複雑・ファジー小説

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彼が愛した吸血鬼
日時: 2023/03/11 07:48
名前: ネイビー (ID: VYLquixn)

◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.20 )
日時: 2023/11/04 20:50
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)

06

 回想。

 僕は3人家族で、父母と子供は僕ひとり。木叢団地にはいろいろと生活する上で難ありな人たちが住んでいて、そこの地域一体では「あそこに近づくな」「やばい人たちが住んでいる」という差別的な噂が充満していた。実際に治安も良くはなく、何を生業にしているのかわからない刺青のおじさんや、派手な髪の子どもたち、生気のない顔でいつも座り込んでいるお姉さんが団地内には居た。特別住人たちの交流があるわけでもなく、それ故に妙な言いがかりをつけては喧騒が耐えないような場所。
 僕の父親は、どちらかといえば「キレると何をするかわからない人」な印象がある。
 もともと精神的な病気があったらしく、ノートに自分を投影させたキャラクターを描きまくっては、ブツブツそいつと会話をしている人だった。極端な潔癖症で、お風呂に入ると丸一日出てこなかったり、歯磨きも一日に10回以上はしたりする。そのくせ掃除は何故か無頓着で、家の中が汚れようとゴミで溢れようと、全く気にならないようだった。気にならないというか、視界に入っていなかったのかもしれない。独自のルールがあり、それに反する者は息子であろうと断罪する。そんな父親だった。
 母親は良いところの箱入り娘のようで(僕の学費は母方の祖父母が出してくれているわけだけれど)、大変甘やかされて育ったせいかなんなのかはわからないけれど、とにかく世間知らずで空気の読めない、お金の管理もできない人だった。
 個性豊かでエグみの強い、灰汁がどよどよと浮かびそうなこの両親の元に僕は産まれたわけだけれど、家の中は常にカオスで地獄だった。
 物心着く頃には父親はノートに奇妙な絵を描いてはそれに話しかける生活だったし、母親の方は現実逃避で覚醒剤に手を出した。僕が小学校に入学してからは、ますます家族内は崩壊していった。性に奔放な母親は、僕を呼んで自分の性器を舐めろと怒鳴り、拒めば無理やり顔を押し付けられた。尿で汚れた顔を拭いていたら、今度は風呂場から父親に呼ばれて、汚いと怒鳴られ浴槽に沈められた。罵られた次の日には母親から泣いて謝られ、父親の愚痴を永遠聞かせられた。僕の制服は洗われないままだったから、食器用洗剤を使って自分で洗った。

「それ、虐待っていうんだよ」

 託児所からずっと一緒に育って来た夕紀が僕に教えてくれたのは、小学校3年生の時だった。
 母親が不在がちの夕紀の家が、学校帰りからの僕の唯一の避難場所だった。階数は違えども同じA棟の僕たちは、必ず毎日夕紀の部屋で二人だけで過ごしていた。
 夕紀は僕が当たり前のように話す生活を、憐れむわけでもなく興味深そうに聞いていた。
 普通の小学生が弾ませるような話題とは違う、吐瀉物のような話。アニメとかゲームとか、そんなものは異次元だった。

「シズは虐待を受けているから、早くなんとかした方がいい」
「なんとかって……」
「全部壊しちゃえばいいんだよ」
「壊すってなにを?」
「お父さんのノートやお母さんの薬を捨てるといい。俺も手伝ってあげる」
「殺されるよ」
「させねえよ。俺がさせない。そんなこと」

 部屋で、ふたり。
 夕紀の声だけが聴こえる。
 落ち着くけれど、それと同時にどうしようもなく奥が疼く感覚があった。
 母親からの奉仕の強要で、僕の体は年齢と発達とのバランスが噛み合わないバグを起こしていた。低学年から精通を経験し、無精を何度も繰り返す時期もあった。相手が母親であるという恐怖と嫌悪感からか、性的な欲求を覚えるたびに胃液が迫り上がってくる。
 落ち着く。暖かい。もっとここにいたい。夕紀のそばにいたい。あそこに戻りたくない。気持ち悪い。気持ちいい。柔らかい。汚い。怖い。逃げたい。逃げられない。

