複雑・ファジー小説

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彼が愛した吸血鬼
日時: 2023/03/11 07:48
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)

◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.22 )
日時: 2023/12/13 20:59
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)





 カルピス二つをお盆に乗っけて、溢れないように慎重に部屋に戻る。中に入った瞬間、倒れたシズの足が見えて肝が冷えたけど、小夜が膝枕をしているのを見て、安堵より疑問の方が先に湧いた。

「シズになんかしたのか?」
「いいや、してないよ。よく眠れと言っただけで」
「せっかくカルピス作ってきたのに〜」
「……カルピス?」

 小夜が首を傾げ、怪訝な表情で白濁の液体を見つめる。

「飲んだことねえの?乳酸菌のあっまい飲み物」
「飲んだことぐらいは、ある。ただ記憶している味が本当にカルピスのそれなのか、曖昧なだけだ」
「飲んでみるー?」

 シズに用意したけれど、深く寝ているようだから。小夜の膝枕で。本人が知ったらどう思うだろう。
 小夜はコップを手に取り、少し匂いを嗅いだ後、飲み干した。一気に。艶やかな唇の端から溢れるカルピスを手でぬぐうと、俺の視線に気づいて、更に不思議そうな顔をする。

「なに?」
「いやあ……血以外も飲むんだ」
「きみたち人間も嗜好品はあるだろう。それと同じだ。別に飲まなくても生きてはいける」
「味は合ってた?」
「少し違う。これは、何と混ぜている?」
「牛乳」

 ああそれで、と納得したように頷く。

「この少年が好きそうな味だ」
「昔からそうだ。牛乳とカルピスを割るんだよ。……シズが気になる?」

 血の契約を交わしている俺より、小夜はシズに入れ込んでいるふうだった。特に彼女から話題を持ち出すことはないけれど、俺の話にシズの名前が出ると、ほんの少し瞳が揺らいでいる。小夜自身は気づいていないかもしれないけれど。

「きみたちは血よりも深い、絆で繋がっていると前に話したけれど、どうやらそんな綺麗事では無いようだね」
「どうしたん急に。なんかしんみりしてるぞ」
「同情、と言うのが正しいのだろうか。初めは無礼な人間の子どもだとしか思っていなかったのだけれどね。目を見ればわかる。絶望をした人間の目だ」
「こらこら。勝手に憶測を言うもんじゃないでしょーが。そりゃあ、ちょっと家庭的に問題はあったけどさ」
「家庭に安心できる居場所がないと、こうまでも共存してしまうのか」
「俺とシズがー?前も言ってたけど、単純にちっさい頃からの付き合いで、家もゴタついてたから、二人でいることが多かっただけ」
「自覚が無いふりはしなくていいよ」

 ……やたらと今日はつっかかってくるな。

「楽観的なお人好し、トラブルメーカーの古舘夕紀。シズはそうきみを評価しているみたいだけれど、実際のところはどうだろうね」
「……表向きだけでも、そこに救われる人間がいるならそれでいいんじゃね?」
「そのお人好しは傷だらけの吸血鬼まで拾って、血の提供もしてしまうのだから大したものだ。普通の感覚では出来ない」
「助けたつもりなのにすっげえ言われよう」
「確かに救われたのは事実だ。しかし何かが解せない」

 寝ているシズの頬を撫でる小夜の表情は、まるで子どもをあやす母親のようだった。最近まで顔を合わせれば言い合っていた仲とは思えない。……というより、小夜側の気持ちの変化が大きい気がする。シズに肩入れしているというか、気にかけているというか。

「私は人間を餌として見るのではなく、共存する道を選んでいる。共存する為には相手のことを深く知る必要があるだろう?古舘夕紀という人間を知ろうと思うのだが、きみという人間はなかなか本心が分かりづらい。いっそのことこの少年のことから探ろうと思ってね」
「俺を知ろうとしてくれているのは結構だけど、別に面白くも無いと思うよ」
「そうかな。私を拾って何の疑いも無しに血の提供をしてくれるだけで、じゅうぶん奇天烈な子だと思うのだが」

