複雑・ファジー小説
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- 彼が愛した吸血鬼
- 日時: 2023/03/11 07:48
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.12 )
- 日時: 2023/06/18 13:30
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
木叢団地C棟とD棟の間には公園がある。
公園だけではなく、憩いの場として自販機や喫煙所、ベンチやらも設営されているのだが、実際は泥酔した人が横たわっていたり、ガラの悪い少年たちが溜まっていたり、無法地帯と化している。
時刻は日付を跨いで0時32分。
誰かいるかもしれないと思ったけれど、公園には珍しく誰もおらず、自販機や街灯の灯りがもの悲しそうにポツポツ間隔を開けて光っている。公園には固定遊具がある。ジャングルジムと、ブランコ、シーソーがふたつ、太鼓橋。
幼い頃、夕紀とずっとここで遊んでいた。小学生になってからチカも加わって。木叢団地に住む同年代の子も一緒に過ごした事があるけれど、みんな引っ越していくか、どこか別の居場所を見つけて去っていった。
僕たちの住むA棟から、この公園に来るまで夕紀は一言も発さなかった。
首筋に貼られてある傷テープを見ながら、後ろを、一定の距離を空けて着いていく。小さい頃から、僕はこの幼馴染の後ろばかり歩いている。卑屈に捉えているわけじゃなくて、安心するのだ。夕紀に守られている気がして。
自販機でアイスコーヒーとサイダーを買った夕紀は、サイダーの方を僕に差し出した。僕たちは自然に、ベンチに吸い寄せられるように腰掛ける。一口サイダーを飲むと、シュワシュワと喉奥で弾けるサイダーがどうしようもない気持ちにさせる。
「夜更かしって青春してる気分になるよなぁ」
夕紀がやっと口を開いた。
隣に目をやる。やけに大人びた表情で夕紀が微笑んでいた。
「……金曜だからできることだよ。あ、もう土曜か」
「来週からゴールデンウィークだな。それが明けたら中間かぁ〜。テストだりぃよな」
「あと1ヶ月あるんだし、なんとかなるでしょう」
「シズは真面目くんだもんなぁ。マジで欠点の自信しかない」
一夜漬けで高校入試に臨んだ男が何を言っているのか。
しかも今の精神状態から1ヶ月先の未来を考えるだけで頭痛がする。ゴールデンウィーク中、小夜にずっと血を与え続けているんじゃないだろうな。ゴールデンウィークに限らず、これから一生、年老いても……。
僕の視線で言いたいことが伝わったのか、夕紀は更に口角を緩ませた。
「心配してるんだろう。俺のこと」
「そりゃあ、まあね」
そんな傷テープだらけの首を見せられては。
「こんなこと言うと、シズは怒るかもしれないんだけど」
「怒らないから言ってみなよ」
「既にちょっと怒ってるじゃん。笑えてねぇぞ」
「怒らないように努めてみるから、言ってみなよ」
「…………なんだかさ、小夜が昔のシズみたいに見えたんだよね」
ますます分からない理由に頭がこんがらがる。
小夜が僕みたい?
ポカンと口が空いていたのか、夕紀の右手が伸びてきて僕の両顎を掴む。
「なんかさ、どこにも居場所がないような、そんな感じ」
その手はそのまま僕の頬を、そして肩を撫でて、離れる。
「俺は自分の居場所は自分で作れるけど……お前って、そういうの苦手じゃん。昔なんて特に……。助けてって本気で思ってる目とか、息遣いとか……すっげぇ似てた」
「……人助けが好きなの、悪趣味だな」
「その悪趣味に救われてる気がしてるのは、シズだろう」
古舘夕紀は、楽観的だ。
ややこしいことに自分から突っ込んでいく。その結果、トラブルの中心に居座っている事が多々ある。意図的なのか無意識なのかはさておき。
面倒臭い事は考えない。不安や悩みもなるべく考えずにいる。それが夕紀の前向きな性格のベースになっている。
僕とは正反対で。
混ざり合う事のない生き方だ。
「俺の一番大事なのはシズだから」
その言葉に、心底安堵する。
大昔一度だけ夕紀に言われた。また、聞けてよかった。
「まーたまた……。タラシめ」
なんだか空気がものすごい良い感じなので、慌てて振り切る。こんな風だから色々と僕たちは誤解されてしまう。
サイダーをがぶ飲みして、盛大にゲップでもしてやろうかと意気込んでみる。結果、不発に終わって鼻奥がツンと痛んだ。
「なーにやってんだよ。本当に面白いのな」
「いやいや夕紀が変なムードに持ち込むから」
「どんなムードだよ、言ってみなシズちゃん」
「本当にお前は良い趣味してるな!」
「今、夜中だからでっけぇ声出さない。しー」
「マジで怒るぞ!……っ、おい」
人影がこちらに近づいてくるのが見えた。
以前もここで遊んでいたら、うるせえと治安のよろしくない男に絡まれて警察沙汰になったことがあった。今度そんなことになったらますます面倒臭い。
息を潜めて夕紀と固まる。
その人影はどんどん近づいてくる。
街灯が、その足元を照らす。使い古されたスニーカーにジーンズが確認できる。
そして灯りの元にその人影は現れた。
「おっ、やっぱり雨村か〜!声が似てたんだわ」
「……なんだ。樹さんか」
〆〆〆.......