「なあ」
「ひっ」

 勃起を隠そうと前屈みになるけれど、夕紀には気づかれていた。

「シズが落ち着くまでさ、俺、ベランダ行ってるな」

 僕の早熟した性を目の当たりにしても、夕紀は何故かあっさりすぎるぐらいそれを受け入れていた。へらっとした笑顔を残して、部屋から出ていく。
 ひとりになった部屋で、僕は吐き気と悪寒を抑えることだけに集中する。自慰行為をすると生理現象は治るが、後からとてつもない虚無感に飲まれそうになるのだ。
 
 小さく体を丸めて、なるべく頭を空っぽにして----。
 ただひたすら、狂った熱を逃すことだけに集中するしかなかった。



 夕紀の部屋に着くと、無言で自室の奥に押し込められた。
 リビングに当たり前のように小夜が居るのが見えたが、向こうも僕も声をかけられる状態ではなかった。夕紀は扉を閉めて、「座りな」僕を床に座らせる。
 さっきの葉山さんとのことを夕紀に話そう。
 そう思い僕が口を開く前に、夕紀がすぐ隣に腰を下ろして「走ったわー、疲れたぁ」と脱力した。緊迫とは程遠いその姿に一瞬呆気にとられる。

「チカをバス停に置いて来ちゃったじゃーん。まあ、あいつは気にしてねえと思うけど」
「あ、ごめん……。僕もちょっと、混乱していて」
「だろうなー。だと思いますわー」
「夕紀、葉山さんが連続殺人犯だった」

 さらっと伝えてみる。
 夕紀はだらけていた体勢をほんの少し立て直して、

「ああ、そうなん?警察言うか?」

 予想通り、すんなり受け入れた。
 この幼馴染の受容力には時々、救われた安堵よりも、深海のような闇を感じる時がある。普通の人間は同級生が殺人犯だと聞いたら耳を疑うし、道端に落ちていた吸血鬼なんて拾ってこないだろう。

「警察には……いい。後で言う。それよりも僕は気になることがあって」
「待て待て。警察には言ったほうがいいだろう。犯人隠蔽で捕まるんじゃなかったか?」
「わかった。必ず言う。その前にいっこだけ聞きたいんだけど」
「なんだよ」
「葉山さんって僕たちと同じ小学校だった?」

 

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.21 )
日時: 2023/12/03 00:34
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)



 はぐらかされるかと思ったけど、夕紀はまたあっさりと「途中まで同じだったな」と答えた。
 途中まで。ということは転校したのか。まったく憶えていなかった。
 育ちと家庭環境の違いから、周りに馴染むことを極端に苦手としていた僕は、当時の学校生活をそれほど鮮明に憶えてはいない。家の中にいるのが嫌だったから登校していたけれど、本当にそれだけの理由でしかなくて、思い入れもなければ思い出もない。夕紀が僕と外側の人間を繋ぐ唯一の存在だった。

「シズはあんまり周りと関わらなかったからなー。憶えてないならいいかって。俺にとってはどうでもいいことだったからさ」
「全然覚えてないや……。その時、僕と葉山さんは何か特別なことがあった?」
「何もなかったと思うけど。なんか言われたん?」

 何か言われたどころではない。けっこう重大なことを、首を折れんばかりに揺らされながら言われた気がする。

「葉山さんの気持ちがわかるかって訊かれたのと……全体的に僕のことを昔から知っているふうな口ぶりだった。けっこう一方的な感じだったけど、僕と接点はあったのかなって思っただけ」
「全然ない。葉山がシズに対してそんなことを言うのも、想像つかん」
「そうなんだ。あと、すごく気になったのは……あの事件を知っているっぽい……殺人者に優しいって……」
「……ほう」
「だから、僕の…………ぉかっ、、さん、が……、見つからないんだろうって……」

 口の中に砂利が沸いたのかと思うほどの不快感。その単語を口にしただけで、強烈な嫌悪感が込み上げて吐きそうになる。大きいヤスデが全身を這い上がる感覚。実態はないのに確かに感触がそこにはあり、僕の奥歯をカチカチと鳴らせた。

