複雑・ファジー小説

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キーセンテンス
日時: 2012/02/05 12:29
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)

ボチボチと、細々と書いております。遮犬と申します。温かい目で読んでくださると何よりでございますーっ!
更新再開いたしましたっ。日常シリアスに感動を与えてみたいという思いで書きました。笑えて泣ける。そんな面白い物語にしたいと思いますので、応援宜しくお願いいたします><;


何気無く日常を過ごす少年。少年は、曖昧な記憶の断片を思い出すことも無く、平凡な日常を過ごしていたが、いつの間にか自分自身、そして様々な運命と対峙することとなる——

「貴方にとって大切な言葉は何ですか?」


〜目次〜
プロローグ……>>1
【第一章】
第1話:願いを叶える桜の木
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>4 ♯4>>5 ♯5>>6
第2話:過去の償い
♯1>>8 ♯2>>13 ♯3>>18 ♯4>>19 ♯5>>20
第3話:不思議な転校生
♯1>>21 ♯2>>22 ♯3>>23 ♯4>>26 ♯5>>27
第4話:突然の困惑
♯1>>28 ♯2>>29 ♯3>>30 ♯4>>31 ♯5>>32
第5話:不思議な手紙
♯1>>35 ♯2>>36 ♯3>>39 ♯4>>42 ♯5>>43
第6話:見えない真実
♯1>>44 ♯2>>45 ♯3>>46 ♯4>>47 ♯5>>48

【第二章】
プロローグ(あとがき付き)……>>50
第7話:記憶のともしび
♯1>>53 ♯2>>54 ♯3>>55



【番外編】
雪ノ木 若葉の日常
>>49


Re: キーセンテンス  ( No.23 )
日時: 2011/08/03 00:41
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

いつものように食堂へと向かった俺たちは、変わることのない騒がしい雰囲気を感じていたが、今回は少しいつもと違った。
原因は、潮咲だった。食堂へ入るや否や、他のクラスの者たちからも声をかけられ、潮咲が転校してくる前に俺が此処でその転校話を聞いた男たちも潮咲の外見や、その他もろもろに見惚れているようだった。

「おかげでいつもより騒がしいな……」

嫌な雰囲気が、余計に面倒で嫌な感じになったため、俺はその場を早く去りたい気持ちで五十嵐を急かした。
その思いが通じたのか、五十嵐は早々にパンなどを買って俺の所へ戻ってきた。こういうところは融通が利くため、五十嵐はなかなか俺にとって良き理解者でもある。

「よし、行こうぜ」

俺の言葉に、一回だけ頷いた五十嵐は、俺と二人で食堂から離れようとしたその時だった。

「あの、待ってください!」

大きな声が食堂の雰囲気をぶち壊しにした。その声の持ち主は、潮咲だった。
誰に話しかけているのかと思い、俺はもう一度食堂の方へと振り返った。すると、潮咲は俺の方をジッと見つめていた。
もしかして……俺に言ったのか? 嘘だろ?

「暮凪君、一緒に食べませんか?」

シン、と静まり帰った食堂の中、俺は食堂にいる人間全ての視線を受けた。中にはひそひそと話し始める奴もいた。正直、有り得なさ過ぎて何も言葉が出ない。というより、どうしたらこんな恥ずかしいことが出来るのかが不思議で仕方がなかった。
五十嵐は俺の顔を一瞬だけ見たかと思うと、潮咲の方へと向いた。俺を助けてくれる、なんてことはないよな。
何秒経っただろう。そうしていると、遂に潮咲の近くに集まっていた生徒達が耳打ちするかのようにして小声で潮咲に告げた。

「し、潮咲さんっ。あれはダメだって!」
「確かに顔はイケメンかもしれないけどさ、あれは危ないし、絶対ダメだよっ!」
「そうそう! あいつ、良からぬ噂もあるしさ」
「俺なんか、今日の朝さ、怒鳴られたぜ。見世物じゃねぇんだぞっ! ってな。凄い剣幕で、殴られそうだった」
「ひぇ〜……もの凄く怖いじゃん! やめといたほうがいーよっ! 潮咲さん!」

人のことをあれとかこれとか、あいつとか。クラスメイトから名前で呼ばれないということが妙に腹立たしく感じた。
ボソボソと潮咲に耳打ちするだけの奴等。まともに俺へと面と向かって話しかけてくることなんて一度さえなかった。
臆病者共は俺の気ばかり気にして、素知らぬ顔をしている。そんなゆとりで、生活に何の支障も無く、家族円満な奴等が俺にとっては——目障りで仕方がなかった。
いつの間にか握り締めた拳は、震えていた。

