複雑・ファジー小説
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- 空の心は傷付かない【12/18 完結】
- 日時: 2015/12/21 02:26
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: uRukbLsD)
お前が死んだって、僕はなんとも思わない。
——だから、別に死ななくても良かったのに。
※この作品には、暴力的、グロテスクな表現があります。
はじめまして、之ノ乃(ノノノ)と申します。
普段は別のサイトで執筆しているのですが、気分転換にこちらに小説を投稿することにしました。
どうぞ、よろしくお願いします。
ちなみに以前は、別の名前で『俺だけゾンビにならないんだが 』という小説書いてました。
上記の注意書き通り、この小説にはグロテスクな表現が多く含まれています。ご注意ください。
—目次—
プロローグ『アイのかたち』>>1
第一章『常にそこにある日々』>>2->>16
第二章『確約された束縛』 >>17->>24
第三章『反れて転じる』 >>25->>38
第間章『回る想い』 >>39
第四章『終える幕』 >>40->>44
エピローグ『しろいそら』 >>44-45
人物紹介『バラして晒す』 >>46
- Re: 空の心は傷付かない ( No.38 )
- 日時: 2015/12/02 01:34
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
◆
恋愛感情と食欲は似ている。
愛する人を抱きしめて自分で包み込みたいという欲求と、愛する人の肉を喰い千切って自分の中に取り込みたいという欲求。
この二つはとても良く似ていると思わないかい?
しいて違う点を上げるのならば、恋愛感情よりも食欲の方が上に位置している、という点だろう。
僕が最初に人間に対して食欲を覚えたのは、もうかなり前の事だ。
自分は空っぽで、常に渇いていて、何をしても満たされない。そんな苦しみに耐えながら生きてきた僕の隣には、常にある少女がいた。最初は彼女の事なんて何とも思っていなかったけど、次第に彼女の事が気になる自分が居ることに気が付いた。
最初は恋愛感情だと思っていた。こんな僕にも、恋愛感情なんてものがあったんだと、当時は驚いたものだ。
僕と彼女はたくさん遊んだ。今でも確信は持てないけど、多分彼女は僕に恋心を抱いていたんだと思う。何となく、そんな事が分かるようになった頃には、僕は自分の感情が恋愛感情以上の物だということに気付いていた。
それが食欲だ。
彼女の肉を貪り、眼球を舌で転がし、血を啜りたい。
そんな欲求が、徐々に強まっていくのを僕は感じた。
人を食べるなんていけないことなんだと、最初の内は自分を抑えていたれた。だけど僕は気付いたんだ。人を食べてはいけないなんていう常識に、一体何の意味があるの言うのか、と。
常識? ルール? 決まり事? 規則? 法律? 憲法?
そんな物で、何故僕の『愛』が縛られなければならない?
その考えに至った時、全身がフッと軽くなるのを感じた。体を縛り付けていた常識とかそういった物が解けたのだ。
僕の頭が完全にどうにかなったのは、恐らくその瞬間だったのだろう。
それから僕は、どうやって彼女を喰らってやろうかと考えた。誰にも邪魔されず、肉の欠片まで喰らい尽くすにはどうしたらいいだろかと考えた。
考えに考えた末に、僕は誰にもバレる事なく彼女を殺し、そしてその肉を喰らい尽くす事に成功した。
彼女が僕の一部になっていく。
僕と彼女が一つになっていく。
本当の意味で彼女と分かり合えた。
僕の空っぽだった器が、心の渇きが満たされていく。
「あぁ……美味かったなぁ」
思い出すだけで唾液が溢れてくる。
それから数年の間、本当に幸せだった。全てが満ち満ちていた。渇きを覚える事もなく、生きてこられた。
だけど高校に入って二、三ヶ月、再び僕はどうしようもない渇きに襲われた。満たされていた筈の心が空になってしまっていた。誰かを愛したい。誰かを喰らいたい。そんな欲求が湧き上がってきた。
そこで目を付けたのが、屋久だったのだ。
屋久終音。
