複雑・ファジー小説
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- 彼が愛した吸血鬼
- 日時: 2023/03/11 07:48
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.40 )
- 日時: 2024/07/14 23:56
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
夕紀に首を切られた樹さんは、しばらく変な音をさせながら痙攣していた。
陸に打ち上げられた魚みたいに、口をパクパクさせながら、アスファルトを赤く染めている。
その痙攣が終わり、完全に事切れてから、小夜は再び黒い影のような塊になり、樹さんの死体を覆うように被さる。メキメキと、葉山さんの時にも聞いた骨の折れる音と、内臓を啜る音。
夕紀はそれを冷たい表情で見下ろしていた。
「…………夕紀」
喉奥からやっと出た声は、掠れていて、聞こえたかどうか怪しかった。けど夕紀はすぐにこちらを向く。先ほどよりも穏やかな目元。
「どうしたー?」
へらりとした態度は相変わらずと言ったところか。
「お前、楽観的すぎにもほどが、あるだろうが」
「……何怒ってんだシズ。向こうも俺のことボコったじゃん」
「せ、正当防衛だって言いたいのか?」
そうじゃねえけど。
夕紀が拗ねた子どもみたいに唇を尖らせた。
僕は、恐ろしい。夕紀が小夜と出会ってから、どんどん、人間性を失っている気がする。吸血鬼に肩入れしているから、少し人間とは離れた存在になっているのかもしれないけれど。
黒い塊はまだ嫌な音をたてながら、肉塊を貪っていた。
こんな所から早く居なくなりたい。夕紀をここに居させたくない。その思いが強くなり、気づいた時には夕紀の手をとって走り出していた。
どうしたんだと夕紀が訊いてくるが、僕は答えなかった。
木叢団地の南に、寂れた神社がある。
鳥居を潜るとすぐ八十段の石段が見え、そこを登ると参道が続いている。参道の突き当たりに、天に向かって伸びる大木に囲まれるように拝殿と、後ろに本殿が建つ。
まあまあ立派な神社だが、ここらの治安の悪さと、僕たちが生まれてすぐの夏祭りの時に派手な喧嘩が傷害事件に発展したとかで、祭り自体が禁止になったらしい。そのおかげで人はあまり立ち寄らなくなった。
幼い頃、この境内に時々チカと夕紀とで入り込み、石蹴りや蝉採りをしたものだ。
「めっちゃ走って足がガクガクなんだけど」
夕紀は石段の一番上まで辿り着くと、どかっと腰を下ろし大きく息を吐いた。
それは僕も同じだ、と睨みつける。夕紀より体力のない僕は、まず鳥居の前に来る時点で息が絶え絶えだった。石段を登る時も夕紀を引っ張るどころか、夕紀に背後から押されるような形で走っていた。
「お前、なんでこんな所に来たんだよ」
「二人きりになりたかったから……待って、吐きそう」
「俺もだよ!さっきあの眼鏡にボッコボコにされたんだぞ!それなのにこんなに走らされて、マジで俺可哀想」
「夕紀ちょっと黙って。息整えてるから」
肺が痛い。耳鳴りもする。こんなに必死で走ったのは久しぶりだ。
僕の呼吸を整える間、夕紀は呆れた顔でこちらを見て、「….…俺と二人きりになりたかったん?」と訊いてきた。
「話したいことがたくさんある」
「嫌だなぁ。シズ怒ってるじゃん。俺今から説教されるんでしょう」
「……樹さんは、死んだよ」
夕紀は表情を変えない。
「ああ、そうだな。……小夜が今喰ってる」
「その前に、夕紀が刺した……お前は人を殺したんだよ?」
「ピンチだったからな。俺だって刺すつもりはなかった」
「……小夜が樹さんを喰うのも、夕紀が命令したの?」
「してねぇよ。小夜はあいつを恨んでた。生きてたらまたストーカーみてぇなことされるって嫌だったんじゃねえの」
「……なんでそんな他人事なの」
「逆にシズは何をそんなに怒ってんだよ」
怒っている?夕紀には僕が怒っていると見えるのか。
怒っているよ。
だって、なんで夕紀が手を汚す必要があったんだ。
あれは小夜と樹さんの話で、そこに巻き込まれたお前が、なんで人を殺すことまでしちゃったんだよ。
「刺したんだぞ……樹さんを」
「だから、正当防衛で」
「それ本気で言ってんなら僕は今からでも警察に行くぞ!」
自分でも驚くぐらい大きな声が出た。
夕紀も目を大きくさせて僕を見ている。
「なにキレてんの……?」
「夕紀はあの吸血鬼に出会ってからおかしくなった。昔から肝座ってるというか、何があってもヘラヘラして動じないやつだったけど、人を殺しても何とも思わない人間じゃなかった」
楽観的で、事件に自分から無意識に首を突っ込んでいくトラブルメーカー。顔が良くて器も広いから、人垂らしで、木叢団地の人間だけれど僕と違って社会にも溶け込めていた。
僕の親がどれだけ鬼畜でも。
傷物の吸血鬼を拾っても。
古舘夕紀という人間の根本にあるものは、優しさだったと思うから。
「僕は軽蔑しているんだ。葉山智恵理もそうだ。小夜に喰わせるなんてどうかしている。お前がどんどん僕の知らない夕紀になっていくのが本当に怖い。頼むから、小夜との契約を終わらせてくれ!そうでなきゃ……僕は今からでも警察に行って、葉山さんのことも話す!樹さんのことも、」
話している途中で、夕紀が思い切り僕を押した。
ぐらっと体の重心が後ろに行き、足を思い切り踏み外す。
ここ、石段の一番上じゃないか?
