複雑・ファジー小説

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この世界で
日時: 2011/09/12 00:00
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

初めまして。「きなこうどん」という者です。
小説をネット上で書くのは初めてのことなので、多少矛盾があるかもしれないです。でも、多くの方に読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。


この物語は、ある家族の物語です。
この世界のどこかに、こんな家族が存在しているのではないでしょうか。
どうぞ、最後までお楽しみください。

Re: この世界で ( No.14 )
日時: 2011/09/21 01:26
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)


困惑した母も弟も。出て行った父も。不幸にしたのはぼく自身なのかもしれない。考えだしたら、止まらなかった。

「家族をつぶしたのはぼくだよ。きっとそうさ。高校も、望んだところに行けなくて……弟はちゃんと行ったのに。ぼくは結局、勉強に一生懸命じゃなかったんだな。それは運動だって同じで……。そうだよ、いつも、そうだ。たけるの方が何でもうまく出来て、それがうらやましくて、だっ、だけど何にもぼくは挑戦も達成もしなかった」

高校生の時を通り越え、中学生・小学生の時の思い出の断片が流れるように思い出される。いつも、ぼくは一人だった。家でも、学校でも、どこでも。

今のぼくには心の中の言葉を、とりあえず外に吐き出すことしかできない。

「友達ほしいのに、ほしいって、言えない。感謝しているのに、ありがとうって、言えない。謝りたいのに、謝れない。笑いたいのに、笑えない。泣きたいのに、我慢していた。……ばかだったな」

勝手にぼくは強がっていた。強い人こそ好かれると思っていた。でも、強がれば強がるほど、顔は仏頂面になったし、言葉だって素っ気なかった。だから、ぼくの思いとは裏腹に、友達は遠くなっていた。

「本当につらい時、ぼくの隣にはだれもいてくれなかった。母も、弟でさえも。……ぼくはやっぱり、もっと良い子でいた方が良かったんだ」

ぼくの声は最後に沈んだ。気持ちもそれほど高ぶってはいなかった。さっきまでは思いが言葉を圧倒していたのに、今は思いが空回りして、言葉は表せなくて……戸惑っている。

みかは静かに聞いていたが、いきなり席を立った。行こう、と僕に声をかけ、会計を済ませ、腕を掴んで、ぼくを外に連れ出した。


Re: この世界で ( No.15 )
日時: 2011/09/24 21:57
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

その腕をつかむ手の強さと、歩く様子から、怒っている様子がうかがえた。

「どうした?」

ぼくは後ろから声をかけた。みかはそれに答えず、しばらくすたすたと夜道を歩く。熱を冷ましているように思える。ラーメン屋から百メートルほど離れた時、ふいにみかは話し始めた。

「ねえ? どうしてあたしがたけしくんのこと気にし始めたか、覚えてる?」

「いや、覚えてない」

みかはんぼくの隣に来るように、少し歩みを遅くした。まもなく、ぼくたちは肩を並べた。みかの方は拳一つ分低い。

すぐ隣では帰宅途中の車が排気ガスを吐きながら走っている。ぼくはもちろん車道側を歩いた。

「本当に?」

みかはもう一度聞く。ぼくは今度はしばらく考えてから、さっきと同じ答えを返した。

「定期券、拾ってくれたんだよ。たけしくん」

みかはこっちを向いて笑った。穏やかな、優しい笑顔。

あ。

思い出が蘇った気がした。

『ありがとうございます』

その声はみか? あの頃の、みかですか?

そうだ。

桜が舞って、駅のホームに舞い込んでくる。同じ車両に乗っていた見知らぬ女の子が定期券を落とした。ぼくはそれを渡そうとした……だけど、たくさんの人で、その女の子との距離は広がってしまった。声を出して、呼ぶけれど、聞こえていないみたいだ。

改札口で、その女の子を見つけた。はい、と差し出した定期券に飛びつく……みか。

『ありがとうございます』

笑った。

——そうだ。あの時の。

「思い出したでしょう? あたし、助けてもらったんだよ」

あの笑顔を覚えている。



みかとおやすみなさい、を言って道を別れた。ぼくはそれからしばらく一人でぶらぶらと歩いた。

ぼくはまたあの時のことを思い出していた。

高校生の一番傷だらけだった時のことだったから、みかの笑顔は心に沁みた。人の笑顔を久しぶりに見た瞬間だった。

あんなに嬉しかった出来事なのに、どうして忘れてしまっていたんだろう。

ぼくは月を見上げた。流れる雲に時々顔を隠されながら、輝いている。しばらく、見とれていた。

おかあさん、ぼくは生まれても良かったですか。

心の中で思った。みかに必要とされていた、とあのとき思った。この子は、ぼくのおかげで救われたんだ、と自惚れた。

小さな手に不釣り合いな定期券を覚えている。

誰かのために何かをしたこと。

おかあさん、ぼくだって必要とされたかったんです。

あの時に思った。ただの「クラスメート」じゃなくて、「人」じゃなくて、ちゃんと「必要」とされたかったんです。「心の支え」になりたかった。

強くありたいと思った。

誰よりも、何よりも。

そうだ、ぼくは……。

友達を作るためじゃなく、自分を守るために、強くなりたかったんだ。

やっぱりぼくは弱い、と思った。抜け出せない。まだぼくは弱い。でも、いつか強くなりたい、と思った。

ゆうたを息子にする何年も前、ぼくたちにはそういうことがあった。ゆうたはいつ知るだろうか。永遠に知らないままだろうか。

Re: この世界で ( No.16 )
日時: 2011/09/21 08:54
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)


