複雑・ファジー小説
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- 吉原異聞伝綺談 *参照1000突破感謝!
- 日時: 2011/09/19 17:28
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: .WzLgvZO)
- 参照: http://nishiwestgo.web.fc2.com/index.html/
はじめましてorおはこんばんちは。
朔(モト)と申します。シリダクの方でも【Veronica】ってのを書かせて頂いている者でございます。
完結してから書くのが一番良いと思うのですが、なんせ終わるまでの道のりを考えてみたら一年以上かかるんじゃね!!?と思ったので、構想が消えうせる前に書こう!ということで、書きます(断定)
多分此方の方が早く終わるんじゃないのかなあ(
刀語(知ってる人いますかね)みたいな感じで、全十二話!なものです。今 の と こ ろ は(←ここ重要だよ。テストに出ます)
さてさて、まずは注意事項から。
※1 / 荒らしとか誹謗中傷はダメデスヨ。止めてください。
※2 / 掛け持ちの為、更新が亀よりも遅いです。ゴキブリ並の更新速度は無理です(ゴキブリって速いんだよ!)
※3 / 誤字脱字・文章オカシイ。Not 神文。アド・ツッコミ大歓迎。どぉーんとこーい!!(Ue田教授)
※4 / 宣伝は良いですけど、見に行くのが遅いです。
※5 / 最初はシリダクに書く予定だった半端者です。色々注意してくださいな。
※6 / 完結まで突っ走っていけるか不安です。途中で止めたりするのは覚悟の上でお願いします。
と、まあこんな所かな。
題名が漢字ばっかりで訳わかんねーよ!と言う方が殆どだと思うので、補足。(参照・広辞苑)
【吉原】江戸の遊郭。地名。
【異聞】常と変った風聞、珍しい話。
【伝】伝える事。言い伝え、語り伝える物語。
【綺談】面白く仕組まれた話。
っちゅー事です。あ、でもそんなに期待しないでね。本当期待して損な事って多いから!(何
じゃあ、取り敢えず・・・・・・始めようか。
※掲示板の(十二歳以上)に甘えます。表現に注意。
読むときに注意すべき点↓
ο主役級の奴が恐ろしいほど変態。キャラクターがサディスト(根はまともだと信じたい)
ο戦闘シーンの迫力があんまりないと思うけど多分グロイと思われる。
οエロ・グロ・ナンセンス。
○人物録 >>4
○話
序 - >>1
一月目、卯月 - >>100【了】
二月目、皐月 - >>101【了】
三月目、水無月 - >>103【了】
四月目、文月 - >>100
五月目、葉月 -
六月目、長月 -
七月目、神無月 -
八月目、霜月 -
九月目、師走 -
十月目、睦月 -
十一月目、如月 -
十二月目、弥生 -
呟き>>18
初期設定あったから晒してみる>>79
漸く折り返し地点到達の予感。
アンケとか取ろうかなあと思ってたり。
- Re: 吉原異聞伝綺談 *更新完了 ( No.94 )
- 日時: 2011/08/08 13:23
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 糸色 イ本 糸色 命
>>93
恐らく次で皐月は終わりの筈です(苦笑
段々と人が増えてきて作者が混乱してます(おいw
土方さんや齋藤さんはハンサメンズ!だと思ってるんですけどねーw皆多分局長大好きっ子です(笑)何よりも局長を優先してそうで←
局長は本当訳のわからない人間ですからねー。その辺はおいおい分かるかもしれませんので楽しみにしていてください^^←
続紅ちゃんは多分一番からかわれるんじゃないかとw
副長さんとは良いコンビな気がしてやまない今日この頃です^ω^
他の隊士さんとかもバンッバン出せれば良いのだけど(遠い眼
ちなみに、殲浄計画とか[RIN-YOU]とか[KAN-OH]は全部チャンパー(チャム人の国。ベトナム東南部で建国)から来てます(苦笑
琳邑[RIN-YOU]→林邑(中国が二世紀以降に記したチャンパーの名前)
環皇[KAN-OH]→環王(中国が八世紀半ばから記したチャンパーの名前)
殲浄→占城(中国が九世紀半ばから記したチャンパーの名前)
ついでにチェン君はジャッキー・チェンと中国周代の諸侯国の一つ「陳」が由来。どっちも世界史で習ってた所がえらーく影響してるんですよねーw
- Re: 吉原異聞伝綺談 *更新完了 ( No.95 )
- 日時: 2011/08/08 18:19
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 糸色 イ本 糸色 命
□
——————闇に沈む。
見慣れた背中に違和感を感じた。
『やっぱり陳は駄目ね』
血のように紅く染められた妖艶な中華服を纏っている支那人が呟く。寄り添う西洋人の男は彼女の肩を支えた。
『ああ、やはり駄目だ』
うっすらとした金の顎髯を撫でながら、彼は視線を落とす。女の支那人も、紅い唇から皮肉を漏らした。
『折角、御父様から名を戴いたというのに……。やはり、シェンの方が良い子だわ』
世界が揺らぐ。
——————何だよ!!俺はあんたらの子だぞ!!
なのにどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。おれがおとうとよりもおとるとやゆしているのかおまえらは!!
