複雑・ファジー小説
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- 彼が愛した吸血鬼
- 日時: 2023/03/11 07:48
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.2 )
- 日時: 2023/03/16 09:35
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
翌日、いつものように団地の駐輪場に行くと、夕紀が僕を待っていた。これも別に約束をしたわけではなく、小学校から自然と身についたことだ。よそよそしい態度が続いているので,内心僕はいつ「先行ってて」と言われるか身構えているのだが、当の本人はけろっとしている。
「……ああ?」
しかし。
だが、しかし。
僕は見逃さなかった。
夕紀の首に絆創膏が貼られているのを。僕が目を凝らしているのを夕紀は怪訝そうに見ている。なんでお前が不可解そうなんだ。
「なんかすっげぇ顔してるけど」
「いや……いやいや。あのさ、カノジョできた?」
「できてねえけど。なんでそう思ったん」
「いや首ぃ!!なんか意味深な絆創膏!!」
ビシッと指差し問い詰めると、夕紀は「ああこれ」と手のひらで抑えて、
「…………蚊に食われた」
視線を漂わせながら早口でそう言った。
「いや嘘……っ、嘘だろ!」
「シズうるせえよ。朝からギャンギャンと。どうしたんお前。生理前?」
「黙れ。もう最近の夕紀がおかしすぎて僕は頭が痛くなる!」
「最近あったかくなってきたからなー。気圧とか花粉とかで体調よろしくないだろ。頭痛薬飲めや、早い方がいい」
「カノジョできた?」
「だからできてないし、なんでそう思ったん」
「首にキスマークつけてっからだよ」
「蚊に食われたんだって」
ちゅんちゅんと上でスズメの鳴き声がする。拉致があかないので一旦夕紀の言葉を受け入れようとする。蚊。蚊ねぇ。気温が上がって確かに飛んではいるけれども。首筋に絆創膏を貼っておいて、それが蚊に食われたっていう言い訳で済まされると思うのか。そんなお決まりなベタなことがあるのか?納得がいかないので、自転車を漕いで四葉根に着くまでに問いただしてやろうと思ったのだが。
「お前さ〜、だから俺とお前が、なんか付き合ってるんじゃないかとか変な噂が流れるんだぜ?もう勘弁してくれよ、カノジョできなくなっちゃうじゃん」
「じゃあ聞くけど最近なんで一人で帰ってんの」
「俺にも色々と事情がありまして〜。あ、お前が嫌になったとかいうのは無いから安心しろよ。ヤキモチ妬いてるならお門違いってやつ」
「そういう発言してっから疑われるんだよ。僕のせいじゃない」
「正直、俺も面白がってそっち系の話をすることはある!」
「そんな堂々と言われましても…」
「てか坂道辛すぎな。朝から体力削るのやめて欲しいわー」
「今日って体育あったっけ?」
「時間割、俺もあんまり覚えてねぇんだよなー。昼休みの後にぶっ込まれてた気がせんでもない……。なんで飯食った後にハッスルしなきゃならんのかねぇ」
と、こんな感じで終わった。
教室に着いて何人か夕紀の絆創膏に気付き「お前キスマだべや〜!」と軽く騒いだけれど、「ああ、これ蚊だから。夜中に掻きむしりすぎて血が出てるだけだから」と真顔で返す夕紀にそれ以上騒ぎ立てる奴もいなかった。
♫
帰りのホームルームの後、後ろを見たけれど、もうそこに夕紀の姿はなかった。
早すぎる。いつ教室を出たのかもわからない。
そんなに慌てて帰るような何かがあるのか。今朝みたいに踏み込んで聞いてもはぐらかされるだけだろうし、なんだか考えるのも面倒くさくなってきた。
じっとりと夕紀の席を睨んでいると、その隣の葉山さんが僕の視線に気づき、ギョッとした表情でこちらを見ている。僕は目を逸らしたけれど、葉山さんが「古舘、なんか最近すぐに帰るんよ」と声をかけてきた。
葉山さんは女子の中では、トゲトゲもしていないし、すごく派手ということもないので、比較的話しやすい方だ。大人しいというより、落ち着いている。
「いつも雨村と帰ってるから、喧嘩したのかと思ったわ。でも普通に話してるじゃんね?」
言いながら、僕の前に立つ。果物のような香りが鼻腔をくすぐった。葉山さんだとすぐにわかる香り。
