複雑・ファジー小説

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彼が愛した吸血鬼
日時: 2023/03/11 07:48
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)

◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.7 )
日時: 2023/04/11 09:47
名前: ネイビー (ID: mM51WarG)

03


 説明は以上!とすっきりした表情で締めくくる夕紀に、なんと言っていいのかわからず頭を抱えたまま十秒経った。
 こいつどうしたん?と夕紀が僕の頭をつつくのを振り払い、理解しようとした事柄をいったん放棄して、僕はその場に座り込む。どっと疲れが出てきた。言いたいことをぐっと飲み込み堪えて、最後まで黙って話を聞いた僕を誰か賞賛してほしい。

「カノジョが出来ていた方がマシだった………」
「お前はそれでも怒るだろ」
「怒りはしないだろ。そこ怒っちゃうとますますおかしいから」
「でも俺も心痛かったんだぜー、スタスタ帰るの。小夜は会った時に衰弱していたから、本当は大人の人間ひとり分の血液が必要だったんだけど、そんなことしたら俺は死んじゃうからさ。ちびちび吸血してもらわんとダメだったんよな。だから早く帰ってやらないと」
「…………さいでっか」

 とりあえず、夕紀が早く帰る理由はわかった。理解し難いけれど。
 問題は、この真っ黒女が言っていることが本当なのかどうかだ。

「小夜……でしたっけ」
「ああ。なんだ?」
「吸血鬼っていうのは本当ですか?」

 小夜は半ば呆れ顔で、「本当だとも」と答えた。
 なんで僕が呆れられるんだ。

「信じ難いというのはわかるよ。実際にその手の話が好きな人間にも、正体を明かすと冷ややかな目で見られたことはあるからね。信じなくてもいい」

 どこか突き放したような言い方をされて、少し苛立つ。そりゃこんなに疑い深く訊かれたら不快だろうけれど、夕紀を変なことに巻き込んでおいて、そちらから謙虚に歩み寄ろうという気はないのか。ないか。吸血鬼だもんな、そうか。

「じゃあ小夜が吸血鬼だとするぞ。これからどうするんだよ」
「これから?」
「犬猫じゃあるまいし、一生面倒を見ていくつもりか?」
「なんか結婚するみたいだな」
「夕紀、僕は本当に心配しているんだぞ」

 どうして当の本人がここまでヘラヘラできるのかわからない。本当であれ作り話であれ、この女が言っていることは相当ヤバいことなのに。

「心配は無用だよ」

 静かに小夜が口を開いた。

「夕紀は私を拾っただけだ。私は夕紀に恩情がある。彼が死なない程度に血をいただき、回復したら姿を消すことを約束しよう」

 それに、と小夜は続ける。

「私を蔑ろにした男が、私を探しにこないとも言い切れないからね。長くはここにはいない」





 二日連続、夕紀は先に帰宅した。
 朝はいつも通りやってきて、色々知った後だから何か二人の空気感が変わっているかもと思っていたが、杞憂だった。
 なんてことのない会話をしながら高校に行き、授業を受け、昼休みにだべり、一日が終わる。夕紀はすぐに帰るけれど、理由を知っているので僕は何も言わなかった。
 周りの友だちも、家のことが立て込んでいて、とだけ言えば木叢団地住居者特有の「触れちゃいけないわ」な理由だと勝手に解釈してくれる。まあ実際に触れてはいけない案件なんだけれど。
 金曜日、そして来週半ばからゴールデンウィークということもあり、生徒たちは浮き足立っていた。
 僕はバイトがあるので、このまま直でコンビニに向かう。リュックにノートを入れていると、

「うわ、まただって」

教室で携帯を見ていた葉山さんたちが声を上げた。

「また殺されてんじゃん」
「さっき見つかったって。速報だよ、ソクホー」
「何歳の子なの?」
「5歳だって。うわ、チェリーの家から近いじゃん」

 それを聞いて僕も携帯のネットニュースを見てみる。
 5歳の子どもが殺されて、死体を遺棄されていた。8月から続いている連続殺人事件の、4人目の被害者。
 …………どうしてか、僕の頭の隅に小夜が浮かんだ。
 頭のおかしい人間のやることだろう、こんな、子どもを殺して遺棄だなんて…………。
 悪い情報ばかりが頭を侵食して、眩暈がした。
 とにかく。
 情報を遮断しよう。こういう時はそれに限る。
 携帯をしまって、僕は教室を後にした。
 




〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷まあまあ格好いい。顔は。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。振り回される。

葉山智恵理(Hayama Chieri)
▷ちえり、なので愛称「チェリー」「らんぼ」。

小夜(Sayo)
▷吸血鬼らしい。本物かどうかはまだ疑いぶかい。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷コンビニバイトの大学生。メガネは5個持っている。

チカ(Chika)
▷木叢団地の住人。見た目いかついけど歌下手。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.8 )
日時: 2023/05/14 20:42
名前: ネイビー (ID: Od8c5jU3)



「また殺されたな」

 ニュース速報のことは既に樹さんも知っていたのか、バイトで会うと開口一番話題にしてきた。
 唐揚げを紙コップに詰めていた僕はその手を止め、揚げ物のタイマーをセットする樹さんの方を見る。

「なんか同級生の家の近くだったみたいです」 

 授業終わりにクラスの女子たちが話していた内容を思い出し、伝えてみる。
 言って少し後悔した。話題のネタに出すような事ではないし、言葉にするとすぐ身近に事件が起きた事が露骨すぎて生々しい。
 まじでか、と樹さんは少し目を見開くものの、それ以上は追求してこなかった。

「ちっさい子ばっかり狙うよな〜。なんか公園で遊んでたら殺されてるらしいじゃん」
「らしいですね。本当に怖いですよ」
「こんな地方の田舎で物騒だよな。犯人まだわからんらしいけど……防犯カメラ自体が少ねぇもんな」
「早く犯人が捕まればいいんですけれどね」

 見回りを強化したのか、コンビニに来る前にパトカーを4台見かけたし、フェンス越しから見る小学校のグラウンドには、迎えに来た保護者の車でいっぱいだった。不安気に我が子を乗せ、急いで車を走らせる親たちの姿。誘導している先生たちの緊迫した表情---。
 ああ、やめよう。
 こういう気持ちは早く払拭した方がいい。気持ちが引きずられる前に、何か違う話題をしよう。

「そういえば、夕紀が早く帰る理由がわかりました」

 この話題しか思いつかなかった。
 僕の生活の中には、いつも、いつだって夕紀しかいないものだから。

「おっ、そうなん。やっぱカノジョだった?」
「……まあ、そうですね。カノジョができたみたいです」

 吸血鬼の小夜を拾って、血を提供しています!なんて言っても僕の頭が変だと思われるだろうな。冗談にしても面白くない。今時、吸血鬼だなんて。
 手についた唐揚げの油を洗っていると、ニヤニヤとした樹さんの視線に気づく。なんですかと首を傾げると、より一層口角を上げる。

「雨村ァ、なんかフラれたみたいな顔してるぜ」
「……そのいじりは樹さん以外にも嫌と言うほどされていますよ」
「いじりではないんだけどな。雨村は好きなやつとかいねぇの?青春してねぇの?」
「好きな人かぁ……」

 そういえば、恋愛感情を持ったことがない気がする。というかそもそも、そんなに心をほぐすような近しい存在が、夕紀以外にいたことがない。小学生の時も木叢団地の子と噂を立てられて、周りからどちらかと言えば浮いていたし、距離を取られていた。夕紀が居なかったら、もっと孤立していたかもしれない。
 本当に僕の人生は、今まで夕紀がいてくれたからこそ周りと接触できていたと言っても過言では無い。