————。
陳と言う名は母方の祖父から貰った名前だった。
母・李煌蓮(り こうれん)は支那の中でも有名な科学者である父を持つ。彼女が恋慕したのは、偶然キリスト教布教に訪れた宣教師だった。そのまま二人は結ばれ、間に子を設ける。————それがチェンだ。
しかし、チェンは父母の期待に応えられるような素質を持っていなかった。故に父母は絶望し、軈てもう一人を設ける。次男坊は天才肌で、恐ろしいくらいの環境適応能力を生まれつき備えていた。言わずともがな、両親がチェンを捨てて次男坊を溺愛した。一人残されたチェンは母方の祖父母に引き渡され、そこで成長する。
今回の琳邑奪還は彼が名乗り出てもいた。
上手くすれば、父母が認めてくれるという淡い希望を抱いて。
——————でも、それでも多分両親は俺を認めてくれなかったんだろうな。
視界が拓ける。
□
「イツまで寝てンだよチェリーボーイ」
意識を失っているチェンの腹部を嗣はがさつに蹴り上げる。ハーフの少年が飛ぶ。途中意識を戻して悶絶しはじめた。苦しい顔をしながら怒りの形相を嗣に向ける。
「いってぇ!!何すんだこのエロ野郎!!」
怒鳴り散らしてから気付いた。嗣の他に、誰も居ない。久坂という人間を始めた誰も居ないのだ。
「アイツ等なら帰ったぜ?」嗣はまたいつもの調子で笑う。「宣戦布告が一名ってな」
「りん————は」
「まだ。どっか行ったのか?」
嗣の質問に咳をしながらチェンは頷き、小さく「一人で」と呟いた。しっかり聞き止めた嗣は足を踏み出す。チェンも起き上がり、続いた。
久しぶりの夢を見た。
……しかも悪夢だった。
それで殱浄計画のチームを思い出した。
対妖魔用兵器開発チームの結束を強くするために、中心に居た李家は血族の者を開発チームの者と結婚させるという手段を取っていた。李家現当主の長女がチェンの母煌蓮で、妹の次女煌琳は開発チームで[RIN-YOU]誕生後に積極的に彼女の世話をしていた岩倉峰一という男に嫁いでいた。残念ながら煌琳は琳邑が産まれる前に死んだと聞く。—————今思い出してみると、母に見せて貰った生前の煌琳の写真は琳邑によく似ていた。峰一たちは今は亡き煌琳の面影を琳邑に求めたのだろうか。
————岩倉峰一は一体、どう感じたのだろうか。
取分琳邑を可愛がり、庇ったのもなんとなく分かる気がする。
そして、新撰組の沖田総爾郎の言葉。
『[RIN-YOU]だけ貰って、あとは殲滅だ』
幕府は間違いなく彼女を兵器として扱う。感情の芽生えてきた彼女から、きっと感情を奪うのだろう。だから、だからこそ。
「俺、幕府と戦うよ」
「————は?」
チェンの呟きに嗣は振り向いた。目が点になっている。
「琳邑は、兵器として使わせない」
意志の焔が燈った真摯な翠眼が少年の顔で光を放っていた。紛れもない、揺るぎの無い意志がそこに在る。嗣は笑いを溢した。——随分なものだ。
「良いんじゃあねぇの?」
両手を後頭部で組み、口笛を吹きながら彼は歩む。チェンは焦って付け足した。
「あ、あと!!勿論倒幕派と…も敵だ、だからな!」
「へぃへい」
「マジだぞ!!」
十七歳の少年が白髪の男に指を差しながら怒鳴り散らす。嗣はそれを軽く流しながら歩む。
「なら、俺も加わろっかね」
□
「いないよ」
鄙子を引きながら琳邑は表情を翳らせた。鄙子は唸る。——泣く様子は全く無かった。
「どこかなあ」
鄙子もキョロキョロと見回す。両親らしき人もいないみたいで、項垂れる。流石に諦めが現れ始めていた。一旦戻って、嗣たちの協力を得ようと思ったときだ。
「—————あ!」
急に鄙子が声を上げる。そして琳邑が訊ねるより早く、彼女は雑踏を慣れた足ですり抜けてゆく。琳邑も追う。
「待って」
髷をした侍、妖艶な花魁、土埃にまみれた農夫、商人、子供————それらを掻き分け、追い付かんとする。鄙子の姿が見えない。不安が過る。まだまだと掻く。徐々に人が減ってきた。視界が拓けてくる。でも鄙子は見えないまだ。
「あ……」
完全に人が居なくなった空間で、漸く鄙子の小さな後ろ姿を見つけた。彼女は両親だろうか——亜麻色の髪の青年と話している。
「ああ」
気付いた青年が柔和な顔を琳邑に向けた。少し間をとった後に鄙子も振り向く。親とするには若い顔立ちだった。麻のような色の地味な着物で、鄙子を抱き上げ琳邑に近付く。
「すみません、うちの鄙子が」
「いえ……」
少女は首を振る。青年はにこりと笑った。
「そうちゃんは、ひなのお兄ちゃんだよ」
「ふぇ?」
親かと聞こうとしていた琳邑は突然言われて驚きの声を上げた。青年は鄙子の背中をポンポン叩きながら琳邑に名乗る。
「ええ、歳が随分離れていますが……。総爾郎と申します」
随分と礼儀正しい青年だ。彼は深々とお辞儀をした。琳邑も吊られて頭を下げる。頭がもとの高さに戻った時には、彼らは少し歩み始めていた。
「有り難う御座いました」
総爾郎は丁寧にまた頭を下げる。戻してから、今度は鄙子が手を振りながら笑う。
「また会おうね、りんちゃん!!」
「————うん!」
