複雑・ファジー小説

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この世界で
日時: 2011/09/12 00:00
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

初めまして。「きなこうどん」という者です。
小説をネット上で書くのは初めてのことなので、多少矛盾があるかもしれないです。でも、多くの方に読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。


この物語は、ある家族の物語です。
この世界のどこかに、こんな家族が存在しているのではないでしょうか。
どうぞ、最後までお楽しみください。

Re: この世界で ( No.1 )
日時: 2011/09/24 21:46
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

  

  2000年 春

【春にしては肌寒い日が続いております。おかあさん、お体の調子はどうでしょうか? 今日は大切なことをご報告したく、お手紙お送りしました。お時間のあるときで結構ですので、お読みください。……】


「……こんな感じでいいと思う?」

手紙を書き終えたぼくは一通り自分で目を通してから、背後にいる妻に目を向けた。

「いいよ、上出来じゃん」

妻のみかは不安そうなぼくとは対照的に明るい笑顔を向けた。 
 
高山たけし・みか。ぼくはその手紙の最後に付け足した。ぼくはそこまで書き終わると、やっとほっとした。

「これ、届くときには『ゆうた』はもうこの家にいるのかしら?」

妻のみかは胸の躍らせたように言った。そうだね、と言いながら、僕は2杯目のコーヒーに手を伸ばす。正直に言えば、ぼくは今のみかの言葉をしっかり聞いていない。

ぼくはそれほどにホッとしていた。肩の重い荷物がやっと降ろされた。
 
【おかあさん、みかが子宮がんを患ってから約2年が経ちました。】

ぼくは手紙の中の一文を思い出していた。

【でも、おかあさん、みかが病気を克服してから約1年が経ちます。】
 
今でも定期的に検診に通っているが、がんは今のところ再発していない。

ただ、もうみかは子供ができない体になっていた。みかの命を繋ぎとめたかったために、ぼくたちは子宮の全摘出を選択した。みかの体に宿っていた小さな命をも犠牲にして。ぼくらはその頃から養子を迎えることを約束していた。

ぼくたちは子供が欲しかった。たとえ、血が繋がっていなくとも。そして念願の子供がこの春、ぼくらのもとにやってくる。まだ、3才の男の子、「ゆうた」だ。

Re: この世界で ( No.2 )
日時: 2011/09/24 21:45
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

「やっぱり、これじゃあ堅苦しいかなあ。親なのに、敬語なんて」

ぼくはもう一度文面を眺めて呟いた。お世辞にも上手、とは言えないぼくの字が真っ白い紙の上で戸惑っていた。

「いいの。ここまでできるようになったんだから、上出来」

ぼくの妻は口を尖らせた。みかはときどきこんな顔をする。

「……そうか? まあいいか」

そう言いつつも、ぼくはとても恥ずかしい気分だった。あの母に、ぼくが、手紙を出すなんて。

いつだって僕は母を拒んでいた。ぼくと母の思い出はほとんどない。元々無口だったぼくは、母の前だといっそう無口になった。ぼくは今も、母が苦手だ。

ぼくは深呼吸とともに心に決め、手紙を半分に折り、封筒に納めた。すると、恥ずかしい気持ちも小さくなった。

「うん、大丈夫、大丈夫……」

つい口にするこの言葉。

ぼくは子供の頃から心を落ち着かせるためにこの言葉をお守り代わりにしていた。

大丈夫、大丈夫……。

母の気配を感じると、いつも陰で唱えていた、ぼくのお守り。

その癖がゆうたにうつらないよう、気をつけなければ……。

ポストに出してしまえば、負の気持ちより、うきうきが大きくなってきた。もう、手紙は過去の話になってしまった。

【おかあさん、ぼくたちは人生でとても重大な決断をしました。これはおかあさんがいくら反対しても曲げることが出来ないであろう決断です。
ご存じの通り、みかは病気を患ったために、子供が望めない体になってしまいました。しかし、おかあさん。ぼくたちは養子を迎えようと決心しました。……】

その次の週の日曜日。

「ゆうた」がうちに来た。

Re: この世界で ( No.3 )
日時: 2011/09/15 00:11
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)


「うわあ、海!」

ぼくらはその次の週の日曜日、自宅から遠く離れた海に来ていた。車を朝早くから発車させ、ここまで来た。少しだけ季節はずれなこともあって、訪れている人は少なかった。

「海よ、海! ほら、ゆうたも来て!」

まだ新しい靴に慣れていない様子で砂浜を歩く新しい子供に、大人らしからぬ、みかが声をかける。ぼくはといえば、その後ろで靴の中の砂を気にしながらぽつぽつと歩いていた。

「ほらほら!」

美香は興奮が冷めないようで、今にも駆けだしてしまいそうだ。

確かに目の前には広大な青が広がっていた。風はやや強いが、とても気持ちいい。

——やっぱり、養子をもらって良かったかもしれない。

今日のみかは弾けている。そんな笑顔、久しぶりだ。

良かった。本当に良かった。

家族三人で初めて行った海。風は肌寒く感じたけれど、同じくらい太陽は輝いていた。その光を受けて海も眩しい。

ゆうたははしゃぐ。

みかもはしゃぐ。

ぼくは遠目で見守る。

理想の家族の姿だった。

幸せだった。

良かった。ぼくは幸せだ、と感じている。

くるくる回る風の中で、寄せては返す波は優しく広がっていた。ときどき顔を寄せて、微笑みあう妻と「息子」の姿が瞼の裏に焼きつく。ぼくは一生この光景を忘れないと思う。

ゆうたはとても楽しそうにしていた。みかを母親だと認識してくれているといい。

良かった。ぼくは幸せだ、と感じている。


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