「私は、皆とも食べたいですが、暮凪君とも食べたいんです」

潮咲は妙にオドオドした感じで、静まり帰っている食堂の中、一人立ち上がって——焼きそばパンを手にして俺に微笑んでいた。
それが、一番我慢出来なかった。俺をこれほどまで晒し者にして、そんなに楽しいかと言いたかった。

「一緒に食べま——」

もう、我慢の限界だった。
潮咲の言葉を遮り、俺は傍にあったゴミ箱を蹴飛ばした。勢いよく中のゴミは散乱し、ガラガラッ! と、大きな音を立てて前方のテーブルへとぶち当たった。
その時、そのテーブルに居た生徒共が「ひぃっ!」「きゃぁっ!」とか声をあげてその場から立ち上がった。

「何のつもりだよっ!! 俺に構うんじゃねぇっ!」

気付いたら、俺は大声で叫んでいた。
本当は怒鳴ると周りが怯え、また鬱陶しく囁かれる。だからあまり怒鳴りたくもなく、普通に生活を送っていた。
しかし、それをこの食堂の、人の多い場所で晒し者にされたせいなのかは分からないが、俺は大声で叫んでしまっていたんだ。
その様子にビビったのか、周りの連中は俺を見ることなく、いそいそと目の前の食べ物を見た。
潮咲は——呆然と、俺の顔を見つめていた。
五十嵐が後ろから俺の肩をポンッと軽く叩いたことに気付き、俺は食堂から逃げるようにして出て行った。
潮咲は、それから俺が居なくなった後、散乱したゴミ箱をずっと見つめていた。
周りの奴等は「最低だよな」「何だよ、あいつ」という感じに居なくなったことを良い事に、次々と愚痴を漏らしていた。
ただ一人、潮咲のみを除いて。




屋上に着くと、あまり人がおらず、いつもよりかスッキリとした感じがした。
食堂の件で気が晴れない俺は、そんな人があまり居ないような環境が凄く有難かった。

「お。遅かったねー」

声のした方を向くと、そこには北條が両手でパンをガジガジと食べていた。その北條の横で、顔を赤らめながら下を俯く雪ノ木の姿があった。
だが、一つ気になる点がある。

「涙は?」

涙の姿がなかった。
いつもなら、こうして遅れて来たならば「遅いっ! 何してんのっ!」という感じに怒鳴ってくるはずなのだが……今回はその怒号の声が全く無かった。

「何か今日休みらしーよ」
「休み? あいつが?」
「うん。珍しいよね。皆勤賞とか余裕なぐらい元気な涙が休むなんて」

涙が休むなんてことはこれまで一切無かった。ずっとあの五月蝿い声がこの屋上で昼休み、聞こえていた。
それが今日は無いと思うと、どこか寂しい感じがしないでもなかった。

「そうか」

俺は特に気にした素振りもせず、その場に座り込んでコーヒー牛乳に口をつけた。

「あ、ああああのっ!」

丁度コーヒー牛乳が口の中に入ろうとした時、雪ノ木が話しかけてきた。それに返事をするまで、コーヒー牛乳が喉を通り過ぎるまでかかり、数秒後なんとか「何?」と声を出すことが出来た。

「き、今日のあにゃ! ……今日の朝っ! す、すみませんでしたっ!」

ペコリと頭を小さく下げて謝る雪ノ木を見て、俺は今日の朝の出来事を思い出した。
別に気にするほどのことでもなかったので、俺は適当に「気にするな」とでも言って再びコーヒー牛乳を飲んだ。