なんだか男子高校生がいちゃついてしまいましたが、BLを書いているわけではないです。二人の精神的な部分での執着やら依存やらをこれから書きたいところ。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.13 )
- 日時: 2023/07/21 21:37
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
黒縁メガネの樹さんが、ヘラッとした笑みを浮かべてこちらに近寄ってくる。砂を踏む音をたてながら。
僕、そして隣に座る夕紀を見て少し残念そうに、
「なんだ、幼馴染くんか。てっきり雨村にもカノジョができたと思ったのに」
と肩をすくめた。
仮に僕が恋人と一緒にいたとして、この人はズカズカ近寄ってくるのかよと呆れていると、
「あー、そこのコンビニの……。ちわっす」
夕紀がぺこっとお辞儀する。
僕と樹さんのバイト先は、木叢団地を出てすぐの所にあるコンビニなので、夕紀も顔見知りだ。少し前に罰ゲームか何かでメロンパンを大量購入してから、樹さんも夕紀のことはしっかり覚えていて、どーもどーもと手を上げる。社交的な夕紀は会話を続けた。
「今日はもうバイト終わりですか?」
「そう。いや、本当は早朝まで入りたかったんだけど、大学にも行かなきゃいけないからさ。早いんだ朝が。今日だけイレギュラーシフト」
「そうですか。お疲れ様です」
「きみら何してんの?もう1時きそうだけど」
「深夜の密会です」
「お熱いねぇ。夕紀くんのカノジョが嫉妬しちゃわん?」
「カノジョ?」
夕紀が小さい声で僕に訊ねるので、樹さんに分からない角度から横肘を入れる。話を合わせろ、と視線も送りながら。
一瞬で理解したのか、夕紀は「ああね」と呟いた。
「大丈夫っすよ。オマケがついてくることは言ってあるんで」
「……オマケって僕のことかよ」
「冗談だって。そんな睨むなよ」
そんなに睨みつけたつもりはないけれど、先ほど僕が一番大事だと言ったのはどこのどいつだろうか。本音で話していない、それぐらいシズにも分かるだろう?と言わんばかりの表情。悪戯っぽく微笑む夕紀を無視して、目線を樹さんに戻す。
「樹さん、朝早いなら帰らなくていいんですか?もう1時きますよ」
「俺さぁ、落とし物してここら辺探してるんだよな。でももう無いから諦めたわ。暗くてわかんねぇし」
「鍵ですかー?」
「いや、鍵じゃない」
頭を掻きながら憩いの場を見渡し、樹さんが「見つかったら大事になる」と言ったのを、確かに聞いた。耳に入ってきたその言葉が不審で、思わず「え?」と聞き返す。そこには、変わらず笑顔の樹さんがいた。
「鍵じゃないんよ。身内から貰った物だけど、きっと見つからんわな。諦めるわ」
何か教えてくれたら僕たちも探す……ような事は絶対にしないし、あまり興味もないので「そうですか」と簡単に返事をする。
さっに大事になると言っていたけれど、それなりに高価な物なのかもしれない。でも、だとしたらここの団地の住人は目敏いから、拾って質屋にでも持っていっているだろう。
「まだ例の事件の犯人も捕まってねぇんだし、注意しろよな」
「僕たちは年をとりすぎているかと……」
「ばーか不謹慎だぞ。じゃあな、二人とも。雨村はまたバイトでなぁ」
樹さんが団地から去っていく。暫くして恐らく彼の運転しているであろう、原付の音が聞こえて、遠くなっていった。
「なんか不思議な人だよな」
「樹さんが?そうかな……。普通の大学生って感じだけど」
「いきなりヌルッと現れてホラーかと思ったわ。怖すぎ」
「それ今が真夜中でここに誰もいないから、雰囲気で怖がってるだけじゃん」
「俺けっこうビビリなんだからな。知ってると思うけど」
「ビビリが吸血鬼なんか飼うかよ」
「怖がっていたのは、小夜の方だから」
小夜。そんなに馴れ馴れしく名前を呼ぶ間柄になったのか。改めて気持ちを冷静に保ってみても、沸々と湧き上がるのは嫉妬。これは認めざるを得ないだろう。
僕は小夜に嫉妬している。
