複雑・ファジー小説

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彼が愛した吸血鬼
日時: 2023/03/11 07:48
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)

◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.1 )
日時: 2023/03/12 22:29
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)

01


 以前からおかしいと思っていた幼馴染が、今日、いつもよりあからさまにおかしい。無視できないほどに。よそよそしいにも程がある。今までは微かな違和感を持つものの、一言えば百返ってくるようなこの幼馴染に言及するのも面倒臭いので、気づいていないフリをしていた。
 幼馴染というのは、高校で同じクラスの古舘夕紀のことだ。僕と同じ市営団地「木叢団地」に住んでいる。
 F棟まである古村団地の敷地はかなり広く、東側のAから西側のFに行くのなら、分厚い建物4つを跨ぐことになるので、徒歩で7分ほどかかる。CとDの間がかなり空いており、そのスペースに小さい公園や、憩いの場所のつもりなのか自販機と喫煙所、何個かベンチも設営されてある。しかし実際は、団地に住む怖いおじさんが夜に酔っ払ってゲロを吐き散らしていたり、喧嘩していたり、夜の仕事をしている女の人が怪しげな男と煙草をふかしていたり、金髪の若者たちが群がったりと、そこそこの治安の悪さの象徴となっている。
 僕も夕紀も、その木叢団地のA棟の住人だ。僕が201、夕紀が302。託児所から一緒だった僕たちは兄弟同様に育った。
 これだけ長く一緒にいるのだから、お互いのクセや特徴なんかも知り尽くしているし、周りには秘めておきたい内緒事も「こいつなら」と話せた。
 
 だからこそ、僕は聞けないのだ。
 明らかに様子がおかしい夕紀に、「なにかあった?」と尋ねるような野暮なことはしない。夕紀だって、あそこまで態度に出ているのだから、僕が訝しんでいることなんか承知の上だろう。なのに何も言ってこない。そこが厄介なのだ。
 夕紀とは長く一緒にいるけれど、べつに気やノリが合うわけじゃない。僕は割と周りのことはどうでもいいタイプだし、あまり干渉しない。対して夕紀は「どうやったらそんなことになる???」と頭を抱えるほどトラブルメーカーなので、何かあればすぐに「シズにも共有してやるよ」と要らんことを吹き込んでくる。目を爛々とさせながら。
 そんな夕紀が何も言ってこないことが本当に気持ち悪いのだが、彼から申し出てこないということは「隠しておきたい」ということであり、更に僕が訝しんでいることを承知で触れてこないということは「聞き出さないでほしい」ということなのである。
 普通に話はするものの、暗黙の了解、見えない壁がずううぅぅん…っと立ちはだかっている……というのは大袈裟だが、そんな緊張感もうっすら感じつつある。
 そして夕紀は今日も授業が終わると、一人で先に帰って行った。


 市立四葉根高校に入学して、まだ1ヶ月も経っていないけれど、僕も夕紀も学校に馴染んではいる。
 夕紀というポジティブな塊のようなのが仲間だったから、あまり気にしないでこられたけれど、要は家が貧乏、裕福では決してないので、小学校の頃から苦労はしてきたのだ。
 中学年の頃には「あそこの家は」なんて言われて、子どもたちの中では暗黙の了解になっていた。そもそも木叢団地があまり良いイメージを持たれていないので、そう思われてもしょうがないのだが、僕も夕紀も普通に育てられてきたのである。少し家庭の背景は淀んでいるかもしれないけれど、べつに僕たちは真っ当なふうに育ったし、物事の良し悪しも分かっているつもりだ。
 少し周りと壁を感じてはいたけれど、夕紀はけろっとして「俺んちが無理そーなら、お前んところ行っていい?シズも一緒にさぁ」と話しかけていた。お気楽で能天気で話が面白いので、徐々に周囲の薄い偏見は無くなっていった。
 そこそこの学力もあったので、二人とも無事に今年の春、四葉根に入学できた。クラスも奇跡的に同じクラスになり、毎朝自転車を漕ぎながら通っている。同級生で何人か話す友達もできた。入りたいと思ったこともないし、金銭的な余裕もないので部活動には入部せず、バイト民と化している。
 夕紀とは高校も一緒に帰ろうぜ!なんて口約束はしておらず、小学生の頃からのルールみたいなものでクラスが離れてもお互いを待って帰っていた。だから、入学して「行こうぜー」もなく、自然と二人で自転車を漕いで帰っていたのだが。

