勇者→魔王=\(^o^)/

作者/とろわ ◆DEbEYLffgo

【フォンシエ番外編】狩人のすゝめ


「ふあぁ……」
青年はあくびをして、ぼんやりとした脳味噌を動かす。
確か今日は狩りの日だったな、と思い出し、素早く立ち上がって着替え始めた。


――これは、ギルベルトと出会う一年前の、狩人フォンシエ・コンテスティの物語。




「ん……っ」
櫛で適当にとかし、邪魔にならないように一つに縛る。
蜂蜜色の髪は朝日に照らされきらきらと輝く。癖一つないその髪は、村の女性が羨むほど美しいものであった。
朝食はサラダと先日捕った鹿のベーコン、それに目玉焼きをのせたトーストというシンプルな朝食だった。
パンやら野菜やらは村の住民に「ほら、もってき。アンタには鹿や猪を捕ってきて配ってくれるし、なによりここにひょっこりあらわれたモンスターも退治してくれるしね」と言われて大量に貰っているからその辺は困らない。
フォンシエは無心で朝食を食べ終え、お気に入りの深緑のコートを羽織る。
そうして、長年愛用してきた相棒、ロングボウ『マドレ』を手に取る。
――――今日も見守っててくれよ、母さん。
今は亡き母の形見を大切にしまった後、ドアノブを握り、外へ出た。







「さぁーて、どこにいるかなっ」
フォンシエの声は弾んでいた。まるで幼子のように目を輝かせつつ、息を殺して獲物を探す。
彼は自分の仕事が好きだった。狩りは己との戦いでもある。この興奮も、獲物を見つけた時に弓を引く緊張感も、捕らえた時の充実感も全てひっくるめて楽しい。
別に他にやりたいことが無い訳ではないが、ここまで熱中することは無かった。――少なくとも、あの青年と出会う前は。
異性に対してもそうだ。今までそんな経験は無かったし、そこまで関心があるわけでもない。
欲求が無い訳でもないが、しようとは思わない。村の人間は家族のようなもので、そういう気にはとてもじゃないが思わない。
――――俺渇いてんのかなぁ。
そんな自分がしょうもなく思えて、フォンシエはやれやれと心の奥で呟いた。

「――――ッッ!!」
フォンシエはすぐさま弓を構え、物音がした方を向く。
エルフ耳のお陰で五感が優れている彼は、たとえどんな小さな音でも聞き逃さない。
どうやら相手は彼に気づいていないようだ。フォンシエは全身の力を弓にこめ、弓を引いていく。
風向き、距離、相手の動き、そうして自分の鼓動。全ての条件が揃わなければいけない。
ふと風が止む。今が絶好のチャンス。これを逃す訳にはいかない。
――――今だっ!
フォンシエはぱっと矢を放ち、それが真っ直ぐ標的へととんでいく。
当たった場所は首。鹿は悲鳴を上げ、ばたりと倒れた。







「今日も大量だったなぁー」
フォンシエは汗を拭って呟く。
結局、あの後夢中になって狩りだけでなく近辺のモンスターも少し退治していたらすっかり日が暮れてしまった。
別に悪いことじゃないんだけども、さらっと切り上げることができないのは悪い癖だなと自分でも思っている。――少なくとも、狩りの面では。
体中が汗でべっとりしてしまったので、近くの川で水浴びでもしようかと思いながら家に戻ると、玄関に久しく見かけていなかった、隣国で暮らしている知り合いが立っているのに気づいた。
「う~~む、戻って来てないみたいだし……不法侵入でもしようかな」
彼女のつぶやきにおいおいと思いながらも、フォンシエは彼女に近づいた。
「不法侵入は犯罪だぜ」「ひゃああああ! ――って、フォンシエじゃない。久々ね」
太陽光できらきらと輝くルビーのネックレスの持ち主の少女――アルフェナ・クロックワーカーはにこりと笑って言った。
「驚いたよ。まさか戻ってきてたなんてね」
フォンシエはドアを開け、アルフェナを中へいれた。