「まだできないですねぇ」
「高校始まってすぐだしな。夏休みまでにカノジョ作るやつ多そう〜。俺ん時もそうだったし」
「樹さんは付き合っている人いないんですか?」
「今ぁ?いねえかなぁ。俺は昔付き合っていたやつが忘れられんくて。未練たらたらよ」
「ええーそうなんですか?樹さんサッパリしてそうですけどね。どちらかと言えば遊んでそう」
「それすっげぇ失礼。でもよく言われるわ。遊び人だろーってな。俺は一途よ」
「意外すぎる。メガネでこんなにチャラチャラしてそうな人初めて見ましたもん」
「毒吐きすぎだろ。あ、客来たわ」

 間抜けな入店音が鳴って、樹さんの視線が自動ドアに注がれる。
 僕が行きますと手で制し、レジに行く。

「あ、チカ」

 客は友達のチカだった。
 木叢団地のC棟に住む一つ年上のチカは、小学校で知り合った。それまで木叢団地にチカが住んでいたことは知らなくて、小学校の上級生交流の時にチカの存在を知った。木叢団地出身者はそんなに多くないから、学年は違うけれど、よく夕紀と3人で遊んだものだ。
 チカが不登校になりだしたのは、5年生の時。
 他校の中学生やらと付き合い出して、夜遊びが増え、学校に行くのが面倒くさくなったらしい。日に日に見た目も派手になっていくチカだったけれど、根本的なところは変わっておらず、今でも僕や夕紀とは交流がある。
 父親の知り合いのツテか何かで、今は鳶職の現場で働いているので、夕方から夜には目的も無く集まって僕たちとダベる事が多い。

「お疲れ様。仕事終わったのか?」
「おつー。終わり終わり。めっちゃ疲れたわ」

 本当にさっき仕事を終えたのだろう、ニッカポッカの裾に乾いていない土の粉がついている。肩までの茶髪は一つに結んでいたのか、癖がついている。
 チカは菓子パンとコーラを選んで、レジに持ってきた。そして少し申し訳なさそうに、「1箱」と人差し指を立てる。
 チカの好きな銘柄を選んで、レジに通す。しれーっと。

「夕紀に最近会ってねえけど……あ、いや1週間ちょい前に会ったか。会ったわ」
「僕たち毎日顔合わせていたから、少し日が空くと久しぶりな感じするよな」
「そうなんだよ。あいつシズがバイトしてる時、ひとりで何してんの?暇してそうだけど」

 チカとダベった後に吸血鬼を拾って、そのお世話に勤しんでいます。
 ……とは言えない。夕紀もチカに話していないだろうし。

「夕紀もバイト探してるんじゃないかな。どれが自分に合うと思うか聞かれたし」
「あいつ割となんでもできるだろ」
「まあそうだけど。やっぱり時給が安いじゃん。普通のバイトは。980円でーす」
「あ、あーね」

 色々と察しがついたのか、チカはそれ以上何も言わずに財布を出した。
 木叢団地に住んでいるのは、色々と訳ありの人たちが多い。障がいや貧困に苦しむ者、前科者、生活保護を頼りに生きている者。日陰での生き方しか知らないような人たちが、お互い干渉を避けながら集い生活している。
 夕紀の母親も、生きるのが下手で、特にお金の使い方が極端すぎる人だ。お酒が好きというよりは、この世の苦しみを忘れるために酔うという感じ。夕紀の学費はほとんど、少し離れた所に住む叔父さんが工面してくれたらしく、律儀に彼に金を返そうとしているのだ。
 ちなみに中学の時は、僕と夕紀だけ修学旅行に行けなかった。お金がなさすぎて。

「今から夕紀んち寄ってみようかな」
「ふぇっ!?」

 思ったより大きい声が出てしまった。
 チカも驚いたのか、「なんだよ」と不思議そうに訊ねてくる。
 今、夕紀の家を尋ねたら、絶対に吸血行為をしている気がする。チカにならサラーッと「吸血鬼拾った」というパワーワードを話してしまうのかもしれないが、僕と違ってチカはちゃんとしているから、黙って終わる気がしない。いや僕も黙って終わるつもりはないんだけれど。今すぐにでも目を覚ませと夕紀に張り手を喰らわせたいんだけれど!




〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷家で小夜を保護中。母子家庭。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。ショートスリーパー。

葉山智恵理(Hayama Chieri)
▷シズ・夕紀のクラスメイト。

小夜(Sayo)
▷吸血鬼らしい。夕紀の家に居候中。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷コンビニバイトの大学生。酒は飲めない。

チカ(Chika)
▷木叢団地の住人。コーラ命。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.9 )
日時: 2023/05/27 21:21
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)



 夕紀の家に行こうかという思いつきをどうやって濁そうかと思考を張り巡らせること2秒。とりあえず結論だけ先に伝えてみる。

「夕紀んち今行かない方がいいと思う」
「………なんで?」

 当然だけど疑問系で返してきた。
 もう後はどうにでもなれ、と僕は己の弁に賭けることにした。

「最近気になる子ができたらしくってさ、その子といい感じで、今日も学校終わってから家に来てもらってるみたいなんだよ」
「へえ、あいつ女ができたとか生意気。シズがいるのになー」
「いやいや僕関係ないし、みんな僕のことなんだと思ってんの。どんだけ僕と夕紀疑われてんの」
「もう一心同体レベルでずっと一緒じゃんお前ら」
「そうかもしれんけど、別に何もないし、あってたまるか」
「高校でも疑われてんの?」
「まあそれなりにね。いい迷惑ですけど」
「ちょっとは嬉しいんだろ?」
「ぎゃくにどれだけ僕らをくっつけたいんだよ」

 チカは軽く笑うとやっと立ち去る気になってくれたのか、自動ドアの方に目線をやった。

「お前ら、爺さんになってもずっと一緒なイメージあるわ」

 そう言って、ひらひらと手を振り、

「女がいるならやめとくわ。シズもカノジョ作れよなー」

とコンビニから出ていった。
 お爺さんになっても一緒。
 そこまでいくとどうなんだろう、と自分の中でも疑問が生じるけれど、実際に夕紀がいない生活を送ったことがないので、もしかしたら心に穴が空いたような消失感を覚えるのかもしれない。
 それに夕紀は今、ややこしい吸血鬼の女の子と同居している。彼女がもし本当に永遠の時を生きるのなら、夕紀の人生にずっと付いてくるのかもしれない。そんな未来を想像したら眩暈がしてきた。

「イカついけど、あの子も友達なんだっけ?」

 奥で樹さんが声をかけてくる。

「そうですね。同じ団地です。棟は違うけど……」
「俺のこと覚えてるのか、この前ここに来た時に会釈してくれたわ。人は見かけによらないってことだな」
「チカはいいやつですよ。誤解されるけれど」
「なんて名前なのあの子」
「砂越親仁」
「サゴシチカヒト……で、チカなんか」
「可愛いでしょう」
「可愛いな」

 その時近くをパトカーが通った。耳奥にこびりつくサイレンの音。左から右へ抜けていく音は、いやに胸をざわつかせる。見回り、犯人に対する牽制なのだろうけど。

「物騒だな」

 眼鏡の奥の樹さんの目が険しくなる。
 今やこの街は、不安と緊張の入り混じった、破裂寸前の風船だ。皆んなが犯人を警戒しながら生活している。
 こういう雰囲気が心底苦手だ。
 犯人が誰なのかは知らないけれど、皆んなの頭の中には、ある程度の犯人像が生み出されている。僕だけだろうか。その犯人像が、木叢団地の住人に当てはめられていると疑ってしまうのは。
 小さい頃から「あそこの人は」と陰口を囁かれていたせいか、そこがコンプレックスになっている。夕紀とは違って、僕は周りの声に敏感だった。同級生の給食費がなくなったときも、「貧困家庭だからあいつじゃないか」と言われた。後でその子が家に置き忘れていたのを、学校でなくなったと勘違いしていたと担任が話した時の、あの生ぬるい気休めの雰囲気---。
 左目の奥が少し痙攣してきた。考えすぎると時々痙攣するのだが、他の人も同じ現象が起こるのかはわからない。
 強く左手を擦っていると、樹さんが心配したので、適当に「ゴミが入りました」と答える。
 未成年なので21時にバイトを終えて、僕は先にコンビニから出た。樹さんは、一応高校生も気をつけろよと念を押してくれた。
 
