたものを彼は全て持っている。私が、一年前に捨てたものを、捨てざるを得なかったものを、彼は今でも持ち続けている。そして、それを今、不器用な方法ではあるけど一生懸命私にぶつけている。
 彼が去る数秒前、私の耳元で囁いた言葉がそれを物語っているではないか。
「俺の気持ちは変わらないから、待ってる」
私は一年前のあの時から未だ立ち止まったままだ。

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.51 )
日時: 2016/07/14 10:16
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

「先生、質問があるんですけど」
 保健室に戻った瞬間、私は先生に唐突に質問を繰り出した。
「なんですか?」
「伊月俊、さっきのバスケットボール部の。話したことあるって言ってましたよね」
 先生は、机に広げてある資料から顔を上げ、眼鏡のフレームで角度を直す。
「そうね、あるわ」
「彼のポジション、覚えてますか? アルファベット二つなんですけど、それらしいことを話した覚えはありますか?」
「ポジション!? バスケットはわかんないからなあ、そうだなあ、確かPGって言ってたような、男の子と会話をしていた単語がそれだったような……でも一体どうして急に?」

 彼がPGであるということは、薄々わかっていた。
 最初に彼のシュート精度を見た時から、SGが最初に消去法で消される。彼の身長は百七十センチくらいだ。そんなに筋力を強化しているというわけでもないし、Cではない。残るのは、PGとSFとPF。アメリカでは、これ以外にも様々なポジションの人間に出会うが、高校バスケとだとこの三つだろう。
 よく考えればわかることだったのだ。
 昨日、彼は後ろでこっそり見ていた私の存在にすぐ気がつき、今日私を挑発しようと、わざと私の視界に自分が映り込むようにあの時スリーを打った。私の位置を把握していないと出来る芸当ではない。
 それに、日本でのプレイ経験が全くない私を、中学生の時から知っていた……初めて私が月バスに特集されたのは確か——「世界に羽ばたくPG選手」。
 PG——懐かしい単語だ。私がずっと背負い続けてきた二つ名を、また聞くことになるなんて。
 彼も私と同じポジション、ポイントガード。またの名をコート上の監督、司令塔。





「じゃあ、以上。委員長、号令」
 初老の担任教師が委員長に号令を促すと、まだ言ってもいないのに生徒がガタガタと席を立ち始めた。ワンテンポ遅れて号令がかかり、今日一日の学校の授業はこれで全て終了した。
 掃除のため各自机を下げ、それぞれ教室から出ていく。これから部活動に勤しむ者、これから友達と遊びに行く者、これから家に真っ直ぐ帰る者——。
「伊月くん、凛音の容体どう?」
 二人の女子生徒が俺の目の前に突如現れた。確か皆町と江北だ。二人とも、心配そうに俺の次の言葉を今か今かと待っている。
「え? ああ……容体ってそんな大袈裟なほどじゃないよ。大丈夫、普通に歩けるし、なんなら走れる」
 そう言うと、二人は安堵するどころか更に不安げな表情になり顔を見合わせた。
「凛音ちゃん、走ったの?」
 江北が的確に突っ込みをいれる。しまった、これは墓穴を掘ったか。
「走ったというより……走らせてしまった?」
「それどういうこと!? 伊月くん!」
 皆町の額に青筋が浮かび、ずいっと俺に詰め寄る。
「い、いやいやいや、冗談だよ。まあ元気だったってこと。後で行ってあげてよ——」
 そう言った瞬間、後ろの扉から当の本人が帰って来た。
「凛音!」「凛音ちゃん!」
 二人とも、俺から鈴野にあっさり切り替わり、さっさと離れる。二人の勢いのある質問攻めに対応している鈴野。女子って、どうしてこう心配性なんだ、とため息を吐くが、少し、女子のああいうところは羨ましいとも思ってしまう。躊躇なく心配だと思った時には心配だ、大丈夫? と言えるところが。
 まあ、何もないから本当によかった。
 俺は盛り上がっている三人の横をすっと通り過ぎ、体育館に向かった。