「――ま、ご存知の通り、あれからウェストで医者目指して勉強してんのよねぇー。イストでもよかったんだけどさ、あっちの方が単純な治癒術だけじゃなくて技術も学べるしね。……ちなみに、あたしって何げに優秀だったりするのよね」
そう自慢げに語るアルフェナ。アルフェナはイストのお隣、西国ウェストにある『医療魔法科学技術師養成所』と呼ばれる、医学の名門所に通っている。文字通り、魔術と技術の両面で治療できる医者を産み出す場所で、才能があればどんな身分の人間・年齢・国籍でも入れるという特殊な形式をとっている。そのため、『養成所』という名称を使っている。
そこは三年間通うと最終試験があり、それに合格すると晴れて医者として活動できる。アルフェナは今年で三年目。試験合格を目指して必死に勉強――はしておらず、成績優秀だから問題ないそうだ(本人曰く「すっと頭にはいる」)。
「アルフェナは手先が器用だし、元々治癒術の才能もあるからな。首席で卒業もいけるかもしれないな」
「うひひ、そりゃもうそのつもりよ。てかそれ以外あり得る訳ないでしょ。――てーいっ」
正面に座っていたフォンシエの頭を軽くチョップする。地味に痛み、また突然の出来事だった為に「ふぎゃっ」という声をあげて頭を押さえた。
その動作がおかしくて、アルフェナはくすくすと幸せそうに笑った。
「あー、久々だなぁ、この感じ。――向こうは反イストのお国だから、差別もあってあたしに親しく接してくれる人間が少ないからさ。ま、一人でもいいんだけど、やっぱりからかえる人がいないのは寂しいわ。……ほんと落ち着く」
フォンシエが淹れた紅茶をちょびちょびすすりながら、アルフェナは嬉しそうな表情をした。
「全く、いつも俺を玩具にしやがって……。でも、最近こんな事なかったからな。やっぱりある方が楽しいよな」
「うん。――懐かしいねえ、ちっちゃい頃が」
ふとアルフェナの脳内に、ひとつの思い出が鮮やかに浮かび上がる。
「……そういや、『あの事』からあたし達は仲良くなって、そしてあんたの性格が明るくなってったのよね」
「あー、あれか。懐かしいな。あの時の俺は思い返すだけで恥ずかしいな」
「ま、でも結果的にこうなったからいーじゃん」
「そう……なのかな。まあそういう事にしておくけど。確かお前がウェストに行く二年前ぐらいの時だっけ」
「そうだった気がする。……確か、村がモンスターに襲われた時からよね」
「そうだな。――あれのお陰で、俺の人生はすっかり変わった気がする」

フォンシエはふと窓の向こうを見つめた。
――――五年前の自分を思い返し、苦笑いしながら。


黙々と、ただ黙々と、弓を引き、矢を放ち、穴だらけとなったブリキの缶に当て続ける。
中央めがけて。色々な角度から。場所から。もう真っ二つに折れてしまいそうな缶がギシギシと悲鳴を上げているが、そんな事はお構い無しに。
「――『ヴィエント』!」
風の魔力で精製された矢がまっすぐに的へと翔んでいく。母に教わった、最初で最後の技を当てると、缶は全壊してしまった。
缶の残骸と矢を拾い集めながら、虚ろな瞳の少年は、ぼおっと夕暮れの空を眺めながら呟いた。

「なんでおれは生きているんだろう」







フォンシエ・コンテスティが物心ついた時には、家族と呼べるものは母親しかいなかった。
父親や、いるかもしれない兄弟の存在について尋ねると、母は寂しそうな表情で笑いかけるだけだった。その表情が少年の心に深く突き刺さり、以降その話をしないようにした。
母は弓の名手で、フォンシエは家事や畑仕事をしつつ、母から弓の扱いを教わった。その時間が一番好きだったから、他の仕事も頑張って、少しでも多く弓の訓練ができる時間を確保した。
母は明るく、なにより親切な人間で、村のみんなからも愛されていた。フォンシエも、そんな母親の事を誇りに思っていた。

しかし、突然その幸せは終焉を迎えた。

いつものように弓の訓練をしている途中、いきなり母が倒れた。額に触れると焼けるような熱さを感じた。フォンシエは慌てて母を寝室まで運び、できる限りの看病をした。そういえば、クロックワーカーさんが治癒術の達人だったっけ、と思いだし、何度も転びながら、一直線に家に向かって走った。事情を手短に話すと、クロックワーカー――アルフェナの母親は傷まみれになったフォンシエの傷を癒してから、一目散にフォンシエの家へと向かった。フォンシエも悲鳴を上げている足をひっ叩いて走った。三歳下の、彼女の娘の顔が一瞬目に映ったが、もうそれどころじゃなかった。
家に戻ると、クロックワーカーは苦痛そうな表情で母を見ていた。なんだよ、早く治療しろよ、という台詞が喉元まできたが、それを飲み込み、母に近づく。
先程まで苦しそうな表情をしていたのに、何故か綺麗な――それ以外に言えないような表情をしていた。
なんだ、治って眠ってしまったのか。そう思いながら母の左手に触れると、氷のように冷たくなっていた。
「あ」
次に額に触れると、先程まで熱さを感じたそれには何も温かさなどなかった。
「ああ、あ」
そうして、震えた手で、ゆっくりと手を左胸の方へと移動させる。
「あああああ、ああ」
そうして、ゆっくりと、ゆっくりと触れると

