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*130*
*徹side*
『そ、そんな無理よ!』
そんな綾川さんの声が電話越しに聞こえたのを最後に、ただ虚しい機械音だけが聞こえてきた。
「怒らせてしまったのか、な……」
俺は手の中のスマホを見つめながら言うと、兄が笑った。
「何?好きな子にでもフラれたの?」
「そんなんじゃないよ。それよりも兄さん、いつからいたのさ?」
「んー、徹が電話掛けるところから、かな?」
「それ、全部じゃん」
「そういうことだね。それよりも徹」
「何?」
「女の子が喜びそうなものって何か分かる?」
「いや、分かんないや。彼女さんの誕生日?」
「そうそう。明々後日が麻那の誕生日なんだ」
「……前々から気になってたんだけど」
「何だい?」
「どうしてマナって人ばっかりと付き合ってるの?」
その質問に兄は驚愕したようだったが、すぐにいつも浮かべている笑顔に戻った。
「そんなのたまたまだよ。僕が好きになる女の子がたまたま”マナ”って名前なんだよ」
「……そっか」
「それがどうかしたのかな?」
「なんでもない」
「そう」
そう言って、兄は自室へと戻って行った。やっぱり、兄さんが……。やめよう。そんなこと考えたって仕方ないじゃないか。今は綾川さんと凜、あと美樹の恋心がどう動くかだよ。まさか、本当に凛と綾川さんが付き合ったりなんてしたらどうしよう?俺、3か月ほど、立ち直れないな。いや、もっと長期間かもしれない。とそんなことを思いながらその日は過ごした。
――翌日
今日の朝はやけに目覚めが良かった。気味が悪いくらいに。
「おはよう」
「おはよう、徹」
とまず兄が。
「おはよう、徹ちゃん」
と次に母が。
「おはよう」
と最後に父が言った。
「今日は何か予定でもあるの?徹ちゃん」
母は朝食を俺に出しながら問う。
「いいや、特にはないと思うけど……どうして?」
「いや、あのね……」
そう言ってもごもごと口籠る母。
「どうしたのさ」
「実は亮ちゃんが今日彼女さんを連れてくるって言うのよ」
「別に大した問題じゃないんじゃ……」
「大きな問題よ!母さん、専業主婦だというのに今日に限って友達とご飯を食べに行く約束をしてしまったのよ!?それに、斗真さんは会社だし」
ちなみに斗真というのは俺の父であり、一家の大黒柱でもある。
「別に兄さんが彼女を家に連れてこようが連れてこまいが俺には関係な……」
「違うの!母さんは、亮ちゃんに童貞でいてほしいの!!」
鼻息を荒くして言う母に一家全員で目を点にした。そして暫くした後、自分が大変な発言をしたことに気付いた母はいそいそと自分の部屋へ行き、着替えて家を発った。
「び、びっくりしたなあ。今の発言は」
「ははは、兄さんのことを心配してるんだよ」
「全く雪菜は進歩がない」
雪菜というのは俺の母であり、我が家族を陰ながら支えてくれる人だ。
「父さん……」
兄は遠い目をしてそう呟いた後、朝食の席を立った。そしてリビングから出て行く際にぽそっと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。
「もう僕は童貞じゃないんだよ、母さん」
朝食から何時間経っただろうか。そろそろお腹が空いてきた。時計を見ると、13時を回っていた。
「そろそろ昼ご飯を食べないとね」
俺は座っていた席から立ち上がり、自室の扉を開けようとした。その瞬間だった。玄関の扉が開く音がした。兄の声の後に聞いたこともない女の子の声が聞こえてきた。どうやら上手くいっているようだ。
「参ったな。これじゃあ、リビングへ行けない」
俺は再び椅子に座り、考える。そして何気なくスマホの方を見てみると、着信が。
「誰だろう?」
ディスプレイを見ると、なんと”浅井凜”の文字が表示されていた。電話番号を交換はしていたものの、電話したことも電話が掛かってきたことも無かったので、とても驚いた。
「もしもし」
『もしもし徹?』
「そうだけど、どうしたの?珍しいね」
『いや、結果報告をしようと思ってな。一応、お前はライバルだったわけだし』
「ライバルだった、ってことは決着がついたんだね」
『ああ。結論から言うと……玉砕だ』
「……そっか」
『……』
「何?慰めてほしいの?」
『ち、違う!』
「そうか。慰めてほしいのか。いいよ。慰めてあげるよ」
『だからいいって!』
「それじゃあ、違う言葉をプレゼントしよう。……凄いね」
俺は感情をこめて、最後の言葉を言った。心からそう思っている。凜を尊敬している。好きな子に気持ちを伝えるというのは、相当な勇気がいるはずだ。生憎、俺は綾川さん以外好きになったこともないので、告白なんてしたこともないのだが。
『またバカにしてんのか?』
「これは違うよ」
『これはって……今までのを認めたな?』
「かもね」
『本当お前って嫌な奴だな。でも、まあ……そんなお前だから俺も付き合ってられるのかもしれねーけど』
「やっと俺の凄さが分かったの?」
『誰もお前のことを褒めてない』
「え?そうなの?明らか褒めてたくない?」
『褒めてない。褒めた本人が言ってるんだから褒めてない』
「あ!今褒めた本人って自分で言ったよ!?」
『そんなはずはない!とにかく褒めてないんだ!』
こうしていつものやりとりが始まった。最初の頃は本当に蹴落とすつもりで嫌味を言っていた。恐らく凜だって同じだっただろう。でも、いつしかこれが友情のような気がしてきて、凜と言い合うのが楽しくなった。多分今の俺と凜の関係は世間で言う、親友なのだろう。
「まあ、とにかく俺に席を譲ってくれてありがとう」
『誰が譲ると言ったんだ?』
「へ?」
『俺はいつだって真奈を迎えに行く準備は出来てるんだ。お前がもたもたしてるんだったら、真奈を連れ去るからな』
「ええ!?フラれたのに!?」
『痛いところ突くな!そういうわけだから、それじゃあな!』
凜の声が途切れたと思ったらすぐに機械音が聞こえてきた。
「いやー、まだまだ俺も油断できないってことだね」
俺はそう言って小さな笑みを零すと、ベットに突っ伏した。