複雑・ファジー小説
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- 空の心は傷付かない【12/18 完結】
- 日時: 2015/12/21 02:26
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: uRukbLsD)
お前が死んだって、僕はなんとも思わない。
——だから、別に死ななくても良かったのに。
※この作品には、暴力的、グロテスクな表現があります。
はじめまして、之ノ乃(ノノノ)と申します。
普段は別のサイトで執筆しているのですが、気分転換にこちらに小説を投稿することにしました。
どうぞ、よろしくお願いします。
ちなみに以前は、別の名前で『俺だけゾンビにならないんだが 』という小説書いてました。
上記の注意書き通り、この小説にはグロテスクな表現が多く含まれています。ご注意ください。
—目次—
プロローグ『アイのかたち』>>1
第一章『常にそこにある日々』>>2->>16
第二章『確約された束縛』 >>17->>24
第三章『反れて転じる』 >>25->>38
第間章『回る想い』 >>39
第四章『終える幕』 >>40->>44
エピローグ『しろいそら』 >>44-45
人物紹介『バラして晒す』 >>46
- Re: 空の心は傷付かない ( No.28 )
- 日時: 2015/11/08 00:21
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
休み時間。
僕はふと屋久が行方不明になって、あの屋久大好きっ子はどうなったのかが気になった。屋久を食べているから、僕は昼飯抜きなので、いつものように一緒に昼食を取ることはしていない。なので最近はあまり顔を合わせていない。
前にトイレに行く振りをして隣の教室を見に行った時、死んだような顔をしていたな。会話した時も上の空だった。可哀想というか、哀れだったな……。悪いことをした。
と、罪悪感に胸が締め付けられる振りをする。
僕は罪悪を感じる以前の問題なので、振りをすることしか出来ないんだ。屋久を全て食べ終えれば、もしかしたら本当に罪悪感に胸が締め付けられる、なんて事があるかもしれないけど。
「とか考えてみたけど、本当に罪悪感を覚えている人がいるのだろうか」
僕は自分が空っぽだと自覚している。それはどうしようもない事実だ。僕が生きていく上でどうしようもなく向き合っていかなければならない現実だ。
だけど、これは本当に僕だけの現実なんだろうか?
僕の周りで生きている人間は皆、器が満たされているように振舞っている。私は空っぽなんかじゃないんだぞ、と感情豊かに生きている。だけど本当は皆、自分が空っぽなのを自覚して、それを上手く表に出さないように生活しているんじゃないだろうか。
哲学的ゾンビという言葉を知っているだろうか。
僕もあんまり詳しくないんだけど、知ったかぶりで話させてもらう。
哲学的ゾンビという言葉は、外面的には普通の人間のように怒ったり悲しんだり喜んだりと振る舞うけど、実は何の意識も持っていない人間を指している。どれだけ長い間哲学的ゾンビと一緒に過ごしても、体の中を解剖しても、それが哲学的ゾンビだと知ることは出来ない。怪我もするし風邪もひく、反応は普通の人間と全く変わらない。違うのは意識を持っていないという点だけ。
なんで急に哲学的ゾンビという単語を引っ張り出してきたかというと、まあ僕の疑問に少し似ていたからだ。
僕の意識は僕の中だけにしかない。だから他の人が空っぽかどうか判断する事は出来ない。仮に他の人が空っぽだったとしても、哲学的ゾンビと同じようにどうやっても判断することは出来ない。
僕が分かるのは自分の事だけで、他の物は認識出来ないし証明する事は出来ない。こういうのを確か独我論とか唯我論って言うんだっけ。
