複雑・ファジー小説

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俺だけゾンビにならないんだが
日時: 2013/08/20 22:05
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)

ゾンビ物です。

残酷な表現が苦手な方はお気をつけください。
荒らしや誹謗中傷などはちょっと止めてください。
誤字脱字を見つけましたら、教えていただけるとありがたいです。

不定期更新、急に更新止まるかも。

中編くらいを想像しています。

目次

第一話「俺だけゾンビにならいんだが」>>1>>3>>5>>6
第二話「血肉内蔵脳漿の中を進め」>>8>>10>>13>>14>>15
第三話「こびりつく悲鳴」>>16>>18>>21>>25>>27>>30>>32>>35>>36
第四話「ゾンビよりも疲れる対人関係」>>37

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.13 )
日時: 2013/08/06 23:32
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)

食べ物の棚から離れた所にある、医療品や化粧品などが並べられているコーナーに向かう。
 病気にならないとも限らないし、そういう時の為に薬が必要だ。薬コーナーから、風邪薬や胃薬、抗生物質など、目についた薬の箱をもう一つのカゴに入れていく。後、傷なんかに付ける為の軟膏や消毒液、包帯やテーピングなどもひと通り入れていく。何が起きるか分からないから、何でもあって困る物は無いだろう。目薬や鼻詰まりの点鼻薬なんかも、良さそうなのを入れておく。薬品は箱が小さいから、沢山入れることが出来る。
 物を取る時に音を立てないように注意して、周囲を警戒する事も勿論怠らない。やはりゾンビは音にしか反応していない。俺の臭いには反応していないからな。
 
「これは……」

 奥の方に合った、ピンク色の棚。『大人の棚』なんて書かれたコーナーの前を通り掛かり、俺は少し動きを止めた。
 そこにはコンドー○やオ○ホ、ローションなどが並んでいた。
 店長おすすめ、なんて書かれたコンドー○を手に取り、俺はゴクリと息を呑む。いや、あの、俺使ったこと無いしね、はは。俺、童貞っす。後、ゾンビ……では無いっす。
 まあ何が役に立つか分からないからな。それらもひと通りカゴの中に入れておく。それにしても、よく掲示板とかで話題になっているのを見るけど、お、オ○ホってどんなんだろう……。童貞の俺には想像もつかねえや……。
 と、場違いな事を考えながらも、警戒は怠らない。
 
「……!」

 途中、サプリメントのコーナーを発見した。これは食料が全部無くなった時とかに役立ちそうだな。
 一つ袋千円近くするサプリを、色々な種類カゴに入れる。カプセル状になっているお陰で沢山詰め込む事が出来る。それから、隣にあったカロリーメイトなんかも詰めておく。
 プロテインなんてのも見つけた。確かこれはタンパク質だったかな。いずれ、貴重な栄養源になるだろう。
 プロテインは巨大な缶に入っている奴と、袋に入っているのが合ったので、袋の方を選択しておく。流石にこの大きさはカゴに入り切らない。ホエイプロテイン、ソイプロテイン、アミノプロテイン、と色々な種類が合ったが、どれが良いのか分からないので適当に手当たり次第入れておく。

 よし、こんなもんか。

 静かに店内の中を移動し、入り口へ向かう。途中で見つけたチョコレートなどといったお菓子や、サラミやスルメ、チーズなどといったツマミ系の食べ物もカゴに入れる。
 こうして、俺は薬局で食料や医療品その他もろもろを入手し、外へ出た。

「うわ」

 自転車のすぐ近くを一匹のゾンビが彷徨いていた。さっき店内で見た制服を着ていることから、この薬局の店員だろう。
 音を立てないように自転車に近づくが、どうしても鍵を開ける時には音がなってしまう。ポケットに入れておいた鍵を確認し、俺は賭けに出る。
 カゴを自転車のすぐ近くに置き、気付かれないようにゆっくりとゾンビの背後へ向かう。

