複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- Sky High 新スレに移行しました。
- 日時: 2015/11/03 22:30
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)
- 参照: え、名前負けしてる? そんな馬鹿な。
銀色の髪を翻し、硝煙漂う戦場を舞う。
蒼穹の瞳に宿した炎は、敵を焦がす。
裏切りと絶望の過去を辿って、凄惨な戦いへと身を投じた。
——とある『最強』の【傭兵】のお話である。
***** ***** *****
ハイ、こんにちこんばんおはようございます。
皆さんご存じ、山下愁です。よろしくお願いします。
さて、複雑ファジー小説板では実に3……あれ4だったかな……忘れましたが、まあそんな感じの小説です。
そんな前提はさておいて。
読者の皆様。上記の4行はご覧いただきましたでしょうか?
ご覧いただきになったようで幸いです。ええ、本当に。ありがとうございます。
「かっこの使い方が変」とか「誰が主人公なのかよく分からん」なんていう言葉は聞こえません。ニュアンスだけ感じてくださればこれ幸い。
ええ、ハイ。ニュアンスは「とんでもなく暗くて凄惨な物語」でありますよ。悲哀・凄惨・残酷がテーマになっている山下愁史上初のほんのちょっと笑えるけど基本的にはダークネスがテーマになっている小説になります。
ので、以下の注意書きを読んでくださいね。
・人が死ぬ情景や、山下愁的なグロ描写(いや露骨なのはやりませんけども)仲間が死ぬ情景など『負の演出が盛りだくさん』になっています。
閲覧する際はくれぐれも注意してね。
タイトル負けしてるとか言ったらダメです。なるべく小学生のお子さんは(いやこんなクソみたいな小説読まないだろうけど)閲覧を控えるようにお願いします。
・誤字、脱字は無視してください。山下愁が自分で気づいた場合は、自分で直します。「間違ってますよ!!」とか言っていただけると嬉しいですし、文章で表現がすっげー変だなって思ったところも指摘してくださるとありがたいです。私はぜひともそれを参考にします。
もちろん、普通にコメントも大歓迎ですよ!! むしろ泣いて喜びます。
・山下愁は社会人であり、この時期になると繁忙期になってしまいます。 なので何が言いたいかって言うと、不定期です。更新は実に不定期になります。つーか遅いです。
ていうか、自分が満足したら無理やりに終わらせるつもりでいますよ山下愁は。ハイそこ、納得いかない顔をしないでください。あくまで私の妄想を吐き出す場所に使わせてもらうだけです。「帰れ!!」と言わないでください。
・非常に胸糞悪いシーンがあると思いますが、黙って見過ごしてください。山下愁の性格が悪いとか、決してそんなではありません。
・誹謗中傷、無断転載、パクリはおやめください。
なお、2次創作の場合は自己申告してください。泣いて喜びます。泣いて喜びます。
ふぅ、長いな。
成分としては、バトル120、胸糞50、笑い20、その他40とパーセンテージ限界突破でお送りします。
それではいいですか? 始まりますよ?
ちなみに書き方も結構変わってます。以前、鑑定さんに指摘されて直したのですが、この書き方だと新人賞に応募できゲフンゲフン。
***** ***** *****
登場人物紹介>>01
プロローグ>>02
※オリキャラ募集※>>03
ACT:?【新編開始】
ACT:1【最強傭兵】
ACT:2
ACT:3
ACT:4
***** ***** *****
お客様 Thank you!!
ツギハギさん様 ディスコ部長様 烈司様 梓咲様 モンブラン博士様
***** ***** *****
同時進行 Sky High-いつか地上の自由を得よ- パロディ
すかい☆はい-いつか地上を笑いで染めよ-
・人間どもよ許してなるものか>>11
登場人物(ユフィーリア、セレン、アノニマス他)
・君の髪の毛をロックオン>>27
登場人物(グローリア、リヴィ、ヘスリッヒ他)
・熱中症に気をつけろ>>38
登場人物(ユフィーリア、グローリア、エデルガルド、ハーゲン他)
・学園すかい☆はい
登場人物(未定)
※随時更新
***** ***** *****
Special Thanks
・梓咲様よりユフィーリアの絵が届きました>>28
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.5 )
- 日時: 2015/02/13 12:02
- 名前: ・スR・ス・ス・スD ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
鬱陶しそうな予感のする男を捨て置き、ユフィーリアが向かった場所は見張り台だった。
