複雑・ファジー小説
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- キーセンテンス
- 日時: 2012/02/05 12:29
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
ボチボチと、細々と書いております。遮犬と申します。温かい目で読んでくださると何よりでございますーっ!
更新再開いたしましたっ。日常シリアスに感動を与えてみたいという思いで書きました。笑えて泣ける。そんな面白い物語にしたいと思いますので、応援宜しくお願いいたします><;
何気無く日常を過ごす少年。少年は、曖昧な記憶の断片を思い出すことも無く、平凡な日常を過ごしていたが、いつの間にか自分自身、そして様々な運命と対峙することとなる——
「貴方にとって大切な言葉は何ですか?」
〜目次〜
プロローグ……>>1
【第一章】
第1話:願いを叶える桜の木
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>4 ♯4>>5 ♯5>>6
第2話:過去の償い
♯1>>8 ♯2>>13 ♯3>>18 ♯4>>19 ♯5>>20
第3話:不思議な転校生
♯1>>21 ♯2>>22 ♯3>>23 ♯4>>26 ♯5>>27
第4話:突然の困惑
♯1>>28 ♯2>>29 ♯3>>30 ♯4>>31 ♯5>>32
第5話:不思議な手紙
♯1>>35 ♯2>>36 ♯3>>39 ♯4>>42 ♯5>>43
第6話:見えない真実
♯1>>44 ♯2>>45 ♯3>>46 ♯4>>47 ♯5>>48
【第二章】
プロローグ(あとがき付き)……>>50
第7話:記憶の灯
♯1>>53 ♯2>>54 ♯3>>55
【番外編】
雪ノ木 若葉の日常
【>>49】
- Re: キーセンテンス ( No.28 )
- 日時: 2011/08/07 14:51
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
あの後、潮咲だけ先に行かせて、俺は教室には戻らなかった。
理由は色々ある。その内の一つは、潮咲と一緒に入ると気まずい。遅れて入ったとしても、またこそこそと言われるに違いないし、面倒なことになるからだ。
どうせHR一つサボったとしても、後の授業で補えばいいからそれで構わない、という考えもある。
だが、最大の理由が他に一つあった。それは——
「涙……?」
食堂から教師に見つからずに行くには、少し外回りしなくてはならない。そのため、外側にある木々の生えた校庭を通る必要があった。その場所からは外側の風景が見える。近くにある校舎からは、高い場所から外側の少し都会じみた風景が見れるので、なかなか優越に煽られる。
俺は潮咲と丁度その校舎にある階段を登っていたところだった。
外側に、涙の姿を見つけた。俺の視力は普通に良いし、結構な距離があったが、涙は暴力女ではあるが、かなりの美人の方に入る。そういった意味からでも涙らしき人物だと特定できた。
涙が学校をサボるということは、あながちありそうな話でもあるが、成績もそこそこ取れてるし……とは言っても、あの性格なので日ごろの行いが悪いが。
そうであったとしても、サボるということ自体、涙にとっては珍しいことだった。
「何してんだ? あいつ……」
そういえば昨日も学校を休んでた気がする。転校生が来るとかあんなにはしゃいでた奴が、転校してくる初日に休みやがった。
何かあったのか? いや、でも元気そうだ。普通に歩いてどこかに向かっている。でも——何故か、心配だった。
俺はいつの間にか、校舎を下りようとしていた。
「な、何してるんですか!?」
「すまん、潮咲。色々用事が出来た。先生には具合が悪いみたいなので早退しましたとでも伝えといてくれ! じゃあな!」
俺は早口でそう告げると、急いで階段を下っていった。その途中、上から「暮凪君ッ!?」という潮咲の声が聞こえたが、もう眼中になかった。
「どこいった……?」
結構遅めの速度で歩いていたから、追いつけるかもしれないという思いで校門を出たが、涙の姿は見つからない。
当たり前といっては当たり前なのだが、俺は涙が進んだであろう道を駆け出した。
途中、人に聞いたりもしながら色々頑張り、遂に場所をつきとめた。
「病院……?」
和光病院という、学校からさほど遠くない場所にある病院だった。
(一見、見る限りは具合悪そうにもなかったが……もしかして、病気なのか?)