というか、何で僕は哲学的ゾンビとか独我論について知っているんだろう。頭のキャパシティをもっと他に使うべきだろうに。
「ま、ようするに考えるだけ無駄って事だな」
台無しな言い方をしてしまえば、どうやっても判断する事が出来ないのならば、考えたりする意味が無い。今日の夕飯のメニューについて考えていた方がまだ有意義ってもんだ。
考え始めたのは自分だというのに、僕はそんな風にその考えを打ち切り、今日の夕飯のメニューを考え始める。
そうだな……屋久みたいな料理スキルがない僕には凝った料理が出来ないし、そのまんまステーキにして食べようか。味付けは塩胡椒。
こんがり焼いた屋久のふとももステーキ。
その味を想像するだけで腹が減ってくる。
屋久の肉を弁当にして持ってくる訳にはいかないので、学校では昼食抜きだ。お腹が減った。
そうしている間に、次の授業が始まったのだった。
勉強したくない。
学校休んで家に居たい。
入ってきた現国の教師の眠そうな顔を見て、心の中で溜息を吐く僕だった。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.29 )
- 日時: 2015/11/08 23:03
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: wpgXKApi)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
◇
退屈な授業を聞き流して、ようやく昼休みがやってきた。と言っても僕はお弁当持ってないから食べれないんだけどね。と、そこで教室を飛び出ていくクラスメイトの姿を見て、購買や食堂で食べるという案があった事に気が付いた。
そんな発想が存在していたとは。
毎月の仕送りのお陰で実はお金に不自由はしていない。それどころか、屋久のお陰で食費が浮きまくっていたからな。お金なら大量にある。だから購買や食堂に行ってランチしても特に問題はないのだが……。
「まあ、やめておこう」
騒がしい食堂に行くくらいだったら、教室の中でボーっとしてた方がいいや。最近寝不足っぽいし、眠ろうかな。
机に突っ伏して目をつぶる。周りのざわめき声のせいで眠たいのに眠れない。だけど気にせずに眠ろうと頑張る。どれくらい経っただろう、意識が少しずつ眠りに傾いていった辺りで、不意に肩を叩かれた。それによって僕の意識は覚醒へ一気に傾いてしまった。
のっそりと顔をあげると、岩瀬さん(仮)が僕を見下ろしていた。
前にも同じような事があった気がする。これがデジャビュか。
「なに?」
「お昼、食べないの?」
「ああ、うん」
だ、だったらっ、と岩瀬さん(仮)は近くの椅子を持ってきて、僕の机の近くに座る。そして机の上に青色の弁当箱を置いた。何をしているんだろう、と彼女を見ているとそのまま弁当箱を開いた。中はカラフルだった。タコさんウインナー、卵焼き、ミートボール、ハンバーグと、何だか可愛らしいおかずが多い。
食べる物がない僕に向かってこんな風にお弁当を見せるなんて、何かの嫌がらせだろうか。岩瀬さん(仮)をジト目で見ると、顔を赤くして、どこかから割り箸を取り出した。
「?」
割り箸を僕に手渡してくる岩瀬さん(仮)。首を傾げて見ている僕の手の中に割り箸を押し込んできた。それからもう一つの箸を取り出す岩瀬さん(仮)。今度は割り箸ではなく、プラスチック製だ。
「……食べる物ないなら、私のお弁当を一緒に、食べましょう」
ああ、そういう事か。僕に見せびらかしたい訳じゃなかったんだな。
「いいの? 見たところ、おかずとかそんなに多くないけど」
「い、いつもはもっと量少ない……んですっ」
これよりも少ないって、そんなので足りているんだろうか。屋久といい、岩瀬さん(仮)といい、女子の食べる量は少なすぎる。もっと肉とかガツガツ食べた方がいいんじゃないだろうか。
