複雑・ファジー小説

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空の心は傷付かない【12/18 完結】
日時: 2015/12/21 02:26
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: uRukbLsD)

 お前が死んだって、僕はなんとも思わない。

 
 ——だから、別に死ななくても良かったのに。



※この作品には、暴力的、グロテスクな表現があります。


はじめまして、之ノ乃(ノノノ)と申します。
普段は別のサイトで執筆しているのですが、気分転換にこちらに小説を投稿することにしました。
どうぞ、よろしくお願いします。

ちなみに以前は、別の名前で『俺だけゾンビにならないんだが 』という小説書いてました。

上記の注意書き通り、この小説にはグロテスクな表現が多く含まれています。ご注意ください。


—目次—

プロローグ『アイのかたち』>>1
第一章『常にそこにある日々』>>2->>16
第二章『確約された束縛』 >>17->>24
第三章『反れて転じる』 >>25->>38
第間章『回る想い』    >>39
第四章『終える幕』    >>40->>44
エピローグ『しろいそら』 >>44-45

人物紹介『バラして晒す』  >>46

Re: 空の心は傷付かない ( No.13 )
日時: 2015/10/19 22:37
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

>>12
感想ありがとうございます。
風死さんのことは、以前から存じております。
というか、雑談の方の紅蓮な方のスレにいますW

空の意味があるような内容な、そんな地の文をお楽しみ頂ければ幸いです。

Re: 空の心は傷付かない ( No.14 )
日時: 2015/10/19 22:51
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 放課後。
 特に学校に残る用事も無かったから、HRが終了してすぐに教室を出た。
 自転車に乗っかって、登ってきた坂を悠々と降りていく。行きはあんなに辛い坂でも帰りはとても楽だ。行きが怖くて帰りは良い良い。
 坂を降りてしばらくトロトロと自転車を漕いでいると、誰かが僕の隣を並走し始めた。

「どうも、先輩」

 そう僕に声を掛けてきたのは、一年生の後輩だ。名前は舎仁札(しゃじんさつ)。
 他に友好関係があるのに、僕に関わってくる少数派の一人。中学時代から一応面識がある。
 彼女との出会いはあまり穏やかな物ではないので、取り敢えずここでは置いておこう。

「相変わらず虚ろな目をしてますね、先輩は」
「…………」
「死んだ魚の様な目とも言います」
「…………」
「もしくは腐った様な目」

 ……そこまで言うか。

 何も言わずジト目で舎仁を見つめる。

「そんなに見つめないで下さい、取れます」

 何がだよ。

「全く、先輩は駄目ですね。突っ込みはちゃんと口に出して言ってくれないと。ボケがいがありません」

 そう言って彼女はクスクスと笑う。
 舎仁はよく笑みを浮かべる。多分僕が彼女を見た時は大抵笑っている。だけど笑っている瞳の奥にあるのはとても冷たい光だ。凍える様な冷たい目で彼女は人間を見ている。何を思っているのかは分からない。
 それから僕と舎仁はしばらくの間、ゆっくりと自転車を漕ぎながら雑談した。中身の無い会話。まあ、舎仁の前ではどんな表情をしたらいいのか、なんていう事態にはならないので、クラスメイトと話しているよりはある程度楽なんだけどね。

 浮かべているのは、無表情。

「先輩は本当に私の事を、何とも思ってないんですねー」
「よく分からない後輩だと思ってるよ」
「先輩は誰の事も、何も分かろうとしていませんもんね」
「…………。分かろうとしてないんじゃなくて、分からないだけだよ」
「あはは、まあ先輩のそういう所が、私は好きなんですけどね」

 本当に、と。彼女は笑みを浮かべながら言う。
 それから「そういえば」と、舎仁は今まで浮かべていた冷たい笑みの質を変えた。

「七年前にこの辺りで小学生が行方不明になる事件が合ったじゃないですか。知ってますか?」

 唐突な話題の転換に僕は何も言えず、黙って舎仁の顔を見つめる。舎仁は笑みを浮かべたまま続けた。

「確か小学四年生の女の子だったとか。私の一個上でした。そういえば、先輩と同い年ですよね」
「そんな事件も合ったかな」
「あれ、ご存じないですか? 先輩なら何か知ってそうって思ったんですけど」
「さぁ。知らないよ、そんなどうでもいい事件」
「へぇ……」