琳邑も元気に返した。——嬉しかった。不思議と嬉しかった。理由は分からないが、兎に角嬉しかった。自然と笑いが込み上げてくる。
二人の背中が視界から消えていくまでずっと、その場で止まって見続けていた。
姿が消えると、今度は背中から不思議な気。彼らに違いない。
「琳邑」
低い声がして、振り向いた。白髪にサングラスと、一風変わった男に緑を基調とした中華服を纏った金髪の少年。高杉嗣とチェン・フェルビーストだ。
「嗣……さ」
「帰るぞ〜」小さな琳邑の頭に嗣の大きな手が被さる。「あと、呼び捨てにしろや。暫く一緒だから、な」
「うん」
ぶっきらぼうな優しさが嬉しい。嬉しさに頬を紅潮させた。それを疎ましそうにチェンが見ている。
「ずるい」チェンから重い恨みが漏れた。「ずるいずるいずるいずるいずるい!エロ魔神のクセに!」
「なんだ、嫉妬か〜?」
琳邑を背中に背負い上げた嗣が卑しく笑う。チェンは人指し指を向けた。
「るせ!! お前みたいな変態に琳邑なんて任せられないからな!ふざけるなよ!!」
子供らしい嫉妬丸出しだった。
その様子が可笑しい。嗣の肩から顔を覗かせて、
「大丈夫です。チェンも好きだから」
と琳邑は笑う。聞いたチェンの顔が一気に赤く染まり、気絶。その場に倒れる。
「あー…………」
ズシン、と音を立てて倒れたチェンにしゃがみこみ、嗣はつつく。彼は完全に気を失っていた。
「…………?」
「こりゃあ、先が思いやられるな」
鼻で笑い、琳邑を下ろす。そしてチェンの腕を持ち、ズルズルと引きずり始めた。もう片方に琳邑。左右に同年代の子供を連れて、嗣は歩む。
琳邑は安堵していた。彼らなら信用に価する、と。
□
雑踏から外れ、静まり返った薄暗い細道。痩身の青年が、彼の下半身までくらいしかない身長の幼子に手を引かれて歩いている。草鞋が地面を擦る音くらいしかしていなかった。幼い顔の少女が口を開く。
「そうちゃん、そうちゃん。ひな、会えなかったらどうしようかとおもってたよ?」
「もう良いでしょう、局長。そうちゃんから戻してくださいね。
————そして流石の名演技でした」
男、沖田総爾郎は少女に対して言う。少女は幼い顔に付いた小さな唇を両側に吊りあげた。ニッと笑う。
「うん、助演女優賞ぐらいは貰いたいね」
先程までの幼い喋り方から一転、急にぐんと大人びた口調になる。先程まで丸かった目付きも鋭くなっていた。琥珀の眼光が放たれる。
「恐らく、僕くらいの立場にいる人間じゃないと貴女が新撰組局長近藤鄙子なんて気付きませんね。——流石すぎますから」
肩に付くくらいのまとまった亜麻色の髪を揺らしながら、沖田も銀灰色の眼をぎらつかせる。鄙子は無邪気な笑みを浮かべ直した。
「久しぶりに浅葱色の羽織を脱いだ気分だったし。——ひじーの選んでくれたこれ、結構気に入ってるんだよ?」
そう言って来ている桃色の羽織の両そでを持ち、広げて沖田に見せる。鏤められた桜の柄が可愛らしさを出していた。サイズも雰囲気も、彼女にぴったりだ。
鄙子がぴょんと跳ねる。沖田は後を静かについていく。軈(やが)て、二人は目的の場所へ到着した。巨大な武家屋敷——新撰組の屯所へと。
「やっぱり、[RIN-YOU]には感情が芽生えつつあったね」
厳かに建っている屯所を眺めながら、鄙子は言った。沖田は彼女に浅葱色の羽織を渡す。——背中に背負っていた風呂敷から出したものだ。それを羽織りながらの鄙子は続けて言う。
「理の力ごと、[KAN-OH]に取られたものかと思ったけれど」
「そんなことなかったわけですね」
「そうだねえ」
身長に合わない羽織を着、背中をピシっと整える。皺は取れない。下は引きずっている状態だ。
「サイズの検討をしましょうか」
心配そうに訊ねた沖田を鄙子は手を出して、「いい、結構」と断る。沖田は直ぐに下がる。
「おっきー」
屯所の入り口に立った近藤が寄り添っていた沖田を見直し、名を呼ぶ。同時に彼女の後ろに多くの浅葱色の羽織を羽織った者達——新撰組の隊士が並んだ。壮大な景色が完成する。
「なんでしょう、局長?」
その場に跪く。鄙子の右隣りには副長の土方空華が立っていた。左隣には参謀の伊東続紅と伊藤槝緒。直ぐ後ろには各隊の組長が整列。更に隊士が組ごとに別れて並ぶ。誰も微動だにしていない。ただ、沖田の並ぶべき場所——一番隊組長の場だけが空いていた。
近藤鄙子の琥珀鈺が妖艶な光を宿す。黄昏に照らされ、更に怪しさを増した。浅葱色の羽織が光に染まり色を変え、白抜きされた所が美しく染められる。そして新撰組局長が一声。
「新撰組を、始動する」
【皐月 了。】
- Re: 吉原異聞伝綺談 *[皐月]終了、水無月開始 ( No.96 )
- 日時: 2011/08/09 17:58
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 糸色 イ本 糸色 命
【三月目、水無月】
————水無月の地さへ割けて照る日にも。
「と、いう歌が万葉集にあるのですよ、局長」