「すみません……」

また謝る雪ノ木の頭をポンッと軽く叩いた。目を細めている雪ノ木に対して、俺はため息を吐いて言った。

「俺が悪かったんだ。あれ、わざとしてたから。だから俺の方が謝らないといけないからさ。ごめんな」

俺が言い終わると、雪ノ木の体は硬直して、みるみる内に赤面へと変化を遂げた。

「いいい、いえぇっ!! 暮凪君は、わ、悪くないんですっ! 私、私が、何か、そのぉ……だ、抱きついて……う、うぅ……しまいましたから……そのぉ……」

だんだんと声が小さくなっていくその姿がやけに面白く感じた。先ほどの食堂の一件を忘れることが出来るかのように、俺の心にその可愛らしさは浸透した。

「ありがとな」
「へ……?」

何がなんだか分からない、という感じの表情で、お礼を言った俺に対して声をあげた。

「さ、食おうぜ。腹減った」

結局俺はその後、雪ノ木たちのおかげで何とか先ほどのモヤモヤした気持ちが消え去り、その一日を過ごした。
食堂での一件から、潮咲が何度か俺に声をかけようとしたみたいだが、俺はそれを無視してその一日を過ごした。
その方が、俺にとっても、潮咲にとっても最良の道だと思ったから。
俺は、初日から潮咲を少し避けるようになった。




気持ちとは何だろうか。
それは、突然ふと起こるものなのだろうか。それとも、何かに反応して起こることなのだろうか。
気持ちは突然変化する。それは何時でも、どこでも、それは変わらない。
貴方への気持ちも、変わることはある。けれど、きっと必ず私は貴方に言うことでしょう。
——と。

Re: キーセンテンス  ( No.24 )
日時: 2011/08/03 09:11
名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: DNzgYQrN)
参照: 朝から失礼します。

お久しぶりです。
100分×4コマ×7日間という気が滅入りそうな夏期講習が無事終わり、集中してキーセンテンスを読み終えることが出来ました^^

相変わらずの面白さでした。司とその周りの面々との掛け合いが、回を増すごとに面白くなっていくので飽くことなく読み進められますね。
最後のほうで涙はどうしたんでしょうか。雪ノ木の司に対する恋心は。巫女服の女の子の正体は。潮咲と司の関係はいかに…。

まだまだ目が離せません。がんばってくださいね!
それでは、次なる更新を願って。
カケガミでした。

Re: キーセンテンス  ( No.25 )
日時: 2011/08/03 20:27
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

>>カケガミさん
お久しぶりですーっ!
夏期講習終わったのですかー!おめでとうございますっw
そして読んでいただけたことをを心よりお礼申し上げます;

だんだんと、司の心情とかが表せていけたら良いと思ってます。そのために頑張りますb
涙は一体どうしたのか。雪ノ木の司に対する恋心の行方や、巫女服の女の子の正体。
何より、潮咲と司のこれからの関係に注目していただけたらなぁ、と思いますっ。

はいっ!頑張らせていただきますねっ。
更新やる気が俄然出てきたぁあっ!!やりますよっ!w
コメント、ありがとうございましたっ!

Re: キーセンテンス  ( No.26 )
日時: 2011/08/04 18:36
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

翌朝。俺は何事もなかったようにまたいつもの自分の部屋で目覚めるが、昨日の出来事を思い出してため息を吐いた。
どうせ学校に行くと、またひそひそと話をされたりするんだろう。面倒臭いことこの上ない。
今日、休んでやろうかとか考えてみたが、火曜日というと一週間始まって間もない頃だし、明日が休みならともかく、今日休むのはなんだか気が引けた。

「仕方ねぇ……」

俺はもう一度ベットの上でため息を吐き、かけてあるブレザーとズボンを取って着替えることにした。




家を出ると、俺はいつもの通り桜の木のある丘へと向かおうとした。だが、潮咲がいないとは限らない。夕方より、潮咲は朝に出没する確率は高いだろう。
正直、昨日の一件からしてあまり会いたくなかった。

「……今日ぐらい、別に見に行かなくていいか」

一日の習慣づけの内の一つとされていたため、行かなくてはならない感じがどことなくしたが、何も強制的に、絶対行かなくてはいけないということはない。
そんなことで、俺は桜の木のある丘へは向かわずに、そのまま学校へと向かうことにした。

桜の木の丘を見に行かないとなれば、結構時間は余る。学校に着く時間帯は、普段よりも断然早いものになる。
つまり、その分暇なわけで、俺は何をするか考えた挙句、何となく五十嵐の家に向かうことにした。
五十嵐も早起きの部類で、普段の俺より早く学校に居る。優雅に本を読んでいるわけなんだが……それなら学校より自分の家でコーヒーでも飲みながら読めばいいのに、と俺なら思う。
いつも何を読んでるのか知らないが、毎回分厚い辞書みたいな本を読んでいる五十嵐は、正直何を考えているのか分からないところが多々ある。
だが、そんな静かで、不思議な感じの五十嵐が俺にとっては気が合う唯一友達といえるのかもしれない。

