複雑・ファジー小説
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- 彼が愛した吸血鬼
- 日時: 2023/03/11 07:48
- 名前: ネイビー (ID: VYLquixn)
◎春だからかいくらでも寝れてしまうネイビー。
◎暇さえあれば何か食ってる。
◎楽しく書いていこう。春らしいの書きたい(大ウソ)
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.32 )
- 日時: 2024/04/06 16:17
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
正直、テストどころじゃない。
その日家に帰った途端、どっと疲れが出てきて、布団に倒れ込んだ。テスト期間中だから昼過ぎには帰ったものの、何も食べる気が起きず、枕に顔を埋める。
夕紀と2人で帰ってきたけれど、お互いに会話は無くて、影に潜んでいるという小夜も姿を見せなかった。
何も考えたくない。
テレビもつけなかった。
葉山さんが行方不明になったニュースが流れてきたらと思うと、怖くてつけられなかった。
しんとした静かな時間が流れる。重たくて、淀んだ時間。このまま僕自身も溶けて、ぼやけて、なくなってしまいたい。
目を閉じた。
視界が無くなると、嫌でも思い返してしまう。
落書きが貼られた部屋。それと対話する父の背中。煙草と注射器の残骸に埋もれた母の裸体。泣くことすらできない僕。このボロい団地の一室で、尊厳とか人権とかそういうものは僕に一切無かった。
あの日、僕が全てを壊した日。
確か小学3年か4年生の時だと思う。
母親が薬や男を求めて家を出ている時と、過剰な潔癖症の父親が風呂に侵っている時を見計らって、事前に夕紀と話していた計画を実行した。
僕は普段、この二人の目が僕に向けられない時--先ほど言ったような外出や入浴など、僕を監視できない時、全裸でリビングに立っているよう命令されている。
何故全裸かと言うと逃げられることを恐れてだと思う。逃げるも逃げないも、当時の僕にはそういう思考を削がれているので、そもそもそこに考えが行き着いていないのだが。
ただその日、逃げることは考えていなかったけれど、壊すことは考えていた。壊す。その時の僕は、壊したら綺麗に直るものだと信じていた。父親も母親も、普通の人間になって、普通に僕も生活を送れる。憧れていた普通を手に入れる為に、一度壊そうと、そう決めていた。
父親が意味不明の独り言をでかい声で撒き散らしている。
僕は出来るだけ音を立てないように、父親の部屋の扉を開けた。
6畳の部屋を開けると、まず向けられる目、目、目、目。父親の描いた絵の不気味な絵が、僕をみている。足はすくむけれど、僕はその絵を、出来るだけ多く壁から引き剥がした。全ては無理だ。量が多すぎる。山積みにされた落書きのノートは、シンクにぶち込んで上から水を流した。
次に、ゴミの山に埋もれているテーブル。そこに置かれている注射器を壁に叩きつけた。もうその辺りから物音がどうのこうのとか気にしていられなかった。何かが吹っ切れた気がして、とにかく破壊を続けた。
風呂場から全裸の父親が何か言いながらやってきて、僕の鼓膜が破れるほど平手打ちするまで、僕の破壊は止まらなかった。
自分の世界が壊されたことに絶望したのか、聖域となる父の部屋に無断で入ったことに耐え難かったのか、父は頭を掻きむしり、かと思えば先ほど僕を吹っ飛ばした男とは思えないほど小さく背を丸めた。そして、しばらく何か呟いて、おもむろにネクタイ(この時、あの大量の落書きの中から、何故ネクタイをすぐ取れたのかはよく見えなかったし、いつも家に引き篭もる父が何故ネクタイを持っていたのかも分からない)を拾い上げ、部屋から出ていった。