「んでー、今日も幼馴染くんは先に帰ったってわけか」

 バイト先のコンビニに僕より少し先に入ったという樹さんが、哀れげな目で僕を見る。
 コンビニは木叢団地の近くにあり、嘘の日に誕生日を迎えた僕はそこで早々にアルバイトを始めた。
 大学生だという樹さんとは月火金の夕方にシフトが微妙に被っていて、話しやすい人なので二人でいるとダラダラ話してしまう。

「古舘クンって前にここで大量のメロンパン買っていった子だよな?あのー、ちょっと俳優にいそうなイケメン」
「そうですよ。あいつ、友達との罰ゲームで1週間朝飯がメロンパンだったんです」

 樹さんは「御厩」と書かれた自分のネームプレートを指で拭きながら、はっと声をあげて笑う。

「なんだそれ……。高校生って感じ」
「どうせ買うなら売り上げ貢献してやるよーって、ここで買ってくれたんですよ。焼きそばパンも食べてぇって喚いていました」
「へぇ……。で、その古舘クンがここしばらく先に帰っていると」
「そうなんですよね」

 客が来たので、いったん話をやめて僕はレジに行く。
 気だるそうな男の人が「赤マル」と低い声で言うので、後ろの煙草の棚に視線を走らせる。赤と白のマルボロを見つけ「ボックスですか?」と聞く。男が頷いたのを確認してから、38番を取った。
 会計を済ませた男が出ていくのを確認してから、

「女じゃねぇの?」

樹さんの声が右側から聞こえる。

「え……今の人、どっからどう見ても男でしょう」
「ちっげえわ。その古舘クンのことだよ」

あぁ、そっちか。

「デートとかの約束があるとかさ」
「うーーーん……。いやそれも少しは考えたんですけれどね……」

 それなら僕に言ってきそうなものだ。惚れやすい性格なので、今まで7回「好きな人ができた」と恥ずかしげもなく真っ直ぐな目で僕に告げてきた。恋愛ってものに疎い僕はなんて返事をして良いか分からず、「ガンバレ」としか言えなかったけれど。けっきょく皆んなから「顔はいいのになんか残念だから」という不名誉な理由で断られてばかりだった。

「なんか怒らせたとかは?」
「それに関してはありえないですね。怒ったのなら論詰めしてくるやつですから」
「そうかー。なら、殺人やってるとか?」

 殺人。
 去年の8月からここらの街で、殺人事件が3件あった。
 被害者の共通点は幼い子ども。どの子も絞殺され死体は遺棄されている。そして右耳を削ぎ落とされているらしいのだ。
 先月、3人目の被害者が出てから、いよいよ物騒だということになり、街の小学校は春からまた集団登下校を再開させた。犯人はまだ見つかっていない。

「不謹慎ですよー」
「悪ぃ悪ぃ」

 客が来た。今度は金髪の女だった。缶ビールを数本持ってレジにやってくる。長い爪は真っ赤に塗られていて、てらてらと光っている。女はレジ袋は頼まず、両手で缶ビールを抱き抱えて外へ出た。

「もう突撃しなよ。隠し事は無しだぞーっつって」

 女が出るのを待ってから樹さんが再度口を開く。
 僕もそれが一番良い、というか早く解決すると思ってはいるのだが。

「ううーん。いや、でも僕からはなかなか聞き出せないというか、改めて問いただすのが苦手というか」
「…………なんかカノジョみたいだぜ、雨村」
「まあ面倒臭いっていう自覚はあります」
「さらっと聞いちゃえばいいべ。あ、おい。もう時間」

 時計を見る。時刻は午後9時を回っている。
 ここから僕は帰るけれど、樹さんは0時まで勤務だ。
 樹さんに挨拶をして、バイトの制服を脱ぐ。外に出ると生暖かい風が吹いていて、散った桜の花が絨毯のように駐車場を敷き詰めている。これ早朝シフトの人掃除大変だろうな。
 自転車を漕いで、木叢団地まで4分。
 狙われているのは幼い子どもだから、僕は大丈夫だろうけれど、家に帰るまではブレーキをかけなかった。



〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷最近様子がおかしいらしい。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。夕紀にモヤモヤ中。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷シズと同じコンビニでバイトしている。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.2 )
日時: 2023/03/16 09:35
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)


