複雑・ファジー小説

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キーセンテンス
日時: 2012/02/05 12:29
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)

ボチボチと、細々と書いております。遮犬と申します。温かい目で読んでくださると何よりでございますーっ!
更新再開いたしましたっ。日常シリアスに感動を与えてみたいという思いで書きました。笑えて泣ける。そんな面白い物語にしたいと思いますので、応援宜しくお願いいたします><;


何気無く日常を過ごす少年。少年は、曖昧な記憶の断片を思い出すことも無く、平凡な日常を過ごしていたが、いつの間にか自分自身、そして様々な運命と対峙することとなる——

「貴方にとって大切な言葉は何ですか?」


〜目次〜
プロローグ……>>1
【第一章】
第1話:願いを叶える桜の木
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>4 ♯4>>5 ♯5>>6
第2話:過去の償い
♯1>>8 ♯2>>13 ♯3>>18 ♯4>>19 ♯5>>20
第3話:不思議な転校生
♯1>>21 ♯2>>22 ♯3>>23 ♯4>>26 ♯5>>27
第4話:突然の困惑
♯1>>28 ♯2>>29 ♯3>>30 ♯4>>31 ♯5>>32
第5話:不思議な手紙
♯1>>35 ♯2>>36 ♯3>>39 ♯4>>42 ♯5>>43
第6話:見えない真実
♯1>>44 ♯2>>45 ♯3>>46 ♯4>>47 ♯5>>48

【第二章】
プロローグ(あとがき付き)……>>50
第7話:記憶のともしび
♯1>>53 ♯2>>54 ♯3>>55



【番外編】
雪ノ木 若葉の日常
>>49


Re: キーセンテンス  ( No.18 )
日時: 2011/07/26 20:47
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

普通の家庭では、家に帰ると「ただいま」「おかえり」この二言が出て、楽しく学校での出来事とか、色々なことをそれは楽しく話すだろう。
でも、俺は違う。俺の家庭は、変わっているんだ。
家に帰る、なんてこと自体をしたくない。それより、俺は何より父親を憎んでいるのにどうしてただいまやおかえりなどという言葉の交わし合いが必要だろうか。
要らない。そんなものはとっくに捨てた。母さんが、母さんが見捨てられたその日から。
俺が少女の夢や、少女のことを思い出し始めてきたのは丁度その頃だった。母さんが死んでから、その日から俺の心の中で少女との思い出が溢れ返ってきた。
とは言っても、全然何も知らないことばかりで、何も記憶には残っていない、その少女は架空の人物に過ぎなかった。
けれど、実際に居た気がしてならない。けれども、思い出せない。
そんな俺にとってのジレンマが、俺自身を縛り付けている。そんな過去の償いのようなことをさせられているのではないか、と心では思っている。そうして、こうして、毎日を生きている。

「——司! 司ッ!」
「ん……? 何だよ?」

気付くと、俺は涙に話しかけられていた。俺の腕をゆすりながら、眉間に無いシワを寄せて怒っている感じだった。

「何寝てんのよっ! 今ミーティング中よ?」
「何のだよ」
「活動方針のよっ!」
「だから何の」
「ふざけてんのっ!? 部活のに決まってるでしょっ!」

あぁ、そうか。思い出した。
そういえば放課後こうして部室という名の旧校舎、空教室でミーティングとかいう大袈裟なことをしているんだった。
全く、何がミーティングなんだか。それよりもちゃんと部活として認められるようになれ。とはいっても、遊びを基本とした、だなんて相手にされないと思うがな。

「何かねー遊びの音色とかって、何でそんな名前にしたんだろーなんて思ったりしてねー」
「今更何言ってんの」
「うっさい! 司は黙ってなさいよ!」
「とは言っても、今ここにいんの、俺と五十嵐とお前だけじゃん」

俺の言うことは正しかった。ここにいるはずの部員メンバー二人、雪ノ木と北條がいないのである。
いるのはここで居眠りこいていた俺と、ミーティングだというのに読書してやがる五十嵐と、どこから見つけてきたのか古いホワイトボードに「みーてぃんぐっ!」と、意外にも可愛らしい字で書いた張本人、涙が居るぐらい。
ていうか、活動内容が遊びだというのにミーティングもクソもないような気がしてならない。