左耳の閉塞感を抱えながら、僕は自分が父の世界を壊したことにある種の達成感を感じていた。あんなに弱々しくなった父を初めて見たからだ。もしかしたら、父は父ではなく、新しい存在として生まれ変わったのかもしれない。そう思うと笑みさえ溢れてきた。
どれぐらい経ったかはわからない。体感ではあっという間に思えたが、外は薄暗くなっていた。
父はどこに行ったのかと、部屋を出る。
父は、すぐに見つかった。
トイレにいた。用を足していたわけではない。トイレのドアノブにネクタイが巻き付いていて、ネクタイの端には首が伸びた父がいた。
「…………ほんっとうに、くそだな」
忌々しい。まるで呪いだ。
思い出すとろくなことがない。奥歯を噛んで意識を逸らす。頭がひどく重く、最悪な気分だった。
今は、昔を思い出している場合じゃない。
布団から起き上がり、制服を脱いだ。風呂場に行き、水を浴びる。体が冷えると少し冷静になった。水を止め、鏡に映る自分と向き合う。
女みたいな造りの顔。上書きされ続けた怪我と火傷の痕。汚点でしかないこの体は、いつも一人歩きしていた。自身の思いとはかけ離れて、いつだって勝手におかしいことになっている。特に、こんなふうに冷静になった時に。
小夜の血を飲んだ時、間接的に葉山さんの一部が僕の中に入ってきた気がした。僕が視たあの光景が、あの心情が、葉山さんのものだとしたら。
ボディソープの匂い、うちとは違うはずなのに葉山さんの柑橘系の匂いが今も漂っている。
……こういう思考になる僕は、やっぱり頭が狂っているのかも。
反応した下半身をゆるゆると扱く。なにも、変わってない。なにも変わらない。あの女と。
硬くなったそれを手のひらで包み、次第に動きが大胆になる。「……っ、ひっ」声が上擦り、目尻から涙が出てくる。
射精は簡単にできた。
ただ、快感と共に押し寄せる羞恥と自身への憤りが一気に押し寄せてきて、冷静だったはずの頭が沸騰しそうになる。
「あー…………、まじで最悪」
ひとりでいるには辛すぎる。お豆腐メンタルだと嗤われてもいい。少し気を紛らわせないと。
タオルで全身を拭き手早く着替える。髪は勝手に乾くだろう。頭痛は放っておけばいい。
鍵と携帯を持って家から出る。
むせ返る春の匂いに眩暈がする。昼をとっくに過ぎてもぬるく纏わりつく風が不快だ。
適当にぶらついて帰ろう。夕方までに帰って、何かしらを腹に入れる。
今日を生きる目的ができた。あとは、実行だけ。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.33 )
- 日時: 2024/05/03 07:02
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
満開だった桜は既に散り始め、葉桜へと姿を変えている。誰が掃除するのか知らないけど、毎年団地内の駐車場は大変なことになっている。薄桃の絨毯。踏まれて轢かれて、ドロドロになったものもいるけれど。
この時期は日が長い。今が昼間なのか夕方なのか分からなくなる。正確な時間を知るために携帯を見た。15:36と表記されている。なんだ、まだこんな時間だったか。
A棟から歩いて、いつもの憩いの場に向かう。
肩に着いた桜を退けながら歩き、7分ほどしてやっとベンチやら自販機やらが見えてきた。
「おー、シズじゃん」
少し手前から誰かがベンチに座っているのは気づいたが、それがチカだとは分からなかった。