枯草色の長髪を右で纏めて胸元まで垂らした、細目の女が布団から起き上がり、語り掛ける。
「あれ、今日は珍しく起きてるねえやなぎちゃん」
「はい」穏やかな笑みを返し、女は繋げる。「新撰組六番隊組長井上八柳、本日は起きておりますよ」
丁寧に深々と頭を下げた八柳に吊られて新撰組局長近藤鄙子もお辞儀する。上げてからいつもより八柳の顔色が良いのを確認し、鄙子は障子に大穴を空けて声を飛ばした。
「ひじー!!組長会やるよーう」
「だぁあから、局長ォオ!どうして毎回穴空けるんですかァアアァアァアァァァ!!」
廊下を全速力で走り、更に怒鳴り散らしながら新撰組副長の土方空華がやって来る。鄙子は右手を挙げてあどけない顔をしている。
「よっす!」
「よっすじゃないっすよ、局長」
鋭く言い放ち、土方は一息深く吐いてから部屋に入った。中に居る八柳と目が合う。互いに会釈。妙にぎこちないやり取りに八柳が思わず笑いを漏らした。
「土方さん、ぎこちなさがなんだかうちの妹みたいよ」
土方は苦笑いを浮かべる。相変わらず天然で、常に風船のように揺られて浮いている井上八柳は掴み所がない。病気がちながらも強さを秘める彼女は新撰組内でも少ない穏健派に入る人間である。
土方は部屋を確認する。多くの人間が入るには狭い。なので彼はしゃがみ、八柳と目線を合わせ
「井上。移動できるか?」
と訊ねた。八柳は柔和な顔で頷く。——それでも病人、彼は優しく手を取ってやった。立たせてやり、毛布を持つ。
「すぐ前の大広間行くか」
鄙子もきちんと掴んでくれたようで、八柳を支えた。
二十歩数えぬうちに、直ぐ到着。前の戸を開けて中に入った。剃髪の男や小柄な少女、髪を金髪に染めた派手な男と様々な人が集まっていた。各々土方と鄙子が入って来たのを確認すると黙り、静寂を創る。ピリピリとした緊張感が溢れた。破るように鄙子が声を出す。
「じゃーあ、出欠席確認!」
新撰組の組長等、重役が集まって会議をする際には必ず出欠席を確認する。鄙子が名を呼び、返事をするという如何にも簡単な行為であるが、何故か重要視しているのだ。鄙子が長い巻物を開く。
「一番隊組長おっきー!」
一瞬ざわつく。————鄙子が勝手に付けている渾名だ。おっきーこと沖田総爾郎が挙手しようとした時より少し前に土方が訂正。
「一番隊組長沖田総爾郎」
「はい」
機械的で実に退屈なものだと鄙子は頬を膨らませてぶうたれる。副長は思わず声を張り上げた。
「ちゃんとしてくださいよ局長!!」
鄙子は相変わらず不貞腐れている。
「ヤだよ」軽く舌打ち。「詰まんない」
「詰まんないて……」
土方空華は項垂れた。構わず鄙子は次の名を呼ぶ。
「二番隊組長がんまる」
「二番隊組長永倉雷丸」
呆れ顔で土方、訂正。鄙子は無視する。
「ヘィ」
返事をした永倉雷丸は金髪の男だ。前髪を上げ、頭をはねさせ、多くの金属の装飾品できらびやかに着飾っている派手な組長は気だるそうに挙手。
「相変わらずのチャラ男だね!チェケラっ」
鄙子は人差し指と親指だけを立てた両手を回転させて永倉を指す。彼は欠伸をしてから
「そうすな」
と倦怠な感じで言って居眠りにつく。誰も注意しないのはこれが常だからだ。次に進む。
「三番隊組長はじめちゃん」
「三番隊組長齋藤一」
「…………はい」
返事をしたのは左頬に傷のある長身痩躯の憂いを帯びた男だ。青白い顔が残りの命の短さを語っている。
「齋藤サンは相変わらずの罪オーラだね♪」
子供のように総爾郎は笑うが齋藤は一切無視する。
「四番隊組長ういー」
「四番隊組長松原初」
「はい」
きちんとした身形の、潤み色の短髪の男が挙手。
「五番隊組長エコー」
「五番隊組長武田回向」
烏羽色の髷頭をした、少し太った男が返事する。
「はい」
「六番隊組長やなぎちゃん」
「六番隊組長井上八柳」
「——はい」
咳き込みながら八柳は手を軽く挙げた。
「七番隊組長たにがわ」
「七番隊組長谷かはら」
「…………うぃっす」
長い髪で目元を隠した男の返事。
「八番隊組長ドードー!」
「八番隊組長藤堂はかり」
少し間。ハッとして急いで返事をしたのはおかっぱのまだ若い少女だ。
「は、ハイッ!」
先日組長になったばかりの若手の顔を確認すると、鄙子は次に進んだ。
「九番隊組長ハゲ」
「九番隊組長鈴木勝義」
「はいはい」
例えるなら達磨、僧のような剃髪の男が挙手。
「十番隊組長ざっそう!!」
「十番隊組長原田草之ヱ(はらだくさのえ)」
組長最後の青年はゆらりと立ち上がる。
「局長ォ!ざっそうじゃないで」
「よし、組長は皆居るね!」
「無視かい!!」
抗議を受け流された原田は滑り転けた。
鄙子は一望する。ついでにと、残りの名を呼んでいくことにした。
「総長さんなん〜」
「はい、局長」穏やかな顔付きの青年が返事。「山南利記、きちんと居ります」
「新撰組しや……か……?忘れたけどみっちゃんいる?」
「新選組諸士調役兼監察!山崎櫁杞、ちゃーんといますよぅ!」
キラッと効果音を出して現れたのはミニスカートに隊服を改造した少女だ。派手さは永倉と良い勝負である。