 随分な言われようだ。
 命の恩人を奇天烈だなんてバチが当たるぞ。

「殺人犯と会ったようだね」
「盗み聞きはタチが悪いな」
「聴覚が優れているものだから。……それで?巷で話題の連続殺人鬼に遭遇して、通報もせずにここに来ているそうじゃないか」

 

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.23 )
日時: 2023/12/29 21:49
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


 小夜の冷静な口調は、シズを咎めているようだった。この吸血鬼は人間の中で長く生きすぎて、脳みそも常識で凝り固まっているらしい。吸血鬼なんだから、もう少し柔軟な思考を持っても良いと思う。

「……葉山智恵理っていう同級生が、子どもを殺しまくってるみたいだ。本人がそう言ったらしい。俺が行った時には、もう話は終わってた」
「夕紀もそこにいながら、自称殺人犯を逃したのかい?」
「シズがバグってたんだよ。葉山が妙なこと言ったんだ。わかるだろう、シズの……地雷を踏むようなこと」
「そうだね。ある程度の予想はつくよ」

 小夜は眠るシズのシャツを胸の下まで捲り上げた。
 シズの脇腹には、おびただしいほどの根性焼きの跡がある。臍の上から、左の肋骨のところを覆うように、鱗のようにつけられている、悪意の印だ。久々に目にしたが、あまり見れたものではない。

「初めて会った時からわかっていた。この子は……嬲られた側の人間なのだと」
「それは吸血鬼のカンってやつで?」
「どちらかといえば、私も人間には痛い目にあっているからね。匂うんだ。私と同じように、暗闇の淵を歩いている、亡霊のような腐臭が。きみと血の契約を交わしたと知った時、この子は怒り狂っていただろう」
「そんなに?呆れているようには見えたけど」

 敵対心というか、嫉妬心というか。そういうのは感じたけど。

「唯一の居場所であるきみを盗られたと、ひどく困窮していたようだね。それを見て少しは心が潤ったかな、古舘夕紀」
「……性格悪う」

 シズが小夜を拒みたいのは見てわかる。鬱陶しく思ってるんだろうなとか、少し言い換えればヤキモチ妬いてるんかなとか。周りはふざけて「付き合ってんの?」等と訊いてくるが、別に恋愛感情が無いだけで、中身は恋人となんら変わらないと思う。というか、それよりも深い気がする。小夜と俺の血の契約よりも、もしかしたら。
 シズの服を直して、小夜は長い髪を梳かしながら俺を見上げる。

「地雷を踏まれて狼狽えるシズを庇うことを、優先したんだね」
「そういうこと。小学校の頃から、葉山は少し不気味だった」
「古い知り合いだったのか」
「転校したけどな。俺らは木叢団地の人間だったし、特にシズは親がヤバかったから、周りがあいつに近づかなかったんだよ。俺をワンクッション挟む感じで、皆んなはシズと接触してた。……けど、葉山だけはシズにがっつり関心を持ってたな」

 シズについては色々と有る事無い事がしょっちゅう噂されていた。実際、あいつ自身もかなり内向的で、俺がいないと学校には絶対に来なかったし、とち狂った親のせいで休む日も多かった。ただでさえ木叢団地は色々とタチの悪い奴らが住んでいて、治安が宜しくないですねウフフ扱いなのに、シズは見事にそれを体現しちゃう暴れっぷりだった。
 静かに隅にいると思ったら、時々椅子でガラス窓を叩き割ったり、鉛筆の芯で同級生の目を刺そうとしたり、とにかく地雷を踏むと戦闘力が万倍になるやつだった。
 皆んなはドン引き、悪口を言っていた奴らもいつしかシズを「キレると本気で何をするかわからない危険物」として認識し、絶対に近寄ろうとしなかったのだ。……そういえば、シズの父親もそんな人だったな。