眠そうな目が座っている僕を見下ろす。
「喧嘩はしてない。でも、何か隠し事をされているみたい」
「雨村に言えないってよっぽどじゃん。なんだろー。年上のお姉さんと遊んでるんかな」
「年上のお姉さん……」
首筋の絆創膏はもしかしてそれか?夕紀はイケメンと周りから言われているし、顔には定評がある。年下好きの危ない女の人に、お金と引き換えに売春じみたことをされているのだとしたら……。
想像を駆け巡らせていると、葉山さんがひらひらと手を振る。
「おーい。もしもーし。顔がすっごく怖いぞー」
「夕紀が変なことに巻き込まれていたらどうしよう…」
「……ねえ、古舘と雨村ってデキてんの?」
「違います」
「あ、違うのね。男同士の割にすっごく仲が良いから、あららもしかして……と思ってた」
「純粋に心配してるんだ。あいつはトラブルメーカーというか、いつも何かしらのプチ事件を無意識に引き起こすから」
「コ◯ンくんみたいな感じ?」
「まあ……殺人とかはないけどさ」
そういえば一連の殺人事件の犯人は、まだ捕まっていないな。葉山さんも同じことを考えたのか、「物騒だよね。最近」と呟いた。
独り言のようだったので、僕はそれには何も返事をせずにいた。
突然「あ!」と葉山さんが大きい声を出したので、肩がビクッと震える。
「ビックリした。なんだよ」
「古舘が急いで帰る理由、思いついた」
「なに?」
「ペット!ペット飼い始めたんじゃない?」
めいあーん!と、葉山さんは一人嬉しそうだ。
ペットか。確かに犬猫や何か動物を飼育しているのなら、気になって早く帰ろうとも思うかもしれない。
「でも僕らの住む団地は、ペット禁止なんだよ」
「だから雨村にも言えないんじゃない?」
「あー……そういうこと?野良猫とか拾ってきたのか?」
もしそうなら僕に真っ先に言いそうなものだけれど。でも今までで一番理由としてはしっくりくる。あの首の絆創膏は引っ掻かれた痕を隠しているのかもしれない。
理由がペットだと思うと、なんだかするすると納得できた。
「葉山さん、僕今から夕紀んち行ってみるわ」
「おおー。謎を解明しに行くんだ」
「そう。なんだかペットな気がしてきた。野良猫を可愛がる夕紀なんて想像ができすぎる」
「ウケる。もし解ったら答え教えてね」
葉山さんと教室で別れ、僕は自転車を漕いで木叢団地まで急いだ。
バイトまではまだ時間がある。今日は樹さんとシフトが被っていない日だ。夕紀が先に帰った理由が解ったら、すぐにでも樹さんに報告したかったけれど、それはまた今度になりそうだ。
木叢団地のA棟の駐輪場に自転車を停めて、鍵をかける。夕紀の自転車はちゃんとある。やっぱり先に帰っているのだ。たんたんたんと冷たいアスファルトの階段を登っていく。302号室の表札はボロボロで「古舘」の文字が全く読めない。
インターホンを押すと、寂れた音が聞こえる。何回か押しても反応がないので、夕紀の携帯を鳴らしてみた。ちゃんと中から着信音が聞こえている。居留守を使うとはどういうことだ。強行突破してやる。
ポストに手を入れて中の左上を探る。
昔から鍵っ子だった夕紀は、こうして合鍵をポストの内側にセロテープで貼って隠している。親がいなくても自分で家に入れるように。
その通り、鍵はあった。粘着力が弱くなってプラプラしている。剥がすのは容易だった。
鍵を開けて中に入る。
これは不法侵入になるのかもしれない。でも夕紀の家だから僕の家みたいなものだし、何より隠し事をしている夕紀が悪いし……。
言い訳ばかり考えながら奥に進む。
廊下の突き当たりの扉を開ける。
そこには変わらない夕紀の家のリビングがあって、
「…………え?」
見知らぬ女と、その女に抱きついている夕紀がいた。
〆〆〆.......
古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷見知らぬ女と抱きついていた!!!
雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。なんか色々と面倒くさい。
葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。眠そうな目の女子。
謎の女(Nazo)
▷夕紀と抱きついていた。誰???