「っらぁ!」

 響きすぎない程度に声を出し、俺は思い切ってゾンビの背中に蹴りを入れた。軽めで。
 無防備な背中に蹴りを入れられたゾンビは、背中を大きく反らして勢い良く地面に転がり込んだ。その勢いは軽めで蹴ったのにも関わらず、飛び蹴りでもされたの如く激しい。
 ……何となく予想は付いていたが、どうやら俺は筋力? が強くなっている様だ。噛まれた影響だろうか……。まあ多分そうだろうな。
 自分の身体を分析しながらも、俺はポケットから鍵を取り出し、即効で自転車の鍵を解除する。そして置いてあったカゴの一つを自転車のカゴの上に乗せる。サイズ的に自転車のカゴには収まらないが、乗っているので良しとしよう。そしてもう一つを左手に持ち、俺は右手だけでハンドルを握る。最悪の場合は片方を捨てなければならないが……まあ仕方ないだろう。
 ゾンビが起き上がるよりも早く、俺は自転車を漕ぎ始めた。
 次はホームセンターだ。
 と言いたい所だが、この様子じゃとてもじゃないけど他に荷物を持てそうに無い。
 確か家に金属バットとか武器になりそうな物も合ったし、何も持ってこなくてもいいかなあ……。

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.14 )
日時: 2013/08/07 23:35
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)

結局、俺はホームセンターに入る事は無かった。
 荷物がどうこうでは無く、物理的に入れなかったからだ。

「早速立て篭もってるのかぁ」

 やけにホームセンターの周囲にゾンビが集まっていると思って観察してみると、どうやら中に人がいるらしく、正面の入口が大型の乗用車によって塞がれていた。しっかり見た訳ではないが、恐らく他の入り口も塞がれているのだろう。随分と手際がいいな。
 ゾンビ達が「うぅーうぅー」と低い唸り声で合唱している。「腹が減ったから開けろ」とでも言っているのかね。まあ、ゾンビが何かを考えているとは思えないが。
 流石にゾンビの大群の中に突っ込んでまでホームセンターに行く理由は無いので、スルーして帰ることにした。ゾンビ達の合唱に呼び寄せられているのか、周囲のゾンビもホームセンターに向かい出したからだ。上はどこかの学校の制服、下は白いパンツだけ、なんていう目に毒な格好のゾンビが隣を通ったせいで思わず声を上げそうになってしまった。目が白濁してなくて、太ももの肉が千切れて骨とかが覗いて無ければ、それなりに興奮しただろうが、流石に俺はゾンビに欲情する趣味はない。
 南無南無、と名も知らぬ女の子ゾンビに手を合わせ、俺は自宅へ向かって再び自転車を漕ぎだした。


 こうやって言っていると、まるで俺が緊張感0で、余裕で進んでいるみたいだが、実際はそうではない。
 自転車を漕ぐ音でゾンビは俺に反応するし、たまにカゴから食料が落ちそうになったりして、色々大変なのだ。こうやってギャグテイストにゾンビ達を見ているのは、一種の自己防衛だ。首の肉やら腕の肉やら足の肉やら頬の肉やら鼻の肉やらを食い千切られたゾンビを、もうかなりの数目にしている。こんな中で、冷静でいろって言う方が無理な話だ。
 時たま生きた人間を見掛けるが、皆既に噛まれているか、自動車や自転車、バイクに乗って避難中か。両者とも、俺が何かしてあげられる事なんて無い。もしかしたら大勢の人間が家の中に隠れているのかも知れないな。これから俺も家に帰る予定なんだし。