「好きだったんかもな。シズのこと」
「変わり者だねえ。その子もだいぶ」
「まあ変わってると思う。シズは忘れてたみたいだけど、葉山はめちゃくちゃシズに絡みまくってた」
「……シズの母親は、何か事件に巻き込まれたのかい?」

 それも聞こえていたのか。
 苦虫を奥歯で噛んだような不快感が走る。シズの母親のことは、俺もあまり思い出したくはない。

「行方不明になった」
「ほう」
「俺らが小学3年の時に」
「まだ見つかっていないのかい」
「そう。死んでるとは思うけど。ていうか死んどけよって感じだけど」

 きっかけは、俺の提案。
 シズの親が後生大事にしているものを、全て捨ててみてはどうかと提案した。父親が書き殴る意味のわからないノートも、母親が持ってるシャブも。
 全部捨てれば、まともになるんじゃないか。
 当時の俺はそんなバカみたいなことを本気で言っていた。
 シズが全部捨てたらいい。怒られたら、俺の家に逃げてくればいい。3回ドアを叩くのを合図にしよう。必ず開けるから
 確かに俺はそう言った。
 けっきょくドアは叩かれることは無かったし、シズの地獄は別の形で終わることになった。
 でもそれは別の話で、遠い遠い昔の話だ。

 「葉山はシズの親のことについて、何か知ってるんだろうな。なんで子どもを殺してるのかは知らないけど、シズに絡んでくるのは厄介だな……」
「喰らおうか?」
「なに?」

 なんて言った?と視線を向けると、小夜がニヤリとほくそ笑んだ。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.24 )
日時: 2023/12/30 00:31
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


「喰らおうか、と訊いたんだ」
「小夜は人間との共存を選んだ、理性ある吸血鬼じゃなかったんか?」
「その通りだよ。だからこれは、提案であり、私からきみたちへの配慮……と言った方が正しいのかな。平穏に過ごしたいだろう?ただでさえ得体の知れない吸血鬼と契約を交わしてしまっているんだ。これ以上、妙なことに巻き込まれるのは避けたいだろう。夕紀も、シズも」
「それはごもっともなんだけど……喰らうっていうのは、物理的に?」
「当然だ。私は吸血鬼なのだから」

 今の小夜は、俺が死なないように一度に飲む血の量をセーブしている。以前の主人から虐げられていた時の傷や飢えは、完全には回復していないはずだ。

「葉山を喰ったら、小夜は完全に回復するのか?」
「女ひとりを丸ごと……そうだね。私はほぼ回復するだろう。血の契約はどうするかって?心配は要らないよ。主人は夕紀だ。一方的に私が契約を破棄することは、私の倫理に反するのでね。それに、一時的に回復したからと言って、それで終わりではない。私は長い時を生きる。きみが赦してくれるのなら、契約は継続させたいものだ」

 要するに。

「葉山を喰うのは、マジで俺らへのお情けなわけ?」

 確認する。

「人間を襲うのは嫌なんじゃなかったのか」
「……勿論、抵抗はある。人の世に生きすぎたからね。だけども私は夕紀の吸血鬼だよ。それに血を与えてもらっている状態だ。何かお役に立とうと思うのが普通ではないかな」

 ぴくりと、眠っているシズの左手が動いた。
 眉間に皺を寄せ、「うう……」呻きながら寝返りを打とうとする。「おっと」器用に小夜が膝からシズの頭を下ろした。
 葉山智恵理が居なくなったら、こいつは何を思うんだろう。
 真っ先に小夜を疑いそうだ。そしてそれはビンゴになる。……でも、また上手く言いくるめられれば、平穏な日常に溶け込んでくれるだろうか。横槍を入れられてズレたままの視野で世界を視て。それが正解だと誤認してくれるだろうか。
 ……無理なら、また助ければ良いか。

