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*129*
*美樹side*
あれから、頻繁に浅井から電話がかかってくるようになった。これがまた真奈についての相談だった。嬉しいのか悲しいのかよく分からない。そして今日も電話がかかってきた。
だが、今日の内容は今までと少し違った。
明日自分の恋心にけりをつけるとのことだった。心の中でどうして可能性の低い人にわざわざ想いを伝えるのだろう?と思った。でも、それは言わなかった。電話越しではあるが、彼の真っ直ぐな真剣な目を想像することが出来たからだ。あたしはただ頷いて電話を切ることしかできなかった。そんな情けない自分が嫌になり、一日中自分の部屋にこもった。
――翌日
10時頃に目覚めた。どうやら、夏休みで生活リズムが狂っているらしい。部活にも所属していないため、尚更だ。
「今頃、浅井は真奈に想いを伝えて、フラれてるんだろうなあ。本当バカな奴」
あたしはくすくす笑ってみるが、虚しく部屋に響くだけだった。
「あたし……やっぱり浅井のことが好きなんだ」
そう再認識した。でも、この想いは一生伝えない。だって、フラれるのが目に見えているからだ。だけど、さっきからあたしの気持ちはどこかおかしい。今なら伝えてもいいんじゃないかって気がするの。真奈にフラれたダメージで、もしかすると浅井があたしと付き合ってくれるんじゃないか、と期待しているのかもしれない。例えそんなどす黒い感情を抱いていたとしても、可能性があるのならそれに賭けてみたい。あたしはそう思うと同時に立ち上がって、手元にあったワンピースに着替えて、真奈の家へと向かった。しかし真奈の家には真奈も、そして浅井も居なかった。
「どうしてここに居ないの?」
あたしは泣きそうになる気持ちを抑えて、冷静に考える。他にあの2人がいきそうな場所は……。そう考えた途端、かの有名な桜並木の風景が目に浮かんだ。
「あそこか!」
あたしはそう叫ぶようにして言うと、桜並木を目指した。
「はあはあはあ、はあ…」
息切れを起こして、ふらつく足を何とかその場に留め、辺りを見渡す。すると、真奈の姿が目に入った。
「真奈!」
彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
「美樹?」
「そうだよ!あたし!」
「ど、どうしてここに!?」
「伝えたいことがあるの!浅井に!あいつ、どこ行ったの?」
そう尋ねると、真奈は一瞬暗い顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「凜なら家に帰ったと思うよ?」
「…ありがと!」
あたしはそれだけ言って、駆け出した。すると、真奈があたしに言った。
「美樹!頑張って!」
「うん!」
あたしは大きく頷くと、浅井の家を目指して走り出した。
あれから数分走った後、”浅井”の表札を見付け、慌ててインターホンを押す。すると、40代後半くらいの女性の声が聞こえてきた。
『はい?』
「桜田高校1年の枝下美樹ですが」
『あー、美樹ちゃん。久しぶりね!』
「お久しぶりです。あの……」
『凜ね?今呼んでくるから待ってて』
「はい」
こうして会話が途切れてから数秒後、玄関の扉がゆっくりと開いた。
「何だ?笑いに来たのか?」
凜は自嘲気味に言う。
「ふふふ、そんな訳ないじゃない」
「だったら他に何がある?」
「……もう気付いてるでしょ?」
あたしがそう言うと、浅井は目を見開く。
「やっぱり……だったら、早く伝えちゃうね」
胸が高鳴る。自分のものとは思えないほどに。下手すると受験の時よりも緊張してるかもしれない……。あたしはそんな気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。そして、言った。
「浅井、あたしはあんたのことしか見えないの。ずっと前から今でもそう。だから……あたしと付き合って」
あたしは祈るように顔を伏せる。暫くの沈黙。しかし、それはすぐに打ち破られた。