「なぁ、眠いんだけど、帰っても——」
「ダメに決まってるでしょうがっ! 脳天カチ割るわよっ!?」

お前、一応性別女の子だろ。別に言っても対して何も思わないけど……言い方によるだろうよ。脳天カチ割るって、このご時世でその年齢の女の子が普通、言うかね?
アホらしく思えてきた俺は、とくにやることもないこの空教室の中で唯一楽しめるものといえば——そう、お茶だ。
雪ノ木が気を配って、お茶飲みやらポッドやらを用意してきてくれていた。早速俺はそれでお茶を作り、飲むことにした。

「あーっ! まだミーティング終わってないっ!」
「別にいいだろもうミーティングは。十分にミーティングしたろうが。涙はもっと女の子らしく振舞うように。うん、それだ」
「あんた……ケンカ売ってんの?」
「いや、特に」

お茶を作り、それを急須に入れて啜る。お茶の葉がいいのか、味もなかなかよかった。これはいいものを置いてくれた。雪ノ木には本当、感謝することが多いな。

「もう少し部員らしくしろーっ!」
「部員になったような覚えはあんま無いんだけど」
「司、あんた一回死にたいようね?」

パキポキと指と指で音を鳴らしながら近づいてくる鬼のような涙を余所目に、俺はとあることを思い出してそれを告げた。

「あのさ、例の転校生だけど、来週転校してくるんだってよ」
「え? 来週?」
「そうだ。今日は金曜日だから、後二日三日経てば転校生と会えるってわけだ」

それだけ俺は伝えると、涙は先ほどの鬼の形相とは一変して、考えるような素振りに入った。
ちなみにだが、今日はその転校生たる潮咲 桜を何故探しに行かないのかというと、遠くてしんどいから飽きた、だそうだ。何とも簡単に探偵ごっこじみたお遊びは終わりを告げたな。

「ふむ……来週、か」

口元に手を当て、考え込む涙は放っておいて、俺は五十嵐の読む本を隣からそっと覗き込んでみた。
その気になる中身は、一つの演劇で使われる物語だった。それも、少し見覚えがある感じがしてならない。

「五十嵐、この本って、お前のか?」
「……いや、この教室にあったものだ。どうやら昔、演劇部が持っていたものだろう。既に演劇部はこの高校からは無くなってしまっているからな」
「へぇ……」

俺は特に気にもせずにその本よりも茶を啜った。
チラッと見た一文からして思い出せるのはこの物語は意味不明だということだ。
俺が見た限りだと、この本については何を結局書きたかったのか分からず、あまり記憶として残ってないものとなっていた。

「この本、結局何が言いたいのか俺にはさっぱり分かんなかったよ」
「……これを読んだことがあるのか?」

突然、五十嵐が少し眉を上げて俺に問いかけてきたので、内心少し焦ったが「あぁ」と、返事をしてまた茶を啜った。

「これは……哀しい、恋の物語だ」
「そうだったか? 確か……少女が旅をするんだったよな」
「あぁ、そうだ。そしてその少女は気付くんだ。この世界は、自分の生まれた世界ではない、とな」

本を閉じて、五十嵐は優しくその本を撫でた。その動作が、どうにも寂しそうに見えて、何だが五十嵐らしくもないとは思った。

「あーっ!!」

そうしていたらいきなり涙が大声をあげた。突然のことだったので、俺は耳を塞ぐ間もなく、耳がキーンとした感じに追いやられた。

「何だよっ、うるせぇな」
「今日、約束あるんだった!」
「はぁ? 何の?」
「あんたには関係ないでしょっ!」

妙に最後の言葉にはイラッと来たが、暴風の如く走り去っていった涙を止める気にはなれず、ムスッとしたまま静かさだけが残った。

「……俺たちも帰るか」
「そうだな……」

五十嵐と俺は、涙が去ったことによって此処に居る意味が無くなり、早々に立ち去ることにした。
立ち上がった五十嵐を見て、俺は気付いたことがあった。

「あれ? 五十嵐、その本持って帰らないのかよ?」

五十嵐が先ほど読んでいたあの演劇本が机の上に取り残されていたことに気付いた俺はそのことを示唆した。

「いや……また此処に来て読むことにする」
「そ、そうか?」

そのまま五十嵐は俺の横を通り、そのまま歩いて教室を出て行った。
本と、俺を残して。

Re: キーセンテンス  ( No.19 )
日時: 2011/07/27 18:55
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

勿論、俺はそのまま家に帰ることは無く、今日の朝に行けなかった桜の木の丘へと向かった。
多少膨らんだカバンを手に、俺は丘の上を目指して一気に駆け上った。
既に夕暮れ時になっており、春の匂いが振りまく桜の木の下に座り込んだ。いつみても大きく、壮大な桜の木は、俺の存在をそのまま包み込むようにそこへ鎮座していた。