そんなこんなで、俺は五十嵐の家へと向かっていた。五十嵐の家は、俺の家から学校までを地図上で直線に結んだ丁度真中付近にある豪邸だ。
昔ながらの瓦とかで作られた木造建築は、何より面積が広く、家もバカでかい。俺の寂れた一軒家とは大違いだ。
涙も五十嵐も金持ちのサークルかと思うが、北條も確か俺と同じぐらいの環境だったはずだ。——家族状況とか、そういう面は知らないけどな。

「久々に来るけど、やっぱでかいな……」

改めて五十嵐の家を目の前にして感動せざるを得なかった。
何度か入ったことがあるが、どこがどこだか分からなくなるぐらいの広さで、何回か迷った経験もある。
父親が盆栽とか好きで、庭にはそれらのものが多く置かれている。庭師さんが毎週何曜日かに五十嵐の家に来て、盆栽やらを切っていたりしているのを何度か見かける。
今日も丁度その日だったようで、庭師の人が梯子に登って切っていたりしていた。
その庭師の人は年季の入った歳をとった老人で、渋い顔をして木を睨みつけている。
こんな朝っぱらご苦労様だと俺は思いながら、インターホンを押そうとするが、この早朝からインターホンは正直迷惑かと思って俺は庭師の人に声をかけることにした。

「あのぉー……」
「……」

一度声をかけてみるが、庭師は目線と体をずっと動かさない。聞こえてるのかどうか分からなかったので、俺はもう一度声をかけることにした。

「あのー……」
「……」
「あのぉっー」
「……」
「あのーっ!」
「……ハッ! ……何でございますでしょうかぃ、坊ちゃん」

三度声をかけたところで、老人の目が突然見開いたかと思いきや、すぐにまた目を細め、老人は俺を見下ろして返事をしてきた。
坊ちゃんって、もしかして俺を五十嵐だと間違えてる?

「あのっ、五十嵐 涼君はまだ家にいますか?」
「坊ちゃん? 坊ちゃんですかぃ? あれ? ……ハッ! あぁ、まだ居ると思いますぜぇ、坊ち……いやぁ、兄ちゃん、坊ちゃんに似てらっしゃるなぁ。ヘヘヘッ」

何が面白いのか、梯子の上から一人で思考錯誤を繰り返して喋っている老人の姿は俺から見ると滑稽だった。
老人は「ちょっとお待ちくだせぇ」と、俺に言うと梯子を慣れた手つきで降り、ほどなくしてから五十嵐の家の門が開いて、先ほどの老人が歩いてきた。表情は、目が細めであまり分からないが、笑っているのだろうか、眉間にシワとかも年代が年代で笑ってるのか怒っているのかが分からないほどになっていた。

「あっしの名前は、佐久野 龍之介(さくの りゅうのすけ)という者でぇ。お見知りおきくだせぇ、兄ちゃん」
「は、はぁ……」

いきなり自己紹介をしてきた佐久野さんは、相変わらず目を細めて口元を少し吊り上げたので、多分笑っているのだろう。

「あのでさぁ……兄ちゃんの名前は……?」
「あ、あぁ、すみません。俺は暮凪 司といいます」
「暮凪……変わった苗字でさぁなぁ、兄ちゃん。……ハッ! ということは、兄ちゃんが坊ちゃんの言っていた"お友達"ですかぃ?」

再び目を見開いて、佐久野さんは俺を見て言ってきた。佐久野さんは思い出す時はこうして目を見開くクセがあるらしいな。
それにしても、五十嵐が俺のことを"お友達"だとしてくれていたことが驚きだった。普段からそんな感じは微塵とも感じないんだけどな……。

「まぁ、そんな感じです」

適当に俺は佐久野さんに言っておいた。すると、佐久野さんは数秒間その場で立ち止まった後、「呼んできまさぁ」と言ってまた門の中へと入っていった。
何度も見かけていたことはあったが、名前は知らなかった庭師の佐久野 龍之介さんか……。覚えておいて損はないかもしれない。
暫くして、門の中から五十嵐が出てきた。相変わらずのインテリ眼鏡をかけて、スラッとしたスタイルはそのままに、いつもと同じ髪型でゆっくりと歩いてきた。