「じゃあ、いただくよ」
昼食は抜きにしようと思っていたけど、岩瀬さん(仮)がくれるというのなら少しは貰っておこう。
最初に目がついた卵焼きを一個貰う事にした。プルプルしていてとても柔らかく、そして中に明太子とヨネーズが入っていた。屋久の作る甘い卵焼きも好きだったけど、この明太子マヨネーズ味も結構好きだ。
「この弁当って自分で作ってるの?」
「い、一応……毎朝自分で作ってます」
「へぇ……。この卵焼き美味しいね。明太子マヨネーズ味」
「ほ、本当ですか……? ありがとうございます」
えへへ、と嬉しそうに笑う岩瀬さん(仮)。何だか頭を撫でてみたい衝動に襲われる。
それから僕はタコさんウインナーやミートボールなど、ひと通りのおかずを頂いた。いつも食べている弁当とは違った味付けで、何だか新鮮だった。屋久と岩瀬さん(仮)。甲乙つけがたい。
「あ、あの……」
「ん……?」
料理を食べ終え、「ごちそうさまでした」「お、お粗末さまでした」のやり取りをした後、岩瀬さん(仮)が迷っているように口を開いた。
「屋久さんの事……なんですが。その……見つかると、いいですね」
「………………………………、そうだね」
「えっと……それだけです」
「そっか、ありがとう」
「はい…………」
そこで会話が途切れて、二人の間に沈黙が訪れる。ソワソワと落ち着きなさそうに、僕の対面の席に座っている岩瀬さん(仮)。彼女はどんなつもりで僕と関わっているのだろうか。この前のお礼にひとりぼっちの僕と関わってくれている、とか? もしそうだったら、それはやめてもらいたいな。僕は何かお礼をされるような事をしたつもりは全くないのだから。
「あのさ、なんで僕に関わってくるの?」
思ったよりも、突き放すような口調になってしまった。岩瀬さん(仮)は「え」と少し怯えたような表情を見せた。
「いや、単純な疑問だよ。ほら、僕ってあんまり人と関わらないだろ? だから気になってさ」
僕の言葉に少し平静を取り戻したのか、岩瀬さん(仮)はおずおずと口を開いた。
「わ、私が……久次君と関わりたいからって、思ったからです」
「…………」
お礼です、って言われたら辞退するつもりでいたんだけど、そういう言い方をされるとなんて返していいか分からなくなる。
「そ……そっか」
「う、うん」
また沈黙。
岩瀬さん(仮)は顔を赤くしながらも、何だか満足そうな表情をしているような気がした。なんでか無性に頭を撫でてやりたい。彼女の頭からは何か、僕の手を惹きつける引力のような物が放たれているのかもしれない。引力に逆らうのをやめて頭を撫でてみたいな。
「何だか、久次君、最近上の空……ですよね」
僕が引力に抗うのを諦めた時、岩瀬さん(仮)が口を開いた。初めてあった時は「えっと」とか「……」が多くてあんまり会話にならなかったけど、最近は普通に喋れるようになってきてるな。他のクラスメイトとはどうか知らないけど。
「上の空ねえ。僕はいつもこんな感じだと思うけど」
「……いつもはもう少し、こう…………上手く言えませんけど、とにかく上の空な気がします」
「そうかな。まあ、授業中とかたまに僕の事見てるしね」
「うぇ!?」
なんだろう、そのリアクションは。気付かれていないと思っていたんだろうか。結構高頻度に僕の方を見ているから、何か伝えたい事があるのかと思ったんだけど。
「う……いや……とにかくですね。やっぱり、屋久さんの事心配ですか」
何だか、よく屋久の話題を出してくるな。これ以上詮索しない方が君の身の為だぜ、とか忠告してあげる訳にもいかないかないからなぁ。
「まあ、そりゃ、心配なんじゃないかな」
「そうですか……あの、」
「そろそろ授業始まるし自分の席に戻りなよ」
岩瀬さん(仮)の言葉を強引に打ち切って、僕は時計を指差す。授業開始まであと少ししかない。
「分かりました……」
岩瀬さん(仮)は何か言いたそうにしたけど、結局何も言わずに席を立った。