「……何してんだろ。俺は」

そのまま草の生えた平原の上に寝転がり、大きくため息を吐いた。
それから数秒と経たない内に突然起き上がり、カバンを開けてとある物を取り出した。
それは、本であった。五十嵐の読んでいた、あの本だ。
五十嵐が去った後、どうしてもその本が気になった俺は、持ち帰ることにした。そして夕暮れ時となって文字の読みにくい時間にこうして桜の木の下で本を広げる、という行動を起こしていた。

「何で持ってきちまったんだろうなぁ……」

その分厚い本を優しくなぞりながら呟き、俺は早速本の1ページ目をめくることにした。
その本の最初には、記憶通りの意味不明なことが書かれていた。

『——貴方にとって、大切な言葉は何ですか?』

それだけ、書かれていたのである。

「……はぁ? そんなもの知らねぇよ」

と、普段ならば言うだろう。
でも、俺はそんな下衆な言葉を言うよりも、その文章自体に魅入ってしまっていた。
何故だろう。心に深く突き刺さるような、変な感じが俺の全身を漂ってくる。
題名は不詳。何がどんな話なのか全く分からないこの演劇に使われるらしい分厚い本は、俺の記憶では確かに意味不明だ。
もう1ページ、更にめくってみることにする。
するとそこには、普通の演劇のようなセリフの羅列が続いていた。

少女『ここは、どこ? 私は、誰? どうして? 私はここにいるのでしょう?』
(冷たい風が靡く音。寒い、凍える雪が覆う大地)

こんな風に、少女と場面の状況を記したものが書かれてあった。
冷たい、凍えるような大地に少女は一人。その後、此処はどこなのかと、大地に問いながら一人、冷たい大地を裸足で歩いていく。
それが、最初の場面を要約した感じだった。

「……やっぱり、意味わかんねぇな、これ」

五十嵐の言っていた哀しい恋物語とやらが始まりそうな予感はまるでしない。それどころか、少女の行く末はこのままだと死ぬことがほとんど決まっているかのように思えた。
五十嵐が説明した言葉がふと思い出される。

「あぁ、そうだ。そしてその少女は気付くんだ。この世界は、自分の生まれた世界ではない、とな」

自分の生まれた世界ではない世界に存在する少女。それは凍える大地の上で、何の生物も何もいない、物哀しい世界。
そんな中に、たった一人少女は生き物として歩いている。その足跡が、誰に知らされるわけもなく——

「まぁ、確かに哀しいのかもしれないけど……」

そこでパタン、と俺は本を閉じた。
何だかこの先はまだ読んではならない気がした。読んでしまったら、何かがダメになるような気がして。
その時、優しい春風がふわっと俺の周りを撫でて、桜の木を少々震わせた。
その様子が綺麗で、つい、見惚れてしまっていた。

「俺の願いは——いつになったら叶えてくれるんだ?」

そう呟いて、俺はその場を後にした。




部屋に着いて、ひと段落した俺は、晩飯用と部屋に持ち込んでいたおにぎりやパンを取り出して食べながら夜を過ごしていた。
今日は親父は帰ってこない日だったと思う。あれでもまだ仕事に行くだけはマシだろう。しかし、俺は一切親父の金などには手をつけてはいなかった。
母さんが残してくれた貯金も、ありがたく取っておいてある。俺と、"妹"のために溜めていてくれたお金だ。そのお金は俺にではなく、妹のために使いたい。
妹は、今現在ここにはいない。遠い、おばさんの家で過ごしている。俺の存在は知っているが、父親の存在はあやふやなままで別れたことを記憶している。
いつか必ず、俺は妹に会う日が来るのだろうか。来たとして、俺は妹のために何ができるだろうか。
俺を不良扱いして、俺の機嫌ばかり伺うクラスメイトの奴等を毎日適当に相手をして、わけの分からない部活に入ってて。
どこにも褒める場所なんてない。汚点だらけな兄だった。

「……どうしようも、ねぇよな」

ボソリと呟いてみるが、状況が変わるはずもなく、俺はただ、天井で光っている電灯に目掛けて手を伸ばすことしか出来なかった。

「バイト、またやらねぇと……」

そろそろ金も尽きてきた頃で、去年バイトばかりして溜めたお金も底を付きそうだった。せっかく、昼飯抜きにして頑張っていたというのに、こうしてみれば尽きることだけは早いものだった。
そうしてボーッとベットの上で天井を見つめていると、突然電話が一階から聞こえてきた。
今日は親父はいない。電話を取りに、俺は一階まで駆け下りていった。