 翌日、いつものように団地の駐輪場に行くと、夕紀が僕を待っていた。これも別に約束をしたわけではなく、小学校から自然と身についたことだ。よそよそしい態度が続いているので,内心僕はいつ「先行ってて」と言われるか身構えているのだが、当の本人はけろっとしている。

「……ああ?」

 しかし。
 だが、しかし。
 僕は見逃さなかった。
 夕紀の首に絆創膏が貼られているのを。僕が目を凝らしているのを夕紀は怪訝そうに見ている。なんでお前が不可解そうなんだ。

「なんかすっげぇ顔してるけど」
「いや……いやいや。あのさ、カノジョできた?」
「できてねえけど。なんでそう思ったん」
「いや首ぃ!!なんか意味深な絆創膏!!」

 ビシッと指差し問い詰めると、夕紀は「ああこれ」と手のひらで抑えて、

「…………蚊に食われた」

視線を漂わせながら早口でそう言った。

「いや嘘……っ、嘘だろ!」
「シズうるせえよ。朝からギャンギャンと。どうしたんお前。生理前?」
「黙れ。もう最近の夕紀がおかしすぎて僕は頭が痛くなる!」
「最近あったかくなってきたからなー。気圧とか花粉とかで体調よろしくないだろ。頭痛薬飲めや、早い方がいい」
「カノジョできた?」
「だからできてないし、なんでそう思ったん」
「首にキスマークつけてっからだよ」
「蚊に食われたんだって」

 ちゅんちゅんと上でスズメの鳴き声がする。拉致があかないので一旦夕紀の言葉を受け入れようとする。蚊。蚊ねぇ。気温が上がって確かに飛んではいるけれども。首筋に絆創膏を貼っておいて、それが蚊に食われたっていう言い訳で済まされると思うのか。そんなお決まりなベタなことがあるのか?納得がいかないので、自転車を漕いで四葉根に着くまでに問いただしてやろうと思ったのだが。

「お前さ〜、だから俺とお前が、なんか付き合ってるんじゃないかとか変な噂が流れるんだぜ?もう勘弁してくれよ、カノジョできなくなっちゃうじゃん」
「じゃあ聞くけど最近なんで一人で帰ってんの」
「俺にも色々と事情がありまして〜。あ、お前が嫌になったとかいうのは無いから安心しろよ。ヤキモチ妬いてるならお門違いってやつ」
「そういう発言してっから疑われるんだよ。僕のせいじゃない」
「正直、俺も面白がってそっち系の話をすることはある!」
「そんな堂々と言われましても…」
「てか坂道辛すぎな。朝から体力削るのやめて欲しいわー」
「今日って体育あったっけ?」
「時間割、俺もあんまり覚えてねぇんだよなー。昼休みの後にぶっ込まれてた気がせんでもない……。なんで飯食った後にハッスルしなきゃならんのかねぇ」

 と、こんな感じで終わった。
 教室に着いて何人か夕紀の絆創膏に気付き「お前キスマだべや〜!」と軽く騒いだけれど、「ああ、これ蚊だから。夜中に掻きむしりすぎて血が出てるだけだから」と真顔で返す夕紀にそれ以上騒ぎ立てる奴もいなかった。





 帰りのホームルームの後、後ろを見たけれど、もうそこに夕紀の姿はなかった。
 早すぎる。いつ教室を出たのかもわからない。
 そんなに慌てて帰るような何かがあるのか。今朝みたいに踏み込んで聞いてもはぐらかされるだけだろうし、なんだか考えるのも面倒くさくなってきた。
 じっとりと夕紀の席を睨んでいると、その隣の葉山さんが僕の視線に気づき、ギョッとした表情でこちらを見ている。僕は目を逸らしたけれど、葉山さんが「古舘、なんか最近すぐに帰るんよ」と声をかけてきた。
 葉山さんは女子の中では、トゲトゲもしていないし、すごく派手ということもないので、比較的話しやすい方だ。大人しいというより、落ち着いている。

「いつも雨村と帰ってるから、喧嘩したのかと思ったわ。でも普通に話してるじゃんね?」

 言いながら、僕の前に立つ。果物のような香りが鼻腔をくすぐった。葉山さんだとすぐにわかる香り。
 眠そうな目が座っている僕を見下ろす。

「喧嘩はしてない。でも、何か隠し事をされているみたい」
「雨村に言えないってよっぽどじゃん。なんだろー。年上のお姉さんと遊んでるんかな」
「年上のお姉さん……」

 首筋の絆創膏はもしかしてそれか?夕紀はイケメンと周りから言われているし、顔には定評がある。年下好きの危ない女の人に、お金と引き換えに売春じみたことをされているのだとしたら……。
 想像を駆け巡らせていると、葉山さんがひらひらと手を振る。