なぜかというと、彼の髪が昨日と全然違うからだ。
ブリーチで傷んでいたはずなのに、暗くなってパーマがあたっている。一瞬誰か分からないし、めちゃくちゃ似合っている。大人っぽい。
知り合いの中でも割と気心許せる奴で良かった。安堵しながら、僕は座るチカの前に立つ。
「髪、誰か分からなかった」
「知り合いがモデル探してたからやってもらった」
「昨日まであんなにガラ悪かったのに」
「もう厨二くさい頭の色は卒業したんよ」
言いながらポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。
「なんでこの時間にここにいんの?ガッコーは?」
「もう学校は終わった。今日からテストだったんだ」
「あーなるほど。テストの日って帰るの早いな」
「そうだね。チカはなんでここにいるの?」
長く煙を吐いた後、チカは一言「暇すぎて」と答えた。
仕事はどうしたと聞こうとしたが、無粋だろうと考え直す。知りたがりの僕と違って、チカは他人の事にあまり干渉をしないし、自分の事も大っぴらに語ったりしない。夕紀とはまた違う僕の理解者。
「シズはなんか顔色悪いけど、大丈夫なん?」
「ああ、大丈夫」
「SOSは解決した?」
そういえば昨日、チカと一緒にいる夕紀に電話をかけたのか。夕紀のことだ。僕に呼ばれたとチカに話しているだろう。
「最悪の形で解決している。だけど話が片付いただけで、読者は置いてけぼりな感じだ」
「スッキリしねぇな。ネタバレしてもらえ」
「肝心なところはいつも伏せられてるんだ」
僕自身が曖昧だから、真実の方も全力で僕から逃げているとしか思えない。
チカは「ふーん」と興味無さそうに相槌を打つ。興味は無さそうでも、冷たい印象を受けないのが不思議だ。
「チカってさ、嫌なことがあったら、それを忘れる?」
「んー。まあ、いつのまにか忘れてるな」
「思い出すことはできる?」
「頑張ればね」
「僕さぁ、思い出せないんだよね」
夕紀はそれでもいいと言ってくれたけれど。
葉山智恵理のことを、このまま「無かったこと」にしてもいいのだろうか。
「僕が小さい頃、色々と関わりがあった子がいたらしいんだけど、それを全く覚えていないんだよ」
「記憶障害?」
「そう言っていいのかもしれない。その子が関わっている記憶は、僕にとって嫌なことだらけらしい」
「……シズはそれを知りたいんだ?」
「知っておきたい」
なるほど、とチカは煙草を地面に捨てて、靴の裏で踏んだ。
「シズの話はよくわかった。想像でしかねぇけど、たぶん夕紀からは、思い出さんでいいって言われてんだろ」
「ご、ごもっともです」
「じゃなきゃお前が俺にここまで言わねえもん」
「そうだね……。けっこうモヤモヤしてる」
「俺もお前と長い付き合いだ。その関わりがあったってやつ、一度ぐらい俺も見たことがあるんじゃねえの?」
「小学校3年か4年の時に同じクラスだったんだけど、チカは一個上だから知らないかも」
「知ってるかもしれんだろ」
「葉山智恵理って子なんだけれど」
名前を出した瞬間、チカの顔色が変わった。
眉間に皺を寄せ、口をぽかんと開けて「……葉山智恵理?」と聞き返す。
「葉山智恵理。覚えてる?少しの間同じ小学校だったんだけど」
「……いや、それはすまん。覚えてない。そこじゃなくてさ。葉山智恵理をなんで知ってる?」
僕はチカに、葉山さんと同じ高校であることと、実は小学校の時に葉山さんから一方的に好かれていたことを話した。その時の記憶がまるで無いということも。もちろん葉山さんを喰らった吸血鬼の存在は伏せ、葉山さんが小学校時代に行った、過度な僕への干渉は夕紀から聞いたことにした(吸血鬼の血を飲んで念を通して過去を視た、なんて信じないだろう)。