「弁当ありがとね。美味しかったよ」
自分の席に向かう彼女の耳元が少し赤くなったような気がした。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.30 )
- 日時: 2015/11/10 22:47
- 名前: 之ノ乃 ◆kwRrYa1ZoM (ID: cMNktvkw)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
放課後になった。相変わらず授業は耳に入ってこなかったけど、岩瀬さん(仮)のお陰で空腹は多少しのげた。感謝しなければいけない。
学校に留まる意味がないので、HRが終わったらすぐに教室を出る。帰宅部として、帰宅のスピードだけには自信がある。目指せ帰宅部選手権優勝。
教室を出たらすぐに階段を降りて、僕は下駄箱に到着した。
一年の教室は一階、二年の教室は二階、三年の教室は三階となっているので、二年生である僕は一階分の階段を降りて下駄箱へ向かわなければならない。なので、当然三年生よりは早く下駄箱に着くはずなのだが。
「もしかしてお前久次?」
下駄箱の前には三年生が三人、陣取っていた。知らない人達だ。髪の色が茶色だったり、制服が着崩されていたりと、何だか素行が悪そうな気配がする。
何故三年生だと気付くことが出来たかというと、校内で使用するスリッパの色が学年によって違うからだ。二年生は緑色で、三年生は青色だ。一年生は覚えていない。
「はい、そうですが」
「そうか」
と、先輩の一人が頷いたと同時に、目の前に拳が迫っていた。反射神経が働くよりも前にそれは僕の顔面ど真ん中に直撃した。脳裏に火花が散り、視界が激しく振れ、体のバランスが取れなくて後ろにぶっ飛んだ。
幸いな事に背後には誰もおらず、僕が地面に叩き付けられるだけで済んだ。背中を打ち付けたせいか呼吸が上手く出来ない。
「終音が行方不明になった日、お前、夜にあいつと会ってたんだろ」
体を起こす僕を見下ろしながら、殴ってきた先輩がキツイ口調でそう言う。
鼻がジンジンと熱を発している。頭がクラクラするな。
「そうですけっ」
口元に蹴りを叩きこまれた。言葉の最中だったのに酷いな。切れたのか、口内に血の味が広がる。
「あの夜、終音はお前に会いに出て行って、帰ってこなかった。聞けばお前、あいつを家にも送らずに自分だけさっさと帰ってきやがったらしいじゃねえか」
一体誰からそんな事を聞いたのだろうか。一応、屋久が行方不明になってから警察の人と話をしたけど、そこから漏れたりしてる?
「終音が事件とか事故に合ってて、死んでたらてめぇ、責任取れるのか?」
言葉と共に蹴りが腹にねじ込まれる。呼吸が止まる。
……事件ねえ。
もう手遅れですよ、先輩、と言ってやりたいけれど、口を噤んでおく。
僕はクラクラする頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。
それにしても、終音、ね。随分親しげに呼ぶじゃないか。
「あの、先輩方は屋久の何ですか?」
僕の質問に大して、殴ってきた先輩の右側にいた先輩が応えた。
「俺達は終音ちゃんの部活の先輩だよ」
なるほど、部活の先輩ね。まあ屋久は先輩後輩同級生関係なく人気があったって、陣城が言っていたから、先輩からも好かれてたんだろうな。
だけど、そんな事は。
「どうでも、いいッ!」
起き上がってすぐに、俺を殴った先輩の顔面に拳を叩き付けた。不意を付けたようで、僕が喰らった時と同じように顔面ど真ん中だ。僕よりもガタイがいい先輩なので、倒れはしなかったが怯ませる事には成功した。その隙を突いて、僕は彼の体にタックルをかます。バランスを崩して倒れこんだ先輩の上に跨がり、拳を打ち付ける。
まあそこまでは良かったんだけど、帰宅部の僕じゃとても先輩三人に太刀打ちが出来る訳がないので、あっという間に引き剥がされてボコボコにされた。