 最近の練習メニューは、パス回しや新しい連携に力を注ぐためミニゲームを多く取り入れている。もちろん基礎体力作りは完璧にやる上で、だ。まあ、黒子と火神は別メニューだが、あいつらは大丈夫だろう。黒子も火神も、もう迷いや悩みはないようだ。あれは自分の答えがしっかり出ている時の目だ。誠凛の光と影、復活も間近だ。
 俺が協力を仰ぐため彼女にアタックをするタイムリミットは残り二カ月しかない。いや、二カ月では間に合わないから、あと一カ月というところか。
——あなたの顔を見てちゃんとお礼を言ってるし、本当に感謝もしてる!
——そ、それと今回の感謝は別。
俺の耳に届いた彼女のあの言葉は、彼女の口からようやく引き出せた嘘偽りない本当の言葉だ。これだけは断言出来る。しかし、その後がいけなかった。
「いっそあなたに何がわかるのって、ぶつけてくれたらよかったのに」
そういう気持ちをもうぶつけるのにも疲れたのか、はたまたそういうことはしないと決めているのかどちらかわからないが、きっと前者だろう。これ以上、俺と喋るのはもう無理だ、そう言われているような気がした。
「何しているの? 伊月くん」
 体育館、横の部室に入ろうとドアを開けると、カントクと鉢合わせになった。
「もしかして何か進展あったの? 凛音のこと」
 恐る恐ると言った感じで喋りかけるカントク。
怪我をさせそうになった、と言うと、カントクは激怒しそうだからあえてそれは伏せておく。
「俺は——」
さっき鈴野と話したことをカントクに伝えようと必死に頭の中で言葉を探す。どれだけ宮中に視線をやっても、続きの言葉は見つからなくて俺は諦めて俯いた。
カントクも、下を俯いてその先を聞くようなことはしなかった。
「その表情だと、そっちも……」
「……そっちも、って?」
「私、今日、凛音と話したのよ」
 不安そうにカントクの眉根が寄せられると、俺の背中に冷たい汗がつうと流れた。
「凛音は、もうバスケットボールを見るのも触るのも嫌いって。伊月くんが、どんなことしたのかは知らないけど一応言っておこうと思って」
見るのも触るのも嫌い……? 全盛期の彼女を知っている俺にとって、彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて信じられなかった。
「本当にそう言ったのか?」
カントクは、悲しげに首肯する。
「それっていつの話?」
「え、今日の一時間目が終わった後、すぐだけど」
 カントクは、はあと深いため息を吐いた後、どうするの伊月くん? という目で訴える。
 一時間目、ということは五時間目の前だから凛音が体育をする前ということだ。その瞬間、俺に「消えて」と言った鈴野のあの姿が頭の中で忽然と消えさり、数十分前の、体育館でチームメイトにパスを貰ってスリーを打った鈴野の姿が思い出された。ということは、カントクと喋り、あの言葉を言った後に俺の挑発に乗ったことになる。
 見たくも触りたくもない。そんなことを言った後に、あんなにも俺に執着するだろうか、あんなプレイが出来るだろうか。また、俺の希望的観測に過ぎないのだろうか、そう思いたいだけなのだろうか。
息を切らしてボールを追いかけ、スリーを何本も打って、インサイドに何回も切り込んで、周りを動かして、チームメイトをハイタッチをして……確かにあの時の彼女は「バスケットボール」をしていた。まるでテレビの中から飛び出してきたかのような衝撃だった。彼女は、体育の授業のたった数十分のミニゲームだったけれど、全盛期ほどのキレを再現し、あんなに勝ちたがっていたではないか。
それに——そうだ、俺は大切なことを忘れていた。
彼女が倒れるほんの少し前、まだ彼女の瞳は死んでいなかった。
 もし、五時間目よりも後の話なのであれば、心して詳細を聞かなければならないが、前なのであれば——まだわからない。
 鈴野、お前の本心はどこにあるんだ。
「カントク——後で全部教えるから待ってて」
 カントクは何が何だか分からないとでも言うように、呆けている。
「嘘!? ねえ、伊月くんどういうこと?」
「絶望するのはまだ早いかもしれない」
 カントクの訝しげな視線を一身に受け、背中越しにそう言い放つと、俺は部室へと急いだ。

Re: 【夢小説 伊月俊】黒子のバスケ 誠凛高校バスケ部。 ( No.52 )
日時: 2016/07/14 10:17
名前: すず (ID: lgK0/KeO)