御厩樹(Mimaya Ituki)
▷今回は出番無し。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.3 )
- 日時: 2023/03/18 08:02
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
幼馴染が綺麗な女と自宅で抱きついている時、どうリアクションをとったらいいのだろう。
今回は不法侵入した僕が悪いんだろうけれど、まさか居留守を使って女といちゃついているなんて思わないし。いや居留守の時点で薄々、ペットがいるから早く帰っている説は無いんじゃないかなーとは感じ取ったけれど。
時が止まるというか、心臓の音だけがバクバク鳴っていて五月蝿い。変な汗もかいてきた。早く立ち去れば良いんだけれど、どうしよう。がっつり女と目が合っている。
女は、腰まで伸びた鴉の羽根のような、濃い黒髪を持っていた。喪服のような黒いワンピースを着ている。全身が真っ黒だ。僕たちと同い年ぐらいに見えるけれど、纏っている雰囲気が異様でずっと年上にも見える。
女は一瞬驚いた顔をしたけれど、舐めるように僕を見て、「ただの貧血だから」と言った。
ただの貧血だから。
その言葉の意味がわからず放心していると、女は胸に抱いていた夕紀をそっとソファに寝かせる。
貧血?と視線を落とすと、顔色の悪い夕紀が横たわっていた。その首筋が血で汚れていて、「あ。首の絆創膏は噛まれた痕を隠すためなのか」と冷静に理解している自分がいることに気づく。人は非日常に出くわすと頭が冴えるらしい。
「騒がないでほしい。これは合意だからね」
女は軽やかに僕へと近づき、しぃっと指を唇に添えた。人形のように美しい顔立ちをしているけれど、瞳に光はない。異様そのものだった。
「私が吸血鬼ということを承知で、この男は私を拾ったんだ。本人が吸血行為を受け入れているのだから、きみは何も見なかったことにして、お家に帰るといい。騒ぎ立てることはやめてくれよ。無駄な殺生は嫌いなんだ」
多い。情報量が多い。
先ほどまで自分でも凄いなと思えるほど冴え渡っていた頭が、一気にパンクしそうになった。これ以上何か喋られたら脳のキャパを越えて鼻血が出そうだ。
とりあえず足を動かそうとするけれど、混乱で体がバグっているのか全く動かない。恐怖より混乱。脳内のありとあらゆる接続がエラーを起こしている。
こういう時はきっかけを作るのだ。何か、この状況の流れを変えるきっかけを。
かろうじて声は出せそうなので、喉を雑巾のように絞りながら、女に問いかけてみる。
「あ、頭は大丈夫ですか…………????」
うわ、やった。
思ったことがそのまま出てしまった。もう少しオブラートに包めたりこねたりできただろうに。
いやでも本当にやばい人だと思う。妄想が過ぎるというか、これって病院行きなんじゃないか。入院していて逃げてきたとか?自分を吸血鬼だと思い込んで、変な設定を信じきっている人に、「頭は大丈夫か」なんて質問がよくできたな。
女は心外そうに眉をひそめ、片手をゆっくり振り上げる。
え。これ、平手打ちされるんじゃね?
一瞬で女が何をしようとしているのか理解ができてしまい、ヒュッと喉が鳴った。
その時、
「シズに悪気はないよ、小夜」
ソファに寝かせられていた夕紀が、気怠そうに身を起こす。
小夜と呼ばれた女は手を下ろし、夕紀の傍に駆け寄る。
「ごめんなさい。制御ができなかったな」
「いいや、大丈夫。ちょっと視界が暗くなっただけだから」
「血を拭くからじっとしてて」
「はいはい。……シズ、お前何してんの?」
「いやいやいや警察呼ぶんですけど」
答えた瞬間、女に携帯を操作していた手を払われる。床に落ちた携帯を拾おうと屈むと、腰に鈍い衝撃を受けた。
「いっでぇ!!!!」
「だぁぁぁ小夜!ちょっと待て!シズは話せばわかる奴だから!!」
暴力を振るわれたのか?傷害事件じゃないか!