そんな思いが込み上げてきつつ、俺は病院へと辿り着いた。
中へと入ると、丁度階段を登ろうとしていた涙の姿を見つけた。声をあげて呼び止めてもよかったが、場所が場所なだけに声が出し辛い。
全力で走って追いかける、なんてことも迷惑になってはいけないので、俺は早歩きで涙を追いかけていった。
そうして、涙が向かった場所は——病院の角の方にある病室だった。どうやらそこは豪華にも個室のようで、名前の表札を見てみると、そこには、一条 渚(いちじょう なぎさ)と書かれてあった。
正直、聞いたことがなかった。俺はそっと病室を覗いて見ると、ベットの上には——涙と似た顔をした人物が一人座っていた。とはいっても、髪をリボンでカチューシャのように髪につけてあり、涙よりか可愛らしく思えた。
「ちゃんと安静にしてる?」
「うん。そんな心配しなくても大丈夫だよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃん? ということは——涙の、妹? 聞いたことがなかった。
そのせいもあってか、俺は思わず「えっ」と声を出してしまう。それによってベットの上にいる妹の方から「誰ですか?」という柔らかい口調で言われた。これはもう、出てくるしかないだろう。
何を言えばいいか分からず、何も喋らずにスッと姿を見せた。その瞬間、涙の顔が蒼白というか、驚いた顔をして「司ッ!?」という大声を出した。
「何であんたが此処にいんのっ!?」
「おいっ、此処病院だぞ? 大声出すのもいい加減にしろ」
俺が言うと、涙は「うぐっ……」といって押し黙った。反応といい、がさつな所といい、全然涙は変わっちゃいなかった。そのことが一番安堵できたような気がする。
「お姉ちゃん、お知り合い?」
ベットの上にいる妹さんが涙にそう聞くと、「まぁ、一応」といって俺のことを話し出そうとした。
「こいつは、私のしもべ——」
「俺の名前は暮凪 司。涙と同級生で、強制的にこいつの作ったサークルに入れられてる」
「サークルじゃなくて、部活だっつってんでしょうが! それに、強制的とかイメージ悪いわっ!」
「お前がバカな説明をしようとするからだろ。自業自得という言葉を早く覚えた方がいいぞ?」
「黙れッ!」
くわっ! と顔を強張らせて涙は俺を制止させようと言ってきた。一方、ベットの上にいる妹さんは——笑っていた。
「あはは、お姉ちゃんと仲良くしてもらっているんですね? ありがとうございますっ。がさつな姉ですが、これからも宜しくお願いします」
ベットの上からペコリと頭を下げた。なんとも姉に似てなく、礼儀正しい子なのだろうかと俺は目を疑った。顔は似てるけど、性格は真反対なのか。
「ちょっと渚! 変なこと言わないでよっ!」
「え? 変なこと?」
「そうよっ! がさつって何よ、がさつって!」
「あははは、ごめんごめん。この通り、自分の非は認めませんが、可愛い所はいっぱいありますから、よろしくしてください」
またペコリと頭を下げてくる。
その様子に涙はまたご立腹のようで、「ちょっと、渚ッ!」という風に怒っている口調で言った。
「ほら。病院の中だっつってんだろ? 大人しくしろよ」
「そうだよ? お姉ちゃん。私が個室でも、隣の部屋とかにも患者さんいっぱいいるんだからね?」
「二人して何ッ!?」
俺と妹さんは二人して笑う。そうしていると、涙も次第に笑みが零れてきて、凄く穏やかな良い雰囲気になった。
それから俺も中に入って、話に参加することにした。
「それより驚いた。涙に妹がいるだなんて知らなかったぞ」
「え? 言ってなかったっけ?」
「言ってない。お前はがさつだからな」
「関係なくないっ!?」
俺と涙のやり取りを聞いて、妹さん——いや、渚ちゃんは笑った。
「二人共、いつもこんな感じなんですか?」
「まあな。いつもこいつがこんな感じで相手に困る」
「あんたが私に仕掛けてくるからじゃないっ!」
手を振り上げて、涙はいつもの通りに俺に怒ってくる。その様子を見て、渚ちゃんは本当に嬉しそうに笑い、楽しんでいるように見えた。
「ていうか、司。あんた、今はまだ学校じゃないの?」
「あぁ、そうだけど?」
「そうだけどって……許可もらってきたの?」
「いや、早退してきた」
「はぁ? 何で?」
何で、と聞かれても……返答に困る。
俺も、何故ここまで涙を追いかけてきたのか意味が分からなかったからだ。何せ、必死になっていたからだと思う。
「分からん」
とりあえず、正直に分からないと言っておいた。
「あんたねぇ……いい加減にしないと——」
「あぁ、はいはい。分かってる。今日ぐらい、別にいいだろ? 渚ちゃんにも会えたことだしな」
俺がそういうと、「ふふ、そうですね」と言って渚ちゃんは返事をしてきた。全く、本当に出来た妹だな。
「あんた、気安く渚ちゃんとか、ちゃん付けしてるんじゃないわよっ」
「別に全然いいよ、お姉ちゃん。暮凪さん、これからそう呼んでくださいね?」
渚ちゃんが柔らかく微笑みながら俺に言ってきた。とはいっても、暮凪さんって……何だかむず痒い気持ちになる。