拠点からかなり東の方角へ進んだところに、立派な櫓がある。その櫓が、化け物たち側の見張り台だった。
月明かりだけを頼りに東へ突き進み、ユフィーリアは見張り台である櫓へとたどり着いた。櫓の麓には3人の竜人族の男が、機関銃を片手にうろうろと巡回している。
竜人族とは、竜を始祖に持つ人型の化け物である。頬や体のいたるところに鱗を持ち、その鱗は鋼の鎧をも凌駕すると言われている。また銃火器の扱いに長けた種族であり、気配を消すのが上手い。
「よう、リヒト。見張りご苦労様」
「む、ユフィーリア殿!! お疲れ様であります」
ユフィーリアが声をかけたのは、全身真っ白の男だった。
顔つきは精悍であるが、髪の毛も肌も服も何もかもが透き通るような白である。手にしている機関銃も純白であり、暗い夜に彼の姿は幽霊の如く浮かび上がっている。唯一の色は瞳だけであり、黒曜石のような双眸がユフィーリアを射抜いた。
男——リヒト・ユーヴォ・リベリオンはビシッと敬礼して答えた。
「本日も、軍神の名に恥じぬ見事な戦いぶり!! 自分、感服いたしたであります!!」
「あー、そういうのいいから。つうか敬礼しないで。あとうるさい」
「ハッ!! 申し訳ありません!!」
一言一言を腹から声を出す為、辺りにはリヒトの声がこだまする。
ユフィーリアはやれやれと肩をすくめると、「あいつは?」と問いかけた。
「櫓の上であります。……本日もこちらで休息を?」
「ああ。面倒くさそうな奴がいたからね」
「面倒くさそう……ハッ!? 自分のことでありますでしょうか」
「お前以上に面倒くさそうな奴だ。上がらせてもらうよ」
ヒラリと手を振って、ユフィーリアは櫓の梯子を上った。
梯子を上りきったところで視界が開け、戦場と森が一望できるようになる。
その櫓の端の方で、巨大な狙撃銃を構えている女がいた。
空のように長い青の髪、人形のように整った愛らしい横顔に深い藍色の双眸。夜の闇に解け込む黒いロングコートを着込んだ彼女は、銀色の狙撃銃を構えて静止していた。
だが、ユフィーリアの存在に気付いたのか、女はふと顔を上げてユフィーリアへ視線を投げた。
「あっははははははははは。その顔は何か面倒なものにでも捕まったかのような感じしてるね」
「……見ていたのかよ」
女は実に楽しげに笑った。ケタケタと楽しそうに笑ってはいるが、相手を馬鹿にしているとしか思えないような笑い方である。
ユフィーリアは舌打ちをして、櫓の隅に腰を下ろした。女とは割と距離が開いている。
「いやいや、見ていたんじゃなくって見えちゃったんだよ。たまたま拠点の方を見てみたら、何やら君が絡まれているようだったからね。あっはははは、笑える」
「笑うな」
「それは無理な話だ。ウチにとって笑いを止めるのは呼吸を止めることに等しいからね!!」
ひとしきり笑い転げたあと、女は「ふぅ」と息をついて、目じりに浮かんだ涙を拭った。
「……気は済んだ、シズク?」
「もうバッチリ。今日で1番笑ったよ。で、彼のことはご存じ?」
「知る訳ない」
「ですよねー」
女——シズク・ルナーティアは「分かっていましたよ」と呆れていた。
「彼の名前はグローリア・イーストエンド。名前ぐらい聞いたことは?」
「ない」
「え?」
「ない」
シズクの質問に、ユフィーリアは空華を鞘から抜きながら答えた。月明かりに照らされて、青白い刃がすらりと鞘から現れる。外套の端で刃の表面を磨き、刀が欠けていないか入念に確認していく。
相棒である空華の手入れをするユフィーリアを、シズクは窘めた。
「ユフィーリア、化け物側の司令官殿を知らないってどんだけ周りに興味がないの? 信用せずとも、ほんの少しだけ周りを見てみなよ。何かが変わるかもしれないよ?」
「何も変わらない。つうか、あんな頼りにならなさそうな奴が司令官だなんて世も末だね」
「グローリアは結構頭いいよ。化け物たちの中でもトップランクだ。聡明な点でいえばヘス——あのクソ野郎とどっこいだよ」
「ああ、ヘスリッヒ」
「その名を口にするな」
狙撃銃をユフィーリアへ向けて威嚇するシズク。どうやら『あること』を相当根に持っているようである。
反射的に空華を構えたユフィーリアは、そっと構えを解いた。空華を鞘にしまって、抱え込む。
「あれ、またここで寝るの? 砦の仮眠室で休んだ方がいいんじゃない?」
「今戻ったら司令官殿に見つかって捕まりそうだからね。それに——」
ユフィーリアの双眸が、ぽっかりと浮かぶ青白い月を映した。
白銀の星屑がちりばめられた、紺碧の空。美しい夜空である。戦場であるにもかかわらず、星空だけは変わらずにきれいだ。
ぼんやりと月を眺めてから、空華にすり寄って瞳を閉じた。さながらそれは、小さな子供が怯えているようにも受け取れた。
「……ここの方が、落ち着く」
本当に、心からの声でユフィーリアは告げた。
シズクは何も言わなかった。文句を言うでもなく、ただ、「そっか……」と頷いただけだった。笑い上戸の彼女にしては珍しく、笑わなかった。