受話器を取り、「もしもし」とかけてきた相手に話しかけると、同様に「もしもし?」と、少し疑問系で女子の声がした。

「涙か?」
『そうだけど、明日! あんた空いてるよね?』
「何で決め付けんだ……。何だ? 日雇いのバイトでも紹介してくれんのか?」
『んなこと誰も言ってないわよっ! ……明日、とりあえず私ん家来なさい。それじゃあっ』
「はぁ? いや、待て——!」

ガチャンッ! と乱暴に受話器を置く音が聞こえたかと思うと、それと同時に俺の耳をキーンと、耳鳴りが聞こえてきた。

「……あのドアホ。明日覚えてろよ……」

俺は今はもうかかっていない受話器に目掛けて言い放った後、ゆっくりと受話器を電話へと戻した。
それに、何時かも言われていない。そんな無責任な約束をする方が——

二階へ上がりかけたその時、再び電話が鳴り始めた。また受話器を取って「もしもし」と言うと、

『時間言うの忘れてたわ! 明日の朝10:00ね! それじゃ!』
「はぁっ!? 早すぎねぇ——!」

ガチャンッ! と、乱暴に受話器を置く音とほぼ同時に「早すぎないか?」の「か?」部分が見事に合致する。

「あの乱暴女をどうにかしてくれ……」

そう俺は祈りながら自分の部屋と戻った。

Re: キーセンテンス  ( No.20 )
日時: 2011/07/28 13:04
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

涙の言われた通りに、俺は朝の10:00までには涙の家へと着くように逆計算し、眠い目を擦って、適当に朝食を作って食べてから荷物をさほど持たずに家を出た。
俺の家から涙の家までは少し距離がある。自転車でかっ飛ばして行っても、20分はかかるぐらい。
俺の家は都心の少し外れの方にあるが、涙の家は都心に近いところにあるので、結構車の音やらビルが並ぶ景色やらが実感されたり、見れたりする場所付近だ。
涙の家から学校へ行くとなると、電車や新幹線の交通機関を利用するのが一番速い。結構な金持ちでもある涙の家族は、毎日の電車代やら新幹線やらの交通費を出すということを学費を出すということと同じ一環として捉えるぐらいの余裕はあるようだ。
確か、一つ下の妹と、小さい幼稚園児か小学生の中でも低学年の方にあたる弟と妹が二人いたはず。
つまり、涙は長女にあたるわけなのだが、果たして面倒見とかはいいのかというと、かなり妹弟に対する面倒見は良いらしい。

ただでさえ金の無い俺なので、電車代などで無為に空に近い財布を更に空にしてしまうのは虚しいにもほどがあるし、何より電車を使うほどの距離でもないため、自転車で行くことにした。
普通に漕いで行っても30分はかかるのでそれを見越して早めに家を出た。
涙の家に向かう道中、大きな川と橋がある。これが都心とその外れを跨ぐものだと見てもおかしくはない。
この大きな川は、毎年夏になると海に続いているためか、潮風のようなものを感じさせて結構心地いい。この橋の名前は大巫女橋おおみこばしといい、さらに川の名前は大巫女川と呼ばれる。
昔に巫女さんがここらにいた妖怪を払い、それが称えられ、伝説となったから、なんて話があるが、別に興味がないので詳しい話は知らない。
この橋を渡り切り、もう少し都心に近づいた辺りに見える豪邸が、涙の家だ。

「此処に来るのも久しぶりだな……」

去年はバイトばかりして金を稼いでいたこともあって、此処に来る時は去年で一、二回だけ涙の家に行ったぐらいだろうか。
丁度その時ぐらいに、遊びの音色というサークルを涙が作って居た頃がだった。

『拒否権はないわよ? もし断ったら……此処にいる私のガードマンに襲われたってチクってやるからねっ!』

完全に脅し文句じゃねぇか……。
そんな言葉で俺を責め、結局加入させられたのは俺の苦い思い出だ。
丁度そんなことを思い返している頃には橋を渡り切り、後は涙の家まで直行すればいい話。
涙の家までは後坂道一つ下りたら、という所まで来た時、目の前に何やら見たことのある服装で妊婦さんと一緒に寄り添って歩いている女の子が居た。
その女の子の服装は、巫女服。そして、髪飾りをつけて、リボンで頭をカチューシャのように結んでいるショートヘアーの女の子。
スタイルは良い感じだと思うのは服装が巫女服だからか? 何にせよ、普通に見かける辺りからして奇抜な感じがしたのは否めなかった。