「待たせたようだな」
「いや、別に大丈夫だ。俺こそ、いきなり来て悪かった」

五十嵐は片手に本、もう片方の手にバッグという組み合わせで俺の隣まで来た。
門の中側には、分かりにくい笑顔で手を振っている佐久野さんの姿もあったわけだが。




五十嵐の家から学校まではさほど距離は長くないので、徒歩で十分なぐらいだ。そのため、朝の運動も兼ねて五十嵐は毎朝歩いて登校しているという。
俺は自転車から降りて、押していきながら登校することにした。

「……庭師が、何か申し訳ないことでもしなかったか?」

突然の五十嵐からの質問に、俺は少し意外さと戸惑いを感じながらも「別に、楽しかったよ」と返した。
その俺の返事に対して、五十嵐は何も返さず、ただ黙って前を歩いていた。
そうしている内に、学校が見えてきた。いつも通りにある学校は本当に素っ気無く感じる。
桜の花が満開だったのはついこの間のことように感じるが、今は少々散り散りになっており、なんだか味気ない学校のように外見から見て思ったからだ。

「面倒が無いように、今日は安静に過ごしたい」

そんなことを願いつつ、俺と五十嵐は校門を潜って行った。

Re: キーセンテンス  ( No.27 )
日時: 2011/08/04 19:40
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

俺と五十嵐が教室に入ると、クラスメイトの何人かが噂話をするかのようにしていたが、それらを無視して俺は自分の席へと座り、机に突っ伏して寝ることにした。
どうせ起きていても何も無いし、ただ騒がしい中をボーッとしているのは苦難だともいえた。俺はそうしていることが一番楽だと思った。
そうやって突っ伏してから何分経っただろうか。随分とウトウトし始めてきた頃だった。

「——……暮凪君」

誰かが俺を呼んでいるような気がした。気のせいだと思い込んで、俺は無視しようとしたが、なおもその声は続いて俺を呼びかけていた。

「暮凪君」

やがて、薄っすらとした意識の中、俺は目を覚ます。そうすると、目の前には潮咲の姿があった。
その表情は笑顔そのもので、俺は戸惑いを隠せなかった。

「お前……! って、他のクラスメイトは……」

俺と潮咲以外、他に誰もいなかった。
不自然極まりないこの空間の中で、潮咲は俺に「ふふふっ」と楽しそうに笑うと、ゆっくりと窓の外を眺めた。
窓の外は、何故だか夕暮れ時になっており、誰もいなかった。

「ねぇ、暮凪君。覚えてる?」
「な、何を……」

潮咲の様子がおかしく感じたのと同時に、何故だか記憶の中にいる少女の姿を思い浮かんだ。
前から似ているとは思っていたが、こうしてフラッシュバックするほどだとは思わなかった。この横顔に、この表情。俺は確かに記憶の中の少女と同一視していた。

「私が、貴方と出会った時のこと」
「出会った時……?」

俺は呟くようにして復唱すると、潮咲は「そう」と一言だけ呟き返した。
確か、潮咲と最初に出会ったのは桜の木の丘でだ。桜の木が好きかどうかを聞いてきたんだったな。

「あれか? 桜の木の丘で——」
「違うよ」

俺の言葉を遮り、潮咲は呟いた。その声はどの声よりもハッキリと聞こえ、心に残るような響きをしていた。
潮咲はゆっくりと俺の方へ向く。その顔は、先ほどの笑っている無邪気な表情などではなく、俺をしっかりと見つめた、真顔だった。
温い風がゆっくりと窓から流れてきて、潮咲の長い髪を撫でた。ふわっと髪は風に流されて靡いたところを、潮咲は左手でその髪を耳にかけて押さえた。

「あの日は、酷く寒い日だった。たった一人、世界で取り残された女の子が目覚めた、あの世界のように」

潮咲の言っていることの意味が分からなかった。そんな記憶はどこにでもない。俺は困惑していたんだと思う。何も言い返せなかった。

「君は……私が見つけた。最初の、大事なお友達」
「何、言って……」

潮咲の表情は、どこか哀しげで、とてつもなく寒くて、酷く落ち込んでいるようだった。
なんだか、そんな話をどこかで聞いたような気がする。確か、五十嵐からの話で……そう、あの無題の本だ。あの分厚い本を読んで、その内容が確かそんなだったと思う。
哀しい、恋物語。そんな単語が不意に俺の頭を過ぎった。

「世界は、忘れていく。何もかもを、変えていく。私は、そして——」

潮咲がゆっくりと話していく中、いつの間にか外の風景が凍り付いていた。雪がゆっくりと降り、地面には雪が沢山積もり、学校から見える町の風景は何もかもが白く染め上げており、その中でたった一つだけ見えないはずのものが見えていた。
それは——桜だった。

「お前……!」

俺の言葉を無視して、潮咲はゆっくりと俺に向けて手を差し伸ばす。その表情は、先ほどと同様に哀しい顔をしていた。

「行こう? 一緒に」

潮咲の手は、だんだん俺へと近づいてきて、そして——!




