複雑・ファジー小説
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- キーセンテンス
- 日時: 2012/02/05 12:29
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
ボチボチと、細々と書いております。遮犬と申します。温かい目で読んでくださると何よりでございますーっ!
更新再開いたしましたっ。日常シリアスに感動を与えてみたいという思いで書きました。笑えて泣ける。そんな面白い物語にしたいと思いますので、応援宜しくお願いいたします><;
何気無く日常を過ごす少年。少年は、曖昧な記憶の断片を思い出すことも無く、平凡な日常を過ごしていたが、いつの間にか自分自身、そして様々な運命と対峙することとなる——
「貴方にとって大切な言葉は何ですか?」
〜目次〜
プロローグ……>>1
【第一章】
第1話:願いを叶える桜の木
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>4 ♯4>>5 ♯5>>6
第2話:過去の償い
♯1>>8 ♯2>>13 ♯3>>18 ♯4>>19 ♯5>>20
第3話:不思議な転校生
♯1>>21 ♯2>>22 ♯3>>23 ♯4>>26 ♯5>>27
第4話:突然の困惑
♯1>>28 ♯2>>29 ♯3>>30 ♯4>>31 ♯5>>32
第5話:不思議な手紙
♯1>>35 ♯2>>36 ♯3>>39 ♯4>>42 ♯5>>43
第6話:見えない真実
♯1>>44 ♯2>>45 ♯3>>46 ♯4>>47 ♯5>>48
【第二章】
プロローグ(あとがき付き)……>>50
第7話:記憶の灯
♯1>>53 ♯2>>54 ♯3>>55
【番外編】
雪ノ木 若葉の日常
【>>49】
- Re: キーセンテンス 第二章プロローグ更新っ。 ( No.53 )
- 日時: 2012/01/31 23:49
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
- 参照: 長らく休んでいましたが、再開! 第二章スタート!
拝啓、——へ。
私の夢は、お嫁さんになることでした。今では、想像も出来ない夢だったけれど、本気でなりたかったのです。
明るい家庭を築き、私は笑顔でそれらと共に囲んで、楽しく過ごしたかったのです。
けれど、私の夢は我儘で、もっと欲張ってしまいます。
そのお嫁さんになる夢を捨ててまで、私は願ってしまいました。
願って、しまったのです。せめて、此処には居させて欲しい、と。
それも、もう終わりなのかもしれません。神様は、やっぱり居るのです。居てしまうからこそ、私は此処にいるのですから。
あぁ、神様。どうか、私を——私を、早く失くしてください。決心が、鈍らない内に。
そして、最後に。送りたい言葉を告げてから消えたい。
——と。
その記憶は曖昧だが、確かに記憶の中にあった。
小さくて、まだガキの頃の話。藍色で、俺と同い年が持つにはとてもじゃないが、合っていない大きさと重さのあった傘を持つ、それも少女がいた。まるで面識は無かったように思うんだけど、その少女は俺の顔を見ると、毎度のように笑顔を作った。
それは偽りの無い、純粋で、とても可愛いと感じた笑顔だった。
その日は、普通にいい天気だった。天気が良すぎて、日焼けするぐらい。日傘でもなく、雨傘を差しているその不思議な少女は、どうやら日焼けするのが嫌なわけでもないらしい。だが、その少女の肌は純白と言えるほどに綺麗なものだった。
「何で雨傘なの?」
思わず、俺は聞いてしまった。
照りつける太陽の日差しが嫌というほど当たるこの海岸では、潮の匂いと海から聞こえる水の流れる音が混じりあい、少女のバックを綺麗に彩っているように見えた。
少女のその長い黒髪は、透き通っていて、とても綺麗だった。大きめの麦藁帽子を被り、潮風で揺れる黒髪を押さえながら、少女は言った。
「この傘、私のお気に入りなの」
見た目通りの、綺麗な声をしており、俺はますます見惚れてしまっていたと思う。呆然と、ただ少女のその優雅な微笑みを見つめながら、
「お気に入り?」
と、そのままの言葉を返してしまっていた。