「大丈夫ですか? もうすぐですよっ」
「ありがとね……琴乃ことのちゃん。大事な買出しなんで……う、うぅっ!」
「だ、大丈夫!? しっかりして、桐野きりのおばちゃん!」

ゆっくりと慎重そうに歩いていた妊婦さんの動きが突然止まり、お腹を押さえて、急に苦しみだした。
巫女服の女の子は慌てた様子で、どうしようどうしようと、パニックになっていた。

「おいおい……ほっとけるわけ、ないだろっ」

俺は急いで坂道を下った所にいる二人の下に駆け寄った。

「とにかくっ、安静に出来る場所へ行くぞっ!」
「あ、貴方、誰っ!?」
「そんなことはどうでもいいだろっ! ほら、手伝えっ!」

俺は妊婦さんを抱え上げるようにして立ち上がらせ、その隣を巫女服の女の子が少し驚きながらも、俺の持つ片方の肩とは反対の肩を持って二人して妊婦さんを安静な場所へと運んだ。

「う、生まれる——ッ!!」
「生まれるッ!? それ、本当!? 桐野おばちゃん!」

安静な場所に来たら来たで生まれる発言なんてな。忙しいにもほどがある。
俺は坂道の方へと戻り、通り過ぎる車を叫びながら止めさせる。
何度か無視され、通り過ぎられたらが、何台目かにやっと止まってもらえた。

「すみません! もうすぐ生まれそうな妊婦さんがいるんです! 産婦人科まで乗せてもらえませんか!?」
「え、それは本当かい? わ、分かった! 今すぐ連れて行こう!」

車に乗っていた30代後半ぐらいの眼鏡をかけて、サラリーマンのような男性は、すぐに状況を把握してくれて、どこぞと知れない妊婦さんを車の中へと運んだ。
妊婦さんの隣にはあの巫女服の女の子もおり、俺が「乗って!」と叫ぶと、驚いた様子で何度も頷いて妊婦さんを励ましながら車に同行した。

「産婦人科と言っても……この辺りはあまり来たことなくて……」
「産婦人科なら俺、分かります。まず、ここを真っ直ぐ行ってください!」

幸いにも、俺は産婦人科の場所を知っていたため、容易に病院へと着くことが出来た。
急いで妊婦さんは運び込まれ、その大事を俺と巫女服の女の子、そして送ってくれた男性の方も一緒になって見届けた。
家族でもない、先ほど赤の他人だった人達が、一つの生命に対してこんなにも必死になっている。
そのことが、俺をとても締め付け、無事に生まれてくれ、という思いを奮起させたのだと思う。
その後、病院に慌ただしく入ってきた男性が一人。エプロンをつけたまま来て、巫女服の女の子を見るや否や、駆け寄ってきた。

「琴乃ちゃん! 美奈子みなこは……!」
「大丈夫です。今出産中で……あ、この二人がおばさんを運んでくれたの!」

この男性は恐らく、先ほどの妊婦の夫にあたる人だろうなぁと、すぐに分かった。そして、美奈子というのは妊婦さんの名前。
男性はゆっくりと俺と、ここまで運んできた男性の前に立つと「ありがとうございますっ!」と、感謝の言葉を並べた。
男性の方はとても遠慮気味に「いえいえっ! とんでもないです!」なんてことを言っていたが、俺は特に何の返事も返さなかった。
お礼自体に慣れていなかったのかもしれない。
そんな俺のことを、巫女服の女の子はずっと見ていたことなんてのも気付くはずはなかった。

それから何時間かした後、病院の先生が出てきて俺たちに赤ちゃんの安否を説明した。

「無事に出産できましたよ」

笑顔で言う医師に心から感謝したい気分だった。
夫である男性が来てから数分経った後に、車の男性は帰っていったので、俺と巫女服の女の子と、夫である男性の三人が生まれる瞬間まで病院にいた。
何度も夫の男性は先生にお礼を言い、すぐに妻である美奈子さんの下へと駆け寄って行った。
残された俺と巫女服の女の子。気まずくなった雰囲気を前に、居にくくなり、俺は早々に立ち去ることにした。