「分かったけど、俺のことはー……出来れば、他の呼び方がいいな」
「別に暮凪さんでいいじゃないっ。何かおっさんっぽいし」
「黙れ。……何か他に呼び方ないか?」
俺が涙を黙らせて渚ちゃんに聞くと、「そうですねー……」という風に考える素振りを見せる。少し悩んで考えている姿も、また可愛く見えるのが不思議だ。涙と同じような顔をしているというのに。
「なら、先輩ってのはどうですか?」
「先輩?」
「はいっ。私、小学校の時から入退院繰り返してて、あまり先輩と呼べる人がいないんです。なので、先輩でいいですか?」
「あ、あぁ。構わないよ」
先輩といわれるのは中学の時以来だったが、俺がそれを認めた途端、渚ちゃんは何でもないようなことなのに「やったぁ!」と声を弾ませた。
「こんなにカッコイイ先輩が出来るなんて、思ってもみませんでしたー」
渚ちゃんは小悪魔のような微笑を見せながらそんなことを言ってくる。なんとも手強いような気がする……。これは涙より遥かに色々な扱いを慣れているな。
俺はそんなことを思いながら、ふと涙の方を向くと——
「ごめん、ちょっと飲み物買って来る」
いきなり涙は立ち上がり、病室を出た。俺は涙の異変に気づき、渚ちゃんに「トイレに行って来るよ」といって病室を出て行った。
出て、少し歩いたところに涙は居た。髪で顔を覆われて、あまり見えない。誰もいない休憩室の中で涙は一人で座っていた。目の前の自動販売機の音しかその場には聞こえない。
「涙?」
俺が声をかけても、返事がなかった。ゆっくりと近づいて行くと——ポタッ、と涙の膝元に零れ落ちる。それは、涙だった。
- Re: キーセンテンス ( No.29 )
- 日時: 2011/08/08 15:33
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
涙が、涙を流しているのを見たのは初めてだった。
いや、もしかしたら汗かもしれないなんて冗談が沸いてきたが、涙は咄嗟に目元らへんに手をやって拭った。
そして、ゆっくりと涙を流しながら——
「目に、ゴミが……」
「……地獄に落ちろ」
声のトーンとか的に泣いているような感じではなかった。本当に目にゴミか……。俺はもの凄く涙に感情移入しそうになったことを落胆した。
「じゃぁ、俺はもう——」
「あのさ」
俺はその場を立ち去ろうとした時、涙が突然俺に話しかけてきた。涙にしては珍しい、少し深刻な顔だった。
「あの子——渚はね。小学校の頃から入退院繰り返してるから、友達なんかも全然いないのよ。中学校も、初めの頃は病状が安定したから行ってたけど、突然倒れて、また入院。せっかく部活に入るって意気込んでたのに、憧れてた先輩とかの顔も見ずままに病院に戻されたの。だから、あの子の学校生活は、全然ない。ああして元気そうに笑ってるけど、心の中はきっと不安とかでいっぱいだと思う。いつまた病状が悪化するんだろうって。そんな不安を抱えながらの毎日。一応ね、あの子私たちの学校を受験して、合格してるのよ。勉強は病院でも出来るって、頑張って勉強して、合格して。でも、まだ一回も見てないし、行ってもない。校舎を見たことなんてないんだから」
突然、渚ちゃんの状態を話されて俺は少々戸惑った。
小学校の時から入退院を繰り返して、と渚ちゃんから聞いた時はもしかして、と思ったが……そのもしかしてが思い切り当たってしまった。
でも、それを話している渚ちゃんは——ずっと笑顔だった。
「私が帰った後とか、誰もいないとことか、個室だからといって渚は毎日泣いてる。忘れ物を取りに帰った時があって、その時に泣いてるのを目撃しちゃってさ。私、無力だなぁってね」
「無力ってことはないだろ」
自動販売機に小銭を入れて、コーヒーを選びながら俺は言った。
「少なくとも、お前がいるから強いんじゃねぇか? 病室の外から覗いたから分かるけど、涙と渚ちゃんが話してる時、渚ちゃん、凄く嬉しそうだった。その気持ちは、決して無力なんかじゃないし、無駄でもねぇよ」
「司……」
呆然と、涙らしくないシケた面をしながら俺を見ていた。
「……はぁ。お前にそんなシケた面は似合わねぇよ。もっと笑ってればいいんだ。涙の笑顔が、何より渚ちゃんにとっても嬉しいことだろ。姉がそんなんでどうするんだよ」
そんなことを言いつつ、俺はコーヒーを取り出して開ける。そしてそのコーヒーを飲もうとした時——バシッ! と、後頭部に痛みが走った。飲んでいる最中にだったので、俺はコーヒーの缶が歯と激突して、後頭部より歯の方が痛い状態になった。
「いってぇなっ! この野郎!」
「静かにしなさいよっ。此処は病院です〜」
「お前な……」
俺が振り返ると、そこには涙のいつもの笑顔があった。それと同時に、いつもの減らず口も復活しやがったけどな。
「あんたに言われなくても、そんなこと分かってるっつーの。あの子が頑張ってんだから、私も頑張るっきゃないでしょ」
そっぽ向きながら涙は呟いていた。言う割には声が小さいけどな。きっと、俺には分からない苦労とか、色々なことがあったんだろうな。見守っている方も辛いとは思う。