「まーたそんな顔……。俺が小夜に盗られたって顔してるぞお前」
「申し訳ないけど1ミリも思ってない」
「嘘が下手だな。心配するなよ。俺の人生に小夜は付いてきちゃうだろうけど、俺の人生は俺のものだし、俺の大事なものは変わらないって」
さっきはオマケと抜かしやがったのだが。本当に人垂らしなやつだ。
「僕はあの吸血鬼が嫌いだよ」
「うん」
「夕紀があの吸血鬼に血を提供するなんて、どうかしていると思ってる。お前はイカれてる」
「うん」
「でも、それは、僕が夕紀を嫌う理由にはならないから」
「ありがとな」
それだけを伝えたかった。
そのためだけに、こんな遠回りをしている。
相変わらず僕は気持ちを伝えるのが下手だ。
「明日さ、久々にチカも誘ってダベらん?」
「いいけど。チカなら今日バイト先に来たよ」
「そーなん?あいつ、ゴッツい刺青入ってるよなぁ」
その日僕らはとっぷり夜更かしをして、お互い眠たい目を擦りながらA棟に帰った。
僕は201号室に。
夕紀は吸血鬼の待つ302号室に。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.14 )
- 日時: 2023/09/01 21:44
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
05
起きたら昼過ぎだった。
朝方まで夕紀と外で話していたから当然と言えば当然か。カーテンの隙見から日差しが入って、部屋全体が明るい。煩わしく思い目を細め、重たい上半身を起こすと同時に、錆びれたインターホンが鳴った。
「…………あ?」
起きてすぐだったので、滅多に鳴らないために聞き慣れない音が酷く耳障りだった。
すぐに続けて2度目のインターホンの音が聞こえたので、玄関に向かう。覗き穴から向こうを確認すると、チカがいた。
チカだ、と認識した瞬間に僕は扉の鍵を開けた。
「……寝起き?」
開口一番、僕のラフな格好を見てチカが問いかける。
無言で頷き「なんでいるの?」と僕は聞き返した。
「朝に夕紀から電話があったんよ。久々に3人でダベらないかって。あいつ惚気たいわけじゃないよな?」
「ああそういうこと……」
そういえば夕紀とそんな話をして別れたんだったか。
とりあえず中にチカを招き入れる。「久しぶりにお前んち来たわー」と言いながら、じろじろと部屋を見渡し、「相変わらず一人暮らしなん?」とさらりと訊かれる。
「一人暮らしみたいなもんかな。夕紀もだろ」
「あいつんちはまだ帰ってきてる方だろう。おばさんの方が避けてるみたいだけど。たまーに見かけるぞ。この棟に入るの」
「夕紀がいない時に?」
「平日の昼とか。俺が休憩でこっちへ戻る時に見る」
その時間なら高校にいる夕紀と顔を合わせることは無いだろう。
……その間、例の吸血鬼がどうしているのかは知らないけれど。
「シズが話題を変える時は、絶対に夕紀なんよな」
「そんなこと意識してないけど」
「俺はシズが一人暮らし続いてるのかって聞いたろ?いつの間にか夕紀の話になってるし」
「僕の話を聞いたって面白くないだろう」
「根暗すぎ。べつにいいじゃん。世間話だと思えば」
世間話にするには、ちと重すぎる内容ではなかろうか。心臓の裏側をでろりと舐められたような寒気が走るが、チカは涼しい顔で「地雷踏んだ?」と顔を覗き込んでくる。
「べつに踏んでないよ。ただ僕は、僕の話は面白くないと思っているからしたくない」
「俺も深掘りしたいわけじゃねぇよ。物のはずみで聞いただけだ。気にすんな。……つーかちんたらしてんなよ、早く準備しろよ」
「急に押しかけてきておいて何言ってんだよ」
呆れながら言い返すが、チカはなんにも響いていないようで、床にどかっと座り携帯を弄り出した。
顔を洗い歯を磨いて着替える。僕の身支度は5分で終わる。
生活感のない僕の家。リビングにもソファやテーブルなどはない。テレビ台に置かれた古い型のテレビと、僕が子供の頃に中古品店で買った傷だらけのちゃぶ台。その前に座っているチカ。チカに出す座布団すらない。