身悶えながらも女を睨みつける。女は丁度片足を上げていたところで夕紀の静止にあったようだ。気まずそうに足を下げ、無言で台所に向かっていく。
「マジで警察呼んでいい?」
「それ言っちゃあお前も不法侵入してるからな。なんでここにいるんだよ」
「昔教えてくれたろ。合鍵の場所」
「それ使って入ってきたのかよ。なかなか大胆じゃん」
笑う夕紀の首筋からまた血が流れる。
台所のティッシュを待ってきた女が、夕紀の首にそっとあてた。
「……説明しろよ」
じろりと女を睨む。
まさか先ほどの与太話が説明だと言うんじゃないだろうな。吸血鬼がどうとかこうとか、阿呆らしい。
夕紀も夕紀だ。この不審者に洗脳されているんじゃないだろうか。
「説明したところで、きみは信じないだろう」
女が呆れたように言う。
「僕はお前に聞いていない。夕紀に聞いているんだ」
内容次第ではすぐに警察を呼んで、夕紀にカウンセリングを受けさせてやる。
「俺にかぁ。うーん、まあそうだなぁ……。上手く説明できるかね」
困った時に眉間を掻くのは夕紀の癖だ。
女はこの家の物の場所をある程度わかっているのか、絆創膏を持ってきて夕紀の首にそっと貼った。16年間一緒にいる僕より、この女の方が夕紀を理解しているかのような錯覚さえする。
「小夜を拾ったのは1週間前だ」
夕紀が話したのは、到底信じがたい内容で。
捨てられていた吸血鬼の小夜を拾った、というものだった。
〆〆〆.......
古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷血を吸われていた人。
雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。嫉妬深い。
葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。今回は出番無し。
小夜(Sayo)
▷自称吸血鬼。黒い。
御厩樹(Mimaya Ituki)
▷今回も出番無し。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.4 )
- 日時: 2023/03/19 12:17
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
02
四葉根高校の入学式が終わって1週間と四日が経った日。
桜が満開を迎えていて、どこもかしこも春爛漫。少し大きい制服のシャツが汗ばむ陽気だった。
いつものように幼馴染のシズと木叢団地まで帰った。シズはコンビニのバイトがあるので、帰宅してもすぐに出ると言い、俺は母親が今日も帰ってこないそうなので、自分の食うものを買いに夕方スーパーに出かけた。
俺の母親はなんというか、酒がないとダメな人で、家でも常に酔っ払っている。高校生の息子がいるとは思えないほど見た目も実年齢も若い方なので、今は彼氏がいるらしく、なかなか帰ってこない。
軽いネグレクト状態にあるとは自覚しているし、それこそもっと小さい時は寂しいと感じることもあったけれど、シズがいたから辛くはなかった。シズの方が親がヤバそうだし。
高校生にもなると親が家にいる事の方が煩わしくて、家に居ない事実というのは快適にさえ思う。
チャリに乗ってスーパーに行き、惣菜やら冷食やらを買い込む。金だけは机の上に置いて行ってくれるので助かる。バイト先を早く見つけたいんだけれど、履歴書を何回も間違えてまだ書けていない。あの履歴書を手書きで作成するという世界一無駄な作業は、どうにかならないものか。ワープロでいいやん。
顔見知りのおばちゃん店員が会計をしてくれた。
「またこんなの食べてー」
「食べないよりかはマシでしょ」
「んまー育ち盛りなのにぃ〜」
適当に会話する。この人は昔からここで働いているけれど、ずっと容姿が変わらない。おばちゃん名称が似合う、れっきとしたおばちゃんである。……疲れているのかな、俺。
レジで金を払った後、チャリで家に戻ろうとしたところで携帯が鳴った。
「うぃーっす、どしたーん?」
『お前いま暇?』
「暇っちゃ暇だけど。シズもバイトだし」
『そうなん。ちょっとダベらん?』
「いいねー。今どこよ。位置情報送っといて」
電話の相手はチカだった。
木叢団地C棟に住んでいる奴で、年はいっこ上だけれど高校には行かず働いている。シズより付き合いは浅いものの、チカも幼馴染の一人だ。
送られた位置情報を確認する。ここからすぐのコンビニだった。シズのバイト先ではない。
チャリをかっ飛ばして、そこへ向かう。向かう途中で思っちゃったんだけれど、冷食どうすっかなぁ。
♫
チカと適当に喋りまくって、気づけば2時間が経っていた。買った冷食はきっと溶けているだろうけれど、もう一度凍らせればいいかと考え、チャリカゴに放置している。
「俺らなんの実りもない話しすぎじゃね?」
「なのに時間経つの早いよな」
「もう20時だわ。俺腹減った。チカも一緒に帰る?」
「いいや。なんか先輩に呼ばれたから、このままここで迎え待つ」
言いながらポケットから煙草を出すチカに、色々と疑いの目を向ける。
「やばいこと、あんまりすんなよ」
チカの腕にいつの間にか掘られていたトライバルタトューは、確かにチカによく似合ってはいるけれど。
その先輩とやらが真っ当な人間かどうかは、俺は知らないから。
「しねぇよ。ビビリだもん」
苦笑するチカは男前だ。俺もイケメンですね〜と言われる方だけれど、そんな俺から見てもチカは格好いいと思う。これが悪い事してるよマジックなのか?ちょっと悪い男に惹かれる的な……。
「はよ行けよ。またメロンパンばっか買わせるぞ」
「いいやいい。入学早々あのメロンパンはキツすぎた」
つい最近、罰ゲームでメロンパンを大量に購入した。売り上げに貢献してあげようと、シズのバイト先で買ったんだけれど、あの時のメガネの店員のドン引きした表情が忘れられない。
チカと別れて、春の夜道へとチャリを走らせる。
田んぼばかりの田舎道に出て、少ない街灯とチャリのライトを頼りに帰りを急ぐ。
「……………………。」
初め、それを黒いビニール袋が落ちているのかと思った。
街灯に照らされている所に、大きな黒い何かが落ちていた。いつから落ちているのか、上に桜の花びらが乗っている。
少し警戒しながら観察する。
その黒い物体を通り過ぎないといけないのだが、それが何か分からないので躊躇う。足は地面を擦って、俺は静止した。
ビニール袋じゃなくね?