美人で、可愛くて、優しくて、気が利いて、頭が良くて、運動が出来て、料理が出来て、友達が多くて。
何より、最初に食べたあの少女によく似ていたんだ。
一度彼女に食欲が湧いてしまえば、もうそこからはどうやって彼女を喰らってやろうか、という事しか頭に思い浮かばなかった。どんなに美味しい料理を食べていても、思い浮かぶのは彼女の顔だ。
屋久の肉はどのくらいの固さなのだろうか。どの部位が一番美味しいだろう。どんな風に料理したら美味しいだろう。どんな焼き方をするのが一番美味しく食べられるだろうか。処理にどれくらいの時間が掛かるだろうか。屋久の肉を喰らった時、僕の心はどのくらい満たされるのだろう。あいつと屋久はどっちが美味いだろうか。
屋久はどんな味がするんだろうか。
あの頃は、お預けを喰らっている様で辛かったけど、同時に楽しかった。どうしたらバレずにあいつを殺せるだろうとか、家に呼んで殺した方がいいだろうかとか、色々な事を考えた。結局は計画とか頭から吹っ飛んで、強引な手段を使って殺してしまったけどね。二回目とはいえ、やはり食材を調達する瞬間は緊張するものだ。現実、中々想像通りには行かないものだよね。最初の一回が上手く行っただけに油断していたよ。
最初の時は全く邪魔が入らなかったけど、今回は邪魔な奴が居たしな。名前を忘れたあいつ。あいつのせいで計画がかなり狂った。まあ、僕が屋久を喰らってからはかなり落ち込んでいたから、チャラにしてやろう。心が満たされている僕なら、多少の同情を覚えないでもないからな。
ま、何はともあれ、色々と成功して良かった。願わくばこのまま警察にバレないといいんだけどなぁ。屋久の肉を食べきるのにもう少し時間が掛かるから、その間に捕まるとかあるかもしれない。
うーん……。
それはどうしても避けたいな。せっかく手に入れたのに食べられないなんて、僕にとっては拷問に等しい。
「明日が学校休むかな」
そうしよう。
熱が出たとか、風邪をひいたとか適当な理由を付けて学校を休んで、屋久の肉を食べるペースを早めよう。残りの量によっては追加でもう一日休むのもありかもしれない。屋久が行方不明になってから少し時間も経ったし、二日休むくらいだったら怪しまれるような事もないだろう。三日は流石に休み過ぎかな。あんまり休み過ぎると授業についていけなくなるしね。と思ったけど、元々あんまりついていけてなかった。
そうと決まれば、今日からは肉パーティだ。屋久の料理を美味しく食べていこう。
よし、コンソメとかカレールーとかシチューのルーとか、あらかじめ料理用に色々と買い込んでいるから買い物に行く必要はないな。
今日の夕飯は屋久の胸肉。
明日は何を食べようかな。悩む。
サンチェがあるから、焼き肉のタレで焼いてからサンチェで包んで食べるのもありかもしれない。ヘルシーだし、朝食にはいいかもしれない。
ああ、想像したらますますお腹が減ってきた。
「やっと着いた……」
学校から三十分ほど掛けて、ようやく家に到着した。
三十分がかなり長く感じたよ。
夏だから三十分自転車を漕ぐだけでもかなり汗をかくな。帰ったら屋久を料理するよりも先に風呂に入って汗を流した方がいいかもしれない。
車の止まっていない駐車場の中で自転車を降りて駆け足で玄関へ向かう。ポケットから鍵を取り出して、鍵穴へ差し込む。
「そういえば、あの鍵結局どこ行ったんだろう」
今使っている鍵は合鍵だ。最初に使っていた鍵はどこかになくしてしまった。落とした、なんてことはないと思うんだけどな。ちゃんと鞄の中に入れておいたのに。チャックも閉めておいたし、落ちるわけがないんだが。
ガチャリ。
鍵が音を立てて開いた。
中はひんやりとした空気が漂っており、夏だというのに涼しく感じる。
「外もこれくらい涼しければいいのにな」
独り言を呟いて、廊下を歩いて行く。
現在、この家を使用しているのは僕だけだ。元々は父や母、弟も居たんだけど、父が台湾の方に転勤することになって、僕だけが家に取り残された。まあ多分、家族は薄っすらと僕の異常性に気が付いて居たんじゃないだろうか。僕を腫れ物みたいに扱っていたし、少し怯えていたようにも見えた。
だから、現在家には誰も居ない。
誰もいない筈なのに、背後から物音が聞こえて、振り返った瞬間に僕の右頬に何かが叩きこまれた。
なにが、起きている?