「参謀のつーちゃん」
「はい。参謀の伊東続紅です」
鄙子と良い勝負の小さな少女が返事。よしよしと鄙子は頷いている。
「もう一人の参謀伊藤槝緒は欠席です」
土方が付け足す。二人居る参謀のうち、伊藤はよく不在になっていた。
「最後に副長のひじー」
琥珀の目を輝かせて土方空華を見る。
「副長土方空華」
「あれ、土方さん本名嫌いじゃなかったっけ?」
調子に乗った永倉の頭には秒速で土方の制裁が下された。
鄙子がもう一度一望する。見事な眺めだ。
「じゃあ、組長会を始めようか」
□
視界に一筋の紅い線が走った。
「りん!」
「は、はいっっ」
赤黒く爛れた肉体からボタボタと血液を流し、悶えている醜悪な妖魔に刀を突き刺しながらの高杉嗣に、対妖魔用人形兵器の琳邑が翳した両手を向ける。露出された背中から浮き出る、八枚の透過色の羽。翳した両手から、閃光が放たれる。妖魔に直撃、灰塵と化させた。
「次も!!」
今度は濃緑色の肉体を持った、鋭利な刃物を躰から生やしている妖魔を封じていたチェン・フェルビーストが琳邑にトドメを求めた。
「うん」
今度は右手だけを前につきだし、広げて直ぐに握り直す。握り直したと同時に妖魔が弾けた。周囲を見渡し、もう敵が居なくなったと確認した嗣が声をかける。
「一段落ついたな」
聞いて直ぐにチェンはその場に腰を下ろし、深く息を吐いた。————不老不死の特性を持った妖魔と戦うのは、やはり疲れる。
突如江戸吉原に現れた妖魔を倒す手段はほぼない。いくら切り刻んでも、爆破しても奴等は再生する。——それを世界で唯一完全に消し去れるのが、対妖魔用人形兵器[RIN-YOU]、即ち琳邑なのだ。研究によって、物質の存在概念である"理"をねじ曲げる力を得た彼女はこの世の物質、全てを破壊できる。だから妖魔も完全に消せるのだ。
しかし、その力も妖魔を束ねる仙翁によって三分の一、奪われていた。だから今の彼女は完全ではない。それでも妖魔を破壊することは出来る————仙翁の様に、桁外れの妖魔以外ならば。
「俺はもうヘトヘトだよ」
腰をおろしていたチェンは、次の段階——寝ころぶという行動にまで進んでいる。その様子を横目で見ながら、嗣は刀にこびり付いた鮮血を振り払った。紅い軌跡が描かれる。
「お前も疲れてると思うけど、お嬢さんはもっとじゃねえか?」
冗談めかして笑っている嗣に不信感を覚えつつ、チェンは起き上がった。——案の定、妖魔を消滅させていた琳邑は深い眠りに落ちている。更に深いため息を吐き、熟睡して居る彼女の傍に寄った。安らかな寝息と寝顔が妙に腹立たしい。が、"理"の力を使った後に体力を回復すべく、眠りに付かねばならないと言う彼女の特性が後から脳に伝えられたので仕方ないものだと思ってやった。……先が思いやられる。
>>
- Re: 吉原異聞伝綺談 *[皐月]終了、水無月開始 ( No.97 )
- 日時: 2011/08/17 22:49
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: .WzLgvZO)
- 参照: 糸色 イ本 糸色 命
「先が思いやられるのは此方もでしてよ」
先方からしたのは、優しさを帯びた柔らかい女性だ。チェンは見上げる。薄紫の布地に、桔梗を模した刺繍の入った着物を着、番傘で日差しを防ぐ女と、寄り添う伽羅色髪の青年。髪留めで留められた黄土の髪に黒真珠の細目、凛とした顔立ちで右目の下の泣き黒子が更に美しさを際立てていた。
「熾織と久坂のSMコンビじゃねーか」
嗣は目を細める。着物を着た女性は伊藤熾織、寄り添う青年は久坂扈雹、二人は嗣と同じ倒幕派だ。————新撰組の沖田総爾郎との戦闘時に割り込んできた二人である。チェンに良い印象はない。
「お背中のお嬢さんはおネムのようね」
熾織はくすくすと笑う。が、優しさだけで出来ていそうにない。久坂は無言で立っている。
ガードに入ろうと、チェンは嗣の後ろに隠れた。眠っている琳邑が兵器だと悟られてはまずいと直感した。————嗣も同様だ。二つの黒曜石をぎらつかせた。
「何か用かよ」
「ええ」女はにこやかだ。「そうね、お茶でも如何?」
「断るよ」
「イエスかハイしか認めないわ」
毒の舌が容赦無く嗣にかかる。答えに詰まり、黙りになった。
「一杯くらいならご馳走するもの」
□
入ったのは、遊廓が並ぶ通りに面した茶屋だ。そこそこの広さを誇ってくれており、個室に居させてくれる。襖を閉め、完全に密室とした部屋で熾織は注文したほうじ茶を啜る。香りをも味わい、暫しそれに微睡んだ。
「入江先輩も嗣先輩のこと、心配してたッスよ」
煤けた黄の上着を脱ぎながら久坂扈雹が言う。嗣は軽く返す程度だったので、久坂は会話を繋げようと勤しむ。
「相変わらずの細目で、『嗣は生きてるかな』って言ってたッスよ。珊瑚さんも、前原先輩も変わらずッス」
「あ、そ」
茶を飲む。目覚めたら琳邑を膝に乗せ、妹のように茶を飲ませた。美味いか、と訊ねると琳邑は笑顔を返す。和やかな雰囲気だ。