 
 その日の夜のニュースで、この地域で起こる連続幼児殺人事件のことがまた取り上げられていた。
 発見現場は少し離れた公園のトイレ。
 防犯カメラも少ないこの地域では、周囲の目撃情報が無ければ現場や遺体に残された手がかりから犯人を追うしかないらしい。
 テレビを消して布団に転がり、目を閉じた。
 まだ寝る時間ではないので、また思考するしかなくなる。
 ……吸血鬼の小夜は、夕紀を死なせないように少量の血を飲んでいた。夕紀が高校に来ている間、彼女は何をしているんだろう。
 日が昇っているから、部屋に閉じこもっている?
 何か日光を遮断できるものがあれば、外に出られるのか?
 空腹の吸血鬼が、外に出てすることなんて………。

「死体に噛み跡は無い」

 そんな痕跡があれば公表されて、ニュースで言われているはずだ。
 だからきっと、小夜はこの事件とは無関係だろう。

「……ほんとうに?」

 自問自答。
 答えを持ち合わせていないので、その問いかけは宙ぶらりんになる。
 もし、子どもを殺しているのが小夜なら、夕紀が犯罪に巻き込まれている。
 そもそも、本当に小夜が吸血鬼であるのかすら、証明ができないのだ。
 彼女が自称吸血鬼で、頭がおかしくて、そのうえ殺人鬼だったら………。



〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷実は顔はそこそこ格好いい。

雨村(Amemura)
▷愛称シズ。主人公。考えるの大好きマン。

葉山智恵理(Hayama Chieri)
▷なかなか出番がない人。

小夜(Sayo)
▷吸血鬼?連続殺人犯?

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷人の顔を覚えるのは得意らしい。

砂越親仁(Sagoshi Chikahito)
▷木叢団地の住人。愛称チカ。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.10 )
日時: 2023/06/11 16:49
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


04


 深夜0時。
 僕は夕紀の住む302号室の呼び鈴を鳴らしていた。
 コンビニバイトの後、自宅でここ最近の殺人事件のニュースを見てから、妙に胸がざわついている。ここ最近で自分の周りで意味不明なことが起きているからかもしれない。いつも眠れないときは夕紀に連絡していたので、今回も起きているかとメールを送ってみると秒で「どうした?」と返信が来た。
 夕紀の母親は、夕紀が高校に行っているときに、ふらっと帰ってくるような人なので、この時間帯は確実に居ない。だから夕紀が迷惑じゃなければ訪問したって構わないし、今までも僕はそうしてきた。
 吸血鬼がいても、同じ対応をしてくれたことに少し安堵しながら、僕は冷たいアスファルトの階段を登って302号室へ向かう。
 呼び鈴を鳴らして少しして、扉が開いた。

「久々じゃん。こんな時間にメールくれるの」

 中から夕紀が出てくる。
 就寝前だったのか、歯を磨いていた。
 まあ入りなよ、と扉を片手で押さえてくれる。小声で「お邪魔しまーす」と言い、リビングに行く。
 当然だとは思いたくはないけれど、普通に小夜はそこにいた。
 ソファの上で体育座りし、顔だけこちらに向けて僕を視認する。この吸血鬼に挨拶をするのもなんだか癪だけど、しないのも感じが悪いのかと思い、軽くお辞儀した。向こうもお辞儀する。気まずい。
 洗面所で口を濯いだ夕紀がのっそりリビングに戻ってくる。

「どうしたよ。眠れなかったか」
「色々と考え事が尽きなくて」
「シズっていつでもどこでも考えてるよなぁ。考えるの好きなんか?」
「いや、好きってわけじゃないよ。割と普通な感じで考えてる方だと思うけど」
「なに普通な感じって。そんなに考えてたら頭ハゲるぞ?」
「ぎゃくに夕紀は楽観視しすぎだよ……」
「どうにでもなることにクヨクヨしたって、肩が凝るだけだろ」