こんなに体を痛めつけられたとは一体いつ以来だろう、と地面に倒れてされるがままになっている僕。殴られたり蹴られたりする時に生じる痛みはまあいいとしても、痣とかになるのはやめて欲しいな。動きにくくなるから。まあ完全に頭に血が上った先輩方にそんな事を言っても無駄だと思うので、僕はただ伏して彼らが飽きてくれるのを待つだけだ。
「おいやめろ!」
と、そこで騒ぎを聞きつけたのか何名かの先生が走ってやってきた。それでも尚僕に攻撃を加える先輩方を、先生が力尽くで取り押さえて引き離す。それでも騒いでいる先輩方だったが、やがて引きづられてどこかに行ってしまった。
「大丈夫!?」
そんな僕を泣きそうな表情で見下ろす誰か。先生じゃないな。女の人だ。
と、よく見たら岩瀬さん(仮)だった。今日はよく会うな。
「うん、大丈夫」
伏して待つ時間が終わったので、僕はサッと立ち上がる。攻撃を受けた場所が熱を発している。視界が曖昧だ。バランスが上手く取れなくて、僕はよろけてしまった。そこを岩瀬さん(仮)が支えてくれた。
「ありがとう」
それから僕は先生に引きづられて保健室に行かれた。五十を越える何だか石鹸の匂いがする保健室の先生(女)によって、手荒い診療を受けて幸いなことに骨は折れていないという事が分かった。頭の中がどうにかなっているかもしれないので、一度病院に行った方が良いとも言われた。
やっと解放され、外へ出る僕と岩瀬さん(仮)。
なんと彼女はずっと僕に付き添ってくれていたのだ。感謝しなければならない。
「久次君ってどこに住んでる?」
駐輪場まで歩く最中、岩瀬さん(仮)にそんな事を聞かれたので、マンションの事を教えた。
「じゃあね」
「うん……気を付けてね」
それで僕は岩瀬さん(仮)と別れ、自転車に乗って一度帰り、保険証とかその他諸々を鞄に入れてから病院に行った。体中が痛いけど、頭の中がどうにかなっていたら嫌なので検査を受けないといけない。……正直、もう僕の頭の中はどうにかなってると思うんだけどね。
- Re: 空の心は傷付かない ( No.31 )
- 日時: 2015/11/12 20:00
- 名前: 之ノ乃 (ID: cMNktvkw)
「疲れた」
結局、僕の頭の中はどうにもなっていなかった。痛み止めや傷薬を貰い、僕は帰宅した。
痛みを気にせず風呂に入って、痛み止めを飲んで傷薬を塗り、ようやく一息。
さてこれから——という所で、訪問者の存在を知らせるチャイムがなった。盛大に溜息を吐いて誰だよ、と確認すると『お見舞いに来てあげましたよ先輩』とスピーカー越しに聞き慣れた声が。
訪問者は舎仁だった
。
前に家の場所を教えておいたのが災いした。まさか舎仁が直接尋ねてくるなんて、想像していなかった。
それにしてもお見舞いとは。
「耳が早いじゃないか」
『まあ、私は先輩と違って友達多いですしね』
「……今忙しいから、気持ちだけ受け取っておくよ帰っていいよ」
『冗談言わないでください。早く入れてください』
「嫌だ」
『刺し殺しますよ』
「キミが言うと洒落にならないんだけど」
まあそんなやり取りがあって、仕方なく僕はマンションの入口を開いた。部屋には誰も入れたくなかったんだけど、まあいいか。舎仁なら。
「やあ先輩、ご無事ですか?」
と何だか凄く嬉しそうに言う舎仁を中に入れる。下手に探索とかされたら嫌なので、そのまま真っ直ぐ僕の部屋に連れて行く。
「へえ、なんにもない殺風景な部屋を想像していたんですけど、意外と家具はあるんですね」
僕の部屋にはベッドと勉強机と本棚があるけど、それが意外なんだろうか。
「漫画とか小説とか結構色々ありますね。本読むんですか?」
「僕を何だと思ってるんだ。本くらい読むよ」
「ほえぇ」
「……座りなよ」
勉強机の椅子に座らせると、手に持っていた袋を差し出してきた。
「ケーキと紅茶を持ってきたので、皿とフォークを用意して、それから紅茶も淹れてきてください」