「わかった。小夜、葉山を喰らって」


07

 回想。

 いっこ下の幼馴染ふたりは、少々異質だ。
 特に女顔の方。闇抱えてそうで、団地の中でも少し浮いていた。
 そもそも俺はC棟に住んでいて、A棟に住むあいつらとは小学校の途中まであまり面識は無かった。
 面識が生まれたのは、小学3年か4年の夏。
 団地のC棟とD棟の間にある小さな公園。特に理由もなく、夜に俺はその公園内を彷徨いていた。なんで子どもが夜に家を出るんだって疑問は、胸に収めてほしい。この団地ではたまにあることだ。
 その夜の公園に、女が半裸で寝ていた。街灯に照らされたベンチに、堂々と、汗ばんだ身体を曝け出して。官能的で、ガキには刺激が強い光景だけど、俺は正直不気味に感じた。
 その女は寝ているのではなく、明らかにトんでいた。目と口は半開きで、口の端から白い泡が垂れ流しになっている。サンダルは片方履いてなくて、キャミソールはゲロで汚れていた。皮と骨だけなんじゃないかと思うほどげっそり痩せている。
 救急車を呼ぼうにも携帯なんてその時は持ってなかったし、何よりその女が気味悪すぎて関わりたくも無かった。
 どうしよっかなーと周りを見ていると、二つの小さい影が近づいてくるのが見えた。
 年は俺と同じぐらい。一人は泣きべそをかいていて、もう一人はそれを宥めている。

「ああもう。やっぱりこんなところにいるよ。本当にどうするんだろうね」
「ごめん、ゆうき」
「シズは謝らんでいいだろー。こいつが悪いんだから」

 どうやらこの半裸のおばさんの関係者らしい。
 俺の視線を感じて萎縮するかと思いきや、「ゆうき」と呼ばれた方がグイッと俺の方に寄ってきた。

「ねええー、今から運ぶの手伝ってくれん?」
「……え、おれ?」
「おれおれ!お前以外に誰がいるんだよー。大人を運ぶのしんどいんだよ」

 はぁと長いため息をつき、「ゆうき」は半裸おばさんを睨みつける。

「あのさ、この人は誰なん?」
「シズの………こいつのお母さん」

 「シズ」と呼ばれた方がビクッと肩を振るわせる。
 こいつは何度か団地内で見たことがある。顔は女みたいだけど、着ている服がボロすぎて性別がいまいちわからん。

「俺さ、古舘夕紀っていって、こっちはシズっていうんだけどA棟に住んでんの。お前はどこに住んでんの?」

 ふるたゆうきはガンガン話しかけてくるやつだな。俺はあまり喋るのが得意じゃないんだけど、こうもガツガツ来られると話をしないわけにもいかない。

「砂越親仁。C棟に住んでる」
「さごしちかひと……カッケェ名前!なあ、なあ、シズ。チカに手伝ってもらおうよ!」
「チカって俺のこと?」
「良いネーミングセンスだろ!」

 展開が追いつかない。
 この半裸おばさんの子どもとその友だちが、今からおばさんを運ぶからそれを手伝わされそう。そしてついでに俺は「チカ」というあだ名をつけられた。
 こちらが良いとか悪いとか反応する前に、夕紀は半裸おばさんの両足を持っていた。

「頭が重いから、シズとチカで持ちな」

 その日の夜、俺は初めて大人の女の人の身体を持ち上げた。確かに頭は重かったし、A棟の2階に上がるなんて聞いてなかったから、途中で本気でおりたかった。
 でも、二人のことは気になった。
 ちょこちょこ会って話すうちに、家庭背景や二人の性格がわかってきた。
 夕紀はとにかく楽観的というか、ちょっとやそっとのことでは動じない図太いやつだった。例えば俺が異世界から来た宇宙人だったとして、それが夕紀にバレても「うん。それで?」と平然とできるタイプだと思う。
 対してシズは人間不信なのか人生に絶望しているのか、めちゃくちゃ病んでいるやつだった。シズの両親のことを考えれば、そりゃこう育つよなと納得できてしまう。あと男だった。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.25 )
日時: 2024/01/03 11:19
名前: ネイビー (ID: xPOeXMj5)