「おーい。もしもーし。顔がすっごく怖いぞー」
「夕紀が変なことに巻き込まれていたらどうしよう…」
「……ねえ、古舘と雨村ってデキてんの?」
「違います」
「あ、違うのね。男同士の割にすっごく仲が良いから、あららもしかして……と思ってた」
「純粋に心配してるんだ。あいつはトラブルメーカーというか、いつも何かしらのプチ事件を無意識に引き起こすから」
「コ◯ンくんみたいな感じ?」
「まあ……殺人とかはないけどさ」

 そういえば一連の殺人事件の犯人は、まだ捕まっていないな。葉山さんも同じことを考えたのか、「物騒だよね。最近」と呟いた。
 独り言のようだったので、僕はそれには何も返事をせずにいた。
 突然「あ!」と葉山さんが大きい声を出したので、肩がビクッと震える。

「ビックリした。なんだよ」
「古舘が急いで帰る理由、思いついた」
「なに?」
「ペット!ペット飼い始めたんじゃない?」

 めいあーん!と、葉山さんは一人嬉しそうだ。
 ペットか。確かに犬猫や何か動物を飼育しているのなら、気になって早く帰ろうとも思うかもしれない。

「でも僕らの住む団地は、ペット禁止なんだよ」
「だから雨村にも言えないんじゃない?」
「あー……そういうこと?野良猫とか拾ってきたのか?」

 もしそうなら僕に真っ先に言いそうなものだけれど。でも今までで一番理由としてはしっくりくる。あの首の絆創膏は引っ掻かれた痕を隠しているのかもしれない。
 理由がペットだと思うと、なんだかするすると納得できた。

「葉山さん、僕今から夕紀んち行ってみるわ」
「おおー。謎を解明しに行くんだ」
「そう。なんだかペットな気がしてきた。野良猫を可愛がる夕紀なんて想像ができすぎる」
「ウケる。もし解ったら答え教えてね」

 葉山さんと教室で別れ、僕は自転車を漕いで木叢団地まで急いだ。
 バイトまではまだ時間がある。今日は樹さんとシフトが被っていない日だ。夕紀が先に帰った理由が解ったら、すぐにでも樹さんに報告したかったけれど、それはまた今度になりそうだ。
 木叢団地のA棟の駐輪場に自転車を停めて、鍵をかける。夕紀の自転車はちゃんとある。やっぱり先に帰っているのだ。たんたんたんと冷たいアスファルトの階段を登っていく。302号室の表札はボロボロで「古舘」の文字が全く読めない。
 インターホンを押すと、寂れた音が聞こえる。何回か押しても反応がないので、夕紀の携帯を鳴らしてみた。ちゃんと中から着信音が聞こえている。居留守を使うとはどういうことだ。強行突破してやる。
 ポストに手を入れて中の左上を探る。
 昔から鍵っ子だった夕紀は、こうして合鍵をポストの内側にセロテープで貼って隠している。親がいなくても自分で家に入れるように。
 その通り、鍵はあった。粘着力が弱くなってプラプラしている。剥がすのは容易だった。
 鍵を開けて中に入る。
 これは不法侵入になるのかもしれない。でも夕紀の家だから僕の家みたいなものだし、何より隠し事をしている夕紀が悪いし……。
 言い訳ばかり考えながら奥に進む。
 廊下の突き当たりの扉を開ける。
 そこには変わらない夕紀の家のリビングがあって、

「…………え?」

見知らぬ女と、その女に抱きついている夕紀がいた。



〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷見知らぬ女と抱きついていた!!!

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。なんか色々と面倒くさい。

葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。眠そうな目の女子。

謎の女(Nazo)
▷夕紀と抱きついていた。誰???

