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*137*
「や、やあ。兄さん」
逢坂くんが冷や汗を垂らしながら、緊張気味に言う。
「どうしてそんなにわざとらしいんだい?兄弟じゃないか」
逢坂くんのお兄さんってこんな人なんだ!あ、挨拶しなきゃ!
「あ、あの……初めまして。徹くんと同じクラスの綾川真奈です」
「ああ、君があの」
ん?逢坂くん、私について何か言ったのだろうか。
「兄さん、余計なことは喋らないでよね」
逢坂くんが微笑みながら、しかし目は笑わずに言う。
「分かってるよ。どうも、初めまして。僕は逢坂亮って言います。えーっと、今高3かな?」
「でも学校では見かけませんよね……?」
私が恐る恐るといった感じで尋ねると、亮さんは笑った。
「ははは、僕は桜田高校の生徒じゃないからね」
「ああ、そういえば、泉燈高校に通っていらっしゃるんでしたっけ?」
「そうだよ。でも、どうして僕が通ってる学校を?」
「あ、いや、たまたま私の友達に情報好きな子が居まして……」
「へえ」
亮さんはそう言って逢坂くんの方を見た。
「あ、徹くんじゃありませんよ!?」
「ふふふ、だろうね。徹の目がそう言ってるし」
そう言って亮さんは目を細めた。
「そうだ。お近づきの印にメーアド交換でも……」
「綾川さん、それは駄目だよ。さあ、早く帰ろう」
逢坂くんは私と亮さんがメーアド交換するのを拒むように、私の肩を抱いて歩き始めた。それが申し訳なくて亮さんの方をちらりと振り返ると、少し悲しげな表情をしていた。それを見た瞬間、胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚に陥った。なに、これ……?私は胸の前で拳をきつく握りしめた。
「どうしたの?」
あまりにも私が深刻そうな表情をしていたのだろうか。逢坂くんが心配して私の顔を覗いた。
「ううん、なんでもない」
「そっか。あ、これ。はい、帰りの切符」
「え?帰りの切符まで出してもらったら悪いよ」
私は慌てて鞄の中にあるお財布を取り出そうとしたが、それを逢坂くんの手で押さえられる。
「いいんだよ。これは、綾川さんが俺の母さんの誕生日プレゼントを選んでくれたお礼。……まあ、お礼にしたら安すぎるからまた別の機会にでもしっかりお礼するよ」
そう言って、無理矢理私の手に切符を握らせた逢坂くん。意外と強引な所もあるけれど、とても気にかけられているような気がして嬉しい。例え、それが私の錯覚だったとしても。
「綾川さん?」
暫くいろいろ考えているうちに、今度は足の方が止まっていたようだ。少し先で逢坂くんが心配そうに振り返る。
「やっぱり具合が悪いんじゃ……?」
「だ、大丈夫。ちょっと考え事してて。早く行こう」
私は、逢坂くんの手を取ってスタスタと歩き始めた。
『桜田〜桜田です。お降りのお客様は、お忘れ物にご注意ください』
車掌さんのアナウンスの終了と共に開いた扉。私達はそこを潜ってホームに降り立った。
「いやあ、やっぱ3駅って短いね〜」
逢坂くんが名残惜しそうに言う。
「そうだね〜。1駅1駅の距離がすっごく長いけど」
「まあね」
私達は互いの顔を見ながら笑い合い、改札口を通り抜けた。逢坂くんの家はここから左に、私の家はここから右にあるためここで別れを告げなくてはならない。
「えーっと、その、今日は誘ってくれてありがとう。とっても楽しかった」
私は寂しさが滲み出ないように、精一杯の笑顔で言う。
「本当?よかったあ。俺も楽しかった。後日またお礼をするよ」
逢坂くんは相も変わらず爽やか笑顔でそう言う。
「そ、そんなとんでもない!ほとんど私のショッピングに付いて回ってたようなものだし……」
私が右手を引き千切れんばかりに左右に激しく振る。すると、その様子が可笑しかったのか、逢坂くんが無邪気に笑いだす。
「ははは、いいのいいの。今度またお茶にでも行こう。いい喫茶店を知ってるんだよ」
「本当にいいの?」
「勿論。それじゃあ、約束」
そう言って、逢坂くんは右手の小指を私の前に出す。私もそれに倣い、右手の小指を出して、逢坂くんの指と絡めた。
「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲ーます、指きった。OK?」
「うん!」
「それじゃあ、また連絡するよ」
「うん」
「気を付けて帰ってね」
「はーい」
「それじゃあ」
逢坂くんのその掛け声とともに同時に互いに背を向けた私達。そして別々の方向へ歩き始めた。しかし、やっぱり少し名残惜しくて、後姿だけでも……と思い、振り返ると、逢坂くんも同じように振り返っていた。私は彼に大きく手を振り、彼もおおきく手を振り返してくれるのを見届けると、帰路に着いた。