そう考えたら、涙はどれだけ強いんだと思う。俺が母さんを亡くした時なんて——親父に対する憎しみしかなかったから。辛いとか、そういう感情は湧かずに、ただ親父を憎むことでその苦しみから逃げようとしていたのかもしれない。
まだ、その苦しみを背負っている涙はかなり良い。俺なんか、臆病者に過ぎない。
「頑張れ」
「……はぁ?」
「何でもねぇよ。さっさとジュースでも買って、渚ちゃんのとこに帰ろうぜ」
俺が言うと「分かってるわよ、ったく……」と、ぶつぶつ文句を言いながらジュースを購入している涙は、何だか可愛く思えた。
俺と涙が入ると、渚ちゃんは「どこまで行ってたの? 随分遅かったから心配したよ〜」と言って笑顔を浮かべていた。
「いやー迷っちゃってさ」
「こいつが迷ってるところを俺が見つけて、連れて行ってやったんだ」
「迷ってなんかないわよっ!」
俺と涙のやり合いに渚ちゃんは嬉しそうに笑ってくれている。
どれだけ渚ちゃんの病状が進行していようが、そんなのは関係ない。ただ、こうやって笑顔で過ごせれば一番いいんだ。
少し、涙と渚ちゃんの関係が苦肉も羨ましいと思った。
「後もうすぐで退院だよね? お姉ちゃん」
「ん? あぁ、そういえばそうだね。学校、また行けるね?」
「うんっ。中学校じゃなくて、高校だからもっと楽しみだよ〜」
涙と渚ちゃんの会話で、もうすぐ退院と言っているが、これまでのことを考えると、また入院せざるを得なくなる可能性が高い。
束の間の学校生活というわけだった。それも、俺と涙のいる高校で。
「渚っ、入学したらいっぱい遊ぼうね」
「うん。楽しみだなー」
遊ぶ? そんなワードを聞いて、俺は何か分かった気がした。
もしかして、涙が遊びの音色という遊ぶことが目的のサークルを作った理由は——渚ちゃんのためにあるんじゃないだろうか?
「どうしたんですか? 暮凪先輩」
不意に渚ちゃんから考えている様子がおかしかったのか、顔を覗きこむようにして聞かれた。
「え? あぁ、いや、少し考え事だ。気にしなくていい」
「あんたも考え事とかすんのねぇ……」
「黙れ、この単純細胞人間」
「たんじゅ——ッ!?」
あまりに腹が立ったのか、ツッコミとか以前に言葉が詰まっていた。
その様子を見て、渚ちゃんは笑いながら「お姉ちゃんっ。落ち着いて」という風に宥めてくれた。
それから涙と渚ちゃんと、暫く話していたという感じもなく、時間はあっという間に過ぎてしまった。
「それじゃあね、渚」
「うん。またね、お姉ちゃん」
そのやりとりを聞いて、俺と涙は病院を出た。渚ちゃんは終始、出口前から俺たちへと手を振り続けていた。笑顔で。
「なぁ、涙。お前、いつから学校来るんだよ」
「いつからって、明日からに決まってるじゃない」
帰り道に聞いてみたが、涙はどうやら校長などを通して事情を話し、病院に行っていたんだそうだ。
渚ちゃんの容態が、という少しの嘘を兼ねて了解してもらった。
「俺がこの間お前の家に行った時、留守だったのは病院に行ってたからか?」
「この間って、私の家に10:00に来いって奴? あれ、あんた10:00に来なかった……あっ! そうそう! あんた来なかったよねぇっ!?」
ぐ……。いらないことを言ってしまった。
「あれは色々事情があったからな。まあ、それはおいといてだ。何で俺を呼び出したんだよ」
「え? あぁー……いや、別に? 何でも」
「何でもないのに呼び出したのか?」
「まあね」
こいつは、俺をお手伝いさんか何かと勘違いしてるんじゃないのか……? そんなことを考えながら、俺は涙より先に早歩きで行く。
「此処でお別れだ。お前向こうだろ? 俺はこっちだから」
俺は適当にそんなことを言って涙と別れた。後ろの方からは涙が「あ、ちょっと! 送って行くぐらいしなさいよっ!!」なんて言葉が聞こえてきたが、俺は気にせずに帰った。お手伝いか何かと間違えているあいつが悪い。
「……このバーカ」
小さく、涙は俺が去った後に呟いた。
- Re: キーセンテンス ( No.30 )
- 日時: 2011/08/09 23:47
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
俺はそのまま家に帰り、風呂に入った後、自室のベットの上へと転がった。
突然のことすぎて、俺は頭がパンクしそうになっていた。
「まさか、妹がいたとはな……」
あまり付き合いそのものが長すぎず、短すぎずの微妙なところなので、知らない部分は勿論あると思っていたが……まさか妹がいるとは思っていなかった。
涙のことだから、心配とかされたくなかったんだろう。隠していたつもりはなかったみたいだが、同情的なものもされたくなかったみたいだな。
そう思うと、涙の考えが何となく分かるような気がした。そうしている内に、俺はだんだんと睡魔が襲ってきて、ゆっくり夢の中に落ちていった——
君と出会ってから、どれぐらい時間が流れただろう。
私は、どうして此処にいるのだろう。その答えは、君が知ってるの?