 夕紀のこういう部分に救われる時もあれば、最大限の悩みの種に変わりうる時もある。今は後者だ。

「で?何を考えて眠れなくなったわけ?」
「……本人を目の前にして言い出すのもアレなんだけど」
「小夜のことか?」

 僕は頷く。
 小夜はチラッとこちらを見て、さほども興味が無いのか、視線を自分の足元に戻した。

「私の存在に疑問を持つ者は多いからね。きみが考えを巡らせるのも至極当然のことだと思うよ。席を外そうか?」

 席を外すと言っても、小夜は色々な物に擬態できるそうだから、盗み聞きをされるかもしれない。それに今、はっきりさせておいた方が良い。

「いや………ここにいて。そして、僕の質問に答えてほしい。正直に」
「かまわないよ。私の答えられる範囲でならね」

 僕は小夜に携帯を見せた。画面はネットニュース、連続幼児殺人事件のことが載ってある。
 眉間に皺を寄せながらニュースを目で追い、僕の真意が分からないのか怪訝そうにしている。

「これ、小夜がやったんじゃないよな」
「…………私が?」
「夕紀の血を飲んではいるけれど、夕紀が死なない程度に加減してるだろ。そんな吸血量じゃ飢えは誤魔化せても、完全には癒せないはずだ」
「なるほど。私が飢えに負けて気が狂い、幼子を襲っている………そうシズは思っているのか」
「夕紀が学校に行っている間、小夜は野放しだからね」

 なるほど、なるほど……と呟きながら小夜は立ち上がる。そして僕の、携帯を持っている方の手首を掴んだ。「えっ、」いきなり、視界が逆さまになった。床に背中を打ちつけたせいで、「うぐっ」と潰れた声が出る。華奢な小夜が、片手で僕の体を捻り飛ばしたと気づく。
 なにをするんだよっ、と声を荒げようとする前に、夕紀が間に割って入る。

「待て待て待て!何時だと思ってんだ、ここ床も壁も薄いんだぞ!?住居人が直接来たらマジで最悪なんだからな!?通報される方がまだマシだわ!」
「夕紀の声が……デカい……」
「シズ大丈夫かっ?小夜も手を離せって!」

 夕紀に言われると素直にそれに従う。冷たい血の通っていない手は離れた。
 立ち上がろうとしても尾骶骨が痛くてしばらくは無理だ。その場に座り、ジロリと小夜を睨みつけると、相手もこちらを見ていた。

「な、なんかお前らバチバチじゃん……」
「バチバチにもなるだろう。何を言い出すかと思えば、そんな下卑た事を私がしただなんて馬鹿馬鹿しい。誇り高い種の王にひれ伏せよ、小僧」

 圧倒的な何かがこの部屋を圧迫している。それが小夜の---吸血鬼の放つオーラだと言うのならばそうなのだろう。一気に全身が重くなり、息が詰まる感覚がする。見えないものに押しつぶされているような……、

「やめろ小夜!」

 夕紀が声を荒げる。
 その瞬間、圧迫感は消え去った。
 夕紀は守るように僕の前に立つ。

「シズのことは気に入らないかもしれんけど、怪我させるのはやめろよ」
「きみは本当にこの子のことになると、焦りを見せるね。私のことも拾って住まわせているあたり、懐が深いのかな」
「別にわざわざ喧嘩することはないだろ。シズも殺人事件の犯人ですかーなんて安易に人に聞くなよ」

 

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.11 )
日時: 2023/06/14 08:34
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


 人じゃなくて『吸血鬼』だけれどね、という減らず口は伏せておいた。夕紀はトラブルはともかく争いを好まない性格だし、ここで僕が目の前で涼しげな顔をしている吸血鬼に突っかかったところで、また返り討ちにされるだけだ。
 確かに人間離れした力だった。クイっと手首を捻られるだけで僕は床に倒れたし、鋭く睨みを効かせれば圧迫感で胸が詰まった。普通の女の子ができるようなことじゃない。

