複雑・ファジー小説
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- 空の心は傷付かない【12/18 完結】
- 日時: 2015/12/21 02:26
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: uRukbLsD)
お前が死んだって、僕はなんとも思わない。
——だから、別に死ななくても良かったのに。
※この作品には、暴力的、グロテスクな表現があります。
はじめまして、之ノ乃(ノノノ)と申します。
普段は別のサイトで執筆しているのですが、気分転換にこちらに小説を投稿することにしました。
どうぞ、よろしくお願いします。
ちなみに以前は、別の名前で『俺だけゾンビにならないんだが 』という小説書いてました。
上記の注意書き通り、この小説にはグロテスクな表現が多く含まれています。ご注意ください。
—目次—
プロローグ『アイのかたち』>>1
第一章『常にそこにある日々』>>2->>16
第二章『確約された束縛』 >>17->>24
第三章『反れて転じる』 >>25->>38
第間章『回る想い』 >>39
第四章『終える幕』 >>40->>44
エピローグ『しろいそら』 >>44-45
人物紹介『バラして晒す』 >>46
- Re: 空の心は傷付かない ( No.33 )
- 日時: 2015/11/17 01:10
- 名前: 之ノ乃 (ID: cMNktvkw)
「そういえば先輩。今日殴り掛かってきた人達は、先輩のせいで屋久先輩が行方不明になったみたいな事を言ってきたそうですね?」
ベッドに座る僕を見下ろし、舎仁は自分の胸を揉みながらそんな事を聞いてきた。先輩を見下ろして、更に自分の胸を揉みながら会話する後輩なんて聞いたことがねえぞ。
舎仁の問に大して、少しの間を開けて答える。
「そうだね」
その通りだよ、とは言わない。
こいつに対して、下手に口を滑らせると厄介だ。
「それがどうかしたの?」
「いえ? ただ聞いてみただけです。それにしても、屋久先輩は今頃どこにいらっしゃるんでしょうかねぇ」
……。
「さぁね。警察にも聞かれたけど、僕は屋久がどこに行くか聞いてないから、どこに行ったのかは分からないよ」
「別れる前に聞かなかったんですか?」
「聞いたけど秘密って言われたんだよ」
「ふーん。秘密ですかぁ。ところで先輩、屋久先輩が行方不明になったのは、事故と事件、どちらだと思いますか?」
「…………。さあ、僕には分からないよ。どこかに行く途中に学校に嫌気が差して遠くに旅に出たのかもしれない」
「家出ですかぁ。大した荷物も持たずに家出はないんじゃないですかねえ。それとも先輩が会った時、屋久先輩は何か荷物を持っていたんですか?」
「荷物は財布ぐらいしかなかったと思うな。というか、家出っていうのは適当に言っただけから、そんなに真剣に考えないでくれ。」
「いえいえ、真剣にもなりますよ。なんせ先輩のご友人なんですからね。私はあんまり面識はないんですけど。まあそれはそれとして、先輩は屋久先輩が行方不明になったのは、事件ではないと考えているんですね?」
「……さあ。分かんないよ」
「私はそうは思いませんね。偶然に起こった事故ではなく、誰かの手によって必然的に起こされた事件だと思います」
…………。
「根拠は?」
「ありませんね。乙女の勘です」
勘ねえ。
舎仁が乙女かどうかは置いておくにしても、確かにこいつの勘は鋭い。勘と言っていいのかは悩むところだけど。
「へえ。だったら、その勘で屋久の居場所とか分からないの?」
「レーダーじゃないのでそこまでは分からないですが、犯人とかは何となーく当たりが付いていますよ?」
「…………誰?」
「……嫌だな先輩、そんな怖い顔しないでくださいよ。冗談ですよ冗談。証拠もないのに犯人が分かる訳ないじゃないですか」
「そうだな」
「私に分かるのは、先輩の考えている事だけですよ」
何だかわざとらしく、舎仁が笑う……胸を揉みながら。
一体いつまでお前は揉んでいるつもりなんだ。むにむにむにむにと話しながら揉まれたら、そっちに気が行って話が耳に入ってこないだろうが。
「先輩が小さいなあ、的な視線を向けてきたので、揉んだら大きくなるかなと」
「自分の家でやって欲しいな。というか、あのな舎仁。 胸っていうのはただ揉むだけじゃ駄目らしいぞ。揉むときに性的興奮が必要なんだよ。だから僕の目の前じゃなくて、自分の家に帰ってから一人でやってくれ」
「ぁんっ」
「帰れ!」
もうお前何をしにここ来たんだよ。
というか、そろそろ帰りますと言ってからもう結構な時間が経過しているぞ。いつまでも人の部屋に胸を揉みながら居座るんじゃない。
不満そうな表情をしつつ、ようやく舎仁は胸から手を話す。それから少し息を荒らげながら、何歩か後ろに下がる。
「先輩ってたまにドン引きするぐらい、そういう変な知識に詳しいですよね。真面目に気持ち悪いのでやめてください」
何だか、屋久にも同じリアクションを取られたような覚えがあるぞ
。
「後輩としての忠告ですが、あんまりストレートに言わずにビブラートに包んで言った方がいいですよ」
声を震わせながら言えということか?