後ろに大きく仰け反って、倒れそうになる。危うい所でバランスを取って転倒することだけは耐えられた、と思ったのも束の間、今度は鼻っ柱に何かが激突した。
火花が散るっていうのはこういう感覚なんだろうか。
鼻の骨がぶつかってきた固いものにゴリッと嫌な音を立てる。
視界が点滅して、頭の中が真っ白になる。
今度はバランスを取ることが出来なくて、後ろに思いっ切り倒れた。壁に頭から激突する。呼吸が止まるほどの衝撃。一瞬だけだけど、意識が完全に消失する。
すぐに復旧。
しばらくの間、体に力が入らない。
何かがぶつかった頬と鼻がジンジンと熱を放っている。後頭部はぶつけた瞬間はかなり痛かったけど、今は鈍い鈍痛程度だ。
あぁ、鈍い鈍痛って意味が重複している。
頭がボーっとしているせいで、思考が上手くまとまらない。
十秒ほど掛けて、ようやく意識が安定してきた。青や赤や黒や白に点滅していた視界もある程度クリアになった。
この間、僕に攻撃をしてきた何者かは手を出してこなかった。ただすぐ近くで僕の事を見下ろしている気配を感じる。
「だ……誰だ」
頭を抑え、壁にもたれ掛かりながら僕は上を見上げる。
そこに立っていた奴を見て、僕は呼吸が止まった。
「やあ」
そいつは僕の事を見下ろして、無表情のまま手を上げた。
そこで僕は自分が何をされたのかに気が付いた。
殴られたのだ。こいつに。
そいつは死んだ魚の様な目で僕を見ながら言った。
「なんで……なんでお前がここにいるんだよ」
訳が分からなかった。
なんでよりにもよってこいつが、僕の家に居るんだよ。
だって、お前は。
熱が出たからって、今日学校を早退したじゃないか。
顔を見て、ようやく名前を思い出した。
こいつの名前は————。
久次空。
「——屋久の肉は美味かったかよ、陣城」
- Re: 空の心は傷付かない ( No.39 )
- 日時: 2015/12/03 20:42
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
間章 回る想い
「寒いね……お兄ちゃん」
ある冬の日の事だ。
母にひとしきり殴られた後、僕達は暖房のない部屋の中、薄い毛布で夜を過ごしていた。
母曰く、お前達は悪い子だからこうされて当たり前なんだ。
僕や妹の心が何か悪いことをした記憶はないのだが、母の基準では何かしらがアウトなんだろうな。何がアウトなのか教えてくれればそれをしないように努力するというのに、母の基準や言い分は彼女の気分によってコロコロ変わるため、僕達にはどうする事も出来ない。この前と言っていること違うよ、なんて指摘すれば痛い目に合うのは分かっているので口には出さない。
「僕の毛布使うか?」
僕の言葉に心は首を振る。じゃあどうしようかと考えていると、心が僕の毛布の中に入り込んできた。それから自分の分の毛布をその上に重ねる。
「こうすれば二人とも温かいよ」
「こんな発想が存在していたとは」
「お兄ちゃんって馬鹿だよね」
「…………」
心は僕の体に手を回して抱きついてくる。柔らかい体の感触。体温が伝わってきてほんのり温かい。
少しずつ体が暖まってきて、眠気が襲ってくる。
夢の世界に意識が完全に落ちる前に、心が話し掛けてきた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なに?」
「幸せってなにかな?」
「人によって違うと思うよ」
「じゃあ、お兄ちゃんは幸せ?」
「……どうかなぁ」
眠さで思考が働かない。
「分からないや」
そう言って、僕の意識は夢の世界へ落ちていく。
意識がなくなる瞬間。
「私は、幸せなんかじゃないよ」
心がそう言った気がした。
翌日。
家に入ると、母の笑い声と心の泣き声。
リビングに駆けつけると、ビールの缶が数本、そして紙屑が床に落ちていた。
床に散らばっていた紙屑は、心が学校の道徳の時間に作った母への贈り物だった。母への日頃の感謝を書いた手紙だったらしい。
家の中に道徳が存在していないのに、学校で道徳を習うなんて滑稽だな、なんて思った。
心が母にその手紙を渡すと、読む前にビリビリに破り捨てたという。
泣き崩れた心を指さして、母は笑っていた。
ざまぁみろ、お前からの手紙なんていらねえんだよ、気持ち悪い、目障りだ。