瞳を閉じれば闇が生まれる。規則正しく聞こえる鼓動の音を耳に、ユフィーリアは眠りへと落ちて行った。
「ほーんと、ユフィーリアったら周りを頼らないんだからさー」
携帯食を頬張りながら、シズクは櫓から監視を続けた。
彼女の視力を以てすれば、砦の様子など簡単に伺える。今は、先ほどの『司令官殿』が誰か探しているようにうろうろとしているのが見えた。
長き戦を渡り歩いた戦友である狙撃銃の銃身に頬をあて、シズクは笑んだ。それはもう、楽しそうに。嬉しそうに。
「ま、彼よりウチの方が頼られてるって感じだけは、『ユーエツカン』って感じだよねぇ」
その言葉は、砦にいる司令官にも、櫓の隅で縮こまって寝ているユフィーリアにも、聞こえていない。
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.6 )
- 日時: 2015/02/07 12:05
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
夜明けとともに、ユフィーリアは目覚めた。
櫓にいるせいか、朝日がダイレクトに目へ突き刺さる。顔をしかめて帽子を深く被り、日差しを遮る。
シズクはいつの間にか眠ったのか、櫓の床で雑魚寝している。見張りの役目は果たしていない。こいつの千里眼は宝の持ち腐れだろう、とユフィーリアは時たま思う。
だがまあ、遅くまで起きていたのは事実だろう。寝落ちという表現がふさわしいぐらいに雑な寝かたである。
シズクを起こさぬように櫓から退散すれば、すでに櫓の麓の見張りは変わっていた。リヒトたち竜人族ではなく、白いガスマスクをした少年だった。
ユフィーリアと同じような銀色の髪をなびかせ、ガスマスクの向こうにある青灰色の切れ長の双眸は、じっとユフィーリアを見下ろしている。
見つめられたから見つめ返す。ユフィーリアはじっと少年を見つめた。
見つめ合うこと数秒、ペコリと少年の方が会釈をした。
ユフィーリアはひらりと手を振って、
「上にいるシズクを起こすのはお前がやれ、アノニマス」
「……!?」
まるで「えぇ!?」と言うかのような仕草をした少年を置いて、ユフィーリアは拠点へと戻っていった。
拠点へ戻る道すがら、ユフィーリアは不意に足を止める。空華も同じように、何かに気づいたようだ。
「……いるよ」
「分かってる」
空華の青い柄に手をかけ、戦闘の準備を整える。
静寂を打ち破るように、足音が聞こえてきた。土を踏む音はやがて大きくなり、ユフィーリアのすぐそばまでやってくる。位置は右の方、人数は1、武器の所持はなさそうだ。
(……丸腰でくるとはとんだ阿呆だ)
胸中で呆れたユフィーリアは、足音が止まったと同時に空華を抜刀した。
神速で抜かれた空華の刃は、青い軌道を描いて相手の喉元を捉える。
しかし、相手の首を掻き切るより前に、ユフィーリアの動きが止まった。——否、止められてしまった。
(時を止める能力か……!!)
ユフィーリアは舌打ちをした。
まるで時間が止まったかのように、ユフィーリアの腕がピタリと止まってしまった。このまま時間が止まったままでは、何をされるか分かったものじゃない。術式を打ち破ろうと踏ん張ってみるも、彼女の行動は無駄に終わった。びくともしない。
「やーだなぁ、出会いがしらにいきなり切りかかってこないでよ」
「……お前は……」
ユフィーリアは目を見開いた。
彼女の目の前に現れたのは、黒髪赤眼の男——グローリア・イーストエンドだった。
ツゥ、とグローリアが空華の刃を撫でた瞬間、ユフィーリアの体の時が進んだ。突如起きた衝撃に腰を抜かしそうになったのだが、空華を地面に突き刺して耐えた。
「えへへ、びっくりした? びっくりした? 僕の能力なんだよ。時間を自在に操る能力さ。戦いには不向きだけど、敵を攪乱させたり妨害したりするのは向いてるでしょ————うぉっとい!?」
グローリアがしゃべっている間に鞘へ空華を戻し、しゃべり終わる前に再び抜刀。神速の居合は、確実にグローリアの喉を捉えていた。
しかし、またもグローリアはユフィーリアの動きを止める。にっこりとした涼しい笑みで、最強の居合を止めたのだ。この屈辱をなんと言葉にしよう。
体が動くようになってから、ユフィーリアは舌打ちをした。空華を鞘へと納め、グローリアを無視して歩き出した。
「ねえ、君の名前ってユフィーリア・エイクトベルって言うんだよね?」
「…………」
「僕ね、君の大ファンなんだ!! だってかっこいいって噂だもん。前線のことはよく知らないんだけど」
「あのさ」
後ろを犬のようについて回りながらべらべらと話すグローリアを、ユフィーリアは鬱陶しく感じていた。ピタリと足を止めて、グローリアの方へと振り返る。
おそらく自分の顔は『無表情』だろう。表情という表情が消えていよう。だが、そんな些細なことは知らない。それが相手を怯ませるのに、1番効果的だと思ったからだ。