なんかでかい動物じゃね???
…………人間じゃね???
その時、瞬時に俺が思い出したのは、ここ最近この辺りで多発している幼児連続殺人事件だった。
3人の犠牲者が出ていて、未だ犯人が見つかっていないあの事件。
もしかしてそれに出くわしてしまったんじゃ。
心臓が強く鳴って冷や汗が出てくる。もしその4件目の被害者だとしたらどうしよう。警察か。
そう思いながらその物体に近づく。
近づいて、すぐにそれが幼児ではないことが分かった。
女の子だ。俺と同い年ぐらいの。
「え、ちょっ、おい!」
チャリから降りて傍に駆け寄った。
仰向けに倒れているその子は、ぞっとするほど綺麗でマネキンでは無いかと疑ってしまう。でも確かにその子は生きている。荒く呼吸をしながら、うっすらと目を開ける。
「大丈夫ですか!?救急車、呼ぶから!!」
慌てて俺が携帯を取り出そうとすると、その子が片手でそれを制する。
「きみ…………逃げなさい……」
「逃げる?何から?」
俺の腕を掴んだその手が、するりと頬に移動する。
冷たい。
血が通っているとは思えないほど冷たかった。
「飢えた私からだよ」
その子はそう言ってゆっくり身を起こし、前から抱擁してきた。どういうことかわからず、固まるしかない俺に、その子は耳元で囁く。
「あぁ、いい匂いだ」
次の瞬間、首に熱がこもったような熱さを感じた。
それと同時に針で刺されたような鋭い痛みも。
振りほどこうとするけれど力が強くて敵わない。この細くて華奢な体のどこに、こんな力があるのか。やがて手足が痺れてきて、「やばい、死ぬ……っ」と声が出た。
その言葉が届いたのか、唇を外したその子が心配そうに顔を覗き込んでくる。その口が、血で染まっている。
「うわぁ……今、俺の血を飲んだ?」
噛まれたところに触れてみる。血で濡れた指先が、てらてらと光っていた。
「マジか……」
血を吸うなんて吸血鬼みたいじゃないか。アニメとか漫画とかのフィクションの世界じゃないんだから。もう少しまともに会話してくれよ。
目の前の女の子を凝視する。
口元についた俺の血を舌で舐め取る仕草に、胸がざわついた。
女の子が微笑むので、つられて俺も口角を上げる。騒ぎ立てないほうがいい。この子が人間だろうが、吸血鬼だろうが。
「少しきみの手を借りていいだろうか」
懇願される。
「居場所がもう、私には無くてね」
その言葉で思い浮かんだのは、小さい頃のシズの姿だった。
---もう僕には帰るところが無いよ。
団地の駐車場で泣きじゃくるシズの姿が、目の前の吸血鬼と重なる。
俺は、その時と同じ言葉をその子に送る。
「俺の家に来なよ。話を聞いてやるから」
〆〆〆.......