「あのっ!」

ドアの前まで歩いて行った所で、巫女服の女の子から声をかけられて、立ち止まった。

「ありがとうっ!」

振り返ると、そこには笑顔の巫女服の女の子の姿があった。とても、可愛くて綺麗に思えた。
特に何も返す言葉がなく、俺は照れ臭い気持ちで病院から外へと出た。

「あ……名前聞くの、忘れちゃった……」

一人になった待合室で、少女は一人、しまったという顔をして呟いた。




病院から出て行くと、すっかり辺りは朝の雰囲気ではなく、午後2:30辺りの時間を差していた。

「やっべ……! 涙との約束、忘れてたっ!」

俺は満足感に浸される間もなく、焦った思いで涙の家へと向かった。




どこかもどかしく、どこか懐かしい感じがした。
それは、生命が生まれるということ。
寂しい世界の中、閉ざされた私は一人。
過去にあった親父が犯した家族の裏切り。そして、自分を襲ったあの少女との失われた記憶。
その少女は、今どこにいて、今もなお生きているのか。

それとも、寂しい世界に閉ざされているのか。
なぁ、——。


——END

Re: キーセンテンス 返信20、参照200突破っ。 ( No.21 )
日時: 2011/07/28 22:11
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

あの後、涙の家に行くが、何故だか涙は家に居なかった。
時刻は2:40になっていた。約束の時間から4時間強過ぎていたこともあって、俺も諦めがつき、涙の家からトボトボと帰宅することにした。
それから、家に帰って普通にゴロゴロとし、翌日の日曜日に涙から怒りの電話がかかってくると思いきや、そんなことはなかった。
普通なら、涙のことだから怒りの電話の一つや二つは当然のことだと思っていた。そりゃ、俺が悪いし。
非を完全に認めていた俺からすれば何とも拍子が抜けた感じがしてならない。
俺は嘆息すると共に、日曜日はまたまた怠惰な日々を過ごしたのだった。




朝。何で毎朝という言葉があるんだろうか。
毎回と朝をくっつけた感じ。毎回朝なんて来なくても別に俺は全然構わない。そんなことを思った。
でも、一昨日のように生命が生まれる瞬間が沢山あるとするならば……それは勿論、朝は来たほうがいいに決まってる。
ずっと暗いままの世界なんて、赤ちゃんはきっと死んでしまうと思ったからだ。

「さて……行くか」

こんな単純細胞な俺でも、色々と分かることは多い。
俺の部屋は汚くは無い。だが、掃除はしていない。掃除するほど散らかすことが全く無いからだ。
それが喜ばしいことなのか、それとも残念なことなのかは分からない。
けれど、楽に済む辺りからは良いのだろう。
そして、何より俺の朝食は美味い。
毎朝作ったり、作らなかったりを繰り返しているせいか、次第に上手になってきた。
今日もまた、適当に作れるスクランブルエッグを作ったりした。好みの味に変えて——うん、最高だ。

こんな感じに、俺だって学習機能ぐらいついている。単純細胞なのは認めるけどな。
ちゃんと制服だってアイロンかける時もある。かけない時の方が多い気がするけどな。
シワシワだとやる気が失せる。自分で言っててやらない辺りがどうしようもなくバカだなぁ、と自分でも思う。
いつもはくだらない日常で、学校があるのだけれど、今日は少し違う。
転校生が、来るらしい。




いつもの通りの時間に、いつもの通り桜の木がある丘の方まで行った。
まだ桜はしぶとく咲いていて、雨でも降って早く散らないかな、なんて思ったりもする。
でも、こうやって満開に近い桜の木を見ていると、何だか全てを忘れられるような気がした。
忘れてはいけない、ことまでも。

「此処に来て、何でも忘れられるなら世話ねぇわな」

丘には、あの転校生である潮咲 桜の姿はなかった。
自分自身を鼻で笑い、本を入れているため、少し膨らんでいるように見えるバックを持って、俺は早々に丘から立ち去った。

そして学校。何回見ることになるんだろうか。
俺の横を通り過ぎていく生徒は、誰も俺に挨拶というものを交わさない。知らない人なんだから当たり前か。

「あ、あああ、あのっ!」

誰も声をかけられずに、俺は教室に行くのかと歩いていた時だった。
後ろの方からやたらと焦っているというか、興奮しているというか、何せ慌てている声が聞こえてきた。
勿論、聞き覚えバッチシだ。だから普通では何だか面白くない感じがしてきたので、俺は少し声の主のことを無視してみた。

「あ、あのっ! 暮凪君っ!」

俺の名前を呼んで食い下がる声の主に、何だか可愛いく思えてきた。健気だなぁ、なんてのを思いながら。
更に無視して歩いてみると、途端に「……ぅう」と、うめき声にも聞こえる鳴き声的なものが後ろから聞こえてきた。

(マズい……泣かせてしまったか?)

