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「……あ。」ころり、と消しゴムが落ちた。テスト中故にやけに音は響いた。ただ誰も取ろうとするような奴はいない。当たり前だ、だって私はいじめられているから。なんてことない。ただの無視。まあそれでも少しくらいは堪えるわけで。無言で唇を噛み締めた。その瞬間チャイムが鳴る。同時にテスト時間は終了となる。まあでも、私のいじめは少しは私にも要因がある。私は一人が好きだ。というか人間が嫌いだ。___音が、嫌いだ。それは私のこの地獄耳が原因だ。幼い頃から、私は耳が良かった。人の心臓の音すら、厨二っぽく言えば遠くの鳥の囀りとか。異常。そんなわけで私は親には不気味がられ、喋ることすら許されなくなった。私の次に生まれた妹は、不気味な姉と比較され、それはそれは可愛がられた。悔しかった。ただひたすら。でも、この耳のお陰で私は人を信じれば傷つく、ということを知れたのだ。中学のとき、私は偶々聞いていた。その子にとっては離れていたのだろう。でもそんなのはこの異常な地獄耳には関係ない。聞こえてしまった。彼女が私の悪口を言う声を。汚い笑い声だった。醜い声。だから私は塞ぐことにした。ココロを。いらない。いらないから。
学校が始まる、朝。「おはよう」初めて君に言った時は、緊張した。「おはよう」だんだん、あんまり緊張せずに言えるようになった。「おはよう」「おはよう」それが、たまに君から帰ってくるようになった。「おはよう」それを君に言うのが、当たり前になった。「おはよう」「おはよう」それをお互い言い合うのが、当たり前になった。「おはよう」「………」返ってこないと、不安になった。「おはよう」「おはよう」返ってくると嬉しかった。「おはよう」「…おはよう」言い方がおかしいと不安になった。「おはよう」「おはよう!」元気に返ってくると安心した。「おはよう」「おはよう」それは掛け替えのない言葉になった。「おはよう」「おはよう」毎朝言える、言ってもらえるのが嬉しくてしょうがなかった。「おはよう」「おはよう」でもなんだか、また緊張するようになった。「おはよう」「おはよう」どうして緊張するのか、わかった朝があった。「おはよう」「おはよう」そう言うたびに意識するようになった。「おはよう」…なのに。「…?」君は突然いなくなった。「………」病院の、ベッドの上。「…おはよう」いくら呼び掛けても返ってこなかった。「おはよう」もうおはようが言えない場所に、逝ってしまった。「おはよう…」いくら言っても、身体を揺すっても、返ってこなかった。「…おはよう…」何も、返ってこなかった。もう「おはよう」は言えなかった。「…!」君からの手紙。『おやすみ。また次におはようって言える時まで、おやすみ。そしたら、言いたかったこと、ちゃんと言うから。おはよう、それから、俺、お前のことーーー「…っ」ぽろぽろぽろぽろ。そんなの望んでなかった。絶対に望んでなかった。また次におはようって言えたら、私こそ、そう言おうと思ってたのに。でも。言えないから。またおはようって言うために、今はこう言っとくんだ。「おやすみ」
私達が過ごした教室は驚く程がらんとしていて、何も無いまっさらな状態だった。窓から見える校庭には桜が舞っていて、卒業の季節であることをほのめかしていた。 三月。今日で私達はこの中学校を卒業する。大体の人は、校庭や校門の前で友達と写真を撮ったり、後輩に挨拶したりするんだろうけど、私はただ一人で教室にいた。片手くらいしか友達はいなくて、部活にも入っていなかったせいでそんな所に行ったら余計に寂しくなる。 その時、教室のドアが勢いよく開いた。「おーい、麻央!」「大地!」教室に入ってきたのは、友達の大地だった。友達が殆どいなかった私にとって、大地の存在は貴重だった。彼が麻央、と私の名前を呼ぶ度に、心に火が灯った様になる。「やっぱりここにいた!俺の予想通り〜!」 太陽の様に笑い、私がいる窓際まで大地がやってくる。近くにあった机に腰掛け、彼はぼんやりと言った。「もう卒業だなー。」「そうだね……。結構楽しかったね。」そう言うと、大地は机に座り直し、若干上目遣いで私を見た。「だよな!体育祭とかさ、紅白リレーめっちゃ盛り上がったよな!」 大地の呟きで私は、暑い夏の思い出が色鮮やかに蘇ってきた。