それからも何かと理由を付けて居座ろうとした舎仁だったが、僕が「もう疲れたから帰ってくれ」と頼むと、意外なことに引いてくれた。
「そんな意外そうな顔されると傷付くんですけど。私は先輩のお見舞いに来たんですから」
玄関の扉を開きながら、舎仁が頬を膨らませる。
お見舞いの割には僕への労りが足りなかったような気がするけどな。
「家に送って行かなくても大丈夫か? お前が言うには屋久は事件で行方不明になったんだろ? そんな時に一人で帰るのは危なくないか?」
「嫌だ先輩、送り狼ですか? いやらしい先輩ですねぇ」
「…………」
「あはは、冗談ですよ。ありがとうございます、でも遠慮しておきますよ」
しかし、後で僕は思うのだ。
やはり舎仁を送っていった方が良かったのだと。
翌日、舎仁は死体となって見つかった。
みたいな展開を想像したけれど、舎仁を襲ったら襲った側が翌日死体になって見つかりそうだな。こいつなら襲われても余裕で返り討ちにしそうだ。
「何かまた失礼な事を考えているような気がしますが……。それでは先輩、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
バタンと扉が閉まり、ようやく家に静寂が戻ってきた。舎仁の相手は冗談抜きで本当に疲れる。先輩方に殴られた後だと尚更だ。
それにしても、舎仁は一体何をしに僕の家に来たのだろう。あいつはお見舞いだとか言っていたけれど、本当にそうなんだろうか。
それとも。
私は犯人が分かっていますよ? と言いに来たのだろうか。
だとしたら——僕は。
「……まあいっか。舎仁だしな」
あの女は犯人が分かっていたとしても、何もしないだろう。
確信しているわけではないけど、何となくそうなんじゃないかと思う。
僕の頭の中がどうにかなっていると舎仁は言ったけど——舎仁もまた頭の中がどうにかなっているのだから。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.34 )
- 日時: 2015/11/19 18:47
- 名前: 之ノ乃 (ID: cMNktvkw)
◆
ようやく、屋久の肉を食らうことが出来る。
冷凍庫から凍った屋久の太腿を取り出して、時間を掛けて解凍していく。瑞々しく、美しい屋久の肉だ。
解けた屋久の肉を、熱したフライパンで焼いていく。油が音を立てて弾ける。屋久の肉が焼けていく、心躍る匂いがキッチンに漂う。
気付けば口の中に唾液が溢れていた。唾液を飲み込み、僕は焦らずに肉を焼いていく。
意外に思うかもしれないけど、僕は肉の焼き方にはうるさい男なのだ。ロー、ブルー、ブルーレア、レア、ミディアムレア、ミディアム、ミディアムウェル、ウェル、ウェルダン、ヴェリーウェルダンと肉の焼き方は十種類存在している。本当に美味しい肉はウェルダンが一番良いと聞いているんだけど、色んな焼き方を試した結果、僕が一番美味しいと感じるのはミディアムレアだった。ミディアムレアは、肉の表面は焼けていけど、芯の部分はまだ赤い、ぐらいの焼き具合だ。この焼き方は肉が柔らかく、凄くジューシーになるのだ。