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


失う事の悲しさを知った少年の心はぼろぼろと音をたてて崩れ落ち、そうして何処か遠くへいってしまった――――そんな気がした。







それから四年経った。
あの時以来から心を閉ざしたままのフォンシエは、笑う動作を忘れてしまったような、暗い性格へと変化していた。
事情を知っている村の皆にはそれでも優しく接してもらっているが、どうやら隣の家に住む八歳下の少女には恐れられているようだ。しかし、そんな事は別にどうでもよかった。
ただ無心に矢を放ち、飯を食い、睡眠を貪る。そんな単純なサイクルを繰り返すだけの人生でいいや、と半ば自暴自棄になっていた。

そんな彼に、何故か興味を示す(まとわりついている)少女がいた。
「やほー。今日もまた裏庭で練習? 毎日毎日そんなんじゃ飽きないの?」
大胆といえばいいのか、図々しいといえばいいのか。人の家に侵入して、裏庭まで訪れた黒髪の少女は、ニッと笑いながらそう言う。
「…………」
「今日も沈黙ディなの? そりゃ残念だなー。まあ、あたしの練習ついでに治癒術かけてあげる」
そう言うといきなりフォンシエの腕を掴んで咏唱し始める。
フォンシエは内心戸惑ったが、リアクションをするのも面倒だったので、されるがままになった。
「えーい! ……よし、上出来っ」
きつく握られていた腕が解放される。擦り傷などは綺麗さっぱり無くなり、久々にこんなに綺麗な人自分の身体を見た気がした。
「あ、あたしのお節介だからお金はいらないよっ。んもー、まさかすんなり回復されちゃうなんてー。もしかしてあたしに心開いてくれてちゃったりする?」
「……別に」
「あ、喋った! 今日は良いことありそう! もう夕方だけど!」
少女は嬉しそうに笑う。どうしてそんな事で喜ぶのか、フォンシエには理解できなかったし、まずしたくもなかった。
「じゃ、帰るわ。明日もまた来るからお茶とか用意しておいてねー!」
フォンシエは無表情ながらも嫌そうに眉をひそめる。その表情の変化にまたもや嬉しくなったのか、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「フォンシエ、そんな顔してたら、ドSのいじめたさがUPするじゃん」
「……帰れ」
「あーはいはいすみませんね! それではさよならまた明日ー! 治癒術師の卵こと、アルフェナ・クロックワーカーちゃんでしたっ!」
黒髪の少女――アルフェナは、ぶんぶんと手を振って走り去っていった。
明日もまた振り回されるのか、と一瞬心の中で嘆いたが、やがてどうでもいいこととして脳内で処理されていった。
――――どうせ、『明日』も明後日も変わらない毎日なんだから。


その『明日』が、彼の運命を大きく変えるとは、フォンシエは全く想像すらしていなかった。







フォンシエは慌てて飛び起きた。
性格には突然外から悲鳴が響き渡り、起きざるを得なかった。

――――一体何が?
ばっと窓を開けて見渡した瞬間、彼はすべてを理解した。


「モンスターが……村に大量に侵入している、のか?」

『有り得ない』光景が視界に焼き付く。
普通、対モンスター用の結界が張り巡らされているはずだ。
なのに、大量のモンスターが村に侵入し、そうして村民を襲っている。
――――結界が歪む頃を見計らって大量侵入か……。ということは、親玉は相当な強さのモンスターの筈だ。
頭では分かっている。弓使いとして退治しないといけないというのも分かっている。

――でも。
何故だか、身体が動かなかった。


「おれは、母さんの方にいきたいのかなぁ」

そう、不思議と呑気な声色で言葉を漏らして、弓を眺めながらつっ立っている事しかできない少年は、思考回路をゆっくりと閉ざそ「ちょっと! 何呑気につっ立ってんのよ!」
いきなり声が降りかかる。扉を強引に開けて侵入してきたのは、ずっと彼の元を訪れている少女、アルフェナだった。

「あんたも手伝いなさいよ! その為の弓なんじゃないの?!」