私が初めて実行委員になった、3年生の時だ。皆をまとめようとするもなかなか上手くいかず、悩む私に大地は声を掛けてくれた。『一人で悩んでねぇでさ、皆で頑張ろーぜ!』そう言ってくれた大地の言葉は忘れ難い。いろいろと手助けしてくれて、皆の協力もあってなんとかやり切ることが出来た。紅白リレーの選手でもあった大地は見事、私達のチームを優勝へと導いてくれた。 地面を蹴り、まっすぐゴールを見て駆け抜ける大地のカッコイイことといったら─。 皆が一つになった瞬間を思い出す度に胸に爽やかな気持ちが蘇る。「うん。すごい楽しかった。……でも寂しいな、それがもう過ぎたことだと思うと。」 今日で大地と私は“さよなら“で、“お別れ“である。地元の公立高校に通う私と、引っ越して県外の私立の高校に通う大地。そうなると、今までのように関わる機会も減ってしまう。疎遠になって友達終了、なんて絶対に嫌だったが、本当にそうなってしまいそうで怖かった。 空にはオレンジ色の太陽が浮かんでいる。この太陽が沈んだら、私達は別々の道を行かなければならない。「今日でさよなら、なんて嫌だ。」じわっと涙が滲み、慌てて私はハンカチでそれを拭った。「大丈夫だろ。」 突然の大地の声に私は顔を上げた。大地はいつになく真剣に、だけどどこか優しさをはらんだ眼差しを向けた。「確かに中学校は今日で卒業だけどさ、これで一生会えないって決まってねぇじゃん。さよなら、なんて言うなよ!」「絶対また会おうぜ、約束!」そう言い、大地は小指を私の方に向けた。その様子に自然と笑顔になってくる。私も頷き、小指を絡める。 そうだ、さよならじゃない。今彼に伝えるべき言葉は、さよならじゃない。確かな絆を感じながら、私は精一杯の笑顔で彼に伝えた。「ありがとう、大地。……またね。」【happy * end】
屋上から始まるこいの物語。 あの日私はこいに落ちた。 落ちる前から胸の音が聞こえていた。 そう、ずっと前から。 あなたはあの時 どんな顔をしてた? ずっと一緒に過ごしていた 両親は 友達は 涙が枯れても 泣いていた 私をいじめていた あの女は 笑っていた 通りすがりの 赤の他人まで 足を止めた 二度見をした そうこの物語は 「故意に落ちた」 物語
★前回、321ありがとう!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さらさらと、砂時計の砂は流れるでしょう。笑って帰ったあの日、涙を溢したあの日。それはきっといつかのエンドロール。及第点で観客は立ち止まる。最初は、タダのクラスの友達。次に、案外優しい。そして、親友という立場。何でも話せるのは嬉しい、けど。私はこの気持ちに気づいてしまった。そっと励ましてくれたその眼差しに何度助けられたでしょうか。ふとした仕草に期待して何度枕を濡らしたのでしょう。でも、君には好きな人がいるの。知ってるよ、後輩の女の子。ねえ、相談された時ちゃんと応援できてたかな?今更、ホンモノを手に入れようとして、この関係を壊したくない。それほど君が大切なのだから。なら、最後まで「親友」でいよう。彼の背中を月明かりのように、ふっと彩づく葉のように、照らしてみせよう。彼の彩づく未来のために。だって、私の日々を彩どってくれたのは君だから。さあ、私だけの恋の「エンドロール」を始めようか。end
もう十年は昔になるだろうか。僕と貴方は出会って、恐らくそれは、一目惚れだった。ここへ転校してきて、貴方はすぐに人気者になった。明るくて、人当たりが良くて、可愛くて。貴方は皆の太陽だった。授業中でも、休み時間でも、頭の中は貴方でいっぱいで、ずっともやもやした何かが心の隅に巣食っていた。いつだったか僕は、部活の試合で負けて、誰もいない体育倉庫の隅で、落ち込んでいた時があった。いつもの貴方なら、もう既に家に帰っているのに、何故かあの日は。放課後に、貴方と二人きり。落ち込んでいる僕を見て、「一口あげる」と貴方はカフェオレをくれた。それはとても甘くて、優しくて、ほんの少しだけ苦くて。恋の味だな、なんて僕は思った。貴方と初めて二人で出かけたのは、秋風が身に染みるようになってきた頃。貴方は僕にクレープをねだって、子供っぽいって言ったら怒られたのを覚えている。貴方と初めて手をつないだのは、雪が街を白く染めた、酷く寒い日のこと。貴方の手はびっくりするくらい冷たくて、思わず笑ってしまったのを覚えている。