 舎仁が目を細めて嫌らしく笑う。
 そこで、僕のポケットが振動した。正確に言うと僕のポケットの中にある携帯が振動した。舎仁との会話を中断して、ポケットを取り出して画面を見る。メールが来ていた。

「…………」
「どうしましたか、先輩」
「いや、別に」

 そう言って僕はポケットに携帯を戻す。

「悪いけど、どうやら教室に宿題を忘れてきちゃったみたいでさ、学校に戻るよ」
「ああ、そうなんですか。ではお別れですね、先輩」
「じゃあ、また」

 そう言って僕達は別れた。
 舎仁は手を振って僕を見送る。その顔にはさっきまでの笑みは無く、いつもの笑みが浮かべられている。
 冷たくて、何かを見透かしているようなその目が、僕は苦手だ。

Re: 空の心は傷付かない ( No.15 )
日時: 2015/10/20 21:41
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 人間関係って本当に面倒くさいな、と思わずにはいられない、醜悪な光景が教室の中では繰り広げられていた。扉の前で教室の中を眺めながら、僕はどうしたものかと数分の間立ち尽くす。教室では三人の女子が岩瀬さん(仮)に詰めより、剣呑な口調で何やら喚いている。時折、彼女の肩を強く押したり髪の毛を引っ張ったりするなど、まるで人形をぞんざいに扱う幼児を連想させられる。人形状態になった岩瀬さん(仮)は涙をポロポロと零しながらされるがままになっていた。

 教室の中には四人以外誰もおらず、彼女達だけの空間となっている。こんな状態の教室に宿題を取りに入るのは少しためらわれるけど、僕は空気とか読むのが壊滅的に苦手なので勢いを付けて扉を開いて中に入った。思ったよりも扉が大きな音を立てて、四人はギョッとして僕を見る。舎仁じゃないけど「そんなに見つめないでください、取れます」と言いたい気分になった。何が取れるのかは知らないけれど。

「ちょっと……何だよ」

 三人は岩瀬さん(仮)を掴んでいた手を離して焦ったように僕を睨み付ける。何だよ、ってそれは僕が言いたいんだけどな。皆の教室を独占して一体何をしているんだ。お人形遊びは小学校で卒業して貰いたいんだけど。

 自分の机に宿題を取りに行きたいのに、四人が僕の机の周りに立っているせいでそれが出来ない。その事に僕は苛立ちを覚え、呼びかけてきた女子を無視して彼女達の元へ近付く。そしてその苛立ちのままに、僕の机じゃない机に八つ当たり。足を痛めないように足の裏で机を勢い良く蹴り飛ばした。机は思ったよりも飛ばず、すぐに地面に着地した。ガシャンと大きな音を立てる。

 机と立てた音にビクリと震えた隙に、僕の机を囲んでいる一人の手を適当に掴んでこちらに引き寄せる。顔を見ると奇遇なことに岩瀬さん(仮)だった。

「やあ」

 場違いに挨拶してみると岩瀬さん(仮)は目からさっきまでも勢い良く涙を零し始める。無理やり手を引っ張ったのが悪かったのかな。腕力には全く持って自信がないけどやっぱり女子の岩瀬さん(仮)には痛かったのだろうか。

「ちょっと、あんた、私の机ッ、何なの!?」

 三人の内の一人、リーダー格っぽいのが支離滅裂に叫んだ。何が言いたいのか理解できなかったけど、その視線を見るとどうやら僕が蹴り飛ばした机は彼女の物だったらしい。それは悪いことをしたと存在しない罪悪感に胸を痛めておく。

「別になんでもな」
「ふざけんなよてめぇ!!」

 彼女の質問に答えようと口を開いたけど、僕が言い切るよりも早く大声で怒鳴られた。僕の話を聞く気が無いんだったら僕に話し掛けないで欲しいんだけどなぁ。会話って難しい。