そう気づいたのと同時に、身体中に痛みが走る。視界が、回転、打ち付ける、鈍い音、痛み、
そして、
暗転。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.41 )
- 日時: 2024/07/21 21:02
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
11
目を開けると辺りはすでに暗くなっていた。
鼻腔をくすぐる木の匂いと、頭の鈍痛。上半身を起こすと背中に鋭い痛みが走った。頭の側頭部に触れると、何かが髪の毛に付着して固まっている。血だ、と分かるのに数秒要した。
そうか、僕は夕紀に突き落とされて気を失ったのか。
ここはどこだと辺りを見るが、僕がもたれているのは灯籠だ。参道に等間隔に設置されている灯籠。冷たくて無機質な感じが、触れている背中の痛みをより強く主張する。まだあの神社にいるのか。
けれど一度僕は石段を下まで転がり落ちたはずだ。
夕紀がここまで運んだということか?……小夜の力を借りれば容易いことかもしれない。
痛みが強くて立てそうにもないし、人が通る気配も無い。頭に浮かぶのは「どうして」という疑問だけ。
どうして夕紀は僕を突き落としたんだろう。警察に行くと僕が言ったから、取り乱したとか。……取り乱した夕紀なんて想像がつかないけれど。
僕を傷つける事はないと安心しきっていたが、夕紀も焦ると人を刺したり傷つけたりできる、普通の人間なんだな……なんて。どこが「普通」なんだよ。
なんだか眠くなってきた。
考えるのも疲れる。
目を閉じたら、次はいつ開くんだろう。生きてたらいつかは脳が覚醒する。起きた時にまた考えたら良い。
※※※
何かを啜る音が聞こえて目を開けた。
鼻腔をくすぐる、嗅ぎ慣れたカップラーメンの匂い。
視界にラーメンを啜る夕紀が映る。ぼーっとそれを眺めていると、夕紀がチラリとこちらを見た。
目と目が合っているが、お互い何も言わない。夕紀に至ってはズルズルと音を立てながら食べ続けている。麺を食べ終えたのか、次は汁を飲み干し、最後はスポーツ飲料を一気に流し込む。
コンビニの袋にゴミを入れ、口を結んだあと参道の脇にポイっと捨てた。
あれからどれぐらい時間が経ったんだろう。夜空には星が瞬いている。そういえば持っていた携帯や財布が無いけれど、どこかに落としたのか。気づくの遅いなぁ。よほど切羽詰まっていたと見える。
「…………家には帰らせてくれよ」
嫌な予感を早く否定させたくて、そう声をかけた。
「帰らんほうがいいと思うけど」
夕紀はあっさり答える。
「俺らのこと、殺しにくるからさ」
言葉が足りなさすぎる。
ぽかんと口を開いていると、「色々とやべーことに巻き込まれちゃってんだよ」とヘラヘラ夕紀が笑った。
「お前は、俺と一緒に来る?」
「…………」
質問のようで、尋問のような問いかけ。
笑っているけれど、眼差しは力があって圧さえ感じる。
「なんで僕を突き落としたわけ」
「うーん……。ちょっとやかましかったから。ごめんなぁ?シズが警察とか言うからさ。ちょっと黙ろうかって意味で落とした」
「……納得しました」
「何で敬語なん。まあいいや。小夜が樹さんを喰ったけど、地面の血溜まりだけは消せねぇからさ。もしかしたら事件になるかもなんだよな。だから、俺は小夜と逃げようと思うんだけど、一緒に来る?」
愛の逃避行というわけにはいかなさそうだ。
僕は視線を初めて逸らし、答えを宙ぶらりんにさせたまま空を見上げた。
樹さんの行方不明届けが出されれば、警察も動くだろう。葉山さんも消えているのだから、関連づけて操作されるかもしれない。証拠は出ない。小夜は吸血鬼なのだ。僕たちが関係あるとは誰も知らないし気づかない。
……じゃあ殺しにくるっていうのは、あちらの方か。
「小夜は責任感じて俺から離れようとしたんだけど、ここまで事が大きくなったら、俺一人じゃお前を守りきれないし」
「……暴力団から僕を守ろうとしてんのか」
「あ?知ってたんだ。じゃあ話が早い」