 それからも度々この二人とは顔を合わせ、目的もなく団地の公園でしょうもないことを話して時間を潰した。
 初めはシズも俺とは目を合わさなくて、夕紀が仲介になって会話している状態だった。俺もそんなにお喋りな方じゃないけど、シズに対して特別何か気を使うことはなかったから、夕紀がいなくても二人でボーッとしている分には苦痛じゃなかった。向こうもそう思っていたらしく、父親に遊び半分でブリーチされた俺の髪を触って「キシキシだね」と笑ったシズを見て、俺たちの空気感はあれで良かったんだと今でも思える。夕紀にも「チカたちいつの間に仲良くなったん?」と不思議がられていたし。
 長くつるめば自然と見えてくる、お互いのこと。
 夕紀の親も大概だけど、シズの親がいよいよヤバいっていうのは、子どもながらになんとなく察していた。
 二人と知り合って一年が経つか経たないかの時、シズの父親が首吊り自殺を図り、母親が失踪した。
 木叢団地のA棟は警察や救急隊が来て、ブルーシートや規制線が貼られて、ドラマや映画で見たような光景が数日続いた。住民たちは関わりたくないのか、みんな見て見ぬふりをしていた。

「俺がさ、言っちゃったんだよね。全部捨てちゃえばって」

 シズがしばらく施設か親戚の家に行っていた時、俺は夕紀と毎日のように会っていた。
 その日も公園にいて、ベンチに座ってジュースを飲んでいた。シズが戻らなくなって落ち込んでいると思いきや、意外と表情は変わらず、やけに淡々としているのが印象的だった。

「シズのお父さんは、ノートの落書きとずっとお喋りしているんだって。だったらそのノートを捨てたら、目が覚めるんじゃないかと思ってさ。お母さんはヤバい薬を使っているから、それを全部捨てたら、薬しなくなるかもって」
「……ずいぶんと大胆な提案だな」
「うん。シズ、実行したみたいだね。お父さんその場で首吊っちゃったって」
「シズのお母さんは?どこに行ったんだよ」
「発狂して消えたんじゃないかな」

 シズの母親に対してはほんの少し口調に怒りが滲む。本人は気づいていないかもしれないけれど。

「でもこれでシズが親から離れられたのなら、良かった」

 お前はどんだけシズに介入したいんだよ。
 いくら幼馴染みっていっても、干渉しすぎじゃないの?
 時々こいつから感じてきた、シズへの執着みたいなものは俺の考えすぎでは無いと思う。片方を失うと立っていられないほど、この二人はお互いを必要としている。小さい頃から一緒にいたせいというより、悪意の手垢が着いた現実から逃れられる存在という、まるで「蜘蛛の糸」のような。
 そんな二人に何を気に入られたのか分からないけれど、こうして時を経ても一緒にいる俺も変わっているのかもしれない。シズは相変わらず変なやつだし、夕紀は度を越えて変なやつだし。
 ファミレスの後プリクラを撮り、シズは先に帰って、俺と夕紀でカラオケ採点バトルをして、俺が僅差で勝った後のことだった。