古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷自称吸血鬼を拾う。
雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。夕紀に思い入れがある。
葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。今回は出番無し。
小夜(Sayo)
▷自称吸血鬼。夕紀に拾われる。
御厩樹(Mimaya Ituki)
▷暫く出番無し。好きな食べ物はラーメン。
チカ(Chika)
▷木叢団地の住人。シズ、夕紀のいっこ上。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.5 )
- 日時: 2023/03/21 16:42
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
俺は昔からトラブルメーカーだと、幼馴染のシズは言う。
それを言われるたびに、俺は首を横に振る。
べつに俺がトラブルを製造しているわけじゃない。トラブルが俺に寄ってきているんだと。
受身なシズとは違って、なんでも興味を持てば首を突っ込む質というのは自覚しているけれど、それがたまたま複雑に絡み合っていた事象の一片だったというだけで、俺が生み出しているわけじゃない。
今回のとか、特に。
母親が不在がちなことが幸運だった。2LDKの古い団地に女の子を呼ぶのは、少し抵抗がある。決して綺麗ではないことや古い団地だということを伝えると、「かまわない」と短い返事が返ってきた。
名前は小夜だ、と自称吸血鬼さんは名乗ったきり、他の質問には「落ち着いてから話したい」と答えてダンマリだった。
家に着いて、電気をつける。
何かお茶とか出した方がいいのか。麦茶しかないけれど。
とっくに解凍されたであろう冷食や傷んでいてもおかしくない惣菜をそれぞれ冷蔵庫に入れる。そういえば夕飯を食べていなかった。いいやでも空腹感を感じていない。イレギュラーな事が起こったので、それどころじゃないみたいだ。
小夜はどうしていいのかわからないようで、扉の前で立ったままだった。
「座って。お茶、麦茶しかないんだけど飲める?」
「いいや。私は吸血鬼なので、摂取しなくても大丈夫」
「あー、そうなんだ。俺はちょっと喉乾いたから飲むな」
台所で麦茶を一気飲みする。もう一気飲みするしかなかった。ふと傷はどうなっているだろうと、指で首を押さえてみる。少し血がつくけれど、流血している事はなさそうだ。
ソファに腰掛ける小夜は、部屋の中をぐるりと見渡して
「親は?」
と不思議そうに訊ねた。
質問の内容の意外性に少し驚きながら答える。
「いるけどいないようなもん。あんまり関わっていないんだ。今日は誰も帰ってこない」
「……そうか。変なことを聞いたね」
「いいんだよ。それよりも、俺に手を貸して欲しいって言ったよな?正直、ちょっとの説明では俺の脳みそは理解できなさそうなんだわ」
「当然だろうね。私の存在を、そう簡単に信じてもらえるとは思っていない」
ソファの前に置いてあるテーブルの横に、俺は直座りした。
「まずは謝らせてほしい。きみの血を無断で吸ってしまった。本当に申し訳ない」
「いいや、まあそれはいいんだけどさ。マジなの?吸血鬼っていうのは」
「本当だ。私が吸血鬼だという証明は、日の光があるところに立ってみればすぐ分かるのだが……。それだとさすがに死んでしまうからね」
「死んじゃうんだ、やっぱり。じゃあ吸血鬼の証明は難しいってわけか」
「簡単には。吸血行為やある種の興奮状態に陥った時に瞳が赤く光る事はあるけれど、その他には何もない。ただ長い長い時を生きるだけの怪物だ」
怪物。とてもそうは見えない。
少し撚れば折れてしまいそうな細い手足をしている。華奢で、色白な小夜が怪物だとは思えない。年齢だって俺と同じくらいに見える。
「いくつなの?」
気になってきいてみた。
小夜は何かを思い出すように、目線を遠くにやる。
「……200年は生きていると思う。私にとって年齢を重ねる事は何の意味も持たないから、数えるのをやめてしまった。定かではないけれど、それぐらいになる」
淡々と話されて、俺は眩暈がした。
ありうるのか?こんな話が。
眉間を抑える。こうしていると少し落ち着く気がする。昔からの俺の癖らしい。前にシズに指摘されて初めて気づいたけれど。
長く息を吐く。淀みを、吐き出す。
いちいち止めていたらキリがなさそうなので、本題に入ることにした。
「居場所が無いって言っていたけれど、なんであそこに倒れていたんだ?」
小夜は一度頷くと、「長い話になる」と前置きを置いた。構わないよ、と返すと小夜が安心した表情になる。肩の力を抜いたのが分かった。