「話しかけてくるなって言ったよね?」
「……嫌だよ。僕は君と仲よくなりたい」
「アタシは仲よくなりたくない」
バッサリと言い捨てて、ユフィーリアは今度こそグローリアを置いていくべく、拠点まで走り抜けることにした。
取り残されたグローリアは、ただ呆然としていた。
「————足速ぇ」
いや、気にするところそこじゃないグローリア。
***** ***** *****
「ちょっと聞いてよユフィーリア、朝はアノニマス君に起こされてマジでびっくりして反射的にグーパンチしちゃったよ。あの子、パン……パン……ってすごくゆっくりな手拍子で起こしてくるんだもん。幽霊かと思っちゃったよ」
「静かに食え」
「えー、しゃべりながら食べなきゃ味気がなくなる」
朝から隣で黒パンを丸かじりしながら、シズクがケタケタと下品に笑った。こいつは本当に20歳を過ぎた女か。
ユフィーリアは冷めた目でシズクを睨みつけ、自身も黒パンを千切ってもそもそと口に運んでいた。硬くてぼそぼそするが、食べ慣れたものである。
「いやでもさ、怖くない? 合いの手のちょっと緩い感じで手拍子されたら警戒するでしょ」
「あいつならやりそう」
「すぐに終わらそうと思ってない? 適当なことを言ってない?」
「言ってない」
疑り深い目でユフィーリアを見てきたシズクに、ユフィーリアは一瞥もくれずに答えた。本当はさっさと終わらせたくて相槌を打っていただけである。
その時だ。
フッと目の前が突如として暗くなり、何やらガラの悪そうな言葉が降ってきた。
「おぉぉ? 珍しいんじゃねえの、ユフィーリア。他人と食事を摂ってるなんてよぉ」
そいつは、袋を被っていた。さらに全身には包帯を巻いていて、肌を晒していない。
ボロボロの長い外套を纏った長身の男は、涼やかな声で下品な口調をなぞった。
その声と口調を聞いた瞬間、ユフィーリアの気分が一気に降下する。表情はなくなり、食事をしていた手がピタリと止まった。空華の「あわわわ……」という何やら慌てたような声が耳朶に触れたが、ユフィーリアの根底までは届かなかった。
だがしかし、それ以上に隣が大変だった。
「ヘスリッヒテメェこの野郎ノコノコと顔出しやがってどの面下げてウチの前に現れたこの歩くゴミ袋18禁!!」
男を見た瞬間、シズクが怒鳴り声を上げた。女とはとても思えない汚い罵倒を男へ浴びせ、終いには中指を空高く突き立てる。
ヘスリッヒ。本名は誰1人として知らない。もちろんユフィーリアが知る由もない。
どうやらシズクはヘスリッヒへ相当恨みを持っているようで、犬歯を剥き出しにして威嚇していた。対するヘスリッヒはというと、飄々としたものでケタケタと笑っていた。
「まな板に用はねえよ、散れ」
「誰がまな板だとぅ!? 寄せてあげればちゃんとあるわい!!」
「いやいや、どう頑張ってもテメェはまな板だ。カワイソウなぐらいの絶壁だ。見てみろよ、隣のユフィーリアを」
何故かヘスリッヒはユフィーリアを見るようシズクに指示をした。
言われたとおりにシズクはユフィーリアを見て——そして項垂れる。
理由はもちろん分かっていた。胸の話である。
率直に言おう。ユフィーリアの胸部はそりゃあもう豊かである。たわわに実った西瓜である。
一方のシズクはというと、ヘスリッヒの言うとおりにまな板もしくは絶壁なのだった。
カッカッカ、と笑いながらヘスリッヒは一言。
「ぜひとも『バキューン』してえな」
「畜生!! 神様とやらは何を基準にして選んでるんだぁぁぁあ!!」
付き合ってられん。
ユフィーリアは残りの黒パンを口の中に詰め込んで、さっさと1人で戦場に向かった。
開戦の狼煙は、すでに上がっている。
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.7 )
- 日時: 2015/02/01 18:30
- 名前: ・スE・スR・スE・ス・スE・ス・スE・スD ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)
「ひ、ヒィ……い、嫌だやめて……助けて……ッッ!!」
無様に泣き喚く、男が1人。
軍服を身につけているが、所詮は下っ端の兵士だ。涙でぐちゃぐちゃになった顔を盛大に歪めて、殺さないでくれと懇願している。
逃げようとしているのか、地面を蹴る足は空振りをしていた。つま先が土を抉るだけで、逃げていない。
「お、お願いだ……なんでも、何でもする!! ここでこ、こちらの情報をしゃべってやる!! だ、だから命だけは!! いいいい命だけはああああ!!」
男は仲間を売った。
生きる為なら何だってするようだ。仲間を売って、自分が助かるならいいのだろう。
「ふーん」
興味があるとでも受け取ったのか、男の表情が明るくなる。ほっとしたように胸を撫で下ろした。
——誰が、生かしてやると言っただろうか?