「僕たちは子どもだから、逃げることなんて無理なんじゃないかな」
「俺たちだけじゃ無理だよ。けど小夜の力を借りれば、何とかなると思う」
夕紀の言葉の意味がわからず、首を傾げる。
困ったように笑う彼は、「わかんないかぁ。わかんねえよなぁ」とおどけた口調で言いながら、僕の頬に片手を添えた。
「陽の光に当たらなくても良いから、お前の傍に居たいんだよ」
妙に熱のこもった言葉に、茶化して流すことは野暮だと感じた。
時々夕紀は、静かに本心をぶつけてくる。
僕は全身の痛みを感じながらも、ゆっくり夕紀の言葉を飲み込んだ。
陽の光に、当たらないなんて。
そんな吸血鬼みたいなことを、どうして。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.42 )
- 日時: 2024/08/11 15:01
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
「なぁ、まだ生きていたいよな」
夕紀が妙なことを訊いてくる。
その一言だけ聞けば誰もが脅しだと思うだろう。でも夕紀の表情や声色からは、そんな意図は伺えない。
「……少し前までは死んでもいいっつうか、死んだほうがマシだと思ってたけど、そんなこと言ったら夕紀は怒るだろ?」
「そりゃそうよ。俺は……どんなことをしても、お前を守りたい」
世の女性陣が言われたらコロッと堕ちそうな告白だな。どんなことをしても、か。
手段を選ばないのは楽観的な性格からだと思いたい。
夕紀の大胆さは時々羨ましく、時々恐ろしくも感じる。守りたいと言うけれど、それって本心ではないというか……僕に対する執着というか、もっと歪なものの気がする。
それが分かったところで、今更だからなに?って話なんだけれど。
「逃げる計画を立てる前にさ……救急車とか呼べないよな」「それは無理」
「ですよねー」
参ったな。息をするたびに肺が熱く痛む。
頭を打ったので吐き気もする。
ていうか、また寝そう。意識が飛ぶ。
「たぶんだけど、このままだと僕は死ぬ」
「あそこから落ちたらなー」
夕紀が突き落としたんだろ。
僕がジト目で睨みつけると、夕紀は微笑みながらこの苛立ちを躱してくる。
「生きていたいよな。俺と」
「………逃げ回る人生の始まり?」
「そう。そして、人間である人生の終わり」
ゆらりと夕紀の影が揺れる。
広がる影から小夜が現れた。
相変わらず何を考えているのか読めない表情。
「小夜の血を飲めば半吸血鬼になれるんだ。小夜がそれを望むことが条件だけどな」
夕紀は、そう説明する。
「そして小夜はそれを望んでくれている」
「……なんで?」
素直な疑問だった。前から少し思っていたことだけれど、小夜は僕に干渉しすぎやしないか。
「呪われた縁を感じているんだよ」
小夜は静かにそう言い、僕の傍に膝をついた。
吸い込まれそうな赤い眼。前はこの眼を気味が悪いと思っていたのに、今はどこか心地よくさえある。
「私も長い時を生きてきたが、これほど人間に深く入り込んだことは無いよ。これほど純粋に人間を気に掛けたことなど」
小夜は自身の手首に牙を立てる。赤い血液が一瞬膨らんで、つうっと流れた。チュッと湿った音をたて、それらを吸い、口に血液を含んだ小夜が僕の両頬に手を添える。
抵抗できないかと少し体を動かそうとしたが、諦めた。元よりその気力はない。
小夜は僕の唇に自分の唇を近づけた。触れた瞬間、素早く舌でこじ開けられる。それと同時に流れてくる、鉄の味。感じたことのある感触。
溢れそうになって、嚥下する。
何故だか涙が溢れてきた。
それと同時に爪先から競り上がるような熱さと、骨全体が軋むような痛みが襲ってくる。耳に聞こえるこの悲鳴が自分のものだと、客観的に理解する。
自分の体が、血肉が、遺伝子が、小夜の血で変えられていく。
「ハッピーバースデー、しずは」
痛みでのたうち回る僕を見下ろしながら、夕紀が僕の名前を呼ぶ。
死ぬかもしれないという恐怖があった。それぐらいの痛みだ。