「助けてぇ! いやぁ! いぎゃああぁぁ!」

 目の前で一人、20代ぐらいの若い女性がゾンビに貪り喰われている。家に帰るために通らなければならない通路で、道を塞ぐようにして四匹のゾンビが女性を取り囲んでいる。女性は引き攣った絶叫を上げ、肉を食い千切られる激痛に喘ぐ。
 ゾンビの低く、それでいて獰猛な息遣い。肉を咀嚼する湿った音。女性の徐々にか細くなっていく悲鳴。道路に広がっていく真っ赤な血。温い風に乗ってやってくる濃厚な鉄の臭い。
 ゾンビの低く、それでいて獰猛な息遣い。肉を咀嚼する湿った音。女性の徐々にか細くなっていく悲鳴。道路に広がっていく真っ赤な血。温い風に乗ってやってくる濃厚な鉄の臭い。ゾンビの低く、それでいて獰猛な息遣い。肉を咀嚼する湿った音。女性の徐々にか細くなっていく悲鳴。道路に広がっていく真っ赤な血。温い風に乗ってやってくる濃厚な鉄の臭い。
 ゾンビの低く、それでいて獰猛な息遣い。肉を咀嚼する湿った音。女性の徐々にか細くなっていく悲鳴。道路に広がっていく真っ赤な血。温い風に乗ってやってくる濃厚な鉄の臭い。
 
 「はぁ……はぁっ……」

 呼吸が荒くなっていく。空気を吸っても、一向に収まらない。
 心臓の鼓動がやけに早い。ドックンドックンドックンドックンと体内で暴れまわっている。
 胃液が迫り上がってくる。酸っぱい物が口内に広がっていく。それを吐き出す前に飲み込む。
 視界がボヤケたりクリアになったりを繰り返す。グルグルと回転する。意識が遠のいたり、近付いたり。
 
 既に汗でビショビショだった服が、更に汗で濡れていく。全身の水分を絞り出しているのではないかというぐらいに。
 気が遠くなっていた。いっそここで死んだ方が楽になれるのではないかという自分の心の声。やめろ。逃げるな。現実はここだ。前を向け。


  地面に倒れそうになるのを必死で堪え、カゴを落とさないように必死に手に力を込める。ようやく意識がハッキリと回復してきた。呼吸は荒く、心臓の鼓動も早い。
 女性の悲鳴に呼び寄せられたゾンビが、複数体どこからか姿を現す。そしてヨロヨロと動かなくなった女性に近付いていく。
 意識が遠のいている間に、十近いゾンビが集まっていた。進行通路を塞がれているせいで進む事も出来ず、後ろから新しいゾンビが来るせいで逃げることも出来ない。今俺に出来るのは、ただ音を立てないように止まっている事だけだ。
 集まったゾンビ達は、よってたかって彼女の死体を喰らう。ブチブチと肉を引き裂き、腹を裂いて内蔵を引きずりだし、地面に広がった血液を啜る。
 やはり臭いで集まってくるのか、彼女が悲鳴を止めてからもゾンビは数を増やしていく。そして食肉祭に加わっていく。
 どれくらい経っただろうか。ふとゾンビ達は彼女を食べるのを止め、立ち上がり始めた。そして再び生者を喰らうべく、覚束ない足取りで歩き始める。何匹かのゾンビが止まっている俺の方に歩いてくる。皆、口元を赤くそめている。濃厚な鉄の臭いが漂わせながら通り過ぎていく。その内の一匹が俺の自転車にぶつかったが、気にせずに歩いて行った。
 殆どのゾンビがいなくなった事を確認した俺は、ゆっくりと自転車を漕ぎ始める。カラカラと車輪の回る音が鳴るが、この音量ならば誰も気付かない。
 貪り喰われた女性の方をなるべく見ずに、進む。その時、不意に車輪が止まった。いや、止められた。

「ひ」

 左頬の肉はもうなかった。歯がそこから見える。鼻の肉がない。左目の瞼がなくなって白濁した眼球が飛び出している。腹からは内臓が飛び出している。ミミズのようだ。ソーセージの材料は何だったか。
 人差し指が真ん中から無くなっている手で、女性は車輪を掴んでいた。
 自転車を動かそうとしても、四本の指だけで恐ろしい力を発揮して離さない。それはズルズルと這って近付いて来て、ゆっくりと起き上がった。開いたからドバドバと内臓が零れ落ちる。落ちたそれはピチピチと地面で跳ねた。