「興味ないから死ね」
不幸なことは、男の相対する奴が悪かったということだ。
硝煙に黒い外套をなびかせて、全身から男の仲間の血をしたたらせ、恐怖に震える男の瞳に映る双眸は——氷の如き冷たい青。
相手は、小柄な少女だった。身の丈を超す長い太刀を握った、銀髪碧眼の少女だった。
少女は静かに、音もなく、青い刃を持つ刀を振った。左下から右上に向かって、スッと空中を滑らせる。
それだけだ。それだけして、少女は刃を納めた。
次の瞬間に、男の首は周りの屍と同じように地面を転がっていた。
***** ***** *****
首のない死体が転がる最前線。
全身から返り血をしたたらせ、ユフィーリアは舌打ちをした。まさかここまで血を被るとは思わなかった。
「……ユフィーリア、臭いよ」
肩に担いだ空華が抗議の声を上げた。
ユフィーリアは鬱陶しげに「分かってるよ」と答えた。刀が臭いを判別するのか、というツッコミは心の中に留めておいた。きっと長々と自分がどれだけ周りの鈍刀と違うのか、説かれるに決まっている。
敵はまだいる。だが襲ってこない。それは、ユフィーリアを恐れてのことだった。
「殺すの? これ以上血を被ると、本当に落ちなくなるよ?」
「だから殺さないんだろ。あー、クソ。一張羅なのに……」
「そんなに言うなら何着も作ればいいだろ。ユフィーリア、裁縫得意でしょうが。『先生』に布を貰えばいいでしょ?」
空華の言葉により、ユフィーリアの脳裏にパッとある女性の顔が浮かんだ。
金色の髪に、ラベンダーの花を咲かせた女性だ。草人族らしく体格は小柄であるが、男よりもバキバキに割れた腹筋を見させられたことがある。本当に草人族か疑いたくなるが、全身から香るラベンダーの匂いはユフィーリアの心をわずかながらに落ち着かせるのだ。
頭が年中お花畑の『先生』に、何かを頼むのは癪に障るので、ユフィーリアは空華を握りつぶしておいた。
「イタタタタタ!? 痛いってばユフィーリア!! 握りつぶさないでよ、折れちゃうでしょ!! ていうか、空さんが折れたらどうするのよ!!」
「……そうだな」
ユフィーリアはぼんやりと空を見上げた。
突き抜けるような青い空が、頭上に広がっていた。白い雲はない。戦場だというのに、空は驚くほど穏やかだ。
「その時は——アタシが死ぬ時だ」
誰にも聞こえていないほど、小さな少女の声。聞こえていたのは、ごく身近に存在する彼女の愛刀だけだ。
その愛刀が何かを言うより前に、ユフィーリアは動いた。
ゆらりと敵の方へ、碧眼をやる。ざっと敵全体を眺めて、大体30人から40人だと推測する。ユフィーリアが敵を見た瞬間、敵はビクッと体を震わせた。
怯え。恐怖。絶望。それらの感情が綯い交ぜになり、敵を『負』の渦へと突き落とす。
「怯えるのか。それでも最前線を張る兵士か?」
空華の柄を握り、ユフィーリアは身をかがめた。姿勢を低く保ち、足に力を込める。
刹那。
黒い風が、戦場を蹂躙した。
一瞬だった。一瞬で、40人前後はいた兵士たちの首が、吹き飛んだ。鮮血を吹き出して、頭をなくした死体たちは次々に地面へ頽れる。
屍の群れの中に、ユフィーリアがいた。いつの間に空華を抜刀したのだろうか、その青い刃は血に濡れていた。
「……」
俯かせていた顔を上げれば、他の兵士も見えた。数は3人。ユフィーリアとの距離は、およそ50メートルほど離れている。
青い軍服を着ていることを鑑みれば、おそらくは第2特務攻撃部隊『燕』の誰かだろう。ユフィーリアが顔を上げた瞬間に、3人の兵士は背を見せて逃げ出した。
逃がすか。
口の中でつぶやいたユフィーリアは、再び地面を蹴った。瞬きの間で逃げる兵士たちの目の前に現れる。
「あ、あ」「おおおおお前」「うぁぁぁ」
三者三様の悲鳴を上げたが、彼らは素晴らしい兵士だった。ユフィーリアに牙を剥いたのだ。
手にしたハンドガンを構えて、ユフィーリアへ狙いを定める。銃口がどこを向こうが関係ない。彼女に当たればいいのだ。距離はおよそ1メートル、構えて撃てば必ず当たる。
「おいおい」
ユフィーリアは呆れたような口調で、
「まだ生きてんのかよ」
え、と。
3人の兵士たちは、視線を下へ向けた。正確には、己の体に。
ずれていた。上半身と下半身が、見事に。
ずるりと上半身が滑って、汚い地面に落ちた。どちゃ、どちゃどちゃ、と重たい音をユフィーリアの耳に届ける。
上半身からは臓器が見えていた。そして黄色いものと、桃色のもの。脂肪と、胃の中のものか。ずっと立ちっぱなしになっている下半身を蹴飛ばして転がし、ユフィーリアはくるりと身を翻した。
その時だ。
「ユフィーリア!!」
誰かがユフィーリアの声を呼んだ。
青い髪が視界の端をよぎった。ウルフスタイルの髪を持つ男が、こちらへ駆け寄ってきた。
「ああ、エドか。何だよ。前線の敵ならアタシが全部やったぞ。ヘスリッヒは途中で袋叩きになったから、オルヴォに回収させた」