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷今回は出番無し。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.3 )
日時: 2023/03/18 08:02
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)


 幼馴染が綺麗な女と自宅で抱きついている時、どうリアクションをとったらいいのだろう。
 今回は不法侵入した僕が悪いんだろうけれど、まさか居留守を使って女といちゃついているなんて思わないし。いや居留守の時点で薄々、ペットがいるから早く帰っている説は無いんじゃないかなーとは感じ取ったけれど。
 時が止まるというか、心臓の音だけがバクバク鳴っていて五月蝿い。変な汗もかいてきた。早く立ち去れば良いんだけれど、どうしよう。がっつり女と目が合っている。
 女は、腰まで伸びた鴉の羽根のような、濃い黒髪を持っていた。喪服のような黒いワンピースを着ている。全身が真っ黒だ。僕たちと同い年ぐらいに見えるけれど、纏っている雰囲気が異様でずっと年上にも見える。
 女は一瞬驚いた顔をしたけれど、舐めるように僕を見て、「ただの貧血だから」と言った。

 ただの貧血だから。

 その言葉の意味がわからず放心していると、女は胸に抱いていた夕紀をそっとソファに寝かせる。
 貧血?と視線を落とすと、顔色の悪い夕紀が横たわっていた。その首筋が血で汚れていて、「あ。首の絆創膏は噛まれた痕を隠すためなのか」と冷静に理解している自分がいることに気づく。人は非日常に出くわすと頭が冴えるらしい。

「騒がないでほしい。これは合意だからね」

 女は軽やかに僕へと近づき、しぃっと指を唇に添えた。人形のように美しい顔立ちをしているけれど、瞳に光はない。異様そのものだった。

「私が吸血鬼ということを承知で、この男は私を拾ったんだ。本人が吸血行為を受け入れているのだから、きみは何も見なかったことにして、お家に帰るといい。騒ぎ立てることはやめてくれよ。無駄な殺生は嫌いなんだ」

 多い。情報量が多い。
 先ほどまで自分でも凄いなと思えるほど冴え渡っていた頭が、一気にパンクしそうになった。これ以上何か喋られたら脳のキャパを越えて鼻血が出そうだ。
 とりあえず足を動かそうとするけれど、混乱で体がバグっているのか全く動かない。恐怖より混乱。脳内のありとあらゆる接続がエラーを起こしている。
 こういう時はきっかけを作るのだ。何か、この状況の流れを変えるきっかけを。
 かろうじて声は出せそうなので、喉を雑巾のように絞りながら、女に問いかけてみる。

「あ、頭は大丈夫ですか…………????」

 うわ、やった。
 思ったことがそのまま出てしまった。もう少しオブラートに包めたりこねたりできただろうに。
 いやでも本当にやばい人だと思う。妄想が過ぎるというか、これって病院行きなんじゃないか。入院していて逃げてきたとか?自分を吸血鬼だと思い込んで、変な設定を信じきっている人に、「頭は大丈夫か」なんて質問がよくできたな。
 女は心外そうに眉をひそめ、片手をゆっくり振り上げる。
 え。これ、平手打ちされるんじゃね?
 一瞬で女が何をしようとしているのか理解ができてしまい、ヒュッと喉が鳴った。
 その時、
 
「シズに悪気はないよ、小夜」

ソファに寝かせられていた夕紀が、気怠そうに身を起こす。
 小夜と呼ばれた女は手を下ろし、夕紀の傍に駆け寄る。

「ごめんなさい。制御ができなかったな」
「いいや、大丈夫。ちょっと視界が暗くなっただけだから」
「血を拭くからじっとしてて」
「はいはい。……シズ、お前何してんの?」
「いやいやいや警察呼ぶんですけど」

 答えた瞬間、女に携帯を操作していた手を払われる。床に落ちた携帯を拾おうと屈むと、腰に鈍い衝撃を受けた。

「いっでぇ!!!!」
「だぁぁぁ小夜!ちょっと待て!シズは話せばわかる奴だから!!」

 暴力を振るわれたのか?傷害事件じゃないか!
 身悶えながらも女を睨みつける。女は丁度片足を上げていたところで夕紀の静止にあったようだ。気まずそうに足を下げ、無言で台所に向かっていく。

「マジで警察呼んでいい?」
「それ言っちゃあお前も不法侵入してるからな。なんでここにいるんだよ」
「昔教えてくれたろ。合鍵の場所」
「それ使って入ってきたのかよ。なかなか大胆じゃん」

 笑う夕紀の首筋からまた血が流れる。
 台所のティッシュを待ってきた女が、夕紀の首にそっとあてた。

「……説明しろよ」

 じろりと女を睨む。
 まさか先ほどの与太話が説明だと言うんじゃないだろうな。吸血鬼がどうとかこうとか、阿呆らしい。
 夕紀も夕紀だ。この不審者に洗脳されているんじゃないだろうか。