「邪魔してんじゃねえよ!」

 岩瀬さん(仮)を返せと言う意味なのか、彼女は僕の方へ腕を突き出してくる。それを見た岩瀬さん(仮)は「ひっ」と小さく悲鳴を上げて僕の背中に隠れる。小動物的な行動に余計に腹を立てたのか、他の二人も「帰れよ」とか「きめぇ」とか女性にあるまじき汚い口調で騒ぐ。動物園の猿じゃ無いんだから、もう少し静かにしてよ……。騒ぎを聞きつけて先生とか来たら困るのはそっちじゃないのかな。

「返せよ!」
「返せって、物じゃないんだから。別に僕は君達がこの子をどうしようとどうでもいいよ。僕には関係ないことだからさ。君達の自由を尊重しようと思う。だけどこの子が僕の後ろに隠れるのは彼女の自由だよね。僕はこの子の自由も尊重したいんだ」
「何分けわかんねえこと言ってんだよ。キモいんだけど」
「一度聞いてみたかったんだけどさ、そうやって相手を侮蔑する言葉を吐く時、どんな気持ちで言ってるの?」
「は?」
「『きもい』とか『うざい』とか、君達は結構な頻度で口にしているけど、言われた相手の気持ちを考えた事があるのかって聞いてるんだよ。言われた相手が傷付くだろうとか、不快な気分になるだろうとか、相手の事を思いやった事はあるの?」

 因みに僕はない。そもそも言われても傷付かないし。

「こいつ何言ってるの……?」
「何か怖いんだけど」
「久次ってこんな奴だったんだ……」

 僕の質問を無視して、彼女達は虫を見るような目で僕を見てくる。言葉のキャッチボールにならない。僕がボールを投げるとサッと素早く回避するイメージだ。ドッチボールじゃないんだけど。
「君達はどうしてこの子の事を人形よろしく弄くり回していたの?」
 純粋な疑問を口にする。教室にいる四人誰一人として正確な名前を知らないため、『君達』とか『この子』になってしまう。僕の記憶力は本当にヤバイかもしれない。

「あんたには関係ないじゃん。関わってこないでよ」

 そう言われてしまうと返す言葉もない。

「そいつウジウジしてて気持ち悪し、こいつのせいで皆が迷惑するんだよ」

 答えてくれないかと思いきや、意外と答えてくれるリーダー格の女子。これが最近廃れつつあるツンデレという奴か。

「皆そいつに迷惑かけられて、いい加減ムカついてるんだから。ほら、犬とか動物って痛みを与えて教育するでしょ。ノロノログズグズしてると駄目ですよ、って私達は教育してあげてるのよ」

 言葉のキャッチボールが出来ないと思っていたけど、饒舌に理由を語ってくれた。

「どんな風に迷惑を掛けてるの?」
「あんたには関係ないでしょ。とっとと帰れよ」
「…………」

 リーダー格の言葉に二人もテンションが上がったのか、口々に岩瀬さん(仮)の悪口を言い始める。ノロノロしてて鬱陶しいとか、喋り方が気持ち悪いとか、存在が邪魔だとか、ブスなのに調子に乗っているとか、本読んでてうざいとか、成績が良いからってテングになってるとか。
 なるほどね。

「そうなの?」

 背中に隠れる岩瀬さん(仮)に事情を聞いてみる。彼女は目を伏せたまま「確かに皆に迷惑を掛けたかもしれません」と小さな声で途切れ途切れに言った。「どんな迷惑を掛けたの?」という質問をしてみると困ったような表情を浮かべて黙り込んでしまう。