そんな事を言いながら笑う母の顔は、この世で一番醜悪だと思った。
僕は心を泣き止まそうと声を掛けるけど、一向に泣き止まなかった。最初は笑っていた母だけど、次第に苛立ち初めて、最後には酒臭い息を撒き散らしながら怒声を上げて、僕達を煙草の灰皿で殴った。
ガツンと頭に衝撃が走った。
温かい物が頭から流れてきて、血だった。
僕よりも強めに殴られた妹は床にうずくまって、血を流しながら息を押し殺して泣いていた。
心のそんな様子に満足したのか、母はゴロンと横になって寝息を立て始めた。酔いが回っているようで、大きないびきを立てている。
「ねぇ……お兄ちゃん」
床で横になったまま、心は昨日と同じように僕に話し掛けてきた。
「なんで自分が生まれてきたか分かる?」
「……分からない」
「私も分からないよ。自分が何で生まれてきたのか」
「…………」
妹はどこかボーっとしているようだった。
「なんで痛みを感じるのかな」
「……生きてるから、だと思う」
「死んだら痛みを感じないのかな」
「分かんないけど……多分、そうなんじゃないかな」
「なんで辛いのかな」
「……それも生きてるから、かもしれない」
「そっかぁ……」
心は納得したという風に、頷いていた。
「……心?」
いつもと違う彼女の様子。何とも言えない、嫌な感じだった。ボーっとしていて、まるで夢を見ているような、そんな様子だった。
「だったら——生きている意味なんてあるの?」
心の言葉に、僕は何も答えられなかった。
言葉が出てこなかった。
生きていれば幸せになれるとか、生きている間にその意味を探せばいいとか、そんな言葉を口に出来ていれば、何か変わっていたんだろうか。
「ねぇ、だったら」
心の言葉。
嫌な予感がした。
この先を聞いてはいけないと、何かが僕に警鐘をならしていた。
「私を殺してよ」
駄目だと、言えば良かったんだろうか。
嫌だと、言えば良かったんだろうか。
分からなかった。
ただ、何も言えなかった。
「ね? お兄ちゃん」
僕は。
「お母さん酔っ払ってるしさ。お母さんが殺したって事にすれば、お兄ちゃんには迷惑掛からないよ。あそこの灰皿で殴って、殺して?」
僕は。
「もう、私ね。生きていたくないんだ。辛くて、不幸で、生きているのが苦しい」
僕は。
「お願い、お兄ちゃん。私を殺してよぉ」
ポロポロと涙を零して、懇願してくる心。
いびきを立てて眠っている母。起きる気配はない。
僕は————。
「本当に、いいのか?」
母の灰皿が、手の中にある。
「ありがとう、お兄ちゃん。お願い」
「心」
「ごめんね……。でも、私ね、殺されるならお兄ちゃんがいいの」
「心」
「ごめんね……。お兄ちゃんは辛いよね。勝手だよね」
「心」
「来世では、幸せになりたいね」
「心」
「お兄ちゃんと、また会えるといいな」
「心……」
僕は。
灰皿を。
心に——。
「心」
もう、動かなくなった妹の名前を呼ぶ。
返事はなかった。
部屋には酔っ払って寝ている母と僕しか居ない。
「心」
何度呼んでも返事はなかった。
死んだ人間は喋らない。
そんなことは分かっている。
だって、僕が殺したんだから。
頬を伝って、何かが手に落ちてきた。
温かい。
それは次々と溢れ出てくる。
一粒何かが零れ落ちる度に、僕の心の中にあった何かがなくなっていくようだった。
僕はまだ死なない。
殺した妹の魂を喰らって、生きながらえた。
この日——僕は空っぽになった。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.40 )
- 日時: 2015/12/04 20:25
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
第四章 終える幕
まずは一発、振り向いた瞬間に殴った。思ったより当たりが弱かったのでもう一発。今度は目論み通りに倒れてくれた。
壁に頭をぶつけて朦朧としている所を、反撃を喰らわない程度の距離で見下ろす。
「だ……誰だ?」
僕が誰か分かっていないようだったので、「やあ」と手を上げた。僕を見て大きく目を見開き「なんで……なんでお前がここにいるんだよ」。まるで小説の一幕の様だな、と思った。
「屋久の肉は美味かったかよ、陣城」