「ッ!!」

俺が目を覚ますと、そこにはいつもと変わらない風景とクラスメイト達の姿があった。

「夢……か?」

最後、潮咲は俺の頬に手を触れたような気がした。そっと、俺も同じ場所に手を触れてみると、何故だか冷たく感じた。
不思議に思い、俺は自分の手を数秒見つめた後、ふと潮咲のいる席へと目を向けた。
だが、そこには潮咲の姿は無く、まだ登校していないらしかった。

「所詮、夢だよな……」

俺はそう嘆息し、声を漏らした。
そうしてまたボーッとしていると、聞く気はなかったのだが、耳に聞こえてきた内容があった。

「潮咲さんは?」
「んー? まだ来てないんじゃない?」
「昨日潮咲さん、何であのゴミ箱片付けたのかしら?」
「あぁ、あれ? 暮凪君が蹴飛ばした奴でしょー? 何で片付けたのか全然分かんないよねー。そのまま放置してればいいのに」
「私なら絶対しないねー。暮凪に片付けさせればいいのに」
「シッ! 聞こえるよー?」

潮咲の席近くで話す女子の話が聞こえた。潮咲が、俺の蹴飛ばしたゴミ箱を片付けた? 何でそんなこと……。
だが、その時、何故だかは分からないがふと思ってしまった。
潮咲に、会いたいと。
何故そう思ってしまったのかは分からない。だけど、そこで会いに行かなくてはいけないような気がした。
俺は席から立ち上がると、そのまま教室を出て行った。




色々見て回ったが、全然潮咲と思える人物は見つからなかった。雰囲気的にもなかなかいないし、見つけやすいとは思うんだが……。

「残りは食堂ぐらいか……?」

食堂なんて、朝に訪れることはあまりない。あったとしても、自動販売機に買いに来るぐらいだ。食堂にいるはずもなかった。

「まぁ……見てみるか」

俺は食堂のドアを開いた。すると、そこには潮咲の姿があった。
潮咲は、ゴミを一つずつゴミ箱に入れて、丁寧に箒で掃いたりなどをしていた。

「なんだか悪いわねぇ……」
「いえ、丁度通りかかっただけですのでっ」

潮咲は食堂のおばちゃんに笑いかけると、また箒で掃く作業に入った。
食堂にいるという可能性は全然信じてなかった。でも、目の前で潮咲は何故だかゴミ箱の掃除をしている。意味不明にもほどがある。
そうして俺が食堂のドアの前で立ち止まっていると、俺に気付いたのか、潮咲は顔をあげて俺を見たと思いきや「あっ」と声をあげた。

「……よぅ」
「あ、えっと……おはようございますっ」
「え? ……あぁ、おはよう」

ペコリと頭を下げて遠慮がちに挨拶をする潮咲は、全く変わらないような感じがした。
さりげなく、俺は自動販売機へと向かい、その途中で「なぁ」と潮咲に声をかけた。

「え、あ……はい?」

戸惑いがちに答える潮咲には構わず、俺はそのまま言葉を続けた。

「昨日、悪かった。ああいう、なんていうんだ? その……ガヤガヤした場所、嫌いなんだ。だから、ついカッとなってだな……」

お詫びの言葉なんて、言おうと思っていなかった。正直のところ、何も考えずに潮咲に会いたいと思っていたんだ。
何も考えずに言葉を発したら、何故かお詫びの言葉が出てしまったというわけだった。
その俺の言葉を聞いて、潮咲がどんな顔をしているのかも分からないまま「い、いえっ! そんな……」という戸惑いがちの言葉を聞いた。
その後、沈黙が食堂に訪れて、俺は少々困った。仕方なく、俺は自動販売機の中でカフェオレを選んで購入した。
ガコン、というカフェオレが落ちてくる音とほぼ同時に「あのっ」という潮咲の声が聞こえた。