「君はイジメられてるのが嫌じゃないの?」
「……皆に迷惑を掛けている……私が、悪いから…………仕方ない……から」

 おい、昼休みに僕にどうにかしたいって言ってこなかったか。その言葉はどこに行ってしまったんだ。行方不明か。

「そうだよ、皆に迷惑を掛けてるのがワリィんだよ。皆こいつの事嫌ってるし」

 岩瀬さん(仮)の言葉に便乗して「そうだそうだ」と喚き立てる三人。
 ふぅ、と僕は溜息を吐く。

「なるほどね。ノロノロしているのが鬱陶しくて、喋り方が気持ち悪くて、存在が邪魔で、ブスなのに調子に乗っていて、本を読んでいるのがうざくて、成績が良いからってテングになっていて、一度言った言葉が行方不明になったりして、そのせいで皆に迷惑がかかっていて、皆がこの子を嫌ってるんだね」

 確認の意味を込めて彼女達に聞くと、僕が悪口大会に参加してきたと思ったのか、ニヤリと笑って同調してくる。岩瀬さん(仮)は僕に見捨てられたと思ったのか、僕の背中からヨロヨロと離れていく。

 はぁ、と僕は溜息を吐く。



「皆に迷惑が掛かってるとかさ、皆が嫌ってるとかさ、本当に……本っ当にどうでもいい」

Re: 空の心は傷付かない ( No.16 )
日時: 2015/10/21 20:22
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 僕の言葉に教室がシーンとなる。女子三人が呆然とした表情でこっちを見てくる。それに背を向けて、僕は背後にいる岩瀬さん(仮)の方を見る。

「そもそもさ、『皆』って誰?」

 僕の質問に岩瀬さん(仮)はしばらくフリーズし、それからぎこちなく答える。

「有沢さんとか……井上さんと……上田さん……」

 あの三人の名前だろうか。誰が誰か分からないけど。

「だったら、お前が迷惑を掛けているのは、お前を嫌っているのは、有沢さんと井上さんと上田さんだろ? 『皆』なんて言い方するなよ」
「三人だけじゃなくて……他の人にも」
「だから? 有沢さんと井上さんと上田さんとプラス数人程度だろ? クラス全員が、この学校の生徒全員が、この世界の全員がお前を嫌っている訳じゃないんだろ? だったら『皆』じゃないじゃないか。クラスの連中について僕はよく知らないけど、少なくとも僕はお前を嫌ってなんかいない」
「……っ」

 息を飲む岩瀬さん(仮)。僕は続ける。

「『皆』はお前を嫌わないしイジメたりしない。だって『皆』なんてどこにもいないんだから。お前を嫌ってイジメてるのはたった三人とプラス数人だろうが」
「何言ってんだよ!!」

 有沢さんと井上さんと上田さんが僕に文句を言ってくるけど、僕は振り返らない。

「黙れよ。僕は今この子と話してるんだ。どうでもいい君達の言葉は必要ない」

 少しだけ語気を強めてそう言うと、彼女達はそれだけで黙った。

「皆に迷惑を掛けているから、私が悪いから、イジメられても仕方ない? それはおかしいだろ。僕にイジメられてるのをどうにかしたいって、言っただろう。それはイジメられるのが嫌だって事なんだろ? だったら仕方ないなんて言うなよ。全然仕方なくなんかない」
「で、でも」
「皆に迷惑を掛けている? あんなどうでもいいような連中に迷惑を掛けてるから何だって言うんだよ。お前は誰だよ。お前はお前だろ? お前が嫌なんだったら迷惑だとかそんなのは関係ない。お前はお前の好きなようにするべきだ」

 間。

「お前はどうしたいんだ。このままでいいのか」
「い……」

 岩瀬さん(仮)が口を開く。

「い、や……です」

 岩瀬さん(仮)は不安げに視線を彷徨わせ、涙を零し。

 それでも、言った。


「このままじゃ、嫌ですッ! イジメられるのは嫌もう嫌ッ!!」
「ああ……そうか」

 何だよ。ハッキリ言えるじゃないか。
 僕は後ろで固まってる三人に振り返る。

「っていう訳だからさ、彼女はイジメられたくないんだってさ」
「ふざけんなよ。そんな理屈が通用すると思ってんの? 私達やめないから」

 リーダー格の言葉に同調する二人。どうでもいい。本当にどうでもいい。
 僕はポケットからスマートフォンを取り出して、さっき教室の扉の前で中に入るか悩みながら撮影しておいた動画を再生する。そこには涙を零す岩瀬さん(仮)を殴ったり、髪を引っ張りながら罵声を飛ばす三人の姿があった。