「ひ。ひ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 絶叫。
 ゾンビは車輪から手を離し、それを俺に伸ばす。俺はそれを掴んで握りしめた。グチッと肉が潰れ、骨が軋む。やがて彼女の手は完全に潰れた。血が俺の手を濡らす。生ぬるい。気持ち悪い。
 それにまた悲鳴を上げて、俺はゾンビを蹴り飛ばす。後ろに吹っ飛び、力なく倒れ込む。
 他のゾンビが俺の声を聞いて集まってきている。
 俺は再び自転車に乗り、漕ぎだす。ハンドルが血で濡れる感覚。それを構わずに進む。

 慣れろ。
 慣れるしか無い。
 映画を見て、本当にゾンビが出たら面白そうなんて考えていた。だけどそれは全く何もわかってなかったんだ。肉肉肉肉血血血血! 実物を見たらそんな事は絶対に言えない。
 適応しろ。
 逃げるんじゃない。
 現実を見ろ。
 昨日までの世界は、もう死んだ。


「はは」

 こうして俺はこの世界に適応した。
 そうするしか無いから。
 
 
 

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.15 )
日時: 2013/08/08 20:53
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)

ってきた。
 三時間近く掛かっただろうか。スマホを見る余裕が無かったから詳しくは分からないが、普段よりもかなりの時間が掛かった。まあ当然か。
 スーパーやらコンビニやらが近くにないこの住宅街には、比較的ゾンビはいなかった。いたとしても単体ばかりだ。俺の家から三分くらいの距離に一匹発見した。
 自転車を止め、カゴを地面に置く。近くにゾンビがいるのが嫌だったし、ある実験をしたかった。
 乾いてザラザラする掌を握りしめ、ヨロヨロ歩くゾンビの背後へ忍び寄る。ゾンビは全く気付いていない。

「っ!」

 その後頭部へ、大袈裟なほど大振りの拳を叩き込む。渾身の一撃は躱される事無く、命中した。
 それは殴るというよりは突き破るという感じだった。拳はゾンビの頭を貫通し、頭の中を少し進んだ辺りで止まった。怖気が走るような生暖かい感触。
 ゾンビはビクンと一度全身を痙攣したかと思うと、力を失って地面に倒れ込んだ。めり込んでいた腕がズブリと抜ける。
 へたり込みそうになる足を抑え、俺は血と、何か違うドロドロした半液体の物を制服に塗りたくって拭く。ああ、この制服ももう使えそうに無いな。

 しかし、これでハッキリと判明した。俺の筋力は尋常じゃないまでに上昇している。
 殴った右手に力が入らない。恐らく骨が折れている。これも根拠のない予測だが、この筋力についての仮設を立ててみた。昔見た漫画を参考にしている。
 実は人間が普段使用している筋力は本来の二割程度しか無いらしい。脳が使用出来る力にリミッターを掛けているらしいのだ。何故リミッターが掛けられているのかというと、本来の筋力を使うと人間の身体が壊れてしまうかららしい。
 もしかしたら、俺はこのリミッターが外れているんじゃないだろうか。いや、俺だけじゃなくて、ゾンビも恐らくそうだ。そう考えれば、あの馬鹿みたいな怪力にも一応説明がつく。
 まあ、俺の治癒力には説明が付かないけどな。
 
 しばらくして、多少動くようになってきたので自転車を再び漕ぐ。バランスが取りにくく非常にフラフラしたが、何とか家が見える位置まで辿り着いた。

「こないで!」

 俺の家の、すぐ向かい。逃げる準備をしていたのか、車に荷物を積んでいたおばさんにゾンビが襲いかかろうとしていた。おばさんは手に持っていたトランクをブンブンと振り、半狂乱になっている。向かいといえば、確か山城さんだっただろうか。前に手作りのリンゴパイを頂いた覚えがある。
 俺は自転車から降り、荷物を放り出して山城さんの助けに向かう。しかし、もうこんな所にまでゾンビが来ているとは。ゾンビの大部分は避難した人達を追いかけて行き、残ったのはウロウロしているようだが……。全てのゾンビが避難者を追いかけていけば良かったのに。
 