しかし、自分の中ではそんな無粋な言葉以外、何も思いつきはしなかった。我ながら、ダメな頭だと思う。
「そう。おまじないがかかってるの、この傘には」
「どんな?」
「うーんとね……」
少女は考える素振りを見せて、少し困ったように眉を下げた。どんな表情をしても美人に見えるのが不思議だった。
「秘密、かな?」
「教えてくれないの?」
「だって、言ったらおまじないじゃないもの」
澄ましたような、そんな大人びた表情を見せ、少女はまた微笑んだ。
この少女と出会ったのは、これよりまだ前の話なのかもしれないし、これが初めてなのかもしれない。
だが、こうして記憶の奥に仕舞っていたものだった。大事な物を失くしていたような、そんな気分だった。
「うわっ」
突然、目が覚めた。何故か汗を掻いてて、どうしてか息切れもしていた。ベットのシーツが汗で濡れていて、とても気持ちが悪く思えた。
天気はどうやら雨の降る曇天のようで、日差しも何も無い。窓の奥から聞こえる雨音は、梅雨のものだろう。
もうそろそろ梅雨の時期も開けるというのに、どうしてこんなにも梅雨は頑固強いのか、と思いながらも欠伸を一つかました。
時計を見ると、まだ午前10:00だった。普通なら、もっと遅くまで寝ている所だろう。今日は休日。つまり、ゆっくり寝れる日だ。
そんなことを思いながらも、自分の手を見つめていた。汗で少しばかりしっとりとしたその手は、夢の感触を確かに覚えていた。
「あの夢……」
——あの夢。それは、北条に傘を学校で返した時の出来事のように思えたが、どうにも意味が分からなかった。北条が北条でない。こんなことがありえるのだろうか、と。
「……所詮、夢か」
ふっ、と鼻で笑い、とりあえず汗で気持ち悪くなっているベッドから身を起こした。気だるさが一気に全身を覆う。
カレンダーの日付には、今日は日曜日だということだった。そういえば、明日ぐらいからテストが始まるとか何とかのはず。そうとは思えないこの日にちのズレが生じているような、変な感覚が俺の全身を気だるさと共に巻き上げていく感じがなんとも言えず、カレンダーから咄嗟に目を逸らした。
「ふぅ……」
部屋を見渡すと、あちこちに物が置かれ、整理整頓されている部屋とは言えない部屋具合であることは間違いなかった。掃除などはたまにやるが、本当に気まぐれな為、ゴミは僅かに増えていく。そのおかげで、今では目に付くほどのゴミが大量にあった。
「また今度、片付けるか」
今日ではなく、今度。それは全身に覆われた妙な気だるさ所以なのかは分からなかったが、今は腹が減って仕方が無かった。
「えーと……下に、何か食い物あったっけ?」
そんなことを考えながら、ふと親父のことを思い出す。
あの親父は今、一階にいるのだろうか。果たして本当にそうならば、出会いたくはない。いや、それよりもこの家から出たかった。
「……外で食おう」
確かめることもせず、即座にそう決めた。確かめている暇があったら、親父の姿など見ることも無く、去りたかったからだ。
仕度を部屋の中である程度済ませると、部屋を出た。一階へと下りていくと、扉のわずかな隙間から小さないびきが聞こえてきた。やっぱり親父は此処にいた。夜勤の仕事から帰ってきたばかりなのだろうか。そんなことをまだ覚えているなんて……いや、そんなことしか覚えてなどいなかった。親父が夜勤で、何時帰ってくるのかなどの把握を怠ることはない……そんな周りから見れば悲しく思えることも、俺は平気で習慣付けてしまっていたのだった。
(あの台所……)
玄関を出ようと一目散に行くのが普通だったが、この日に限って少しリビングの少しはずれにある台所を見つめた。
台所は、随分と使っていないと思っていたが、どうやら親父が使っているようだった。綺麗に整えられて、掃除が行き届いてある。今でもずっと使っているようだった。
「……クソ親父のクセして、料理はまともなんだな」
愚痴のような、皮肉の言葉を漏らし、玄関から外へと出ようとした——その時、
ピンポーン。
いつもはあまり鳴るはずのない、いや、久しぶりにこの家のインターホンを聞いたような気がする。それも錯覚なのか、何なのかは分からないが、不思議と懐かしい感じはしないものだった。
「……うん? 誰か、来たのかな……?」
その瞬間、俺の背筋が一気に冷めてくる気がした。親父が起きて、俺のいる廊下へと歩いてくる。そのことが分かり、急いで逃げるように玄関へと向かい、扉を開けた。