反省したのと同時に焦った俺は、後ろを振り向いた。
すると、半泣きの雪ノ木が凄い勢いで——俺に飛び込んできた。

「って……!」

少しよろけながらも、半泣きで目を閉じたままの雪ノ木は手を伸ばして俺を倒そうとしてきたみたいだが、力が弱かったし、何より俺は後ろを丁度振り向いたところだった。
つまり……俺は雪ノ木を支え、いつの間にか抱き締めてるような状況に陥っていた。

「暮凪君のバカァッ!」
「ええっ!?」

この状況で、結構大声で言われながらこの体勢。これは、かなりマズいんじゃないか?
今俺たちがいる場所は、靴箱へと向かう間の場所。つまり、早朝とはいえ、人の目が多いことを意味している。

「え、あれ雪ノ木さんと……暮凪君!?」
「やだぁ、あの二人出来ちゃってたのー!?」
「マジかよ……雪ノ木結構可愛かったし、狙ってたんだけどなー」

周りからは当然の如く、俺たちを見てご勝手な想像ばかりを口に並べていた。
そんな奴等が、俺は大嫌いだった。

「何見てんだよっ! 見世物じゃねぇんだぞっ!」

俺の怒鳴り声に、噂のようにして言い合っていた奴等は焦って靴箱へと逃げるようにして行った。
朝っぱらから怒鳴らせないで欲しい。全く鬱陶しく、無様で、アホ共の集まりみたいなものだった。
だから俺は大抵の奴とは学校で関わりを持たない。アホと同類はこっちから願い下げだった。

「大丈夫か? 雪ノ木」
「へ……? あれ? 暮凪君?」

この状況が分かっていないのか、雪ノ木は特に驚いた様子もなく、自然にキョトンとした顔で俺の顔を見上げていた。

「な、何だか、暮凪君の顔がとっても近いような気が……」
「そうだな。とりあえず……そろそろ離れられるか?」
「へ?」

雪ノ木は俺の言った言葉の意味がまるで理解できていないかのような感じで、そのまま数秒固まっていたが、ようやく気付いてきたのか、顔がだんだんと紅潮してきているのが見てすぐに分かった。

「わ、わわぁっ!! な、何でっ! きゃああっ!!」
「ちょ、落ち着け! 雪ノ木!」

雪ノ木は何故か俺をドンッ、と突き飛ばすとそのまま靴箱の方へともの凄い速さで行ってしまった。

「一体何だったんだ……」

そんな思いと同時に、雪ノ木を安易にからかってはいけないな、と心に決めた俺であった。

Re: キーセンテンス  ( No.22 )
日時: 2011/08/02 00:08
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

教室に入ると、まばらにしか人がいなかったが、その中で五十嵐の姿を見つけた。
五十嵐は本を無表情で読んでいた。これはいつものことなので、そんな五十嵐の姿を見て何故かホッとする俺は、五十嵐のところまで歩いていくと、「よう」と声をかけた。

「あぁ」

たった一言だけ、五十嵐は本から目線を外さずに答えた。
いつもこんな感じに、五十嵐は無駄なことは話さない。まるでそれが無意味とも言うかのように、その凍りついた無表情は変わることはなかった。
その様子にふぅーっとため息を吐いた俺は、ゆっくりと自分の席に座った。
窓側である俺の席は夏になるとセミの鳴き声がうるさい。今はまだ梅雨に近い春だから、温い風が流れ込んでくる程度。夏になるまでには席替えか何かはするだろうが。
そんなことを考えながら、俺は窓から外を眺めた。いつも見ている風景にさほど目のつくものはなく、ただ悠然と眺めていた。
そうしている間にもクラスメイト達が入ってきて、すぐにガヤガヤとした雰囲気を作る。その雰囲気から遠ざけるようにして、俺はただただ窓の外を見ていた。

「HR始めるぞー」

担任がいそいそと教室に入ってきたことを示すように、HR開始の合図が耳に残る。
ウトウトとしてきた俺は、その声で眠気が少し覚める。だが、すぐにまたウトウトと頭がしてくる。それの繰り返しを行いながら担任の話を聞いているような、聞いていないような状態でいた。

「——……ということだ。それで、今日このクラスに新しい生徒が加わる」

その担任の声と、周りの再びのガヤガヤした雰囲気に目がハッキリと覚めた。

「静かにせんか」

と、担任は急にガヤガヤし始めた雰囲気を元に戻す。
シンと静まったのを見て、「よし」と声をあげた担任は、教壇に両手をつきながらクラスメイト全員の顔を確かめるようにして見始めた。