「いないと思ったら……。いやそれよりも、中部の方が混戦状態だ。ユフィーリアが前線に出張ってくるって分かって、兵士たちを二分させたんだろ。しかも毒の散布機かなんかを『金糸雀』の野郎どもが開発したようで、味方がバタバタと医務班に運ばれてる」
『先生』は大忙しだ、と男は続けた。
ユフィーリアは眉を顰めた。まさかそう出てくるとは思わなかった。平素ならどうでもいい、と切り捨てるのだが。
「エド、お前はあとからこい」
「ユフィーリア?」
「オルヴォ!!」
ユフィーリアは空に向かって怒鳴った。
風が彼女の体をさらい、空高く舞い上がっていく。いつの間にか青い髪の男は置いて行かれた。
黄緑色の髪を風になびかせた、小麦色の肌を持つ背の高い男。バサバサと緑色の羽をはばたかせて、大空を自由に舞っている。ユフィーリアが築き上げた屍たちを置き去りにし、男はユフィーリアを乗せて中部めがけて飛んで行く。
「いやー、たまたま自分がいてよかったッスわ。中部の方まででいいんですかね? ていうか中部付近に近づいたら自分低空飛行にチェンジしていいッスかね。あの毒は結構シビれてくるもんで」
「毒なんて関係ない」
ユフィーリアは、この先に広がる戦場を見据えた。
「敵は全部殺すまでだ」
ひゅぅ、と口笛が聞こえた。
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.8 )
- 日時: 2015/02/08 14:34
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)
中部は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
オルヴォから降りたユフィーリアを襲ったのは、紫色の霧。視界を奪うほどに濃い紫色は、戦場を覆い尽くしている。
その紫色の霧を嗅いだ瞬間、ユフィーリアは顔をしかめた。
頭の奥を揺さぶられたような感覚に陥る。鼻を突く甘い香りは否応なくユフィーリアの感覚を奪っていき、手足の先がしびれてくる。徐々に視界も霞み始めてきた。これが毒の効力か。
「ね? 結構つらいでしょ?」
「……お前はさっさと拠点に戻れ」
冷たい目で睨みつけた先にいるオルヴォは、なんと地面にうつ伏せで倒れていた。毒にやられたか、はたまた毒を吸わない為か。何故地面にうつ伏せで倒れているのか、ユフィーリアには分からなかった。とりあえず前者だと推測する。
毒を散布しているのは、戦場の中央に聳える巨大な塔だろう。塔というより、樹木と表現した方がいいのかもしれない。上部から枝のように伸びたノズルから、紫色の霧を噴出している。幹の部分は太く、銀色をしている。その幹の中心に、藍色の石が埋め込まれていた。
「オルヴォ、あれって『金糸雀』の奴らが開発したんだよね? 何で銀色なの」
「アーサーの野郎は、本体に一切手を出していないんス。アーサーの野郎が考えたのは、本体に埋まってる核ッス」
核ってあれか、とユフィーリアは藍色の石を再認識した。
「なんか草人族の頭に生えてる草花引っこ抜いて引っこ抜いて、それで作ったんだとオルヴォは思うッスわー。ものすごい化学反応起こして、『死ぬ程度じゃないけど結構やばい毒』を作ったんスねきっと」
「だからお前は帰れって。引き止めて悪かった」
「無理ッス、もう体が痺れて力が出ない」
「お前の頭にはあんこでも詰まってんのか?」
あのパンのヒーローはどこの世界でも共通のようだ。
とりあえずあの機械をぶった切ってやろうと空華に手をかけたユフィーリア。だが、ピタリと彼女の動きが止まった。
霞む視界が捉えた、蠢く人影。敵ではない。
泥に汚れた軍服に時計が埋め込まれた巨大な大鎌を杖のようにしてよろよろと歩く、黒髪の男。
男はバタバタと倒れてのた打ち回っている人狼族の女に近づいて、おもむろに鎌をかざした。最期ぐらいは楽に死なせてやろうと考えているのか、と思ったが、そうではなかったようだ。何やらブツブツと彼がつぶやいた瞬間、人狼族の女が光に包まれる。数秒ほどして光が消え去ると、のた打ち回っていた女は回復していた。
人狼族の女は男に頭を下げて、霧の中から走り去っていく。男はそれを確認すると、再びのた打ち回っている仲間を見つけては、よろよろと近づいていった。
「何してんだ、あいつ」
「仲間の毒を抜いてんだよ」
ようやっと追いついたのか、青い髪の男——エデルガルド・バーンベルグは霧の中で動く男を顎で示した。
「あいつの能力は『時』を操る能力——時間を止めたり、時間を巻き戻したり、空間を歪めたりできる能力だ」
「だったら、時を止めりゃいいだろ。霧の進行を止めれば、他の奴らを逃がすこともできただろうに」
「最初はそうだった。霧の進行を止める為に、時間を止めたんだが——」
エデルガルドは苦々しげに舌打ちをした。
「奴の時を止める能力は、1日に3分間しか止められない」