僕の話を聞く途中でも、チカは口に手を当て何かを考え出していた。
「……シズ、少し白状するとさ。お前や夕紀は俺に会うたびに、ヤバい連中とつるんでいることを心配してたな」
突然変更された話題についていけず、声が上擦る。
「え?ああ、そうだね。治安は悪そうだけど。……それがなに?」
「ぶっちゃけると、俺はとある暴力団関係者ともつるんでいて、片足そっち側に入っちまってる」
「……だからそれがどうしたの?」
「その暴力団の頭の名前は、葉山王臣。葉山智恵理の父親だ」
♬
「何を視て、何を視せた?」
リビングに設置されたソファは、こいつの定位置となっている。
全身黒ずくめの小夜が、小さく丸々とカラスにも見えて、少し不気味だ。
先ほど……と言っても数時間前、小夜は葉山智恵理を喰らった。久々の血肉に浮かれ、身体的にもその兆候が見えると踏んでいたが、あまり変わりはない。
俺の質問を受けて、気怠そうに顔を上げた小夜は、長くため息を吐いた。
「パズルのピースが揃ってしまったらしい」
「どういうことだよ」
「葉山智恵理の肉体を喰らって、私は彼女の念を受け取った。そしてそこに、全てのピースが当てはまっていたということだよ」
「釈然としないな。もっとわかりやすく言えよ」
「葉山智恵理との過去を、シズに見せたんだ。途中できみが介入したので、全てを送り込むことは出来なかったけれど」
「……俺はそんなことまで頼んでねぇんだけど。なんでわざわざ、シズの傷を抉るようなことするわけ?」
「……達観しているようだが、夕紀。きみも実に曖昧な立ち位置に立っていることを忘れてはならないよ」
小夜は口角をあげ、全て見透かしているようにこちらを見る。
俺はあいつを傷つけてなんかいない。むしろ逆だろう。あいつが壊れないように支えてやろうとしているのに。
「葉山智恵理は、シズに一方的な行為を抱いていた」
小夜は語り出した。
嬉々として。
飄々として。
「どちらも家庭背景に多くの欠陥がある子どもだった。葉山智恵理の父親は、20も年下の女と再婚し子供を儲けた。葉山智恵理は疎外感を感じ、家庭に安寧を求められなくなった。その時に同じクラスの、自分よりもっと不遇な環境にいる少年、シズに執着しだす。元々、承認欲求が強いタイプだった葉山智恵理はここぞとばかりに彼に接近したみたいだね。不登校気味のシズの家……この木叢団地を訪問するなど、幼いながらにやり口はストーカーそのものだった。気質があったんだろうね。当時のシズは家庭での凄惨な虐待によって、精神的に大きな負荷がかかり、日常生活すらまともに受けられないでいた。訳のわからないクラスメイトに恋心を告白されても、蝿が集る程度にしか思ってなかっただろうね。
……葉山智恵理は接触を続けた。引くということを彼女は知らなかったし、歪曲した感情は暴走するばかり。
シズの家に何度も訪問をしていたそうだ。シズの家には倫理観のカケラもない、本物の吸血鬼よりも獣じみた野蛮な人間がいたね。自分の欲求でしか動かない人間が」
わかるだろう、と問いかけるような口調。
「……シズの母親」
常に焦点が合わない、骨が浮くほど痩せたシズの母親を思い出す。シズの母親は家にいることが少なかったが、帰ってくると支離滅裂なことを言ったり、夜中に抜け出して団地内にぶっ倒れたりと、まあまあヤバい女だった。一度、シズとチカと一緒に団地の休憩場に倒れてるあの女を運んだことがあるっけ。
「彼女たちは鉢合わせしていたみたいだね」
「……鉢合わせ」
「シズの母親は、葉山智恵理に暴力を振るった」
「はぁっ?!」
急展開すぎて空いた口が塞がらない。
葉山に暴力を振るった?