「あっ……」
「あ……」
声が重なった。俺の目の前にいたのは、俺の家に訪ねてきたのは——潮咲だった。驚いたような表情をし、ドアノブを握って微動だにしない俺へと向けてすぐに笑みを浮かべた。
「暮凪君っ、おはようございます!」
「何で、お前……」
「ん……? あれ? 君は……」
俺と、潮咲、親父がそれぞれに口に出した。俺の後方にいる親父は、呆然とした顔で俺と潮咲を見つめていた。それは、まるで他人を見るかのような——
「行くぞ、潮咲」
「えっ?」
俺は潮咲の手を掴み、引っ張ると、その場を後にするのに必死だった。
必死で、必死に、後方から他人行儀な目線を流してくる親父を振り切るのに必死で、この胸が張り裂けそうだった。張り裂けたかった。
どんな表情で親父が俺と潮咲が去っていくのを見たのか、実際には見ていないから分からないが、どことなく視線は感じながらだった。
一人、玄関で立ち尽くした後、小さく呟くように、それは消えそうなほどの弱い声だった。
「司……思い出したのかい……?」
その声の行方は、分からなかった。
- Re: キーセンテンス 更新再開しました! ( No.54 )
- 日時: 2012/02/02 23:13
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
どれぐらい走っただろう。息切れすることも忘れ、ただ無我夢中で走り続けた。止まりたくない。そんな感情と色んなものが混ざり合い、交差しては抜けていく。自分が今どこにいて、何がしたいのかも分からなくなってきているほどに、頭が真っ白く染められていた。
「——あっ」
その時、"何か"を引っ張っていた右手が突然ガクン、と下に落ちた。そのおかげで我には返ったわけなのだが……後方には、膝から転び、痛そうに顔を顰めている潮咲がいた。
潮咲を見て、やっと俺は思った。何をしているだ俺は、と。
「大丈夫かっ!?」
すぐに俺は潮咲と目線を合わせる為に膝を曲げて腰を下ろした。潮咲の表情は痛みで歪んでいたが、俺が声をかけると、無理矢理にでも笑顔を作ろうとしたのか「えへへ……」という声が潮咲の小さくて少しふっくらとした桜色の唇の奥から声が放たれた。
「大丈夫です……ごめんなさい、こけちゃいました……っわわ」
無理にでも立ち上がろうとした潮咲が再び後ろ側へと向けて転びそうになるのを慌てて両腕で支えた。
「無理すんなっ。傷、見せてみろ?」
と言いつつ、潮咲の膝に目をやる。すると、赤い血がすり傷の中から薄っすらと出てくる所であった。見たところ、そこまで大した傷ではないが、消毒しておいた方がいいだろう。何かバイ菌でも入ったら大変だった。
「あまり大した傷じゃないけど……どこか、消毒できる場所で消毒しといた方がいいな」
「だ、大丈夫ですっ」
「大丈夫じゃないって。俺が……勝手に、潮咲を連れて走り出したのが悪いんだ。つまり、これは俺の責任でもあるってことだから」
そう言った俺の顔を呆然としたような表情で見ると、すぐにまた笑顔に変わり「はいっ」と元気の良い声で返事を返してきた。
そうとなったら、辺りを見回した。一体どこまで来たのか分からなかった為、確認したのだが……本当にがむしゃらに走っていたんだと思う。それも、結構長い距離なのかもしれない。此処は、俺のあまり知らない地域だった。今現在、丁度良く公園の傍で潮咲が転んでいたので、車などの心配は無く、安心して落ち着いていられる。
近所では見たことの無い看板や店が点々とあり、そして周りはほとんどが住宅街などで溢れていた。しかし、この場所からでもあの桜の木はよく見える。というより、俺の家からよりもよく見えるかもしれない。なんだかんだ言って案外近いのかもしれないと思った。
「なぁ、ここの辺りで——」
「桜ッ!?」
潮咲にこの辺りで消毒の出来そうな場所は知っているか聞こうとした時、女性の声が俺の後方から聞こえてきた。俺が振り向いたその時、強気そうな女性がスーパーの袋を持ち、どこかの喫茶店でありそうなコゲ茶色のエプロンを着ており、凄い早歩きで俺達の元へと来たかと思いきや——突然、俺を蹴飛ばし、潮咲の目の前へと現れた。俺はというと、蹴飛ばされた勢いで公園の地面へと2m弱転がるハメとなった。