僕の言葉に更に目を見開く、陣城一色。
「何で僕がここにいるかって? 一度学校に行って、君がいるのを確認してから早退してここに来たんだよ」
「どうやって家の中に入った!」
「簡単だよ。君の鍵を使った」
そう言って僕はポケットから、この家の鍵を取り出した。数日前に陣城がなくしたとぼやいていたけど、実はあれ、僕がこっそり盗んでおいたんだよ。
「泥棒が……」
屋久の死体を泥棒している君に言われたくないな。それに、人間っていうのは一度命を失ってしまえば、もう元に戻せないんだよ。返せない分お前の方が質が悪い。
「だけど……待てよ。お前が僕の鍵を盗んだのは、屋久を殺す前だった筈だ。なんで盗んだんだよ」
「勘違いだったら、申し訳ないなと罪悪感に浸る振りをするつもりだったんだけどね」
「何を言ってるんだ」
「石杖さやか……って名前に聞き覚えはないかな」
僕が口にした名前に、陣城は大きく目を見開く。
「七年前にこの辺りで行方不明になった女の子の名前だ。当時は確か、小学四年生の女の子だっけ?」
「なんで、そいつの名前が出てくるんだよ!」
声を荒らげる陣城。まあ落ち着けよ。
「その女の子、お前が喰ったんじゃないか?」
当たりだったのか、口をパクパクと閉口し始める陣城。
「勘って言うのかな。初めてお前に会った時、他の連中とは違うなって思ったんだよ」
「はぁ?」
まあ普通はそんな反応だろうね。
「それと経験から、かな。類は友を呼ぶ、なんてことわざがあるけど、僕に近付いてくる人って、頭のネジが何本か外れてる奴が多いんだよ」
舎仁とか、お前とかな。
屋久と岩瀬さん(仮)は多分除外してもいいと思うけどさ。
「だからちょっとお前の事を調べさせてもらった」
友達がいないからかなり苦労したけどね。
「そしたら偶然、七年前の事件が出てきたってわけさ。石杖さやか。お前の幼馴染だったんだろ?」
「…………」
沈黙。肯定と捉えさせて貰おう、
「僕に近づいてきた奴の幼馴染が、過去に行方不明になっている。もしかしたら、何かあるかもしれないと思って、鍵を盗ませてもらった。屋久が行方不明になったと聞いて、真っ先にお前を思い浮かべたよ。『屋久屋久』いつも言ってたからな。それで、遅くなったけど今日、忍び込ませて貰ったら、ビンゴだったって訳だ。まさか切り刻んで冷凍保存しているとは思わなかったけどね」
ふらつきながら立ち上がり、僕の方を睨み付けてくる陣城。ギリギリと歯ぎしりをしている。そんなに強くやったら歯が欠けちゃうよ、という言葉は掛けてやらない。
「興味本位で聞くんだけど、どうして屋久や石杖さやかを食べたりしたんだ?」
無視されると思ったけど、意外な事に陣城は答えてくれた。バン、と壁を強く叩き、叫ぶような口調ではあったけど。
「理由? 決まってる! 好きだったからだよ! 僕は石杖さやかと屋久終音を愛していた! それ以上の理由があるか!? お前という邪魔な奴がいたせいでロクに屋久に近付く事も出来なかった! 本当に鬱陶しかったよ! だけど、今はもう、屋久は僕の物だ! ざまあみろ! お前が屋久に好意を抱いている事は気付いていたさ! 僕に屋久を奪われた気分はどうだ!」
どうだ、と言われてもな。僕はお前が思っている様な感情は屋久に抱いてなんかいないし。
「お前が屋久とファミレスで食事した後に僕は屋久と会っているんだよ! そこであいつに告白してみたんだけどな、『私には好きな人がいるから、応えられない』だってさ! 恐らくお前の事だろうなぁ! 嫉妬しちゃって、その場で絞め殺してやったよ! 屋久が死ぬ瞬間をお前に見せてやりたかった!」
嬉しそうに、僕に色々と教えてくれる陣城。彼の表情を見て、僕は妹からの手紙をビリビリに破って笑っていた母を思い出していた。母も、陣城も、どうしようもなく醜悪な表情を浮かべている。
「屋久の肉は美味しかったぜ、久次。太腿の肉はステーキにして食べたけど、本当に美味しかった。屋久の肉はな、ミディアムレアで焼いて食うのが一番美味しいんだよ。お前はそんな事知らなかっただろ? 僕は知ってるんだよ!」
そんな風に勝ち誇られてもな。そう口にしようとして、ガリっと歯が欠ける感触が伝わってきた。ペッとそれを吐き出す。歯が弱ってるのかな? 歯磨きはちゃんとしているつもりなんだけど。