「これくらいかな」
ちょうどいい具合に焼けたので、僕は肉を焼くのを止めて皿に乗せる。
最初はミディアムレアにしようとして何度か失敗してしまったけど、今は完璧な焼き具合にする事が出来る。
フォークとナイフ、それから飲み物をテーブルに乗せ、僕も椅子に座る。
「愛してるよ、屋久」
皿の上の屋久にそう告げて、僕は食事という名前の愛情表現を始める。
肉をナイフで一口大に切り、フォークに刺して口に運ぶ。
人肉はかなり癖があって、食べられない人は多いだろうな、と思う。けど僕に取っては、どんな食材にも勝る至高の味だ。
肉の味としては、ちょっと酸っぱい感じがする。食感も特徴的で上手く説明出来ないが、似ている肉を上げるならば豚だろうか。
屋久の肉を何度も何度も咀嚼する。噛む度に肉汁が溢れ出てくる。それらが喉を伝い、僕の胃の中へ落ちていく。至福だ。世の中のどんな出来事にも勝る幸せ。僕は今、世界で一番の幸福を味わっている。
「ごちそうさま」
屋久の肉を喰い尽くし、僕はしばらくその余韻に浸る。
全身の力が抜け落ちて、意識が天に昇っている。放心状態っていう奴だろうか。
古代の中国では、人間を『両足羊』と呼んで美味しく食べていたらしいけど、現代の日本に食人文化がなくて本当に良かった。
何故かって?
そりゃ、決まってる。
屋久が他の人に喰われたら、嫌だろ?
- Re: 空の心は傷付かない ( No.35 )
- 日時: 2015/11/22 22:39
- 名前: 之ノ乃 (ID: cMNktvkw)
◇
「くぅ君はさ、私の事どう思ってるの?」
中学生の頃だったか。
屋久にそんな事を聞かれた。
「どうって……そりゃ幼馴染だと思ってるよ」
屋久は僕の答えが気に食わなかったのか、肩にパンチを打ち込んでくる。弱い威力かと思ったが、肩の奥の方までダメージが伝わってきた。この右なら世界を狙えるかもしれない。
「それは関係であって、私が聞いているのは、私個人に対する君のか・ん・じ・ょ・う」
「感謝してるよ。色々世話してくれてさ」
今度は反対側の肩にパンチが来た。今度は左手だったので、それ程の威力はない。世界を目指すには左を鍛えなければいけないなぁ。右は強力だけど、それだけでやっていける世界ではないだろうし。いやどんな世界か知らないんだけどさ。
「くぅ君はこういう時、いっつもはぐらかして答えてくれないよね」
「こういう時ってどういう時さ」
「うるさい! 分かれ! このトンチンカン鈍感!」
トンチンカン鈍感ってなんか語呂いいな。
そんなどうでもいい事を考えていると、屋久が僕の両肩をガッチリと掴んだ。
唇が触れ合ってしまいそうなほど顔を近付けて、屋久は言った。
「答えてよ! 私の事、どう思ってるの?」
屋久がその台詞を言った瞬間、急に周囲が暗くなった。まるで舞台の証明が落ちたみたいに。誰もいなくなった舞台の上で、一人僕はなんて答えればいいのかを考える。
僕はなんて答えればいいのか。
僕はなんて答えたいのか。
屋久はなんて答えて欲しいのか。
屋久は僕をどう思ってる?
僕は屋久をなんて思ってる?