「え? 何?」
「あ、いえ、その……」

また同じように緊迫したような、何やら落ち着かない雰囲気が漂った。それからまた数秒後してから俺から口を切り出そうと心に決めて声を出した。

「なぁ」「あのっ」

俺と潮咲の声が見事に被り、再び沈黙となる。潮咲に至ってはテンパりまくってオドオドしながら赤面しているぐらいだった。
俺も少しどうしていいか分からないため、俺も正直悔やんでいる。

「き、気が合いますねっ」

どこの口がそんな言葉を出すのかと言いたいぐらい、場違いな発言を潮咲が突然言い出した。その表情は苦笑している、とでもいったところか。

「変なところでな」

落ち着いたところで、俺はようやく自動販売機からカフェオレを取り出した。

「その、私も変なことして、その……すみませんでしたっ」

再びペコリと頭を下げる潮咲の姿を見ながら、ストローをカフェオレに差して、口につけて飲む。
変わらない甘いカフェオレの味が、今の状況を打開する策を思いつくように脳を活性化してくれることを願いながら、俺は「別に」と言葉をようやく返した。

「私、正直あんなにその、良くしてもらえるとは思っていなくて……。というより、何より、私は——暮凪君と一緒に、ご飯が食べたかったので……」
「はぁ?」

思わず口に含んだカフェオレを噴出してしまいそうになった。俺と一緒にご飯が食べたかった、という人間は雪ノ木以来だった。
何ていうか、そういう発言は少なくとも好意を抱いている人に言うべきだろうとか思いつつ、じゃあ雪ノ木はどうかといわれればなんとも言えなくなる。

「あの……迷惑、でしたよね? ごめんなさい。もうしませんので……」
「いや……そういうわけじゃなくてだな。別に俺と食わなくても、他の奴もいるじゃねぇか。何で俺なんだよ」

俺がそうやって問いただすと、潮咲は「だって……」とゆっくりと顔を俯かせ、そしてまた顔を上げた。
その表情は、笑っていた。


「暮凪君が、私が此処で出会った最初の大事なお友達だからですっ」


その時、俺はあの夢で見た時の少女と潮咲をほぼ同一視した。
まるで同じようなことを言っていた。最初の、大事なお友達。
これは偶然か? それとも——

「嫌、でしたか……?」

不安そうな表情で、潮咲は俺を見つめてきた。その表情を見てると、考えるのも何故だかバカらしく感じてきて、ぷっと口から吹き出すようにして笑いが込み上げてきた。

「嫌なんかじゃねぇよ。ただ、驚いただけだ」
「そ、そうですかっ! それはよかっ——」

嬉しそうな笑顔を浮かべながら、潮咲が喋ろうとした言葉を遮って聞こえてきたのは、何回も聞き覚えのある音だった。

キーンコーンカーンコーン

「ちゃ、チャイムッ! もうこんな時間っ。暮凪さん、急ぎましょう!」
「お、おいっ!」

突然、潮咲は俺へと近づいてきて、そして俺の手を握ってきた。
温かく、柔らかくて、小さな手だった。その手は、俺の冷えた手を温めるかのように、慈悲じみた感じを漂わせていた。
そのまま俺は潮咲に引っ張られて食堂を後にした。その道中、いきなり潮咲が「あっ!」と声をあげ、俺は驚き、立ち止まった。

「ゴミ箱の掃除、忘れてました〜ッ!」
「……なんだ、そんなことかよ……。俺も後で手伝うし、別に後でも構わないだろ?」
「え、で、でも——」
「今は急ぐべきだ。担任が来ちまう」

俺の言葉に潮咲は頷いて「そうですねっ!」と、不思議に笑顔を浮かべて再び走り出した。今度は、一人でに。
その場に取り残された俺は手持ちのカフェオレを一気に飲み切り、空になったカフェオレの紙パックを近くのゴミ箱へと投げ捨てた。

「暮凪君っ! 早くしないと間に合わないですよっ!」
「はいはい……」

俺は嘆息しつつも、不思議と——笑っていた。
あんな不思議で、バカで、純粋な奴は初めてだと、俺はそう直感的に思いながら、潮咲の後を追いかけて行った。




凍える大地を、私は歩いた。
ずっと、ずっと歩いて、ようやくたどり着いた。
動けない貴方を見て、私はようやく自分が何かを分かった。そして——

「最初で、最後の、私の一番大事なお友達」

そうして、私は貴方の元へと倒れこんだ。
まるで、眠るように——。


——END


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