「説明したところで、きみは信じないだろう」

 女が呆れたように言う。

「僕はお前に聞いていない。夕紀に聞いているんだ」

 内容次第ではすぐに警察を呼んで、夕紀にカウンセリングを受けさせてやる。

「俺にかぁ。うーん、まあそうだなぁ……。上手く説明できるかね」

 困った時に眉間を掻くのは夕紀の癖だ。
 女はこの家の物の場所をある程度わかっているのか、絆創膏を持ってきて夕紀の首にそっと貼った。16年間一緒にいる僕より、この女の方が夕紀を理解しているかのような錯覚さえする。

「小夜を拾ったのは1週間前だ」

 夕紀が話したのは、到底信じがたい内容で。
 捨てられていた吸血鬼の小夜を拾った、というものだった。


〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷血を吸われていた人。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。嫉妬深い。

葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。今回は出番無し。

小夜(Sayo)
▷自称吸血鬼。黒い。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷今回も出番無し。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.4 )
日時: 2023/03/19 12:17
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)


02

 四葉根高校の入学式が終わって1週間と四日が経った日。
 桜が満開を迎えていて、どこもかしこも春爛漫。少し大きい制服のシャツが汗ばむ陽気だった。
 いつものように幼馴染のシズと木叢団地まで帰った。シズはコンビニのバイトがあるので、帰宅してもすぐに出ると言い、俺は母親が今日も帰ってこないそうなので、自分の食うものを買いに夕方スーパーに出かけた。
 俺の母親はなんというか、酒がないとダメな人で、家でも常に酔っ払っている。高校生の息子がいるとは思えないほど見た目も実年齢も若い方なので、今は彼氏がいるらしく、なかなか帰ってこない。
 軽いネグレクト状態にあるとは自覚しているし、それこそもっと小さい時は寂しいと感じることもあったけれど、シズがいたから辛くはなかった。シズの方が親がヤバそうだし。
 高校生にもなると親が家にいる事の方が煩わしくて、家に居ない事実というのは快適にさえ思う。
 チャリに乗ってスーパーに行き、惣菜やら冷食やらを買い込む。金だけは机の上に置いて行ってくれるので助かる。バイト先を早く見つけたいんだけれど、履歴書を何回も間違えてまだ書けていない。あの履歴書を手書きで作成するという世界一無駄な作業は、どうにかならないものか。ワープロでいいやん。
 顔見知りのおばちゃん店員が会計をしてくれた。

「またこんなの食べてー」
「食べないよりかはマシでしょ」
「んまー育ち盛りなのにぃ〜」

 適当に会話する。この人は昔からここで働いているけれど、ずっと容姿が変わらない。おばちゃん名称が似合う、れっきとしたおばちゃんである。……疲れているのかな、俺。
 レジで金を払った後、チャリで家に戻ろうとしたところで携帯が鳴った。

「うぃーっす、どしたーん?」
『お前いま暇?』
「暇っちゃ暇だけど。シズもバイトだし」
『そうなん。ちょっとダベらん?』
「いいねー。今どこよ。位置情報送っといて」

 電話の相手はチカだった。
 木叢団地C棟に住んでいる奴で、年はいっこ上だけれど高校には行かず働いている。シズより付き合いは浅いものの、チカも幼馴染の一人だ。
 送られた位置情報を確認する。ここからすぐのコンビニだった。シズのバイト先ではない。
 チャリをかっ飛ばして、そこへ向かう。向かう途中で思っちゃったんだけれど、冷食どうすっかなぁ。





 チカと適当に喋りまくって、気づけば2時間が経っていた。買った冷食はきっと溶けているだろうけれど、もう一度凍らせればいいかと考え、チャリカゴに放置している。

「俺らなんの実りもない話しすぎじゃね?」
「なのに時間経つの早いよな」
「もう20時だわ。俺腹減った。チカも一緒に帰る?」
「いいや。なんか先輩に呼ばれたから、このままここで迎え待つ」

 言いながらポケットから煙草を出すチカに、色々と疑いの目を向ける。

「やばいこと、あんまりすんなよ」

 チカの腕にいつの間にか掘られていたトライバルタトューは、確かにチカによく似合ってはいるけれど。
 その先輩とやらが真っ当な人間かどうかは、俺は知らないから。

「しねぇよ。ビビリだもん」

 苦笑するチカは男前だ。俺もイケメンですね〜と言われる方だけれど、そんな俺から見てもチカは格好いいと思う。これが悪い事してるよマジックなのか?ちょっと悪い男に惹かれる的な……。