「シズ」
「ごめん。あの人のことになるとどうしてもダメで……。葉山さんがなんであんなことを言ったのかも全然わからないんだ。葉山さんが本当に殺人犯なら警察に言わなくちゃっていうのもわかるんだけど、僕の何を知って、どういうつもりで言ったのか聞いておきたい」
「おおー、なんかハイになってんな」
「正気じゃないのかも。こんな考えになるのっておかしいのかな」
「いやいい。いいんだけど。ちょっと一回落ち着こうぜ。リラックス、リラックス〜」

 勝手に色んなことを口走る僕をあやすように、夕紀がポンポンと肩に手を置いてくる。

「とりあえず、今日はここで泊まってけば。どうせあの人帰ってこねえから。俺、飲み物持ってくるわ」

 そう言って夕紀が出て行った彼の部屋で、懐古の記憶が津波のように襲ってくるのをひたすらに耐えた。
 嫌な記憶ばかりではない。ここにいれば。
 足音もなく扉が開いて、視線をそちらに向ける。
 小夜が静かに佇んでいた。

「……なんのよう?」

 僕の問いかけが合図なのか、彼女はゆっくりと中に入り、僕の正面にぺたりと座り込んだ。正直、この吸血鬼と話をする余裕は無いのだが。

「きみのことを夕紀は何も教えてくれなくてね。私なりにきみを知ろうと思って、ここにいる」
「僕のことを?……どうして小夜が知る必要があるの」
「きみは私の主人の大事な人なのだろう。回復するまでとはいえ、血の提供者には従順であるつもりだ。きみに対して夕紀は、かなり思い入れがあるようだからね」
「……意外だな。血も涙も無いのかと」
「意外かね?私は血も流すし、涙も流す。恋もするさ。理性と知性のある獣だからね」

 冗談めかした小夜の言い方に、思わず口角が上がる。
 よくわからないが、励まそうとしてくれているのか?

「痛々しくてね。いつもきみからは濃い闇の気配を感じる。纏わりついていると言った方がいいだろうか。夕紀がきみを気にかけているのも分かるよ。放っておくとどうにかなりそうだものね」
「僕はそんなに弱っちい存在に見えるの?」
「私からすれば人間は皆んな弱い。……と、言いたいところだが、恋をした私は人間に危うく殺されるところだったのでね。警戒はしているよ」
「きみを痛ぶるような変態野郎と僕を一緒にしないでよ」
「きみも嬲られた側かい?」

 なんと答えていいかわからず、視線を床に落とした。小夜の小さいつま先が見える。形のいい爪だ。きっと剥がされる時の痛みなんて知らないのだろう。

「痛みは消えないだろう」

 小夜は静かに続けた。
 真に迫る言い方に凄みを感じるけれど、以前と比べて威圧感や畏怖の念を抱かない。

「それでいい。痛みに慣れない方がいい。尊厳を失うことになる。尊厳を失えば己が終わる。吸血鬼という尊厳を失いかけていた私は、あの時人間に勝てなかった。きみはあの時の私とよく似ている。痛みに飼い慣らされていて、雛鳥のように弱々しいままだ」
「僕は自分が強いなんて思っちゃいないよ」
「……夕紀が可愛がるわけだね」

 小夜の言っている意味がわからず、返せる言葉を持ち得なかった。核心は突かないのがポリシーなのか、僕に気を遣っているのか、煙のように実体が無い。小夜が僕とこうして対話をするのが意外で、じんわりと心にクるものがあるけれど、その気持ちが変に邪魔をしているのかもしれない。

「眠りなよ、シズ」

 夕紀が飲み物を持ってくるのに?
 僕はそう口にしたつもりだけれど、小夜の指先が僕の額に触れた瞬間、ふわりと魂が体から離れる感覚がした。宙に浮いているような、浮遊感。そしてそのまま、急降下して、ふっと意識  が と ぎれ  た   。

〆〆〆.......