 目を見開き、動きを止める三人。口をパクパクと金魚の様に動かし、身体をブルブルと震わせる。僕に指を突き付けて何かを言おうとするけれど、言葉が出てこないようだった。

「この学校って結構厳しいしさ、もしこの動画が表に出たら、君達はちょっと不味いんじゃないかな。最近、イジメで自殺する人とか増えてきてるでしょ? 確か二年くらい間に近所の中学校でイジメられて生徒が自殺するって事件があったし、この動画を使ってこの子が学校側に訴えたら……。どうなるかは君達でも分かるよね?」
「ふ……ふざけんじゃ……」
「ふざけているつもりはないし、ごくごく真面目だよ。真剣と言ってもいいよ。岩瀬さん(仮)が僕に頼むんだったら、証人になってもいい」
「う……」
「岩瀬さん(仮)はどうか知らないけど、僕は君達がこれ以上彼女をイジメないっていうんだったらこれを表に出すつもりはないよ。あ、あと僕に何かしてもこれを公開するからね」

 「ふざけんじゃねぇ!」と喚き立てて、有沢さんと井上さんと上田さんは教室から飛び出ていってしまった。バタバタと騒がしい。彼女達がいなくなった教室の中には僕と岩瀬さん(仮)が取り残された。うるさかった教室の仲が一気に静まり返る。

 僕は自分が倒した机を起こし、元あった場所に戻す。散らばった教科書も机の中に入れておいた。八つ当たりして悪かったね、机。君に罪はない。

「ふぅ、何だか遅くなっちゃったし、帰ろうか」

 固まっていた岩瀬さん(仮)の肩をポンと叩いて、僕は教室から出る。はぁ、疲れた。帰ったら風呂に入って速攻で寝よう。

「ま、待って」

 後ろから岩瀬さん(仮)が追いかけてきた。短距離だというのに息を切らして、僕の服の裾を掴む。はぁはぁとしばらく苦しそうにしてから、彼女は泣き腫らした目で僕を見上げる。

「どうして……助けてくれたんですか……?」
「別に。僕は助けたつもりはないよ。君が嫌だって言っただけだし。あ、あの動画が必要になったら渡すからいつでも言ってね。」
「でも……」
「でももデーモンも無いよ。僕眠たいしもう帰る」

 歩き出そうとするけど、岩瀬さん(仮)が服の裾を離してくれない。彼女に視線を向けると、顔を真赤にして意を決したように口を開いた。

「久次君……ありがとう……」

 だから助けたつもりはないんだけどなぁ。
 岩瀬さん(仮)の頭をポンポンと叩くと、彼女は耳まで赤くして飛び退いた。腕を突き出したまま、間抜けた状態で固まる僕。岩瀬さん(仮)は「ぁう……」と小動物みたいな顔をして俯いてしまう。一体なんだって言うんだ。
 まあ、いいか。

「じゃあね、岩瀬さん」
「……え」

 と、そこで僕は初めて彼女の名前を呼んだ。それを聞いた彼女の顔から何故か感情が消え去った。 
 どうしてそんな顔をするんだろう、と疑問に思いながらも、僕は彼女に背を向けて歩き出す。しばらく歩いてから何だか叫び声みたいなのが聞こえたけど、多分幻聴だろう。


 そして家に帰ってから、僕は宿題を持って帰ってくるのを忘れた事に気が付くのだった。

Re: 空の心は傷付かない ( No.17 )
日時: 2015/10/23 01:19
名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