「あ……楓さん?」
「楓さん? じゃないよッ! どうしたのさ、この傷!」
「えっと、転んじゃって……」
「えぇっ! そりゃ大変じゃないか! ほら、早く家に来な!」
「え? ……あ、あの、楓さん。その、暮凪君も……」
「あぁん? 暮凪君って誰だい? ……って、もしかして、そこで寝そべっている奴かい?」
と、俺へと指を差して楓という強気そうな女性は言い放った。歳は見た目的にまだ20代だろうというぐらいの美しい美貌を持った、まさにお姉さんという感じだったが、その強気な性格は美貌の他にただならぬ何かを持っている。そのただならぬ何かに、俺は今怒りのようなものを芽生えさせてきたわけなのだが。
「あっはっは、何してるんだい? そんなところで!」
「あんたが蹴ったんだろうがッ」
あまりの陽気さというか、いやもう正直に言うと——人並み外れた言動に俺は耐え切れず、口から思わずつっこみを吐き出してしまっていた。
潮咲と一緒に、先ほど蹴飛ばされた時に出来た俺の傷も一緒に消毒していた。
場所は公園ではなく、その公園から少しばかり離れた場所にあるこじんまりとした小さな喫茶店の奥で消毒をさせてもらっているが、此処が潮咲の家なのだろうか。喫茶店と、居住する為のスペースが万遍無く奥にはある。どうやら喫茶店を経営しながら此処で暮らしているみたいだった。
「あっはっは、早く言えば良かったのにー」
「言う前に蹴ったんじゃないのかよ……」
楓さんがバシバシと、馴れ馴れしく人の肩を手のひらで叩いてくるのを、小声で呟き返した。
俺の隣で潮咲が少し涙目になりながらも、懸命に消毒を試みていた。その姿を見かねたのか、楓さんが潮咲の手にあった消毒用の液がついたガーゼを取り上げると、
「少ーし、我慢してね、桜」
「うっ……!」
楓さんはゆっくりと、柔らかくガーゼを傷痕に当てた。トントン、と優しく二回ほどなぞると、慣れた手つきで後処置を行う。潮咲は最初の方、痛みで表情を強張らせていたが、処置が終わるとその表情も消えていた。
「……これでよしっ、とー」
「ふ、ふぅ……」
安堵したようなため息を潮咲は吐くと、深呼吸をしてから俺の方へと顔を向けてきた。
「暮凪君も、楓さんにやってもらいますか? 痛みなんて、あっち向いてホイ! ですよー」
「いや、いい……。ていうか、あっち向いてホイは何か色々違うような気がするぞ」
そんなことを言いながら、適当に俺は処置を終わらす。それを横目で見ていた楓さんが突然「あぁ、ダメダメ!」とか言い始め、潮咲同様に俺の手にあったガーゼが取られた。……なんという速度でガーゼを取りやがるんだ、この人。
「はい、男の子だから我慢ねー」
「うぉっ!」
突然、傷口を押さえつけられたかと思うと、激痛が全身を走っていった。洒落にならんぐらいの痛さだと思ったが、それも束の間、すぐに楽になっていく。ただ、ヒリヒリするこの感触だけは拭えないけどな。
「ふふふ、少年もお姉さんの消毒術に魅了されたかね!」
「いや……どこか、仕事か何かで慣れていたのかなーとか思ってたぐらいで……」
「お、よく分かったねー? 看護師とかやっちゃってたりしてたんだよ」
自信満々に、ナイスバディを反らして胸を張る楓さん。どこに目をやればいいというのか……。
そんなこんなで、苦戦している時、潮咲が助け舟を出してくれた。
「あ、紹介が遅れましたけど、紹介しますね! えっと、こちらが私のお母さんです」
「え? お母さん?」
潮咲が言った言葉に対して、耳を疑ったその瞬間、楓さんが立ち上がり、軽くウインクを飛ばしたと思ったら、
「はい、桜の母親でーす! ってなわけで、聞きたいんだけど」
言い放ったと思いきや、突然俺へと向けて指を差し、再び口を開いてこう言い放った。
「少年は、桜の彼氏?」
- Re: キーセンテンス ( No.55 )
- 日時: 2012/02/02 09:26
- 名前: みう (ID: blFCHlg4)
先が見えないー気になるー!!!面白
ハイ、テンション高すぎてごめんなさ((
- Re: キーセンテンス ( No.56 )
- 日時: 2012/02/02 21:16
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
>>みうさん
どうも、初めましてーw
短直な感想、ありがとうございます!