古舘夕紀(Furuta Yuuki)
▷この作品で実は一番顔がいい。シズの幼馴染。

雨村(Amenura)
▷愛称シズ。主人公。なんか過去に色々ありそう。

葉山智恵理(Hayama Chieri)
▷連続殺人犯。ストレス抱えてメンタルエラーが起きている。

小夜(Sayo)
▷吸血鬼。本物。シズにちょっと興味を持つ。

御厩樹(Mimaya Ituki)
▷最近出番ないけど普通にコンビニでバイトしている。大学生。

砂越親仁(Sagoshi Chikahito)
▷愛称チカ。カラオケの十八番は『怪獣の⚫︎唄』。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.22 )
日時: 2023/12/13 20:59
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)





 カルピス二つをお盆に乗っけて、溢れないように慎重に部屋に戻る。中に入った瞬間、倒れたシズの足が見えて肝が冷えたけど、小夜が膝枕をしているのを見て、安堵より疑問の方が先に湧いた。

「シズになんかしたのか?」
「いいや、してないよ。よく眠れと言っただけで」
「せっかくカルピス作ってきたのに〜」
「……カルピス?」

 小夜が首を傾げ、怪訝な表情で白濁の液体を見つめる。

「飲んだことねえの?乳酸菌のあっまい飲み物」
「飲んだことぐらいは、ある。ただ記憶している味が本当にカルピスのそれなのか、曖昧なだけだ」
「飲んでみるー?」

 シズに用意したけれど、深く寝ているようだから。小夜の膝枕で。本人が知ったらどう思うだろう。
 小夜はコップを手に取り、少し匂いを嗅いだ後、飲み干した。一気に。艶やかな唇の端から溢れるカルピスを手でぬぐうと、俺の視線に気づいて、更に不思議そうな顔をする。

「なに?」
「いやあ……血以外も飲むんだ」
「きみたち人間も嗜好品はあるだろう。それと同じだ。別に飲まなくても生きてはいける」
「味は合ってた?」
「少し違う。これは、何と混ぜている?」
「牛乳」

 ああそれで、と納得したように頷く。

「この少年が好きそうな味だ」
「昔からそうだ。牛乳とカルピスを割るんだよ。……シズが気になる?」

 血の契約を交わしている俺より、小夜はシズに入れ込んでいるふうだった。特に彼女から話題を持ち出すことはないけれど、俺の話にシズの名前が出ると、ほんの少し瞳が揺らいでいる。小夜自身は気づいていないかもしれないけれど。

「きみたちは血よりも深い、絆で繋がっていると前に話したけれど、どうやらそんな綺麗事では無いようだね」
「どうしたん急に。なんかしんみりしてるぞ」
「同情、と言うのが正しいのだろうか。初めは無礼な人間の子どもだとしか思っていなかったのだけれどね。目を見ればわかる。絶望をした人間の目だ」
「こらこら。勝手に憶測を言うもんじゃないでしょーが。そりゃあ、ちょっと家庭的に問題はあったけどさ」
「家庭に安心できる居場所がないと、こうまでも共存してしまうのか」
「俺とシズがー?前も言ってたけど、単純にちっさい頃からの付き合いで、家もゴタついてたから、二人でいることが多かっただけ」
「自覚が無いふりはしなくていいよ」

 ……やたらと今日はつっかかってくるな。

「楽観的なお人好し、トラブルメーカーの古舘夕紀。シズはそうきみを評価しているみたいだけれど、実際のところはどうだろうね」
「……表向きだけでも、そこに救われる人間がいるならそれでいいんじゃね?」
「そのお人好しは傷だらけの吸血鬼まで拾って、血の提供もしてしまうのだから大したものだ。普通の感覚では出来ない」
「助けたつもりなのにすっげえ言われよう」
「確かに救われたのは事実だ。しかし何かが解せない」

 寝ているシズの頬を撫でる小夜の表情は、まるで子どもをあやす母親のようだった。最近まで顔を合わせれば言い合っていた仲とは思えない。……というより、小夜側の気持ちの変化が大きい気がする。シズに肩入れしているというか、気にかけているというか。