「大丈夫ですか!」

 俺は山城さんに声を掛けながら、ゾンビを後ろから羽交い締めにする。ジタバタと山城さんに向かおうとするゾンビの馬鹿力を、同じく馬鹿力で押さえつける。ゾンビは俺の声に反応したのか、押さえつけている俺の腕に噛み付いた。

「っ糞」

 痛みは少ないが不快感は大きい。ゾンビは肉を口に入れると、ペッと地面に吐き出した。そして再び山城さんへ向かおうとする。何なんだよ、俺の肉は嫌いなのか。じゃあ最初から食うんじゃねえよ。

「清子!」

 家の中から山城さんの夫と思われるおじさんが、金属バットを手に現れた。俺に抑えられているゾンビを見て「ひぃ」と情けない悲鳴を上げるが、グッと顔を引き締め、裏返った叫び声を上げながらゾンビに向かって突進する。
 そしてバットを振り上げ、その頭に向かって思い切りスイングした。おい、馬鹿、俺が抑えてるのに。
 ゾンビを抑えていた手を離し、後ろに跳ぶ。しかしひしゃげた頭から飛び散った脳漿がビチャビチャと俺に振りかかる。

「大丈夫か清子!」
「うぅうう……」

 恐怖からか涙を零す山城さんを夫が抱きしめる。そして俺の方にバットを向けた。

「う、動くなよ化物!」
「は、はぁ? ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺は生身の人間です」
「う、ううるさい! 俺は知ってるんだぞ! ゾンビに噛まれたらゾンビになるんだ! お前ももうすぐ今の化物みたいになるんだ!」

 そして俺を警戒したまま車に荷物を詰め込むと、山城さん達は車に乗り込んだ。そして俺にキツイ視線を向けたまま、車を走らせて去っていった。
 はは、なんだよそれ。
 そんな、助けてやったのにおかしいじゃないか。
 せめて感謝の言葉くらいないのかよ。
 変な事を言うなよ。
 俺は化物じゃないさ。
 そうだよ。
 そう。
 俺は化物じゃない。
 化物じゃねぇ!

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.16 )
日時: 2013/08/09 23:00
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)


 家の鍵は閉まっていた。中に誰かいて、鍵が閉められているのか、それとも誰もいないから鍵が閉まっているのか。玄関口にある傘置きの後ろには缶が置いてある。俺は傘置きをどかし、その中を覗きこんだ。
 鍵は中に入っていた。
 この状況で誰かが家に帰ってきているのなら、ここの鍵は回収するのではないだろうか。
 缶から鍵を取り出して、玄関の鍵を開けて中に入る。家の中はシンと静まり返っており、誰かがいる気配はない。
 俺は家の中に入り、鍵を閉めた。「誰か居るか? 俺だ、帰ってきたぞ」 といるかも知れない誰かに言葉を掛けるが、返事はない。どうやら誰も家に帰っていないようだ。
 まあ、この状況だったら、ゾンビになっている確率の方が高いだろうな。
 うちの家族構成は、父母俺妹だ。
 父と母は仕事に、妹は中学に行っているんだっけ。
 祖父母とは別で暮らしている。あの人達動きが遅いから、多分もう駄目だろうなあ。父も母も祖父母も俺よりも妹の方を可愛がっていたから、正直言ってそこまで辛くはない。ただ、今まであった物が無くなってしまったという喪失感はあった。
 溜息を一つ。
 今は自分の事だけ考えないとな。
 風呂に入りたい所だが、まずは家の出入口を塞がなければ。
 玄関はとても頑丈に作られており、ゾンビがちょっと集まって叩いたくらいでは突破される事は無いと思う。まあ箪笥でも持ってきて塞げばいいか。
 持ってきたカゴを冷蔵庫まで運んでいき、入れる必要のある物は詰め込んでいく。買い出しされたばかりなのか、幸いな事に冷蔵庫の中にはそれなりに食べ物が入っていた。