「僕は屋久の事、××だよ」
僕じゃない誰かが、屋久にそう答えた。
「……どういう夢だよ」
目覚まし時計がハイテンションに鳴り始めるよりも早く目が覚めた。いつもよりも三十分早い。ベッドから天井を見上げて、二度寝しようかと考えるけど、やけに目が冴えて眠れる気がしない。
だけどまだベッドから出る気が起きなくて、大の字になって軟体生物のように体の力を抜いて横たわったままで居る。
「屋久……オワ」
夢に出てきた彼女の名前を、小さく呟いてみる。当然ながらその呟きに答える者はいない。
「あの日から毎日僕の夢の中に出てくるなんてな」
毎晩毎晩、場面は違うけど、屋久と会っている夢を見る。幼稚園の頃だったり、小学校の頃だったり、中学校の頃だったり。
こんなに連続して誰かの夢を見るなんて、一体いつ以来だろうか。
そういえば、前に誰かの夢を連続で見た時も、こんな風に思ったんだっけ。
それが正しいのか、少しだけ本人に聞いてみたいような気がした。
「屋久。お前は僕を恨んでいるか?」
相手が『憎んでいる』と答えたら僕は何か感じるだろうか?
悲観? 歓喜? 絶望? 希望? 後悔? 安堵?
違う——どれも違う。
きっと、僕はなんとも思わない。
そんな事はどうでもいい、といつものように言うだろう。
「さてと」
僕はベッドから体を起こす。
「行くか」
- Re: 空の心は傷付かない ( No.36 )
- 日時: 2015/11/26 00:33
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
◆
学校。
退屈な授業。
寝ようと試みるけど、やはり眠ることが出来ない。朝も思ったけど、何でこんなに目が冴えているんだろう。睡眠時間なんてロクに取っていない筈なのに、土曜日の昼に目が覚めた時みたいにスッキリとしている。やっぱり、屋久が原因なんだろうか。屋久の亡霊が僕に対して「真面目に授業を受けろ。寝させんぞ」という意図で、目が冴え渡る呪いでも掛けたんだろうか。それは勘弁して欲しいな。僕は今すぐにでも家に帰りたいというのに、何が悲しくてこんな授業を聞いていなければならないのか。
「はぁあ」
暇だ。退屈だ。窮屈だ。
屋久が行方不明になってすぐに、下手に学校休んだりして怪しまれたら行けないと思ったから学校に来てるけど、そろそろ休んでもいいだろうか。数日間、風邪ですとか言って休みたい。そうすれば三食屋久を食べられるというのに。
まあでも、待つというのも大切な事かもしれないな。自由に食べるよりも、こうやって焦らされた方が食べた時の喜びが増すだろう。
そう考えると、学校にいる時間も悪くないと思った。
のは一瞬だけで、やっぱり早く帰りたい。
昨日の屋久のふとももの味を思い出して、何とか時間を潰す。何も考えずにボーっとしていると一分が十分くらいに感じられるのに、屋久の肉を食べている時は一時間が一瞬に感じる。不思議だ。逆だったらいいのに。授業は一瞬で終了し、屋久の肉を咀嚼しているのが何時間にも感じられるとか、それどこの天国だ。
そんな事を考えていると、若干だけど時間の経過が早くなったような気がした。
なのでダメ押しとばかりに、今日は屋久のどの部位を食べるかを考える。
昨日はふとももだったし、今日は手の肉にしようかな。腹部の肉という手もある。眼球付近の肉は人体の中でも格別に美味しいので、それは最後までとっておくと決めてある。
よし、今日は腹にしよう。
どうやって食べようかなあ。
昨日と同じように、ミディアムレアのステーキにするのもいいけど、シチューに入れるのもいいかもしれないな。衣を付けてカリッと揚げる唐揚げもいいかもしれない。焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。人肉料理は素晴らしい。
そんな風にメニューを考えると、時間の経過速度が倍くらいになった。だけど、周りのざわめき声のせいで加速が止められてしまう。煩わしい。
現在の授業は生物だ。
生物の教師は教科書に書いてあることをそのまんま板書しているだけなので、授業を聞く意味があまりない。喋り方もゆっくりで聞き取りづらく、生物の授業を真面目に聞いている生徒は殆どいないだろう。だから、大半の生徒は寝るか喋るかをしている。
僕もそれにあやかって眠りたいんだけど。