「それでは……入って来なさい」

ガララ、とドアが開く音が聞こえ、全員が息を呑んだ。俺は肘をついて、ボーッとドアを見ていた。五十嵐は、そんなことを気にしないかのように本をいまだに読み続けていたが。
ドアから入ってきたのは、正真正銘潮咲 桜だった。だったのだが……

「では、自己紹介」
「はいっ」

小さく、可愛らしい声で返事をした桜は黒板の前に立ち、チョークを持った。
その時、ふわっと長い髪が揺れた。その様子に周りは少し戸惑う。
何故か? それは——潮咲 桜がそれほど美しかったからだ。
初めて会った時、さほどそうは思わなかったが、この学校のブレザーを着て、いざ目の前で会って見ると、何て綺麗というか、可愛いというか。少なくとも、このクラスの女子の中ではダントツに可愛いだろう。というより、女の子らしい感じが見た目からして溢れていた。
お嬢様——違う。お姫様——違う。健気な女の子——違う。
どれも違う。独特な雰囲気が潮咲にはあった。俺は、思わず、肘をつくのをやめて、彼女の顔を見つめていた。

「潮咲 桜といいますっ。よ、宜しくお願いしますっ」

少し大きめに潮咲は書いたつもりなのだろうが、大きな黒板の中、小さな文字が残った。白く、潮咲 桜と書かれている。
自己紹介の言葉を残した後、不意に笑った潮咲の様子にクラスメイト一同、呆然とその惹き込まれるものを見つめていたが、途端に拍手が巻き起こり、それは喝采と呼ぶほどのものになった。
その様子に、潮咲本人もかなり驚いていたようだが、すぐにまた「えへへ」と声を漏らして笑った。




「ねぇ! 潮咲さんって、元々どこの高校にいたの?」
「えっと、此処からちょっと遠いんだけど——」
「潮咲さんっ! 今日一緒にご飯食べようよ!」
「え、あ、うんっ」
「潮咲さんっ! 携帯とか持ってる? メアド交換しとこうよ!」
「あ……ごめんなさいっ、携帯は持ってないの」
「えーっ! 今時携帯持ってないの!? 可愛いーっ!」
「え、え、そんな……可愛く、ないです……」

まるでマシンガンのように次々と質問という質問や、お世辞が飛び交われている。
それも、俺の席の隣でだ。憂鬱になる。元々憂鬱なのは違いなかったが。
クラスの女子が意気揚々と潮咲を取り囲み、何を聞こうとしたのか男子勢は侵入できないようになっていた。その様子は、まるで潮咲を男子から守っているように見えるぐらいだった。
俺と五十嵐の席の間に新しく来た潮咲は、どれもこれも素で答えているようで、笑顔になったり、時折泣きそうな顔や、赤面したりなど、次々に表情を変えていくので、面白いなーっと思いながらその顔を見ていた。
男子に密かに人気がある、というのは満更でもないが、女子からこれほどまでに人気があるというのはなかなかないことだった。そういうカリスマ的なものは持っているんだろうか。
結局、昼飯時までその人気は絶えず、潮咲の周りにはいつも女子達でいっぱいだった。




チャイムが鳴り、遂に昼飯時になる。
俺が立ち上がると、五十嵐も既に立ち上がって俺を見た。

「行くか」

俺がそう呟くと、何も答えずに黙って五十嵐は頷いた。どこか様子がおかしいな、とか思ったが、いつもの無口が更に無口になっただけだろうと、俺は特に気にも留めなかった。
俺が五十嵐の方へと歩み寄ろうとした時、目の前を女子の大群が通り過ぎた。勿論、その先にいるのは潮咲だった。

「潮咲さんっ! いこーっ!」
「お弁当持ってきてるの?」
「どこで食べる?」

相変わらず、次々と質問をされており、潮咲はどこか困ったような表情でゆっくり一つずつ答えていく。
結局、潮咲以外の女子は笑顔で、潮咲は微妙な表情のまま教室を出て行こうとした。
その時、潮咲はふと後ろを振り返ったんだ。俺は、丁度潮咲が出て行く様子を見ていた。
つまり、俺と目が合った。今日初めてのことであったし、何故だか時が止まったような気がした。

「あ……」

何か思い出したように、潮咲は俺の顔を見て声を出そうとしたが、それも女子の大群に流されて教室から出て行った。

「……俺らも行くか」

五十嵐を連れて、その後を追うかのようにして俺たちも教室から出て行った。


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