「家に何度も訪れて喚く子どもが鬱陶しかったんだろうね。普通なら嗜めるように話をするものだけれど、当然シズの母親にそんな常識は無い。平手打ち二発。葉山智恵理はそのまま家に帰り………、父親にこのことを打ち明けたようだ。父親は逆鱗し、シズの母親を誘拐し、殺害するように指示を出している」
「…………なんつった?」
物騒すぎる話になっていることに気づき、慌ててストップをかけた。
だけど、小夜は止まらない。
「こちらも真っ当な親であれば、学校などの教育機関や警察に報告するのだろうけれど。……真っ当じゃなかったんだよ。葉山智恵理の父親は、暴力団組員の親玉だ」
「……じゃあ、シズの母親が行方不明なのは……葉山智恵理の親が……そう指示したからっていうのか?」
「そうだね。そういうことになる」
急展開すぎてついていけなくなり、頭を抱える。
シズの母親が行方不明になったのは、シズの父親が自殺した日の翌日らしい。俺の「全部壊してしまえ」という提案を鵜呑みにしたシズが、その通り実行してしまい、父親が突発的に自殺した。その時に家に母親はいなかったらしい。そしてそのまま、連絡もつかず現在も行方が分からなくなっている。
「あの子の母親は、どうやら違法薬物にどっぷり浸かっていたらしいじゃないか。組員がわざわざ家に行かなくても、ドブくさい夜の街を探せばすぐに見つかるだろうね」
「………なぁ、少し聞いていいか」
「なんだね」
「葉山の父親は、同級生の親を誘拐し殺害すると、葉山に伝えたのか?
「いいや。葉山智恵理には一般的な愛情はあったようだ。子ども相手に伝えられる内容ではないし、裏稼業のことさえ、伏せていたみたいだね。」
「じゃあ、なんで小夜はそのことを知っているんだよ。小夜が視たのは、葉山智恵理の過去だろう?葉山に伝わっていない情報が小夜に伝わるわけがない」
小夜の唇が、少し震える。一瞬で治ったが俺は見逃さなかった。何かに動揺しているのか。
「本来ならば、ここまで情が移ることもないのだけどね」
先ほどまでの余裕のある表情が一変し、俺から目を逸らして伏目になる。
「シズの母親を殺害したのは、私だよ」
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.34 )
- 日時: 2024/05/12 14:32
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
小夜の告白は、心臓を素手で撫で回しているのかと思うほど俺に衝撃を与えた。
あの女を殺したのが小夜という事実が、なかなか飲み込めない。そもそも接点が何故あったのか。
「初めてこの家に来た時、私は今までの経緯をきみに話したね。そこで私は……嘘をついた。いや、嘘をつくつもりはなかったけれど、伏せていた事実がひとつだけあった」
「……囲われてたのか?ヤクザに」
小夜はこくりと頷く。
察しが良くて助かるよ、と目の奥が意地悪く笑っているような気がした。本当に、良い性格をしている。さっきまで、らしくもなく動揺していたと思ったけれど、どうやら俺の勘違いだったらしい。
「オカルトやミステリーを好む輩は、私のことを崇拝しすぎる傾向にある。初めは人間から神と崇め称えられるのも悪くないと思っていたのだけれど、崇拝は畏怖になる。恐怖での支配を私は望んでいないからね」
「だからヤクザに交渉したっていうのか?」
「それも少し違う。私が次の契約者を探しているときに、声をかけてきた男がいてね。ヘラヘラとしながら、こういうのに興味はないかと、あろうことか私に水商売を勧めてきたんだよ。呆れ果てたね。吸血鬼が夜伽に身を沈めるなんて、酷い冗談だ。
当然、断った。だけれど男は引かなくてね。テキトーにあしらっていたのに、あまりにもしつこかったから私のことを話したわけだ。どうせ冗談だと捉えると思った。頭がおかしいと罵ってくれても良かった。……だけど男は、私のことを″面白い″と気に入り、そのまま血の提供者としての契約を結んだわけだ。男は暴力団関係者で、そこの頭は葉山王臣という。ここまで言えば、夕紀なら分かるだろう」