家族三人で、どこへ行こうか。

今や子供のいるぼくたち夫婦には幸せが増えた分、考えることも、するべきことも増えた。みかは楽しそうにそれらをこなしている。

ゆうたは相変わらず、みかにべったりで、よく背中を追ってはみかを笑顔にさせている。かと言って、ぼくが一人になるわけでもなかった。

みかはもともと専業主婦という形をとっていたが、何か新しいことに挑戦する意識が芽生えたのか、働きたい、と言い出した。

「ゆうたはどうするんだ?」

「あら、『働く』って形はいろいろあるのよ」

みかはぼくのお弁当の用意をしながらなんでもないように言った。もうエプロン姿も決まっている。

「反対する?」

みかは手を止めて、こちらを向いた。

「いや……」

ぼくは戸惑った。

「反対ってわけじゃない」

「じゃあ、何?」

みかはまだ美しかった。今もぼくはみかを愛している。みかが向けた顔にドキドキしていた。ぼくはまだ、高校生のような心を持っているのかもしれない。

「大丈夫かい? 家事だってあるのに、働いたりして」

みかは笑った。大丈夫よ、と高らかに笑った。

こうして、みかは内職を始めた。それは高山家にとっては小さな出来事だった。ゆうたが来たことに比べれば、小さな変化だった。

ぼくはいつも通り、働く。時々家事を手伝う。みかは家事の合間に仕事をする。ゆうたはいつも通り、遊ぶ。

Re: この世界で ( No.17 )
日時: 2011/09/25 08:04
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

どこにでもあるような日常。……のはずだった。

あるとき、母から手紙の返事が届いた。

【だんだんと日差しも強くなって参りました。お体に変わりはありませんか。特に、みかさんには健康に心がけていただきたいものです。】

みかの体のことを気にしながら、達筆な字でその手紙は始まっていた。

【ついに「養子」を迎え入れたのですね。私も、たけるも心底驚いています。「ゆうた」というそうですが、その子も元気ですか。……】

母の手紙にはゆうたはきっとかわいらしいのでしょうね、という内容の言葉がぎっしり並べられていたが、一度も、うちにいらっしゃい、という言葉は載せられていなかった。母なりの意地だろう。

みかと僕は顔を寄せながら、手紙に釘付けになった。そして、ほとんど同時に読み終わり、二人でため息をついた。

「夕方新聞と一緒にこれがポストの中にあってね、見たらおかあさんからの手紙なんだもの。びっくりしちゃった」

みかは声に抑揚をつけながら、夕食を皿に盛った。

「ゆうたは?」

「ん? もう寝てるよ」

この手紙の主人公はゆうたなのに、と苦笑いした。

みかは味噌汁とおかずを両手に持って食卓に置いた。

「緊張した。読むだけなのにね」

それはぼくも同感だ。いまでも母の字には威厳が混ざっているように思う。あの字を見ると、確かに緊張する。

「返事は書く?」

ぼくはそれを思うと、またどぎまぎした。

「何を書けばいい?」

「え?」

みかは悩んでいた。ぼくはその間に味噌汁をすする。

「お手紙ありがとうございました、とか」

みかはありきたりな事を言った。それくらい誰でも思いつくだろう、とぼくは返した。結局、なにも思いつかないまま、その話は終わってしまった。

Re: この世界で ( No.18 )
日時: 2011/09/25 08:42
名前: きなこうどん (ID: QGQgEihT)

ぼくは町外れにある小さな運送会社で働いている。頼まれた荷物を場所と時間を合わせて届ける仕事だ。トラックを運転する技術だけではなくて、そのあとに荷物を運ぶ体力も必要だ。

一日に何件も回らなければならない時は真冬でも汗をかく。大変だけど、やりがいのある仕事、だ。

ぼくは何となくデスクワークに苦手意識を感じていた。だから、たとえ給料が安くてもトラックを扱う仕事がしたかった。それが家計を圧迫しているのもまた事実だが……。

「……そういえば、高山ちゃん、養子迎えたんだって?」

仕事仲間で先輩の杉田さんが言った。ぼくと杉田さんはちょうど荷物を運び終えたところだった。

「ええ」

ぼくは短く答えた。「養子」という言葉がいやに耳につく。

「あ、そうなんだ。まだ小さいの?」

「はい」

さっきとは違った方法で短く答える。ぼくたちは同じトラックに乗り込んだ。今日は二人で向かう。

道中、主にゆうたの話をしていたが、ぼくは父親特有の「デレデレ」を感じなかった。

「その子、の待ち受けとかにしてんの?」

ぼくはいいえ、と言った。

「まだ、初期設定のままです」

ぼくは薄く笑った。杉田さんは大声で笑った。

「なんだよ、それ。初期設定ってくそまじめな野郎だな。いや、まじめでもねぇか。……ったく、変なやつ」

最後の言葉はあやふやに言った。こんな口調の杉田さんでもお客の前では丁寧に話せる。大振りにハンドルを回している杉田さんでも、去年、一人息子を亡くして泣いてしまった。

世界はわからないものだ。

ぼくはまだあの杉田さんを振り払えないでいる。その時もぼくたちはこのトラックに乗っていた。

杉田さんが仕事仲間の後輩のうちでも、特にぼくに優しく接してくれるのは、杉田さんがぼくに弱い顔を見せてしまえたからだろう。

あれ以来、その周辺の話を避けてきたが、話題を考えることは正直きつい。


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