朝から雨が降ったのは、日本に来てから何回目だろうか。
夏の終わりの雨は、気温が高く湿気も多いから、さらさらとした冷たい雨ではなく、全身にまとわりつくような気持ち悪い雨だ。
クラスメイトの傘や合羽などで教室の床に、いつもは見られない斑点が出来始めた。さっきまで遠慮がちにぽつぽつと降っていたのに、たった数十分で激しさを増し、まるで教室全体がパレットのようにざわめきと雨音が混じっていく。
どうやら私が学校に着いたころ合いから雨脚は強くなっていき、来る生徒、来る生徒ほとんどがずぶぬれだった。今日も彼に会わないように、と思って早めに家を出たのが功を奏したようだ。
「凛音、全然濡れてないじゃん」
濡れた肩やら頭やらを拭きながら、由希が私が座っている席の目の前までやってきた。
「由希は濡れすぎ。また雨の中、自転車こいだの?」
「合羽着るの面倒くさくて。だってすぐ近くだし」
「濡れた時のタオルはちゃんと持ってくるのに、濡れないようにする合羽は持ってこないのね……」
「いいじゃん、いいじゃん。細かいこと言わない。っていうか、まだ来てないの? 真理紗」
 由希は顎で私の一つ前の席を指す。
 確かに、そこに真理紗の姿はいなかった。
 時刻は八時二十分。もうそろそろホームルームの時間だ。
「なんか連絡入ってる?」
 私は携帯を取り出しながら由希に聞く。
「ううん、入ってきてない。っていうか……右隣の伊月くんもいないじゃん」
右隣の席の彼はきっと朝練習があるからだろう。今朝も体育館の方から、ドリブルの声と掛け声が聞こえた。しかし、真理紗がいないのではなぜだろう。今日は——水泳部の朝練習の日ではないはずなのに。まあ、どうせ雨だからプールは使えないだろうけど。
「右隣の人はいいよ、別に……それより真理紗がいないのどうしたんだろうね」
「この雨だからね、遅刻なんじゃないの? 普通に」
 その時、担任教師が教室に入り、「席につけー」と生徒たちを促し始めた。
 それじゃまたね、うんまたと適当に会話を交わした後、クラスメイト全員がそれぞれ着席していく。