僕の席は教室の一番後ろ、その中でも真ん中にある。真面目な生徒にとってはどうか知らないけど、不真面目な生徒にとっては最高の席だろうと思う。
不真面目よりではあるけど、僕は正直席はどこでもいいんだけどね。
一番後ろの席は、教室を全て見渡すことが出来る。
名前の知らない彼が本を読んでいるとか、名前の知らない彼女が名前の知らない隣と雑談してるだとか、名前の知らない誰かが名前の知らない誰かにちょっかいを出していて、相手はそれを凄く嫌そうにしているとか。
僕のとっては全く興味がない事だ。だけど、この光景は僕が世界にいなくても、世界は何も変わらずに回り続けるということを意味している。
……なんて、ちょっと哲学的な事を考えてみたけど、すごいどうでもいい。
どれくらいどうでもいいかって言うと、ムチムチと無知の知を聞き間違えるくらいどうでもいい。「あの女の子のふともも、無知の知だな!」とか。それは無知の知というよりは無恥の恥って感じだ。
うん、本当にどうでもいいな、この話。
暇になると、他愛もないどうでもいい事ばかり頭に浮かんでしょうがない。
少しは有意義な事を考えよう。
そういえば、隣のクラスのあいつ…………あいつが今日、学校で熱を出して早退したらしい。
のだけど、そのあいつの名前が出てこない。
興味がないとすぐに名前を忘れてしまうからなあ。
顔は出てくるんだけど。
友達の名前を忘れるっていうのはあれだけど、あいつなら許されるような気がする。
許せ。
自覚してるけど、やっぱり僕の頭ってどうにかなってるんだな。普通は興味がなくなったからって、すぐに名前を忘れたりしないだろうに。頑張って覚えようとするけど、中々覚えられないんだよなぁ。
と、有意義かどうかは少し首を傾げなければならない内容を頭のなかで羅列していると、ようやく授業が終わったようで、クラス委員長が「起立」と号令を掛けた。
全ての授業が終了し、ようやく放課後になる。
クラスメイトの間を通り抜けながら、僕は速攻で教室を出る。
急ぐ理由はただ一つ、屋久だ。
授業中に考えていたんだけど、今日の夕飯はやっぱり胸にしようと思う。あいつの胸は結構大きめだったからな。食べ応えがありそうだ。
血抜きとかをする前に揉んだりして感触を楽しませてもらったけど、大きいだけじゃなくて綺麗で良い手触りだった。美乳っていう奴だな。
あれを想像したら屋久の胸が食べたくて仕方なくなってしまった。他の部位はもう考えられない。夕飯にはカレーを食べるぞ、って思う口の中がカレー待機状態になって他を受け付けなくなると同じだ。
屋久の胸待機状態の口が早く食べさせろとうるさいので、僕は帰りを急いだ。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.37 )
- 日時: 2015/11/28 23:56
- 名前: 之ノ乃 (ID: uRukbLsD)
◇
ガチャリ、と音を立てて玄関の扉が開く。
中はひんやりとした空気が漂っており、夏だというのに涼しく感じる。
中に入ってから鍵を締める。用心深さは必要だ。泥棒が怖い。
扉を開けた鍵をポケットに入れて、僕は家の中に入る。
何だかやけに疲れたな。ここに来るまでにそこまで時間は掛かっていない筈なのに。僕も歳かな、なんてどうでもいい事を考えながら、家の中を歩いて行く。
それにしても、舎仁が前に部屋に来た時に僕が漫画とか小説を持っている事を驚いていたけど、そんなに驚くような事だろうか。別に読書が趣味と言えるほど本を読んでいる訳ではないけど、暇つぶしに本くらい読む。あんまり使わないから、結構お金が貯まっているしね。漫画と小説を合わせて、月に十冊くらいは読むだろうか。
中に入ってから僕がやったのは、おかしな所がないかチェックする事だ。家中を周り、念入りにチェックしていく。何かを見逃していたりしたら大事だ。
おしいれや本棚、勉強机の中、ベッド、風呂場、冷蔵庫などを隈なく調べる。
「ふむ……」
ひとまずのチェックが終了した。
椅子に座ろうとした時、胃から熱いものが競り上がってきて、僕は慌てて洗面所に向かう。口から酸っぱいものが溢れ出てくる。大量の吐瀉物を洗面器にぶちまけて、ようやく気持ち悪さが収まった。全て洗い流して、口の中をすすぐ。
「はぁ……はぁ……」
何故だろう。
体調が優れない。急に体が怠くなってきた。
風邪をひいた?