「……嘘つけ。今朝、アタシの抜刀を止めたのにそんな訳が」
「合計3分間だ。10秒、20秒止められても180秒に達してしまえばもうその能力は使えなくなっちまうんだよ」
その言葉を聞いて、ユフィーリアの体から血の気が引いた。
あいつは一体なんてことをしてくれたのだ。今朝の出来事がなければ、まだ霧の進行を止められただろう。
いや、彼にその行動をさせたのは、紛れもなくユフィーリアだ。ユフィーリアが抜刀さえしなければ、全員はいかずとも大勢の仲間が助けられただろう。
「……見捨てりゃいいじゃねえか。何かを切り捨てられなければ、何かを救うこともできやしない」
「あいつは、そんなことを望まない」
「……」
「他の奴らを犠牲にするよりも、奴は自分を犠牲にして物事を考える。だから、自分の体がどうなろうがおそらく奴にとっては『些末なこと』だ」
何を考えているのか。
戦争に犠牲はつきものだ。それはユフィーリアも、エデルガルドも、オルヴォも重々承知している。生きるか死ぬかの凄惨な戦いをしているというのに。
あの男は、自分を犠牲にしてまで、仲間を救おうと言うのか。
「……訳、分かんねえ」
ポツリと落としたつぶやきは、果たして誰かに聞こえただろうか。
ユフィーリアは空華の柄に手をかけて、鞘から引き抜いた。藍色の石の上を空華の刃が走る。距離は500メートル——否、1キロ近くは離れているというのに、彼女はその場で刀を振るという無意味な行動をした。
しかし、その行為はユフィーリアにとって無意味なものではない。立派な『攻撃』である。
ユフィーリアが刀を振った瞬間、藍色の石が砕け散った。
毒の霧が止まり、空中へ溶けて消えてしまう。噴出を続けない限り、毒の効能はなくなってしまうのだろう。
すぐに晴れた視界に、敵どもはうろたえた。
「お、おい!! 毒が消えたぞ!」「核がやられました!」「馬鹿な!? 化け物軍勢にいる狙撃手でも貫けない硬度で作った核だぞ! い、一体誰が」
「アタシだよ」
防護服を着て毒の対策を取っていた敵たちは、一斉にユフィーリアへと目を向けた。もちろん、化け物軍勢たちも。
毒の消えた戦場へと踏み入り、空華を鞘へと納める。落ちていた軍刀を拾い上げて、軽く素振りをする。先端はポッキリと折れてしまい、もはや刀の機能を果たしていない軍刀だ。
その軍刀を、毒を噴霧しなくなった機械へと振った。
化け物たちを苦しめ、のた打ち回らせた機械は、一瞬にして鉄くずと化した。縦に一刀両断されて、パッカリと左右へ開いて地面に倒れる。
「よくもやってくれたな」
軍刀をポイと放り捨て、ユフィーリアはゆっくりと敵へ近づいた。
数は200人前後——だが、数などユフィーリアにとって些末な問題だった。いくら敵がいようと、彼女には関係のないことだった。
「軍人どもよ、1つ提案だ。この場にいる化け物たちの命は、どうか見逃してやってくれないか。毒を吸って戦うどころか、まともに動くこともできやしない。そこで提案だが」
怯える敵の横を通り抜け、ユフィーリアは男の前に立った。
わずかに見開かれた赤い瞳と、ユフィーリアの青い瞳が交錯する。フイ、とすぐに視線を逸らしたユフィーリアは、男に空華を投げつけた。
「アタシが相手してやろう。この場にいる200人弱、全員相手してやる。出血大サービスで相棒は使わないでいてやるよ。だからまあ」
挑発するように、口元を吊り上げた。
エデルガルドはオルヴォと共に、毒にやられた仲間の救助をしている。援軍は見込めない。よしんば到着したとしても、遅くなるだろう。
エデルガルドの黒目が、心配そうにユフィーリアを映した。ユフィーリアはひらりと手を振り、
「心配するな、エド。アタシを誰だと思ってやがる」
「あー、そうだったそうだった。お前は最強の軍神サマだったわ。すっかり忘れてた」
嫌味な台詞を残して、2、3人を担いでエデルガルドは戦場を去っていく。
地面に落ちていた軍刀2本を拾い上げ、ユフィーリアは歌うように言葉を紡いだ。
「戦争しましょうか?」
銀色の髪を翻し、硝煙漂う戦場を舞う。
蒼穹の瞳に宿した炎は、敵を焦がす。
裏切りと絶望の過去を辿って、凄惨な戦いへと身を投じた最強の傭兵は——また新たな伝説を作り上げた。
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.9 )
- 日時: 2015/02/18 12:20
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
拠点に1人戻ったユフィーリアが訪れたのは、医務班のところだった。
大量の負傷者を治療していくのは、金髪の小さな女性だった。頭には紫色の小さな花——ラベンダーを咲かせている。草人族の証である。
部下である獣人族や人狼族に的確な指示を飛ばしながら、女性は毒で苦しむ竜人族の治療にあたっていた。バタバタとうめき声を上げて大暴れする巨体へ向かってグーパンチを振り下ろし、さらに解毒剤を無理やり口を開けて飲ませるという豪快な治療をしていた。