____貴方が隣にいてくれたからきっと、何気ない日常が、特別に変わったんだろう。笑うと線みたいに細くなる目も、困ると髪を触るその癖も、全てが愛しくて、とても可愛くて、大好きだった。貴方の家の窓から眺めた花火が、打ち終わる間に、貴方と初めてキスをした。その花が、夜空でいつまでも、咲き誇ってくれればいいのに、なんて僕は願っていた。____気付けばもう終点で、降りるべき駅はとうの昔に過ぎていた。何だかとても、懐かしい夢を見ていた気がする。ふと頬に触れると、濡れているのに気付く。……ああ僕はきっと、貴方の夢を見ていたんだろう。あのときはいつも降りていた、貴方との思い出が詰まったこの駅のホームには、もう貴方の姿はどこにもなかった。一人で買った温かいカフェオレを、僕はホームで開けた。でもそれは、あの日と違って少ししょっぱくて、とても苦くて、残してしまいそうになった。____線路の向こう側で、きっと貴方は待っているだろう。きっといつもと変わらない、太陽みたいな笑顔で。あの日みたいな、甘くて優しいカフェオレの味が忘れられなくて、僕は今でももがき続けている。苦いカフェオレはもううんざりだ。それしか飲めないのだったらいっそ、甘いカフェオレの味も全て忘れて、眠ってしまおうか。でもそれをきっと、貴方は望んでいない。それはよく、分かっている。____だからせめて、手の中の温もりを、あの甘い味の思い出を、あとほんの少しだけ、感じさせてくれ。僕はそれで、十分だから。
「君が肉を喰えないのと君のなくなったその左腕、もしかしたら何か関係があるのかい。」突然そう言いだしたのは自分の友人であるレオだった。 「ふむ、その質問に答えない理由はないが、しかし、今はさすがに食事中だ。大方血生臭い話となるのは見えているだろう。」色彩豊かな野菜たちをフォークで刺して口に運びながら僕はそう答えた。彼の言ったとおり本来あるはずの左腕はとうに昔になくなっている。 「言っても、もう君の食事も終わるじゃないか。ほら、その赤いのを早く口に運んで飲み込み給え。久しぶりに僕が興味を示しているんだから。」「言われてみれば。君から質問を受けるなんて大分久しいな。が、せっかちは早死にするぞ。」僕の言葉に機嫌を害したのか少し眉をひそめてパプリカを手づかみで無理やり僕の口に押し込んだ。僕は別段驚くこともなく、相も変わらずに落ち着きのない奴だと押し込められたパプリカを食べた。さあ話せと視線を向けてくるレオを横目に僕は食器を片付け、ホットミルクを二人分注いでまた席に着いた。「さあ、どこから話したものかと思ったけれどやはり何故今この腕がないのか簡単に、一言で、分かりやすく、伝えよう。」 無言でホットミルクを奪うように手にとったレオは片眉を上げながら話を聞く体勢になっていた。その様子を一瞥した後、窓の外を眺めながらその時の様子を鮮明に思い出す。そう、雨だったんだ。今日と同じような雨の日。だけど、赤だったんだ。雨が、景色が、僕が、世界が。 「腕を喰った。」僕が自分を喰った日は、世界が赤くて。多分、それは自分の汚いところを隠そうと、赤がしたのだろう。さも当然のように言い放つ僕を有り得ないとでも言いたそうにレオがこちらを見やる。 「喰った? なんだ、てっきり君は僕と同じ民族の人間かと思ったけれど生憎ながら僕の民族にカニバリズムがあった覚えない。それも自分の。で、それが君の菜食主義と何か関係があるの。」「……ふむ、まだ何か必要なのか。そうだな、僕は菜食主義なわけじゃない。肉が好きなんだ。」「じゃあ、肉を喰えばいい。」「抑えられなくなる。」「何を。」ここまで言っても分からないとは思わなんだ。仕方なく僕は飲みかけのホットミルクを手に「よいしょ。」と立ち上がる。そして、疑問符を浮かべるレオの右手を取り、その人差し指をホットミルクに突っ込ませる。 「あっ……つ。何を――――」その先は言わせなかった。人間にしては鋭い歯をたて、相手の人差し指をくわえ込むとそのまま噛み千切る。 「痛いな、僕には痛覚というものがあるんだよ。それに折角のテーブルクロスが赤くなってしまった。でもわかったよ。君が肉を喰わない理由が。」「それは結構。御馳走様でした。」
