複雑・ファジー小説
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- 憂鬱なニーナ
- 日時: 2015/12/19 22:27
- 名前: 朝倉疾風 (ID: jx2ntsZm)
改名したので、お伝えしておきます。
朝倉疾風(アサクラ ハヤテ) → 夜枷透子(ヨカセ トウコ)
大幅に。思いきって。
五年間の朝倉とサヨウナラ。
ついったぁ @_aiue_ohayo
──日常に蔓延る、小さな狂気を。
登場人物
春名依空……蜷川、若狭とは幼なじみ
蜷川月子……通称「ニーナ」
蜷川時恵……ニーナの叔母
若狭壮真……金髪ピアス 総菜屋の息子
茶谷咲和……依空に一目惚れしたいじめられっ子
天羽カヲル……中学時代、咲和と同じクラスだった
秋月冴香……いじめの主犯
- Re: 憂鬱なニーナ ( No.1 )
- 日時: 2015/11/12 23:48
- 名前: 朝倉疾風 (ID: ZfgN7XgD)
プロローグ 「ニーナ」
小学四年生になったぼくとニーナは、いつも手をつないでぼくの家に帰っている。
ニーナはじぶんの家よりも、ぼくの家のほうが好きらしい。
学校が終わると、どんなにぼくが早く歩いても、うしろからおいかけてきて、つかまえられる。そしてなぐられる。
ニーナは、かわいいけど、すこしへんな子だ。
ぼくと手をつなぐくせに、口から出てくるのはぼくの悪口ばかり。
いまも。
「いっくんってほんとうに手汗べとべと。きもい。あまりにぎらないで。ほんとうにきもいから」
「じゃあ、にぎらなきゃいいじゃん」
「はなしたら逃げる気でしょう。わたしから逃げて、遠くへいっちゃうでしょう。うそつきでヘンタイだもんね、いっくんは」
「いかないよ、どこにも。そしてぼくはヘンタイじゃない」
うそつきというところは否定しなかった。
どこにもいかないのは、ニーナの足が速いからだ。
負けだとわかっている勝負に挑むほど愚かじゃないさ。
そんなことを思っていたら、ニーナがぼくの顔をのぞきこんできた。まるい目が、ぼくを見ている。すいこまれそうで怖かった。背筋がぶるるるっと震えた。
「ねえ、もっと早く歩けないの?ほんとうにノロマだよね。それでも男なのかな」
「ニーナ、痛い。腕、あまりひっぱらないで」
「じゃあもっと早く歩け死ね」
ぼかっと頭をたたかれる。ニーナはとても暴力的だ。
でもぼくの家にいくとすごくかわいい女の子になる。どっちかというと、そのニーナのほうがぼくは好きだ。
どうしてこの子は、ぼくにきらわれるようなことばかりするんだろう。
ふしぎでしかたがない。
こころがイジワルな虫でいっぱいになっているんじゃないだろうか。優しさってものが食べられて、ないのかもしれない。神様は、この子の外見と内面の双方をかんぺきにはしてくださらなかったんだ。天は二物を与えず、ということわざのように。
「ニーナ、今日もぼくの家に来るんだね」
「そうだけど」
「おうちの人、心配しないの?」
「しないよ」
「どうして」
ぷつりと会話がとぎれる。
ニーナの手の力がぎゅっと強まった。
「お仕事でいそがしいから」
声がふるえているような気がした。
一章『空と地を繋ぐ雨』
今日は六月十三日だった。
特筆すべき日ではない。僕にとって平凡で普通の日だ。今日という日は一生来ないけれど、それでも、過ぎても特別惜しいとは思わない、日常の一部。
退屈は嫌いじゃない。
むしろ大歓迎だ。
もともと感情の変動を嫌う僕は、青春の汗と涙を流すことも、仲間と拳で熱く語り合ったことも、クラスメイトの女子に好かれたいから髪型を変えることもない。
僕は僕以上に僕でもなく、僕以下の僕でもなかった。
僕の望む退屈で平凡で普通で何も変わらない日常。それが僕の理想だ。
理想…………そうだ。
あくまで理想だ。
学校から帰って部屋で漫画を読んだり、今日のような休日にはのんびりゲームをしたり。そんな日常は、かれこれ七年ほど前から壊されかけている。
「私が家に来たのに、なんで起きてないわけ。意味がわからない。理解できない。私にわかるように説明して」