「私は人間を餌として見るのではなく、共存する道を選んでいる。共存する為には相手のことを深く知る必要があるだろう?古舘夕紀という人間を知ろうと思うのだが、きみという人間はなかなか本心が分かりづらい。いっそのことこの少年のことから探ろうと思ってね」
「俺を知ろうとしてくれているのは結構だけど、別に面白くも無いと思うよ」
「そうかな。私を拾って何の疑いも無しに血の提供をしてくれるだけで、じゅうぶん奇天烈な子だと思うのだが」

 随分な言われようだ。
 命の恩人を奇天烈だなんてバチが当たるぞ。

「殺人犯と会ったようだね」
「盗み聞きはタチが悪いな」
「聴覚が優れているものだから。……それで?巷で話題の連続殺人鬼に遭遇して、通報もせずにここに来ているそうじゃないか」

 

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.23 )
日時: 2023/12/29 21:49
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


 小夜の冷静な口調は、シズを咎めているようだった。この吸血鬼は人間の中で長く生きすぎて、脳みそも常識で凝り固まっているらしい。吸血鬼なんだから、もう少し柔軟な思考を持っても良いと思う。

「……葉山智恵理っていう同級生が、子どもを殺しまくってるみたいだ。本人がそう言ったらしい。俺が行った時には、もう話は終わってた」
「夕紀もそこにいながら、自称殺人犯を逃したのかい?」
「シズがバグってたんだよ。葉山が妙なこと言ったんだ。わかるだろう、シズの……地雷を踏むようなこと」
「そうだね。ある程度の予想はつくよ」

 小夜は眠るシズのシャツを胸の下まで捲り上げた。
 シズの脇腹には、おびただしいほどの根性焼きの跡がある。臍の上から、左の肋骨のところを覆うように、鱗のようにつけられている、悪意の印だ。久々に目にしたが、あまり見れたものではない。

「初めて会った時からわかっていた。この子は……嬲られた側の人間なのだと」
「それは吸血鬼のカンってやつで?」
「どちらかといえば、私も人間には痛い目にあっているからね。匂うんだ。私と同じように、暗闇の淵を歩いている、亡霊のような腐臭が。きみと血の契約を交わしたと知った時、この子は怒り狂っていただろう」
「そんなに?呆れているようには見えたけど」

 敵対心というか、嫉妬心というか。そういうのは感じたけど。

「唯一の居場所であるきみを盗られたと、ひどく困窮していたようだね。それを見て少しは心が潤ったかな、古舘夕紀」
「……性格悪う」

 シズが小夜を拒みたいのは見てわかる。鬱陶しく思ってるんだろうなとか、少し言い換えればヤキモチ妬いてるんかなとか。周りはふざけて「付き合ってんの?」等と訊いてくるが、別に恋愛感情が無いだけで、中身は恋人となんら変わらないと思う。というか、それよりも深い気がする。小夜と俺の血の契約よりも、もしかしたら。
 シズの服を直して、小夜は長い髪を梳かしながら俺を見上げる。

「地雷を踏まれて狼狽えるシズを庇うことを、優先したんだね」
「そういうこと。小学校の頃から、葉山は少し不気味だった」
「古い知り合いだったのか」
「転校したけどな。俺らは木叢団地の人間だったし、特にシズは親がヤバかったから、周りがあいつに近づかなかったんだよ。俺をワンクッション挟む感じで、皆んなはシズと接触してた。……けど、葉山だけはシズにがっつり関心を持ってたな」

 シズについては色々と有る事無い事がしょっちゅう噂されていた。実際、あいつ自身もかなり内向的で、俺がいないと学校には絶対に来なかったし、とち狂った親のせいで休む日も多かった。ただでさえ木叢団地は色々とタチの悪い奴らが住んでいて、治安が宜しくないですねウフフ扱いなのに、シズは見事にそれを体現しちゃう暴れっぷりだった。
 静かに隅にいると思ったら、時々椅子でガラス窓を叩き割ったり、鉛筆の芯で同級生の目を刺そうとしたり、とにかく地雷を踏むと戦闘力が万倍になるやつだった。
 皆んなはドン引き、悪口を言っていた奴らもいつしかシズを「キレると本気で何をするかわからない危険物」として認識し、絶対に近寄ろうとしなかったのだ。……そういえば、シズの父親もそんな人だったな。