「吸血鬼である私は、この十代半ばの姿から変わらない。なので、長く一つの土地に住み続けていると、周りに怪しまれるのは時間の問題だ」
「……まあ確かに。あそこのお嬢さんはいつまでも、ま◯こワールドにいるんですねってなるな」
「まあそういうことだよ」
知ってるんかい。国民のお茶の間アニメを。
「どんどん規制は厳しくなって、戸籍やら身分証明書やらが無ければ、どこにも行けないし誰とも住めないように世が変わってしまった。だから、私は協力者を探す事にしたんだよ」
今度は小夜が長く息を吐いた。お茶をもう一度進めるが、それを断り、再び口を開く。
「オカルトやミステリーを好む連中は五万といる。そういう輩のなかで、外部に私のことを漏らさない人間を見極め、交渉した。私の姿は美しい少女の外見をしているからね。交渉自体は上手くいっていた。私という存在を家に置く代わりに、養子でもなんでも……まあ要は家族の一員として迎え入れて欲しいと伝えたんだ。そして、こうも伝えた。吸血行為を受け入れて欲しいと。
今まではそこらの通行人を襲って血を吸っても、なんら抵抗はなかったのだけれど……。人の世界にいるとどうしても情が湧くものでね。人間だってペットとして豚や魚を家族に迎え入れているだろう?自分たちは食うのに。まあそれとこれとは別だと割り切る者の方が多いだろうけれど、少し違うのは、私は自分が捕食する者の言葉が分かるというところだ。
少しと言ったけれど、これは大きな違いだ。
きみたちのほとんどは加工された肉や魚を食しているだろう。それらを担っている者も、悲痛な鳴き声が言葉として届くわけではないね。でも、私には、届く。届いてしまう。きみたち人間が私に食われる時の……命乞いがね。こればかりは、私も胸を痛めていたんだよ」
俺は、なんと声をかけていいか分からず、ただ小夜を見つめた。
話が逸れたね、と小夜は微笑む。
〆〆〆.......
古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷自称吸血鬼を拾う。トラブルに両足突っ込みがち。
雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。バイトに勤しむ。
葉山さん(Hayama)
▷暫く出番無し。好きな食べ物は洋菓子全般。
小夜(Sayo)
▷自称吸血鬼。喋り方が国語の教科書みたい。
御厩樹(Mimaya Ituki)
▷暫く出番無し。嫌いな食べ物は生魚。
チカ(Chika)
▷暫く出番無し。好きな食べ物は焼肉。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.6 )
- 日時: 2023/03/30 18:07
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
日は沈んで、いつの間にか辺りは暗くなっていた。室内は暑いので、側にある扇風機をつける。ぶうんと低く羽根が回る音がする。小夜に暑くはないか尋ねたが、彼女は首を横に振る。
俺は話の続きを促した。
小夜はゆっくり頷く。
「家族となった者の血をいただく。これが一番重要だった。命まで奪うわけではない。私の喉が渇いた時に血をくれれば、それでよかった。その者が寿命を迎えた時に、また居住地と人を変え、ここまで生きてきた。もはや野生とは遥かに掛け離れているよ。飼育されていると言っても過言ではないだろうね。まだ愛玩動物のように扱われるのならマシだったのだが……、迂闊だった」
「酷い目に合わせたやつがいるのか?」
「そうだね…………」
スカートの裾を掴む手に、力が入ったように見えた。
「私は一人の男と出会い、彼に素性を明かし、毎度のように交渉した。彼はすんなりとそれを受け入れてくれた。初めは何も問題はなかったのだけれど……、少しずつ私への対応が変わってきていた。気づいてはいたんだ。でも指摘は避けていたよ。改めて問いただすとなると勇気が要るからね。気づかないふりをしていた。……本当に迂闊だった。私は、長い年月、人間と生きすぎてしまった。つまり、自分の力が弱まっている事にも気づけなかった」
悔しそうに小夜は唇を噛み締める。
「気高き吸血鬼は、いつのまにか、家畜のような扱いをされだした」
そこからの小夜の話は、俺も吐き気を催すようなものだった。
等価交換であるはずの交渉は決裂し、いつの間にか小夜は自由を奪われ出した。部屋に監禁され、血も与えられず、彼女はどんどん衰弱していった。
男は「吸血鬼である」小夜を手に入れた優越感で歪んでいき、対等であったはずの立場は崩れ、小夜は従う事しかできなかった。