しかしチェンは気に入らない。琳邑が日を重ねる毎に嗣になついていくのが心配でもあり、疎ましくもあった。その心情を読んだのか、熾織が薄笑いを浮かべた。
「如何やら、思春期少年さんは御機嫌斜めのようね」
「失礼ですね」
不貞腐れ、ぞんざいに器を扱って一杯飲み干す。飲み終わった硝子の器を机に乱暴に置いた。気分を害したという態度が露わになっているにもかかわらず、熾織はのほほんとしている。嗣とチェンの空気が一気に重くなった。理解していないのは、琳邑だけだ。
「しっかし、先を越されてしまうなんて心外だったっスね」
重い空気を一掃しようと、久坂が口を開く。嗣や熾織の通っていた松下村塾の塾生では最年少だった久坂扈雹は気を使うのに慣れている。自分以外は全員二十歳を超えたにも関わらず、久坂だけは未だ一年足りていない。つい先月、十九になったばかりなのだ。それでも彼は先輩に追いつく程の能力を発揮している。——熾織は自分以外の人間に先を越されると最高に僻むのだが、久坂は真逆に尊敬の念を示すのだ。その様な元来からの人間性も、きっと松下村塾の四天王に数えられる理由の一つに含まれるのだろう。熾織と同じくらいに尊敬している嗣に対して、久坂は正直に敬っていた。——吉原に迷い込んだ兵器を既に保護して居るのだから。
「ということは、仙翁と戦っても無事だったってコトっスか」
「そうだな」
嗣の脳裏を韵の言葉が過る。——久坂と熾織も仙翁と対峙したが、彼らは運悪く妖魔の種子を埋め込まれてしまったのだ。
「流石先輩」
白い歯をニッと見せ、彼は笑った。隣の熾織は気にいらなそうに、眼をぎらつかせている。
状況の分からない琳邑はいそいそと目線を至る所にやっていた。そんな彼女に気付いた久坂がそっと和菓子を渡す。ぺこり、とお辞儀をして頬張った。——普通の少女と変わらぬ素振に思わず久坂は苦笑する。
「なんだ、兵器と言っても変わらないんスね」
矢張りこの二人は気付いているのだな、とチェンは敵意を仄めかす。それは嗣も同じだ。——この場で熾織と久坂が琳邑を奪うために攻撃をしてくる可能性も低くは無い。冷静に、息をのんだ。
「そうそう。どうして[RIN-YOU]が人型をしているのか、知っています?」
芳しい茶葉の香りを堪能しながらの熾織が悪戯に訊ねた。無論二人は答えない。しかし、場の空気の読めていない琳邑は惚けた様子で応える。
「どうして?」
紫紺の双眸は濁り一つも無い純真な宝石だ。熾織は子供に教えるように、急に優しい声色になり、柔和な顔で琳邑に接近する。
「妖魔破壊の力を唯一持つりんちゃんが人の形をしているのは、人間に紛れ込んで、誘き寄せられた妖魔はさくさく殺っていけるようにしたからよ。——ねえ、チェン君」
澄んだ熾織の言葉にチェンは取り敢えず頷いた。説明されても、本人はあまり理解していないようで、キョロキョロとしてる。
「あ、あの……。よく分からない、です」
おどおどしながら琳邑は熾織に訊ねる。緊張して強張った顔の琳邑に、熾織は柔らかい表情を向けた。色白に映える紅の唇が優しい旋律を産み出し始めた、が
「存在自体が猥褻物の嗣に、私が花魁の格好をして接近します。馬鹿で変態で枯れ気味で男としての能力を一切使う時がなかったアホンダラ嗣——いや、猥褻物は馬鹿みたいに興奮して、いとも簡単に釣れますね。そのまま『ここへ来て——……』みたいなことを言って寝床に誘うの。そこで無防備になったところをブスリと刺して殺してやる感じね。
……りんちゃん、わかったかしら」
笑顔で淡々と紡ぎ上げた言葉は顔や様子からでは決して分からないような恐ろしい内容であった。女から吐かれた大量の毒ガスが充満する。
「はい、なんとか」
そう言う琳邑であったが今一掴めていない。取り合えず、これ以上訊くのも失礼だと思い、空気を読んでそう答えたのだった。そのあたりは、何とか空気を読めたらしい。
彼女の横にいた久坂は左手の拳を上に突き上げて大声を上げる。
「流石シホリ先輩ッッス!!これ以上に無いってくらい上手い説明でオイラ感動したッスよ!」
久坂が一体何に感動したのかは分からない。瞳を輝かせる久坂とは対極的に、嗣の表情は暗く沈んでいる。
「……それは良く分かんねえよ」
確かに、であるがその場では誰もツッコミを入れなかった。
膝元の琳邑の口元に付いた餡子を拭うチェンをちらりと見てから、嗣は一杯淹れて飲む。酒を飲みたい気分でもあったが、昼間から飲む訳にもいかないだろう。
「まあ、猥褻物ならまだマシですわね」
澄ました表情の熾織に嫌悪の眼を向ける嗣。——先程までと呼称が変わっている。
「おい、呼び方が変わってる」
「あの憎たらしい井上や、喋る空気の前原先輩に奪われるくらいならまだマシですもの」
見事に無視である。一人で自分と対話をする熾織の事は無視することにしよう、と嗣は無視を通す。そんな男に、チェンは小声で訊ねる。
「————もしかして、お前らって結構仲悪かったりする?」
「女同士は最悪だ」