「好きだったんかもな。シズのこと」
「変わり者だねえ。その子もだいぶ」
「まあ変わってると思う。シズは忘れてたみたいだけど、葉山はめちゃくちゃシズに絡みまくってた」
「……シズの母親は、何か事件に巻き込まれたのかい?」

 それも聞こえていたのか。
 苦虫を奥歯で噛んだような不快感が走る。シズの母親のことは、俺もあまり思い出したくはない。

「行方不明になった」
「ほう」
「俺らが小学3年の時に」
「まだ見つかっていないのかい」
「そう。死んでるとは思うけど。ていうか死んどけよって感じだけど」

 きっかけは、俺の提案。
 シズの親が後生大事にしているものを、全て捨ててみてはどうかと提案した。父親が書き殴る意味のわからないノートも、母親が持ってるシャブも。
 全部捨てれば、まともになるんじゃないか。
 当時の俺はそんなバカみたいなことを本気で言っていた。
 シズが全部捨てたらいい。怒られたら、俺の家に逃げてくればいい。3回ドアを叩くのを合図にしよう。必ず開けるから
 確かに俺はそう言った。
 けっきょくドアは叩かれることは無かったし、シズの地獄は別の形で終わることになった。
 でもそれは別の話で、遠い遠い昔の話だ。

 「葉山はシズの親のことについて、何か知ってるんだろうな。なんで子どもを殺してるのかは知らないけど、シズに絡んでくるのは厄介だな……」
「喰らおうか?」
「なに?」

 なんて言った?と視線を向けると、小夜がニヤリとほくそ笑んだ。

Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.24 )
日時: 2023/12/30 00:31
名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)


「喰らおうか、と訊いたんだ」
「小夜は人間との共存を選んだ、理性ある吸血鬼じゃなかったんか?」
「その通りだよ。だからこれは、提案であり、私からきみたちへの配慮……と言った方が正しいのかな。平穏に過ごしたいだろう?ただでさえ得体の知れない吸血鬼と契約を交わしてしまっているんだ。これ以上、妙なことに巻き込まれるのは避けたいだろう。夕紀も、シズも」
「それはごもっともなんだけど……喰らうっていうのは、物理的に?」
「当然だ。私は吸血鬼なのだから」

 今の小夜は、俺が死なないように一度に飲む血の量をセーブしている。以前の主人から虐げられていた時の傷や飢えは、完全には回復していないはずだ。

「葉山を喰ったら、小夜は完全に回復するのか?」
「女ひとりを丸ごと……そうだね。私はほぼ回復するだろう。血の契約はどうするかって?心配は要らないよ。主人は夕紀だ。一方的に私が契約を破棄することは、私の倫理に反するのでね。それに、一時的に回復したからと言って、それで終わりではない。私は長い時を生きる。きみが赦してくれるのなら、契約は継続させたいものだ」

 要するに。

「葉山を喰うのは、マジで俺らへのお情けなわけ?」

 確認する。

「人間を襲うのは嫌なんじゃなかったのか」
「……勿論、抵抗はある。人の世に生きすぎたからね。だけども私は夕紀の吸血鬼だよ。それに血を与えてもらっている状態だ。何かお役に立とうと思うのが普通ではないかな」

 ぴくりと、眠っているシズの左手が動いた。
 眉間に皺を寄せ、「うう……」呻きながら寝返りを打とうとする。「おっと」器用に小夜が膝からシズの頭を下ろした。
 葉山智恵理が居なくなったら、こいつは何を思うんだろう。
 真っ先に小夜を疑いそうだ。そしてそれはビンゴになる。……でも、また上手く言いくるめられれば、平穏な日常に溶け込んでくれるだろうか。横槍を入れられてズレたままの視野で世界を視て。それが正解だと誤認してくれるだろうか。
 ……無理なら、また助ければ良いか。