先が見えなさ過ぎて、自分も困っていたりはするのです(ぇ
良ければ、続きも閲覧してくれればと思いますっ。応援、宜しくお願いしますー!
コメント、ありがとうございました!
- Re: キーセンテンス ( No.57 )
- 日時: 2012/11/02 00:11
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: zphvk9oo)
「そ、そんなんじゃないですよっ!」
俺より先に、潮咲が声を大きくして否定した。……いや、これでいいんだけど、何だかショックな部分もあることは否めなかった。そこまで完全否定しなくても……とは思う。
潮咲は、顔を真っ赤にして言った後、すぐに俺の方へと気付いたようにして見ると「ご、ごめんなさい! 暮凪君っ」と言ってから言葉をもじもじと続けていった。
「その……私なんか、暮凪君となんて……その……」
正直、何を言っているのか全く分からなかった。ただでさえ声量が小さめだというのに、それからもじもじしながら言われたらもう何が何だか……。
「あっはっは、まあ、そうか! 桜がこんな無愛想な少年と付き合うわけないか!」
そう言ってまた肩をバンバンと叩いてくる楓さんは、見るからに上機嫌だった。それは、こんな男が娘と付き合っていない、と知れたことによる安堵の思いでなのか……?
考えている途中、またもや潮咲が顔を赤らめて、楓さんに向かって「違いますっ!」と言い放った。
「暮凪君は、無愛想じゃないです! それは、その、見た目というか、そういうのは、そうかもしれないですけど……でも、本当は暮凪君は優しい人なんですっ!」
「あーはいはい。分かってるよ、桜。桜が優しい人だと認めた人は、本当に優しい人だしね」
「はいっ。ですから、ちゃんと暮凪君に謝ってくださいっ」
「分かったよ。暮凪君、ごめんなさい!」
突然、楓さんがもの凄い男らしく、足を踏ん張って、押忍! とでも叫ぶ勢いの如く、ごめんなさいをしてきた。というか、いきなりすぎたっていうか、桜の言うことは何でも聞く、ということがビシビシ伝わってくる。桜は学校ではあまり見ることのない、強気な構えでうんうんと頷いていた。
「……いつもこんな感じ、なのか?」
「え? あ、はいっ。楓さんは、いつもこんな感じですよー」
「いや、この雰囲気が、だよ」
「当たり前だろ! この少年めっ!」
楓さんが勢いよく、俺へとチョップしてきながら言った。この人、初対面でこれなのか。初対面でチョップしてきやがるほど馴れ馴れしいのか……とか思いつつ、俺は多少の仕返しのつもりで名乗りをあげてみた。
「あぁ……それと、少年じゃなくて、暮凪 司です」
「お……礼儀正しいな! ……ゴホン。私の名前は、潮咲 楓と申す。……こんなもんでどうだ?」
「いや、聞かれても……」
「何だ、桜、やっぱりこの少年、無愛想じゃん!」
楓さんが大人気なく、ぶーぶーと口を尖らせて言う。子供みたいな人だな……この人。というか、苛立つとか、この人はもっと幼稚な部分でそうなるのだろうか。今のことにしても、大人と会話しているようには見えなかった。
「無愛想じゃないです! それは表面だけですよっ!」
「表面だけって、どういう意味だよっ」
俺はとうとう潮咲にまでツッコミを入れてしまうようになっていた。
この不思議な雰囲気は、これが親子なのだという雰囲気なのだと思った。けれど、一つ引っかかることがある。
それは、潮咲が母親に対して"お母さん"ではなく"楓さん"と呼ぶのだろうか。敬語まだしも、お母さんと呼ばないのは変に思えた。
俺は、母親の顔をあまり覚えていないからお母さん、と呼んだ記憶自体がないが、確かに生まれてきているということは俺に母親という人物がいたことは確かなわけだった。
そう思うと、どうしてか変に思った。目の前で触れて、話せるじゃないか、と。それなら、どうしてお母さんと呼んであげないのか。
「それで、桜は何で無愛想少年と?」
俺は口に出して聞こうとしていた言葉を押し込み、代わりに何も無い空気を飲み込んだ。