もしかすると、私はずっとこのままなのかもしれない。けれど、君はずっとこのままじゃないかもしれない。
分からないの。このまま、どうなるかが。
ただ寂しい世界に、置き去りにされて消えていくのが悲しいの。
君は、私といてくれる? ……そっか。私は、大丈夫だよ。
いつまでもこうしてちゃ、駄目だよね……。
「歩こう」
君の手を引いて、私はまた冷たい大地の上を裸足で歩き出した。
翌朝。
カーテンの中から漏れる日光が朝だということを告げる。その光に照らされて俺は起きる。基本目覚まし時計を使わずに毎回いつもの時刻には起きれる。大体同じぐらいの時間に寝てたりもするから、体が覚えてしまっているのかもしれない。
制服を脱ぎ捨ててそのまま昨日は風呂に入ったから、部屋にバラバラで制服が散らばっているような状態だった。
一つ一つダルいながらも拾い上げて叩く。そうしてからハンガーでそれはかけておいて、室内のタンスから新しいものを出してそれを着た。
妙に真新しい感じがしたが、別にいいだろうと俺は着替えてから一階へ下り、朝食を適当に作って食べ、薄っぺらいいつものカバンを持って外へと出た。
向かう先は勿論、桜の木の丘。潮咲がいるとか関係なく、ただ単に見ておきたいという気持ちの方が強かった。
「あんまり変わらないな」
着いてから見上げて、桜の木を眺めた。だんだんと季節が夏に近づいているためか、桜が散り散りになっているが、変わらないというのはこの清清しさというか、巨大さゆえにふんわりと包んでくれる感覚があることを意味している。
暫くそうやっていつものように眺めていると
「暮凪君ッ!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声の方へと振り向くと、そこには潮咲が笑顔で手を振りながらこちらに駆けて来ていた。
「キャッ!」
だが、その途中に転び、草花や雑草の生えた地面の上へと倒れこんだ。
俺はすぐに潮咲の元へと駆け寄って「大丈夫か?」と潮咲を起き上がらせた。
「だ、大丈夫です……。えへへ、運動神経悪いんです」
「大丈夫って、足から血が出てんじゃねぇか」
「え? ……あぁ、これぐらいなんともないですよっ」
「ダメだ。ちょっと待て」
薄っぺらいカバンの中から、これぐらいはと持ち歩いていたのは保健室の先生である園崎先生からもらっていたバンドエイドを取り出した。それと、食毒液もだ。
「ちょっと染みるぞ」
「う……」
食毒液を傷に染み込ませると、血と共に消毒液が滴り落ちるのをティッシュで拭き取る。それからバンドエイドを丁寧に貼り付けてやった。
「……これで大丈夫だな」
「あ、ありがとうございます……。でも、どうしてそんな用意を?」
「これは俺が毎度毎度ケガばかりしてくるからって、保健室の先生からもらったものなんだ。それの残りだ」
そこまで俺が話すと、急に風が吹き、桜が大きく舞い散る。その桜が目に入らないように目元らへんに腕を被せてガードする。
そうした後、潮咲の方をチラリと見ると、潮咲は何故か顔を真っ赤にしていた。
「あ、あのっ! ……見ました?」
「は?」
「見ましたかッ!?」
何だか怒っているような、恥ずかしいのか知らないが、とんでもなく誤解を招きそうな予感がしたし、実際何も見ていないし、何のことを言っているのかさっぱりだったため、俺は「見てない」と正直に答えた。
「なら、よかったです……」
と、安堵の表情を見せてため息を吐く。その動作を見てから潮咲の手元をふと見た瞬間、何を言っているのか何となく分かった。
「あぁ、スカートの中身を見たかどうかか……」
「えぇっ!? 分からなかったんですか!?」
「え?」
「じゃあ見た可能性とかあるんですか!?」
「い、いや……それでも見てないから安心しろ」
「……本当ですか?」
何か潮咲の視線が疑いの目に変わっていることに気づく。口は災いの元ってなるほど、よく分かった。
「俺を疑うのか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「大丈夫だ。それに、見たところで何も減るもんでもねぇよ」
「そういう問題じゃないですぅっ!!」
その後、顔を赤面させたまま暫く潮咲は怒っていたが、その後はケロリと普通に戻ってくれた。
「前にお前にさ。桜が好きかどうか聞かれて、好きだと答えたけどさ。正直、俺は桜に因縁があるんだ」
「え……?」
不思議そうな顔をして潮咲は俺を見た。こいつは人の話をちゃんと聞いてんのかと言いたいぐらいの惚けた表情で、俺は微笑してからため息を吐き、「何でもない」と答えた。
俺は潮咲に何を言おうとしていたんだろう。
もしかして、同情を誘おうと?
そんなバカな真似をしても、意味はないと知っている。
じゃあ何か?
潮咲は——どこか、分かってくれる気がした。ただ似ているからとかじゃない。どこか、どこかで。そう、どこかでだ。
その"どこ"の場所が分からない。俺の気持ちはどこにあるんだろうか。
どこか空洞感のある俺の生活音が、もしかしたら——
「どうしたんですか?」
考え事をしていた途中、潮咲が隣から顔を覗かせてきた。
「いや……なんでもねぇ」
俺は少し早歩きで学校へと進んだ。後ろからは、「待ってくださいー」という潮咲のどこかおっとりした声が聞こえて来る。
そんな俺は日常に、今ここにいるんだ。
困惑なんて言葉が一番お似合いなのかもしれないな。
そんなことを思いながら、いつもの並木道を通っていく。
そう、いつもの通りに。
- Re: キーセンテンス ( No.31 )
- 日時: 2011/11/02 00:29
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)
- 参照: 久しぶりの更新再開でございますですっ!