でも思い返してみれば僕の人生は、死ぬかもしれないという恐れの連続だった。あの家に産まれてから、何かが満ち足りていたことなんてあっただろうか。
僕は初めて痛みを受け入れる。
この痛みはきっと力だ。
虐げられ、憐れみを向けられ、揶揄されてきた弱い僕は、死ぬ。もう夕紀に背負わせることもない。
痛みが止んで、夕紀に落とされた時の怪我が完治していることに気づいた。気づくというか、直感で分かる。僕はもう人間ではないのだと。
「……シズ。半吸血鬼でも、分かるだろう」
分かるよ、小夜。
僕は頷く。
「本能のままに。彼もそれを望んでいるから」
痛みはもう感じない。
有るのは異常なほどの、喉の渇きだけ。
「俺を殺さないようにな」
へらりと笑いながら夕紀が首を差し出す。
僕は顔を近づけて、舌の表面でその首筋を舐め上げた。血が飲みたい。今すぐに、夕紀の血が欲しい。
人間の頃の理性とか、罪悪感や背徳感とか、そんなものはもうどうでも良い。種を越えた反動からか、枯れた喉を潤すことしか考えられない。血の味を本能が求めていた。
夕紀に牙を立てるその時だけ、何故か葉山さんのことを思った。
そしてもう、後戻りはとっくに出来ないということを悟る。
月が僕らを慈しむように照らしている。
夕紀の温かな血が喉を潤すたびに、僕は悲しい気持ちでいっぱいになった。
「ごめん、夕紀」
その選択をさせたのは、もしかしたら僕なのかもしれない。
震える僕の背中に手を置き、夕紀は困ったように笑う。何も言わなかったけど、痛いほど伝わってくる。
ふと気になって視線を辺りに送った。
僕に力を与えた小夜は、どこにも居なかった。
けっきょく、それから僕たちの前に小夜は一度も現れなかった。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.43 )
- 日時: 2024/08/12 21:59
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
12 (解)
お姉ちゃんが消えて、12年が経った。
4歳だったアタシは高校生になって、お姉ちゃんが1ヶ月しか通えなかった市立四葉根高校に通っている。
お姉ちゃんのことは当時ニュースでも大きく取り上げられていた。誘拐。拉致。神隠し。面白おかしく報道されていたのは、お姉ちゃんの事件の前後に、関連があるのかはさておき、二つの事件があったからだ。
一つは連続幼児殺人事件。
もう一つが、暴力団組員の御厩樹という男の死。
前者は遺体が見つかっていて、お姉ちゃんの事件と後者は遺体が見つかっていないらしい。どうして彼が死んだか分かるかというと、とある団地に御厩樹の血痕が大量に残されていたのだそうだ。その量から見るに、生存はほぼあり得ないと警察の方から言われた。
不可解な話だが、この三つとも容疑者や犯人等がまるで浮かんでこないらしい。
ぶっちゃけると、アタシの家はそっち系の家で、御厩樹という男にも何度か会ったことがあるらしいのだが、小さかったので覚えていることは少ない。
お姉ちゃんのことも、アタシはあの人に避けられていた覚えはあれど、優しく声をかけてもらった記憶はない。疎まれていたんだと思う。お姉ちゃんとは半分しか血が繋がっていなかった。アタシの母は若くして父と結婚したが、後妻で、お姉ちゃんとは上手く行っていなかったらしい。当然か。母親を亡くしてばかりなのに、若い女を家に連れてきたと知って、お姉ちゃんはどんな思いだっただろう。無知なアタシは気安く姉と慕い、甘えていたけれど、とてつもなく冷たい目で見下ろされていたのを覚えている。
それでも。
それでも、アタシにとってはただ一人のお姉ちゃんだった。
お姉ちゃんが行方不明になって、御厩樹もいなくなり、うちはーーー主にうちの組は、という意味も含めてーーーかなり不穏な空気が流れていたそうだ。お父さんもピリピリしていて、あまり家にも帰って来ていなかった。