「はよ行けよ。またメロンパンばっか買わせるぞ」
「いいやいい。入学早々あのメロンパンはキツすぎた」

つい最近、罰ゲームでメロンパンを大量に購入した。売り上げに貢献してあげようと、シズのバイト先で買ったんだけれど、あの時のメガネの店員のドン引きした表情が忘れられない。
 チカと別れて、春の夜道へとチャリを走らせる。
 田んぼばかりの田舎道に出て、少ない街灯とチャリのライトを頼りに帰りを急ぐ。

「……………………。」

 初め、それを黒いビニール袋が落ちているのかと思った。
 街灯に照らされている所に、大きな黒い何かが落ちていた。いつから落ちているのか、上に桜の花びらが乗っている。
 少し警戒しながら観察する。
 その黒い物体を通り過ぎないといけないのだが、それが何か分からないので躊躇う。足は地面を擦って、俺は静止した。
 ビニール袋じゃなくね?
 なんかでかい動物じゃね???
 …………人間じゃね???
 その時、瞬時に俺が思い出したのは、ここ最近この辺りで多発している幼児連続殺人事件だった。
 3人の犠牲者が出ていて、未だ犯人が見つかっていないあの事件。
 もしかしてそれに出くわしてしまったんじゃ。
 心臓が強く鳴って冷や汗が出てくる。もしその4件目の被害者だとしたらどうしよう。警察か。
 そう思いながらその物体に近づく。
 近づいて、すぐにそれが幼児ではないことが分かった。
 女の子だ。俺と同い年ぐらいの。

「え、ちょっ、おい!」


 チャリから降りて傍に駆け寄った。
 仰向けに倒れているその子は、ぞっとするほど綺麗でマネキンでは無いかと疑ってしまう。でも確かにその子は生きている。荒く呼吸をしながら、うっすらと目を開ける。

「大丈夫ですか!?救急車、呼ぶから!!」

 慌てて俺が携帯を取り出そうとすると、その子が片手でそれを制する。

「きみ…………逃げなさい……」
「逃げる?何から?」

 俺の腕を掴んだその手が、するりと頬に移動する。
 冷たい。
 血が通っているとは思えないほど冷たかった。

「飢えた私からだよ」

 その子はそう言ってゆっくり身を起こし、前から抱擁してきた。どういうことかわからず、固まるしかない俺に、その子は耳元で囁く。

「あぁ、いい匂いだ」

 次の瞬間、首に熱がこもったような熱さを感じた。
 それと同時に針で刺されたような鋭い痛みも。
 振りほどこうとするけれど力が強くて敵わない。この細くて華奢な体のどこに、こんな力があるのか。やがて手足が痺れてきて、「やばい、死ぬ……っ」と声が出た。
 その言葉が届いたのか、唇を外したその子が心配そうに顔を覗き込んでくる。その口が、血で染まっている。

「うわぁ……今、俺の血を飲んだ?」

 噛まれたところに触れてみる。血で濡れた指先が、てらてらと光っていた。

「マジか……」

 血を吸うなんて吸血鬼みたいじゃないか。アニメとか漫画とかのフィクションの世界じゃないんだから。もう少しまともに会話してくれよ。
 目の前の女の子を凝視する。
 口元についた俺の血を舌で舐め取る仕草に、胸がざわついた。
 女の子が微笑むので、つられて俺も口角を上げる。騒ぎ立てないほうがいい。この子が人間だろうが、吸血鬼だろうが。

「少しきみの手を借りていいだろうか」

 懇願される。

「居場所がもう、私には無くてね」

 その言葉で思い浮かんだのは、小さい頃のシズの姿だった。
 ---もう僕には帰るところが無いよ。
 団地の駐車場で泣きじゃくるシズの姿が、目の前の吸血鬼と重なる。
 俺は、その時と同じ言葉をその子に送る。

「俺の家に来なよ。話を聞いてやるから」

〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷自称吸血鬼を拾う。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。夕紀に思い入れがある。

葉山さん(Hayama)
▷古舘と隣の席。今回は出番無し。

小夜(Sayo)
▷自称吸血鬼。夕紀に拾われる。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷暫く出番無し。好きな食べ物はラーメン。

チカ(Chika)
▷木叢団地の住人。シズ、夕紀のいっこ上。


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