「おっはよー!」
「……朝から耳元近くで騒ぐな」
学校へ着き、教室に入る辺りで涙から声をかけられた。耳元で叫ぶようにして放たれた言葉は、俺の耳鳴りを引き起こさせるには十分すぎた。
両耳を両手で塞ぎ、いまだ治らないキーン、という耳鳴りの音を必死で掻き消すようにして何度も両手で耳を軽く叩いた。
「ん……? あーっ! この子が噂の転校生じゃないの!?」
「だからうるせぇって!」
俺の隣にいたキョトンとした顔付きで涙と俺を交互に眺めている潮咲へと指を向けた涙は、驚愕の顔から一変して笑顔へと変わり、
「よしっ、名前を教えてみて!」
「教えてみてって何だ」
「隣の害虫は黙ってなさいよ! ……こほん。はい、名前を!」
俺を害虫扱いしやがった涙は、回答を求めるようにして右手を潮咲に向けて差し伸ばした。少しの間、沈黙がその場に広がり、少し戸惑いながらも微笑んだ潮咲はその涙が差し出した手は握手の為のものだと思ったのだろうか。その手を握り返して、
「私は潮咲 桜っていいますっ。宜しくお願いします」
といって、潮咲はペコリと礼儀よくお辞儀をした。その様子を見惚れるようにして見ていた涙は、次の瞬間笑い声をあげながら腹を両手で支えた。
「あははっ、面白いわねっ! よし、決まり! 桜、私の部に入りなさい!」
「部というか、同好会というか、そもそも設立すらされてないような——」
「黙れって、このクソ害虫」
パキポキと両手で鳴らしながら、俺に対しては鬼のような顔をして睨みつけてきた。次々と表情を変えられるもんだなぁと心底呆れた半分、感心した。
「部……ですか?」
「そう! 部よっ! 活動内容は、遊ぶこと! どうどう? 学生の本分にきっちり当てはまってるでしょ?」
学生の本分は心の中でちなみに言っておくけれど、勉強だからな?
そんなことを思いながら、俺は二人の様子を見ていた。潮咲は、どこか悩んだようなというか、考えてる様子も無く、ただ目の前を呆然と見つめているだけというか、なんだか見たことも無い潮咲の表情だった。
「……潮咲?」
「へ? あ、はい?」
「いや、返事。返してやってくれないか?」
「あ、あぁっ、す、すみませんっ。え、えっと……その、やりたいことが、あるんです」
「「やりたいこと?」」
慌てふためいた様子の涙が呟いていった言葉は、簡単に言うと加入できないという表れだった。いや、それよりも俺と涙は二人して同じ質問をしてしまっていた。やりたいこと。それが気になったのはどうやら俺と同じくして、涙も同じだったようだ。
「い、いえ、特に、話すことでもないのでっ」
「もったいぶらなくてもいいじゃない。加入を断るぐらいの理由なら認めるけど、そうじゃなかったら……! 食堂でジュースぐらいは奢ってよね」
「いやしいな、お前って」
「クソ司害虫。後で覚えとけよ」
俺の名前が嫌な所に入りこんだな。こいつの罵声はクソと害虫しかレパートリーがないのだろうか。
少し考えている表情で潮咲は迷っており、ようやく切り出そうと口を開きかけたその時だった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音が校内に響いた。この音は、涙にとって結構嫌なものであって、
「やばっ! もうチャイムッ!? 早すぎでしょっ! ちょ、二人共、また後でねっ!」
涙はもの凄く焦ったような表情で身を翻すと、そのまま廊下を走り去って行った。
その後ろ姿を見送ったと同時に、その反対側の方から担任の教師が俺達を見つめていた。
「お前ら、早く中に入れよ」
担任の言葉と同時に、俺達は教室の中へと入ったのであった。
潮咲が一体何をしたいと思っているのかは分からない。こいつなりに、何かやりたいことがあるのだろう。
もしかすると、それはあの桜の木に関係することなのかもしれない。潮咲にとっても、あの桜の木にはとても思い入れがありそうな気がしてならなかった。
(まぁ……俺が気にすることでもないか)
英語教師が適当に英文を声に出して言う中、妙に教室内は静かだった。基本、英語は喋っているとわけのわからない英文の内訳をさせられるので面倒なことで有名だった。その為だろう、ここまで静かなのは。
暇そうに欠伸をする奴もいれば、真面目にノートを書いたり教科書の英文を眺めてそれに付箋をつけたりマーカーで線を引いたりを繰り返している。
隣を見ると、五十嵐がいつもの無表情で英語教師が言っているであろう英文を見ていた。その目線は、きっと英文に注がれている……はずだった。
(何だ……? あれ?)