必要最低限のものだけで良いし、嗜好品を選り好みして手に入れるほどの余裕もない。選択肢が無いのではなく、持たないだけ。僕には何も無い。
「卑屈なこと考えてるだろ」
チカが僕を見ていた。
「顔にそう書いてある」
チカは吸血鬼のことを知らない。
あいつの存在を知っているのは夕紀と僕だけ。
夕紀の秘密を知るのも、僕だけだ。
「別に何も考えてないよ。……夕紀はなんて?」
「今からいけるって。すぐ降りてくるだろ」
「そう。じゃあ行こうか」
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.15 )
- 日時: 2023/09/02 12:12
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
♪
ファミレスなんて久しぶりすぎる。
昼過ぎとはいえなかなかに混み合っている店内で、男3人がドリンクバーのジュースを飲んでいる。女の子でもいれば華やかな時間になるのかもしれないな、と心の内で思ってもみないことを思ってみる。……矛盾しているのは自分でもわかっている。
「チカと飯食うの久々だよな。悪い先輩たちとばっかりつるんでるからビビって話しかけらんねえよ」
僕の隣で夕紀が冗談めいた。
コーラを飲んでいたチカが顔を上げて「よく言う」と口角を上げる。実際、夕紀も僕もチカの風貌がどれだけ変わってようが関わりづらいとは思っていない。学校に行っていないとか、髪の色が派手だとか、刺青があるとかはチカの人間性を証明する材料になり得ない。
人を見た目で判断してはいけないと言うし。
……冗談だけど。
「無茶なこと要求されねえの?」
「夕紀の思う無茶なことって例えばどんなことだよ」
「白い粉の売人とか!!!」
「そんなことしねえわ。麻雀したりダベったりだわ」
「賭け事してるんだな」
「大金が動くわけじゃねえよ。お前こそ女とイケナイことしてるんじゃねえの?」
「女」というフレーズに心当たりのない夕紀は綺麗に首を傾げる。……昨夜の樹さんとのやりとりで少しは学習しないのか。チカに見えないように肘を小突き、目線で誤魔化せと訴える。
「あー、あーそうそう!めっちゃイチャイチャしてる」
「シズはそれ許してんの?」
「だからなんで僕が許す許さないの話になるの」
この話のオチも分かりきっているので、適当に返事をする。あとは2人で盛り上がってくれ。
「会った時からお前の首の意味深な絆創膏には気付いてんだよ」
ニヤニヤしながらチカが夕紀を指差す。
それは僕も今日会ったときに気づいていた。絆創膏が新しくなっている。昨夜には無かった。あのあと血を提供したのだろうか。
「ずいぶんと執着心の強い女と見た」
「勝手に分析すんな。これは掻きむしりすぎて傷になってるから貼ってるだけ。残念でした」
「いいや絶対にキスマだな」
頼んでいた食事がばれてきた。
湯気のたつミートドリアは僕、唐揚げ定食はチカ、チキングリルは夕紀。
それぞれが無言で食べることに集中している。
食べ終わる頃にチカが口を開いた。
「夕紀はなんのバイトするん?」
「うーん……まだ決めてないんよな」
「夜の方が時給高いから夜にしたら?」
「最初はそう思ってたんだけど、夜は予定入りがちだからやめた」
「カノジョができた途端それかよ」
吸血鬼に血の提供をしています、だろう。
こびりついたチーズをフォークの先で剥がしながら僕はため息をついた。無意識に。
チカにバレないかと焦ったが、彼は夕紀をからかうことに夢中になっていた。
「チカはずっとやばい先輩と麻雀しかしてないイメージ」
「それは当たり」
「難しそうだよなぁ麻雀」
「今度教えてやるよ。シズも覚えろ。3人で打てる」
「遠慮しときまーす」
けっきょくチーズは剥がれなかった。
♪
ファミレスの後、何故か3人でプリクラを撮ることになった。割り切れないところは社会人のチカが払った。出来上がったプリクラを見て誰が一番可愛いかで少し盛り上がった。これもオチは分かりきっている。
「シズ、マジでプリクラだと女みてえ」