大好きな人に、急にキスされた。***私の大好きな人には、常に彼女がいる。彼女がいなくなっても、またすぐに彼女ができる。だけど、私はずっと彼が好きだった。「オレさ、また彼女と別れたんだよね〜。誰かいねーかな」「ふうん…。私には一生無縁の話だわ。カレカノとか」こんな話はもう何度も聞いた。もう、こうやって話せるだけでいい。見ていられるだけでいい。「そう? お前彼氏できそーだけど…」「あー無理無理。私顔から性格までダメだから」私がもっと可愛くて素直だったら、君に告白できたのだろうか。君の彼女になれたのだろうか。「……じゃあ、好きな人もいねーの?」「…うん、そうだよ」君と話すとき、私はすぐに嘘をつく。好きな人に、言えるわけない。「………それならさ」彼は、私の髪にそっと触れたかと思うと、ぐいっと引っ張った。急に引っ張られ、目をぎゅっと閉じる。「オレの、彼女になれば?」___目を開いた時、私と彼の唇が、重なっていた。唇が離れた後、私の頭の中でいろんな考えが回っていた。彼は私を好きではないだろう、とか他の子にもこんなふうに簡単にするのかな、とか。でも、口から出たのは、考えていたこととはまったく違った。「___みんなに、秘密ならいいけど?」私のこと好きじゃないならやめて、とか本当は言いたかった。だけど、私が本当に君を好きだと知ったら、君は離れて行く気がした。___それなら、嘘をついても君と共にいたいと思ったんだ。
>>57の小説がボカロ楽曲の「ミルクティー」に酷く似ている。パクリと言わざるを得ない。駄文失礼。
≪少女≫ 優しくドアを開ける音が、私の方に向かって歩いてくる足音が聞こえました。「やぁ、調子はどうだい」続けて先生の優しい声が聞こえました。その手が私のそれに伸ばされては、触れて、先生のあたたかさを伝えてくれます。私はいつも、どうしてもそうしているとそのまま眠ってしまいそうになります。そんなときは眠らないように彼の言葉に応えるのです。 『今日はいつもより、良いです』そう彼の掌に指で記すと先生はきゅうと私の手を握って下さいました。それは良かった、と、彼の気配は言っているようでした。私は嬉しくなって先生の手を握り返しました。やさしい空気を肌で感じて私は胸が温かくなりました。 優しい優しい先生。私の髪が短い頃から先生はずっとつきっきりで診察をしてくださいます。今、私の髪は私の腰の辺りまで伸び、ベッドの上で散らばっています。髪を切ることを忘れてしまった私の髪はさぞ、ざんばらでしょう。 けれど先生が伸びたね、と私の頭を髪を梳くように撫でる度私はこんな髪をもいとおしく思えるのです。 私の体の病気が悪化して、もうどのくらいになりましょう。生まれたときは私はとても健康で、風邪など引かなかったらしいのです。 最初に目を悪くしたのは、何歳の頃だったのでしょうか。視界は日に日に暗闇に埋まっていき、もう土の色も空の色も、先生の顔さえも思い出せなくなりました。気付けば、足は動かなくなりました。鉛のように重たい脚が邪魔で仕方なくなりました。喉は、急に音を失いました。口からはヒュウヒュウと空気の流れる音しか流れず、けれど口内は水分を求めて乾いてかわいて……、 ぼんやりと過去を思い出していると、先生は私にご飯だよと呼びかけてくださいました。視界というものを持たぬ私の食事ももう慣れたものです。私にとって熱過ぎないよう、食べやすいよう配慮してくださった食事はとてもありがたいものでした。 『ごちそうさまでした』簡易な机の辺りにそう書くと、「お粗末様でした」との声が聞こえました。母の味付けが時々ふと恋しくなる時があります。けれど私を先生に預けてくれた両親とは、仕事が忙しいのか会えません。いつか退院したら、大好きなハンバーグが食べたいな。そのときを想像して、自然と笑いが零れてしまいました。すると先生は昨日の続きを読もうか、と言ってくださいました。本棚へと先生の気配、足音が離れていきます。少しさみしくなりました。 紙を捲る音、先生の声、先生の息遣い、私の心臓の音。それらが部屋に響きます。この時間を私はとても心地良いと思っていて、いつも穏やかな優しい気持ちになることができます。ゆっくりした調子で本を読み聞かせていただいていると段々と眠くなってきました。最近私は一日に何時間寝ているかも把握できなくなってきました。それでも私は先生の声を聞いていたかったのですが、ぱたんという音の後「もう終わりにしようか」と先生は仰いました。かなしくなりました。