「……おい『先生』さんよ、それはさすがにどうかと思うけど」
「ああ、ユフィーリア!! 今日もお疲れ様。いやー、突然キャッキャ笑い出して気持ち悪いし『くるよう、こっちにくるよう』って言ってバタバタ暴れて解毒剤なんか飲んでくれないから強硬手段に出ちゃった」
ユフィーリアに気づいた草人族の医者——ラヴェンデル・”レーラー”・ブルーメンガーデンはペロリと舌を出した。
一瞬思った。この女の年齢は、果たして何歳だったか。興味のないことなので、すぐに頭の隅へと追いやった。
「あいつはどこ」
「んー? あいつってどいつ? こいつ? そいつ?」
「あの黒髪赤眼の鎌持った男。あいつが1番毒を吸ってそうだったし。あと空華の回収」
ひらりと両手を振ってアピールしてみせるユフィーリア。
彼女は『手加減』と称して、相棒である空華を使わずに戦場を制したのだった。落ちている錆びて使い物にならなくなった刀、機械の破片、折れて柄がなくなった刃など、武器とは思えない武器で次々と敵を屠ったのである。その様はまさに『最強』の一言が似合う。
空華はあの男に預けて、拠点へ戻らせたのである。ユフィーリアが男に用事があるのは、その為だ。
身体的特徴を聞いたラヴェンデルは、「ああ!!」と閃いた様子でポンと手を打った。
「グローリアのことだね!! 彼は奥の病室で寝てるよ。あいつったら毒を吸いすぎて危うく死ぬ一歩手前だったんだよ、全く。何で自分を顧みないかね。ユフィーリアからも何か言ってやってくれないかな!?」
「うるさい」
「相変わらずだ!!」
からからと豪快に笑いながら、次なる患者を治療していくラヴェンデル。その手つきは鮮やかなもので、さすが『先生』と呼ばれるだけある。
ユフィーリアは奥の病室へと向かう。病室の数が足りていないので、ほとんどの患者は地面に布を敷いて治療されるのだが、あまりにも重症の患者は奥の病室へ通されるのである。
うめき声を上げる患者の間をすり抜けて、グローリアが寝ているだろう奥の病室の前までやってきた。無機質な木製のドアをノックする。返事はなかった。
「おい、開けるぞ」
返事がないなら入ればいいじゃない。ユフィーリアはノブを捻って、ドアを開けた。
部屋の主である男——グローリア・イーストエンドは白いベッドで横たわって眠っていた。あの大きな赤い瞳は、瞼の向こうに閉ざされている。人形のように整えられた顔立ちをじっと見下ろして、ユフィーリアは目的のものを探した。
「ユフィーリア、遅いよ」
「思ったより手間取ったんだよ。やっぱり鈍刀で切るのと、お前で切るのとじゃあ段違いだ」
「そりゃそうだよ!! 空さんはユフィーリアの相棒なんだからね」
「ハイハイ」
壁に立てかけられた大太刀を肩に担ぎ、さっさと退散しようとユフィーリアは病室を去ろうとした。
しかし、それを阻まれてしまった。
ベッドからわずかに伸ばされたグローリアの手が、ユフィーリアの腕を掴んでいたのだった。
「……ユフィーリア……?」
ぼんやりと開かれた赤い瞳は、まだ夢の世界に片足を突っ込んでいるようだった。
起きやがった、めんどくせえ。胸中でつぶやいたが、口には出さなかった。
「おみまい……?」
「違う。刀回収しにきただけだ」
「そっか……」
グローリアは、小さく笑った。何が面白いのだろうか。
ユフィーリアは乱暴にグローリアの腕を振り払って、本当に病室を去ろうと決意する。
「ありがとう、助けてくれて」
ピタリ、とユフィーリアの歩みが止まった。だが、止まったのもほんの5秒程度で、すぐにユフィーリアはグローリアの前から姿を消した。
***** ***** *****
「もうお笑いものだよねぇ!! 他人に興味を示さない、信用させないのユフィーリアが、まさか『自分が相手してやるから、他の化け物の命は見逃せ』だなんてさ!! 一体どういう心境なの? ねえどういう心境なの?」
「喧しい」
いつものように櫓へやってきたユフィーリアは、迫ってくるシズクの顔面に思い切り拳を叩き込んだ。
顔が菊門のようにつぶれてもなお、シズクはゲタゲタと下品に笑っている。本当にこいつは女なのだろうか。確かに胸は男の如く絶壁であり、どこもかしこも細くて頼りなさそうなのだが。
いや、そんなことを言った日にはきっと戦場で眉間を狙われることは間違いない。なので、ユフィーリアは黙っていることにした。
「いやでも珍しいよね。ユフィーリアが仲間の命を守るなんて。『どうでもいい』って切り捨てそうなのにさ」
「……本当にどうしてだろうね」
櫓の柵に背を預け、ユフィーリアは小さく欠伸をした。それから愛刀である空華にすがりつき、静かに目を閉じる。
シズクの「またここで寝るの?」という台詞は、すぐに聞こえなくなった。
冷たい夜風を受け、最強の少女は休息を取る。
ACT:1 END