「シズは私が獰猛な、理性のない獣に見えるのかい」

 小夜の問いに、僕は首を横に振った。慎重に。

「私は長い時間を人間と共に生きてきた。共存という道を選び、自ら交渉を申し出て、それに了承した者の血しか食さない。それらを反する事をタブーとしている。いいかい?私は獣でもない、理性も知性もある吸血鬼だ。……あまり落胆させるような事は言わないでほしいものだね」

 小夜の言うことが全て本当なのだとしたら、確かに僕の言ったことは失礼に値するだろう。
 彼女は以前交渉に応じた者から虐待を受けていたにも関わらず、人間と共存する道を今もなお選んでくれているのだから。
 それに夕紀の言う通り、いきなり殺人者ですか?なんて疑いをかけられたら、人間であれ吸血鬼であれ、いい気はしないだろう。

「………変な事を聞いてすみませんでした」
「んじゃ、これで仲直りっつーことで!」

 夕紀が間を取り持つように明るく声を上げる。

「でも実際に物騒になったよなぁ。犯人が早く捕まればいいのにさ。小夜って血の匂いとか嗅ぎ分けられないのか?」
「夕紀の血なら流れればすぐに分かるだろうが、他の人間の血は分からない。特定できないと言った方が正しいかな」
「へぇー!じゃあ俺が怪我したら小夜は分かるんだな」
「そうだね。そしてきみを守ろうとするだろう。私と交渉する人間はなかなか貴重だから」

 小夜は次に僕を見て、

「夕紀が学校に行っている間、つまり日が昇っている間は、私は影に潜んでいる。力を蓄えることがひとつ、そしてもうひとつはとてもシンプル、日のあるうちは、私は外に出られない」

と言った。
 ……そうか。吸血鬼だったら日光が天敵だ。それに血を吸いたいだけなら、わざわざ幼児の遺体をあんな風に弄ぶ理由がない。

「私がこの街に現れた前後で、そのような殺人事件が起きていては疑う気も分かるがね。シズはそれよりも、厄介ごとに夕紀を巻き込むことに怒っているようだけれど違うだろうか」
「……まあ、どちらかと言うとそっちの方に怒ってるかな」

 いきなり図星を突かれて、喉奥がゴクリと鳴った。

「えぇー?お前、俺のこと心配してくれてんの?」
「そりゃあするだろう……。いきなり吸血鬼なんか拾ってきて、血を吸われてて、訳わからんけど同居まで許して……。お前の人生が変わったんだぞ」

 下手をすれば夕紀が老衰で死ぬまで、ずっと傍に小夜がいるかもしれない。そういうところまで考えて交渉に応じたのか?と胸ぐらを掴みたい勢いだ。

「きみたちは兄弟でもないのに、えらくお互いがお互いを必要としているんだね」

 小夜が関心したように言う。

「説明したろ。俺もシズも、生まれた時からこの団地で、託児所が一緒だったんだよ。1歳ぐらいから一緒だから、物心ついた頃には当たり前みたいにシズがいたんだ」
「なるほど。人間は時々、血とは関係のないところで、絆の部分で繋がり合うというね。しかし私が見たところ、夕紀よりシズの方がその絆にどっぷり浸かっているようだ」

 僕の方が、どっぷりと。
 言い返せなかったのは、僕もそれを感じていたからだ。
 内向的な僕とは違って、明るい夕紀はいつも周りに人がいた。『木叢団地の住人』と、みんなが僕たちを避けていたけれど、夕紀はそれを全然気にしていなかった。
 夕紀が居なければ僕はもっと塞がったままで、誰とも関わろうとしなかっだろう。

「きみは私が夕紀の人生に絡んだことが、面白くないのだろうね」

 夕紀が心配そうに僕を見た。
 僕は何か言いたかったけれど、何も言わなくても小夜には全て見透かされている気がして、口を固く閉じた。

「シズ、ちょっと出ようぜ」
「えっ」

 夕紀が玄関のほうに行くので、反射的に僕も後をついていく。

「小夜、あの人今日も帰ってこないと思うから。お留守番よろしくなー」

 同居人の吸血鬼にそう言い残し、夕紀は僕を闇の中に連れ出した。


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