この時間になっても私の右隣と前は空席のままで、後ろの席から急に見通しがよくなり心細くなった。
私の方にも由希の方にも何も連絡はなかったので、ただの遅刻かと思いなおし、自分の席で待っていると、教室の話し声に紛れて廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。たぶん、真理紗だ。声をかけようと扉の方に顔を向けたまま待っていると、入ってきたのは、真理紗ではなく、彼だった。息が上がり、額に少し汗が浮き出ている彼と目が合ってしまった。
「お、おはよう鈴野」
 彼は少し驚いたように挨拶をする。私も急いで返事を返すが、
「お、おはよう」
 一瞬目を合わせただけですぐに逸らしてしまった。
彼はなだれ込むように自分の席に座ると、白いシャツの襟元をぱたぱたと風を送り込む。
練習が長引いて、急いで走ってきたらしいことはわかるのだが、彼がこんな風にやってきたのは初めてだった。彼はいつも、チャイムの五分前には着席をしているし、慌ただしく教室に飛び込んでくることはなかった。
 いや、それよりももっと気にしなければならないことがある。
さっき、私は彼と目が合ってしまった。
重大なことだ。これでは扉から出てくるのを今か今かと待ち続けていたように見えるではないか。当たり前だがそんなことをしていたつもりは毛頭ない。ただ、いつも五分前にはいるのに、今日はいないからどうしたのかとふと見た時に丁度タイミングが重なってしまっただけで——。
「鈴野」
それに、今日は前の席にいる真理紗もいない。だから、前も横もいないのかと思って、少し心細かっただけで——。
「鈴野!」
 私の目の前に手の平がふっと飛び出し、自分の世界からはっと目覚める。
「呼んでも返事がないな、何かあったの?」
 丁度、あなたのことを考えていたのよ! と、言えるはずもなく、
「考えごと」
 と、お茶を濁した。
「なんだ、言いたくないんだったらいいけど。それよりさ、シーブリーズとか持ってる? 貸してくれよ。部室でやったんだけど、また走ってきたから汗かいたんだ」
 伊月俊がシーブリーズを貸してくれ? 私に?
 彼は、ん? と首を少し傾け「俺の顔に何かついてる?」ととぼけるつもりらしい。
 彼の予想外の行動に、何か企んでいるのではないだろうか、と勘繰ってしまう。もう既に何度も「策士、伊月俊」にやられているため、より一層警戒しなければならない。
私は持ってないと言って嘘をつこうか迷ったが、どうやら私の鞄は半分開いていて、シーブリーズが見えてしまっている。結局、その数秒間の間、相手を説得できるような断る理由を思いつくことが出来なかった。
「いいよ」
 出来るだけ平静を装って、鞄からシーブリーズを取り出す。普通に考えて、隣の男子に清涼剤を貸してと言われたから貸す、それだけのことだ。何も勘繰る必要はない。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 彼は蓋を開け、数滴、右の掌に垂らすと、首回りに塗りたくっていく。左手の一指し指でボトルの蓋を閉めると、無事私の元に帰ってきた。
「ちゃんと俺と喋ってくれるんだな、やっぱり」
 一瞬、頭の中に疑問符が湧いたが、すぐにその意味がわかった。
——話しかけないで欲しいんじゃなかったのかよ。
「昨日も喋ったんだから、もういいでしょう。蒸し返さないで」
「前に言ったこと、覚えてる?」
 眉間に皺を寄せ、思わず「え?」と聞き返す。
話が飛躍していて、繋がりが見えない。それに、いっぱいありすぎてどれのことを言っているのかわからない。
「どれのこと言ってるの? って思っただろ。だから、あれだよ、あれ。『俺の気持ちは変わらないから』って耳元で言ったやつ」
 別に「耳元」を強調しなくてもいいでしょ、と心の中でツッコミを入れる。
「本当に変わらないよ」
 またデジャビュを感じる。あの時と全く同じ、力強い口調だった。私はこの彼の言葉でどれだけ、心をかき乱されているのだろうか。
「鈴野、こっち見ろよ」
ああ、もうやめやめ。そういうの聞き飽きたし。大体、私も彼の言葉に素直に耳を傾けているからこうなるんだ。だから、もうしなくていい。というかしたくない。
 始業のチャイムが鳴るまであと三分。真理紗はまだ来ていない。どうやら本格的に遅刻のようだ。事故や怪我等の類いでなければいいのだが。
その時、白いシャツが突然私の視界を遮った。アイロンされて皺ひとつない、真っ白なシャツが突如、目の前に現れ私はゆっくりと顔を上げる。
隣にいたはずの彼の顔が目の前にあった。
「やっとこっちを見た」
そして、座っている私の目線と同じになるように屈んだ。
「鈴野、これから本気で攻めるから」
真剣な眼差し、真っ黒い瞳が私を捉えて離さない。
この瞬間、息を呑むのも忘れていたような気がする。
「委員長、号令」
 委員長が声をかけみんなが一斉に席を立つと、彼はふっと私に笑いかけ、着席と同時に何食わぬ顔で席に戻っていた。その間、クラスの全員が起立し、礼をしていたのに、まるで何もせずただただ座っていた。彼から視線を逸らすことが出来ず、気づいた時には担任教師が今日の連絡事項を喋っていた。
私の上体が自然と倒れうつ伏せになる。この時ほど、一番後ろの席だったことを感謝したことはなかった。
 まただ。この揺るぎない眼差し。力強い口調。息を呑んでしまった。
 テクニックも駆け引きもへったくれもない、この真っ向勝負。攻めあるのみ、と言わんばかりの彼の言葉。
 ——やっとこっち見た。
 ——本気で。
 その後、目がすうと細くなり唇がふっと緩んで……なんだあの頬笑みは。最後の最後に、あんな余裕な笑みを見せて。少し私が息を呑むのを忘れたくらいで、釘付けになったくらいで、出し抜いたとでも思っているのか。
 ……無理だ。もう反応せず彼の攻撃を耐えることは出来ない。
またこんなに真っ直ぐ気持ちを伝えて来る彼が嫌だ。そんな真っ白な気持ちを私にぶつけるな。もう、耐えられないから。
私は戸惑いと、恥ずかしさと、いきなりのことですぐに彼に言い返すことが出来ず、言葉にならない叫び声を上げた。


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