「……なんとなくの予想はつくよ。お互いの利害が一致しているもんな」
吸血鬼を飼い慣らした暴力団。
色々なところで小夜を悪用できたはずだ。
小夜に喰らわせれば、殺人の証拠なんて残らないし、残ったとしても立証されることなんて無いのだから。
小夜にとっても好都合だろう。交渉相手の血だけでなく、他の人間の血も貪れる。
「お前は、人間を好きでいたんじゃなかったのか?初めに言っていただろう。家族の血を、お前自身が生きていくために最低限飲めたらそれでいいと。情が湧いて苦しいから、そういう生き方をしてきたと」
「それは本当だよ。私も、まさか、殺人の片棒を担がされることになるとは思ってもみなかった。″食事″ではなく、″殺人″……。私は男に言われるままにそれを犯した。最初に話したと思うが、男は態度を途中から変えた。私は監禁され、酷い扱いを受けていた。虐げられるたびに体は傷だらけになり、それを治すために力を使う。そうすると体は再び血を求める。永遠と、その繰り返しだった。餓死寸前にまで追い込まれれば、目の前に人間を出されたら喰うしかない。私の本能は、私の意思とは関係なく、私自身を生かすために殺人を良しとしたんだよ」
目の前に出された人間というのは、恐らくヤクザたちにとって都合の悪い、消してしまいたい人間だろう。
小夜を極限まで追い詰め、利用し、人を殺めさせた。
本当に人間というのは、惨いことをする。
「その喰った人間の中に、シズの母親がいたんだな」
「……そうだ」
その後、何年か経ち、男の隙をついて逃げ出した小夜は、この木叢団地の近くに倒れ込み、たまたま通りがかった俺に拾われたというわけだ。
何の因果関係か。
本当に、恐ろしく奇妙な縁だ。
「葉山王臣……あの男の娘だったか。そうだと分かれば……私はもうここには居られない」
「え?どうして」
「葉山智恵理を喰っただろう。あの男は絶対に動き出す。もしかしたら私のことも嗅ぎつけるかもしれない」
「俺が死ぬまで傍にいるんじゃねぇの?」
「そうしたいが……、きみの願いは叶うんじゃないのか?」
「俺の願い?」
「シズと穏やかな日常を過ごすという願いだ。もう邪魔者はいないだろう。葉山智恵理も、シズの母親も、私が喰らったのだから。……まあ、きみのことだ。″そうなるように焚き付けた″のかもしれないけれどね」
最後のは余計だ、吸血鬼。
思わずカハッと渇いた笑いが漏れる。
そんな俺を小夜は冷ややかな目で見つめていた。
「私にしてみれば、きみも葉山王臣やあの男と何も変わらない。下卑た人間だよ」
まったくだ。
俺もそいつらと変わらない。
情を利用して小夜に殺人をさせたんだから。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.35 )
- 日時: 2024/05/17 09:30
- 名前: ネイビー (ID: OSKsdtHY)
10
♪
「その暴力団の頭の名前は、葉山王臣。葉山智恵理の父親だ」
いつも表情をあまり変えないチカが、少し焦ったように早口になり、僕から視線を逸らさず穴が開きそうなほど見てくる。ただならぬ様子に怯みながらも、葉山智恵理の父親がオーシンで、ぼーりょくだんというヤバい連中の親玉だという事実をなんとか頭にインプットさせる。脳みそ全体がザワザワしてきた。
「ボーリョク団ってあっち系の?」
「こわ〜いお兄さん達がいっぱいいるやつだわ」
「チカ、やっぱり超不良になってんじゃん……」
幼馴染のこれからの行く末を考えると頭が痛い。
方や吸血鬼に身を捧げて、方や暴力団に入っているとは。前者の方がよっぽど訳がわからないけれど。
「僕は葉山さんの父親がそんな人だって知らなかったし、本人からもそんな話は聞いてなかったよ」