楓さんはきっと、俺と桜がいたことがよく分からないのだろう。元はと言えば、潮咲が先に俺の家に来て、それから俺が……そして今に至る。
なら、どうして俺の家を訪ねてきたのか。俺が聞かずとも、潮咲は今更思い出したように表情を明るくさせると、俺と楓さんに向けて、
「一緒に勉強しようと思ったんですっ」
「勉強?」
「勉強だって?」
俺と楓さんの声が重なる。双方に顔を見合わせることもなく、ただ潮咲が言った言葉を二人して口を開けて聞いていた。
「はいっ。明日テストですし、暮凪君に教えてもらおうかと思ったりして……」
「って、俺に?」
「はいっ、そうです!」
いやいやいや、色々と突っ込み所があるというか、潮咲は本気で言っているようだが、俺からすると何故俺から教えてもらえると思ったのかということが不思議だった。
「俺じゃなくて、涙とかでいいだろ? それに、俺は勉強なんてしてないし、授業さえも真面目に受けてるかどうか……」
「受けてないと認めろ、少年」
「初対面なのにそんな何でそんなこと確信づいて言えるんですっ?」
「無論、そういう風に見えるからだ、このヤンキー」
ヤンキーとまで言われてしまった。そんなヤンキーな感じを醸し出しているのだろうか? というか、ヤンキーではないし、なったつもりもない。どちらかと言えば、楓さんの方がヤンキーっぽく見えた。ヤンキーというより、姉御肌という感じなのだが。
「もうどっちでもいいっすよ……」
俺は適当にそう答え、小さくため息を吐いた。
とりあえず、今は俺の力では潮咲に勉強を教えるどころか、逆に教えられること間違いなしの状況だった。それに、テストはもう明日で、勉強するにしても遅すぎるのは間違いない。
「それで、結論から言うと俺は教えることは無理だから。……楓さんに教えてもらったらいいじゃねぇか」
「おいおい、少年、なめるなよ? 私の頭の出来を!」
「そんな自信に満ちた表情で言われても困るんですけど……」
楓さんはとてもギラついた(?)目で俺を見て笑いながら言った。つまり、楓さんを頼るのは無理なわけで……。この時間帯に、日曜日だったら涙は病院で渚ちゃんの面倒を見ていると思う。他には……五十嵐。あいつは、今頃何をしているだろうか。家に言ったら、またあの庭師の爺さんはいるのかもしれなかったが……多分、此処から距離が遠いし、あいつの家に入ったことは一度も無い。というより、あいつと休日に勉強したということが全く覚えになった。
ということは——
「雪ノ木、とかに頼ったらどうだ? あいつ、確か結構頭良かったはず——」
「お邪魔しまーすっ」
と、突然入り口の方からチャリンチャリン、と喫茶店ならではのベルの音が鳴り響くとほとんど同時に声が聞こえてきた。その声は、どこかで聞いたことがあるというか、まさに必要としていた人物の声だった。
「雪ノ木……?」
「あ、へい、らっしゃいっ! 今日は何にしやすかっ!」
何故か楓さんが魚を売るが如く、商店街でとか魚を売っている人でよくいそうな人物の真似で雪ノ木を出迎えた。毎回こんな感じで出迎えるのだろうか? だとしたらえらく疲れる喫茶店だと思った。
「楓さんっ、若葉ちゃんはお客さんじゃないですっ」
「え? ……ちっ、マジか……。せっかく今日は漁師でいったのに」
「あぁ、毎回あんなんじゃなかったのか……」
多少安堵した俺は、そのまま雪ノ木の方へと顔を向けた。どうしてか、少し緊張した面持ちで「暮凪君っ?」と呟くと、パタパタと足をゆっくりと動かして奥の方へと入ってきた。
「暮凪君には言ってなかったけど、若葉ちゃんも一緒に勉強することになってたんです」
「す、すすすみませんっ! 何だか、お邪魔だったかもって……」
「いや……俺としては、その方が良かったよ」
雪ノ木が何度も頭を下げるのを落ち着かせると、次に楓さんが様子見をしていたのか、空気を読んで——
「……とりあえず、中にどうぞ?」
と、どこか冷やかしを含んだ表情で俺達を中へと招いてくれた。
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