けれど、先生が少し私の頭を撫でてくださった時にはもう意識はゆらゆらとあっちこっちを行ったり来たりしていました。 こんな生活ですが私は今とても幸せに思っているのでございます。このままずっと治らずにいたいと考えたこともあります。悪化したっていいとさえ……。私は、とても、親不孝で先生不孝な子かもしれません。しかし先生も私の傍にいるのは大変でございましょう。きっといっぱい大変な思いをしてらっしゃるのでしょう。時間もわざわざ割いてくださっているのでしょう。先生は忙しいなんてわかっているのに、つい私は先生を引き留めたくなるのです。 だから私は戯れに、早く治るといいな、と指で枕に記して、眠りに着きました。***≪先生≫ 可哀想な子。本当に、可哀想な子。彼女の家族は既にあのとき亡くなってしまったのに、彼女は今でも彼らがいると信じて疑わない。 悲しい事故だった。小さな不注意が積み重なった事故だった。平和な家族が暮らす家に火が付いた。隣の家に住んでいた僕は目の前で焼け死んでいく実の両親を眺める幼い少女を連れ出した。どうしても彼女を放っておけなかった。 僕は彼女を引き取った。表向きには養女として。親戚が遠縁なのか、それとも他の理由か、彼女を引き取ろうという人は他には居らずあっさりと彼女は僕の義娘になった。隣の貸家に一人で住んでいた僕だがなんとか彼女と一緒に暮らすことはできた。 彼女はその後もずっと放心していてぼんやりと虚空を見上げるばかり。事故の前後の記憶も曖昧らしい。一度事故のことをそれとなく聞いてみたことがあったが、彼女は首を傾げていた。寝かせればよく魘されていた。あつい、いたい、こわい、と譫言を言う。起きればすべて忘れ、事故のことを聞いても首を傾げる。彼女が酷いショックを受けていたことは僕でもわかった。 何年かかっても、彼女の傷を取り除こうと僕は決意した。なるべく家にいるようにし、彼女に根気よく話しかける。彼女の元気が出るように、僕は必死に頑張った。初めて彼女から話しかけてくれたとき、泣きそうになったものだ。 ある日僕は彼女に何か変わったことはないかと聞いた。彼女は言った。「暗いです、ね。少し」部屋の電気は点いていた。天気も良かった。まぁ、少しなら大丈夫だろうと僕は高をくくった(それが軽率で最悪だと知らず)。彼女の視界は日が経つごとに暗くなった。毎日「今日は昨日より暗いです」と言う。日常生活をしていて、よく物にぶつかるようになった。本を読んでいて、見にくそうに眼を細めることが増えた。彼女はいつか、ついに視界を闇に染めてしまった。 沢山後悔した。病院に連れて行くべきだと思った。できなかった。どうしてか自分でも分からない。悩み続けているうちに彼女は今度は歩き辛そうにしていることが分かった。足を引きずっている。聞いてみたら、足が重たいと言った。やはり彼女の脚は動かなくなり、地面を這うような動きしかできなくなった。やがて動くことも減り、食事を与えれば床に吐くのでどんどん痩せ細っていった。 一日中ベッドでいることが増えた彼女は、僕を「先生」と呼び始めた。どうしてか僕を「先生」と思い込んでいるのだ。それが彼女の中での真実だと疑いもしない。彼女自身の妄想を。 先生と呼ばれ続けるのかと思っていたら、すぐに呼ばれることは無くなった。彼女は突然声を失った。喋ろうとして、酷く喉を掻き毟り、苦しそうに咳き込んだ。僕は、僕僕僕僕のせいで僕は彼女を何も僕は。 弱弱しい体が横たわるベッドに、縋り付いて、ごめん、ごめんと懺悔した。もっと早く僕が対処できていれば、僕がもっと、いや、他の人に彼女を引き取ってもらえれば、………。彼女は僕の手を徐に取る。足が動かないので、少し変な姿勢になっている。僕の片手のひらを上に向けて、彼女はそこに人差し指で、『先生、私の病気、なおしてください』 僕は彼女の「先生」を演じることにした。これ以上彼女の心を荒らさないためにはこれしかなかった。僕にはこれしかできなかった。いつか彼女は耳も聞こえなくなるのだろうか。腕をも鉛のように引き摺る時が来るのだろうか。 僕はいつまで彼女の先生をできるだろう。薄らとした不安は今日も僕を蝕む。 ただ、彼女だけは幸せでいてほしい。どうか、妄想だとしても彼女にとって良いものがいい。嫌なこと全部、取り除けたらいい。言ってること無茶苦茶だなんて、僕が一番思ってる。 神様仏様義娘様、彼女の両親様、どうか。 (どうか僕の罪を赦さないでください)