白髪の男は苦笑して答えた。旧名梢の桂巴に眼前の伊藤熾織、そしてあともう一人の井上珊瑚の三人は昔から非常に仲が悪いのだ。それを聞いたチェンも苦笑い。どうやら、幕府も倒幕勢も似たような物らしい。以外に人間関係は脆い様だ。
気付けば琳邑が微睡んでいる。退屈な会話は眠気を催したらしい。膝の琳邑を背中に背負い上げ、嗣は立ち上がった。チェンも続く。久坂が二人の動きに気付き、独り言に夢中だった熾織の肩を叩いて彼女を現実に戻させる。戻った熾織は黒真珠の眼を向けてにこやかに笑いながら
「そう言えば、"なだ"と言う名の遊女が居ると聞いたわ」
と去り際の嗣の背中に言葉を投げた。一瞬高杉嗣の両肩がピクリと震える。が、取り乱さずに平然を保った。
「気になるなら探してみれば良いのではないかしら?」
「————誰がテメエの戯言なんか真に受けるかよ」
嫌らしい笑いを上げている女には別れの挨拶すらせず、皮肉を投げて嗣は先に部屋を出た。一瞬残ったチェンも、久坂と熾織に会釈をしてから、出て行った。
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- Re: 吉原異聞伝綺談 *[皐月]終了、水無月開始 ( No.98 )
- 日時: 2011/09/07 17:53
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: .WzLgvZO)
- 参照: 糸色 イ本 糸色 命
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涙と書いて、「なだ」と読む。
涙が訛って、「なだ」。それが女の名前だった。
元は遊廓にいた遊女の一人。運命は優しく微笑み掛けてくれたようで、一人の志士に気に入られ、買われ、幸せな家庭を手に入れた女だ。
「お父さんは忙しい人だから、滅多に帰ってこないのよ」
いつもそう言って頭を撫でる。————優しい母なのだ。
そんな日々が狂ったのは、思い出したくなくても鮮明に覚えている。
□
熾織らと会ってから三日経った。骨董品の並べられた店内を、緑の目が覗き込んでいる。高価に見える豪華な皿やら、像やらと不規則に置かれていた。像が見ている先も無論、バラバラな筈だが、妙に自分を見ているようで怖く感じてくる。だから目を逸らした。
「気に入ったものはあったかい」
しゃがれた老婆の声が少年に投げられた。店内の奥にいる、砂色の肌をした老婆が此方を見据えていた。
「いいや」チェンは首を振る。「ただ、色々と綺麗だなあ、って」
「そうかそうか」
深く多く、皺の刻まれた砂地が笑顔を作った。白色の、てっぺんの禿げ上がった彼女の口が次に言葉を繋ぐ。
「なんなら一個どうかい?」
彼女の言葉にチェンは一瞬戸惑った。買うつもりなど無いのだが、こう言われてはなんだか断りづらくなる。
「いや、でも高いし」
「安くすルよ?交換、とカ、ねぇイゥうゥウ」
チェンの言葉の後で老婆の顔が醜く歪んだ。直後、顔が縦に伸び砂の顔が広がる。眼球が飛び出て、首が勢いよく伸びた。頭はチェンの横をもうスピードで過ぎていった。マズイ、と振り向く。奴は老婆に身を窶(やつ)していた妖魔だったのだ。
「仙翁さマに仇為スへいキめぇエぇえエエィアい!!」
突き声と共に顔が琳邑に急接近。長く伸びた面から無数の尖った歯が現れる。ガパリと空いた大きい口が琳邑の頭を狙った。
「っつぅう……!」
目を閉じた少女の細い体躯から光。眩しいフラッシュライトが焚き付けられ、妖魔が呻く。
「ぐぎュルルらァあああ」
泥々に融けたような声が鳴る。反射的に理の力を使った琳邑の躰はまだ光を帯びている。妖魔の頭頂部が溶け、落ちた液体が蛆虫と化した。蠢々と蠢くそれらが白い琳邑の足に這い上がった。
「いやぁああ!」
叫びと共に閃光。虫たちが弾かれる。だが、頭のてっぺんが溶けた奇怪な頭はニタリとした笑みを作っていた。その頭に刃が突き立てられる。
同時に飛んだ生暖かい柳色の液体の間から白髪。サングラスの奥にある冷たい目は妖魔を見下していた。老婆だった化け物の喉がからからと悲鳴を挙げる。
「五月蝿ぇんだよ、雑魚」
刺さっていた刀を更に奥へ突き入れる。しかし、妖魔の特性である不死のお陰で徐々に躰が形を取り戻していた。血が戻る。頭頂部が戻る。
「りん!早く消すようにして!!」
駆けてきたチェンがへたっている琳邑に声を投げた。彼女は顎を引いた。
「嗣っ!」繊細な声が張り上げられ、嗣へと飛んだ。「刀に私の力を入れてみる!」
武器に理の、妖魔を消すという作用を与えてみようという試みだ。瞼を閉じた琳邑から青白色の光が滲み出、嗣の刀へ一筋の道を作る。刀がその光を帯びた時に琳邑の躰から光が消えた。宿ったらしい。
「チェンも!」
戦闘能力は高くない。だからこそ、戦闘に長けている二人に託す。チェンの複数のナイフにも光が宿る。これで二人、琳邑の力を借りた者が出来たのだ。