陣城の話を聞いているのにも飽きたので、僕は手を上げて彼の話を中断させる。
「事情を聞かせてくれてありがとう。僕から聞いておいてあれだけど、クソどうでもいい事情だったよ」
こんな事情で殺されたら、死んでも死にきれない。
屋久も、多分石杖さやかも。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.41 )
- 日時: 2015/12/07 20:44
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
僕の言葉に顔を真っ赤にして何事かを叫ぶ陣城。笑み限定じゃなかったけど、僕はやっぱり誰かの顔を完熟トマトの様にする能力を備えている様だった。
それにしても損したな。陣城から事情を聞くためにこの家で待っていたのに。こんなんだったらさっさと帰って小説でも読んでいればよかった。
「ここにお前がいるって事は、もう警察は呼んでいるのか?」
あ。
警察呼ぶの忘れてた。
「さぁ、想像に任せるよ」
そんな事はおくびにも出さず、僕はハッタリをかます。効果があったのかなかったのか、眉を顰めっぱなしの陣城からは判断できない。ギリギリセーフだろうか。
しかし、暇な時間の間に警察を呼べばよかったな。頭の中からすっかり抜け落ちてたぜ。僕としたことが、こんな失敗をしてしまうとは。まあ、こんな失敗は日常茶飯事過ぎるんだけどね。
「僕はまだ、屋久の肉を食べ尽くしてないんだよ」
酔っ払っているみたいに、陣城は顔を赤くしたままそう言う。体をブルブルと震わせている。携帯のバイブみたいだな。
「誰にも、邪魔される訳にはいかないんだよ。お前なんかに。僕の愛を邪魔されてたまるか」
「…………」
そうだ、と名案を思い付いたように陣城は頷く。酔っ払っているかのように上擦ったその声に、僕は僅かに陣城から距離を取る。
「今、お前を殺せば間に合うかもしれない。どうにかして誤魔化す事が出来るかもしれない。そうだ、そうだ。きっとそうだ。そうしよう。お前をズタズタに殺そう。死体はバラバラにして、近所の犬にでも食わせてやろう」
僕の肉なんか食べたら、その犬死にそうだな。
「まだ大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。屋久の肉を喰らい尽くすくらいの時間は残ってる」
警察の捜査状況は知らないけど、実は通報してないからまだ結構余裕あるんだよ。教えてやらないけど。
一人でコクコクと頷いた後、陣城は制服のポケットに手を突っ込んだ。そして手を取り出すと、折りたたみナイフが握られていた。陣城の手の中で刃が鈍い光を放つ。
「僕からの連絡が途絶えたら、お前を即逮捕して貰うように後輩に頼んである。僕を殺しても無駄だぞ」
嘘です。舎仁には首を突っ込むなと釘を刺しているから、あいつがどうこうすることはない。頼んでいたら言うこと聞いてくれたかもしれないけど。
今度のハッタリは利かなかったようで、陣城はジリジリと距離を詰めてくる。目がギラギラと異様に輝いていて、何だかやばい。
「ッ!」
ナイフを前に構えて、陣城が突進してきた。幸いにもこの家は広かったので、横に飛び退くスペースがあった。間一髪の所で攻撃を回避する。背中から壁に激突するけど、今はその衝撃を気にしている暇はない。
というか、こいつの前に姿を表したら戦闘が開始されることくらい分かっていたのに、何で僕はなんの対策も取っていなかったんだ。考えなしの行動のツケが今、ナイフを構えて僕に向かってきている。
「くっ」
ナイフが右肩をかすった。制服を切り裂き、その下の肌に線を引く。傷口から血がジワリとにじみ出てくる。
「おい陣城、今僕を殺したら屋久と同じあの世に行っちゃうんだぜ。いいのかよ」
「残念だったな、久次。屋久はあの世に行ってない。屋久は今、僕の体の一部になってるんだよ。つまり、僕が屋久なんだよ」
何を言っているんだこいつは。
「やっぱりお前、尋常じゃねえよ」
「お前にだけは言われたくないな久次」
「まあね」
「それに僕は陣城、だっ!」
そう叫ぶと、三度目の陣城の攻撃。首を狙った攻撃だったけど、僅かにそれて肩が切り裂かれた。ナイフを突き出している一瞬を狙って蹴りを繰り出すけど、軽々と躱された。