俺が目にしたものは、五十嵐の目線の先にある一枚の紙だった。
その紙に目線を落としている五十嵐の表情は、やはり無表情。もしかすると、その紙ではなく、その紙の下にある英文を読んでいるのかもしれないが、あんな机のど真ん中に置いてある紙だ。その紙の内容を読んでいるのだろう。
果たして、何が書かれているのだろう? そんな好奇心が、退屈さを吹き飛ばしてくれた。
ゆっくりと、五十嵐が見ている紙の内容を見ようとして首を近づける。後少し、後少しで見える……。
「おい。……おい、暮凪」
「え?」
「何してる」
「いや……ちょっと、腹痛が来まして」
「嘘吐け。……まあいい。頼むから、授業中変な動きはするなよ?」
「……以後、気をつけます」
英語教師に見つかった俺は、言い訳をしたが、全く効き目などはなかった。とはいっても、この英語教師はまだ面倒な奴ではないので、立っていろ、とか昭和な感じの罰は言わない。内心安堵した俺は、不意に伸びてきた手に少し驚き、その手の持ち主を見た。
五十嵐がその手に一つの紙を持って俺に差し出してきていた。その目は、至極真面目なものだった。
ゆっくりと五十嵐の口が動く。その口は、確かにこう言っていた。
(み、て、み、ろ……?)
見ろということらしい。俺はその紙を英語教師にバレないようにして受け取ると、ゆっくり机の下で隠しながら見た。その内容は——
「はぁ?」
「……おい、暮凪」
「え?」
「頭冷やして来い」
思わず口にしてしまった言葉が静かな教室の中に響き渡り、しっかりと英語教師の耳元へと届いていた。
呆れた様子で言われた俺は、渋々その場から退場することとなった。
- Re: キーセンテンス 更新再開しましたっ ( No.32 )
- 日時: 2011/11/04 23:38
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: ucEvqIip)
その後、再び教室へ戻った俺は、残りわずかとなった英語の授業をほとんど耳から筒抜けの状態で聞き流し、休み時間を待った。
チャイムが響き、授業の終わりの合図が終わる頃には既に五十嵐の元へと歩いていた。
「……何かの悪戯か?」
「いや、分からない。ただ、本に挟んであったんだ」
「本?」
訝しげな顔をして俺が言うと、五十嵐はすぐ傍にかけてあった鞄を取り出し、その中から一冊の本を手に掴んで見せた。その本は五十嵐が読んでいるもの一つの本のようだった。
「この中に、挟んであった。机の中から取り出し、全ページ開いた時に見つけた」
何もかもを貫くその透明な目に嘘はないようだった。
確かに、五十嵐が全ページをパラパラと軽快にめくっている所を何度か目にしたことがある。読む際に不用意なものを入れたまま読むのが嫌らしく、それを確かめるべくしてこの習慣が付いたそうだ。
この本もそれを行い、毎度の如く確認した。それなのに、この読む際に不用意な紙が挟まれていた。それも、メッセージ付きで、だ。
「今日、これが挟まれてることが分かったのか?」
「あぁ。しかし、いつこれを挟まれたか分からない。三日から五日ほどこの本は読んでいなかった」
「その三日から五日の間に……誰かが入れた?」
「分からない。だが、可能性としてはある」
何つー面倒臭い問題だ。授業さえも真面目に聞いてやしない俺にとっては難解そのものだった。推理するにしても、俺は名探偵でも何でもないし、手がかりはこの紙に書かれた筆跡と、そしてこの不可解なメッセージの謎のみ。これだけでどうしろというのだろう。
「授業中、メッセージについてどうしようか悩んでいたんだ。結論として、涙に見せることにする」
「え、ちょっと待て。涙に見せるってことは……おいおい、実行されるかもしれないっていうか、されるのは明白だろ?」
「だから涙に見せる。もしかしたら、涙が犯人かもしれない。それも確認する」
五十嵐としての言い分は分かる。メッセージの内容的に、犯人は身の回りから考えて涙しかいない。
けれど、もし涙が犯人ならばわざわざこんな回りくどいことをしただろうか。いや、していない。毎朝こっちの教室に来て話すぐらいだ。今日の朝も話した。こんなこと、話す機会ならいくらでもあった。
「あいつの筆跡、ちゃんと見たことはないけど、こんなのじゃなかった気がするぞ?」
「……そうか」
少し間を空けてから五十嵐はポツリと呟いた。その様子を見つめながら話を切り出すことにした。
「他に、何か確認したいことがあるのか?」
「……あぁ」
「一体何だよ?」
五十嵐がいつに無く物事を早く進めないので、俺は少し急いだ風にして口走っていた。
この時、五十嵐がどう思ったのかは分からない。けれど、ハッキリと五十嵐は、
「言えない」
そう答えた。俺には言えない確認したいこと。それがこのメッセージに残されてあるというのだろうか。けれど、こんなメッセージ、ただのおふざけとしか思えないし、見えない。他の誰かが見たら、すぐに破いてゴミ箱行きだろう。
結局、そのまま休み時間はあっという間に過ぎ去っていってしまった。