「悪ぃ、なんかシズからSOSの電話が入っちゃった」

 帰りのバスを待っている時に、いきなり夕紀が顔を上げた。
 シズと電話し終わった直後に言われたので、色々とお察しする。今度は何があったんだ、あいつは。

「バス、もうきますけど」
「とりあえず団地近くのバス停に着いたら、俺ガンダするから、チカはお金払っといて!俺の分!」
「いいけど。……なんかお前、笑ってねえ?」

 シズから頼られるといつもこうだ。
 きっとこれも、本人は無自覚なんだろうな。
 夕紀は俺と目が合うと、気まずそうに逸らしながらも、確かに手で隠す口元は口角が上がっている。
 ……相変わらず、異質な二人だ。
 けっきょく木叢団地周辺のバス停に着くなり、夕紀は本気で走っていった。二人分の乗車賃を払った後、俺はできるだけゆっくり団地に戻ることにする。
 その前に煙草だ。煙草が吸いたい。
 木叢団地のすぐ近くにあるコンビニに立ち寄ると、ほぼ毎日いる黒縁眼鏡のバイトが「らっしゃーせー」と気怠い挨拶をしてくる。シズと親しい人だと思う。向こうも俺を知っているのか、目が合うと軽く会釈をされた。
 煙草の銘柄を伝え、財布を開ける。向こうは俺の年齢をだいたい分かっているはずだけど、年齢確認はしてこない。「御厩」……とネームプレートにはあるが、学が無いもんで、なんと読む苗字なのかさっぱりだ。ミコシ?ゴミヤ?

「ありがとうございましたー」

 黒縁眼鏡の奥から柔和な瞳が覗く。
 煙草を受け取りコンビニから出る。散っている桜の花びらが鬱陶しい。何度も踏まれて濁った色になっているそれらは、決して美しくない。
 田園の遠くを何気なく見ると、ここらの場所には不似合いの、ワンピースを着た女子が一人、とぼとぼ歩いていた。ショートカットの女子。ここら辺りは物騒だし、幼児が対象といえど殺人事件も起きているので、目線だけその女子に送る。何か巻き込まれた時に「ああ、あの子だ」と情報提供ができるように。
 女子はそのまま、俺と夕紀が降りたバス停の方へ向かっていった。視界から消えたものを、追うことはできない。
 諦めて団地に帰る。A棟の、シズの部屋は電気がついておらず、夕紀の部屋に電気がついていた。
 ……なら、安心か。
 後から「どうだった」だの「何があった」だのは聞かないでおく。あの二人がいつも通りなら、俺も普段通り振る舞う。深追いも深掘りもしない。淡々と、寄り添うだけでいい。


〆〆〆.......


あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
新年早々、大きな地震があり、今もなお賢明な救助活動がされていることと存じ上げます。
被災地の皆様のご無事と復興をお祈り申し上げます。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.26 )
日時: 2024/01/16 22:52
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)

08

 月曜日。
 中間テスト1日目が終わり、とりあえず心配していた科目が初日で片付いたことに安堵する。
 高校一年の初めてのテストに、皆んな気を張っていたのか、チャイムが鳴った瞬間に教室中の空気が緩んだのがわかった。問題の答えを言い合う者、翌日のテストに向けて気持ちを切り替える者、どこかのファミレスでテス勉をしようと言い出す者。わっと噴き出るように会話が飛び交い、担任の声も聞こえない。
 賑やかな教室から早く出たい。
 ホームルーム後、僕はその一心で、通学用のリュックにペンケースやルーズリーフを押し込んでいた。

「雨村ァ」

 その声にビクッと肩が震える。
 それまで弾けたポップコーンみたいだった周囲の音が、鼓膜に水が入ったようにぼんやり聴こえ始める。
 ……一体どういう神経をしていたら僕に声をかけられるのか。登校した時は女子のグループで固まっていたので、話さずに済んだのに。
 無視しようとしたけれど、葉山さんは僕の目の前に立って覗き込んでくる。柑橘系の匂いと一緒に。