「普通に可愛いくてウケるんだけど」
「女顔もここまでいくと詐欺だな」
「そこらの女子より可愛い」
それを言われて僕が嬉しくて頬を赤らめるとでも思ったのだろうか。後ろでゲラゲラ爆笑する二人をジト目で睨んでも、ちっとも聞きやしない。
騒がしいゲーセンから出て少し歩く。
カラオケに行く話が出た。僕は歌うことが苦手なのでやんわりと断る。
「じゃあ俺とチカで行ってくるぞ」
「そうしてよ。僕は帰って中間テストの勉強しますわ〜」
「つまんねえな!おつかれー!」
二人と分かれて、澄んだ青空の下を一人で歩く。
街路樹の桜はもう葉桜になっていて、道路には薄桃の花弁が車に轢かれて両橋に寄っていた。
木叢団地に帰るにはバスに乗る必要がある。ファミレスがある大通りのバス停まで戻らなければならない。歩いて15分ほどだ。そんなに遠いわけじゃない。
ぼーっと歩くのは嫌いじゃないので、バス停まで何も考えずに頭を空っぽにして歩いた。
ぼー。
ぼー。
ぼー。
ぼー。
「あれえ?雨村じゃん」
ぼー。
「なんか上の空って感じかぁ。雨村の私服初めてみたけど、雨村って感じだね」
ぼー。
「古舘と一緒じゃ無かったのか。珍しい。そういえば古舘の早く帰る理由、答え合わせできたー?おーい」
「ごめん。ぼーっとしすぎた」
バス停にあるベンチに腰掛けていると、同じクラスの葉山さんが話しかけてくれていた。……それには気づいていて、早く反応したかったんだけれど、頭を切り替えるのに時間がかかってしまった。
葉山さんは「べつにいいよー。隣座るね」と言って、僕の隣に腰を下ろす。肩と肩が触れ合いそうになって、思わず体に力が入る。葉山さんだと分かる、果物の香りが鼻腔をくすぐった。
「ぜんぜん反応しないからぶっ壊れてるのかと思った」
「急に話しかけられたのと、普段は制服姿だから誰か分からなかったんだよ」
「ああそうだよねえ。女子って髪下ろすだけで全然違うふうに見られるだろうし」
「葉山さん、イメージが違うね。スカートとか履くんだ」
ワンピースを着ている葉山さんは、学校の雰囲気と異なり可愛らしい感じになっている。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.16 )
- 日時: 2023/09/03 21:17
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
「スカートぐらい履くよー」
葉山さんがふやけた顔で笑う。
柔和。その単語が似合う。
「何してたの?こんなところで同級生に、雨村に会うとは思わなかったな」
「さっきまで夕紀といたんだよ」
「そうなの。相変わらずラブラブじゃん」
「プリクラ撮った」
「マジで?見せてみぃ」
プリクラを凝視した後、葉山さんが顔を上げる。
「なんか……いかつい兄ちゃんも映ってますな」
「そいつも幼馴染なんだ」
「ほうほう。……加工が効きすぎて雨村が女子みたい」
「葉山さんもそう思うのか……」
返してもらったプリクラをズボンのポケットに押し込む。
「葉山さんは何してたの?」
「中間の勉強してて、煮詰まったからお気に入りのカフェに行ってた」
「へえー!ひとりで?」
「ひとりが楽だよ」
なんだか大人みたいだ。女子はグループになってお喋りをするのが好きだと思っていたけど、葉山さんは違うのか。
「古舘が早く帰る理由わかったー?」
「ああ、それか。わかったよ」
「やっぱペットだった?」
「そんなものかな」
あれをペットと位置付けていいのかわからないけれど、適当に話を終わらせる。この話題ばかりで少し疲れた。
「あ、そういえば。近所の大変だったんじゃない?例の殺人事件で」
一昨日起きた殺人事件。現場は葉山さんの家の近くだと女子たちが話していた。
葉山さんは「ああ、あれか」と呟いた。
「帰ったらパトカーとかめっちゃ来てたよ。公園のトイレで見つかったんだけど、けっこう近くでさ。ドラマみたいだった」
「怖いよね。早く犯人が見つかったらいいんだけど」
「雨村は狙われないでしょ」