「お前、お見舞いに来たんじゃなかったのか?」
「お見舞いに来たけど存外大丈夫そうだったのでいいかなって」
「殴られたり蹴られたりした時に頭を打ち付けていて、頭の中がどうにかなっているかもしれないだろ」
「先輩の頭の中がどうにかなっているのはいつも通りじゃないですか」
全く持ってその通りだったので、僕はおとなしく舎仁の言う通りした。
キッチンに行って皿とフォークを取り出す。袋の中にはケーキが入った箱と紅茶の素がいくつか入っていた。ケーキは三種類あって、ショートケーキとチーズケーキとチョコケーキが入っていた。
お見舞いにやってきて自分もちゃっかり食べる辺りあいつらしい。
適当にショートケーキとチーズケーキを皿に乗せておく。
それから湯沸し器で湯を沸かし、紅茶の素の袋に書いてある通りに紅茶を作る。コーヒーなら淹れたことあるけど、紅茶を入れるのは初めてだな。
二人分の紅茶とケーキをお盆に乗せて部屋に戻る。
「…………」
扉を開けて中を覗いて、僕は固まった。
椅子に座っていた筈の舎仁がどこかに消えているかと思ったら、いつの間にかベッドにいた。僕の毛布に包まって、ゴロゴロと回転している。しばらく扉を開けた状態で様子をうかがってみるけど、一向に僕に気が付く様子がない。それどころか、僕の枕に顔うずめだした。
「…………おい」
流石に見かねて声を掛けると、ビクゥ!! と体を大きく震わせ、ぎこちなく僕の方を見る。たっぷり一分ほど視線を合わせたまま固まってから、舎仁は真顔のままベッドから降りて勉強机に座った。
「先輩、紅茶が冷めてしまいますよ」
「僕はお前の行動に肝が冷えそうだ」
「またまたー。先輩の肝が冷えるなんてありえませんよ。ほらほら、早くこっち来てください」
「そんな風に自然に流せると思うなよ舎仁」
「先輩が何を言っているのか理解できません」
「…………」
舎仁のすっとぼけた態度に溜息を吐いて部屋の中に入る。これ以上追求すると「殴殺しますよ先輩」とか言ってキレてきそうだ。前に何度か似たような事があったから、流石の僕も学習する。
言葉を打ち切って、勉強机の上に二人分のケーキと紅茶を置く。舎仁は僕に「ご苦労さまです」と薄っぺらい労いの言葉を掛けてから、ショートケーキの乗った皿を手に取った。僕は余った方のチーズケーキの皿を持って、座る所が無かったので仕方なくベッドに腰掛けた。紅茶は後で飲もう
- Re: 空の心は傷付かない ( No.32 )
- 日時: 2015/11/14 23:46
- 名前: 之ノ乃 (ID: cMNktvkw)
「いやー、それにしても災難でしたね、先輩」
フォークでケーキを切って口に運ぶ。ケーキにはレモンも使われているのか、チーズの甘さとレモンの酸っぱさが口の中に広がる。
「先輩をボコボコにした人達はどうなるんでしょうね。退学か、停学か」
「さぁね。これ以上僕に関わってこなければどうでもいいよ」
「あはは、言うと思いましたー」
よく見たら、このチーズケーキはチーズの部分がクッキーの上に乗っている。クッキーのしっとりとした食感が中々いい感じだ。
「先輩」
僕がチーズケーキに舌鼓を打っていると、いつの間にか目の前にまで舎仁が近づいて来ていた。
「一口ください」
「…………」
買ってきたのは舎仁だから断るわけにもいかないだろう。舎仁に食べかけのチーズケーキを皿ごと差し出す。しかし舎仁はそれを受け取らない。
「あーんしてください先輩」
「…………」
チーズケーキを一口サイズに切って、フォークに指して舎仁の口の中に突っ込む。舎仁は「はむっ」とわざとらしい声を上げて口を閉じると、もぐもぐとケーキを咀嚼する。
「美味しいか」
「はい、流石私が選んだケーキですね。こんな美味しいケーキが食べられる先輩は私に感謝するべきです」
「……ありがとう」
「いえいえお気になさらず。そうだ先輩、私もあーんしてあげますよ」