傷が瞬時に治る事をいい事に、男の気分次第で暴力や虐待を受ける。死にたいと嘆いても、日光に当たらなければ死ねない小夜は、ずっと耐えるしかなかったのだという。
「今まで私は、私を迎え入れてくれた者たちから血の提供を受けていた。でも、それでは違うという事に気づいたんだよ。貪り食わなければ、力が弱まっていくみたいでね。その男に抵抗できないと悟った時は絶望した。絶望するしかなかった。私は、吸血鬼でも人間でもない、半端者に成り下がったのだと。……男は、私を愛していると言っていたけれど、私は怖かった。恐ろしかった。逃げ出さなければと思った。
……機嫌の良い時は普通に会話をしてくれるからね。何気なく会話をして、今が夜だと男から聞き出した。私は最後の力を振り絞って、男を押しのけ、部屋から飛び出した。衰弱しているとは言っても、元は吸血鬼だ。不意の隙をつくぐらいは何とかなったんだよ。そこから私は走った。必死で、とにかく走った。途中で野生の動物を見つけては喰らい、なんとかここまで逃げてきた。日が出ている時は、寂れた所で息を潜め、夜になるとひたすら走り、そして遂にその力も無くなったところで、きみと出会ったんだ」
語尾が涙ぐんでいるように聞こえた。実際、この吸血鬼は本当に心から悲しく辛い思いをしたのだろう。俺はその見ず知らずの男に怒りすら覚えた。
「そいつは、今何をしているんだ?小夜を探しているのか?」
「男が今何をしているかはわからないな」
話し終えると小夜の力が抜けているのが見てとれた。スカートの裾はシワになっているが、手は開かれてお行儀良く膝の上に乗っている。
「私を愛していると言ってくれたんだ。多少の執着があると思うがね……。私を探すようなことはしないだろう。彼は、私を見限ったんだ」
「逆だろ。小夜がそいつを見限った。だから逃げてきた」
俺が言い直すと、小夜は目を見開いて不思議そうに首を傾げる。
「……なぜ私の話を聞いてくれるの?疑いは持っているだろうけれど、途中で否定も挟まずここまで聞いてくれたのは、きみが初めてだ」
「ああ、そんなことか。俺は小夜の話を聞いてやるって言っただろう。聞こうと決めたからには、とりあえず最後まで聞かなきゃ悪いだろう」
今度はぽかんと口を開く。
俺は変な事を言っただろうか。
妙な空気が流れる。自分の言葉に小夜の度肝を抜くような意味が含まれていたか振り返ろうとした次の瞬間、小夜がすくっとソファの上に立ち上がった。
「きみ、名前は何というの?」
「古舘夕紀だけど……」
「ゆうきか。気に入ったよ」
それはどうも。と、口を開くが声が出なかった。
ソファの上にいた小夜は、音もなく僕の目の前に着地していたからだ。ふわりと飛んだようにも、宙を歩いたようにも見えた。
今度は俺が驚いて固まってしまう。小夜は俺の手をとり、
「交渉しよう、夕紀。私をきみの傍に置いてほしい」
と言った。
…………交渉というのは、先ほど話に出た、小夜への血の提供のことだろう。あと小夜を家族の一員として迎え入れることだっけか。
「血はあげられるけど、小夜を家族にすることはできないと思う。戸籍をいじるとか絶対に無理だし、この団地には知り合いが多すぎる」
「ああ、そのことだね。それは私もそう思うよ。昔ならともかく、今では住民票だの扶養だのとうるさいものだからね」
「そうだろ?この家だって、あの人がいつ帰ってくるかわかんねぇし」
「心配には及ばないよ夕紀」
そう言って小夜は立ち上がり、スカートの裾を摘んでみせる。
「私は、身を隠す方法ならいくらでも知っているからね。ある時は霧に、またある時には鼠にもなれる」
にやりと子どものように口角を上げる小夜。
もしそれが本当なら、この子は人間ではない、俺たちと違う何かということだ。
「今、鼠になれる?」
俺の質問に、小夜は少しだけ眉間に皺を寄せ、
「なれないことはないけれど、男性の前で小動物になるような物好きではないかな。品格というものを私は大事にしているのだからね」
と、言ったのだった。
〆〆〆.......
古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷小夜に血の提供を行う事にする。やっぱりトラブルメーカー。
雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。
葉山さん(Hayama)
▷暫く出番無し。歌が上手いとかなんとか。
小夜(Sayo)
▷吸血鬼らしい。本物かどうかはまだ疑いぶかい。
御厩樹(Mimaya Ituki)
▷暫く出番無し。コンビニバイトの大学生。
チカ(Chika)
▷木叢団地の住人。腕にトライバルの刺青がある。
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