第二章  確約された束縛

「教卓の上に課題出しといてねー」
 英語の教科係が教壇に立ち、気怠そうに教卓へ課題を提出することを指示する。それを聞いたクラスメイト達が英語のノートを手に教卓へ向かうのを見ながら、僕は自分の机に入っている英語のノートを取り出す。
「…………」
 昨日、教室へ課題を取りに戻ったは良いのだけど、机から持ってくるのをすっかり忘れていた。ポリポリと頭を掻きながら、どうした物かと頭を悩ませる。
 見れば昨日の有沢さんと井上さんと上田さんが教卓の上にノートを置いていた。教室で化粧をしたり、イジメをしたりと不真面目なのかと思っていたけど、意外にも課題はちゃんと出していた。
 僕に視線に気付いた三人は露骨に顔をしかめると、三人仲良く教室を出て行ってしまった。嫌われちゃったかなぁ。どうでもいいけど。
 岩瀬さん(仮)もノートを教卓に置いていた。何冊も積まれてグラついていたノートの上に自分のノートを乗せた後、崩れないように整えていた。いい子だな。
 因みに未だに(仮)を付けているのは本当に正しいか確認が取れていないからだ。
 僕の視線に気付いた岩瀬さん(仮)が、ビクッと体を震わせる。それから顔をトマトの様に赤くして、視線をキョロキョロと彷徨わせた後に、ためらいがちに僕の方にやってきた。僕の方に来るのに彼女の中で一体何があったんだろう。
「か……課題」
 僕の手にあったノートを指さして、岩瀬さん(仮)が小さく声を出す。課題がどうしたのだろうと考えて、「どうして提出しないの?」という意味であろう事に気が付く。
「ああ……昨日学校に忘れちゃってさ。やってないんだ。今からやろうかと思ったけど、答えを無くしちゃって」
 帰った後、ちょっと調べたい事があったしね。課題の存在は完全に頭から抜け落ちていた。
「……自分でやらないと、駄目ですよ」
「面倒だしいいかなって」
 僕の返答に眉を潜める岩瀬さん(仮)。さっきの行動からして真面目な子の様だ。自分の思っている事を言えない真面目な子って、漫画ではイジメられ役まんまだよな。そういえば、昨日皆がどうのこうのって語ったけれど、あれは漫画にあった台詞を拝借したものだ。別に僕が考えて言った訳じゃない。
 それから岩瀬さん(仮)は自分の席に戻り、机から何かを取り出してこちらに戻ってきた。
「……」
 手に持ってきた物を僕に突き出してくる。なんだろう? 彼女が持ってきたのは課題の答えだった。
「貸してくれるの?」
 こくりと頷く岩瀬さん(仮)。うーん。課題はこのまま出さずにサボろうと思ったけど、答えを貸して貰ったんだったらやらないといけないな。
「ありがとう」
 礼を言って課題を頂戴する。一限目は現国か。面倒だから一限の間に課題を終わらせる事にしよう。現国はノートだけ取っておけばいいや。説明を聞いていても大して意味ないだろうし。
「…………」
 視線を感じて上を見上げると、岩瀬さん(仮)がまだ僕を見ていた。『ジッ』という効果音が付きそうな程、僕の事を見ている。その表情はどこか厳しい。眉にシワが寄っている。まだ何か用があるんだろうか。
「どうしたの?」
 問いかけてみると、岩瀬さん(仮)が意を決した様に口を開く。
「あの……私の名前は——」
「席に付けよー」
 そんな彼女の言葉を遮るようにして、現国の教師が教室に入ってきた。時計を見ればいつの間にか授業開始時間になっていた。クラスメイト達が課題を出す様子を眺めている時間が思ったよりも長かったらしい。いつの間にか教室の外に出て行った有沢さんと井上さんと上田さんも自分の席に座っていた。何故三人セットで呼ぶかというと、誰が誰か分からないからだ。個人でやって来られたら『有沢さんと井上さんと上田さんの内の誰か』の呼ばなければならない。まあ関わる事は無いだろうしいいだろうけど。でもクラスメイトの名前が分からないのは問題だよな。冷静に思い返すと、僕ってクラスメイトの名前を一体何人言えるんだろう……。
「うぅ……」
 自分の記憶に問いかけていると、何かを言いかけた岩瀬さん(仮)が小さく呻き、肩を落として自分の席へと戻っていってしまった。結局彼女は何を言いたかったんだろう。名前って言ってなかったっけ? うーん、謎だ。


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