「俺もお前と同じなんだ」
「……どういうこと?」
「俺も真奈のことしか見えないし、考えられないんだ」
「それってつまり……」
「ごめん。枝下とは付き合えない。こんな気持ちをずるずる引き摺ってお前と付き合うことは出来ない。だから、ごめん」
そう言って、家に戻ろうとする浅井を必死に引き留める。
「待って!」
「何だ?」
「その、嘘でもいいの!ただ付き合うだけも……」
「ははは」
「何で笑うの?」
「いや、それ、さっき俺が真奈に言った言葉とそっくりなんだよ」
「え……?」
「俺も真奈に嘘でもいいから彼女になってくれ、って言ったんだ。そしたら何て返ってきたと思う?」
「分からないわ」
「……そんなのでまかせだ、って。でまかせでもなんでもないのにさ。こっちだって必死なのに、あいつはそう言ったんだぜ?胸に刺さるよなー」
そう言って笑う浅井。でも、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「でも、あいつの言うとおりだと思うんだ。どんどん欲深くなっていくのが普通だ。自分だけを愛してほしくてたまらなくなる。でも、嘘でもいいと言って結んだ契約なら、そんなこと望んだって無駄なことだ。……逆に苦しいだけなんだよ。だからと言って手放すことも出来ない。……まさに生き地獄さ」
あたしは何も言えなかった。確かにそうだと思った。そのうちに自分を好きになってもらえばいいなんて思ったけれど、そんなことになるはずがない。だって、元々が他の子に向いているんだもの。あたしがその子にならない限り、あたしにその気持ちが向くことは無い。でも、あたしは一生その子にはなれない。……つまり、あたしの恋が叶う率は0パーセントだったということだ。
「本当、泣けてくる。今、あたし達、同じ気持ちを抱いてるんだろうね」
「かもな。でも、だからと言って俺は頷けない」
「分かってる。それじゃあ…あたし帰るね」
「おう。気を付けて帰れよ?」
「うん」
あたしは浅井に背を向けて歩き出した。すると、それを確認した浅井は家の中へと戻って行った。
ガチャン
彼の家の扉が閉まる音がした。その音が聞こえた瞬間、弾かれたようにあたしは走り出した。涙が零れる。すれ違う人があたしの顔を見る度にぎょっとするのが分かる。それでも、涙は止まらず、足も止まらなかった。そしてようやく自分の家に辿り着いた時は、涙でほとんど何も見えなかった。
「ただいま」
あたしが玄関の扉を開けると、お姉ちゃんが出迎えてくれた。
「あんた、何その顔!?」
お姉ちゃんは慌てて冷たいおしぼりと温かいおしぼりを持ってきて、交互に顔を拭いてくれた。そして大分顔のむくみがマシになってきたところで、お姉ちゃんが言った。
「失恋したのね」
「……うん」
「そっか。でも、失恋も大事な事なのよ?」
「どうして?」
「だって、世の中成功することばかりじゃないんだもの。成功してばかりじゃ駄目なの。いい大人にはなれない。挫折は一度、味あわなければならない、人間の試練なのよ?」
「そういうお姉ちゃんは失恋したことあるの?」
私はお姉ちゃんを見ながら言う。お姉ちゃんは、はっきり言って美人だ。芸能事務所からスカウトだってされたことがある。でもお姉ちゃんは大学へ行くことを決めた。
「あるわよ、それくらい」
「そんなに美人なのに!?」
「美人かどうかは分からないけれど……人は見た目じゃないのよ」
「そっか。心が大切なんだよね?」
「そうそう、分かってるじゃない!」
そう言って、お姉ちゃんはあたしの頭を撫でた。
「これで、あんたもいい大人への階段を上ったのよ」
お姉ちゃんはそう言い残すと、自分の部屋へと戻って行った。
「いい大人への階段……」
あたしは一人でそう呟いた。……真奈には挫折があるのだろうか?そんなこと、聞いたこともない。いや、あった。中学受験を失敗したと言っていた。それは恋愛じゃないけれど、彼女も挫折をしたのだ。
「ようやく、あたしは真奈と同じスタートラインに立てたんだね」
あたしはそう言って、小さく笑った。