それとも何か変な物を食べただろうか?
思い返してみるけど、特に思い当たる物がない。岩瀬さん(仮)の弁当のおかずのせいかな? なんて失礼な事を考えたけど、美味しかったし特に変な所もなかったよなぁ。
思い返してみれば、昔から食中毒とかになったことがないんだよな。胃袋が頑丈なんだろうか。母に腐りかけの食材を生で食べさせられたり、完全に腐った食材を生で食べさせられたりしたというのに、腹が下ったりしなかったし。妹の方も食べた後平然としてたな……。僕達二人とも胃袋は強いみたいだ。まあ、平然としてる僕達が気に入らなかったみたいで、それから数日ご飯抜きにされたけどね。
母の攻撃というのも、中々にレパートリーがあった。
腐りかけとか腐った食材を食べさせられる、ご飯抜き、床に料理をぶちまけて犬の様に食べさせられる、皿を投げられる、熱々の味噌スープをシャワーのように浴びせられる、風呂に沈められる、風呂場に閉じ込められる、冬に外に放り出される、殴られる、蹴られる、灰皿で殴られる、火の付いた煙草を押し付けられる、寝ている時に布団たたきで叩かれて起こされる、とか色々あったな。授業参観とか運動会とか、学校行事に来ないのは当たり前だった。妹が堪えていたのは、学校で作った『お母さんへの贈り物』を目の前で破られた事だったっけ。号泣したから、それに母が不機嫌になってボコボコに殴られたな。
給食費とかお金は払ってくれていただけマシだったのかもしれないけどね。飯抜きなんてしょっちゅうだったから、学校の給食が命綱だった。余ったコッペパンを家に持って帰って妹にあげていたなぁ。犬に餌を持って帰る子供の気分はあんな感じなんだろうか。妹にコッペパンをあげているところを見られたせいで母にボコボコにされたけどね。
先輩方に殴られたお陰で、あの頃の感覚を何となく思い出した。ボコボコに殴られると、最初はジンジンと熱いのに段々と寒くなってくるんだよなぁ。
母に真冬にボコボコに殴られてから、外に出された時は凍死するかと思った。寒すぎて手足の感覚が段々なくなっていくだんよな。眠くなってきて、あぁこのまま寝たら死ねるのかな、なんて考えたけど、妹が母に泣いて頼んだせいで死に損ねた。
あのまま死んでも良かったのになぁ。
なんでまだ生きているんだろう。
僕が死んで代わりに妹が生きてれば良かったのに。
口元を拭い、ようやく一息。
すすいだのにまだ口の中がちょっと酸っぱい気がする。
こんな風に吐いたのは、母にお腹を蹴られて以来だろうか。あれとはまた違う感覚だけど。
最近、何だか昔の事を思い出す。クラスメイトの名前とかは出てこないのに、何でこんなどうでもいいことばかり覚えているんだろう。
妹の死に顔とかよりも、岩瀬さん(仮)の名前の方を覚えてる方が良かったよ。
妹の灰皿で殴った時と感覚とか、生暖かい返り血が頬に付着する感覚とか、力がなくなった妹のまだ温もりが残っている体の感覚とか、返り血を拭う時と感覚とか、どうでもいい。
どうでもいい。どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいいどうでもいいどうでもいい、どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいい。どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいい、どうでもいい。
——本当に、どうでもいい。
それよりも今は。
「そろそろかな」
時計を確認して、僕はさっきチェックした時に見つけたちょうどいい場所に移動する。そこで壁に持たれて時を待つ。
どれくらい経っただろうか。
ガチャリ————玄関のドアが開いた。