それにどちらかというと、葉山さんは家族のことが大嫌いみたいだったし。
「たぶん言ってねぇんじゃないか。俺も名前は知ってるけど智恵理チャンに会ったことねえし。あーけど小学校は同じだったのか」
「チカより一つ学年は下だけど」
「あんま行ってなかったし、アルバムも無ぇから忘れてたわ」
「僕は同じクラスだったらしいけど、全然覚えてないんだ。自分のことなのに記憶がないって、普通ではないよね?」
そう訊きながら、僕の頭の中は別のことでいっぱいだった。暴力団ってヤクザってことだよな。……小夜はとんでもない子を喰らってしまったんじゃないのか。葉山さんが帰らないことを不審に思ったら、一斉に怖い人たちが捜索するんじゃないだろうか。その前に警察に行方不明届けを出すのか?……そういう時ヤクザって警察に頼るのかな。小夜が喰ったってバレたらどうなるんだろう。どうにもならないと思うけど。相手は吸血鬼だし。
背中に冷や汗が流れる。
「フツーでは無いだろ。というか、お前は今更フツーになんてなれねぇから、あんまり深く考えんな」
チカから呆れたように返答が返ってくる。
「普通になれないってなんで」
「俺から見たらお前も夕紀も異常だわ。それに昔のことが本当にあったかどうかなんて、お前だけじゃなくてみんな確証は持てないだろ。そこ掘り返して何の意味があるんだよ。面白くもねぇのに」
確かにそうかもしれないけれど。
「やっぱり覚えていないことがあると、不安にはなるよ」
「覚えてないってことは、思い出さなくていいことなんよ。必要なことは絶対にどっかで思い出すから」
思い出さなくていいこと。
夕紀からも本当に知りたいのかと散々訊かれた。僕にとって、少なくとも今の僕にとっては必要のないことなのかもしれない。
一番気掛かりなことを話してみた。
「夕紀に背負わせてる気がする」
「あいつはお前のことなら喜んで背負うだろうよ」
「今、夕紀は色々なものを背負ってるんだよ」
吸血鬼とか。
口が裂けても言えないが。
「だから」
「だから自分のことはしっかり自分で立て直そうって?俺はお前らの危なっかしいところも、あやふやなところも、一人では背負いきれないと思うけど。でも二人ならいけるんじゃねえの?知らんけど」
最後の、「知らんけど」がチカらしい。
チカは決して距離を詰めたり無理に引き離そうとしたりしない。一線を弁えて僕たちに接している。それは、今までの周りの人間たちから感じられる異端扱いの気とは少し違う。
僕がこの男を頼れる理由だ。
「どうせ夕紀が背負ってるものだって、お前も知ってて少し絡んでるんだろう。あいつも一人では無理だから、お前に頼ってる部分はあると思うけど」
どうだろう。小夜のことは僕が押しかけてたまたま血を吸われているところを見てしまったから、知ることになったというだけで。初めは夕紀も隠していただろうし、もしかしたら僕に伏せようとしていたことなのかもしれない。
「それより俺は、葉山智恵理がお前にゾッコンだったってことの方が衝撃でけぇよ」
「ああ、僕もびっくりした」
「世間は狭いってやつだな。……なんか喋りすぎて喉枯れた。コンビニ行こうぜ」
そこの自販機は、と僕が指を指す。
少し困ったように笑い、「酒が飲みたい」とチカは答えた。
- Re: 彼が愛した吸血鬼 ( No.36 )
- 日時: 2024/05/19 21:43
- 名前: ネイビー (ID: QEDC6Aof)
チカといれば僕も何か食べられるかもしれない。
コンビニの涼しい冷気を浴びながら、僕はパンコーナーの前に立って考えていた。
レジを見ると樹さんはおらず、顔見知り程度のおばちゃんがいた。僕の視線に気づくと向こうも軽く会釈する。シフトでたまに一緒になるけど、これといって深い話はしたことがない。
一緒に入ってきたチカを興味深そうに見ている。腕の刺青を気にしているのが嫌でも分かった。
「はよ選べや」
既に酒を持っているチカが怠そうに背後から声をかけてきた。