「わかった。小夜、葉山を喰らって」


07

 回想。

 いっこ下の幼馴染ふたりは、少々異質だ。
 特に女顔の方。闇抱えてそうで、団地の中でも少し浮いていた。
 そもそも俺はC棟に住んでいて、A棟に住むあいつらとは小学校の途中まであまり面識は無かった。
 面識が生まれたのは、小学3年か4年の夏。
 団地のC棟とD棟の間にある小さな公園。特に理由もなく、夜に俺はその公園内を彷徨いていた。なんで子どもが夜に家を出るんだって疑問は、胸に収めてほしい。この団地ではたまにあることだ。
 その夜の公園に、女が半裸で寝ていた。街灯に照らされたベンチに、堂々と、汗ばんだ身体を曝け出して。官能的で、ガキには刺激が強い光景だけど、俺は正直不気味に感じた。
 その女は寝ているのではなく、明らかにトんでいた。目と口は半開きで、口の端から白い泡が垂れ流しになっている。サンダルは片方履いてなくて、キャミソールはゲロで汚れていた。皮と骨だけなんじゃないかと思うほどげっそり痩せている。
 救急車を呼ぼうにも携帯なんてその時は持ってなかったし、何よりその女が気味悪すぎて関わりたくも無かった。
 どうしよっかなーと周りを見ていると、二つの小さい影が近づいてくるのが見えた。
 年は俺と同じぐらい。一人は泣きべそをかいていて、もう一人はそれを宥めている。

「ああもう。やっぱりこんなところにいるよ。本当にどうするんだろうね」
「ごめん、ゆうき」
「シズは謝らんでいいだろー。こいつが悪いんだから」

 どうやらこの半裸のおばさんの関係者らしい。
 俺の視線を感じて萎縮するかと思いきや、「ゆうき」と呼ばれた方がグイッと俺の方に寄ってきた。

「ねええー、今から運ぶの手伝ってくれん?」
「……え、おれ?」
「おれおれ!お前以外に誰がいるんだよー。大人を運ぶのしんどいんだよ」

 はぁと長いため息をつき、「ゆうき」は半裸おばさんを睨みつける。

「あのさ、この人は誰なん?」
「シズの………こいつのお母さん」

 「シズ」と呼ばれた方がビクッと肩を振るわせる。
 こいつは何度か団地内で見たことがある。顔は女みたいだけど、着ている服がボロすぎて性別がいまいちわからん。

「俺さ、古舘夕紀っていって、こっちはシズっていうんだけどA棟に住んでんの。お前はどこに住んでんの?」

 ふるたゆうきはガンガン話しかけてくるやつだな。俺はあまり喋るのが得意じゃないんだけど、こうもガツガツ来られると話をしないわけにもいかない。

「砂越親仁。C棟に住んでる」
「さごしちかひと……カッケェ名前!なあ、なあ、シズ。チカに手伝ってもらおうよ!」
「チカって俺のこと?」
「良いネーミングセンスだろ!」

 展開が追いつかない。
 この半裸おばさんの子どもとその友だちが、今からおばさんを運ぶからそれを手伝わされそう。そしてついでに俺は「チカ」というあだ名をつけられた。
 こちらが良いとか悪いとか反応する前に、夕紀は半裸おばさんの両足を持っていた。

「頭が重いから、シズとチカで持ちな」

 その日の夜、俺は初めて大人の女の人の身体を持ち上げた。確かに頭は重かったし、A棟の2階に上がるなんて聞いてなかったから、途中で本気でおりたかった。
 でも、二人のことは気になった。
 ちょこちょこ会って話すうちに、家庭背景や二人の性格がわかってきた。
 夕紀はとにかく楽観的というか、ちょっとやそっとのことでは動じない図太いやつだった。例えば俺が異世界から来た宇宙人だったとして、それが夕紀にバレても「うん。それで?」と平然とできるタイプだと思う。
 対してシズは人間不信なのか人生に絶望しているのか、めちゃくちゃ病んでいるやつだった。シズの両親のことを考えれば、そりゃこう育つよなと納得できてしまう。あと男だった。


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