アタシはというと、御厩樹の事件でうちが暴力団だと近所中に知れ渡ってしまい、尚且つお姉ちゃんも消えたものだから、ヤクザ同士の抗争に巻き込まれたんだとか要らぬ噂も立ち、それを信じた友達から距離を置かれ、それはそれは悲しい幼少期を過ごしましたとさ。
「まあ、そういうわけですわ。別に私は友達がいなくてもやっていけてるよ」
「いやーそういうわけにはねぇ」
7月。
期末考査も終わって、羽が伸ばせる時期。夏休みまであと1日。
アタシはチカとファミレスにいた。時刻は20時。辺りはすでに暗い。
先ほど「友達は出来たか?」と真面目な顔で聞かれたものだから、少し意地悪な回答をしてしまった。
チカは「友達ってのは大事でしょう」と、しなしなになったポテトの先をアタシに突きつける。説教臭いセリフだが、本人は別に心からそれを望んでいるわけじゃない。たぶんアタシと二人きりで何を話していいのか分かってないのだ。
チカはアタシが中学を卒業する頃に、アタシの世話係兼用心棒としてお父さんがよこした舎弟の一人だ。
正直に言うと刺青だらけでベビースモーカーで、いかにもガラの悪いそっち系の人を傍に置くことは、ものすごーくハチャメチャ嫌だった。お父さんから「実はチカはお前のちっこい時から、陰でお前の行動を把握していた」と聞かされた時は、ドン引きしまくりで警察を呼べと叫んだっけ。要はアタシの登下校や塾の行き帰りをずっと見張っていたことでしょう。……ロリコンじゃん。
高校生になってから行動範囲も広がり、もう尾行では追いつかないと思ったのか、それともお姉ちゃんが行方不明になったことを気にしているのかは分からない。そして、「親父の決めたことなんで」の一言で自分の人生を女子高生に委ねたこの男のことも。何一つ、アタシは分からないのだ。
こうしてチカは、アタシの付き人になった。
可哀想なチカ。
こうしてファミレスでのだらけ話にも付き合わされている。
「高一の夏休み、お嬢は何する予定なんすか」
「その呼び方マジでやめろって」
「……お嬢の名前、ちょっと呼びにくいんですよね」
「それはアレか?発音がってこと?しょーがないでしょう、名付け親のお母さんに言ってよ」
「いや発音というか……。まあ確かに発音も言いにくいけど」
「なら愛称でええやないか!」
「…………その愛称も色々と偶然すぎて……」
なんだこいつ。めちゃくちゃ面倒臭いやつだな。
チカは時々こういうところがある。
本人曰く「偶然って怖い」らしいのだが、詳しいことを教えてくれないので、どこがどう怖いのか謎のままでこのくだりが終わる。
たぶん色々あったチカの人生のどこかで、アタシに絡んだ偶然とやらがあるのだろうが、興味も無いので特に言及はしない。
「夏休みの予定は特にないよ。バイトもお父さんは許してくれなかったし」
「ほんっとーに怠惰な夏休みになりまっせ……」
「いいのよ別に。チカもアタシと一緒にいても退屈だよ、きっと」
さりげなく、どこかに行ってくれという意味を込めてみる。たぶん通じていない。
「俺は親父に言われてるんで」
「過保護すぎるよ」
こちらが呆れてしまう。はぁと肩を落とすと、ファミレスに数人の男子が入って来た。私服だけれど、見たことのある顔。同じ高校の男子たちだ。
チカと一緒にいる所を見られるのは嫌だ。アタシは余っているポテトを口に押し込んで、チカに出るよう合図する。そこらはチカも弁えているのか、小さく頷き伝票を持った。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.44 )
- 日時: 2024/08/24 23:28
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
ファミレスを出るときに、男子たちの視線を感じたけれど無視した。慣れている。好奇の目にも根拠のない噂話にも。自分がこういう家に産まれなければと思うこともあったけれど、「人間はこんなものなんだな」という諦めみたいなものがあったので、すぐに受け入れられた。性格が捻くれているのかも知れない。お姉ちゃんに拒まれ、友達からも距離を置かれたら、色々と捻じ曲がるのだ。