現在、僕の部屋に押しかけてきたニーナが鬼のような形相で、僕に弁解の余地を与えて…………くださっている。説明の機会をくれるだけ進歩したな。
ニーナの右手は僕の胸倉をしっかり掴んでいて、左手はきつく拳が作られている。
僕はその拳がいつ振りかかってくるのか警戒しながら、昼過ぎだというのに、まだスウェット姿でベッドに寝転んでいる理由を話す。
「今日来るって知らなかったんだよ。事前に連絡を入れておけって言っただろう」
「私が悪いみたいな言い方しないで。ボケナス」
「いや…………すいませんでした」
けっきょく何を言っても通じない相手なので、ぽっきりと折れてやる。
しかし僕の謝罪は安いものらしく、顔面を殴られる結果となった。いひゃい。
赤い液体がたらっとスウェットに垂れる。鼻血だ。顔をしかめながらティッシュで押さえる。僕の血液を見てもニーナは何とも思っていない様子で、僕の足のあいだに腰を下ろし、落ち着いた。
ニーナ、というのはこの暴力的な幼なじみのあだ名だ。
本名は、蜷川月子(ニナカワ ツキコ)という。
小学三年生のとき同じクラスになってからというもの、僕とニーナは奇妙な縁──切りたくても切れない縁で繋がっている。腐れ縁とはよく言ったものだ。高校二年生になった今でもネバネバと。腐敗して何か別の糸が粘ついている感じだけれど。
足のあいだに挟まっているニーナの後頭部を眺める。形のいい頭からはシャンプーと汗の匂いがした。
ニーナは外見と性格の不一致が著しい。
というより、外見で人を判断しない方がいいという良い例だと思う。
美少女と言われるだけあって、そのお顔には文句のつけどころがない。満点。いや百二十点だ。プラチナ級だ。黙っていれば老若男女問わずに見初められるだろう。
しかし実際の中身は、ゆで卵だと思って殻を割ったら生卵でしたといったオチだ。その身に秘めたる暴力性を隠して生活しているため、発覚されにくい。僕にだけ向けられるその暴力は愛情の裏返し……と思っている。ぜったいに嬉しくはないけれど。
鼻からティッシュを抜くと先端に血が付着していた。
まじまじとニーナがそれを見て、「汚い」と言う。お前が殴ったから出たのだが。
期待もせず投げてみると、ティッシュは上手にゴミ箱の中へ入った。そこが次の自分の居場所だと認識したのかもしれない。
「ねぇ、イソラの好きなものって何?」
沈黙に飽きたのか、唐突に尋ねられる。
そういう漠然な質問は答えるのがとても面倒くさい。ニーナが求めている答えを捻りだすのも億劫で、普通に答えた。
「漫画と文庫本と…………退屈かな」
「じゃあ、それを全部捨てちゃったらどう思う?」
「泣きたくなるねぇ」
現にひとつ奪われているんだけれどね。
ニーナは無邪気に笑いながら僕の指の薄皮を剥き始める。指紋を透かして遊んでいる。お腹がすいているのか、ニーナはそれを食した。僕の一部を食べてこの子は成長しているのかなと思うと、なんだか愛おしい。こういう気持ちの抱き方は、きっと間違っている。
「不味い」
美味しいとでも思ったのか。とち狂っているな。
「ニーナの好きなものは何?」
お返しで聞いてみた。
「好きなもの…………わからない、うーん…………イソラ?」
「なんで疑問形なんだよ」
「イソラのことを好きだったり、嫌いだったりするから。びみょー」
僕に向けられる感情は得体の知れないものらしい。傍から見れば暴力を振るわれている下僕のような立ち位置の僕に、ひとかけらでも好意があったなんて。やっぱり歪んだ愛情表現らしい。二度言うが、ぜったいに嬉しくはない。痛いの嫌いだし。
ニーナがじっとしてくれているあいだは、僕にも平穏な時間が訪れる。ゆったりと流れる時間を他人と共有することは、安心感を生む。近くに、触れ合える距離に、人の温かさがある。僕のもっとも好む時間。
「私のイソラへの思いは言葉にするとなかなか難しい」
「僕としては将来、結婚の貰い手がいなかったら貰ってやろうかぐらいには思っているよ」
「うざい。消えろ」
言葉と態度が一致していない。
僕の胸に顔を押し当てて、まるでここにいてと言わんばかりに。親に縋りつく幼い子どものようだった。本当に愛情表現がわかりにくい子だな。慣れたけれど。