こういう時に自分が何を食べたいのかまったく分からない。適当に無難なスティックパン6本詰めを手にすると、チカが「そんなもん味気ないだろ」と呆れたように笑う。
「欲のないやつだな」
「そんなことないよ」
そう。そんなことはない。
性欲とか。間違った方向性ではあるけれど。
けっきょくスティックパンを買った。レジのおばちゃんはチカに対しての年齢確認についてはスルーして、酒の購入を許した。
コンビニを出る。スティックパンを齧りながら、一緒に買った水を飲んで、胃の中にパンを送り込んだ。
チカはチューハイの缶を開けて飲むと、再び煙草に火をつける。
「ねえ、僕にもちょうだい」
自然とその言葉が出た。
チカはあまり驚きもせず「ん」と一本、僕に渡してくる。咥えるとライターを持つ手元を近づけてくるので、それに応じる。
重たくて、不味い煙を肺の中に入れる。くらっと視界が一瞬ぼやけた。
「夕紀がそれ知ったら、俺ぶっ飛ばされそう。悪いこと教えるなーって」
「……こんなものを美味しいって吸ってるのか」
「お前には合わなかったかな。らしくないことするなよ。ただでさえ早死にタイプなのに」
「だれが早死にだ」
なんだったら一回死んでるのかも。一回だけじゃないな。あの親と住んでいたときは、生きながらずっと殺され続けていた気がする。
まだ吸えた煙草を喫煙所の灰皿に捨てた。チカはそれを咎めない。口の中に充満した味を消したくて、スティックパンを咀嚼した。水を挟まないと、すぐに水分を持っていかれる。
「……あの人、バイトの人だよな」
「ふぇ?」
チカが見ている方は、木叢団地のA棟の方だった。
A棟の近くを樹さんがバイクを押しながらウロウロしている。何かを探しているようにも見えた。
「あー樹さんだ。なんか前も団地の中を彷徨いてたんだよな」
「怪しい……と言いたいところだけど、そんな怪しいやつたくさんいるからな。ここは」
「落とし物を探してるらしい。まだ見つかってないのかな」
「連続殺人事件の犯人だったりして」
がつんっと頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。彼女の最期に関わったはずなのに、僕の中で数時間前のあの衝撃が確実に薄いものになっていた。もはや非現実的すぎて本当にあったことなのかどうかも曖昧だな。
でも、そうか。まだ葉山さんが殺人犯だってことも、その葉山さんがいなくなったってことも、みんな知らないのか。
誰にも知られずに消えていくって、どんな気分なんだろう。死んでいるから何も感じないというのは無しにして。葉山さんの家族、友人は彼女の死すら知らないままで、未解決の行方不明として扱われて、いつか風化していくんだろう。……結末が僕の母親みたいだな。
「今の嫌なやつだったな。忘れてくれ」
「へ?」
「知り合いが殺人犯だなんて冗談、面白くなかったなって」
「……チカのそういうところ、すっごい良いと思う」
「浮気はやめろよシズちゃん」
「素直に褒めたのに。僕、樹さんのところに行ってくる。団地でウロウロしてたら危ないから」
「なら俺はこのまま遊び行ってくるかな」
酒をアスファルトの地面に置いて、チカが携帯を取り出す。その連絡相手は普通の友だちなのか、それとも暴力団のメンバーなのか。
「なんでチカは暴力団に入ったんだ?」
あまり立ち入ったことを聞かぬべきかと思ったけれど、素朴な疑問だったので訊いてみた。
チカは携帯から視線を上げ、僕を見つめる。
その表情が、一瞬だけ僕の知る幼馴染のチカではなく、僕の知らない砂越親仁に見えた。
「在るべきところに身を置いた。それだけ」
在るべきところ。
暴力と危険のあるところが、自分の身を置く場所だと思えるのか。僕の知るチカじゃないみたいだ。
けれど、置いた場所がどういったところであれ、自分で身の振り方を決められる覚悟が羨ましい。
宙ぶらりんのままだ。僕はずっと。