「高校生だから?」
「そう」
「狙われないとしても、子どもが殺されるのは嫌だな」
視界の端で、僕の乗るバスが向かってくるのが見えた。
バスが来たと言うと、葉山さんもゆっくりそちらを振り向く。
「葉山さんは違う方向だよね」
「そうだね。というか、私はこのバスに乗らないよ」
「え?」
てっきり同じバスを待っていたのかと思っていた。
じゃあ、どうして。
僕が呆けた顔をしているのが面白いのだろう。形のいい八重歯を覗かせる。
「雨村がバスを待っていたから、一緒に待っていただけ」
それは一体どういう意味だろう。僕と一緒にバスを待っていたかったということだろうか。つまり僕に少なからず好意があるということで間違いないだろうか。生まれてこの方、女子から好かれたことがないのでこういう時になんて返したらいいのかがわからん。
キョトンとしている僕を見て、葉山さんが子どもっぽく笑う。
「雨村、今なんでなんでって頭の中で混乱してるでしょ」
「まあ……そりゃあ……どういう意味かなって男としては色々と考えるよ」
「別に他意は無いよ。そのままの意味。雨村と一緒にいたかったってだけ」
「他意は無い……」
「そう。他意は無い」
揶揄われているのだろうか。
バスが目の前で止まり、プシューと間抜けな音をたてる。運転手がドアを開けるのと同時に、僕は立ち上がった。
じゃあまた、と彼女に言葉をかけようとしたのだが、葉山さんは僕の真後ろに居て、自分も乗り込もうとしていた。
「乗らないんじゃないの?」
「気が変わった。女子の気持ちは移り変わりが激しくてね」
「ああ、そう……」
僕と葉山さんは二人並んで座った。他にも座席は空いていたけれど、葉山さんは僕の隣に腰掛けた。バスは発車する。
僕の降りるバス停は6つ先だ。葉山さんの目的地はどこに変わったんだろう。
「雨村って謎が多いね」
突然そんなことを言われ反応に困っていると、「ふふふ」と葉山さんが鈴の音のような笑い声を上げた。
「謎が多いって良いことだと思うよ。好奇心を持たれやすいっていうかさ」
「僕は、僕に謎が多いって思ったことはないんだけど」
「それは本人だからだよ。でも私、同じクラスの男子で一番雨村が謎だな」
「なんで?」
「んー…………。なんかね、複雑そう。雨村の中身も外身も全部が複雑で見えてこないって感じ」
「そう感じるんだ?」
人間はみんな複雑な生き物だと思うけれど。
葉山さん自身も腑に落ちていない言い方をしているので、どう言えば正解なのか分かっていないようだ。どんな言い方をしようとも正解に辿り着くことは不可能だけどね。
「古舘とめっちゃ仲良いってことは分かるよ。分かるけど友達って枠からは出ているなって思う」
「夕紀は託児所から一緒だっだんだよ。お互い親がほぼ家に帰らない人だから。僕らの住む団地があまり良い噂ないのは、葉山さんだって知ってるでしょ」
「複雑に見えるのは家庭環境のせいなのかなぁ」
「ちょっと」
葉山さんの丸い目が僕を見ている。目が大きいので、こうも近い距離から見られると逃げたくなる。
「僕が言うのもあれだけど、あまり他人の家庭環境とかに突っ込まない方がいいよ」
「話題性に富んだ方がいいかなって」
「そういう話題は遠慮します」
「多分私も緊張してるんだねー。男子とプライベートなことを話すのって」
確かにプライベートすぎる。もっと浅くて適当な会話ではいけないだろうか。
自分のことを探ろうとする好奇の目は、今までにも覚えがある。小中は同級生から向けられる視線が耐えられなかった。夕紀がいたからなんとかなっていたようなものだ。
「私も複雑だから。家庭環境ってやつが」
声の調子が少し落ちた。
家庭環境。
僕にはほぼ無縁の言葉だ。
「……どこまで着いてくるの?」
「雨村が降りる所で降りるよ」
「何もない所だけど」
「大丈夫。私が雨村と少し話したいだけだから」
葉山さんはそう言って、視線を窓の外に移した。
あまり触れない方がいいこともある。少なくとも僕は他人に踏み込まれるのは拒みたい。だけど葉山さんはそうじゃないみたいだ。