「テストできた?めっちゃ難しかったよね」

 何も変わらない態度が逆に怖い。
 目を合わせないようにしているけれど、肌で感じる。試すように、舐めるように、葉山さんの視線が絡みついてくるのが。

「明日の歴史、覚える範囲すごく多いからさ。脳みその許容範囲超えちゃうんじゃないかって、ちょっと心配で」

 僕はすでにキャパオーバーで危険ブザーが脳内に響いているんですが。
 無言でリュックを持って立ち上がると、葉山さんが行手を阻むように僕の前に立つ。

「……無視は、悲しいなぁ」
「昨日の今日でヘラヘラと同級生に戻れるかよ」

 周りに聞こえないように牽制するが、葉山さんは引かない。
 目線を廊下にやって「その昨日の話をしたくて」と続けた。

「雨村、一緒に来てよ」

 連れションの誘いでは無いことは確かだろう。
 喉奥がひくつく。どの答えが正解なのか、脳みそをフル稼働させる。先ほどのテストよりも。
 ついて行って、二人きりの時に色々と聞き出したい気持ちもある。ただこれ以上葉山さんに関わると、ろくなことが起きない。……最悪、殺されるかも。相手が相手なだけに何をするか分からないし。
 僕は男だから、いざとなれば葉山さんより力はある。もし危害を加えられそうになったら、力づくで………。そんな思考はやめておくべきか。昨日みたいにトラウマを掘り起こされたら、再起不能になるのは僕だろう。エラーが起きたら元も子もない。今ですらいっぱいいっぱいなのに。
 答えが出せないでいると、僕のすぐ背後で覚えのありすぎる気配を感じた。

「話なら俺が聞こうか〜?」

 夕紀がヘラ〜とした、芯のない口調で訊ねた。
 葉山さんは眉間に皺を寄せ、舌打ちをし、明らかに夕紀に対して敵意を剥き出しにする。
 周りの同級生が、僕ら3人を不思議そうに見ながら教室を後にする。葉山さんのグループの子達も、「チェリー行かないのー?」と声をかけるが、葉山さんはそちらに見向きもせず「先に行ってて」と返した。
 ひとり、また一人と教室から出ていく。

「自分の都合が悪かったらダンマリなのな」

 夕紀の言葉に苛ついたらしく、「古舘は関係ないでしょう」と吐き捨てる。

「私が用があるのは雨村なんだから」
「シズへの用事は、俺も無関係とは言えないな。特にお前が絡むのなら」
「……なに、アンタ。私が誰だか覚えてんの?」
「前の苗字までバッチリと」

 この会話の調子だと、夕紀も葉山さんもお互いのこと覚えていたようだ。覚えていて、敢えて高校では昔のことを伏せていたのか。それとも別に言う必要はないと思っていたのか。

「こっちはお前の行動が不気味すぎてガチガチなんよ。マジでシズに変なことするのはやめろ。あと、例の事件の犯人がって話がマジなら警察にも突き出すから」
「……雨村のお喋り」
「今ここで大声上げたっていいんだぜ〜。人殺し〜ってな」

 そんなに挑発して大丈夫なのか。
 僕の肩に腕を置く夕紀は、殺人鬼を目の前にしても楽観的だ。

「……いつも、古舘は雨村を庇うよね。邪魔でしょうがないんだけど」
「アンタみたいな蝿がシズに近寄らないようにしてるわけ」
「執着しすぎでしょ……バッカみたい。雨村もこんなやつに付き纏われて、本当は嫌なんじゃない?言い出せないだけで」

 だめだわこいつ、と呆れたように夕紀が呟く。

「葉山さん、僕と夕紀は確かに周りから見れば近すぎるのかもしれない。恋人同士なのかってしょっちゅう揶揄われるぐらいだし。それは不服にしても、夕紀は家族より大事な幼馴染だってことは僕自身が感じてる。嫌なことはないよ」

 何か言い返そうと思い語ってみたけど、夕紀の前で夕紀を肯定するのは少し気恥ずかしい。悪態をついていたことが多かったから、自分でも「僕キモ!」な状態になる。


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