陣城に背を向けないようにしながら、突っ込んでくるタイミングを合わせて回避しているけど、それも限界が近い。無理な体勢で飛んだり跳ねたりしているから足首をぐねったし、壁際に追い込まれてしまった。
「はぁ…はぁ……」
勝利を確信して、にじり寄ってくる陣城。次の攻撃はもう躱せない。ぐねったせいで右足に力が入りづらいし、何より回避するスペースがない。
危機一髪。
窮途末路。
絶体絶命。
僕の状況をざっと並べてみたけど、絶体絶命が一番相応しい気がする。どれでもいいし、どうでもいいんだけど。いつもの如く現実逃避している暇はなさそうだ。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.42 )
- 日時: 2015/12/09 00:43
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
「そろそろ諦めろよ、久次」
陣城は勿体ぶるように、一歩一歩ゆっくり近付いてくる。それは確実に僕を殺せるという余裕があるからか、それとも僕に恐怖を感じさせようとしているのか。どちらにしろ、僕が絶体絶命の状況にあるのは変わりないが。
それにしても、諦めろ、か。
今更だけど、何で僕はまだ生きようとしているんだろう。いつも疑問に思っていた。何で僕は生きているんだろうって。お前なんか、死んだほうがいいんじゃないか、って。それなのにどうして、僕は僕を殺そうとしてくれる陣城の攻撃を回避してしまっているのだろうか。
そう考えると、何だか全身から力が抜けた。強張っていた筋肉が伸びる。
「諦めたみたいだな」
諦める。生きる事を、生存しようとする事を諦める。まるで肩の荷が下りたような気分だった。
「なぁ、陣城」
死ぬ前に、聞いてみたいことが会った。
「生きている意味ってなんだ?」
「生きている意味? お前にはもうないだろうけど、僕には屋久の肉を食べることが、今生きている意味だよ」
なるほど。そういう考え方もあったんだな。
「じゃあ、もう死ねよ」
ナイフを構えた陣城が突進してくる。
ナイフが僕の体に突き刺さるまであと一秒程度。やけに時間の経過が遅く感じた。走ってくる陣城の動きがスローモーションの様に見える。
これで終わる。
僕は死ぬ。
僕が死んでもきっと世界は何も変わらないだろう。
心が死んでも、世界は何も変わらなかった。
屋久が死んでも、世界は変わらなかった。
だから、僕が死んでも何も変わらない。
だから、死んでも構わない。
ああでも、もしかしたら、祖父と祖母と舎仁と岩瀬さん(仮)は悲しんでくれるかもしれない。
もしそうだったら。
僕は嬉しい、のかもしれない。
屋久は僕が死んだら、どう思うだろう。
「 」
誰かが何かを叫んだ。
叫んだのが自分だと、遅れて気付いた。
次の瞬間、僕の右手にナイフが突き刺さった。肉を突き破って刃が手の裏から突き出る。刺された瞬間は焼けるような痛みが走った。次の瞬間には、肉の中に氷を入れられていると錯覚するぐらいの冷たさを感じた。これが刺されるということか。
「お前……」
陣城がナイフを引き抜こうとする。僕はナイフが刺さったまま、陣城の腕を掴んだ。溢れ出る血で滑りそうだ。
「悪いな、陣城。もう少しだけ、生きてやりたいことがあったんだ」
僕はまだ、屋久の葬式に出ていないから。もう少しだけ生きていたいんだ。
「ふざけ」
陣城が叫ぶよりも早く、左手をチョキの形にして陣城の眼球に突き刺した。ツルンとした感触。
陣城はナイフから手を離し、目を押さえてよろめいた。僕はナイフを右手から抜いて、地面に放り捨てる。傷口から血が滝みたいに溢れ出てきた。僕は気にせずに、まだ目を押さえている陣城にタックルした。
肩が陣城の腹に減り込む。「ぎゃ」と悲鳴を上げて地面にぶっ倒れる陣城。僕は倒れた陣城の上に馬乗りになって、目を押さえている手を強引に引き剥がす。そして、あらわになった陣城の顔面を殴りつけた。
両手で、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も殴りつけた。
その度に血が陣城の顔面を赤く染め上げていく。完熟トマト以上に赤くなれ。もっと赤く染め上げろ。
「僕はまだ、死なない」