舎仁はショートケーキを切ってフォークに刺し、僕の口に向かって突き出してくる。無視すると強引にフォークを口の中に突撃させてきそうなので、おとなしく食べることにした。
ショートケーキのクリームは甘すぎずちょうどいい塩梅で、生地もしっとりとしていていい口どけだ。自画自賛していたけど、確かに舎仁の買ってきたケーキは美味しいな。
チーズケーキを食べ終え、皿を机において代わりに紅茶の入ったカップを手に取る。またベッドに戻って、それを啜る。
舎仁もケーキを食べ終えたようで、僕と同じように紅茶を啜っている。
「さて先輩、唐突ですがクイズをしましょう」
「唐突だね」
「では問題です。ある所に二つの箱があります。どちらかにはチーズケーキが入っていて、もう片方には何も入っていません。その箱の前には本当の事しか言わない先輩と、嘘しか言わない先輩が立っています。どちらの先輩もケーキが入っている方の箱がどちらなのか、分かっています。先輩のどちらかに一度だけ質問して、ケーキが入っている箱を当ててください」
「ふぅん。僕はどっちが嘘を言う僕なのか分かるの?」
「分かりません」
「じゃあ、どちらに質問しても、答えが分かる様な質問じゃないと駄目なわけだね」
「そうですね」
どんな質問をしたらいいか……。
本当の僕に聞いても、嘘つきの僕に聞いても、同じようにケーキが入っている箱が分からなければならない、か。「どちらにケーキが入っていますか?」と質問しても、聞いたのが嘘つきの僕だったら逆の箱を教えられてしまう。嘘を教えられても答えが分かる質問。正と嘘、鏡写しの答え。
「ああ、分かった。『隣の門番はどちらの箱にケーキが入っていると答えますか』って聞けばいいんだね。それで、その反対の箱を選べばケーキが手に入る」
「先輩はなんだかんだ言っても頭の回転が早いのがムカつきます」
「正解みたいだね」
「元は『天国と地獄』って言う問題なんですよ。それを先輩に置き換えてみました」
ややこいしいな。
「なんでその問題を出したんだ?」
「先輩の頭の回転の早さを確かめたかったんですよ。先輩は馬鹿ですけど、頭の回転が早い馬鹿ですね」
褒められてるのか貶されてるのか分からないな。自己評価としては馬鹿以前に何も考えてなくて、頭の方は回転しすぎて空にぶっ飛んで行ってしまいそうな感じだ。
そう言う舎仁の方は頭が良いのだろうか。こういう問題を出してくる時点で賢いと思うんだけど。
「そりゃどうも。じゃあ次は僕が問題出すのかな」
「いいえ、先輩の出した問題なんて解きたくないので遠慮しておきます。紅茶も飲み終わりましたし、そろそろ帰ります」
「後輩とは思えない不遜な態度だな……。お前本当に僕の事を先輩だと思っているのか?」
「いやいや、先輩の事はちゃんと先輩だと思ってますよ。頭の中がどうかなっていなければ、凄く尊敬出来る先輩です」
「最後のは結局尊敬してないってことじゃねえか」
僕の言葉が面白かったのか、舎仁は小さく笑って椅子から立ち上がった。それから、「んっ」と大きく背伸びをする。その際に胸部が強調される体勢になるのだが、うーん、屋久の方が大きいな。サイズとしては岩瀬さん(仮)、屋久、舎仁の順に大きい。接してる時は気にも止めなかったけど、岩瀬さん(仮)って意外に胸デカいんだよなぁ。それに比べると舎仁は随分慎ましやかなサイズだ。
「私の胸の大きさを他の人と比べないでください。圧殺しますよ」
その胸でか? と聞かなかった自分を褒めてやりたい。
それにしても何故僕の考えが読まれたのだろう。
「エスパー?」
「そんな訳ないじゃないですか、馬鹿なんですか?」
「…………」
「……先輩の考えている事なんて、すぐ分かりますよ。分かり易すぎです」
「そんな馬鹿な」
「手に取る様に分かります。分かりやすすぎて逆に私の考えている事が先輩にも分かるぐらいです」
「以心伝心じゃねえかよ」
残念だけど、僕にはお前の考えている事がさっぱり分からないよ。