「まあ……なまものから消費してくか」

 いつ電気の供給がストップするか分からないからな。
 乾パンなどは冷蔵庫前に置いておき、取り敢えず出入口を塞ぐことに専念した。
 と言っても家の中に板や釘があるわけではないので、大した事は出来ないが。
 外に出て、窓に設置されている雨戸を一つずつ下ろしていく。全ての雨戸を下ろした事を確認し、中に入って全てに鍵が掛かっているかを確認する。それからカーテンを閉める。ただこれだけでは不安なので、ゾンビが入ってこれそうな所は椅子や机などの家具を使って塞いだ。後は玄関と二階だな。二階も雨戸とカーテンは閉めておく必要があるけど、いざという時に脱出するため家具で塞ぐのは止めておこう。悲しいことに我が家はそこまで大きくない。二階のベランダから庭に飛び降りても、多分大丈夫な筈だ。
 俺は一旦外に出て、ゾンビがいないことを確認して外に置いてあった自転車を回収する。妹用の黄色い派手な自転車も一緒に回収する。それを庭に置いておく。鍵は掛けない。
 ベランダから飛び降りた後、自分の足だけで逃げるのはキツイからな。脱出用だ。二つとも離れた場所に置いてあるため、事態によってどちらか片方を使用することになるだろう。
 衣服が入っている箪笥の中身を全て取り出し、空になった箪笥を玄関の前に置いておく。もし万が一家族が帰ってきた場合は箪笥をちょちょいとどけて鍵を開ければいいな。
 だけど。ゾンビに噛まれていたら家の中には入れられない。もしかしたら、父さんか母さんのどちらか、それから妹もゾンビに対して耐性を持っているかも知れないが、確実ではない。家族よりも自分の身が大切だ。

「…………はは」

 俺も大分冷たくなったもんだな。
 渇いた笑みを浮かべて、俺は二階の雨戸を閉めに行った。



 シャワーヘッドから温かいお湯が降り注ぎ、俺の身体に付いた汚れを洗い流していく。汗や血でベタベタになった頭をシャンプーで洗い流し、ボディソープで身体を念入りに洗う。手元には家にあった金属バットを置いている。何かあった時はこれですぐに対応できる。
 出入口を塞ぎ、脱出経路を確認した俺は、まず乾パンなどの保存の効く食料をリュックサックの中に詰め込んだ。リュックサックの中には他にも持ってきた医療品の一部や飲料水、包丁数本、懐中電灯、衣服などが入っている。バットとリュックサックは出来るだけ身体の近くに置いておき、何か起きた時にすぐ持ち運びが出来るようにしてある。脱出キットだ。
 身体が完全に綺麗になったら金属バットを手に、すぐに外に出る。風呂やトイレ中に襲われるというのは定番だからな。
 今まで着ていた制服は臭いがキツイので、もう使用することは無いであろう洗濯機の中に詰め込んでおいた。
 俺はタオルで身体を拭き、長袖長ズボンかつ、出来るだけ動きやすい服を着る。逃げる時に服のせいで動きに制限されるのは御免だからな。
 さっぱりすると、疲労から抗い難い睡魔が俺を襲ってきた。瞼が急激に重くなっていく。俺はリュックサックとバットを手にして、二階にある自分の部屋に行く。そしてベッドの隣にそれらを置くと、力なく倒れこんだ。
 寝る。

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.17 )
日時: 2013/08/10 00:41
名前: いっぽっぽ (ID: TaF97fNV)

周りの状況が凄く分かりやすくて楽しいです!
個人的には主人公の妹が気になるのですが…
更新楽しみに待ってます!


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