本に挟まれていた。そのキーワードで俺はふと自分の持っている本のことを思い出した。
「あ、あの本……」
すっかり忘れていた俺は、久々に開けた鞄の中を見た。すると、あの分厚くて、古臭い本が眠っていた。この題材は確か哀しい、恋物語だったはず。
(五十嵐、あれで結構恋物語とか読むんだな……)
そんなことを思い、再び分厚い本を鞄に仕舞って元に戻した。五十嵐は、あの部屋に置いておけと言っていた。勝手に持ち出していたことがバレれば、俺は怒られるのだろうか。五十嵐に。
(……まぁ、体験してみるのも面白そうだけどな)
怒ったことも、満面の笑みを浮かべたことも、悲しんだことも、特にない五十嵐を怒らせるというのは今までにないことだった。
(でも、これを持ち出したぐらいで怒らない、か)
五十嵐の方を見ると、静かにノートに向けてシャーペンを動かしていた。冷静な顔で授業を受けている。
俺は肘をついた姿勢から、そのまま前倒れの形となり、そうしていると眠気がだんだんと全身に帯びて行き、やがて眠りの世界へと入っていった。
遂に昼休み。ようやくこの時間が来た。とても長かった気がするのは、ほとんどの時間を寝ていたからだだろう。寝ていると、時間は遅く感じる。30分寝た気分が、気付けば15分しか経っていないような気さえもするのは寝慣れているせいなのか。
俺は五十嵐と一緒に屋上へと向かって行った。屋上は、いつも通りのまばらな人数で、特にどういうこともなく、屋上に着いた途端、怒声が聞こえて来るかと思いきや、そういうことはなかった。
屋上に向かう扉の前に、一つの立て札が貼られていた。その内容は、
【屋上立ち入り禁止】
その文字がしっかりと書かれていた。ドアノブを回してみても、鍵がかかっているようで全く開かなかった。
「屋上、立ち入り禁止になったのか」
「……なら、部室にいるだろう」
「面倒臭いな……はぁ、行くか」
俺達はそのまま、屋上に来た道を引き返して旧校舎にある仮部室ともいえない、勝手に使っている部室もどきへと向かうことになった。
「あ、暮凪君に、五十嵐君」
「あぁ、雪ノ木」
廊下を歩いている途中、雪ノ木が両手で小さいウサギの絵が描かれたピンクの弁当箱を持って俺達に話しかけてきた。
「あ、あの、今からどこに……?」
「部室に行くとこ。屋上、使えなくなったみたいで」
「え? 本当ですか? そんな連絡、あったかな……」
考えるような仕草をして、雪ノ木は少しの間首を傾げていたが、少ししたら我に返ったように、
「あ、えっと、じ、じゃあ、どこで食べるんですか?」
「いや、だから部室で食べようと思ってさ。涙とかもいるだろうと思って……雪ノ木もいると思ってた」
「いえ、屋上が立ち入り禁止になったとか、聞いてなかったので……えっと、わ、私も同行しても、いい……ですか?」
少し不安そうな顔で雪ノ木は聞いてきた。どうして俺に聞くのだろうか。まあ、同じ部活動になりえない部に所属している者同士になわけだし、話しやすいということかもしれない。
「あぁ、大丈夫だろ」
「わぁ、よかったですっ。それじゃあ、いきましょう!」
「え、あ、あぁ」
何故だか元気がよくなった雪ノ木に連れられるような形で、俺と五十嵐は再び部室へと向かって行った。
旧校舎は渡り廊下を渡ってしまえばすぐに着くので、広くても気楽に行ける。ほとんどが既に使っていない教室なので、いつ取り壊しになるかも分からない状態だが、文化部の部室やらで使うこともあったりするらしく、その行動には移されていないそうだ。
その旧校舎を歩き、誰もいない廊下を三人で歩いていく。その道中、何を話せばいいかも分からなかったので、俺は黙って二人と共に歩いた。
程なくして、部室前へと無事に着いた。ドアを開けると、がららっという音が響き、どこか懐かしいような匂いが部屋の中に充満していた。中は少し片付けたりして、結構広々とはしている。その中に、涙と北條が座っていた。
「お前、どこにでもいるのな」
「真希、言われてるよ」
「いや、お前のことだよ」
「誰が虫みたいに湧いて来る奴じゃぁっ!」
「言ってないから」
涙がこうして言いかかって来るのを俺は受け止めつつ、ゆっくりと腰を下ろした。
すると、その眼の前を白い手が現れてきた。更に、その手には白い紙が摘まれていた。
「何これ?」
その紙を受け取る涙。紙を渡した人物は、勿論五十嵐だった。
嫌な予感がとんでもなく匂う。というより、五十嵐の野郎、やっぱり渡しやがったな、という思いが込み上げてくる。
数秒、涙が黙ってその紙を見つめてから、途端に表情が明るくなっていき、そして言い放った言葉が、
「なるほどね!」
何がなるほどなのか、意味がいまいちよく理解出来ないが、どうやらこれを受けて立つらしい。
その紙に書かれた謎のメッセージの内容は——
【世界を救え。学園生活を謳歌してみせろ。人助けはその第一歩】
どれもこれも、涙が好きそうな言葉ばかりだった。
——END
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