「お嬢、車を呼びますよ」
「呼ばなくていいって!このまま歩いて帰る」
ファミレスから出てすぐに携帯を出すチカに、ほんの少しうんざりする。
「いやいや……この時間でも暑いですって。俺は嫌だ」
「アンタが車で帰りたいだけでしょうが。あとお嬢って呼び方をやめろと何回言ったら分かるの」
「勘弁してって。歩いて帰ったらまあまあ時間かかるし。俺が親父に殺される」
「困った時に敬語が外れる癖もなんとかしなよ!」
「もーう、じゃあ困らせんでくださいよ」
チカがアタシの腕を掴む。振り解けないので、そのまま歩いた。
一回り年上のチカを振り回すことが楽しいわけではない。ちょっとだけ、反抗したいのだ。本当に、ちょっとだけ。
家柄も生き方もアタシには重たくて、足枷のようなものだ。諦めて受け入れてやるから、ほんの少しアタシにも反抗の自由が欲しい。それを許してくれるのも、この男ぐらいだろうし。
「チカも付いて来たらいいじゃん。アタシの護衛なんでしょう」
「俺もうアラサーなんだけど。歩きたくねぇんだけど」
「30分ぐらいだし、余裕でしょうが」
「お嬢、ほんっとうに俺も怒る時は怒る……」
なんだ?
急に立ち止まるので、それに倣う。
チカはある一点を凝視していた。
通行人が、歩道の真ん中で立ち止まるアタシたちを迷惑そうに避けて行く。
チカが見ている方を見る。
大きい交差点に架かる歩道橋。すぐ近くのパチンコ屋から漏れる光で、そこだけ明るい。
初め歩道橋に何かあるのかと思い、アタシも目を凝らした。特に何の変哲もない歩道橋だ。人がこちらへ降りて来ている。あまりジロジロ見るのも悪い。
「シズ」
チカがいきなり、アタシを愛称で呼ぶ。
驚いてチカを見たが、アタシ以上に彼は目を丸くさせていた。
「なに?どうしたの」
アタシの問いかけに答えない。
歩道橋を降りて来ていた人物が、アタシとチカの前で立ち止まる。知った顔なのかチカは食い入るようにその人物を見ていた。
「久しぶりすぎるよな、チカ」
アタシと同い年ぐらいの男の子が、気軽にチカに話しかける。チカにこんな年下の知り合いがいるとは意外だった。
シズと呼ばれたそいつは、声こそ低い男子の声だったけれど、顔は一瞬性別の判断がつかないほど女顔だった。
チカがすごく驚いているのに対して、そいつは落ち着いた様子で余裕からくるのか笑みさえ浮かべていた。
「なんで、お前……、どこに……」
「色々あってさ。久々にこの街に帰ったから、お前に会いに来た」
すぐに戻るけど。
そいつはそう付け足す。
知り合いなのか訊こうと思ったけれど、なんとなくこの目の前のシズというやつが只者ではない気がして、視線を逸らす。もしこいつが他の暴力団の人間だとしたら、アタシの立ち振る舞い一つで抗争に発展するかも知れないのだ。ここは存在感を薄くして、こいつが離れるのを待ったほうがいい。もちろん、アタシが葉山組の人間だということも知られない方がいい。
「老けたなーチカ。でもすぐわかった」
アタシの心配を他所に、そいつは親そうにチカに話しかける。
チカは何をそんなに驚いているのか、まともに返事すら出来ていない。まるで亡霊に会っているかのようだ。
「僕たち、しばらくここにいるんだ。あまり長居は出来ないけど。懐かしいな。……良い思い出はそれほど無いけど」
そいつは淡々と、けれど優しい口調で続ける。
僕たち、ということは他にも知り合いが来ているのか。その言葉にチカはますます目を見開く。
「そろそろ行かないと。会えて良かった」
最後まで笑顔を崩さず、軽く手を振って、瞬きをした瞬間そいつは目の前から姿を消した。
「えっ、消えた!?消えたんだけど!?」
驚きがそのまま口から出る。辺りを見回しても、その姿はどこにも無い。
消えたことに対して慌てるアタシを他所に、チカは呆然と突っ立っていて、こちらの声なんて聞こえていないようだった。
「………お嬢」
「な、なんですか」
慌てすぎて敬語になってしまう。
「やっぱり、車で帰ろうか」
「………はい」