元はと言えば自分の失態だった。だからこそ、ここで挽回するのだ。足を踏み込み、跳躍。刀を突き刺したままの嗣の真上からナイフを投げる。妖魔の爛れた右目に突き刺さり、敵は悲鳴を挙げる。回復しないのだ。
「ボケッとすんな!」
「してねぇよ!」
少年の忠告に対した態度を妖魔に当たる。一旦引き抜き、横に一閃、斬る。脳天を横にスライス、脳漿が飛び散った。——鼻をツンとつく匂いがする。嫌な予感は的中だった。
脳漿は毒を持っている。頭を斬られても尚生きている妖魔は哄笑。ぶちまけられた脳漿が二人に降り注いだ。が、触れる前に弾かれる。————光の壁が隔てていたのだ。地面に手をつけてしゃがむ少女の視線が投げられる。
「私、援護に回ります!」
理を使っての防御だ。琳邑が二人に言葉を投げた。————使い方は仙翁と対峙した頃に比べると上手くなっているが、まだ制御しきれてはいない。ちょっとしたことで暴走してしまう。
妖魔の舌が伸びる。嗣の死角に入るが、読み取った彼は容易に斬り落とした。理の力で再生をさせない。柳色の血液をぶちまけながら化物は悶える。——頭部に蹴り。防壁から飛び出て、チェンが跳躍、足を降り下ろす。頭蓋を砕く音がなり、悲鳴。哭いた喉に鋭利な刃物を突き刺した。
「なだなだなだなだなだなだなだなだなだ」
頭部が仰け反りながら叫ぶ。喉からは血が吹き出ていた。叫びに何か反応した嗣がピクリとする。
「嗣……?」
琳邑が心配の色の音を奏でていた。ハッとし、笑顔を返す。そして刀を握り直した。
「なだなだなだなだ」
「五月蝿ぇなッ」
刃の先が一点を目掛けて降ろされた。突き刺さったのは顔の中心部。琳邑の力で、そこが陥没、徐々に顔がそこに沈んでいく。沈みゆく唇が言葉を紡ぐ。
「なダが、ツぐルにナミねに謝ルのトはくるるる……」
呂律の回らない、そして文法も滅茶苦茶な作りになっている言葉だった。琳邑が右手を突き出す。中心部に落ちていた眼球が絶望の色を表した。死を恐れたのか、慟哭を始める。この世のものとは思えない叫び声を奏でながら、妖魔は絶命。残骸は砂塵に紛れて、風に吹かれ、舞い消えた。
刀を鞘に戻し、立ち尽くす嗣の後ろ姿を紫紺の双眸がぼんやりと見つめた。妙な孤独が漂っている。
「つぐ……」
白雪の腕が彼に伸びた。が、触れるのを頑なに拒む彼の背中に気圧され、手は届くのを止めた。虚しく中に浮く空気をつかみ、降りる。
「どうしたんだよ」男の虚勢にまみれた言葉が浮遊する。「早くしろよ?」
彼は既に進んでいた。ぼんやりする琳邑の手を、チェンが引いた。紫の瞳に映った少年の横顔は、ひきつった笑いを描いていた。空気がぴりぴりと肌を刺しているのが、二人にはよく分かった。
□
吉原某所、討幕勢の居座る邸の一室で山縣韵は笑顔を曇らせ、正座をしていた。眼前には爽やかな笑顔を作った長髪の青年が鎮座している。
「取り合えず韵さん、要するに貴女は嗣と接触しながらも[RIN-YOU]には接触しなかった、と」
彼は柔らかな音色を奏でた。が、見えない棘に覆われている。見えざる棘がチクチクと韵の躰を刺していた。苦し紛れに、言葉を繕う。
「えー、あー……入江先輩、私の記憶上から何故かそれは消滅してまして、ね?気付いたときにはなんか出遅れっていうか、既に居なかったって言うか」
「韵さんは昔から喋るの得意ですからね〜。言い訳は飽きました、よ?」
入江と呼ばれた青年はにこにことしたままだ。韵の頭が項垂れる。
塾生の中でも、比較的歳上であった彼————入江蕀に敵うものは殆ど居なかったのを韵は思い出す。今年で二十七、嗣や自分の年齢よりも五歳ほど歳上だ。最年少の久坂とは八つも離れている。まあ、それでもまだ最年長の前原に比べれば歳下だ、と韵は一人笑いをした。
「取り合えず、韵さんがそれでは、きっと熾織や久坂も駄目だったんでしょうね」
仏のような表情で入江は顎を少し上げた。仙翁に妖魔の種子を埋め込まれたさいに潰した瞳は閉じたままである。
「先輩は、義眼とかつけないんですか?」
ふと嗣と会ったので韵は思い出し、問う。嗣は片眼が義眼だ。両目を潰した入江にも、見た目だけはどうにかと思ったのだ。しかし、韵の優しさに容赦なく入江は首を左右に振った。
「義手をつけない貴女と同じですよ」
「だって面倒じゃないですかぁ」
「私も面倒だと思ってつけないのですよ」
そうですか、と女は少しぶうたれた様子で姿勢を崩した。気がもうもたない。
「さてまあ、どうしますかね」
青年は呑気な様子でいる。近くにあった急須を取り、緑茶を注いだ。一つの湯呑みを韵に渡す。韵は口をつけた。が、中身は無い。どうやら、自分で煎れろと言うことらしい。
————口に出してよ……。
昔から入江は妙に一言足りない。呆れ顔で韵はお茶を注ぎ、一気に飲んだ。——温い。お湯は冷めていたらしい。
「暫くしたら、出ましょうか」
青年は飲んだ湯呑みを床に置いた。
「あと、どのくらいですか?秒単位?」
「いいえ〜、日単位ですかね〜」
そう言って彼は窓から見える外に顔を向けた。
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